技術者 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

「私たちは市民籍を持 0 ていないから他の仕事となるとここの半分「いや、何でもない。おれの友だちのことなんだ」 ももらえないような仕事しかないんです」 ヒ / はやられた、と思った。そしてもし、こんどシクに逢うこと 6 スペース ヒノは言葉もなくうなずいた。宇宙技術者だからこそこの仕事にがあったら、自分はほんとうに彼をなぐるにちがいないとも思っ もありつけるのだ。そうでなければ、市民籍の無い浮浪者に与えらた。 れる仕事はみじめだし、それでもまだあればよかった。 「しかし、どうしておめえが ? 」 「私、夫が元気になったら市民籍をとらせようと思っているんで 「宇宙技術者でもない私がどうしてこの仕事につけたのか、というす。宇宙技術者なんて、もうたくさん ! 」 んでしよう ? あとおししてくれた人がいたんです。作業区に推せ終りはさけびに近か 0 た。宇宙技術者はその仕事の性質上、どん んしてくれて」 な開発都市にでも、どこの宇宙基地にでも自由に出入し、スペース 「ほう。人情深いやつがいたものだ」 ・マンとしての仕事をつづけることができる資格と特権を持ってい 「この間のスペ 1 ス・マンの募集のときに採用されて行った人らし た。いわば宇宙省に籍を置いた自由民であった。それが市民籍を取 いんです。私は会 0 たことはないけれども。作業区のえらい人におるということはその自由民としての権利と資格を失うことを意味し 金を使ったらしいって夫が言っていました」 ている。もともと開発都市には、宇宙技術者を養うだけの資力など 「なんでまた ? 」 ありはしなかったし、またそうすることによって地球・ーー宇宙省は 「夫もその人と同じ職種を希望していたんです。でも、あんなことすべての開発都市を強力な統制のもとに置くことができたのだっ になってしまって : : : 」 た。そしてスペース・マンの栄光は保障されていた。だが、今は。 ヒノはあっと思った。 「でも、彼は何と言うかな ? 」 「ちくしよう ! 」 え。夫ももういやになっているんです。あんなことがあって から」 女は体をすくめた。 ヒノはパイ。フ椅子にどさりと尻を落した。椅子の脚が、コンクリ「あんなこと ? 」 1 トの床に歯の浮くような音を立てた。 「事故があったんです」 「やろう ! こんど会ったらぶんなぐってやる ! 」 「そう言っちゃなんだが、事故のひとつやふたっ、スペース・マン けもののような息を吐いた。 なら誰でも経験しているものだが : : : 」 「あの、何でしよう ? 」 女は強く頭をふった。 キャゾテン 女は不安に顔をこわばらせた。 「夫は定期航路の船長だったんですー

2. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

おるにすぎん。やつの使い魔と怪物どもがいまだに従っているの おのおの勝手に議論を始めた。事態のなりゆきに懐疑的なもの、 は、偽りの生の外観とポセイドニスをいまもって牛耳っている空虚いかなる場合でもマルグリスに反旗をひるがえすことを恐れるもの はガデイロンを諫めた。結局十二人のうち、七名が残った・ な策謀と、その権力とにあざむかれているからじゃ」 それにつづく日々、さっそく秘密の経路を通じてマルグリスの死 マラナ。ヒオンの控え目な言葉のあと、一同は再び沈黙した。暗い びそかな勝利の表情が、マルグリスの存在によりいたく自尊心を傷についての噂はポセイドニスの島々にあまねく伝わった。だがそれ つけられてきたガデイロンの顔に浮かんできた。十二人の妖術師のを信ずるものはほとんどいなかった。それほど彼らの心のなかには だれ一人としてマルグリスの無事を祈るものはいない。同時に、彼魔術師の無敵の強さが魂に焼きゴテをあてられたように強く極印さ を恐れぬものもまたなかった。彼らはこの訃報をなかば懐疑的な喜れていたのである。それでも、過去数年のあいだに、彼に謁見した びをもって受けとった。彼らのうちには、マラナ。ヒオンの情報に疑ことのある少数の者は思い起こすのだった。彼は常に外来者を無視 問をいだくものもあった。一同の表情はくもった鏡に映したようにし、一言も口をきかず、余人には見えぬ何か遠いものを見つめるよ うに、塔の窓の外にひたすら視線を釘づけにしていたことを。謁見 はっきりしなかったが、王に対する謙譲の念からロには上らなかっ の間中、彼は誰も近づけず、何の用件も伝えず、また託宣も命令も 戦士が自分よりも技能のうえでも力でも優るものに憎悪をかき立行なうことがなかった。そして、彼らの前から貢ぎ物の運び手が去 ってゆくとき、彼らはそれに従ってそこを出てゆくのが、以前から てられるように、誰よりもマルグリスを憎悪するマラナ。ヒオンは、 悪どい計り事をめぐらしているかのようにして離れたまま立ちつくの習慣となっていた。 していた。 これらの噂が広く知れわたると、彼は坐ったまま硬直状態になっ 重い沈黙を破って王が口を開いた。 ているか、恍惚のあまり失神状態におちいっているので、やがて起 「おぬしらをわざわざ、呼んたのは、共に無為に時をすごさんがたきるだろうという者もあった。あるいは、彼はすでに死んでいるの めではない。サスランの妖術師たちょ。ここになさねばならぬこと だが、死後も有効な呪文の力によって生の外観を保ちつづけている しかばわ がある。本当に死んだ妖術師の屍が全土に暴政をしいておるもののだともいわれた。それでも、誰一人として高く黒いその塔内に押 か ? 謎がここにある。いまだ試みられても、証明されてもいない し入ろうとする者はいなかった。したがって、いまもって塔の投げ やつの妖術の存否を確かめるため細心の注意を払いつつ行動するのかける影は、まるで厄病神の文字版の上をゆく邪悪な時計針のよう じゃ。わしがおぬしたちを呼び集めたのは他でもない。おぬしたちに、サスランの市街をよぎるのだった。そして、マルグリスの魔術 のうちでももっとも豪胆なものがマラナ。ヒオンを助け、マルグリスの脅威は、墓地にたれこめた夜闇のようにいまだ人々の心中によど の欺瞞と、やつの死すべきその運命とを、その使い魔と悪鬼どものんで流れ去らなかった。 たみびと 一方、マルグリスに挑戦するための術を行なう同志に加わるのを みならず天下の民人にはっきり暴露する術をあみだすのだ」 こ 0 353

3. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

イロジェクト の逆の方向へむかっているのだ。そっちの方向へ降りていくにつれ 投影された月の景色が映っていた。 て、世界はだんだんと濁ってきて、不透明になる。つまり精製過程 ひどい景色た。荒涼としていた。心の底まで、寒々としてきた。 の逆だ。技術者である彼の使う思考法は、事物の世界を抽象化し はスイッチを切りかえた。星座が写った。こっちの方がいし は、まだべッドの中で、怠惰をきめこんでいた。軽重力の月でとて、透明なものヘ濾していく過程だ。でも今は反対なのだった。 る睡眠の快さは、特別だった。慣れるとその有難さが忘れられてしは、その技術者的な習慣をかなぐりすてようとしている。説明とか まうが、地球からやってきたばかりの観光客は一様に、そう感ずる理屈の世界は、存在の世界ではない。そういう手段では、彼は存在 の世界へ近づくことすらできないのだ。円は不条理ではない。なぜ はずだった。は、筋肉を弛緩させたような状態で、ねそべりなが ら、順番に知っている星座の名前をかそえていた。木星がその一つなら円とは、一直線がその一端を中心として、回転したものなりと う定義によって充分説明されるからである。したがって円は存在 の中に混じっていた。木星は、彼の宿星だった。四緑木星。それは みすみずしい旺盛な樹木の生気をあらわすのである。でも、本当のしない。 はそこまでいって停止した。もうそれ以上おりていくことはで 木星は、アンモニヤのガスで包まれた巨大惑星である。「木星か」 とはわけもなくつぶやいた。はいま、ひどくものうい。意識がきない。は立ちすくんでいる。いま星座は名前を失った。無意味 厚い層雲のように低くたれこめている。精神がよどんでいる。ねむにまたたいている。宇宙は、存在している。木星はただ虚無の中で っているのか、覚めているのか、自分でもよくわからないのだっ光っている。は、長い間、ただその木星を網膜に映していた。そ た。ダイレクトな連絡法で、部屋に女をコールすることもできた。 れでいいのだ。は、またねむった。 一旦はそういう気分にもなりかけていたが、思いなおしてやめてし それは回っていた。は懸命に就道を計算しながら、木星にばか まった。は依然として、ねそべっている。窓の中のスクリーンにり賭けていた。ルーレットに似た九星盤が、音もなく回っているの は、宇宙が広がっている。黒い空間だ。もう何の意味もない。それだ。こんなギャンブル機械があったかしらん。球体のカプセルで包 はただ、広がっているのた。水曜日の次は木曜日で、木曜日の次はまれた内部の黒い闇の中に、九つの色わけされた星が、それだけの 金曜日 : : : 。意味のない思考がとりとめもなくつづいている。は軌道を描いてまわっている。色々な賭け方があるらしかった。手前 意識の空日を、子供が落書きをしているように埋めつづけている。 のラシャ張りの台の上に″衝″とか″合″とかその他いくつもの天 アプシュルディテ 何もかも馬鹿気ているみたいだ。不条理。それは観念ではない。 文用語を記入した枠があり、それそれに倍率らしいものが書きこま れていた。 は技術者だ。でもいまは技術者ではない。それ以前の何かだ。 といって人間かといえばそうでもない。もっと以前のものになりか木星は土星と並んで、回転していた。それをめぐる小球は衛星 けている。彼の思考は、抽象の梯子を昇っているのではなく、逆に だ。地球は灰色に塗られていた。なぜ緑色ではないのだろう。 降下しているのだ。事物そのものの方へ。知識といわれる抽象化 盛装した紳士や淑女たちが、群らがっている。白い光沢のある長

4. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

合成食料の味気なさから逃れる方法はひとっきりだ。喋りあいな 「いやだあツ」 がら、味覚の方を麻痺させること。でも語ることはあまりない。壁 子供に明日はない。にも明日はない。この世界にも明日はな 。アンアン、明日ってなんですか。アンアンは、黙って頁をめくに大きなポスターが張られている / 世界連邦大統領も合成食料を食 べています / むろん誰もみむきもしない。子供の写真があった。 る。頁のむこう側が明日なのだろうか。 「ねえ、お願い。姉ちゃんを困らせないで。ね、がまんするの」 / 合成食料でこんなに大きく / 薄汚れた壁面は、ばかあかるい照 平べったい二次元の人物みたいな少女の顔が、困りはてたように明を吸収している。「さて」は、それにつづく長い夜のことを想 ゆがむ。 う。運がよければ、簡易宿泊所にもぐりこめるかもしれない。駄目 「君たち、何も食べてないの」 ならアーケ 1 ドの片隅で、今夜もねる。ひざをかかえてねるのだ。 「ええ」少女はうなずく。その瞳に、憐みを求める光はない。 どっちにしろ夜の長さに変わりはない。そして、明日の代りに今日 「両親はいないのかいー がくり返される。アンアンが頁をめくらなければ。の時間は、漫 「母がいます。でも出ていきました。よその人と」 画本を数こまもどって、同じ時間をくり返すだけ。溝の重なったレ エンドレステープみたいに。は想い出してい 「そお、君たち二人きりなのかい」 コード板みたいに。 「はい る。彼は両親を知らない。眠れなかった孤独な夜のことを思い出し アンアン、どうしたらいいんだい。さあ、さっさと次の頁をめくている。物心ついたときには、養護施設にいた。もし、そこで何か りたまえ。なにがおかしいんだい。君って、ほんとによく笑うんだ貴重なことを教えられたとしたら、孤独なまま生きる方法と、孤独 ね。「でも」少女はためらっている。 なまま考える習慣を仕込まれたことだったろう。養護施設を出て、 「いいんだよ。さあ、坊や、一緒にいこう。おしさんの給食切符は技術系の高等教育をうけた。だが、なぜは、土木技師の道を 選んだのだろう。もう遠いことで忘れてしまった。びとつだけ記憶 で、なんとかなるさ」 アンアンが頁をめくった。失業者救済センターのただっ広い食堂が残っている。養護施設のあった街の橋が、大嵐でおちたとき、補 は、混んでいる。こもった人いきれと、食物の匂いと、ざわめきが修工事を手伝ったことがあった。それは面白かった。はいつのま よどんでいる。太い支柱のわきに空いた席がある。三人は坐る。メ にか、この技術によって広大な新天地を築くことを夢想したのだろ ニーの品数は少ない。選ぶ権利はない。ただ、胃袋の空隙を埋めうか。むろんいまは挫折した夢だった。は、学校を卒業して、宇 宙に出た。宇宙は苛酷な条件にみちあふれていた。彼が参加してい るだけ。「さあ、食べなさい。坊やも、それから君も」 「あたしは : : : 」 た事業は、政権の交代によって打ちきられ、彼は整理された。そし 「いいのさ」とはいう。「坊やにはあとでアイスクリームを買っていま、ありあまるほど与えられている考える時間。は考えてい 0 る。ひとっところをぐるぐるまわりながら。 てあげよう」

5. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

近の航海で得た利益の税を払いにマルグリスのもとへおもむいた。 変るところがなかった ? もはやすべきことは全てやった。疲れはて、弱りきった体を希望彼らが支配者の前で礼をつくしたとき、以前とは違った種々の不愉 だけに支えられて妖術師たちは似姿の崩壊する最初の徴候を待ちか快なことに気がついた。大胆でしたのではなく、気も動転して税さ え払わずに恐怖にとりつかれて宮殿から逃げ帰ってきた。 まえていた。もしも、彼らが心血をそそいだ呪術が成功したなら、 同時にいままでもちこたえていた・マルグリスの体にも腐敗があらわすでに、全サスランでマルグリスの死を疑うものは一人もいなく れるはずだった。しだいしだいに、彼はその堅牢無比の塔内で腐っ なった。それでも、長年の秘書をとおして植えつけられた畏敬の念 てゆくだろう。彼の使い魔どもはそれを知って彼を見すて、塔にやにより、あえて塔に侵人するものはいなかった。用心深い盗賊たち ってきたすべてのものは彼が不死ではないことを自分の目で見、マは、音に聞えた財宝を奪い取ろうとはしなかった。 サイクロ・フス ルグリスの暴政からサスランは解放され、彼の魔力は海に囲まれた 日一日と、一つ目巨人の奇怪な青い眼を通してマラナ。ヒオンは彼 ポセイドニスの破られた王芒星のように無効なものとなる。 の最も恐れていた敵が腐敗してゆくのを見た。やがて彼は、映像を 彼らのたくらみが始まって以来、はじめて八人の魔術師は無効に通して確かめているのではなく、塔を訪れ彼と顔をつき合わせて直 される危険のための警戒を中止した。ます休息が一番必要だった彼接見たいという強い欲望がでてきた。そうすることだけが、彼の勝 らはぐっすりと眠った。彼らはもどった朝、ガデイロン王を伴って利を完璧なものとするだろう。 疑似生命の似姿を残しておいた地下室に向かった。 それで、彼と同志の妖術師は、ガデイロン王ともども、不吉な塔 封印しておいた扉を破ると、納骨堂のような匂いが彼らをとらへの金剛石の段をの・ほり、以前、 ニゴンとファステュールが通った え、続い て似姿の腐敗している明らかな様子をみとめてこのうえも大理石の階段を、マルグリスが坐している上方の室へと登っていっ サイクロ・フス : しかし、ニゴンとファステュールをおそった運命の真相 なく満足した。しばらくして、一つ目巨人の眼を通して観察を行な マラナ。ヒオンは、まったく同様の変化がマルグリスにもあらわは、死者だけが知っているだけで、全く彼らは知らなかった。 れていることを確認した。 大胆にも、ためらうことなく彼らは室に入った。西の窓を通し 安堵感を伴った大きな歓びをガデイロン王と妖術師たちは感じてて、午後の傾きかけた陽光が、そこここのほこりの上に射し込んで いた。死せる支配者の使った魔力がどれだけの期間どのような範囲 いた。くもの巣が、輝く宝石をちりばめた香炉にも、彫刻のほどこ に残存しているのかまったく未知であっただけに、いままで彼ら自されたランプにも、金属装の妖術の書にもかかっていた。空気に は、死の息苦しい不潔な匂いがこもっていた。 身、魔法の効力に確信をもっていたわけでもなかった。だがことこ こにいたって、もはや事実を疑わせるに足る何ものも残っていなか侵入者たちは、破減した敵を前にして勝ち誇りたい衝動にかられ っこ 0 ながら進んだ。マルグリスは、坐ったままかがみもせず、不動の姿 5 まさしくこの日、ある船乗りを業とする商人が、慣習に従い、最勢のまま往時のように、象牙の肘かけに彼の黒く・ほろばろとなった こ 0

6. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

マンダリンホテルのあり場所はちゃんと知っていた。は赤い光 た。最初にそうした鉱山設備と工場ができ、建設がはじめられた。 それはすでに月面工学の常識であったが、は実際にその仕事にを示すチ = 1 ・フを選んで乗った。円筒形の筒は、急速に降りていっ た。ところどころで停止し、各層の街をかい間みせてくれた。その タッチしてみて、月の建設物の構造計算上の有利さに、改めておど ろいたものだった。資材自身の重さ、つまり自重、たちが死荷重度に、人々が乗ったり降りたりする。人々はその度に、の方をち らりと眺めて、また無表情にだまりこくった。たぶん服装のせいだ といっている数値の少なさが、建設費を大幅に節約したのだった。 ろう。レーンコートなんか着ている者はいなかった。みんな身軽そ ただ、地殻構造の不安定な月面では、地震に対する慎重な用心が 必要であった。従って、月では地下施設をのそけば、剛体構造は不うだった。中には裸にちかい女さえいた。 レベルで、はチュー・フをおり、横チュー・フにのりかえた。一 利だった。月の地上構造物はプレハ。フ的なトラス構造が一般的であ 人乗りのバケットシ 1 トは、浮きあがって軽やかに前進した。急ぎ るのだ。鉄と。フラスチックを分子的に結合させた。フラスチールが、 主要構造材料であり、それらを組み合わせた様々なタイプのドームたければ、モノレールがあったが、いまは急ぐ必要はなかった。 構造が多用されていた。そして、むしろ月における技術的な、そし長いオレンジ色のトンネルを抜けると、視野が開けた。イルージョ て誤れば致命傷となる難関は、構造技術ではなく気密性保持の方だン公園の偽物の空は、どぎつい青。いかにも、青空です、というよ っこ 0 うないやらしさがある。でも偽物は、どう技巧をこらして、本物ら 気スはたちが肛門といっているギャザーにおし入り、それからしくみせようとしても、やはり偽物なのだ。と考えると、この方が ゆっくりとドームの内側に着いた。発着場のまるい天井を下からみ正直でいいのかもしれなかった。模造芝が、ペンキ塗みたいな緑色 あげると、その頂点の進入口は、人間の尻のあの器官のようにみえの芝生を広げている。公園には誰もいなかった。やはり模造の植込 みが幾重にもあり、遠近法的な造園術が使われているらしく、けっ るのだった。 は他の乗客の一番さいごから降りた。出むかえらしい者は来てこう大きくみえた。遊歩道があり、べンチがある。つまり公園と いう観念が通常一般的に必要とする諸々の備品は、全部そろってい いなかった。都市の名はルナシティ。半地下式のドーム都市。昔か た。でも、人間だけはいない。時間がきたのか、街灯がいっせいに ら挿絵に描かれていた、あの空想的光景そっくり。都市のできる前 ついた。人工の空が、変化して夜になった。 に名前の方が先にあるなんて、ちょっとおかしいような気もする。 の乗っていたシートは、またオレンジ色のトンネルに入った。 でもこれは、誰もが知っているあの月面都市なのだ。はそのター リフト 、、ナルから足をふみだした。そして竪坑の透明なチ、ーブを前にしこんどは短かった。はシートをおりた。誰かがシートを呼んでい て、しばらく谷底をのそきこんでいた。まるで蟻の巣とおんなじるのだろう。それは、の体重から逃れると同時に、走り去った。 だ。広大な宇宙へ進出した人類が、このような広所恐怖症的な場所はあたりを見まわした。馬蹄型の通路が幾つも交又していた。組 みあわさるように斜路をつくっている。まるで、知恵の輪みたい に住んでいるのが、おかしかった。

7. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

るとこの方法は人類にすみうる面積を与えると共に、太陽エネルギい、ときどき会議をやり、その結論をコンビューターにかけ、再検 ーの効果的利用法をも約束しているのだった。計算によるとダイソ討し、連動自動整図器が、作図する。彼らは、まるで子供たちがプ ン球面上の輻射による温度は、約 300 。 K となって地球の平均温度とラ模型でもっくるかのように愉しんでやっていた。 ほ・ほ同じくらいとなるのだ。そして人類は母なる太陽の全エネルギ 図面は分割され、。フラトン博士の手で地球におくられ、アンアン ーを外部に逃がさずもろに利用できるのである。 の名義で分離発注されていた。まるでネオ船長っ万いグ」の主人公 は・ほんやりと赤外線を放っこの地球軌道上に建造された中空のが、ノーチラス号を建造したやり方そっくりだった。でも彼らは何 ・ : もし、このような大天球がをつくっているのだろう。それは宇宙ョットだった。少なくとも外 巨大な新しい天体を夢想していた。 できたとき、人類は真の楽園をうるのであると。そのときまでに人見的にはそんな風にみえた。 類は変革され、この新しい天地に適応し、・飢えることもなくこの空むろん、発注をうけた地球の造船所の技術者たちは、きっと目を 間を遊歩するのであると。 白黒して首をかしげたにちがいなかった。なんともいいがたい奇妙 こもとづく不可解な玩具。それは地球的な常識 突然、会議はおわった。超天才たちは、席をたちはじめた。プラな構造。奇妙な理論冫 では見当もっかないおかしなおかしなョット。こっこ。 トン博士はいっこ。 きっとアンアンは発注先から殺到する疑問に悲鳴をあげたことだ 「君はべラについて行きたまえ。居ごこちのいい部屋が君を待って ろう。いや、彼女ならいとも平然と、あの永遠の微笑をたたえなが いる。それから山ほどの仕事も : : : 」 らまことしやかにこう答えただろう。「あら、実際にとべなくって 数カ月がすぎた。は仕事に忙殺されていた。計画は厳重な秘密もいいのよ。これはね、御存知、新しい芸術作品なの。ポツ。フ・ア ートって御存知。知らないの。昔、流行したことがあんのよ。わか 保持を命ぜられていたので、地球のあの少女と子供にも連絡できな かった。ただ、アンアンだけが、地球との連絡のために惑星と衛星のるでしよ、これはわたしの道楽。芸術なの、純然たる : : : ね」 彼女は快巨万の富の所有者、流行の先端者、そして世紀の麗人 : : : 。たえ 間を行ききしていた。は事情を話して、援助を頼んだ。 / 諾してくれた。それからは、心のきがかりから解放されたようなず知的なスキャンダルをまきおこす大衆の人気者、アンアン。プラ トン博士は、それを逆に利用したのだ。やはり彼は稀代の政治家 気持になり、地球のことさえもあまり想い出さなくなっていった。 だ。いや天才的な経営者なのかもしれない。 仕事があまりにも多すぎたせいもあった。秘密保持の大原則から、 要員の数は極度にしぼられていた。もし、超天才たちが能力を結集まことに奇妙な作品だった。色とりどりに彩色された不思議な玩 してつくりあげた巨大なコンピ = ーター・トラスト・システムがな具。それが月に回送されてきたとき、彼らはマンダリンホテルのホ ールを使って、麗々しく展示会まで開いてみせたものだった。むろ かったら、仕事は一歩もすすまなかったであろう。彼らは、それ を、まるで子供が玩具でも使うように使っていた。計算をおこなん、見物人はとり巻いて眺めるばかりで、。ほかんと口をあけてい

8. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

示が貼られていて、その前には黒山のような人だかりがしていた。 相棒は女だった。 そのほとんどが技術作業で、事務作業はわずかに二名だけだった。 ヒノは女がまちがえたのであろうと思った。この仕事は失職スペ 6 それもすでに決定ずみの赤い線がひかれている。ヒノは掲示の前で ース・マンのためのものだったし、市には女性のスペ 1 ス・マンは のび上った。 一人もいないはすだった。 市民籍を持つ者以外の宇宙技術者の欄はまん中あたりにあった。 ヒノのけげんそうな顔を見て女はつつましくほほ笑んだ。 一、建設資材の回収。有線電動プルドーザ 1 を使用。三名。 「夫の代りに仕事をもらいましたのよ」 シティ 一「市外殻修理。軽気密服使用。高所作業。四名。 「代り ? 夫の ? 」 三、通信回線点検修理。メーザー通信経験者。八名。 女は娘に見えるほど若くはなく、白い首すじのあたりの翳りは乱 四、揚水ポン。フ監視、点検ならびに修理。軽作業。十八時間勤れたほっれ毛のためばかりでなく 、脂と垢のくまどりでもあった。 務。一名 「もう十日ほども寝たきりなのです。宇宙技術者の募集のあった日 五、 に集会所で誰かにけんかをしかけられたとかで : : : 」 ヒノは顔をそむけた。 終りまで読み進まないうちに、ヒノは四の揚水ポン。フの仕事が気「夫の全然知らないことだったらしいんです。それを説明しようと に入った。一八時間勤務というのは長いようだが、部屋に帰ったと思っているうちにひどく打たれて。夫はロが重いものだから」 てしかたのないヒノにしてみれば、どこで時間を送ろうと同じこと ヒノは応募などするのではなかったと思った。十八時間は長い長 だった。窓口へ行ってみると幸いまた誰も来ていなかった。カード い忍耐を必要とすることたろう。 を受け取って揚水ポンプのある北部の水管系作業区へ向った。 「それしや仕事に入ろうか。先す修理個所が出たときにはおれがや 作業区へ入ると、急に空気がひんやりと湿ってくる。砂岩の地層ろう。最初におれが点検してくる」 を分解して水を抽出する巨大な装置は、作業区の奥で地鳴りのよう 早口にそれだけ言うと、ヒノは待機所のドアを押して外へ出た。 にうなりつづけていた。暗い電灯のともった事務所でカードに記人 空気は湿って重く、冷気は刺すように肌にしみた。気温は二度を してもらうと、ゲイトをくぐってヒノは待機所へ向った。 指していた。息を吐くたびに白い水蒸気がけむりのように湧き出し 明るい照明の下に、揚水。ホンプが巨大な水棲動物のようにならん た。高い天井から水滴が絶えず音をたてて降りそそぎ、たちまちヒ ノの上半身を濡れねずみにしてしまった。直径三メートルもある主 待機所の窓は一面に水滴でおおわれ、内部の照明が虹のようにう幹線の大ヒ = ーム管は、 いたる所に修理をほどこした跡があり、接 るんでいた。 着剤で貼りつけた補修材の下から細い水の柱が立ち上り、その先端 ドアを開くと、すでに来ていた相棒がふりかえった。 がけむりのように散っていた。本来ならとうに交換しなければなら スペース

9. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

メス・ホール 間を進んだ。携帯用の投光器を持ってくればよかったと思ったが、 なぜかその朝は技術員食堂には知った顔がひとつもなかった。ヒ 取りに引返すのもめんどうだった。水をはね飛ばしながら進むと、 ノと同じ失職宇宙技術者であるナカイやハンやシラクサたちがい 6 中ほどの基台の上に上半身を横たえて倒れている女の姿が見えた。 つも席を占める北側の一角は、使われぬパイ。フ椅子がテープルの下 それはいやに平たく、色褪めて、磯に打ち上げられた溺死体のよう に押しこまれたままになっていた。ヒノはおそらくかれらも臨時職 にヒノの眼に映った。ヒノは女を抱き上げて待機所へ後退した。女員としてそれそれの職場に散っていったのであろうと思った。勤務 の体は氷のようにつめたく、手足は板のようにこわばっていた。濡れ場所や時間を異にするために、食事の時間も異なっているのだろう。 ュニホーム た衣服をはぎとり、ヒーターの前に横たえて壁の電話機へ走った。 遠い壁ぎわの明るい照明の下では同じ色の制服を着た正規職員の シティ 揚水ポンプ管理部へ医務員をよこしてくれるようにたのんだ。それ一団がにぎやかに談笑していた。ヒ / は窓口に市からの受配カード から気つけ薬になるようなものがないかと救急箱を開いてみたが、 と、作業区からの特別手当のクレジットを二枚かさねてすべらせ 箱の中には、首の部分からおれた使用すみのアンプルが二個、入っ た。何年か前までは、そこにカード認識用のコンビューターがはめ ているだけだった。 こまれていたのだが、いつの間にかそれがとりはすされ、そこはガ 医務員はなかなか来なかった。女は幼児のようにふるえつづけラス戸のはまった窓に変ってしまった。窓から手がのびてきて二枚 シティ た。ヒノはもう一度電話機を手にした。市のどこかで土砂の崩壊がのカードが引込んた。コン。ヒ、ーターを取りはすすことによって、 あり、医務員はみんな出払っているからしばらく待つようにという何人分かの仕事が生したはずだった。 返事だった。 「ヒノか」 ヒ / は裸の胸で女の体を抱いた。ヒノの体温が浸透してゆくの 窓から顔がのそいた。 か、女の顔にしたいに生気がよみがえってきた。しかし肉の落ちた「宇宙技術者を募集しているそうだが、行かなかったのか ? 」 背中や、そこだけはまだ十分に幅を持った腰は凍てついて鳥肌だっ 「なに ! 」 たままだった。ヒノは自分のもっとも熱い部分を女の体に埋没し どうりで誰もいなかったわけだ。ヒノは身をひるがえしてもう走 た。拡張した充血組織がやがて女の生理を熱に変えていった。 り出していた。 揚水ポンプのうなりに、つめたい滴の雨がたえまなくコンクリー 「おいおい 受配カードを持ってゆけよ。作業区の方のやつは特 トの床を打ちつづけていた。それはつめたく乾いたこの惑星の、遠別食たぜ ! 」 い過去の幻影のようにヒノの耳に聞えていた。 窓口がさけんでいたが、ヒノにはそれどころではなかった。 「おめえにやるよー どなりかえしてから、チラ、と後悔したが募集に受かればそんな - ) ものは必要ないし、だめたったら一日食わずにいればすむことだと

