二人 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1976年10月号

かぶり 「ほら、この前だんながこられた時、あるお方がこの島へ着いたら シビルは頭を振った。「このままほうっておくわけこま、 知らせてほしいとおっしやって、ご親切に心づけをくださったでしでしよう ? 」 ようが」・ハルワニの目が輝いた。「その方ですよ。前の時のお連れ 二人と一緒に、今ここに来てますよ」 夜気はじっとりとして、芳香を含んでいた。雨季は到来し、そし クラインは、ぬかりなく二十シリング紙幣を・ ( ルワ = のデスクのて去った。今や島は新たな季節を迎え、狂気じみた生命力の氾濫の 上に置いた。 中に浸っていた。ホテルのクラインの部屋の窓の外には、からんだ 「ホテルはどこだ ? 」 ッタが巨大なラッパ型の黄色い花をつけている。建物の周囲はどこ ルワ = は唇をゆがめた。明らかに期待額を下回ったのだ。だがもかしこも花に埋もれ、ぬれた若葉が怒濤のように波打っていた。 クラインは、もう一枚おくようなことはしなかった。ややあって・ハ この万物の活気あふれる新鮮さは、クラインの五感にも影響を与え ルワニよ、つこ 0 。しナ「前と同じです。ザンジ・ハ ・ ( ウス。で、だんた。彼は部屋の中をきびきびと歩き回り、何かうまく運びそうな策 なは ? 」 略をひねり出そうと考えをめぐらせていた。即刻シビルに会いに行 「前と同じだ。シラジにいる」 くか ? 必要とあらば、どなるか何かして事を荒立てても押し入 り、なんであんなでたらめのサルタンなどという根も葉もない作り シビルは、ホテルの庭で、その日調べたことを読み返していた。話を持ち出したのかと追及してやる。いや、いや、もう真向から対 その時、パルワニから電話がかカた 決するのはよそう。泣き落としもやめだ。もうここまで来ているの 「用紙が飛ばされないように見ていて」シビルはザカリアスにいし だし、彼女もすぐそこにいることだ。冷静に彼女を捜し出そう。し おいて中にはいっこ。 んみりと話すのだ。昔の恋の記憶を呼びさますのだーー・・話そう、リ 彼女がうっとうしい顔をしてもどってくると、ザカリアスがし ルケやウルフやプロッホのことを、プエルト・ ・ハリヤルタの午後、 こ 0 サンタ・フェの夜を、二人で聞いた音楽と、愛撫の数々を。なにも 「なにか面倒なことでも ? 」 二人の結婚生活を再生しようというのではない、それは不可能なこ シビルは溜息をついた。 となのだから。そうではなくて、かって二人の間に存在した絆の記 「ホルへよ。今、自分の宿へ向かってるわ」 憶だけを呼び覚まそう。過去のできごとを彼女に思い出させたら、 「やれやれ、やっかいなこった」モーティマーが呟いた。「グラッ つぎに、冷静に、穏やかに、その絆を断つ。二人して彼を解放する カスが、目を覚まさせたかと思ったのに」 のだ。それには、二人の生活上に起った変化について静かに語り合 「この分じゃ、だめだったのね。どうする ? 」 おうーー三時間後、あるいは四時間、五時間後、彼女の手引きによ 「きみはどうしたいんだね ? 」ザカリアスがたすねた。 って、受け入れるにしのびないことを彼が受け入れられるようにな ー 04

