バビロニ かわるかかわらないうちに、それが年老い、衰弱し、さらに新しい左手に、ど 0 かり構えた巨大な、〈ーダクの神殿〉 ( アの主神 からたを求めなければならないかのようだった。 野卑な建物が見え、さらにその向こうには、広大な面積を占めた平 3 スサンとわたしには、つねに警戒をおこたってはならないことがらな王宮が建っていた。 ひとつあった。つまり、われわれのいすれも不慮の死を遂げてはな わたしは、通りがかりのひとりの男をつかまえてたすねた。「友 ハビロン一の よ、他国の者にひとつだけ教えてはもらえまいか ? らぬということだった。ひとりとり残されると、その脳を新しいか らだに移植するものがいなくなるのであり、生き残ったほうはした美女としてきこえの高い女御はどなたかな ? 」 がって、いまのからたで死ななければならないからだ。 その男は、わたしのヒッタイト人の衣装を軽蔑するように眺めや よそもの 数えきれないほどの部族をわたり、戦いをくぐり、都市を通過しり、いった。「そんなことがわからぬのは他国者だけだ。わがナポニ きさき てわれわれは、道筋をたどりつづけた。世界のそこここに未熟な文ダス王の后トクリスさまが・ハビロン一、いや世界一の美女なのさ」 明が興っていたが、栄光に包まれたアトランティスを見てきたわれ「スサン」と、わたしはいった。「われわれの求めているふたり われには、なんらの意味もなかった。たぶん何千世紀も経過すれば は、王とその妃となっていた。このナポニダスとトクリスがカルナ 別だが、減亡したアトランティスに比肩しうる文明の栄えることはスとエタインにまちがいないことは、わたしにはよくわかる。なに ないだろう。 しろ、エタインは、見つけうる最も美しいからだを選ばぬと気のす 道筋は結局、北東にある・ハビロンという名の新興の大都市へと至まない女なんだからな」 っていた。ある春の日の夕まぐれ、スサンとわたしは、ヒッタイト その日わたしは、ヒッタイト族から敬意を表しに参上したといっ の族長ふたりに変装して、あたりに毛皮や葦を積んだ丸木船が点々て、大王に謁見を願い出た。 と浮かんでいるユーフラテス河にかからた橋を渡り、パビロンの堅藹見を許されるまでに何日もかかった。そして、いよいよナポニ 固な城壁へ近づいていった。 ダスの面前へ案内される段になったとき、彼らは、わたしひとり 「スサン、われわれの探索もいよいよ先が見えてきたな。カルナスしか王宮に入ることを許さず、しかも武器をおびてはいないかとわ とエタインは、この都市にいるような気が、わたしにはするんだ たしの全身を検査したのだった。わたしはこの、彼らの用意周到だ よ」わたしはいっこ。 が、間抜けぶりに苦笑を禁じえなかった。それというのも、わたし 「では、彼らを見つけ出すといたしましよう、御主人さま」 は銅製のナイフをきわめて巧妙に髪の中に隠していたのだが、彼ら われわれは、・、・ , ヒロンの真ちゅう製の城門をくぐり、土レンガをにはそれが見つけられなか 0 たからだ。 積みあげた大きな建物が立ち並び、色黒のカルデア人の群衆がいき ナポニダスは、〈イシュタルの門〉を見おろす、王宮の屋上の涼 かう通りへ入りこんだ。彼らは、リンネルやラシャの白い、長めのしい緑したたる庭園で、彫刻をほどこした腰掛けに坐っていた。 チュニックを着、・長い髪の上にター ハンをまいていた。われわれの彼は、面長な色の黒い顔をし、疑い深そうな目をしていた。その ストウール
