坊や - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1970年4月号
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1. SFマガジン 1970年4月号

れ。遠出して、さんさんと日の降り注ぐなだらかに打ち続く広びろ木と灌木のちょっとした茂みの背後に乗り入れた。 とした浜辺に来て、この香を嗅いだのは、十二歳になってだった。 「この土曜日を台なしにしそうなものはなにもないわね」ビクニッ 「なにひと 彼女は坊やをぎゅっと抱きしめたが、それが彼を身もだえさせクに持ってきたものを取り出しながら、彼女はいった。 た。彼女はペンの肩に凭れかかった。「おお、楽しくなりそうよっね。さあ、坊や」彼女は靴を蹴り脱いで、渚にむかって駆け出し ! 」と、いった。「坊や、海を見にいくんですよ。ほら、ほら坊た。・ハスケットが膝にあたってはずんでいる。 や、むずがらないでこの香を嗅いでごらん、おいしいわよ」だが、 坊やはいともやすやすとぶかぶかのゴム底ぐっを脱いで、跳ねる 坊やは、腕の力を抜いてやるまで身もだえしていた。 ようにして彼女のあとを追っていった。「着ているものをみんなぬ やがて、ついに海が眼前に開けてきた。かって、いつもそうであいでもいいのよ」と、彼女は坊やにいった。 「だれも来てやしない ったとおりと、寸分たがわぬ海だった。茫洋としてきらきらと煌んだから」 き、そのかもしているつぶやきはさながら : ・ いや、かもしている べンが帰り用のガソリンを隠してやって来たときには、彼女は、 のではない、海は相ついだ戦争の騒音を消し去ろうとしているのお古の赤いショートパンツにホールター、い つものグリーンのネッ だ。星・ほしを散りばめた、あるいは冷たくのっそりした月を抱いたカチーフ、といったいでたちで毛布の上にべったり横たわってい 暗い大空のように、海は過去に起こったできごとをすら、ささいな た。坊やはというと、褐色の肌むき出しのすっ裸で、・ハケツを手に とるにたらないものに・しているのだった。 浅瀬でさかんに水をはね飛ばしている。髪が水に濡れて背中にびつ たりはりついていた。 彼らは、長いレンガ造りの更衣所を次つぎと、かっていつもそう したように、キョロキョロ見回しながら通り過ぎた。だが、更衣所「ごらんなさい」彼女がいった。「見わたすかぎり、目路の届くか と更衣所とのあいだにあった遊歩道は、べンがいったと、おり、板きぎり、人っ子ひとりいやしないわ。お家にいるのとまた変った気分 れ一枚残されてはいなかった。 にしてくれるわね。あちこちのお家に人びとのいることはわかって 「あのいちばん大きな更衣所のところで止まりましようよ」 いるけど、でもここにこうしていると、なんだかわたしたちきりの 「いや」と、べンはいった。「あんなところからは離れている方がような気がするわ。それにここだと、そんなこともどうだっていし いい。だれがいるやらわかったもんじゃない。ずっとあの先まで行わね。まるでわたしたち「アダムとイヴみたい、あなたとわたし、 くよ」 そしてわたしたちの坊やとだけ : : : 」 ・ヘンは彼女のとなりに腹這いになった「いい徴風だ」と、 彼女は実際にはそれを喜んだ。ことに最後の更衣所を通過すると き、黒っぱい人影が壁のむこうにひょいと首をひっこめるのを見たた。 と思ったからだ。 肩と肩をくつつけてふたりは、波を、かもめを、そして坊やを、 彼らはさらに一マイルかそこいら行き、やがて車を、いじけた木見守った。それから寄せ波の中に入っていって水を浴び、ついで昼 8

