今じゃ、少し早まったことをしたと思っとるがね。ま、確かにこい 意を読みとることはできませんでした。「じゃあ、やるんだな」 とすると残る道は、そいつを つの言うことは正しいには違いない。 自分の住まいへ戻ると、デレゾング・タッシュは、ベルを鳴らし 盗むしかないな」 て弟子を呼びました。三つめのベルで、ザーメル・セが、大きな青 、ごもっともで、陛下」 王様は長い顎を拳の上にすえ、瑪瑙のような目で、遠くをみてい銅の剣を、手のひらの上に、つか頭を立てて・ハランスをとりなが るようにみえました。王様の指にはめた灰色の金属でできた指環ら、フラフラと入ってきました。 冫いっかきっと、誰か運悪くそこに に、ラン。フの光があたって輝いています。この指環は、流星の芯か 「その芸当をやっているうちこ、 いる奴のつまさきをちょん切ることになるそ」とデレゾングが言い らっくったもので、その魔除けの効力はすばらしく、これをはめて いる者には、ロテールの魘術師の呪文さえ効きめがないほどなのでました。「そいつが手前のつまさきであることを祈るよ。明日、仕 す。ヴァカール大帝以来、王は代々この指環をはめているのです。事で出発だ」 「おおっぴらにその宝石を取ってくるわけにはいかん。そんなこと ザーメルはあざやかに。ハッと柄を握って、ニャニヤと師匠に笑っ をすれば、戦争じゃ。だからといって、こっそりやることもならてみせました。「けっこうですね ! してどちらまで ? 」 ん。さてそこでじゃ、イレ。フロの気紛れな願いをきいてやるには、 デレゾングは、一部始終を話してきかせました。 「そりやいいや ! 決行だ ! 胸が躍るそ ! 」ザーメルは、剣でシ 少々の面倒も覚悟はするが、ロテールと戦争をやるつもりはないー ュッと空を切りました。「師匠が女王陛下の母君の災いを、魔法の ー少なくとも、あらゆる手をつくすまではな。というわけで、お前 さんが、ロテールまで出向いて、その宝石を手に入れるのじゃよ」カでとり除いてやってからこのかた、あたしどもは、鼻の上にチョ ンとおさまってる眼鏡よろしく、こんな部屋に住み、王様からいた 「よい、かしこまりました、陛下」デレゾングは誠心誠意、といっ てもいくぶん無理をして答えました。どんな種類の抗議も、不運な だきものをするだけという御身分ですからね」 大臣の首をみれば、たちどころに消えてしまいます。 「それで悪いか ? おれは誰の邪魔もせず、誰からも妨害されずに 「もちろん、お前さんひとりの手に負えないというんなら、ジス・ク暮してきた。ところが今どき、冬が来ようってのに、岩だらけのロ の王が、手助け用の魔法使いを貸してくれるよ : : : 」ヴァールは愛テールの果まで出かけ、王のお気に入りの妾が、あほらしくも胸を 想よく、思慮あるところをみせました。 焦がしている安物のために、命を賭けなきゃならんとはね」 「とんでもない、陛下 ! 」デレゾングは、五フ ィート五インチの体「またなんであんなものをね ? 」とザーメルがききました。「あの を精一杯にのばして叫びました。「助けになるというほどではあり女はもともとロテール人だから、あの宝石で身を飾りたいからかっ ばらってきたいというより、自分の国の宗教的なシンポルとして、 ませんが、あの間抜けな弟子でも、ちっとは役に立ちますよ ! 」 ヴァール王は獰猛な笑いをみせたけれど、デレゾングには、その手もとに置いて保護したいってんでしようか ? 」 380
角笛の響きは、閉しこめられた部屋の中で耳を聾するばかりに鳴部屋いつばいに、肉が焼かれる臭いがひろがり、デレゾングは鼻 り渡りました。デレゾングは、音を出したことによって、ロテールをしかめました。責め役人の道具が、なん回かふるえている罪人の 人に居場所を知られ、暗闇の中で切りつけられてはかなわないの体にジュージューとくいこむと、ロテール人は、突然、金切声をは で、場所を変え、もう一度、角笛を吹きました。大きな足音をた りあげました。 て、剣を鳴らして、ヴァール王の護衛兵たちがやってきました。ド 「話すから ! 」男は息を切らせました。起き上がることを許される アがあらあらしく開き、兵隊たちは手に手に武器を持ち、たいまっと、男は話し始めました。「いいか、王よ。