: をま , : を : 当は あはは あんまり骨品に うつつを抜かすので 愛想をつかして わしのとこへは - 来ないよ - つに なった これは 禁制品 では・ わしの地所の 地下だし どのみち今日限り とび出すんだ かまやしないさ 1 宇宙飛行を 禁止するような 都市には 愛想がっきた みてみイ われわれはいまや 宇宙という海に 浮ぷ船をもたない 海洋都市だ 0 よその都市の 宇宙船が運んで くる外宇宙資源を ペコペコ頭を下げて おすそわけして もらう 哀れな立場だぞ 宇宙旅行は 金のムダ使いだとか ヌ力した・ハカどもの おか一げでと - っと、つ とりかえしのつかん 事になってしもうた わいくそ 254
女は立ちあがって、くるりと前にむきなおった。それからかがみそれは、彼の名前とても同じだろう。それはまたあの女の場合にも こんで黒いストッキングを直した。は眺めている。もう女は、ああてはまる。もう名前など、いらないのだ。何もかも。〈都市〉は たり前のものへと変貌しきっている。の視線はあがくようにその秋だった。それは、万物が稔る秋ではないのだ。冬の前ぶれだっ 上をさまよった。ストッキングのおわる腿のつけねの部分が、こんた。今や、〈都市〉は無機の棺桶だ。 もりと盛りあがっていた。そこに何かがある。そのものは、下腹部は、いまそこに、まるで、投げ出されたように立っていた。雑 をおおっている布切れによって、かげつていたが、何かを暗に示し踏が流れている。は立ちすくんでいる。その背後に何かを背負わ ていた。まるで夜行性の生き物のように、明るいときにはすっと姿されているような気がした。何だろう。過去だろうか。記憶だろう をかくしてしまうが、昼が夜へ移行するとき、そこにさり気なく現 か。宿命だろうか。が生まれる以前から、負わされているものだ われるものなのだ。まるで影みたいな何か。計測することも、観察ろうか。この世のあらゆる存在が、負っているものだろうか。に することも、分析することもできないあるもの。時間は、その瞬間 は、わからなかった。だが、何か重さのないそのものが、ひどく重 っこ 0 停止する。そして、時間が実質をもって持続するのだ。 「なぜ、やめたの」と女は、すっと立ちあがると、まくれあがった が無意識に宇宙での職業を選んだのは、きっとそのせいだ。で ドレスの裾を引きさげながらいった。「不景気のせい も、何かそのわからない重たいものは、いつも彼の背後にいた。い 「ええ」とはうなずいた。 やむしろ宇宙の枠組のない広がりが、の精神を病ませさえした。 「いやになっちゃうねえ」と女はややはすつばにつぶやいた。「さそれは、単なる広所恐怖症という病名で、片づけられるものではな かった。もっと別なものだ。それはきっと、〈存在〉の病気なの あ、次の客を探さなくっちゃ」 だ。うまくはいえないが、そういう何かもっと根源的な場所に根ざ 「じゃあ」はいってちょっと会釈した。 「またね」と女はいった。もう、笑顔はなかった。厳しくもなかっしているものにちがいなかった。 は、雑踏にさからうように、少しずつ歩道の縁石沿いにき た。ただ空しかった。眼だけが、何か遠くをみていた。まるで、粒 はじめた。もう見あきるほど知っている街。でも、何か空々しい。 子の荒い写真みたいにみえた。 もう二度と逢うことはないだろう。は、露地に面した背の高いは、〈都市〉を眺めている。長い間の宇宙の生活から帰ってきた ドアを押して、外へ出た。 にとっては、なっかしい故郷であるはすの街だ。でも、それはち がう。が少年時代を過ごしたあの街ではなかった。何もかもそっ 何の情感も残っていなかった。ただ、空漠とした広がりだけが くり同じであるのに、それはちがっていた。そのちがいは、外見的 残っていた。驅の中を風が吹きぬけていく。街には、珍しく風が吹 3 0 な見え方ではなく、もっと深い内部のどこかで、ちがっていた。で いていた。その〈都市〉は、夕方だった。その〈都市〉には名前が も、は帰ってきた。帰郷してきた。そう、思おうと努めた。でも あったが、忘れてしまった。思い出したところで、無意味だった。