2. SFマガジン 1970年4月号

。当時、彼の目はそれほど悪いわけではなかったけれど、眼鏡を それから彼女はドアのところに行き、呼んだ。」・「坊やはここよ、 かけて列車で出かけて行くほど、彼は不用心ではなかった。こわしべン。坊やはここにいるわよ」そして声を落していった。「小鬼が 3 たのは坊やだった。いちばん上の引き出しまでよじの・ほり、自分でね」べンがロ笛で答えるのを聞き、彼女は踵を返して台所にとって 引っぱり出したのだ。丸一年幼いころのことだった。彼女が気づい ールがゆがんだ卵形のかたまり かえした。見ると、坊やのオー たときには、眼鏡はこわれて床に転がっていたのだった。 となって床にこ・ほれていた。彼はなおも、小賢しそうな油断のない べンはもう、窓からは見えなくなっていた。と、坊やが駆けこん目つきでじっと彼女を見つめている。 できた。まるで、いままでずっとドアわきのニオイヒ・ハの木陰にう彼女はまず、膝をついて、かたまりの大部分をスプーンで鉢にも ずくまっていたんだよ、とでもいうような様子で。 どした。次いで、やや荒っぽくといってもその荒っ・ほさにはやさし さもこもっていたが、彼を抱え上げた。そして、ゴムひもを通した 彼は、大柄な桃色がかった毛なしのふた親とは対照的で、濃い ひたい みごとな黒髪が額口に低くおおいかぶさるように生えそろい、それデニムのズ・ホンをずりおろし、むき出しになったおしりにきびしい たべもの がうしろではうなじのずっと下の方まで拡がっていた。襟足というしたたかな平手打ちをふたっくらわせた。「無駄にする食物がある ものはむかしはその辺で終っていたのではなかろうか、あるいは、 わけじゃないんだよ」と、彼女はいった。彼の背骨そいにうっすら 下まで延びすぎているのではあるまいか、と彼女がいつもいぶかると生えているうぶ毛に気づき、三ルの子供がむかしもこんな風だ 0 たかしら、といぶかった。 ほどの拡がりようだった。彼はやせていて、年齢のわりには小さか ったが、強靱そうで、ひょろ長い四肢が針金のようにしなやかだっ彼は、アアア、アアアと声を洩らしたが、泣きはしなかった。そ た。オリー・フ色の肌、大まかで鈍感そうな顔立ち、油断もすきもなのあとで彼女は、坊やの鼻づらが彼女の首をくすぐるような、彼女 さそうな目つき。いま彼は彼女を凝視し、彼女がなにをやりだすかお気に入りの形に彼を抱きあげた。「アアア」と、もう一度彼は前 見守っている。 よりも低くいし 、彼女のちょうど鎖骨の上のところに噛みついた。 彼女は溜息をついて彼を抱え上げ、幼児用椅子に坐らせて、その彼女は、なおも両腕を巻きつけたままの格好でずるずると坊やを 引きしまったぬくもりのある頬にロづけしただけだった。なんてきずり落した。傷が痛み、、その部分が半インチほど食いちぎられて浅 れいな髪なんでしようと考え、この子が清潔に見えるようにもっとくく・ほんでいるのを、彼女は見ることができた。 よく断髪してやるにはどうしたらよいのかわかればいいのにと思い 「また噛みついたわ」と、ドアのところで聞いているべンにむかっ ながら。 て彼女は叫んだ。「またやったのよ。噛み切りさえしたわ。見て、 「もうお砂糖はないのよ」と、彼女はいった。「でも、干しぶどうまだロの中に入っているから」 を少しとっといてあげたからね」彼女は箱をおろしてきて、オー 「ああ、なんという : : : 」 ールの上に幾粒かばらばらとふりまいてやった。 「おしおきはしないでちょうだい床におこ・ほしをやったので、も

