席はゆっくりともとの位置にもどった。 方がはるかに便利だし早い。そのためには宇宙省に登録されていな 宇宙船はすでに中空に浮いていた。 い船が必要だろう。さいわい一方では経費がかかるからというので 「高度五〇〇〇」 所有している宇宙船を廃船にする市や基地も多いのた。おれたちは テレビ・スクリーンには赤紫色に染った『オリオーネ山脈』がなそれを引取ってくる。つまり登録のない宇宙船はおおいに喜ばれる なめにかかってはげしくゆれていた。いったんその傾斜がゆるやかというわけさ」 になると、山脈の手前に広大な平原があらわれた。『エリシウム砂「それじゃこいつは廃船か」 漠』であろう。ふたたびその遠い風景が大きく傾くと、こんどは急 「そのとおりだ」 速にスクリーンの下方にすべり落ちていった。 「いい商売やってるな。おめえは」 「高度一〇〇〇〇」 「おまえもやらないか」 「第三速に入る」 「ま、無事に帰れたら、な」 船体の震動が心もちはげしくなった。 「無事に ? 」 「なかなかいい船だ・せ。くせもねえし」 ジャンク屋が眉をひそめた。 コウエンがふり向いた。 「ああ。生命をなくさずにすんだら、だよ」 「ジャンク屋の出物にはもったいねえや」 「ばかを言うな ! 」 「航路管理部の巡視船だった。無人ビーコン局を回っていた設標船 ジャンク屋はとっぜん怒りをみなぎらせた。 らしい」 「あれは高い船なんだそ ! おれは絶対に回収する」 ジャンク屋が買手に向って値を釣り上げるような口調で言った。 生命を棄てることになるかもしれぬ危険よりも、なによりも、彼 「誰が買うんだ」 にとっては、遭難した宇宙船をそのまま放棄することなどとうてい シティ 「市た。近距離用の宇宙船はまだまだ需要が多いんだが、新造はで考えられないもののようだった。 きないから中古でも結構高く取引されるんだ」 「しかし宇宙船は。せんぶ宇宙省で管理されているんだろう。かって 四十分後、三人の乗った宇宙船は第三ホフマン軌道に沿って引力 にジャンク屋が取引きできねえはずじゃねえか」 圏を脱し、宇宙空間へ向った。 シート ジャンク屋は重力席の中で顔をしかめた。 シティ 「市の間でさかんに物資の取引きがされている。どんな品物でも移テレビ・スクリーンに映った濃監色の虚空に、直径三十センチメ 動はすべて宇宙省の手を通じておこなわれなければならないことぐ ートルほどの大きさの火星が黄銅色にかがやいていた。遠ざかるに らい知っているな。しかし必要な物を市の間で直接、物々交換したつれてやがて赤銅色から赤褐色へと変ってゆく錆びた砂の星も、そ シティ シティ
として地球に送られる天然資源ーーそれはほとんどが鉱物資源だ眼を閉じると、低い天井に頭をつかえさせるように立っている薄 が、五万トンクラスの大型貨物船一隻分の貨物が、そのカーゴの一汚れた男の姿がまぶたに浮かんた。それはどう見ても市の人々が待 日分の運航費にさえならないのだった。 ち望んでいる関税航路の再開などとは縁の遠い姿だった。それだけ シティスペース・ポー ままこ、落着き やがて市の宇宙空港は乾いて冷たい砂塵におおわれ、身をまかせはたしかな放射能灼けのした青黒いひふ。肉の薄いを冫冫 シティ るべき船を失った宇宙船乗りたちは、すでにスラムとなった市にふのない小さな目。解体されて四十年近くになる宇宙巡視※のオレン さわしい群れを作った。 ジ色のよれよれの制服。 「解体業者だよ」 「どうだったのさ ? 」 廃船に近い宇宙船を、地球に回航して解体する業者だった。最新 女はペッドの上に上半身を起した。白い乳房に青い静脈がすけて型の宇宙船でさえ、つねに死ととなり合わせている宇宙航路を、ラ 見えた。 