時間 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1976年7月号
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1. SFマガジン 1976年7月号

体の具合はもういいのだろう ? 」 の三角洲も、基礎調査の計画があるのだろう。二週間ほど前、私はでも立ち去るがいい。 「あなたは、あの翼を持っ生きものたちのために戦うつもりなので 5 彼らのヘリの最初の訪問を迎え、立ち退き勧告を受け取ったのだっ すね ? 」 ロビーと、私が仮に名付けた男は、おだやかに訊ねた。私は頷い しいとも」 私はいった。 「それならば私もここに止まります。私もどうやら彼らを愛してい 「カづくとやらを、試して見るがいい。だが、私も刃向かう。鳥た るようだ。私なりにあなたを助けたいと思います」 ちには嘴しかないが、私にはこれがある」 「これは、戦争だといった筈だ」 ライフルを柔かく卩した 私は、ひとっぴとつの言葉を際立たせながらいった。 「この扱い方は、私なりに知っているつもりだ」 「石油会社は、血なまぐさいことが専門の荒くれ者たちを大勢飼っ 「おい、じいさん」 ている。おつつけそいつらを迎えることになる。命は捨ててかから 最初の男の顏が赤黒く染まった。気色ばんでさらにい なければならない。 けた。 それでもかまわんのかね ? 」 「よせ、ロイ」 「生命 : : : 」 もう一人の男が初めて声を出した。鋭い声だった。 「今日はこれで引き揚げるんだ。気の小さな年寄といい争って見て彼はふっと微笑したようだった。 「それは、使うべきときに使うものではないのですか ? 」 あとは、専門家にまかせよう」 も始まらん。 いいだろう」 なおも気持のおさまらないらしい仲間を引きするようにして、彼「 は〈リに戻って行った。エンジンが轟然と息を吹き返し、この上も私は吐息をついた。 カメラート 「これで私たちは戦友となった」 なく獰猛な巨鳥のように、ヘリコプターは地を蹴って舞い上がっ た。私たちに砂塵やちぎれた草を浴びせ、まっしぐらに去っていっ こ 0 4 「聞いたかね ? 」 三日ほどの間は、何事もなく過ぎた。午前と午後の比較的しのぎ 私はロビーを振り返った。 「どうやら私は、本気で戦争を始めてしまったらしい。あんたにはやすい時間を、鳥たちに会いに出かけてゆくのが私たちの日課とな なりわ った。双眼鏡ひとつだけを頼りに、彼らの業いをつぶさに眺めよう 気の毒なことになった。 だが、面倒がいやならば、何も好んで買うことはないのた。いっとするのである。 こ 0 デルダ 、つのりか いのち とど

2. SFマガジン 1976年7月号

洋子の台詞はひどく手前勝手なものにきこえた。かってはどうでたかったのである。 それに、その返事をきくことで、二枚の紙 あれ、今の私たちは他人同士だ 0 た。売れない詩人に愛想をつかに書かれた文字を筆跡鑑定することが、洋子にと「てどれほど重要 ふたり 3 であるか確かめることができたのだ。 し、両人の仲を清算しようといいだしたのは洋子のほうなのだ。 「やめとこう」私は首を振った。 ーそれを、三年もたってから、とっぜん喫茶店に呼びだしをかけ、 しかも平然と頼みごとをする。なぜ筆跡鑑定の必要があるのか、そ「やはり金を貰ったほうがよさそうだ」 わけ の理由さえ説明しようとはしないのである。 洋子の表情が怒りで首筋まで赤くなった。驕慢な彼女にとって、 私の表情が険悪になっているのに気がついたのだろう。 い・つ、か これほどの侮辱はまず考えられなかったろう。 狼狽ぎみに、洋子は言葉をつけくわえた。 「もちろん、それ相応のお礼はするわよ」 「どれぐらい時間がかかるかしら」やっとのように洋子はそうきい たが、しかしその声は震えていた。 「金は要らない」 「一週間ぐらいだろう」 「要らない ? 」 「ああ」 「それじゃ、一週間後に私のほうから連絡するわ」 「欲がないのね」 伝票をむと、洋子は席を立った。 「別の欲があるのさ」 洋子の姿が店外に消えるのと同時に、私は行動を開始した。 私はことさらに時間をかけて、洋子のよく発達した胸と腰とを見洋子は私の電話番号を知っており、私の現在の仕事をも知ってい つめてやった。 る。それに比して、私は洋子のことをいっさい知らないでいるの 洋子の表情が強張った。ようやく、私の言葉の意味するところをだ。彼女がどこに住んでいて、どんな仕事をしているのか、とりわ 覚ったのだろう。 けどんな男と暮らしているのかーーーそれらのことを知るのが、なぜ 三年たっても、洋子の容貌は少しも衰えていなかった。濃い眉とか非常に重要であるような気がした。 切れ長の眸、やや小柄だが、それだけにその身体の曲線は男の欲望私は洋子の後を踉けることにしたのだ。 をなおさらそそるようだ。 洋子はタクシーを拾った。つづくタクシーを私が拾うことが できたのよ、、 私はコーヒーに視線を転じて、洋子の返事を待った。 をしまの東京では僥倖のひとつに数えられるだろう。 「いいわ」やがて、洋子がいった。 洋子のタクシーは渋谷の方角に向かった。夕方のラッシュまでに みち 「でも一度だけよ」 はまた間があり、路はさほどに混んではいなかった。 私はその返事をきくだけで満足だった。決して洋子と寝たかった 二十分後、洋子は原宿で車をおり、瀟洒なマンションに入ってい わけではなく、かって自分を捨てていった女に、その台詞を吐かせった。私もタクシーをおりて、しばらく時間をみはからってから、 かお