3. SFマガジン 1970年4月号

彼はだらんとした顔つきで、体重を片方の足に移し、手を腰のピスおうとしていたが、それにはまずいとごろを握っていた。・べン、は ( トルの近くにもっていった。「その、家へ帰る分というガソリンはンマーを手にしていた。彼の方がずっと大柄だった。 どこにあるんだ ? おれたちがおまえさんと一緒に行こうじゃな、 たちまちのうちに終った。彼女は、加勢が必要な場合にそなえて うつ か。そしておまえさんの家にあるガソリンを少々貸していただくっ拳が白くなるくらいにス。 ( ナを握りしめ、空ろな目でことのなりゆ てのはどうだろう。御帰還用のガソリンはどこに隠してあるんだ。 きを最後まで見届けた。 いうとおりにしないと、相棒たちにおまえさんの餓鬼をちょいとば ややあって、べンは百メートル竸走のスタートのときのような格 かりかわいがらせてやることになるんだが、そんなのは気に入るま好で、片手に ( ンマー、もう一方にピストルの銃身を握って、死体 から離れた。「おまえはここにじっとしていなさい」と、彼はふり 彼女が見ると、坊やはじりじりと彼らから遠ざかっていた。そしむいて叫んだ。 ていま、彼はじっとうずくまり、目をいつばいに見開いてなりゆき彼女は、二、三分海を見つめた。そして、そのつぶやぎに耳を傾 を見守っているのだった。彼の四肢に盛りあがった筋肉を、彼女はけた。が、この際ストイックな海よりも自分自身の感情の方が重要 見ることができた。そして、ずっとむかし、動物園で見たことのあに思われた。彼女は踵を返し、やわらかい砂をかき乱すようにつけ る手長ザルを想い出していた。あの子のいたいけな顔がなんて年とられた足跡を辿って、歩き出した。 って見えるのでしよう と、彼女は思 0 たーー三にしてはあま灌木の茂みがはじまるあたりをベンが駆けながら、引き返してく りにも年とって見えすぎる 0. 毛布の上からス。 ( ナを押えている指にるのが見えた。「どうなったの ? 」 力がこもった。あの人たち、坊やに手をかけない方が身のためよ。 「やつらは、ばくがもうひとりのやつの拳銃を持って追いかけてく 夫がいうのを彼女は聞いた。「さあな」 るのを見ると、逃げだしてしまったんだ。弾丸は入っていないのに 「おお、べン」と、彼女はいった。「おお、ペン」 な。さてと、こんどは坊やを探すのを手伝ってくれよ」 小男が身振りで示すと、若者たちが動き出した。・、、 カ坊やの方が「あの子、迷子になってしまったのよ ! 」 早く行動に移っていたのを、彼女は見てとった。スパナを引っぱり「呼んでみたって、戻ってきやしない。ばくたちの方で、探し出す 出そうとしたが、いったん手をとめて、毛布をまさぐらねばよらよ オオより手はないな。遠くまで行ってしまっている可能性もあるし。・ほ かった。それには長い時間がかかった。坊やと、そのあとを追うふ くはそっちをあたってみるから、おまえはこのあたりをじっくり探 たりの若者に目を釘づけにしていたからだ。 してくれ。ガソリンは、あそこの茂みの中に隠してある。もし必要 彼女はわきで、叫び声ひとこえと、悪態をつく声を聞いた。「おがあればだがね」 お、べン」と、彼女はもう一度いって、振りむいた。が、上になっ 「坊やを探さないことには、・ ヘン。ここからの帰り道なんて、あの て攻撃しているのはペンだった。、小男はビストルを棍棒がわりに使子は知らないんだもの」 たま 9

4. SFマガジン 1970年4月号

べンは、彼女に近より、片腕を彼女の肩に回して引き寄せ、ロづんとうに、す 0 かり失われてしまう。なにもかも終 0 てしまう。 茂みはいちいちのそいて見、大あわてに逃げ回るものがありはし けした。彼のカこぶが、ほとんど彼女の腕を圧迫している ( ンマー の頭と同じくらいにかたく、首に感じられた。四年前、彼の抱擁がないかと、前をうしろを警戒していなければ、と思いながら、彼女 やさしく、心地よいものであ 0 たころを、彼女は想い出した。そのはあたりに目を配り、ささやき声で呼びかけた。彼はまん丸く身を 当時、彼には髪の毛があ「たが、でぶでぶに肥えていた。それがい縮めてしまうと、とても小さいのだし、そのままじ 0 としているこ までは、身体がひきしまり、髪の毛が一本もなくな「ている。得たとができる。時どき、近所に三になる子供がもうひとりいて、そ の子を基準に判断できればよいのにと思うことがある。三歳の子供 ものがあれば、失われたものもあるのだった。 がかってはどんなエ合だったのか、すっかりといっていいほど忘れ 彼は踵を返し、あとを振りむいたまま歩き出した。彼女はニッコ リ微笑してうなすき、彼の抱擁とロづけで気分がよくな「たことをてしま 0 た。坊やのことでは、ただいぶかるばかりでどうしようも ないことが、ちょいちょいあるのだった。 示した。 「いらっし なにかあ「たら、坊やを失うようなことにな 0 たら、わたしは死「坊や、坊や。「ですよ」と、彼女は低声で呼んだ。 ゃい。まだ砂浜で遊べる時間はあるのだし、リンゴも残っているわ んでしまうわーーと、彼女は思ったーーーでも、なんといってもペン を失うのがいちばんいや。そんなことにでもな 0 たら、この世はほよ」彼女は前こごみになり、茂みに手をかけた。 一億年以上も昔、地球に君臨した巨大爬 虫類がいかにして発見され、いかなる人 ・よみがえる前世紀動物 たちがこの研究に身を投じてきたのか ? アメリカの古脊椎動物学者として恐竜研ノ 究の第一人者が、荒涼たる原野で恐竜の 化石を求め、あるいは研究室でひっそりゑ穹 イ恐竜の発見 エドウイン・コルバート / 小畠郁生、亀山龍樹訳と骨格の復元にとりくむこの恐竜に憑か ロ絵写真芻葉、図版町枚・四六判上製 / 八八〇円れた男たちの世界を豊富な = ビソードで 紹介する ! ハヤカワ・ノンフィクション こごえ 4