ジオ・ビーコンでさえほとんど沈黙してしまった現在、廃船に近い 「一人たけさ。シクが当った」 オンポロ宇宙船で地球まで飛行するのは危険というよりもむしろ死 ヒノはべッ トの端にどさりと腰を落した。今になって奇妙な脱力に直結した行為と言った方が正しかった。しかしそれでも、実際に 宇宙空間を飛ぶ宇宙船に乗れるということは何というすばらしいこ 感が手足に湧き上ってきた。 「まあ、、、 ししさ。もうあいつも年だしな。この機会をのがしたら二とだろうか。宇宙船乗りは宇宙船に乗る以外に生きる目的も、生き るためのてだてもないのだった。ヒノは心の表面に浮き上ってこよ 度と浮き上れねえから」 うとする後悔を必死になっておさえつけ、心の底におしもどそうと それは自分に言い聞かせる言葉だった。 した。その努力の表情を、女は自分の行為の効果と見たのか、息を 「そうよ。あんたはまた若いんたもの。またあるわよ」 女はそのことについてはそれ以上ふれようとはせず、ヒノの背後はすませて深くふくんだ。 「何たっていいんた。飛べさえすればな」 からかぶさってきた。 ジャンクや 解体業者であろうと何であろうと。 女の指がたくみに上着のジッパ ーをおろして下端から解き放ち、 ヒノは感動もなく放出した。女は鳴咽するような声をもらした。 ズボンのベルトをゆるめると、ヒノの下腹に顔を寄せてきた。 「あいつも年だし」 ヒノは女の白くつややかな背中の筋肉を透して、女の胃に溜ってゆ ヒノはべッドに体を投げだした。女はそれをどうとったのか、すく重い乳白色の液体が見えるような気がした。 ぐ自分の作業にとりかかた つぎの日、シクがやってきた。 「これまで何もしてやれなかったから」 「よお ! 見ちがえるようだぜ . 女は猫のように舌を使った。 ヒノは両手をひろげた。 ジャンクや
: をま , : を : 当は あはは あんまり骨品に うつつを抜かすので 愛想をつかして わしのとこへは - 来ないよ - つに なった これは 禁制品 では・ わしの地所の 地下だし どのみち今日限り とび出すんだ かまやしないさ 1 宇宙飛行を 禁止するような 都市には 愛想がっきた みてみイ われわれはいまや 宇宙という海に 浮ぷ船をもたない 海洋都市だ 0 よその都市の 宇宙船が運んで くる外宇宙資源を ペコペコ頭を下げて おすそわけして もらう 哀れな立場だぞ 宇宙旅行は 金のムダ使いだとか ヌ力した・ハカどもの おか一げでと - っと、つ とりかえしのつかん 事になってしもうた わいくそ 254
た。芸術作品とはえてしてそういうものだ。わかったようでわからさせたときのような、あの仰々しく物々しい騒ぎとは、似ても似っ ないものなのである。ただひとりだけ真相をいいあてた者がいた。 かぬものであった。彼らは、ロ笛を吹きながら、ハイキングにでも 3 それは、小さな子供だった。「あれ、潜水艦みたいだ」まわりの大出かけるみたいに、宇宙船に乗りこんだ。 人たちは、この無邪気な声に笑いあった。海というもののないこの それは、火焔を吐きながら、月面より上昇した。いやそうではな 宇宙に潜水艦などあるはずはない。大人の常識が、純粋で直観的な かった。それは、ただ、静かに上昇した。がはじめて。フラトン博 この子供の能力がいいあてた事実の、正しかったことに気づかな士にあったときみた、あの宙に浮んでいたソファ 1 やテー・フルのよ うに。そして船は異様な速さで進み、異様な方法で航行した。その いずれにしても、展示会は大成功だった。沢山の地球の観光客推進力の秘密はには理解しがたい。この超天才たちそのものが、 が、物珍しそうに、 この月世界的な芸術品を見物に、わざわざマン理解しがたい何ものかのような気さえしていた。 