コウエンはつぶやいた。 ことができた。やがて目標は四光年分の距離にまで近づいた。 「第一電路よし。一次冷却器、異常なし」 「そろそろテレビ・スクリーンに入ってくるそ」 視線はコンソールを移動する。 ジャンク屋は船首の四個のテレビ・アイを近距離レ 1 ダーに同調 フラップ スダピフイザー 「核反応プラス三からプラス四へ。反射傘一六二度。制禦板よし。 させた。 二次冷却器発動ー コンソールの上部の大スクリーンに、船首方向の星の海がかがや 「コウエン。今どこへ行くところなんた ? 」 いていた。テレビ・アイをあやつるレーダ 1 の動きであろうか。ス コウエンは答えなかった。 クリーンを埋めつくした圧倒的な光の点刻はほんのわずかずつ一方 「おめえだけどこへ行くんたよ ? 」 へ流れ動いていた。その中央やや左に寄ったところに、青白色の小 「うるせえ ! 」 さな円環が映し出されていた。めざす目標はその中にとらえられて コウエンはおそろしい顔になった。 いるのだ。もっと距離が近づけば、やがてその円環内に遭難船が姿 「そう熟くなるな。おれはたたおれも行くところなのかどうか聞い をあらわすはすであった。 てみたかっただけだ」 「接触コースに入る。一次減速」 C5 シート ヒノは重力席から立ち上った。体中の筋肉がめりめりと音を立て コウエンはかすかに興奮しているようだった。両足は幾つかのペ て骨から剥がれるのではないかと思った。コウエンはコンソールか ダルを踏み分け、そのつど励起されたさまざまな電子装置がコンソ シート ら両手を離して重力席に深く身を沈めた。 1 ルにめまぐるしく灯を点減させた。右手がレバーをゆっくりと引 「ポロ船の回収に行くんしゃねえことはたしかだったよ。それだけきもどす。 はな」 「核反応プラス三からプラス二へ」 フラップ スダビライザー ジャンク屋はいつの間にか寝息を立てていた。もう二度と眼を開「反射傘一二八度。二次冷却器発動。制禦板よし」 くことはないのではないかと思われる暗澹たる寝顔たった。 「核反応プラス二からプラス一へ」 「・フレーキ・ロケット点火二〇秒前」 コウエンはまるで暗誦でもしていたかのように、よどみなく電子 装置が告げるシグナルを読み上げていった。 長距離レーダーに反応が入りはしめた。位置は与えられた資料と「あ、映った ! 」 ヒノとジャンク屋は思わず腰を浮かせてスクリーンの中央の円環 ほとんど変らない七〇時間後、正確な方位と距離がとらえられ しみ た。それから数時間たって小さな流星雨に遭遇したが、一〇〇〇キの中に、幻のようにあらわれた白い小さな汚点を見つめた。それは ロメートル四方に一個ていどの降星量たったので難なく通り過ぎる急速に拡大し、やがてはっきりと細長い形に見分けられるほどにな 4 7
トルの速度を持っ宇宙船の動きも、ここでは全く停止しているにひ の距離からは磨いたしんちゅうの円盤のように反射していた。山脈 も、砂漠も、そのかがやきの中に沈んで一様に平滑であり、満月のとしかった。星の光から見れば、宇宙船の速さなど、その宇宙船か ら見おろした地表の歩行者の動きよりもまだ遅いであろう。 ように硬くそこなわれていなかった。二つの衛星がひとつは遠く、 「コウエン。もっと速度を上げろ ! 」 ひとつは円弧のかがやきのなこうに色あせてなかば沈もうとしてい ヒノは思わずさけんだ。 た。その火星もしだいに船尾へ移っていった。火星のかがやきに消 「これ以上は無理だ。これでもカタログの九二パーセントの速度に されていた星の光がよみがえってきた。宇宙船の前方にはしだいに なっているんだ」 厚く、幅広く、広漠と星の海がひろがりはじめた。 機関士のコウエンは予期した以上の字宙船の性能にすっかりご機 星の海ーーーおそらくは永劫に人類が足を踏み入れることができな いであろう領域。五十億年のかなたから投けかけてくる星の光は、嫌になっていた。 。ししくらいた。 