5. SFマガジン 1970年4月号

「今日は土曜日よ」と、髪の毛一本ない女はいった。ふちの・ほろ・ほ「今日のような日には、よくあの浜辺へ行ったものだわ。いろんな ろになったグリーンのネッカチ 1 フを引っぱって、それが頭をちゃ ことを忘れてしまったけど、それだけはお・ほえているの」 「・ほくがおまえなら、そんなこと、考えもしないねーベンの空ろな んとおおっているのをたしかめる。「わたしって、時どき日にちの 観念がなくなるの。でも、もう三回の土曜にはカレンダーにしるし目がついに幼児用椅子に焦点を結んだ。それから背後の開いた窓を リトル・ポーイ をつけておいたのよ。つまり、しるしをつけておけば、それでわたふりむいて、叫んだ。「坊や、坊や」リからイまでを一緒くたに しが何日どわすれしたかということがわかると思うからよ。だからしたような呼び方だった。「ほら、朝ごはんだよ、坊や」そしてぶ 今日は土曜日にまちがいないわ」 つぶつつぶやいた。「といったって、戻ってきやしないな」 「でも、わたしはやつばり、そのことを考えちゃうわ。ホットドッ 彼女の名前はマイラ。眉毛の一本も、睫の一本もないばかりか、 その両頼にも、ごくかすかなうぶ毛すら見あたらない。かっては長グだの、はまぐり入りスープだの、今日のような日がどんなに涼し い黒髪をしていたのだが、いまでは、その桃色がかった、つるんとかったか、よくお・ほえているの。いまじゃ、お家に海水着があるの かどうかさえわからないくらいだわ」 した顔を見ていると、人は、彼女がかっては赤髪の持主だったのだ 「あそこもむかしのようじゃあるまいさ」 ろうと思うかもしれない。 「あら、海に変りはなくてよ。それだけはたしかなことだわ。あの 彼女と同様、これまた髪一本ないその夫ペンは、台所のテーブル にでれんとおおいかぶさるように肘をついて、朝めしを待ってい遊歩道はいまも残っているかしら」 「たしかめてみるまでもなく、あれはそっく ミューダ・ショーツ、肘に大き「ハハ」彼はいった。 る。やや色あせた赤い市松模様の・ハ な穴のあいた e シャツ姿。じっと見つめる目の上まで頭蓋がぐっとり薪に化けてしまっているね。あれから、もう四度も冬を越してい いっそうむき出しの印るんだぜ」 カー・フしている。その目が彼女のそれより、 象を与えるのは、彼がネッカチーフ、ないしは帽子をつけていない 彼女は腰を下し、テー・フルに両肘ついて自分の鉢を見つめた。 からだ。 「オー ールか」といったが、そのひとことに浜辺について彼女 が感じている思いのたけをこめ、そこに行くことを乞い願ってい 「むかしは、土曜ともなればいつも出掛けたものよ」彼女はそうい こ 0 って、オー ールの入った鉢を幼児用椅子の前、テープルのヘり に置いた。 「こんなもの食わせるのも、もっとよくしてやりたくないと思って それから、いちばん大きな鉢を夫のひじの間に置く。 いるからじゃない」と、べンはいった。ちょっとの間、指先で彼女 「今朝は芝生の手入れをやらねばならない」と、彼がいった。「土の腕に触った・「できればよくしてやりたい。そういえば、こない だのあのコーンビーフにはなにがなんでもしがみついていることが 曜だとなればなおさらのことだよ」 できればよかったと思うよ。だが、。あいつは重かったし、・ほくは走 夫のことばが耳に入らなかったかのように、彼女は続ける。 まっげ 4 3