たりで、カルナスとエタインは見つかるまい」 顔がびくびく引きつり、額に浮かんだ血管が体みなく脈打ってい スサンとわたしがサイラスとともにバビロンを攻めおとして、わた。 , を 彼よ、道楽ざんまいの明け暮れに年より老けこんでいた。彼の かたわらには、ひとくせもふたくせもありそうな目つきをした、ひ れわれの不倶戴天の敵たちが逃げ出しているのを発見して以来、は や六世紀の歳月が経過していた。そして、カルナスとエタインを追げのないすらりとしていなせなローマ人ひとりと、あでやかだが怠 ってアジア西部からヨーロツ。、 , へと渡り歩いてくるうちに、われわ惰な美女がひとり立っていた。 れは、十二、三人のからだと入れかわってきた。・ キリシャの都市国彼女の美貌は、わたしに手掛かりを与えてくれた。わたしは、お 家を、エーゲ海の島々を、次々と仮借なくしらみつぶしにあたってだやかに彼女にいった。「するとこんどは、おまえとカルナスのほ 彼らを捜し求めてきたのだが、つねに彼らは、われわれの到来を嗅うがわたしを待っていたのだな、エタイン ? 」 「そうよ、ウリオス。わたくしたちは、もうあなたとの鬼ごっこは ぎつけていたようであり、ひと足先に逃れているのたった。そして いいかげんうんざりしているの」彼女はいった。そして、無情な笑 ついに、この繁栄をきわめていきつつある大都市ローマがわれわれ いざな い声をあけ、例の恐怖がちらついてくるのをごまかした。 を誘ったのたった。それというのも、裏切り者の男と女がここへや カルナスがティベリュースにいっていた。 「これがその男です、 ってきているように、わたしには思えたからだ。 シーザー。陛下に毒を盛ろうと、このローマへやってまいった魔術 スサンとわたしが苦労しながらごみごみした通りを脱け出そうと していると、ポンとわたしの肩を叩くものがあった。振り向いてみ師なのです , ティベリュースは、ガラス玉のような目でじっとわたしを見つめ ると、目の前にローマ軍団の一隊を率いる、ヘルメットをかぶった 冫しった。「マキシマスの告発に、そちはなんと返 て、脅かすようこ、 隊長のいかめしい、褐色の顔があった。 答する ? 」 ヘリュース・シーザーの命により、おまえを逮捕する」と、 彼はいった。装具をガチャつかせる数人の戦士がわれわれをとり押「シーザー、わたくしは、殺すためにローマへやってまいりました が、陛下をではありません」わたしは、彼にいった。「わたくしは、 えた。 「われわれは、なにもわるいことはしていませんーーー今朝ここへ着ほかならぬそのマキシマスに対して復讐を遂げるために当地へまい ったのです。もし陛下が御賢察くださるならば、そのものをわたく いたばかりなんです」わたしはいっこ。 「おまえの無実はシーザーに説明すればいい」と、隊長は、簡潔にしにお引き渡し願えるものと思いますが。さもなくば陛下は、やが やから てそやつめが陛下を苦しめる油断のならぬ従輩であることがおわか いった。「わたしは、ただおまえを彼の前へ連行するだけだ」 りになられるでありましよう」 一時間後われわれは、厳重に警備されて豪壮な宮殿へと入ってい 丿ュースは、ふくらん 「それは嘘だ ! 」 き、ローマ皇帝の前へ引き出された。ティベ 1 ティベ 丿ュ 1 スがわたしにいった。「マキシマスは、余がかって だガラス玉のような目でじっとわたしを見つめた。骨ばった灰色の 332