3. SFマガジン 1976年7月号

ーー一時間局異聞ーー それは元禄十五年か、 それとも十六年か 光瀬龍 軽輩の後家人たちの長屋が並ぶ 画 = 石井三春 江戸は御徒歩町通りの一角に ビタリビタリ、やけに当ると評判の 八掛を置いて暮らす御家人がいた・・ 1 一 、第ニ - ニ を一ま一

4. SFマガジン 1976年7月号

イチニチ、ダ〉 六はいそいで、透明ケースから人形を取り出した。 「宇宙飛行士の名は ? 」 「言え ! 浅野の遺臣が吉良の屋敷に討入るのは、いつだ ? 」 《アームストロングモウヒトリハォルドリンダ》 人形を握りくだかんばかりにたずねた。 「宇宙船の名は ? 」 「おい ! 答えろ ! 浅野の遺臣が、吉良の屋敷に討入るのはいっ 《アポロジュウイチゴウ》 ふいに人形の表情が動いた。それはロが動いたので、そう見えた「ちがう ! 」 辰はさけんだ。 のだった。 六のひたいにつめたい汗が玉のようにわいた。 《ゲンロクジ = ウゴネン、ジ = ゥニガッジウョッカダ》 「王政復古の大号令が出たのは、一八六九年、つまり慶応五年一月 元禄十五年十二月十四日。 一日だ。それから、アメリカ合衆国と、当時の日本帝国が戦った太 二人は思わず顔を見合わせた。 平洋戦争のはじまったのが、一九四一年ではなく、一九四五年、昭 うばい取るように、辰が人形を手にした。 和二十年の十二月八日だ」 「もっとたしかめてみよう。おい ! 桜田門外で井伊直弼が、い それは今、辰がロにの・ほらせるまでもなかった。時間局の標準デ 冫しつだ ? 」 や、王政復古の大号令が出たのよ、、 ーターだった。 《オオセイフクコノダイゴウレイガデタノ ( 、イッセン ( ツ。ヒヤク ロクジ = ウナナネン、ケイオウサンネン、ジ = ウ = ガッココノ力「人類が最初に月に着陸したのは、一九六九年ではなくて、一九七 一年二月三日。宇宙飛行士の名はアレキサンダー・ホワイト。それ に・ハーナビイ・コップ。宇宙船の名は『キメラ 8 号』だ」 一八六七年十二月九日。 「えらいことになったそ ! 何者かによっていつの間にか歴史が変 二人の顔から血の気が引いた。 「アメリカ合衆国と日本が西太平洋の覇権を争 0 た戦いの始 0 た年えられているんだ。時間局も、このことを知 0 ているだろうか ? 」 「六。連絡を取れ ! これはやっかいだそ。このぶんでは、しばら と日は ? ・」 《センキ = ウヒヤクョンジ = ウイチネン、シ ' ウワジ、ウ 0 クネンくの間は、浅野の遺臣の吉良邸討入りは、元禄十六年九月三日では なく、元禄十五年十二月十四日ということになるだろうし、太平洋 ジュウニガッョウカダ》 戦争がはじまったのは、昭和十六年十二月八日とされるだろうよ」 一九四一年、昭和十六年十二月八日。 二人の時間局員は、ひたいの汗をてのひらでぬぐうと、疲れた腰 辰の声は狂気しみた。 を上げた。 「人類が最初に月に着陸したのは ? 」 《イ ' センキ = ウヒヤク 0 クジウキ、ウネン、シチガッ = ジ = ウ戦いの開幕にしては、戸田の里は眠くなるほどおだやかだ 0 た。 3