6. SFマガジン 1970年4月号

やがて、微風が肌に冷たく感じられるようになり、雲もちらほら「暗くならないうちに帰りましようよ」と、彼女はいった。「で 出てきていた。ショートパンツとホールダ 1 だけで彼女は身震いしも、最後のひと浴びするぐらいの時間は、まだあるわね」 たが、それもおおむね心にとりついている寒気ゆえだった。たつぶ・やっと帰り支度にとりかかった。そのあいだ坊やは毛布にくるま り一時間以上も、坊やを探してあたりをうろっきまわったような気っていたが、時たまちょっかいを出した。そのたびにペンがぶつ がしたが、彼女は時計を持っていなかったこのような場合の彼女と、彼は逃げ出し、その辺に坐りこんで、びとり小猫のような声を の判断力はあてにならなかった。それでも太陽はかなり傾いているあげるのだった。 ようだった。もう間もなく家へ帰らねばならぬだろう。いま彼女帰る途中、坊やは、彼女の好んでいた格好、彼女の首に頭をもた は、べンのでもない「坊やのでもない人間のシルエプトが不意に目せ身をあずけるようにして「彼女の膝の上でぐっすり眠りこんでい た。たそがれが迫り、あかね色が深まった。 に飛びこんでくるのではないかと、なおもあたりに目を配ってい た。そして、最前までほどは用心せずに茂みを次つぎとスパナでか彼女はペンに凭れかかった。「浜辺へ行くと、きまって疲れるわ いった。「以前もそうだったこと、憶えているわ。わた みをきわけ、調べてみた。時おり、彼女は毛布のところに引き返し、波ね」と、 0 打際から遠くへだたったあたりにポツン、ポツンと散らばっているし、今夜はよく眠れてよ」 ハスケットを、・ハケツを、シャベルを、そしてわきに赤皮の帽子が彼らは黙然として、だだっ広いがらんとした自動車専用道路に車 ころがっている死体を、眺めるのだった。 を走らせた。車にはライトがなかったが、そんなことはどうでもよ いことだった。 ・それから、そうしたものがす・ヘて、その場にそのままあるかどう 「けつきよく「すばらしい一日だったわね」彼女がいった。「気分 かを確かめるためにいま一度引き返して行ったとき、彼女は、背の 高い頭ふたつあるらしい怪物が浜辺を急ぎ足で歩いてくるのを見がせいせ・いしたわ」 た。ひとつの頭のすぐ上で揺れはずんでいるいまひとつの頭には髪「よかったな」と彼。 の毛があり、それは坊やのものだった。 家に車を乗りつけたとき、夜のとばりが落ちたばかりだった。ペ ンが車を止め、ふたりは、持っていったものをおろそうと車から出 ・ちょうど太陽が沈みかけていた。ふたりが近づいてきたときに るまでしばらく、じっと生ったままでいた。 - ・ハラ色の輝きが深まり、ありとあらゆるものの色を変えてい た。ペンのショートパンツの赤い市松模様がいちだんと鮮やかに見「すてきな一日だったわね」と、彼女はもう一度いった。「それ えた。浜の砂がオレンジ色に変っている。彼女はふたりを迎えよう に、坊やも海を見たのだし」彼女は眠っている坊やを起こさないよ つ、と、声をあげて笑いながら、水をはねかえらせながら浅瀬を駆けてうに、その髪にそっと手を触れた 9 行った。そばに寄ると、べンの腰に力いつばい抱きついた。坊やが それからあくびをした。「今日は、ほんとうに土曜日だったのか を いった。「アアア」 しら」 2 4