五十億年の時間をかけて虚空をわたってきたのだ。もし人類が星の 「ふつうこの程度の中古では八〇パーセント出れま、 光とひとしい速さと、五十億年の生命を駆使してそこへたどり着い ュ / カオカいいせ。こいつは」 たとしても、飛び立っ時に見た星がなおそこに存在しつづけている ・パネルやコンソールをなが コウエンはほほをくずしてメーター とは考えられない。なぜなら、星々の生命は五十億年より長くはなめやった。 いのだから。どうしてもそこで星に到達したいのなら、人は無へ向「もうちっと出ねえのか ! 」 って五十億年を賭けなければならない。そこではすなわち未来は無 「だから : : : 」 であり、存在は無のひとときの有りように過ぎなくなる。なんたる「おい。おれの品物をこわしてくれるなよ」 仮構。そして人はなお太陽系の中に宇宙船を飛行させるのに精いっ ジャンク屋が横からヒノのひしをつついた。 ばいであり、火星と木星の間のひろがりに無限の落下を感じている慣性飛行に移った今は、その必要もないのに、コウエンはコンソ のだった。いわばそこは、波静かな入江のさらに奥のせまいく・ほみ ールの前を離れようとしなかった。右手はい。せんとして核反応制禦 に過ぎず、外洋の息吹きはかいま見るはるかな水平線にしか感じとレ・、 ーに、左手は反射傘開閉桿にかけられたままたった。コウエン ることができないのだった。その外洋へ、広漠たる星の海へ乗り出はレバーをゆっくりと前に倒し、また手前へ引いた。そして開閉桿 してゆくことが果してできるのかどうか。今は永劫は星の光となっ をかすかなノッチの音をひびかせて前方へ押し倒してゆく。もちろ てはげしく人を魅了し、そしてきびしく人を拒みつづけていた。 ん作動ペダルから離れた足は、床を踏んでいるのたが、その足さえ もが手の動きとともに力が加わっていた。 フラッゾ 「核反応プラス二からプラス三へ。反射傘一四〇度から一四五度へ 三人は物も言わすに長い間、星の海を見つめていた。三様の想い がそれそれの胸を万力のように締めつけた。秒速六万四千キロメー フラップ 3 7
した核反応炉が小さなこぶしをにぎりしめたように見える。 ジャンク屋」 「あれにまちがいねえなー 「速度八〇〇〇」 ()5 シート コウエンがひどく現実的な声を張り上げた。 急激な減速がヒノとジャンク屋を重力席におしこんだ。視野が薄 「たしかにそうだ」 暗くなった。一瞬、自分が何をしているのかがわからなくなる。 ジャンク屋はこれまでに見せたこともない真剣なまなざしで接近 。 ( ターン三で : : : マイナス推力が殺せるか、 「切線の方向から : する船体を見つめた。 コウエンが進入方向を検討しているらしい声が切れ切れに耳に入「いたんでいないようだ」 「外から見てそう見えたって、中はどうなっているかわからねえ ってきた。 「しつかり監視していろ ! そう一度に幾つものことはできねえよよ」 コウエンが意地の悪い言い方をした。ジャンク屋はそれも耳に入 らないようにスクリーンに目を当てつづけた。 コウエンが罵声を放った。ヒノはその声でわれに帰った。 わすかに推力を与えながらそれを・フレーキ・ロケットで殺し、同 いつの間にか、長大なスクリーンの右端から左端までいつばい 時に側方推力をきかせて遭難船に平行する位置で停止させようとす に、白銀色にかがやく、巨大な形の紡錘形の物体が占めていた。 るコウエンの技量はさすがにすばらしいものだった。 ずうんと衝撃が走りぬけていった。つづいてもう一度。 「。止めたぜ」 方向転換用の側方推力がはたらいたとみえ、白銀色の物体はなな コウエンは気取ったしぐさで手首をひねると何かのスイッチをビ めにスクリーンから墜ちていった。 インと切った。それから静かに立ち上り、コンソールに両手をつい 間断なく・フレーキ・ロケットがほのおを噴いた。その震動が機関 て肩を落した。そのままスクリーンを見ようともせずに、彫像のよ 砲のような不協和音をかなでた。 