「私たちは市民籍を持 0 ていないから他の仕事となるとここの半分「いや、何でもない。おれの友だちのことなんだ」 ももらえないような仕事しかないんです」 ヒ / はやられた、と思った。そしてもし、こんどシクに逢うこと 6 スペース ヒノは言葉もなくうなずいた。宇宙技術者だからこそこの仕事にがあったら、自分はほんとうに彼をなぐるにちがいないとも思っ もありつけるのだ。そうでなければ、市民籍の無い浮浪者に与えらた。 れる仕事はみじめだし、それでもまだあればよかった。 「しかし、どうしておめえが ? 」 「私、夫が元気になったら市民籍をとらせようと思っているんで 「宇宙技術者でもない私がどうしてこの仕事につけたのか、というす。宇宙技術者なんて、もうたくさん ! 」 んでしよう ? あとおししてくれた人がいたんです。作業区に推せ終りはさけびに近か 0 た。宇宙技術者はその仕事の性質上、どん んしてくれて」 な開発都市にでも、どこの宇宙基地にでも自由に出入し、スペース 「ほう。人情深いやつがいたものだ」 ・マンとしての仕事をつづけることができる資格と特権を持ってい 「この間のスペ 1 ス・マンの募集のときに採用されて行った人らし た。いわば宇宙省に籍を置いた自由民であった。それが市民籍を取 いんです。私は会 0 たことはないけれども。作業区のえらい人におるということはその自由民としての権利と資格を失うことを意味し 金を使ったらしいって夫が言っていました」 ている。もともと開発都市には、宇宙技術者を養うだけの資力など 「なんでまた ? 」 ありはしなかったし、またそうすることによって地球・ーー宇宙省は 「夫もその人と同じ職種を希望していたんです。でも、あんなことすべての開発都市を強力な統制のもとに置くことができたのだっ になってしまって : : : 」 た。そしてスペース・マンの栄光は保障されていた。だが、今は。 ヒノはあっと思った。 「でも、彼は何と言うかな ? 」 「ちくしよう ! 」 え。夫ももういやになっているんです。あんなことがあって から」 女は体をすくめた。 ヒノはパイ。フ椅子にどさりと尻を落した。椅子の脚が、コンクリ「あんなこと ? 」 1 トの床に歯の浮くような音を立てた。 「事故があったんです」 「やろう ! こんど会ったらぶんなぐってやる ! 」 「そう言っちゃなんだが、事故のひとつやふたっ、スペース・マン けもののような息を吐いた。 なら誰でも経験しているものだが : : : 」 「あの、何でしよう ? 」 女は強く頭をふった。 キャゾテン 女は不安に顔をこわばらせた。 「夫は定期航路の船長だったんですー
マンダリンホテルのあり場所はちゃんと知っていた。は赤い光 た。最初にそうした鉱山設備と工場ができ、建設がはじめられた。 それはすでに月面工学の常識であったが、は実際にその仕事にを示すチ = 1 ・フを選んで乗った。円筒形の筒は、急速に降りていっ た。ところどころで停止し、各層の街をかい間みせてくれた。その タッチしてみて、月の建設物の構造計算上の有利さに、改めておど ろいたものだった。資材自身の重さ、つまり自重、たちが死荷重度に、人々が乗ったり降りたりする。人々はその度に、の方をち らりと眺めて、また無表情にだまりこくった。たぶん服装のせいだ といっている数値の少なさが、建設費を大幅に節約したのだった。 ろう。レーンコートなんか着ている者はいなかった。みんな身軽そ ただ、地殻構造の不安定な月面では、地震に対する慎重な用心が 必要であった。従って、月では地下施設をのそけば、剛体構造は不うだった。中には裸にちかい女さえいた。 レベルで、はチュー・フをおり、横チュー・フにのりかえた。一 利だった。月の地上構造物はプレハ。フ的なトラス構造が一般的であ 人乗りのバケットシ 1 トは、浮きあがって軽やかに前進した。急ぎ るのだ。鉄と。フラスチックを分子的に結合させた。フラスチールが、 主要構造材料であり、それらを組み合わせた様々なタイプのドームたければ、モノレールがあったが、いまは急ぐ必要はなかった。 構造が多用されていた。そして、むしろ月における技術的な、そし長いオレンジ色のトンネルを抜けると、視野が開けた。イルージョ て誤れば致命傷となる難関は、構造技術ではなく気密性保持の方だン公園の偽物の空は、どぎつい青。