わたしはウルキル、イ を高くかかげて、ドッと部屋になだれこんできました。 レプロの夫だ。ほかの者は、イレプロの兄コネスプ・ロテール国王 「そいつらを捕えろ ! 」ヴァール王は、ロテール人を指して言いまの高官であるそ」 「高官だって ! 」ヴァール王は荒い息を吐きました。 ロテール人の一人は、抵抗を試みましたが、護衛兵の剣がサッと「わたしの義兄には、世継ぎがないので、わたしと二人で計らい 振りおろされると、男の手首はとんでしまいました。ロテール人はその王国とあなたの国とを、いっかはわたしの息子ペンデイトルの 悲鳴をあげ、床にくずおれて、血を流して、死にました。ほかの奴支配下に置こうとしたのだ。ここにいるあなたの魔術師は、タンデ イラの眼を盗むことになっていた。そうすれば、イレプロが悪魔ト らも、難なく片づいてしまいました。 ル・ラングを呼び出した時にも、あの宝石の神通力によって、悪魔 「さて」と王は言いました。「お前たちに情をかけて、すぐ死ねる ようにしてやろうか、それとも、ゆっくり手間をかけて、責め道具は彼女を襲うことができない。悪魔は、確かにあなたを始末する筈 にかける、ずっと面白い死を授けてやろうか。お前たちの企みとそだったのだ。あの流星メタルの指環をはめている限り、トル・ラン の目的をすっかり白状してしまえば、先に言ったほうの死を選ぶこグより小さい霊界の住人は、あなたをやつつけるのは不可能だ。あ なたが片づいたら、彼女は息子のペンデイトルを王とすることを宣 とを許してやろう」 言する。あなたがすでに息子を後継者に指定し、彼女を、息子が大 ロテール人は目配せを交わし、沈黙を守っています。 きくなるまでの摂政ときめたことにして。だが、あの宝石の魔除け 「話せ ! 」とヴァールは言いました。 それでも彼らは、返事をしません。 の偉力は、どうも昔ほどではなかったようだ。妻があの宝石を悪魔 「責め役を連れてこい」とヴァール王。 の腹に押しつけたというのに、あいつは妻をのみこんでしまったの だから」 四半どきほどして、責め役が現われ、道具一式が用意されまし た。ヴァールは、裸にさせられたロテール人を指さして言いまし「よく正直に話したな」ヴァール王は言いました。「だがおまえは 自分の妻をわしの妃にして、オメオメと生きているばかりか、ここ 9 「そいっから始めろ。どうやら首領らしい」 で変装していられるっていう神経は、まったくもってわからんよ。
下からデレゾングを見上げました。王様は聴聞室の王座にすわってました。いつもは花瓶が置いてある王座の前のテープルの上に、今 いましたが、頭上の壁には、ヴァール王の祖先、ザ・フテ ィール王のは銀のお盆があってその上に総理大臣の首が、胴体を離れたとたん 角笛がかけてありました。二番目の王座には、ロテール出身の王の にこの上に落ちたといわんばかりの、理智のかけらもないうつろな 愛妾イレプロがすわっています。これがすんぐりとした中年のロテ表情を浮かべて、のっているのです。 1 ル女で、毛深く、出っ歯ときている。この女のどこがよくて王様当然のことながら、ヴァール王の御気嫌はうるわしくない。 ま : いや、中年に達した王様は、おそらく美人にあきて、まった 「なんでしようか、王様 ? 」デレゾングは、総理大臣の首と王様の く反対の女に趣きを求めたのでありましよう。あるいは、ロテール顔とをかわりばんこに見ながら、うかがいました。 の高官コネス。フから、狩りの最中に夫が事故死して、未亡人になっ ヴァール王は言いました。「うん、魔術師君、わしの愛妾イレプ てしまった妹イレ。フロを、無理矢理におしつけられたが、そのうち口がな、お前さんも知っとるしやろう。そのイレプロがな、お前さ に王様は、この女が好きになってしまったのかもしれません。 んだけしか満たしてやることができない欲望を抱いておってな」 それともロテールの魔術師の僧侶の手が、このへんてこな事件の 「なんでございますって、陛下 ? 」とっさに感ちがいしたデレゾン グは、春の食用蛙のように目玉をむきました。というのは、ヴァー 裏でうごめいているのか。