ダリンホテルまでや 0 てきた。超天才たちは、それそれ漫画的な扮プラトン博士とメイ ( 1 の半数は月にいた。宇宙船を情報の糸で 装で登場してサ 1 ビスに努めさえした。だけが、このお祭さわぎ つなぎ、支援するために。船はその糸にあやつられながら、異様な を、冷静な気持で眺めていた。「さしすめ、おれの役割は、赤いマ闇の空間を直進していた。 ントを羽織ったスー パーマンだな」とは思った。彼がそれに乗っ そして、木星は突然、全く突然にその巨体を現わした。地球に対 ていくのだ。木星の厚い厚い大気の底〈沈んでいくのだ。それは子する質量三一七倍、体積一三三一倍。その他、反射自転周期、 供の直観的認識能力がずばりいい当てたように、やはり宇宙ョット 軌道傾斜、自転、公転周期等々 : : : 、木星について知られている小 ではなかった。それは、木星大気の海、あの想像を絶する超重力を数点以下幾桁もの数値。は、すでに木星について熟知しているつ もった木星の地表へとおりていく、潜水艇なのであった。 もりだった。だが、いま実体としてそこに存在しているそれを観た 不思議なことに、は、そのことにちっとも恐怖を覚えてはいな とき、ははじめて悟った。実感として悟っていた。知識の集積が かった。宇宙漫画の主人公たちが、い とも容易に決死的な冒険に出実在ではないのだ、ということを。 掛けていくように、はそこへ行くのだ。はいかねばならなかっ 巨大という意味が、何であったかということをは悟っていた。ま たのだ。 さしく、それとしかいし 、ようのないそれは、そこに存在していたの だ。は、存在ということの重さを、重みとしてすっしりと悟っ ョットはモスケーシュートレームの名をとって、″モスケー号〃 た。あるのだ。まさに在るのだった。あるというのは、こういう存 と命名された。展示場から運ばれたヨットは秘かに彼らを木星まで在のあり方を指していうのだ。は、あるということが、これほど つれていく宇宙船の格納庫にしまわれた。 までに、おそろしいものだとは、今まで知らなかった。いまや木星 出発の日の模様ーー、それは人類が、はじめて月へ宇宙船を到達は、空をおおいつくしていた。限りない広がりの大部分をおおいっ
トルの速度を持っ宇宙船の動きも、ここでは全く停止しているにひ の距離からは磨いたしんちゅうの円盤のように反射していた。山脈 も、砂漠も、そのかがやきの中に沈んで一様に平滑であり、満月のとしかった。星の光から見れば、宇宙船の速さなど、その宇宙船か ら見おろした地表の歩行者の動きよりもまだ遅いであろう。 ように硬くそこなわれていなかった。二つの衛星がひとつは遠く、 「コウエン。もっと速度を上げろ ! 」 ひとつは円弧のかがやきのなこうに色あせてなかば沈もうとしてい ヒノは思わずさけんだ。 た。その火星もしだいに船尾へ移っていった。火星のかがやきに消 「これ以上は無理だ。これでもカタログの九二パーセントの速度に されていた星の光がよみがえってきた。宇宙船の前方にはしだいに なっているんだ」 厚く、幅広く、広漠と星の海がひろがりはじめた。 機関士のコウエンは予期した以上の字宙船の性能にすっかりご機 星の海ーーーおそらくは永劫に人類が足を踏み入れることができな いであろう領域。五十億年のかなたから投けかけてくる星の光は、嫌になっていた。 。ししくらいた。 五十億年の時間をかけて虚空をわたってきたのだ。もし人類が星の 「ふつうこの程度の中古では八〇パーセント出れま、 光とひとしい速さと、五十億年の生命を駆使してそこへたどり着い ュ / カオカいいせ。