うにその姿勢を保っていた。 ふたたびゆっくりと白銀色の巨体がスクリーンにもどってきた。 「二人とも米てくれ」 わすかに首尾線がかわって遠い太陽の投げる光が一瞬、その船腹に ジャンク屋はヘルメットをつかむと、となりのエア・ロックに飛 ほのおのように映えた。翳るように陽光がそれてゆくと、宇宙船の 船体は幻のように淡く透き通った。それは暗黒の空間に浮かんだ精びこんだ。 緻な結品細工のように明減し、星の光にも耐え得ない繊細な光芒を「コウ = ン ! 早く来い ! 」 曳いた。ふいに宇宙船は急激に回転しはじめた。ぐんぐん長さが縮三個のドア室を通ってせまいェア・ロックに入った。たがいに装 むとスクリーンにはほ・ほ円形に近い断面の輪郭があらわれた。船首具を点検する。 か船尾をまっすぐにこちらに見せているのだろう。船腹から突き出「よし」「ー「異常なし」 5 7
かった。そしてジャンク屋にとってはさらにそれほどの意味もなか 「船外状況すべてよし」 ったのかもしれない、 おしなべてすることはしないことよりも耐え ジャンク屋はむかしの自分にもどりきれない声を張り上げた。 やすいからかもしれなかった。 「時計発動」 「いっスタートする ? 」 「時計発動」 「いつでもいいそー コウエンの声にヒノが唱和した。 C) シート コウエンはエンジン・コントロールのコンソールの前の重力席に シート 体を収め、ライフ・ベルトをしめはじめた。それを見てヒノとジャ 両手は本能的に重力席のひじかけをつかんだ。 シート ンク屋はそれそれ、自分の重力席にもぐりこんた。 「第一ノッチ、 OX 」 単調な、そして今は意味のない数字の読み上げは長い間の宇宙船 しきたり 「第二ノッチ、 0 」 乗りの世界の慣習になっていた。かってその中にこめられた恐れや ヘルメットのイヤホーンからコウエンのリフレインが単調に流れ不安、自信やあきらめは宇宙船乗りにとって尽きることのない郷愁 出した。 であり、生きることの証しであった。地上局の誘導に頼る必要のな くなった今では、自動操縦装置はいつでも思うとおりの発進時間に 「一次回路、 O 」 点火スイッチを入れてくれる。しかし宇宙船乗りたちはつねに呪文 「二次回路、 O 」 のように形骸の秒読みを口すさんだ。そして、 「三次回路、 CZ 」 「点火 ! 」 「非常継電機、オー。フン」 コウエンは高くさけんで点火スイッチを O Z に入れた。かすかな 「船外状況はどうなっている ? 」 震動が船体を伝っていった。 唄うような調子でささやきつづける。 コウエンの右手は静かにレ・ハーを押していった。船体の後端に、 「船外状況はどうなっている ? 」 長いプームで支えられた核反応炉の中では、今、反応制禦板が徐々 「船外状況はどうなっている ? 」 に引き上けられているのであろう。コンソールのオシログラフに 「ジャンク屋 ! ' ほやばやするな ! 」 は、反応速度の順調なのびを示す緑色の輝線がみごとなカ 1 ブを描 とっぜんコウエンの声が爆発した。 いてなお進行しつつあった。 「おまえの仕事だ ! 」 「よし、出るそ」 ジャンク屋はセイフテ イ・ベルトで固縛された体をそのままに、 シート 首だけのばして自分のななめ上方にならんでいる > スクリーンを コウエンはつぶやくといっきにレバーを押した。重力席全体がぐ 9 見つめた。全周アイが船外の状況を克明にとらえている。 うんと沈んだ。かすかな目まいがおそってきたがすぐ消えた。重力