いかにも、青空です、というよ っこ 0 うないやらしさがある。でも偽物は、どう技巧をこらして、本物ら 気スはたちが肛門といっているギャザーにおし入り、それからしくみせようとしても、やはり偽物なのだ。と考えると、この方が ゆっくりとドームの内側に着いた。発着場のまるい天井を下からみ正直でいいのかもしれなかった。模造芝が、ペンキ塗みたいな緑色 あげると、その頂点の進入口は、人間の尻のあの器官のようにみえの芝生を広げている。公園には誰もいなかった。やはり模造の植込 みが幾重にもあり、遠近法的な造園術が使われているらしく、けっ るのだった。 は他の乗客の一番さいごから降りた。出むかえらしい者は来てこう大きくみえた。遊歩道があり、べンチがある。つまり公園と いう観念が通常一般的に必要とする諸々の備品は、全部そろってい いなかった。都市の名はルナシティ。半地下式のドーム都市。昔か た。でも、人間だけはいない。時間がきたのか、街灯がいっせいに ら挿絵に描かれていた、あの空想的光景そっくり。都市のできる前 ついた。人工の空が、変化して夜になった。 に名前の方が先にあるなんて、ちょっとおかしいような気もする。 の乗っていたシートは、またオレンジ色のトンネルに入った。 でもこれは、誰もが知っているあの月面都市なのだ。はそのター リフト 、、ナルから足をふみだした。そして竪坑の透明なチ、ーブを前にしこんどは短かった。はシートをおりた。誰かがシートを呼んでい て、しばらく谷底をのそきこんでいた。まるで蟻の巣とおんなじるのだろう。それは、の体重から逃れると同時に、走り去った。 だ。広大な宇宙へ進出した人類が、このような広所恐怖症的な場所はあたりを見まわした。馬蹄型の通路が幾つも交又していた。組 みあわさるように斜路をつくっている。まるで、知恵の輪みたい に住んでいるのが、おかしかった。
金属製飛行艇の一隻にむかって駆けていくとき、またしても、前よ 胴間声を張りあげ、うしろの下方を指さした。 りもやや激しく揺らいだ。 わたしは、うしろを振り向いて、血が凍る思いをした。 「御主人さま、地震でございますよ ! 」スサンが、恐れおののいて アトランティスの都市と、その向こうの黝々とした田園が荒れ狂 叫んだ。 う海の波さながらに、うねり、隆起しているのだった。堅固な大地 「微震にすぎぬーー早くしろ、あの飛行艇を始動するのだ ! 」彼にが歪み、折り重なっているのた。恐ろしい、軋み音がわれわれの耳 むかって、わたしはどなった。 にまでとどいてきた。 そのときのわたしは、いまのが単たる地震にすぎぬということ以「アトランティスの神々よ ! 」その光景から目を離さずに、わたし 外なにごとも疑っていなかったことをすべての神にかけて誓うー は、悲痛な声で叫んだ。「エタインとともに逃亡する前に、カルナ アトランティスでは、地震は日常茶飯事のことだった。だから、こ スが〈火山カ〉の鍵を開けたのた ! やっと、その裏切り者の女と の地揺れが単なる地震ではないとちらとでも考えていたら、わたしのあとを追うものがひとりもいなくなるようにと、カルナスは、 は、追跡のことなど忘れてしまっていただろう。 〈火山カ〉を解放し、アトランティスを全減させようとしたのだ いや、はたしてそうだったろうか ? あのときばかりは、たとえ わたしの犯したどす黒い罪が、まっこうからわたしにはね返って すべてを知っていたとしても、わたしは狂気となって追跡していた たろうと、時どき思うのだ。なにしろ、スサンとわたしを乗せた飛きたのた。〈火山力の守護者〉であるわたしが、個人的な復讐のた めに、そのわたしの守護している〈火山カ〉がわれわれの大地を全 行艇が唸りをたてて星明りの夜空へ舞いあがったときのわたしは、 減させようとしている折も折、自分の持ち場を離れていたのだっ 嫉炻と怒りに逆上していたのたから。 