7. SFマガジン 1970年4月号

らねばならなか 0 た。おまけに列車の上ではと 0 くみ合いがあ 0 けないで、まるでこの家に隠れるみたいにしているなんて、生活と いえて ? 運がよかったのは、あるいはあとの人たち、あの死んで た。砂糖まで無くしてしまうというていたらくだ。いまごろ、どこ しまった人たちなのかも知れないわ。人間でいながら、土曜日に浜 のどいつがあれを手に入れていることか」 「そりや、あなたがどんなにつらい思いをしているかわかるわ、べ辺〈行くことすらできないなんて、そりやみじめなものよ」 いちどき なにがしたくないといって、夫の心を傷つけることだけはしたく ン。よくわかります。ほんとに、ときにはなにもかもが一時にあな ないと、彼女は考えていた。いけないわ、と彼女は心の中で厳しく たの両腕にかかってくるんだもの。ことに、今日のような土曜日に 自分にいいきかせるのだった。いますぐやめにしましよう。いった はね。あの街区のむこうまで水を汲みに行かなくてはいけないの。 それも、電気が通じていてポンプが動いているときだけ。そしてこんは黙っておとなしく食べ、べンがいうように、考えないことにす ル。ときには、日に一度だけだって、多く食べすぎるるんだわ。だが彼女は、どういうわけかそのことにとりつかれ、そ のオ 1 トミー くらいだわ。それになによりも、あなたは食物を手に入れるためしていった。「ねーえ、坊やはまだ浜辺へ行ったことがないのよ、 ただの一度も。それに浜辺まではわずか九マイルほどじゃないの」 に、あれだけの危険をおかして通っているんだものね」 「どうにかこうにかやっていくさ。・ほくがあの列車でいちばんのチそれで夫の心が傷つくであろうことはわかっていた。 「坊やはどこなんだ ? 」と、彼はいって、また窓の外へむかって叫 ビというわけじゃない」 「どうせその辺をうろついてるんだろう」 「おお、毎日そのことを考えているわ。心ひそかに神様に感謝してんた。 「むかしなら、車に轢かれやしないかという心配があったけど : いるの。そうでなかったら、わたしたちいまごろどうなっているで みつ なんだか夢みたいね。それに、あの子がどんなにすばしこいか、三 しよう。きっと飢え死にしているわね」 彼女は、夫が自分の鉢に低くかまえ、唇を突き出してつるつる吸歳半のわりにはどんなに物によじのばるのが上手か、あなた見たこ う音をたてているのを見守 0 た。そして、彼のアーチを描いた頭蓋とあ「て ? おまけに、あんな早起きなんだもの、どうしようもな いわ」 のいかに長く、むき出しであるかにいまさらのように驚くのだっ ルを食べおわった。立ち上がり、料理用ストー・フ た。そのあまりにもつるりとして醜いのを見て、そんな姿で食料獲彼はオー 得に列車で出かけていくことを考えあわせて、彼女は、夫の頭を両の上の大鍋にカツ。フを突「こんで水を汲み、飲んだ。「ちょ 0 と見 手でそっとおおってあげたい、そうやって自分の両手を夫の髪がわてくる。呼んだって戻ってきやしないんだから」 台所の窓から夫を見守り、彼が叫んでいるのを聴きながら、彼女 りにしてあげたい、という衝動にかられるのだった。だが、彼女は もう一度ネッカチーフをなでつけて、自分のはげがちゃんとおおわはやっと食べはじめた。彼は前こごみになり、目を細めてはすかい れているのをたしかめただけだった。 に見ている。かっては眼鏡をかけていたからだが、最後の眼鏡を一 「でも、こんなの生活といえるかしら ? 年がら年中どこにも出か年前にこわしてしまっていた。とっ組み合いでこわしたのではな