コウエンは首をかしげた。 ればいつでも発進できそうだった。 「コウエン。船を停めたことよりも、誰もここにいないことの方が 「おれは電子装置をしらべてみる」 よほどおかしいぜ。さがそう ! 」 そのことの方がよほど重大事らしく、コウエンはもう航法用電子 頭脳の操作席にもぐりこんでいた。 「全くもう少し人選するべきたったよ」 どうせそれもしなければならぬ作業だったし、ヒノやコウニンが ジャンク屋が太い息を吐いた。 操縦室はとくに乱れた跡もなく、乗組員、それそれの位置を占めジャンク屋にやとわれたものもそもそもそのためなのであればヒノ な音さえ聞えたのだ。 そのべッドはごくありきたりな普通の家具のよう続いている。 彼は仕事を打ち切ることにして、階下に降り、妻 後になって、そのドアの内側のバネルの、高さ四 に見える。しかし一九六六年十一月以来、そのべッ フィートぐらいのところに、爪でひっかいた跡が幾 とタ食をとった。なにげない調子をよそおいながら ドは庭の片すみの物置の中にしまいこまれ、錠がし 百となくついているのが発見された。飼犬や子供た も、当惑した表情はかくせず、とうとう彼はマジョ つかりおろされている。 ーにその話を打明けた。 ちがつけたものでないことは明らかだった。犬はト そのべッドはロンドンのスタンフォード・ヒルに 妻は青くなった。彼女の祖母は死ぬ数カ月前あた型のプードルだったし、子供たちはこわがって絶対 住むマジョリー・ダヴィスン夫人の祖母チャブマン の所有物だった。彼女は生涯の終りの数年をその家りから、一人でつぶやいたり、くすくす笑ったりすに部屋に近づかなかったからだ。 やがてマジョリーは祖母の夢を見た。その夢の中 で過し、一九六六年の四月に亡くなった。奇妙な事る癖がついていたからだ。 ーがその部屋の前を通った その翌朝、マジョリ の記憶の中にはなかったほど若 の祖母はマジョリー 一へ件が起り始めたのは、その直後からである。 際、部屋の中で物音がして、突然ドアがバタンと開く健康的に見え、言いわけするような語調でこうい 葬式をすましてから一、二週間後、マジョリー ダヴィスン夫人は家に一人でおり、今は空き部屋にき、つぶやき声が聞えた。それはまぎれもなく老婆うのだ 0 た。「悪か 0 たわね、「ジ , リーや。でも一 の独りごとの声だった。 私の貴任じゃないの。でもそういってもわからない りなった祖母の寝室を整理していた。それをすませて でしようね。あのべッドを取り片づけてごらんなさ それ以来、っぷやきとくすくす笑いの声は絶える 一と廊下に出ると、咳払いの声が祖母の部屋から聞え い」 ことがなかった。またドアがひとりでに開閉するの のた。最初、夫のジョンが早めに仕事から帰って来た もやまなかった。この状態がその後数週間にわたっ その翌朝ジョンは、・ヘッドがある怪奇現象の原因 一霊のかと思 0 たが、見まわしても誰もおらず、家の中 て、ほとんど一時間おきぐらいに起った。 だったのだという考えを、笑ってとりあおうとしな 亡は彼女一人きりである。そのときは気のせいだろう と思い気にもとめなかったが、この咳き払いこそ、 ドアがひとりでに開いた時、その部屋の中をのそかった。しかしマジョリーが強く言い張るので、彼一 いてみると、内部はまるでもやがかかったように、 は仕事に出かける前に、そのべッドを家から引きず それから起ってくる超自然現象の前ぶれだったの 奇 ぼうっとかすんで見えた。それでいて、いったん中り出し、庭の物置きの中にほうりこんでしまった。 に入ると、もやは消えうせ、あたりははっきり見え するとそれ以来、幽霊のつぶやきは声はびたりと 界それから二週聞後、二度目の事件が起った。ジョ るのだ。 とだえ、二度と起らなくなったのだ。だから、その ン・ダヴィスン氏が、その寝室の模様がえをしてい ついにジョンは、ドアに大きな釘を打ちつけて開 べッドは今でもその庭の一隅の物置の中に入ってい た時、不意にその部屋に誰かがいることに気がつい かないようにしてしまった。だが、それでも怪奇現る。 た。というのは、とりとめのないつぶやき声が聞え そしてその物置の戸は二度と開かれないので、祖 たからだ。しかし、見廻してもドアは閉したままだ象を喰い止めることはできなかった。 あい変らず不気味な声は聞えたし、なんとかして母がまだそこで独りごとをいっているかどうかは、 7 し、彼はそこに一人きりだった。にもかかわらず、 ドアを開けようとしてガリガリと爪でひっかくよう ダヴィスンの家の誰もたしかめたことはない。 かすかなつぶやきとくすくす笑いは、あいかわらず 0