とにかく、魔術師とか化け物のたぐいが 関係あるというなら、ヴァール王が、イレプロと、ロテール人の前 ル王は、自分の女を他人と共有することについては、これつぼっち 夫との間にできた若い息子を、自分の後継ぎときめたことについ の寛大さも持ちあわせていないことで、つとにその名をはせていた 、ーレムの中で、誰がといって、このイレ て、説明もっこうというものです。もっとも、噂にたがわず、王様のです。それに、王様のノ がほんとうにそんなことをしたのならの話ですがね。 ( デレゾング。フロくらい、いただきたくない女はいよ、。 は、その息子がここにいなくて、やれやれと思いました。もっと 王様は言いました。「タンデイラの女神の第三の目にはまってい も、ロテールの女四人が、ありあまるほどの毛皮にくるまって、イる宝石が欲しいというのじゃ。ロテールにあるあの神殿を知っとる レ。フロの足もとにうずくまっていますが ) 。 じやろう ? 」 とにかく、ここには自分には解らないなにかがある、とデレゾン「存じております、陛下」とびきり愛想のいい笑顔をつくりながら グは思いこんでいました。それが解りさえすれば、言うことはない も、デレゾングの心臓は、膝のあたりまでおっこちてきました。こ のだが : ・ 今のところは一応、ロテールとロルスクの間には平和れでは、イレプロとねんごろになるほうがまだましというもので 条約が結ばれているけれど、ヴァール王がロテ 1 ルを襲って掠奪しす。 こあきんど たあの暴挙を、彼らが忘れているとは思えないのです。 「この肝っ玉の小さい小商人めが」とヴァールは首を指して、「こ とにかく王様の前にひれ伏して、さて頭をあげてみると、はじめの話をもちかけたところが、宝石は持ち出すことができないとぬか 7 には目に入らなかったしろものがあるのに、デレゾングは気がっきしおった。だから、身の丈をちちめられることになったのじゃよ。
、七フ ィーもあろうというロルスクの大男が見張り番に立ち、 から出てきて、向うの道の方へ、こそこそとうしろめたい様子で逃 一人は剣を抜きはなち、一人は矢をつがえているというものものしげていきましたよ。もしかして、この神聖な場所で、奴らが盗みを 9 さです。青い上衣を着、オリカルクの腕環をはめた、赤毛のヒ = ロやったかどうか確かめる必要があるんじゃありませんか ? 」 長いアトランティス人が、王冠を見て指さし、ぐいと突っついたり 番兵たちがあわてて寺院の中をしらべにかけていってしまうと、 しているのを、番兵は、その偉大な黒髪ごしに見下していました。 デレゾングとその弟子は、反対の方向へ大急ぎで逃げていきまし するとやがて、背の低いほうのアトランティス人、つまりデレゾン た。ザーメルがつぶやきました。 グの化けた姿が大口をあいてポカンと見ている片割れを置き去りに 「少なくとも、この宝石を、またもとのところへ戻さなくてもすむ して、外へ出ていきました。 ことを祈りますよ ! 」 背の低いアトランティス人は、入口を出るやいなや、大声を発し デレゾングとザーメルは、夜おそくニーセットに着きましたが、 たのです。番兵たちは声のしたほうを見ると、今の男が横向きにな かわいい女たちに挨拶をするひまもあらばこそ、使者がやってき って戸口の端のあたりで、頭を突き出し、まるでのけそるようにし , て、王様がデレゾングに、今すぐ会いたいと言うのです。 て上を向き、両手で咽喉をつかんでいるのがみえました。 デレゾングが出かけていくと、聴問室にいるヴァール王は、どう 番兵どもは、デレゾングが自分の首を締めているとは知らずに、 見ても今、べッドから出てきたばかり、王冠をのせ、やせつ。ほちな 入口へ向って、すっとんできました。近づいていくと、襲撃されて体に熊の皮をまとっているだけというありさまです。イレ。フロも、 いたはずのアトランティス人は消えて、元の姿に戻ったデレゾングくだけた衣装をつけ、いつもそばを離れない四人の召使いを従え が、入口へ向って歩いてくるのに出会いました。その隙に、寺院のて、チンと控えております。 中では、。 サーメルの強力な指が、・ タイオール王の王冠から宝石を抜「手に入れたか ? 」モジャモジャの眉をあげて、そう問うヴァール き取りました。 王の態度には、有無を言わせないものがありました。 「どうかしたんですか、旦那 ? 」とデレゾングは番兵にききなが 「これでございます。