2. SFマガジン 1976年10月号

土の入国管理局の役人から「予告を受けていた。・ ( ルワ = 、は、このに魔法をかけるべく、黒塗りの運搬車で連れ去った。男たちの・幅広 事態をどう処理してよいやらわからず、そわそわと落ちつかなかつい肩に担われて去 0 て行くシビルの棺は、脈動する天色の渦の中に た。昨今、ザンジバーの状勢は緊迫している。ザンジ。 ( ーとはそう吸いこまれて行くように見えた。それを貫通する力は、クラインに いうところなのだ。入国を拒否すべきか ? 死者というものは、絶はなかった。おそらくクラインは、二度と再びシビルから音信を受 えず動揺するザンジ・ ( ーの政情になんらかの脅威をもたらすものなけることはないだろう。当今、死者はあくまでも他と交らず、自ら ゲットー のだろうか ? さらに末梢的な脅威は ? 死者は危険な霊的疾病の選んだ特殊地区の壁の内にひきこも 0 ていたからだ。死者の街の外 保菌者かもしれない。改訂版行政規約に、霊の伝染病の擬似患者とで死者を見かけることは、きわめてまれだったし、生者の世界と間 いうことでビザを拒否するとかいうような、そんな項目はなかった接的に連絡を取る者すらめったになか ? た。 そんな事情だったので、クラインは、二人のつながりを今一度振 ・ハルワニは、ポソボソと朝食をしたた か ? ダウド : マームード・ めコー、冷めたチャパティーと、冷めたカレー・ポテト一盛りーー・・気り返って確認しないではいられなかった。、二人は、九年間、ホル〈 とシビル、シビルとホルへであり、我と汝とで我らを形成してい のないようすで、死者を待った。 ホル〈・クラインが最後にシビルを見たときから、二年半近い歳 : た。それも、並みいる我らを卓抜した、超絶的な我らだった。ホ ルへは、狂おしいまでにシビルを熱愛していた。この世では、二 月が経過していた。一九九〇年十月十三日、土曜の午後、シビルの 葬式の日だ。あの日、シビルは、ただ眠るがごとく棺に横たわ 0 て人はどこへ行くのも、何をするのも一緒だ 0 た。研究も宿題も共同 いた。末期の苦しみにも、その美しさはまったく損われていなかっ作業、考えはすべて通じ合ったし、趣味の話ときてはほとんどいっ た。白い肌、つややかな黒髪、繊細な鼻孔、ゆたかな唇。金と紫のも一致した。それほど完全に、二人は相互に浸透し合う仲だ 0 たの おだやかな光沢を持った布が、動かぬ遺体を包み、ジャスミンの香だ。 シビルは彼の一部であり、彼はシビルの一部だった。そして、シ りを仄かにつけた静電霧がきらきらと微光を放ちつっ立ちこめて、 ビルの不慮の死の、その瞬間まで、ホルへは、永遠にこの状態が続 遺体を腐敗から守っていた。シビルは五時間のあいだ、祭壇の上に 浮かんでいた。その間に告別式が行われ、つぎつぎに弔辞がーーー遠くものと思っていた。二人はまだ若か 0 た。三十八歳と三十四歳。 慮がちにーー・捧げられた。その有様は、彼女の死があまりにも不当あと何十年もの未来があ 0 たのだ。それが、あ 0 けなく彼女は逝 0 なるがゆえに、激情をあらわにして故人を悼むにしのびないとでもた。もはや二人はただの他人同士。彼女はシビルではなく、単なる ウ十ーム デッド いいたげであった。ついで、ごく内輪の友人二、三人だけが残ったと死者であり、彼はホル〈ではない、一人の生者だ・つた。シビルは北 ころで、クラインはシビルの唇にそっとロづけをし、黒装束の無言米大陸のどこかにいて、歩き、しゃべり、食べ、読書しているとい の男たちに引き渡した。死者の街から派遣された男たちだ 0 た。シうのに、ホル〈にと 0 ては、失われた遠い存在なのだ。この、人生 なぎがら ビルは、遺言で、再生を依頼していたのだ。彼らは、シビルの亡骸の変化は、受容されなければならないものであったし、ポル〈は表