しみ ンクリート の床に幾つも大きな汚点を作った。 「現在の遭難船の位置は : : : 」 しいか ! 宇宙船乗りをやとおうと思ったらそんな口をきかねえ ジャンク屋が航路管理部から入手した資料を方位盤に捜入してゆ ことだ。おれたちの手を借りなければポロ船一隻、動かすこともでく。 きねえくせに」 「銀経一三度一八分七秒。銀緯二度一〇分三秒。第三ホフマン軌道 男はいまわしいものを見るように、血に染 0 た指の間からヒノの定点七二五号からイ = ール三 ・三八一、イコール五一・七八 顔をあおいだ。 〇、 N イコール〇・三一一。誤差小数点以下八位まで。遭難船は完 「おれが行 0 てやる。これは高くつくからな。さあ、おれを連れて全に停止しているから木星の軌道上にある。定点七二五から赤道面 ゆけ ! 」 の時計で二時一三分の方向へ距離九一万四八六三プラスマイナス三 ヒノは男が自分の言葉に従う以外に、生きてこの集会所を出るこキ 0 メートルの地点だ」 とはむすかしいだろうと思った。 ヒノは両手をひろげて首をすくめた。 「一人では宇宙船を操縦することはできないたろう」 「おめえ、ジャンク屋にしておくのはもったいねえな。いずれひと 男は声をふりし・ほっこ。 皮むけばれつきとした元航法士さんたろうが、ま、そんなことはど 「二人いれば大丈夫だ。おめえだって船をとりもどしたいんだろう うでもいいや。おい コウエン」 後から新しく加えた機関士のコウエンが長い顔をつき出した。 「それはそうだ。だが」 「おめえにはエンジンを全部あずける。ていねいに扱わねえと、ジ 「だが ? 」 ャンク屋が泣くぜ」 ヒノの面貌が変った。男は・ ( ネのように立ち上った。 「ありがてえこった」 コウエンは強く歯をすすった。一週間ほど前まで、地上車の運転 をしていたこの男は、ヒ / の誘いに仕事の内容も聞かずに飛びつい 結局、男の希望を容れてもう一人加えて三名とな「た。それはひてぎたのた 0 た。もう何十年もむかし、まだ大圏航路が太陽系内の とつは、ヒノの求めるような自動航法装置の完備した短距離型の宇惑星間経済の大動脈とな 0 ていた頃、市の宇宙船技術学校の教官を 宙船を手に入れることができなか 0 たからでもあ 0 た。ジャンク屋していたというこの男の技量を、ヒノは高く買 0 ていた。スペース は手もちの中古宇宙船の中で、もっとも性能の良いものを供出する ・マンには誰にでも栄光の時代があった。だが栄光は栄光を必要と ことでヒ / の同意を得た。 する時代だからこそ意味がある。それを重く見るか軽く見るかはそ 四十八時間ぶ 0 つづけの整備作業の結果、救助船はようやく飛立れ以後の生き方を決定する。地上車や揚水ポンプではなく、宇宙船 っことができるようになった。三人は船室へもぐりこんだ。 でなければならないのは、あるいは単に好みの問題なのかもしれな ナビゲーダー
ことは解剖してみなければわからないだろうが」 ヒノはシクを静かに床に横たえた。医療パックを運んできて中か 「それよりも早く船を出した方がいいんじゃないか」 ら救急用の酸素ポトルをとり出してマスクをシクの顔にあてた。シ ジャンク屋は死体をしらべることには尻ごみをした。 クの衰弱したほほにかすかに血の色が動いた。そのシクを操縦室へ ヒノはヘルメットを装着するとふたたび船倉にもどった。あとの 運んた。食料にも飲料水にも、全く異常は認められなかった。操縦 室内の空気にはごくわずか二酸化炭素量が多かったが、これは通二人もしぶしぶそれにならってヘルメットに頭を入れた。 