陛下」デレゾングは床から立ち上がり、ダイ ら、キョロキョロとあたりを見まわしていると、ザーメルが、寺院オール王の王冠からとってきた宝石を持って、進み出ました。 の入口から出てきました。そうこうしているうちに、ザーメルもア ヴァール王はそれをつまみ、たった一つのランプの光にすかして トランティス人の姿を消し、番兵と同じようなロルスク人になって眺めました。デレゾングは、王が宝石の光が六色か七色かを勘定し いました。もっとも、番兵ほど背は高くなく、モジャモジャの顎鬚ようとしているのかなと思ったけれど、ヴァール王が、高等な数学 もなかったけれど。 にはまるきり弱いことはっとに名高いのを思い出して、ホッとしま 「アトランティス人をお探しですかい」とデレゾングは、番兵の門 した。王は、宝石をイレ。フロの方に差し出しました。 いに答えて言いました。「そんなら、そんなような男が二人、寺院「ほら妃ゃ。これでもういっ果てるともわからない悲しみは、おし
これは、偶像の眼から宝石を盗んだ男のお話ですーーーでも、みな さてお酒もたつぶり飲んだことだし、これを機会にそろそろ読書 さんが考えているようなお話とは違います。みなさんの頭に浮かん用の椅子からおみこしをあげて、弟子のザーメル・セといっしょに 7 だお話というのは、八十なん年か昔、ウイルキー・コリンズによっ晩餐てことにするか、とデレゾングは思いました。デレゾングの息 て語られたものです。 子四人が、デレゾングに悪意を抱く者にそなえて、お毒味の役をつ だけどこのお話は、それよりずっと昔にさかのばりますーーー「ずとめるのですが、そのもひとつ前のお毒味役というのが、ザーメル っとすっと昔のことで、その間には、地殻が隆起して山ができ、山なのです。そして、一同がもう二、三杯ほど酒壷を空にすると、デ 腹には、都市が生まれました」この物語は、沈みゆくボサイドニス レゾングは一番きれいな女三人を選んで、ヨタヨタとべッドへ直行 大陸にあるロルスク王国の首都ニ 1 セットは気紛れ王ヴァールの官というのは、例によって例のごとし。罪のないことよと人は言うで 殿、および、王の術師デレゾング・タッシュの住まいとなってい しよう。実際、デレゾングは、胸中すでにその三人を選んでいたの る王宮の一室に端を発しているのです。 ですが、その中で誰を、今夜の楽しみをともする相手とするかは、 ある日の午後、デレゾングは専用の図書室で、緑色のワイン、ジまだ決めてありませんでした。 スクをなめながら、蒐集したロンタングの断章を読んでいました。 とそのとき、ドアをノックする者があり、ヴァール王のもっとも 自分自身についても、世の中についても、心やすらかなおもいでし横柄なお付きのかん高い声がきこえてきました。「魔術師殿、王様 た。な・せって、このところまる十日間というもの、ごく自然な方法 がただちにお目にかかるとのことです ! 」 であれ、なんであれ、彼を殺そうとした者は誰一人いなかったから「なんの用だ ? 」とデレゾングは不興げにのどをならしました。 です。謎の象形文字を解読するのにあきてしまうと、デレゾングは「こうのとりが、冬どこへ行くかなそと、わたしが知っていましょ 杯の縁ごしに、悪魔のスクリーンをしっとみつめるくせがありましうか ? セドウで死んだ者が生きている秘密を、わたしが知ってい た。そこには、かの偉大なシュアジッドの筆になる ( ヴァール王のるとでもいうのですか ? リファイ城の城壁の中になにがあるか、 気紛れな不興を買う以前の作です ) デレゾングの魔術の世界に住む北風がわたしに打ちあけてくれたってわけですか ? 」 悪置たちの全貌が、恐ろしげなフェルナゾットから、ちっぽけな化「そんなことはあるまいな」とデレゾングは欠伸まじりにつぶやい け物のはしくれにいたるまで、召集に応じて集まってきた図としてて立ちあがり、チョコチョコと王様のところへでかけていきまし 描かれているのです。 た。不意の刺客から背後を守ってくれるザーメルぬきに、宮殿の広 デレゾングの姿をみれば、化け物でも悩むことがあるのじゃない 間を抜けていくのがこわく、歩きながらつい、肩越しにふりかえっ か、と首をかしげたくなるでしよう。なにしろ、デレゾングときたて後を確かめてしまいます。 ら、太っちょの小男で ( といっても、ロルスク人としては小柄とい ヴァール王のツルツルに禿げた頭が、ランプの光を照りかえして いました。王様は、もしやもしやと重くるしく生え茂っている眉の う程度ですが ) 、まるい童顔に白い髪といったご面相なのです。