こいつは」 たとしても、飛び立っ時に見た星がなおそこに存在しつづけている ・パネルやコンソールをなが コウエンはほほをくずしてメーター とは考えられない。なぜなら、星々の生命は五十億年より長くはなめやった。 いのだから。どうしてもそこで星に到達したいのなら、人は無へ向「もうちっと出ねえのか ! 」 って五十億年を賭けなければならない。そこではすなわち未来は無 「だから : : : 」 であり、存在は無のひとときの有りように過ぎなくなる。なんたる「おい。おれの品物をこわしてくれるなよ」 仮構。そして人はなお太陽系の中に宇宙船を飛行させるのに精いっ ジャンク屋が横からヒノのひしをつついた。 ばいであり、火星と木星の間のひろがりに無限の落下を感じている慣性飛行に移った今は、その必要もないのに、コウエンはコンソ のだった。いわばそこは、波静かな入江のさらに奥のせまいく・ほみ ールの前を離れようとしなかった。右手はい。せんとして核反応制禦 に過ぎず、外洋の息吹きはかいま見るはるかな水平線にしか感じとレ・、 ーに、左手は反射傘開閉桿にかけられたままたった。コウエン ることができないのだった。その外洋へ、広漠たる星の海へ乗り出はレバーをゆっくりと前に倒し、また手前へ引いた。そして開閉桿 してゆくことが果してできるのかどうか。今は永劫は星の光となっ をかすかなノッチの音をひびかせて前方へ押し倒してゆく。もちろ てはげしく人を魅了し、そしてきびしく人を拒みつづけていた。 ん作動ペダルから離れた足は、床を踏んでいるのたが、その足さえ もが手の動きとともに力が加わっていた。 フラッゾ 「核反応プラス二からプラス三へ。反射傘一四〇度から一四五度へ 三人は物も言わすに長い間、星の海を見つめていた。三様の想い がそれそれの胸を万力のように締めつけた。秒速六万四千キロメー フラップ 3 7
しみ ンクリート の床に幾つも大きな汚点を作った。 「現在の遭難船の位置は : : : 」 しいか ! 宇宙船乗りをやとおうと思ったらそんな口をきかねえ ジャンク屋が航路管理部から入手した資料を方位盤に捜入してゆ ことだ。おれたちの手を借りなければポロ船一隻、動かすこともでく。 きねえくせに」 「銀経一三度一八分七秒。銀緯二度一〇分三秒。第三ホフマン軌道 男はいまわしいものを見るように、血に染 0 た指の間からヒノの定点七二五号からイ = ール三 ・三八一、イコール五一・七八 顔をあおいだ。 〇、 N イコール〇・三一一。誤差小数点以下八位まで。遭難船は完 「おれが行 0 てやる。これは高くつくからな。さあ、おれを連れて全に停止しているから木星の軌道上にある。定点七二五から赤道面 ゆけ ! 」 の時計で二時一三分の方向へ距離九一万四八六三プラスマイナス三 ヒノは男が自分の言葉に従う以外に、生きてこの集会所を出るこキ 0 メートルの地点だ」 とはむすかしいだろうと思った。 ヒノは両手をひろげて首をすくめた。 「一人では宇宙船を操縦することはできないたろう」 「おめえ、ジャンク屋にしておくのはもったいねえな。いずれひと 男は声をふりし・ほっこ。 皮むけばれつきとした元航法士さんたろうが、ま、そんなことはど 「二人いれば大丈夫だ。おめえだって船をとりもどしたいんだろう うでもいいや。おい コウエン」 後から新しく加えた機関士のコウエンが長い顔をつき出した。 「それはそうだ。だが」 「おめえにはエンジンを全部あずける。ていねいに扱わねえと、ジ 「だが ? 」 ャンク屋が泣くぜ」 ヒノの面貌が変った。男は・ ( ネのように立ち上った。 「ありがてえこった」 コウエンは強く歯をすすった。一週間ほど前まで、地上車の運転 をしていたこの男は、ヒ / の誘いに仕事の内容も聞かずに飛びつい 結局、男の希望を容れてもう一人加えて三名とな「た。