8. SFマガジン 1970年4月号

みつつ うたつぶりせつかんしてやったんだから。三歳というのはむずかしリンをきっかり十マイル分、車に給油し、車に積んで行ってどこか に隠しておく帰り道用のあと十マイル分を罐に詰めているのが聞こ い年頃なのよ」彼女はべンの腕を引っぱった。「育児書にそう書い てあるわ。三歳児はむずかしいんだって」だが彼女は、育児書が実えた。 とし いったん一家で出かけて行くとペンが決心したいまになって、彼 際には三歳が従順になりはじめる年齢だといっていたのを思い出し 女の心に、もしや三 : ・という不安が膨れあがってきた。たしかに、 べンが手を放すと、坊やは台所から駆け出し、奥の寝室のほうへ浜辺に行く危険を冒すといっても、四年ぶりなんだから多すぎるこ とではない。彼女はこの一年ずっと、そのこともあわせて考えてき 行ってしまった。 彼女は深く、溜息をひとつついた。「なんでもいいからこの家かたのだった。そしていま、彼女は出かけて行くのだし、その楽しみ ら出ないことには。ほんとにそうして、この気分を解消したいわ」を満喫するだろう。 ・ヘンはあの戦争後、大型の尾部のフィンがびんとはね上がったダ 彼女は腰を下し、彼に傷の消毒をしてもらい、その上に・ハンドエ ッジを、がたびしする小型の欧州車に切りかえていた。彼らは車の イドを十文字に貼ってもらった。「行けると思う ? もう一度だ け、毛布とお弁当を持って行けると思う ? なにかしないことには内部を居心地よくかたづけ、軍隊用の毛布や砂遊び用の・ ( ケツやシ ャベルと一緒にお弁当を後部座席に積みこんだ。マイラの膝の上に 息がつまりそうだわ」 「わか 0 た。わか「たよ。おまえは、ベルトにスパナをはさんでお乗 0 た坊やが外を見ようと首を回したとき、彼の髪が彼女の頬をな くんだそ。ぼくは ( ンマーを持って行く。危険たけど、車に乗ってでた。 彼らはがらんとした道路へ出た。「むかしは週末ともなるとどん 行くからね」 声をあげて笑った。 なだったか、憶えていて ? 」と、彼女はいい、 彼女は、海水着を探すのに二十分をついやした。それでいて見つ「数珠つなぎと、みんなはいっていたわね。当時はそれが頭痛の種 からない。やがて探すのをやめにした。海水着のことなど実際はどだったものよ」 うでもよいことがわかっていたからだ。たぶん浜辺にはだれもいや少し行くと、自転車に乗った、デニムのズボン、裾を表に出した 派手なシャツ姿の老人とすれちがった。男なのか女なのかわからな しないだろう。 。ヒク = ックの用意はかんたんそのものだった。五分で終った。貴かったが、その人物が微笑したので、彼らは手を振り、声をかけ 重なマグロの罐詰一罐、昨夜しばらくの間電気が通じている間に作た。「アアア」 そよか・せ 日射しは強かったが、浜辺に近づくにつれて微風が吹きはじめ、 った、かたやきの自家製ビスケット、近所の木からもぎとり、地下 彼女は海の香を嗅ぐことができた。はじめて海というものを目のあ 7 室のある別の家に冬中貯蔵しておいた、しなびた虫くいリンゴ。 たりにしたあのときの気分がよみがえってきた。彼女はオハイオ生 ガレージではべンががたがたやりながら、罐の隠し場所からガソ