「わからんね。ここの女たちにも、見当がっかんといってる。ロテ「宝石の魔力のほどは ? 」デレゾングがたすねました。 1 ル人についちゃ : : : ま、それはともかく、コースと必要品のプラ 「大へんなものだ。といっても遠くから伝わってくる噂のことだか ンをたてよう」 ら、尾ヒレがついているんだろうけど。世界中でいちばんすごい神 その夜、デレゾングは、たった一人だけ、べッドのお相手をつと通力をもっていて、あの恐ろしいトル・ラングさえ追っ払われちゃ めるお妾さんを選んだのです。 うってことだ。悪魔の中でも、もっとも魔力のある悪魔でさえね」 「ヴァール王の流星メタルの指環より強いってのか ? 」 二人は、シレニア海の浜辺づたいに東方へ道をとり、豊饒なジス 「はるかに。だけどね、おれたちの古い間柄からいえばね、名前を クへと馬をすすめていきました。そして首都アムフェレで、デレゾ変えて、どこかよそのもっと骨の折れない領主に仕えたほうがいし ングの友達、玉造りのゴシャップ・トウージを探し出し、まさかよ。あの目玉を取ろうとしたって、なんの得もありやしないよ」 のときに備えて武装するための知恵を借りたのです。 デレゾングは、絹のような白髪と髯に指を突っこんで、ひっかき 「その宝石はね」とゴシャップは言いました。「ちょうど小さな拳まわしました。「まったくね。あの王は、おれの能力に疑いをもっ くらいの大きさで、卵型をしていて、小面がなく、しすんた濃い紫たら、容赦なくおれを傷めつけることだろう。だけど、今おれが手 色をしている。片側からみると、サファイアのような光を発するに入れている贅沢な暮しを捨てるのは、ちょっとやさしいことじゃ が、光の色は六色ではなく、七色だ。タンデイラの像の真中の目のない ほかのどこで、あんなに貴重な本や、身もとろけるような女 になっていて、鉛の爪ではめこまれている。どんなやり方にせ たちを手に入れることができる ? できっこないよ。あの気紛れさ よ、方法についてなんとも言えないね。タンデイラの僧侶どもは、 えなければ、ヴァール王は、まったくいい君主だよ」 宝石を守るのに番人を傭っているけれど、こいつらがまた能力があ「だけどな、おれのいいたいのは、その世にかくれなき気紛れが、 って、不愉快な奴らときてる。ここ五世紀の間に、あの宝石を盗も いつおまえに向けられるかわかるかってことだ」 うとした企てが二十三回あったが、みんな盜賊どもにとっては、命「わからんね。ときどき、未開な国の王様に仕えるほうが楽かもし 取りに終ってしまった。最後の奴なんそ、このゴシャップ・トウー れないと考えることはある。未開人って奴は、習慣と儀式っていう ジュはね、盗賊の死体が : : : 」 着物にすつぼりと包まれているから、なにごとも見当がっきやす ゴシャップが、不成功に終った盗みの手口を話すと、ザーメルの ほうは陽気に合の手なんそを入れるけど、デレゾングは、酒の中を「じやどうして逃げないんだい ? シレニア海を越えれば、立派な のそきこみ、まるで百足でもみつけたかのように、いやーな顔をし君主国トルツアイシュがある。あそこならおまえのように役に立っ ましたーーーといっても彼にしろ弟子にしろ、決して戦国時代の腰抜ものは、すぐとりたてられるだろうしーー」 けではありません。 「ところがね」デレゾングは言いました。「ヴァール王は、人質を 3 田