3. SFマガジン 1976年10月号

ムとその後裔〉。 ラインが煮えきらないでいると、娘の方でもにつこりする。羞らい を含んだ瞬間的な微笑。あっというまに消えて、そういうことがあ「南米人ですの ? 」彼女はたずねる。 ったのかどうかもさだかでないくらいだ。だが、クラインは疑わな 「あちら生まれの、こちら育ち。祖父母が三七年にプエノスアイレ アラ・ハスダー 。思わず立ち上がるクライン。雪花石膏の床を横切り、そばまでスに亡命してね」 行ってぎごちなくためらい、何かきっかけをつくる、気のきいた言 「なぜアルゼンチンへ ? たしかあそこはナチの温床だと思ってま したけどー 葉はないかと槐索するが、何も出てはこない。だが、それにもかか わらず、二人は接触する。古風に、目と目で。そしてクラインは、 「でしたよ。けど、ドイツ語をしゃべる亡命者もいつばいいまし この漠とした出会いの瞬間に、二人の間を流れるものの強烈さに呆た。祖父母の友人は、みんなあそこへ行ったんです。しかし、あま 然とする。 りにも政情が不安定で、ぼくの両親は五五年に出ました。大革命の 「だれか待っておられるのですか ? 」クラインは、呆然としたまま直前です。そしてカリフォルニアへ来たんです。きみは ? 」 で、・ほそ・ほそという。 「英国系です。あたしはシアトル生まれ。父は領事館につとめてい 「しいえ」 ます。父はーーー」 またしてもあの微笑。さっきよりは、ずっと自然になっている。 ウェイターが現われる。二人は無造作にサンドイッチを注文す 「よろしかったらご一緒にいかがですか ? 」 る 9 もはや、昼食など、まったくとるにたりないことのような気が 大学院の学生だということが、すぐにわかる。学士になったばかする。接触はなおも持続している。クラインは積み上げた本の中 りで、こんどは博士号を目指しているーーー十九世紀東アフリカの奴に、コンラッドの〈ノストロモ〉を見つける。彼女は半分まで読ん 隷貿易、ザンジ・ハーを主眠とする研究。「ロマンチックだなあーク だところ、彼は読み終えたばかりだ。この偶然が、二人を興がらせ ラインはいう。「ザンジ・ハーか ! 行ったことあるんですか ? 」 る。コンラッドは好きな作家の一人だ、と彼女はいう。彼も同様 「一度も。いっか行きたいと思ってますの。あなたは ? 」 。こ 0 フォークナーはどう ? ・ しいですね。そして、マン、そして、 「ぜんぜん。だけどずっと興味は持ってました。切手を集めていたヴァージ = ア・ウルフ。〈ルマン・プロッホが好きで、〈ッセが嫌 子供の頃からね。ぼくの切手アル・ハムで、いちばんおしまいの国だ いなところまで同じだなんて。ふしぎだなあ。オペラは ? 〈魔弾 った」 の射手〉、〈さまよえるオランダ人〉、〈フィデリオ〉、 「あたしのアル・ハムではちがいますわ。おしまいはズールーランド 「あたしたち、とてもチ、ートン的な趣味を持ってるわけね」彼女 でした」 . 力し、つ - 彼女はクラインの名前だけは知っているということがわかった。 「とても似通った趣味を持ってるのさ」クラインはつけ足す。気が 彼のコースに登録しようかと考えたことすらあるという。〈ナチズ つくと彼女のを取っている。 にかよ 92

4. SFマガジン 1976年10月号

る。それは嫌悪といえるほどのーーー」ジジボイは、はっとして口をらくぜんぜんないんじゃないかな。そのかわり、彼らは相互扶助的 つぐんだ。「失礼。今の言葉は強すぎたかもしれん。しかしこれな擬似家族集団をつくる傾向があるんだ。三、四人ないしはそれ以 で、この問題に対するわたしの態度がどんなに複雑かおわかりだろ上の人数の個人が集まってね。彼らはーーー」 う ? 憧憬と反撥の混合さ。わたしはこの二極間でたえず綱渡りを「つまりザンジバーの連れの四人は、彼女の愛人ってことか ? ー やってるんだ。ところでわたしはなんでまたこんなことをくどくど ジジボイは表情たっぷりな身振りをつけていった。 ときみに話しているのかな、きみを怒らせないまでも、退屈させる「そんなことわかるもんか ! きみが肉体的な意味合いでいってい もう にきまっているというのに。それよりきみのザンジバ ー詣での話をるのなら、それはどうかなとは思うが、確かなことはいえないから 聞こうじゃないか」 ね。ま、ザカリアスは彼女の特別な連れらしいな、いずれにせよ。 「なにを話す ? ・ほくは行って、彼女が現われるのを二週間待つほかにも何人かが、彼女の擬似家族かもしれんし、全員がそうかも て、そばへも寄れないで、それで帰ってきた。わざわざアフリカしれん、あるいはだれもそうでないかもしれん。ある時期において くんだりまで出かけて行ってだよ、ただのひと目も会えなかったのは、どの死者も、他のすべての死者を相手に家族関係を宣言してよ さ」 いことになっていると考えられる。これには根拠があるんだが、だ 「さそいらいらしたことだろう、ホルへくん ! 」 からといってそれがたしかだとだれにいえる ? われわれはあの人 「彼女は部屋にこもりつきり。やつらはその部屋まで上らせてもく人を、聖書でいうように、〈鏡で見るごとくおぼろに見る〉だけな れない」 んだからね」 「やつら ? 」 「・ほくには、シビルはそれだけも見えなかったな。ど、、 オししち、彼女 「彼女の取り巻きさ」クラインはいった。「彼女はほかに四人の死が今どんなようすなのかもわからないんだから」 者と一緒に旅行していたんだ。女が一人と男が三人。例の考古学「彼女の美しさは、まったく失われていないよ」 者、ザカリアスと合い部屋でね。彼女を・ほくからかくまっていたの 「そうきみはいってたつけな。しかしぼくはこの目で彼女を見たい はそいつなんだ。それも実に巧妙な手口でやりやがった。まるで彼んだ。実際きみにはわからないよ、フラムジ、どんなに・ほくが彼女 女が自分のものといった顔でね。そうなんだろう、どうせ。どうな に会いたがつ、ているか。彼女に会えないつらさはーー」 んだ、フラムジ、死者でも結婚するのか ? ザカリアスは彼女の新「今すぐ彼女を見たいかね ? 」 しい亭主なのか ? 」 クラインは、驚いて発作的に身ぶるいをした。 「たぶんに疑わしいね。死者たちの間では、〈妻〉とか〈夫〉とか「なんだって ? まさか彼女はーーー」 いやいや、そんなことじゃないよ。だ 9 いう言葉は使わないんだ。そりゃあ、たしかに関係を形成すること「隣の部屋に隠れてる ? はあるよ、しかし、二人が結びつくということはまれらしい。おそが、たしかにきみをびつくりさせるものはあるんだ。書斎にきたま