それはひてぎたのた 0 た。もう何十年もむかし、まだ大圏航路が太陽系内の とつは、ヒノの求めるような自動航法装置の完備した短距離型の宇惑星間経済の大動脈とな 0 ていた頃、市の宇宙船技術学校の教官を 宙船を手に入れることができなか 0 たからでもあ 0 た。ジャンク屋していたというこの男の技量を、ヒノは高く買 0 ていた。スペース は手もちの中古宇宙船の中で、もっとも性能の良いものを供出する ・マンには誰にでも栄光の時代があった。だが栄光は栄光を必要と ことでヒ / の同意を得た。 する時代だからこそ意味がある。それを重く見るか軽く見るかはそ 四十八時間ぶ 0 つづけの整備作業の結果、救助船はようやく飛立れ以後の生き方を決定する。地上車や揚水ポンプではなく、宇宙船 っことができるようになった。三人は船室へもぐりこんだ。 でなければならないのは、あるいは単に好みの問題なのかもしれな ナビゲーダー
くしているのであった。 の意識の中を吹きぬけている、いうにいわれぬおののきは、お もう、これ以上、何もいうのはいやだ。そんな気がした。赤道にさまらなかった。それを単なる恐怖といってすませられるだろう か。もっと何か深い深い認識とかかわるものだった。もっと深い深 ししよう 沿う暗いベルトと明るいゾーンの縞模様の色は、なんとも、 い存在としての人間の底の底に横たわっている記憶とかかわるもの がなかった。は、それが、木星の大気であることを知っている。 雲頂八〇〇〇キロメートルにも達する、氷品、アンモニヤ、ネオだった。はそう思っていた。それは、いま開かれつつあるものに ン、水素、ヘリウムの積層である。地球さえも、沈みこんでしまう対峙しているひとりの人間の正直な想いであった。それは、巨大な 大気の海だ。それが、この巨大世界の全てをおおいつくしている。 せまってくるものなのだ。は、立ちすくんたように、その巨大な 木星の真の世界は、その内部にかくされている。それはよく晴れ渡ものを凝視していた。宇宙船が、無数のほたる火のような燐光のと った火星とは正反対たった。あの火星の一種の明瞭さ、あのすかっぴかう夜の部分にすぎると、またそのいうにいわれぬ巨大世界が、 としてあけっぴろげな明晰さと正反対の極にあるのだった。そし視界をおおいつくした。 て、これこそ木星の不気味さの理由ともいえた。それは、隠されて 宇宙船たけが、木星の重力を感知し、みぶるいし、愉し気に、七 いるもの、物陰にあるものに対する、人間の本能的な恐怖に一致す日間そのもののまわりをまわった。超天才たちは、新しい情報の洪 る。は想った。星空の遠くに輝く一点の光として、木星は、美し水に溺れそうになりながらも、子供たちのように嬉々として、情報 くあるべきであったのだと。この惑星は永遠に遠くにあるべきだっ のシャワーを浴びながら水遊びを愉しんでいた。一方、宇宙船の方 たのだと。 は、超空間回路にびんと張られた通信の糸によって、月の基地とむ だが現実には、木星はますますその巨大さを増していた。の精すびつけられた凧だった。基地からは、愉し気な音楽さえおくられ 神は狂いはじめていた。は、存在するものと対峙していた。い てきていた。それから、あの。フラトン博士の張り切った映像さえ や、その心の中を、あのアンモニヤの冷たい雲の中をふきわたる轟も。彼らは、何もかも割り切っているのだ。まるで人間ではないみ 轟とした暴風のようなものが吹きぬけていた。彼は聴いていた。そたいだ。もっと大きなものを、もっとおそろしいものをみたことが の音を。その足元をつきくずすような、地獄の咆哮を。