先頭の男は、トル・ラングの姿があったあたりを狙って、剣をふ 王は助けを求めて大声をはりあげているけれど、誰もこれに応え りまわしましたが、手応えむなしく、空を切っただけでした。それるものはありません。この奥まった部屋では、厚い石の壁と掛け物 3 から男は、王とデレゾングの方に向き直りました。 が音を消し、王の声は、ヴァール王の護衛兵のたまり場となってい 「こいつらを生け捕りにしろ ! 」男はロテール語で言いました。「おる外の部屋までとどくことはないのです。ほかの連中と同しく、王 れたちが無事に脱出するための人質だ」 もまた押され気味で、遂に三人は肩を並べてコーナーに追いつめら 四人は剣を構え、空いている手を、たった今消えた魔悪の爪のよれたまま、奮戦また奮戦。剣のひとふりが、デレゾングの頭の側面 うに、わしづかみにするかのごとくひろげて、前進してきます。そに当たり、くらくらと目まいがしました。そして、金属的な音は、 の時、反対側のドアが開いて、腕いつばいに剣をかかえたザーメル王の王冠に剣が打ちおろされたことを語り、ザーメルの悲鳴が、彼 が入ってきました。そのうちの二本をデレゾングとヴァール王に投もまた傷ついたことを告ける。 げてよこすと、二人は、その柄をパッと受けとめました。そしてザ デレゾングは、急速に疲れていくのを感しました。ひと息ひと息 ーメルは残りの一本を大きな手で握りしめ、二人の脇に陣どりましが、大仕事です。それに剣の柄は、痛む指の中でつるつるすべる。 彼らに立ち向っていくためのなにかもっと間接的な戦術をみつけな 限り、やがて彼らはデレゾングの守りを破り、とどめを刺すこと 「手おくれだ」と別のロテール人が言いました。「殺して逃けるのい でしよう。 が、唯一の道だ」 その宣言にふさわしく、その男は三人のロルスク人にたち向いま彼は、〔目前にいるロテール人にではなく、テープルの上で心細く した。チャリン ! チャリン ! 七人の男が、うす暗がりの中で剣またたいている小さなランプめがけて、剣を投けつけました。ラン を振りまわし、それを受ける音が響きわたります。ヴァール王は、 プはガチャンと音をたててフッとび、火が消えました。そこでデレ 熊の毛皮を左手に巻きつけて楯とし、まっ裸に王冠だけという姿でゾングは。 ( ッと身を伏せ、四つん這いになって、抛った剣をとりに 戦う始末です。ロルスク人は手のとどく距離については有利である這っていきました。後の暗闇で足音がきこえ、まちがって味方を打 ちのめしよしよ、 一方、王の年齢とデレゾングの肥満、それに剣の腕前の凡庸さとい をオしかという恐れと、うつかり口をきいて自分の居場 うハンディを背負っていました。 所を敵に知らせてはならないという思いに、みだれた息づかいをし デレゾングは堂々と切りつけ、突きまくりながらも、だんだんとている男たちの気配がうかがえました。 コーナーに追いつめられていく感じで、それに肩に受けた傷が痛み デレゾングは壁に沿って動いていくと、ザープティル王の狩りの ます。魔法使いの力を無知な人はどう考えるかしらないけれど、命角笛がぶらさがっているのに触れました。その王の形見を壁から捻 をかけて体をはって戦いながら、呪文をとなえるなんて芸当は、と り取ると、胸いつばいに息を吸いこんで、・ハ力でかい音を出す角笛 てもできるものではない。 を吹いたのです。
られているかのように、行く手の小砂利をはねのけてころがってくれた指を吸い、手持ちの悪魘の中で、もっとも恐ろしいやつの名を るのです。そしてまた、つま先までやってくると、。ヒタリと止ま唱えて、タンデイラの僧侶を呪いながら、はねまわりました。宝石 9 3 る。 は、カスリ傷一つ負わすに、横たわっております。 デレゾングは宝石を拾いあげ、あらためてしげしげとみたが、ど 僧侶どもは、この宝石に、デレゾングを追う魔法をかけたばかり こにも傷ついた形跡はありません。彼は、高官コネスプが自分の妹カ 、、ドウザーテングの呪文によって、デレゾングが宝石を壊そうと をヴァール王に押しつけたときの、性急なやり口と、宝石を欲しいすれば、ただちにデレゾン、グが痛い目にあうように、呪いをこめて といったのが、同じイレ。フロに端を発しているという事実を思い出おいたのです。もっと念入りに宝石を破壊しようと試みたら、おそ しました。 らくあしの一本もへし折ることになるでしよう。ドウザーテングの 突然の激情に駆られて、デレゾングは峡谷のはるか向う側めがけ呪は、デレゾングの持っていない材料を使い、ひどくこみ入った呪 て、宝石を投げつけました。どう考えても、宝石は曲りくねった道文によってかけるもので、その材料の中には、ひどくけったいな、 に沿ってころがり、谷へ落ちて、反対側の崖にぶつかるはずです。 いやらしい物もあるのです。 