5. SFマガジン 1976年10月号

よ、もっとも相手に聞えないところでのことだがね。もっとカレー もかぶっていないところを見たことがなかった。彼女は白い麻のカ スカルキャツ・フ をどうだい ? 」 ーチフ、彼は、華僑とまちがえられそうな錦織の頭蓋頭巾。二人に くだん クラインは溜息をこらえた。もうかなり満腹していたし、件の力は子供がないが、そのことに不満はなく、水も洩らさぬ仲、一心同 レーときてはロに火がっきそうなしろもので、その白熱の味たるや体、二個の断片が結合して不可分となった一個の実在。在りし日の 彼の舌では到底我慢できたものではなかった。しかし、ジジボイのクラインとシビルがそうだった。二人の考えや動作がみごとに調和 もてなしは、やんわりと強硬で、聖人の威厳みたいなものがどことして相互作用するさまは、人をやや当惑させ、あまっさえ気味悪が なく感じられ、クラインは、彼の家で何かを断わるたびに、不敵をらせるほどのものだった。そしてそれも在りし日のクラインとシビ 働いているような気持ちに襲われるのだった。クラインが微笑してルと同じだった。 肯くと、ジジボイは立ち上がってクラインの皿に飯を一盛りのせ、 クラインがいった。「きみたちと同じ教徒の間ではーー」 その上からラム・カレーをかけ、チャツネとサイ ( ルを添えた。す「それはもうちがってるよ、まったくちがう。実にユニークなん ると、ジジボイの妻がすっと立って、無言で台所に行き、冷えたハ だ。われわれの葬式の慣習を知っているかい ? 」 ィネケンを一壜持ってもどってきた。 / 彼女はクラインに向かって内「島葬、だろう ? 」 気そうににつこりと笑い、それを彼の前においた。実に呼吸が合っ ジジボイの妻がくすくす笑った。「古めかしいリサイクル計画 ! 」 あるじ ている。この二人のパルシー教徒、今宵の主人たちは。 「〈沈黙の塔〉だよ」ジジボイはいって、ダイニングルームの広い 彼らは優雅な夫婦、まぶしいほどのカップルだった。ジジボイは窓辺に立って行き、クラインに背を向けてロサンゼルスのまばゆい 長身で、姿勢がよく、がっしりしたワシ鼻、レバント人特有の浅黒灯火を眺めた。全面にアメリカ杉とガラスを配したジジボイの家は い肌、漆黒の髪、そして恐ろしげな口ひげを生やしている。手足は異マルホランドのすぐ下の、ベネディクト・キャニオンの絶壁近く リウッドからサン 常に小さい。物腰はていねいで、控え目であり、神経質というのと高い土台柱の上に危つかしくのつかっていた。ハ 冫いたる全景が展望できる。 は紙一重のすばやい身のこなしで動く。たぶん四十そこそこだろタモニカこ ーヒルの う、とクラインは見ていたが、彼の推測は、容易に十年は前後する「ポンべイには五カ所ある」ジジボイがいった。「マラ。ハ からあやしいものだ。ジジボイの妻・ーーふしぎなことに、クライン上だ。アラビア海を見下す岩山でね。建てられてからもう何世紀に は彼女の名を教えてもらったおぼえがない は、夫よりは若く、 もなる。どれも円形で、直径数百フィート。二十ないし三十フィ ほとんど同じくらい長身で、肌は白いーー、浅いオリーヴ系た。そしトの高さの石壁に囲まれている 。パルシー教徒が死ぬとねーーーこ て、肉感的な容姿をしていて、いつもきまって絹のサリーをまとつれ、知っているかい ? 」 ていた。ジジボイは西洋風に背広が好みで、二十年は流行おくれの 「いや、たいして。もっと聞きたいねー スーツにタイといったいでたちだった。クラインは、二人が頭に何「パルシー教徒が死ぬと、鉄製の棺架にのせられて、専門の死体運 5 6