そのすべてあるみたいだった。彼らにいわせれば、この巨大世界も地球もさし が、地の表面で泥地獄のようににえたぎっている広大な火色の泥海て変わりがないのだった。事実、規模こそちがえ、木星と地球とは の昔を。 地球物理的にはよく似ていた。たとえば、百万気圧をこえる圧力 それこそ存在なのだ。他になんといって形容したらいいのだ。存で、固体化した金属水素が、良質の電気の導体となり、その中心部 在が存在とはこういうことだといって、真相を示しあかそうとしてのコアが巨大な磁石となって、強力な木星の・ハンアレン帯をつくっ いるみたいだ。 ているのだ。そして衛星イオが公転軌道のある位置にくると、デカ 宇宙船は、黄昏地帯を越えて、夜の部分に入っていた。だが、い メートル波の嵐がおこる。その他様々な電波は、まるで、オーケス
けてその顔をカまかせに打った。セガの頭は右に左にぐらぐらとゆ 際、それに似たような経験は誰にもひとつやふたつはあった。ヒ、ノ 、 / ーに鼻血がしぶき、セガは壁によりかかる の言葉はそれらの記憾に沈む怒りや悲しみを、まるで昨日のことのれた。青天色のジャノ。、 ように誰の胸にもあたらしくよみがえらせた。みなは黙って自分だようにするするとくずれ落ちた。 けの思いにひたりながら、セガの体を押して通るヒノに道をあけ「悪く思うなよ。募集は一人なんだ」 ヒノは肩をすくめた。 シティス・ヘ この場合、セガが宇宙省職員の制服であるジャンパ】を着ていた市は宇宙技術者の募集の話でもちきりだった。 ことが、彼にとってもっとも不幸なことたったと言えよう。宇宙省「どうだい。わしの言ったとおりたろう。また大々的な宇宙貿易が の尨大な機構と組織に対し、能率のよい仕事ぶりと結果を期待するはじまるんだぜ」 「これからそくそくとスペース・マンが採用されるんだと。人手が のがいささか間違っているという見解もないではなかったのだが、 しかしそれが事は人命にかかわるとなれば、とどこおりがちな事務足りなくて困っているらしいそ」 経過と、時には何百日も待たなければならない結果とは、それだけ「これで市も息を吹きかえすだろう。道路も街も造りなおすんだ。 で宇 ~ 田船乗りの怨啀の的となるのは是非もなかったのだ。ここにい病院も建てなおさなければならないし。そうだ学校もだ」 るすべての男たちは、別にヒノに加担したわけではないのだが、宇「本格的な宇宙開発はこれからだという時に、経費がかかり過ぎる のなんたのとぬかしおって、地球の宇宙省は何を考えているのかま 宙省のーーそれがたとえ遠い過去においてでもーーー一度でも職員に なったことのある男に対して、なぜか許せない気もちになってしまるでわからないよ」 ったのたった。最初はとちゅうから割りこんできた二人をつまみ出「こんどは何人採用になったんだ ? 十人 ? 二十人 ? 」 スペース・ポート すつもりだった者たちも、その公慣がいっか私情にすり変ってしま「間もなく定期航路も再開されるたろう。宇宙空港の修理はできて いるのかな ? 」 っているのに気がっかなかった。 人々はたがいに話を自分たちにとってもっとも望ましく、好まし 「さあ。すうっと歩け」 い方向へ拡大しあっていた。 ヒノは男の背を突きとばした。 自給自足をたてまえとする宇宙開発都市とはいえ、開発の名に値 「それではあの二人は棄権したものとみなして、残る一人は、ええ いするだけの資源を持たないここでは、宇宙航路の中継基地として と、シク、とか言ったな」 箱の上の男がふたたび自分の仕事にもどって声を張り上げるのがの機能にたよる以外に生きてゆく道はなかった。宇宙船の補給や整 備、そのための継船料などが、関税航路からの巨額の収益だった。 ヒノの耳にとどいた。 集会所の重いとびらを閉めると、ヒノはセガを回廊の壁に押しっしかしもともと宇宙開発を行なう経済的理由は何もない。見かえり こ 0 シティ 5