常、操縦室内の空気には、人体の呼吸中枢を刺激するために地球大船倉の中に横たわっている死体は明るい照明の下で、最前見た時 よりもすっと小さく、重さを持たない抜け殻のように同し姿勢を保 気よりも二酸化炭素の含有量を多くしてあるので、問題とするには あたらなかった。自記記録計によれば操縦室内の温度、湿度とも急ちつづけていた。 ス・ヘース・スーツ ヒノはコ・ハの硬直した体から宇宙服をはいだ。しかしなまり色 激な変化を生じてはいない。 に変ったひふには、うつ血している部分も、毛細血管の膨張も見ら 「疑わしい点はなにもないそ」 れなかった。体を動かすたびに落ちくぼんだ眼窩の奥底の閉じたま 三人は顔を見あわせた。 ぶたが上り、汚白色に濁った白目がのそいた。削いだような肉の落 「そうだー もしや」 ちたほほに濃い影が動、た。そのほほやひたい、さらに首筋のあた 「なんた ? 」 りにもコバが生きていた時には見られなかったはけしい消耗の跡が ヒノはあることに気がついた。 あった。胸も厚みが失われ、弾力を失ったひふに肋骨がはっきりと 「おい。ジャンク屋。この船は貨物船たったな」 浮き上っている。それは長く病床にあって生命を失った者のように 「そうた。それが何か」 萎えおとろえていた。 「何を連んでいた船だ ? 」 「これはよほど瞬間的に体力を消費したにちがいない」 「さあ。鉱石の・ハラ積みに使われていたことがあったらしいが」 とっ・せん気が狂い生命を失うまでの時間がどれだけあったのかは 「ヒノ。それがどうかしたのか ? 」 わからないが、それにしても想像を絶するエネルギーの消耗たった 「コウエン。以前この船に積んた物から有毒ガスが出て、それが船 にちが 内に残っていたとも考えられるそ」 たがいったいどんな衝撃が彼らを襲ったというのだろう。短い ロも検知されなかったじゃねえ 「しかし船内ェアの検査はやったが信 時間の間に頑健な肉体にこれほど大きな疲労と消耗を強いるような か」 できごととはいったい何だったのだろうか。 「検査機にかからないガスだってあるたろう」 「恐怖だろうか ? 」 「しかし」 「いや。それにしては表情がおたやかだ。恐ろしさのあまり発狂し 「もう一度、コ・ハたちの死体をしらべて見よう。もちろんくわしい 0 8
べよう」 には追い立てることはできなかった。 「今しらべるんだ」 操縦室につづく休眠室をのそいたが、ここにも誰もいなかった。 「おれが許さん ! 」 四個の休眠ポッドは微光灯の下で風防ガラスのような透明なカ・ハー ジャンク屋は蒼日になった。くちびるの端が引きつれた。 をならべていた。休眠ポッドも順序よく行われていたらしい。しか 引有「ようし。おれはやめた。それじゃおめえとコウエンの二人で二隻 し一、二次電源が断たれると同時に、酸素補給機能や栄養点 F 機皀 非の宇宙船を持って帰るんだ。大事な商品だ。さそや安全に運ぶこと が停止したらしく、ここで生きているのはパッテリー電源による だろうよ」 常灯たけだった。 ジャンク屋にとって、それは身を切られるよりもつらい言葉なは 「運動室はどうだ ? 」 しかしこれはもう乗組員全員がなお生きているとは考えられなずだった。 い。どんな非常事態が発生したとしても、操縦室か休眠室のどちら かを確保していれば十日や二十日は十分に生きつづけることができ異変は船倉で起っていた。五人は広い船倉の床にポロ布のように る。その両方を放棄したとなると、救助の手を自ら放棄したことに横たわっていた。かけ寄ってみると、シクだけがまだ息があった。 なるし、何かの原因で正常な思考を維持できなくなったとしか考えヒノはシクの体をかかえ起した。 シクは苦しそうにうめいてうつろな視線を上げた。 られない。 「何があったんた ? シク」 「船外には出ていないのだからさがそう。ジャンク屋」 シクは自分の置かれている状況がよくのみこめないようだった。 ヒノは船倉へ通するハッチを押し開いた。 「いや。このまま持 0 て帰ろう。