ところが、そいつは谷のまん中へんで速度が落ち、逆にこっちへ戻 かくてデレゾングは、この宝石にかけられたもろもろの呪文を解 ってきて、今そいつを投げたばかりの手のうちに、スルスルとおさき、これ以上宝石に悩まされないためには、たった一つしか方法が まってしまいました。 ないことを悟りました。タンデイラ像の額の孔にこの宝石を戻し、 これはもう、タンデイラの僧侶が、この宝石を通して、ヴァール 鉛の爪をたたいて、宝石をしつかりとめてやることです。だがこの 王に巧妙な罠をしかけたことこ司違、よよ、。 冫尸、し。オしデレゾングがこの使仕事は、はじめの盜む作業より、いちたんと困難であることはあき 命を達成することが、王様やロルスク王国にどうひびくかについてらかです。なぜなら、タンデイラの僧侶が、デレゾングにこの宝石 は、まったく見当がっきません。とにかくこの宝石には神通力があを盗むように仕向けたのなら、それを返そうとする試みに対して り、だからヴァール王には害を及・ほさず、反対に寄ってくれるはすは、はじめに宝石を守った時よりもっと手強い邪魔をするに違いな だということだけしか、 } かりません。とはいえ、なにかしら面白 いからです。 くないたくらみのあることは確かで、そのとりもち役になることに だがやるよりほかはない。デレゾングは宝石を上衣にしまい、馬 は、どうも気が進まない。彼は平らな岩の上に宝石を置き、自分の に乗って ( 残りの三頭は繋ぎつばなしにしたまま ) 、蹄の音を谷間 頭大の石をみつけてきて、両手でそいつを持ちあけ、宝石の上に思 にこだまさせて、もときた道をひっかえしていきました。タンディ いきり落とした : ラの寺院がうすくまるように建っている小高い丘まで辿りつくと、 と思ったのだが、石は落下していく途中で岩の突き出た角にぶつまさに出し抜かれたことは一目瞭然。寺院の入口のまわりには、 こざね かり、とたんにデレゾングはゼーンの悪魔のダンスよろしく、潰さまや番兵どもが二列横隊に並んで立っており、青銅の鎧の小札が
だが、ロテール人の習慣は、こことは違うからな。さあ、番兵どが盗んだとあっては、面白くあるまい。そこでじゃ、わしの命令だ が、さっそくにも、アムフェレヘ戻ってーーー」 も、こやつらを連れていけ。そして首を刎ねるんじゃ」 「ああ、それはいけません ! 」思わすデレゾングは、そう叫んでし 「もう一言、言わせてください、王様」とウルキルは申しました。 「わたしはどうなろうとかまわない。愛するイレプロがいなくなつまった。 たのですから。だが息子のペンデイトルだけは、父親の誤った計り「・・ーーアムフェレヘ戻るのじゃ」王は彼の言葉がきこえなかったか のように、続けました。「そして、宝石を、ジースク王の王冠のも ごとの犠牲にならないよう、お願いしたいのです」 とあったとおりの場所に戻すのじゃ。宝石がなくなったことも、戻 「すると、息子が大きくなったら、復讐するという筋書きかね ? ったことも、おまえの仕業とは露気づかせずにやるのじゃよ。おま 馬鹿なことを言うな。さあ、出ていけ、首も一緒に」王はなまなま えやおまえの弟子のような海千山千の悪党が、その気になりさえす しい傷を拭っているデレゾングに向って言いました。「タンデイラ れば、こんなささいな仕事なんそ、朝めし前だろう。じゃ、おやす の眼が、うまくいかなかったのは、どうしてだ ? 」 デレゾングは恐ろしさに身をふるわせながら、ロテールでの掠奪み、魔術師君」 ヴァ 1 ル王は熊の毛皮を体に巻きつけ、顔を見合わせているデレ と、それに続くアムフ = レでのサファイア窃盗について、本当のこ ゾングとザーメルを置き去りにして、自分の部屋へ行ってしまいま とを話しました。 「あー、それであの宝石の光を数えることができなかったのたなした。 ! 」とヴァール王は言いました。 平ー 9 0 < ・・ヴァン・ヴォクト 王は立ち止まると、床の上に転がっている宝石をつまみあげまし 宇宙嵐のかなた た。体をふるわせながら、デレゾングは、今ロテ 1 ル人たちが経験 地球はるかに暗黒の字宙を突き進む巨大宇宙船 ! しているような体の切断を、わが身に予想したのです。ところがヴ アールは、うっすらと笑いを浮かべました。 \ ー 9 0 ハミルトン エドモンド・ 「運のいい失敗たったな」と王は言いました。「二人のおかげだ よ。まずロルスクの王位を狙っていたロテ 1 ル人の陰謀を見破った , 、さすらいのスターウルフ 大銀河せましと暴れまわる宇宙の一匹狠 ! 確かな目と、こんなにもうまく、わしの傍で戦ってくれたおかげ で、今夜は、ほんとうに助かったよ。 \ 2 2 0 ロハート・ LLI ・、ワード だが、ちょっとばかり困ったことがある。ダイオール王は、わし ′月 のよき友達でな、この友情はこわしたくない。たとえ、よく説明し 時は幻想の超古代、黒魔術と戦うコナンの大冒険 ! てあやまってこの宝石を返したとしても、なんとしてもわしの家来 ・ / 、ヤカウ ~ S F 文庫 冫、ヤカワ S F 庫 発売中発売中発売中
きさの倍もあるのです。 まいにしてほしいもんだね」 デレゾングは胸中ひそかに、悪魔払いの呪文を探しましたが、舌 「ほんとに、王様は、太陽のように心の広いお方ですわ」イレプロ は、強いロテ 1 ル訛りで言いました。「もう少し言いたいことがあは恐怖で、上顎にはりついてしまいました。とにかく、彼のフ = ラ るけど、でも召使いの耳にきかせることしゃないんだよ」お妃は四ンゾットだって、こいつに比べれば、ほんの仔猫みたいなものなん 人の召使いに向って、ロテール語で言うと、彼女たちは、あわててですから。それにどんな星形だって、彼を守ってくれはしない。 目はだんだん明白になり、下の方の角のような爪が、ランプの弱 出ていきました。 弱しい炎からくるかすかな光を反射していました。部屋のつめたさ 「どうかね ? 」と王が言いました。 は、まるで氷山が歩きまわっているよう。デレゾングは、羽が燃え イレプロは、ためっすがめつスターサファイアを眺め、右手をい ろいろに動かし、その間にもなにか母国語で唱えていました。とてているような匂いを嗅ぎとりました。 イレ。フロは王を指さし、なにやら自分の国の言葉で叫びました。 も早ロなので、デレゾングには内容はききとれなかったけれど、た だ一語だけ、なん回もくり返された言葉だけはわかり、それは肝っデレゾングは、巨大な口を開き、牙をみせ、トル・ラングがイレプ ロの方へサーツと近寄っていったのを見たように思いました。彼女 玉をふるえあがらせるようなものでした。その言葉というのは、 は悪魘をそれで払うかのように、宝石を目の前にささげ持っていま 「トル・ラング」なのです。 「陛下 ! 」と彼は叫びました。「この北からきた魔女は、よからぬした。だが、悪魔はいっこうにひるむ気配をみせない。暗がりが彼 女をつつんだとき、彼女は絹を裂くような悲鳴をあげました。 ことを企んでいるのではないかと思われますがーーー」 ふたたびドアが開いて、四人のロテール女が、かけこんできまし 「なんだと ? 」ヴァール王は吠えたてました。「おまえは、わしの た。イレプロは叫び声をあげ続けていましたが、それがだんだんと かわいい妃を賤しめようってのか ? それもわしの目の前で。おま 小さくなり、まるでトル・ラングに遠くに連れ去られたかのよう えの素っ首をーーー」 に、遠ざかっていきます。今目に見えるものといったら、床のまん 「でも陛下 ! 王様 ! ごらんなさい ! 」 王は長広舌を振るおうとして、ハッとやめ、みつめました。そし中へんにたちこめている影の、だんだん小さくなっていく姿なき形 てもう二度と始めようとはしなかった。なぜなら、ランプの炎がやだけ。 せほそり、やがてポッチリとした点になってしまったからです。そ先頭にいたロテール人が、「イレプロ ! 」と呼ぶと、影に向って して、つめたい渦巻が部屋の空気を掻きみだし、そのまんまん中の突進し、片手で上衣を脱ぎ、もう一方の手で、大きな青銅の剣を抜 うす暗がりが濃くなり、それが影となり、やがて形あるものとなっきました。あとの三人もこれにならうのをみてデレゾングは、彼ら ていきました。はじめは、ただ形のない暗がりで、黒い霧だったのが女どころか、鬚を剃り、服の中でしかるべきところをふくらませ 9 が、ちょうど目のような光る一一つの点が現われ、それは、人間の大た逞しいロテールの男であったことを、はっきりと知ったのです。