思いなおした。 ヒノの顏をうかがた 「なんだかみんなが恐れて帰ったようだが、・ とんな仕事なんだ ? 」 男は肩をすくめた。 息を切らして運航部の回廊までたどりついたとき、むこうからそ 「実は、この前の宇宙船が遭難したらしいのだ。だが棄てるには惜 ろそろと引き上げてくるなかまたちの姿が見えた。 しい船なので回収したい」 「しまった ! もうきまってしまったのか ! 」 「この前の宇宙船 ? 」 ヒノは自分のロが耳もとまで裂けたような気がした。 「ここで乗組員を募集したろう」 「もう終ったのか ! 」 シクが ! するとシクは遭難したのかー なかまたちはだまって首をふった。 「どうだ ? 行ってくれるか ? 」 「どうしたんだよ ? 」 ヒノはいきなり男の乗っている箱をカまかせに蹴った。箱は男を 「ごめんだ」 乗せたまま横転した。よっんばいになって起き上ろうとする男のえ 「なに ? 」 りをつかんでずるすると引き起し、めちゃくちゃになぐりつけた。 「死ににゆくとわかっていりゃあ誰だってごめんだぜ」 「生存者はいないのか ? 」 「ひでえ仕事か ? 」 男は鼻血で上半身を染めて苦しそうにあえいだ。 「ひでえも何も、遭難した宇宙船の救助だとよ」 「生存者はいないのかと聞いているんだ」 「救助 ? それがどうして ? 」 「よくわからないのだ。乗組員が全員気が狂ってしまったという連 「まあ行って聞いてこいよ」 キャツ・フ この分なら応募者はまだ求人側の必要とする数い 0 ばいにはなっ絡が船長代理のシクという男からあ 0 た」 「シクから ? 」 ていないだろう。ヒノは元気をとりもどすと集会所へ走りこんだ。 この前の時と同しように、集会所の中央に木の箱をすえ、背の高「全員が部所を離れてしま 0 たので漂流中だそうだ」 い男が廃品になった銅像のように立っていた。だが、この前と少し「ばかやろう ! 」 男のほほに痛烈な打撃を加える。男はたわいなく悲鳴を上げてま ちがうのは、その台の下に集っているのはほんの数人だったし、台 りのようにころがった。 の上の男も妙にカ無く見えたことだった。 「てめえ ! さっき何て言った。棄てるには惜しい船なので回収し 「スペース・マンを募集しているんだって ? 」 とぬかしやがったな。生存者よりもポロ船の方がてめえには こんどは割込むことなくヒノは台の下に立てた。 だいじなんだろう。このジャンク屋め ! 」 「どうかね ? 待遇はよくする」 もう一発くらわす。男の顔をおおった指の間からあふれる血がコ 男はなかば希望をつなぎ、なかば失望の連続を恐れるかのように 7 6
5 ド E090Z e VOL. 1 2 , NO. 1 1 1 971 年度臨時増刊秋の S F グランド・フェア 一 = 〇枚ロ小松左京 毒蛇 獣的闘争に明けくれる砂漠世界をぬけ出て死の山の向うに彼が見出した奇妙な世界とは ? 月 5 宇宙飛行士たち = 豆ロ光瀬 遭難宇宙船の救助に向かった彼らは、奇しくも船室にこもる異生物の怨念をかいま見たー 卓 炎と ~ 化ひ、ら一。ロ眉村 最高の教育を受け自信に満ちて赴任した司政官も、いっしか植物体の妖女に魅せられたー 大いなる失墜一ロ荒巻義雄 かって人類の致達し得なかった木星のメタン渦巻く雲海の底で単身彼が見たものは何か ? 幻魔大戦・抄璋な調 ヒヲンヒョロ藤子不二雄 夜か明けたら山上たつひこ 1 4 91 海軍拳銃 18 51 松本零士 日本作家特選べスト 4 ビッグ・コミックプレゼント