「彼らに艇首を向けるのだ ! 」われわれが小型飛行艇の甲板に腹一疋た。 「引き返すのだーー〈火山力の殿堂〉へ艇首をめぐらすのだ ! 」わ いになると、わたしは、スサンに叫んだ。「あの光を追え」 たしは叫んだ。 「追いますとも、御主人さま」忠実な僕は叫び返した。 しかし、甲板にへばりついているスサンが叫び返した。「艇の柄 正気の沙汰とは思えない速度で、われわれは、薄れていくあの光がききません、御主人さま ! 」 中空でのたうち回り、高く低く上下動しながら、われわれは、後 を追って眠れる都市の上空を真一文字につき進んでいった。そのと き突如として起こった突風に艇が捉えられ、さながら風に翻弄され方の見る見る広がっていく地穀の大変動を見守った。都市全体と、 る木の葉のように、右へ左へともてあそばれはじめたのだ。いきなそれを擁する大地が狂ったように隆起し、もみくちゃになり、そこ り大気が狂いた「たかのようだった。われわれが甲板から投げ出さここのすばらしい大理石の建物があれよあれよという間に粉々にな って去っていった。突如として〈火山力の殿堂〉の小さな白い建物 れずにすんだのは、安全ベルトがあったればこそだった。スサンが 3 2 2
無駄だった。あの少年時代の何か魅力にみちた〈街〉はもうなかっ 上層を満員の人をのせたゴンドラの列が行く。巨大な都市。いっ た。そのなっかしい〈街〉は、盗みとられていた。自身が変わっ たいどれくらいの人々が、いるのだろうか。地球が、満載した船の 8 たせいだろうか。そうかもしれない。でもなぜなのだろう。なぜ、 ように、今にもその重さで沈没しかけていることだけは確かだっ 多くの人々が昔のようにそこに住み、騒音でみたされ、色々な光が た。は、そうした地球にいまいるのだ。それは現実だった。で 輝き、色々なものが動きまわっている、この活気にみちた〈都市〉も、その現実世界は、彼が探している故郷ではないのだった。た が、このように空虚に、そして虚像のようにさえみえるのだろう。 ど、うまくはいえないのだ。でもは、何かを求めていた。もっと の側にすべての原因があるのだろうか。が希望を失ってしま別な、もっと確実な世界を。 0 たためであろうか。は宇宙から帰 0 てきた。職を奪われた失業は、そこで、ふと足をとめた。無意識のうちに、足がその店に 者として、還ってきたのだ。人々の列は、その傍らを通りすぎてい むいていたにちがいなかった。数日前にみつけた大きな玩具店だっ く。みんな他人だ。その、ひとりひとりの顔はちがっている。でも た。そのとき、は小さな発見をしたのである。それは、何かまだ 一様に同じような気もする。みんな流れてゆくのだ。どこ〈。わか理由のは 0 きりしないある種の感情だ 0 たのだ。長い間、彼は、そ らない。彼らはまたひと廻りでもして、もどって来るのだろうか。 のショーウインドウの前に立って眺めていた。次の日もはそこに ぐるうっと、大きな輪を画いて。かもしれないし、そうでないのか来た。またその次の日も。は今日もいまこうして、店の前に来て もしれない。にはわからない。は立ちどまっている。立ちどま いる。そこは別世界たった。心が不思議になごむのだった。それ ってそここ 冫いた。〈都市〉に風が吹いている。透明な風が吹いてい は、幼児的な退行現象ではないのだ。は、並べられた様々な玩具 る。彼の躯の中を吹きぬけていく。も影のようにそこにいるのでの山のどれをも欲してはいない。ただ、は、その店の内部にあ ある。小さなつむじ風が、街路を走り抜け、アーケードを抜けて消る、全体の何かある種の雰囲気のようなものに、心を魅かれている えていく。深いモノクロームの高層ビルの谷間。方形の空が、そこのだった。 によどんでいる。灰色の空。