6. SFマガジン 1976年10月号

属の耳飾り、毛皮の褌。僧侶たちがくる。手のこんだ織物の長衣をりの壇があり、その上に、丸太で枠をした長方形の墓があって、二 着け、不気味な仮面をかぶっている。酋長たちがくる。銅製の冠を体の遺体が見える。若い男女。隣合って、のびやかに横たえられた 5 しゆくしゆく 頂き、堤の下の長い溝の大通りを、粛々とやってくる。これらの肢体は、死のさなかにも美しい。二人が身につけているのは、銅の 人々の目には活力の火が宿っている。なんと茫大な生命力を持った胸当て、銅の耳飾り、銅の腕輪、黄ばんだ熊の歯の、きらめく首飾 文化、なんと猥きわまる文化を、彼らはここに培養していることり。 、刀 とはいえ、シビルは、彼らの脈打っ活力に、違和感を感じて 四人の僧侶が遺体安置所の四隅に陣取る。頭頂部に鹿の大きな角 だけ をしない。なぜなら、それは、死者の活力、亡者の生気だからだ。 をつけたグロテスクな面をかぶり、手には毒テング茸を形取った長 さあ、見るがいい。彼らの彩られた顔を、まじろがぬ凝視を。こさ二フィ トの木製の杖を、銅製の鞘におさめて持っている。一人 エンクロ れは葬列。インディアンたちは、これら幾何学的に構成された囲い の僧侶が、耳障りな、打ちつけるような唱法で詠唱をはじめる。 地で、礼拝の儀式を執行すべくやってきたのだ。そして今、環状と、四人がそろ 0 て杖をふり上げ、いきなりふり下ろす。これが合 オクタ・コン 墳と八角墳の周囲を、厳粛な足どりで行進している。彼らは、彼方図だ。 葬品が供えられはじめる。会葬者たちは、袋の重みに背を の遺体安置所さして、さらに前進する。ザカリアスとシビルは、原丸め、列をなして遺体安置所に近づく。彼らは泣いてはいない。そ 野の真中にとりのこされる。ザカリアスがシ・ヒルにささやく。 れどころか歓喜に充ち、恍惚たる面持ちで、目を輝かせている。彼 さ、ついて行こう。 らは、後世における文明が記憶にとどめない、あることを知ってい しゅうえん ザカリアスは、シビルのために、実体化してくれる。シビルがこるからた。死は終焉ではなく、むしろ生の自然な継続だということ の死者の社会に立ち入ることができるのも、ザカリアスの巧妙な術を。この世を去った友人たちは羨望の的となる。故人には献物がふ のおかげなのだ。なんと容易に、彼女は時を逆行したことかー こんだんに供えられる。あの世で王侯貴族のごとき生活を送ることが こでは、封印された過去のいかなる時点にも己れを合致させ得るとできるようにとの心遣いだ。銅塊、隕鉄、銀、何千粒という真珠、首 いうことが、シビルにはわかる。結着というものがなく、予知不能飾り用の貝殻、銅や鉄のビーズ玉、木製や石のボタン、大量の、金 な現在こそ、厄介きわまるものだ。シビルとザカリアスは、靏の立属製の耳飾り、黒曜石の塊やかけら、石板や骨ゃべっこうを素材と オクダゴン ちこめる草地を浮遊して行く。足が地に触れる感覚はない。八角墳した動物の彫刻、儀式用の銅製の斧や小刀、雲母をはがして作った をあとに、二人は、樫が鬱蒼と枝を張る暗い森の際の埋葬地に向か巻物、トルコ玉をはめこんだ人間の顎骨、黒っぽい素朴な陶器類、 って、草深い堤をたどって行く。二人は広大な空地にはいる。中央骨製の針、手織りの布、黒ずんだ石から作られたトグロを巻く蛇。 の地面は粘土で固められ、上から砂と細かな砂利がうっすらとかけ捧げ物は袋から雨と注がれて、遺体の周囲は勿論、その上にまで積 てある。これを土台に、遺体安置所が設けられている。屋根のなみ上げられる。 周囲にとがり杭をめぐらした、四角い小屋だ。中に、粘土づく いくばくもなく、墓は贈り物にすっかり埋まってしまう。再び僧 ージュア ワンド つの