コウ = ンの話では動力系統も電子必死に頭をもたげ、いそがしく視線を動かして何かを追い求めた。 「しつかりしろ ! シク ! 」 装置も完全だそうだから」 ヒノは彼の耳に口を押しつけてさけんだ。ようやくシクのひとみ 「ばかなことを言うな ! 」 が沈静をとりもどしてきた。 ジャンク屋は強い口調で拒否した。 「わかるか。おれだ。ヒノだよ」 「いいか。これはおれの船だ。回送するためにおまえたちをやとっ シクはかすかにうなずいた。 た。仕事ができないというならば契約はこれまでだ」 「どうしたんた。シク。みんなはどうしたんだ ? 」 「回送するのはいやだとは言っていないだろう。あきらかに船内で 異常事態が発生しているのだ。それをたしかめもしないで運べると「みんな ? 」 ィールや : : : みんな死んでいるぜ」 「ああ。ハザウェイやフ 思うか ! 」 「だからここからいちばん近い宇宙基地へ持って行ってそこでしら「死んでいる ? 」 7
ーと考えにふけるのだが、ここでいつもカルの思考は混乱してしま いう。「何事か成し遂げるためには、信じることが必要でございま まぼろし うのだった。 / 彼の思考は彼自身のものであり、 いかなる者も、彼のしよう。ものの形は幻、物質は幻想、実体性とは夢にすぎませぬ。 考えを支配することはできない。そして自分の好きなときに、考え自分が人であると信じている故に、人は人となる。人とは、神々の をめぐらせることができる。だが本当にそうなのか ? それはコウ夢にすぎぬのではございませぬかな ? けれども人は、自分がなり モリのようなものではないのだろうか ? カルの意志ではなく、他たいと思うものになることができまする。形と物質とは、単なる幻 の誰かの命令や、指令によって、出現したり、消えたりするのでは想にすぎませぬ。精神、自我、それは神の夢想の精髄でございまし ほんもの なかろうか ? だが誰の命令で ? ーー神か ? それとも運命のよ う , ーーそれは真物、不減のものでございましよう。見たらば、信 糸を紡ぐ女神たちなのか ? カルは結論にたどりつくことはできなずるがよろしい。もし、カル殿、御身が何かを成就したいとお思い かった。というのは、その各々の精神的な段階で、明確な結論を得になっているのでしたらな」 たという錯覚と、それに対する反論を生み出すぼんやりとした灰色 王は、その言葉を完全に理解したわけではなかった。魔道師の謎 の霞に包まれてしまい、ますます混乱するようになるという有様をめいた言葉を、一度たりとも、完全に理解したことはなかった。し 呈していたからであった。ただ次のようなことに関しては、カルに かし、その言葉は、彼の実存のどこかに、おぼろげな共感を生ん も、よくわか「ていた。あたかも、何事かささやきかけてくる非存だ。それ故、来る日も来る日も、カルはツザン・トウーンの鏡の前 在の深淵より、呼びもしないのに飛びきたったコウモリのように、 に座した。そして彼の背後には、魔道師が、あたかも影のように、 まろし 不可思議な幻が心の内に忍びこんできているのだ。これまで一度 いつもひっそりと控えているのだった。 たりとも、このようなことを考えたことはなかった。しかし今や、 やがて或る日のこと、カルは、見知らぬ土地の姿を垣間見たと感 まぼろし その幻が、眠「ているときも、目覚めているときも、カルの心をじた。カルの意識を、・ほんやりとした思考と知覚が横切っていった ゅめうつつ 支配して離さない。時には、夢現の内にあゆんでいるとさえ思えのだ。日に、日に、カルはこちらの世界から遠去か 0 ていくように る。そしてカルの眠りは、奇怪な、おそましい夢に満たされている思えた。総ての物事は、こうして日を経る毎に、より幻想的に、非 のだった。 現実的になっていくように思えるのだ。ただ鏡の内なる男のみが、 「教えてくれ、魔道師よ」鏡の前に座し、自らの映像に瞳を釘付け現実のものと思えてくるのだ 0 た。