空とは色なき大気のよどみ : は、そこに立ちつくしていた。 アンアンがページをめくった。 その谷間の底を、雑踏の河が流れている。人の群。疲れた顔、不 の幻覚が、例のようにはじまった。 幸な顔、不機嫌な顔、色々な顔 : : : 。その谷間の中層部の橋の透明 なチューヴの中を、人がつまって流れていく。その谷間の高層のゴ でもどちらが本当なのだろうか。 ンドラに人々が満ちあふれている。また多量の人々の流れが、せき を切って、洪水のようにモノレール駅から奔流する。その表情は「 どのくらい、そこに立ちつくしていたかはわからない。は、現 一層とげとげしい。モーターレース場から運ばれてきた群衆である実にもどっていた。タ闇がせまっていた。灰色の世界だ。現実の世 のだろうか。怒声が響く。踏みつけられた者の悲鳴。 界だ。は星のみえない空をあおいだ。 , 数百層におよぶ巨大なビル
路におり立った。泳ぐように船首にむかい、わけを話して、一等船ンアン。 室の展望塔に入れてもらった。 実物のアンアンは、想像していたよりも、ずっと小柄だった。普 チーフォフィサーはいった。「ほう、あなたが、あの中継駅を : ・通の女性とあまり変わらなかった。。、 カ彼女が、その姿態と個性とで かせぎ出す収入は、莫大すぎて想像もっかない。 なろん全部ではない。彼はその一部分の設計と工事を監督したに このアンアンはあのアンアンなのだろうカ。 、。くよふとった。か すぎなし カ彼自身の手が、直接、締めたねじが、島の一部分でもしれない。アンアンは普遍的な存在た。は、と信じている。 あることは事実だった。ドーナッ型の島は、健全だった。は、ひ そかな満足を覚えた。は展望室のシートに腰をおろして、沈黙すやがて客船は、島にドッキングした。形式的な検役から税関やら る月面の輝きを眺めていた。スチュワーデスがやってきて、クレー の手続きをおえ、ロビーへ出ると、の心はもうなっかしさで一杯 ターや海の地名を示した地図を手渡していった。 だ。アンアンの姿を、はちらりとみとめた。専用ョットを持って と、「人類がはじめて上陸した地点はどこかしら」とひとり言を いるらしく、 】ソナルドックの方へ彼女は消えていった。はバ いっている声がした。は、振り向いた。自分の発した声が大きすぎスに乗った。客たちは、七分間ほどで、すぐに降下していった。月 たのに気づいて恥ずかしか 0 たのか、その女性はに向かってちょ面はもう足元にあった ~ っと照れたように笑った。女は、展望鏡をのそきこんでいたのだ。 月の都市は、大部分が地殻の中にもぐりこんでいる。水と大気の はソファーから立ちあがって、「ちょっと代ってください」と問題をのぞけば、低重力の月は、土木屋にとっては扱い易い惑星で いった。女が台から降りた。は、まだ女の体のぬがみが残ってい あった。初期の探険時代のあとで、月が地球の再開発に先行して る座席に腰をおろした。小型たが、機械は複雜だ。小さな望遠鏡とおこなわれた理由はそこにあった。まず、めんみつな都市計画がね いうよりは、光線砲か何かみたいにみえる。手前の筒をのそきこむりあげられた。各都市は大きなもので直径数十キ小さなものだ と、視線に輝く月面が広がった。倍率を、丁度月面が視野一杯になと数キロ、中性爆薬であけられた大穴は、そのまま何年も放置され るように調節してから、は、筒の内側に仕込まれているスライド た。が、その間、月の建設者たちは何もしなかったわけではない。 を重ねあわせた。スライドには月面の地名が書きこまれている。 大量の資材を必要とする土木工事では、建設材料の現地調達の有無 「どうそ。のそいて下さい。大きな星のマークが入っているとこ が、建設費をひと桁もあげもさげもした。原料は月において多量に ろ、上陸点です」 採取できた。ただ、木材をのそけばだ。現にいまでも天然木材は、 光沢のあるシルキールックに包まれた女の姿態はほっそりとして月ではもっとも貴重な装飾材料として、ごく部分的に使われている いた。はこの女性を知っていた。地球の男たちならみんな知ってにすぎないのだ。主力はコンクリートと鉄と。フラスチック、あるい いるだろう 。いたるところに、彼女の映像がある。人気スターのアはその重合材料だった。ちょうど、 いまの地球の状況と同じだっ アイラ / ド