7. SFマガジン 1976年10月号

・、ーよ、うこ及ばずだ。・こが、 / 冫。 ナ彼こよどうにもならないことだっ その中に、データがどんなぐあいに配列されているか。ある / 。し ~ ものは秩序整然と、それ以外のものは・ハラ・ハラに。 トマス・。ヒンチョン 「クーヴの島へ、またようこそ」・ハルワニは、へつらうようにい 〈重力の虹〉 って、官僚的な微笑を浮べた。そして、いまさらのごとく思いめぐ らした。この世の生涯の終りに到達したそのとき、ダウド・マーム ート・・ハルワニはどうなるのだろうか、と。 またしても死者だ。今回は三人だけだが、ダルから朝の便でやっ てくる。五人よりは三人のほうがまだしもましたが、と、ダウド・ マームード・ ・ハルワニは思う、だが、三人でもたくさんだ。べつに、 「ーーー奸雄アーマッド対ア・フドウラなんとかかんとか」クラインが いった。「そんなことばかり話すんだ。ザンジ・ハーの歴史さ」 二カ月前のあの連中が、問題を起こしたわけではない。あの日、一 日だけいて、逃げるように本土へ帰って行った。が、ああいう手合彼はジジボイの書斎にいた。むし暑い夜で、時節遅れの雨が、ロ いが自分と同じせまい島にいると思うと落ちつかないのだ。ほかにサンゼルス盆地にきらめく何百万の灯火をけぶらせていた。「あの 行くところもあろうに、よりにもよって、なぜ連中はザン・イ、 ーこ際の彼女に対しては、明確な質問はなんだろうと野暮に聞えたろ ばかりやってくるんだ ? 。野暮。あんなに自分が野暮だと感じたのは、十四のとき以来だ よ。連中にはさまれて、おれは無力だった、異邦人だった。子ども 「到着しました」管制官がいった。 だった」 乗客は十三人。衛生官は、まず島の人間から先にゲートを通した 新聞記者二人、ケープタウンの汎アフリカ会議から帰った議員「きみは擬装を見破られたと思うかね ? 」ジジボイがたずねた。 が四人ーーーっづいて四人づれの日本人観光客が進み出た。カメラを「わからん。おれのことをオモチャにしてもてあそんでいる感じだ づら ゴテゴテとぶらさげた、にこりともせぬ、フクロウ面の男たち。そった。けど、それは単に新入りに対する彼らの一般的な流儀だった れから死者。・ハルワニは、この前と同じ顔ぶれだと気づいて一驚しのかもしれん。だれも誰何しなかった。おれがひょっとしてニセモ ノなのじゃないかというふうなあてこすりをいうものもなかった。 た。赤毛の男、あごひげを生やした茶色の髪の男、黒髪の女。いっ だれもおれのことをたいして気にかけるふうもなかったし、ここで たい死者というものは、二、三カ月ごとにアメリカからザンジパ へ飛んでこられるほど金持ちなのだろうか ? 新たに死んだものなにをしているのかとか、なんで死者になったのかとかいうことは は、棺からよみがえる際に、体重と同じだけの黄金の延べ棒を贈らどうでもいいみたいだった。シビルとおれとは差し向かいに立って れるのだという話を・ハルワニは聞いていたが、いま彼はその話を信いた。おれは彼女に手をさしのべたかったし、彼女にも手をさしの じる気になった。こんなやつらを、世間にうろうろさせておいたらべてもらいたかった。だのに接触はなかった。ぜん・せん。これつぼ っちも。まるで学者仲間のカクテルバーティの初対面同士みたいな ろくなことはない、・ハルワニは自身にいいきかせる、無論、ザンジ 4 9