今やカルは、何か、より強大な にしたまま、カルがいう。「いかにしたら、この扉を通り抜けるこ世界へ通ずる扉のすぐ近くにいるような気がしていた。巨大な光景 とができるのか ? まことの話、あちら側が現実で、こちらが影な が、輝きを放ちながら、飛ぶように通り過ぎていく。非現実的感覚 のかどうか、確信すら持てぬ。少なくとも、余の見ているものは、 の霧は薄れていった。 何らかの形で存在しているには違いないのだが」 「ものの形は幻、物質とは幻想、総ては単なる幻影にすぎないので 「見たらば、信じなさるがいい」ものうげに、ツザン・トウーン・、 ございます」その言葉は、あたかもカルの意識の内なるどこか彼方 4
チモホロビテヒサシイ。ワレワレモスデニオトロエタ。イグルーヲ た。読み終ったのか、それとも読むことを止めてしまったのかい 0 デルベキトキガキタョウダ。シカシアノショク・フッハ、ナオモセカ くらその方向に心を開いても、もうあの詩は心には入ってこなかっ 9 た。ヒノは使わなくなってからすでに十数年にもなる立体テレビのイヲオオッティル。コ / ママデハフタタビカコノヒゲキヲクリカエ スイッチをひねった。しかしスイッチは錆びついたのか、いくらカスダケダ。ソコデワレワレハ、シグナルヲオクリ、ダレカガココへ をこめても動かなかった。電話機はもう何年も前に保安局によってャッテキテクレル / フナガイアイダマチッヅケタ。 回収されてしまっていた。そのような通信手段は危険だという説明「それがおれだった、というわけか」 ! 」っこ 0 コレマデハコトゴトクシッパイダッタ。ワレワレノシグナル ニフレタダケデダイノウニイジョウヲキタシタリ、ヒドイ・ハアイニ 何も考えないことだった。朝夕のあいさつ。しゃれた会話のやり ハタダチニソレガシニツナガッタ。 とり。仕事の上での連絡や討論。そうした意味のない日常の会話だ けがすべてなのだ。テレバシーによる結びつきを一方ではこの上な 「なかまが何人も死んだ」 く便利で真率なものと感じながら、一方ではおのれの中のよこしま ャムヲエナカッタ。ドンナセイ・フツニデモカンチデキルシグ な部分に触れられることに屈辱と怒りを感じていた。あきらかにそナルニシナケレ・ハナラナカッタカラダ。 れは、一一一〕語による意志伝達を根源におく生物の精神構造には全くそ「それでどうしようというのだ ? 」 ぐわないものだった。個が全体であり、全体が個であるような生物 ソノ、エントウヲ、タニマニナゲテクレ。ア / ショク・フッ / のものだったのだ。群体を作る胞子虫や、分裂繁殖をする緑藻類なテレバシーチ、ウケイキノウガウシナワレル。 どだったらごく自然にそれを受け入れ、最初からそれに適応してゆ「そんなものを作ったのか ? 」 くことだろう。そこではよこしまでないものの中にあるよこしまな アノ、ヒライタイグルーノナカマガジプン / カラダヲヘンシ どは存在しない。すべてはそのときどきに絶対なものである。進化ンサセタモノダ。 とはまさしくそうしたものなのだ。そこでこそテレ。 ( シーははじめ「おまえたちは人間か ? 」 てテレバシーとしての意味を持つのだろう。 オマエノイウイミデノニンゲンデハナイ。 ヒ / は眠った。夢のない傷ついた眠りを眠った。 「やってみよう。ただ、すてるだけでよいのだな」 ヒノは奇妙な円筒をかついで・、ゆるやかな斜面を下っていった。 岩石の原はもとの草原にもどった。風はいぜんとして広大な谷間か ワレワレハコノコウゲンノガンセキノナカニフクマレティル ブッシッガ、テレバシーヲサ工ギルコトヲハッケンシタ。ワレワレら吹き上け、ヒ / の耳もとで鳴った。 ハソノガンセキディグルーヲックッテトジコモッタ。ナガイナガイ ヒノは足もとにかかえてきた円筒を投げ棄てた。円筒は厚く繁っ ジカンガスギタ。ワレワレガアトニノコシテキタオオクノナカマタ た葉の間に落ち、一回転してそこにとどまった。衝撃で円筒の底の