10. SFマガジン 1971年10月臨時増刊号

た魔力が分与されるということだ」 る雷鳴のような大音響が巨大となった室内に響きわたった。 「おろかものよ ! 好んで余の託宣を望むとは。余の託宣はーーー死 5 指のうえにかがみこんだままニゴンはうなずいた。 《 0 「そのことなら、わしも考えていたところた」彼は答えた。 彼とファステュールが食人鬼のごとき行為を始めんとしたとき、 ニゴンとファステュールは、彼らの運命を知る恐怖と絶望にとら マルグリスの胸からうらみをこめたようなしゆっしゆっという音がわれながら逃けた。塔と化した香炉、。ヒラミッドのようにかさねら しはじめた。仰天して、彼らは思わず飛びのいた。そのとき魔術師れた大部の書物ごしに、遠い地平線上に出口が見えた。彼らの前か の髪の背後から小さな毒蛇がすり出して来た。紅の流れのように曲ら、それはしだいに遠ざかってゆく。まるで夢のなかの歩行者のよ りくねってかかとを伝わってすっと床に降りた。そこで攻撃体勢をうに彼らはあえいだ。背後には朱色の大蛇が迫ってきたーー妖術師 ととのえるようにとぐろを巻き、盗人に向けて凍てついた毒物のしの本の真鍮装の背をまがろうとしたとき彼らはおいっかれ、逃げる ずくのような冷たい敵愾心にあふれた眼を向けた。 ヤマネのように打ちたおされた : 「ターランの黒いばらに誓って ! 」ファステュールが叫んだ。 そこには小さな毒蛇がいるだけだった。やがてそれは巣にしてい るマルグリスの胸の中へ帰っていった : いつはマルグリスの使い魔の一匹だ。この毒蛇の噂は聞いたことが ガデイロンの宮殿の屋根の下では、昼夜をわかたず、よこしまな あるーーー」 きびすを返して二人は室から逃げ出そうとした。しかし、彼らが魔術と、冒の呪文、非道な化学を駆使してマラナ。ヒオンと七人の ふり返ったときには周囲の壁と入口が、まるでこの室が無窮の空間同志たちは彼らの魔術をほ・ほ完成させていた。 にのみこまれてしまったように彼らからはてしなく遠ざかっていっ彼らはマルグリスに対して、全ての事実から見て死せる妖術師の 力を打ち破る妖術を意図した。法で禁止されているアトランティス た。目まいに襲われ、足はふらついて、彼らは足もとのモザイクが 巨大な敷石に変化するのをみた。彼らが走るにつれて、散在した書の科学を援用しつつ、マラナビオンは、人間の肉体の全ての属性を ゾラ・スマ 物や、香炉、薬ビンが巨大化し、頭上高くそびえて気味悪く迫り道そなえた生きている原形質を創造した。それは生き血を吸って成長 する。神への冒濱をも犯して呼びおこしたカとその意志を集めた彼 にたちふさがった。 ニゴンは肩ごしに、蛇が赤いとぐろをほぐしながら巨大な蛇に変とその同志は、新しく創り上けた生命の無形のかたまりに内臓器官 身して床を迫ってくるのを見た。太陽のように大きな燈火のもとと手足の成長を強制した。そして最終的には人間の生誕から老衰の 間に受ける経験をさせたのち、マルグリスと同じ状態においた。 で、巨大な椅子には死せる巨大な大魔王がおり、ニゴンとファステ さらにその過程をすすめて、マルグリスが明らかに死亡していた ュールの存在は一寸法師にも満たぬ存在でしかなかった。マルグリ スの唇はその髭の下でなお固くとざされ、その眼は窓から見える遠長い時代をまったく同様にすごさせた。東方を向いて彼らの前にお かれた椅子に坐ったそれは象于の座にすわった魔術師の状態と何ら い闇のなかをさまよって燃えていた。しかし、そのとぎ天空にかか