8. SFマガジン 1976年10月号

の正面の壁を背に、ふたりの異星人が、いかにもすっきりと落ちつよくしたところで、人間よりは鮫か、蛇か、狼のほうに似たものだ 「あなたがたの主星についてい 3 いた様子で立っていた。 ろう。ケリイが、異星人が彼に その姿を見たとき、レイノルズは足をとめて棒立ちになった。視ちばんよく知っている人に」ーー会いたいといっている、と彼に告 線をあげると、勇をふるって相手の目を見つめた。、動作にともなっげたときから、。、それは予想されていたことであった。 で、彼はロをひらいた。「わたしが、あなたがたの求めている相 て、心も反応した。最初の反応は、ただのショックだったが、すぐ にそれは、意表をつかれたという感動に席をゆずり、ついで、喜び手、星について詳しく知っている人間です」 しいながら、彼はいまだにどちらがリーダーかきめかねて、 と安堵に変わった。そのふたつの生きものには好感が持てた。見たそう、 ところ、彼が期待していたよりは、はるかに親しみやすい相手のよどっちつかずに視線をさまよわせて、いた。レイノルズが「 : : : 星に が、鼻孔をびくり ついて」といったとき、一方ー・ーー小さいほう うに感じられた。 前へ進み出ると、レイ / ルズは両者のすぐ前に立ち、一方から他と動かした。もう一方のは、じっと身動きもしない。 方へと視線をうっした。どっちがリーダーなのだろう ? 両方とも地球の動物の中で、ひとつだけ、この異星生物と似たものがあ そうなのか ? それとも、両方ともちがうのか ? 彼は待ってみるり、それが彼に喜びと安堵を感しさせたようだ。むろん、異星人 ことにした。だがどちらの異星人も、声も立てなければ、動く気配が、まさしく異星人であることに変わりはない。そして、・人間でな もみせない。で、レイノルズも、だまってじっと待ちつづけた。 いこともたしかである。だが彼らは、わけのわからないかたまりで 自分はいったい、ここで何に出会うことを予期していたのだろもなければ、狼にも、鮫にも蛇にも似たところはなかった。彼ら ぎりん う ? 人門 つまり、二本の腕と、二本の脚と、しかるべき位置は、麒麟だった。恰好よく、おとなしく、親しみやすく、楽しげ にある頭と、それについた鼻、一対の目、一対のひらひらした耳ので、静かにほほえんでいる麒麟なのだ。もちろん、かなりの相違は ある、人間のようなものを想定していたのか ? ケリイは、そう考ある。異星人の皮膚の色は、おだやかな紫、緑、赤、黄など虹色の コラージュで、模様にパターンがない点は壁と同じだった。胴体は えていたようだーー彼女にとっては大きな失望だろうーーーしかし、 レイノルズは、まったくそんなふうには思っていなかった。ケリイ床から高くもちあがり、頸はふつうの麒麟よりも太い。尾はなく、 は、先方が英語を話す以上、人間しかイメージできないほうだが、蹄もなく、かわりに四本の脚の先には、五本のぶこつな指に加えて レイノルズには、もっと想像力があった。彼には、もっといろんなもう一本、横向きにつき出た大きな拇指があった。 ことがわかっていたのだ。たとえ四本の腕と三本の脚と十四本の指「わたしの名は、プラッドレイ・レイノルズ。わたしは星のことを と五つの耳のある相手だろうと、人間といえるものに出会うなどと知っています」そういっても先方が相変らずだまっているので、彼 は考えていなかった。予想していたのは、まったく異質の存在だっは気になりだし、「何かまずいことでも ? 」と、たずねてみた。 小さいほうの異星人が、頸をぐっとこちらへのばした。と思う た。最悪の場合は、ただのかたまりみたいなものかもしれないし、