の妻がカルナスとエタインだという可能性はあるだろうか ? 国の、破壊した大理石が横たわっているのだ。ゆるやかに輪廻して 可能性以上のものがあるように、わたしには思われた。戦時の卩きたこの歳月のあいだじゅう、そこに棲みつくものといえば這いず り回るイカのみ、それらは、静寂と暗黒の中でひっそりと眠ってき ンドンで忠実なスサンを失って以来、二十年のあいだわたしは、こ のふたりの裏切り者の足どりをまったくつかめないでいた。彼らを たのだ。 求めてヨーロッパじゅうを不乱に捜し回ったのだった。その間、か 踊り疲れて紅潮したひと組の若い男女がやってきて、わたしの近 らだはますます老いていくし、体力は衰えていった。かくも長き歳 くの暗がりで舷墻にもたれかかった。 月のあいだ、あざむいてきた死が仮借なく近づいてき、当然はたす「いま・ほくたちが航海している、まさにこの海の底にあの伝説のア トランティスが横たわっているのだといわれていること、きみ知っ べき復讐をわたしから奪い去ろうとしているのを思うにつけ、わた てるかな」若者の彼女にいっているのがきこえた。 しの心は苦悶にさいなまれるのだった。 カルナスとエタインがアメリカに逃れ、何千年の間に吸収した知「あの海底にひとつの都市が , ーーーなんてすばらしいこと ! 」彼女が 識をもって富を蓄積し、権力の座にのしあがっていったのは、充分叫んだ。「その伝説には信憑性があるのかしら ? 」 にありうることだった。それなのにわたしは、旧世界で彼らを求め 「あるわけないさ。ただのきれいなお . とぎ話にすぎないよ」子供を てむなしい捜索をつづけていたのだ。だがもし、わたしがアメリカさとすような調子でいった。「人びとは、それを信してはきたけ へ渡って彼らを発見できなかったら、それだけの時の損失は致命的ど、そのような都市の実在したはずのないことぐらいわかっている なものとなるやもしれない。 さ」 、ワ . ィッ ク わたしは、やぶから棒に立ちあがった。ジョン・、 アトランティス、アトランティスよ、紺碧の海に臨む一点のくも ・、カルナスだという可能性にいちかばちかわたしの復讐を賭けてみ る覚悟を決したのだった。 りない純白の美を誇った、おまえのような都市を二度とふたたび、 二日後わたしは、死ぬ前に復讐とわたし自身の罪のあがないを成この世界は見ることがあるだろうか ? 誇り高き男たち、見目うる 就すべく最後の望みを託して、マルセーユ発ニューヨークいきの大わしい女たちは、おまえの栄えしころおまえの緑したたる街路を歩 客船に乗りこんだ。 いたように、二度とふたたびこの地上を歩くことがあるだろうか ? 広い前部甲板のそこかしこに角燈がまたたき、オーケストラの奏若い男女は、その場を離れて、また踊りにいった。しかしわたし でる音楽に合わせて幸せそうな若い男女が踊っていた。わたしはと は、舷墻にもたれたままじっと、騒ぐ黒い波を見おろしていた。 いえば、船尾の暗がりの中で舷墻にもたれかかり、痛な心で黒い わたしの愛する国をこの波間に葬り去ってしまった不忠きわまる 騒ぐ波を見おろしていた。はるか海の底、暗がりのぬめぬめした軟あのふたりよ、、 。しまだに生きながらえて、悪の中で栄えているの 4 泥の中に、かってこのわたしウリオスが〈守護者〉をつとめていた だ。願わくは、復讐とわたし自身の罪のあがないをはたすべきこの