9. SFマガジン 1970年4月号

を切っているあいだに、・ほくはカードを感じ取るんだよ」 「しかし、きみはまだどう 「おれも見たよ」と、こんどはハリー。 「ぼくの指先を通じて感じるのか ? 」 して札配りを操作するのか話しておらんしゃないか。たしかにカー 「お察しのとおり。証拠を見せろって ? あんたの頭、そら、まんドを切るところまでは納得がいった。ところが、それを切ったのは なかから右に寄ったあたりがかゆいんじゃないか。しかし頭をポリきみじゃない。こりやどういうわけなんだ」 ポリかくのは面倒くさいと思ってるね。こんどはハリー、 右足の三 「いや、切ったのは・ほくさ」と、フェイスがこたえた。「きみたち 番目のゆびに爪がくいこんでるな・ーそれほどひどくはないが、とのおやゅびをコントロールさせてもらってね」 にかくそうなってる。どうだい、なにか言うことがあるかな ? 」 「じゃ、カットについちやどうなんだ」相手の首ねっこをおさえた かれの言ったことはどれも正しかった。わたしは頭をひっかいた ような勢いで、デレハンティがくちばしを入れた。「ジャックが配 し、ハリーは足を床にこすりつけた。「 いいだろう。だがね、それったとき、かれはおれとハリーにもカットさせたんだそ」 だけしゃあ説明にならんそ。おれたちの指先を通じてカードの絵を「どういたしまして。・ほくはカットをコントロールしただけじゃな 感じとるのはわかったが、それをどうあんばいすれば、あんな配り いんだ」フェイスは平然と言ってのけた。「そのうえに、あんたが かたができるんだ ? 」とハリーがしった たにカットさせたのも、じつはこのぼくのいたずらだったんだ」 フェイスはテーブルの上に肘をついた。「札配りの操作はね、あ「もうけっこうだ」はげしい口調でデレハンティは言った。「そん れは切ってる最中にやるんだ、まずカードを両手に半分ずつ持つな真似するな。おまえはいったい、どんな手段をつかっておれたち て、それをおやゅびでそらして。 ( ラバラと重ねていく、例の切りかをあやつろうとしてるんだ ? 」 たを利用してね。これをうまくやればーーそう、おやゅびの力をコ「懐疑的だね、あんたは」フ = イスが = コリとすると、デレ ( ンテ ントロールしてやれば、好きなカードを好きなところへ重ねること イはゆっくりと椅子から立ちあがり、テー・フル越しにハリーの席へ の肩をつか ができる。ところが、あんたたちときたら、インチキをやらせまい近づいていった。そして何を思ったのか、ふいに ( リー として何回も切るんだからお笑いだよ。これを四度もくりかえしてまえ、かれの両頬にキッスをした。 ( リーはもうすこしで椅子から みろ、ますます仕事が簡単になるだけだ」 ころげおちるところだった。デレハンティはその場で頭を振り、眉 デレ ( ンティがもういちど目をむいた。「じゃおまえは、どの力をひそめた。そのあと急に、あらあらしい言葉を吐きだした。 ードがだれのところへ行くか、そいつをあらかじめ知るのに、どん 「いったいこりや何のまねだ ! きたないやり口だそ ! 」かれは自 な方法をつかってるんだ ? 」 分のとった行動の意味がさつばり了解できなかった。 リ・ 1 ・・かニ 「もちろん、順序を記憶するだけさ」とフ = イスがいった。「ほく「ずいぶんと色気のあることだな」おどろきながらも、 ( はいちど、きみたちのような人間がそいつをやってのけている映画ャリとわらった。こんどはフ = イス。「どうだ、これで満足がいっ を見たそ」 たろ、デレハンティ ?

10. SFマガジン 1970年4月号

ード〉な へニー・ウ = ーヴ〉とかへスペ・オペ〉とかへ ( どのタイトルをつくって、全タイトル連続三年独占 ! などという 怪物があらわれたりする。これに〈早川賞〉とか〈海野十三賞〉な んかをつくって、副賞は世界大会参加の往復航空旅費なんそと いうことにするわけだ。 しかしおもうのだが、もし、これが実現したとすれば、問題のつ くりかたにもよるけれど、おそらく〈日本一〉の栄冠をかちとるの は中学生あるいは高校生どまりにちがいない とにかく、今の中高校生の熱たるや凄まじいものがある。よ く知っているのだ。 元来、私は記憶力がはなはたわるく、私自身の蔵書について私よ り仲間の方にくわしいのがいるくらいたが、それにしても、若 A WIND IS RISING の挿画 ( ターピン ) THE DEATHS OF BEN BAXTER の挿画 ( フランシス ) いファンから貰う問合せの内容のレベルの高さにはこっちがゲ ンナリとしてしまう。 ″ぼくはタ】ビンのイラストにしびれてい たとえばだしぬけに、 るのですが、彼のイラストの全作品の一覧表を二部 ( ともだちにも やるから ) つくって x 月 x 日までに到着するよう大至急送れ″など という ( ガキを中二の坊やからもらって慌ててしまうのである。 さアて、いったいター。ヒンなんそという画描きが本当にいたかし らと、半信半疑で調べてみると、これがまたちやアんといるのだか らくさってしまう。しかも決してうまいというタイプの人ではな く、また、若向きのリアルなタッチでもなく、ごくしぶい みれば大人のムードの絵なのだからおそれいるほかはない。 たた、このタービンという人のイラストは〈ギャラクシイ〉の一