9. SFマガジン 1976年10月号

書インデックス・カードで日本の n 作家で、ローカルのおんぼろバスは、緑の濃いクにいたとき、レストランにはいったら、 の著書を調べたら、エール大学には次のよ田園地帯を走りつづける。 まわりがみんなイタリア語を話す連中ばか りだったことがある。日本にいると、日本 うな本があることがわかった。小松左京 ・ほくがすわった・ハスの最後列には、ほか 『日本沈没』ほか評論集二点、星新一『小 語の読み書きができない日本人など考えら に女の子がひとりいるだけだった ( 州や・ハ れないが、英語を読めなかったり話せなか 金井良精の記』、豊田有恒『倭王の末裔』ス会社によって規則は異なるが、一般に・ハ 以上。要するに、日本には関心がない ったりするアメリカ人はいつばいいるわけ スの後部三列ではタ・ハコがすえる。だか のである。 ら、・ほくはたいていバスのうしろに席をとである。彼女はプエルトリコ人だった。そ れで合点がいった。。フェルトリコは、キュ トロントめざして出発したのは、九月二 っていた ) 。 ハのとなりにあるアメリカの属領だが、 十日の早朝だった。ニュ ーヘイヴンには一一女の子がぼくに時間をたすねた。年は十 泊しただけ。雨のせいもあって、街の雰囲七、八だろう。ラテン系の顔だち、なかなおもに使われている言語はスペイン語。生 気を味わう暇もなかった。いずれにせよ、 か美人だ。髪は染めているのだろうか ( こ活水準が高くないため、アメリカに出稼ぎ に来るものが多いらしい。彼女はパッファ ポプには大学があり、・ほくは・ほくで、このの方面にはくわしくないのでわからない ) 、 ローにいる兄を訪ねる途中だった。 大陸横断が何日かかり、どの程度疲れるも ライト・・フラウンの中にプロンドがまじっ バッファローといえば、ナイアガラ曝布 のやら予想もっかないため、長居をするっている。しばらくして女の子がまた声をか もりはなかった。雨はあがっていたけれけた、「何か本を持ってない ? 」読みかけのそばにある都市。国境を越えれば、二時 ヾ、ツ 0 、 ど、朝霧が深く、視界は三十メートルぐらのペー 間でトロントに着く。彼女はバスの時間を 、クカ二、三冊あったので、 1 レ、よ、 0 」し、刀 / し ニューヨーク州オル・ハニ 1 まそれを見せると、「あたし、英語読めない書きとめた紙を持っていたが、それだけで の。写真ののってはたよりないのだろう、オルバニーでグレ イハウンドに乗り換えるときも、・ほくのあ るような本ないか とについてきた。こうしてバッファローま ドしら ? 」 一・ほくは信じられで彼女を連れてゆく羽目になったはいいの ど ; 、・ほくにしてもバス旅行ははじめて。 ルず「え ? 」とききナカ 工 と かえした。「きみ、自信満々で行動しているわけではない。 アメリカ人じゃなきには彼女のほうがずっとよく知っている こともあって、おかげで到着までの十一時 イいの ? 」 ヴ ・ハ力なことをき間、景色を見て時間をつぶす必要はまった イ くなかった。 デいたものだ。アメ ハス旅行の楽しみよ「、 ~ しろいろな人たち リカは移民の国で ある。ニューヨー と知りあいになれることだろう。今まで飛 7 3

10. SFマガジン 1976年10月号

「おどろくほど似通ってるわ」彼女はいう。 ミック・ドンガンが、部屋の向こうの端からクラインをひやか す。クラインはおそろしい形相をして見せる。ドンガンがウインク をよこす。 「出よう」 ちょうど彼女が同じことをいおうとしていると、クラインがい その夜、二人は夜半まで語り合い、夜明けまで愛を交わす。 「いっておきたいことがある」朝食をとりながらクラインはおごそ かな口調で告げる。「・ほくは、ずっと前に、絶対に結婚はしないと 決心したんだ。無論、子供もっくらないとね」 「あたしもよ」彼女はいう。「十五のとき」 それから四カ月後、二人は結婚した。ミック・ドンガンが花婿介 添人だった。 レストランを出る時、グラッカスはいっこ。 「よく考えてみるね ? 」 「ああ」クラインはいった。「それはもう約東しただろう」 彼は部屋に行き、スーツケースを詰め、タクシーで空港に向かっ た。空港に着いた時には、ザンジ・ハ 1 行きの午後の便まで充分余裕 があった。着陸すると、例の陰気な小男が衛生官の任務についてい こ。くレワニた。 「だんな、また来ましたね」・ハルワニがいった。「くるかもしれな いなと思ってたんですよ。あっちの方々も、もう五、六日前から来 てます」 「あっちの方々 ? 」 かたがた 読者の要望にこたえ 刊行ペースを年 7 冊にアップ ! 出版史上最大のスケールを誇る大銀河ドラマ 宇宙英雄ローダン・シリーズ ^ ヒ金仮地 壬ロ牟ア兊姿 ユ星面球 肓ポ型ト型な ツラき近プのの死 ノ決イす トン攻予 テ撃定鷓の闘ン スイ 四怖 ク イ要 タ 疊た び シェール、ダールトン、 ル、プラント他 訳 ・松谷健ニ 装幀・依光隆 ー 03