5. SFマガジン 1976年7月号

( そのうちわかるわ ) ( 殺すのさ ) ( いったい、おじいさんは、ぼくをどうしようと思っているんだ ? ( なぜ ? 殺すのは悪いことだって、山の学校で先生に教えられた 変たそ、あのじじい ! ) ( そんなこといって ! ) ( おまえにはまだわからないんだ。そのうちわかるようになるさ : 加代子の心に、いたずら小僧が怒鳴られてちょっとすくみあがっ : 坊や、おまえはハムやソーセージを食べたことがあるだろう ? たときのような表情が浮かんで消えた。 鶏の肉も食べるたろう ? ) ( なぜ ? ) ( うん、大好きだよ。豚カツが一番 ) ( そう思っていること、おじいさんにもわかるのよ ) ( 地球に住んでいる現在の人類は、わしらから見ると、劣った生物 ( そのとおり ) と、老人の声がした。 ( テレ。 ( シ】とは便利なものなんだ。少なくとも猿に近いから、むやみに殺すのはいけないが、 だが、不便なものでもあるんだ。もうすこし練習しないと、みんな悪いのは狂犬を殺すみたいなものさ。犬といっしょに寝るほどの大 に聞こえるんだよ。ラジオの放送みたいにな。おまえをどうする ? 好きでも、狂犬を殺すことに反対する者はいないだろう ) それはなぜ仲間を集めるのか、というのと同じこと。集団生活を営悪人は人間と考えなくていいのだと、老人は簡単にいった。 む生物の本能たろうな : : : 危険な敵にそなえる自衛本能さ ) ( 狂犬を殺すのは人間だけど、狂人を人間は殺したりしないよ ) ( ぼくらに危険な敵がいるの ? ) ( 頭がいいんだな、坊や : : : こういう考えかたもできるそ。地球が ( いるとも。できるとも、といったほうが正しいかな : : : わしらのでき、長いあいだに海中に育った生命が陸地にあがり、やがて人間 正体がわかると同時に、ほとんどの人間が敵にまわるさ : : : 特に恐 ができた。だが一方、宇宙からやってきた悪い生命が、地球人類の ろしいのが悪人たちだな。権力を握りたがる連中もね。世の中の不進化のあいだにまぎれこみ、悪い種の人間型生物を作ったとも考え 正、悪い政治、政治を利用して儲けようとする連中、そういうものられる : : : 人類と形が似ているたけで、人間でないと見てもいし がなくならない限り、ということは永久にということだが、テレバ 服は着ても猿は猿。現代の人類はホモ・サ。ヒエンスと称している シー能力者は見つかりしだい、徹底的に利用されるか殺されるかのね、知恵のある人間ということだ。悪人のほうはホモ・マルスとで どちらかだ : : : 悪いことに使われるのはどんな気がする、坊や ? もいうか、知恵のかわりに邪悪な意志だけがあるんだ ) ほかの人にはテレ。ハシー能力がないんだよ ) とっぜん、老人の声にもカーテンがおりた。いままで目の前にい ( いやだ ! 悪人を退治するほうがいいや ) て話しあっていた人が、透明になってしまい、どこへ行ったのかわ ( そう、この世の中から悪人をなるべくなくすることが、わしらの からなくなったようだった。 最初の仕事さ : : : わしらの人数をふやしながらね ) 衛門は加代子に話しかけた。 ( なくしてしまうって ? どうやって ? ) ( いろんなこといわれたけれど、ぼくにはよくわからないよ : : : ) 9

6. SFマガジン 1976年7月号

田宮氏一家、年始に来訪。 ンでまた麻雀となり、夜の三時まで。 光子、妊娠らしい だいぶ遊んでしまった。 註・田宮さんは母方の叔父で三井船舶総務部長。 一月六日 ( 土 ) 夜の十一時ごろ、小説現代の宍戸氏より架電。月末までに四十枚 一月二日 ( 火 ) たのむとのこと。急な話なので困ってしまうが、書かなければしか 豊田有恒宅へ、光子同伴。 たがない。電話のかかってきた時間といい、どうせ老大家があけた 星新一、平井和正夫妻も来て、たちまち麻雀。 穴かなにかの穴埋めだろう。皺寄せは若手に向かう。 宍戸氏、済まながって、これから戸川昌子の店で飲もうと言い出 一月三日 ( 水 ) す。「青い部屋」で宍戸氏と飲む。 星新一、豊田有恒、平井和正、文春の高松繁子女史来訪。光子、 女史よりハンドバッグ貰う。 一月七日 ( 日 ) 夜、女史のマンションへ押しかけ、麻雀。 婦人公論用の架空ルポ「蒸発ののち」を書く。 一月四日 ( 木 ) 註・「人間蒸発株式会社」と改題。 短篇集用の書きおろし「さらにひとつの日本」を脱稿。 一月八日 ( 月 ) ラソディ 註・「さらにひとつの日本」は、のち「色眼鏡の狂詩曲」と改鈴木氏より架電。オール讀物の杉村編集長の意見で、「アフリカ 題。 の爆弾ーを「アフリカ・ミサイル珍道中」に改題せよとのこと。短 篇集収録の際、題をもとへ戻すのは差支えないそうだ。いやなタイ 一月五日 ( 金 ) トルだが、雑誌の場合、派手な題の方がいいというので、しかたが . ない。そのかわり「珍」の一字だけはなんとか省いてくれとけんめ 文春へ行き、松浦氏に「さらにひとつの日本」の原稿を渡す。 いに頼む。 中山義秀が「ベトナム観光公社」を読み、わけがわからんといっ て首をひねっていたという話を鈴木氏より聞く。 「マッド・タウン」第九回入稿。 夜、小松左京から呼び出しがあり、ニュー・オータニへ行く。星 新一、平井和正、豊田有恒、高松女史も来ていて、女史のマンショ 一月九日 ( 火 )

7. SFマガジン 1976年7月号

、と思っ 的もかねてフォーリイの車に、・ほくは夫人ての親だというから、都合がいし 「しかし最初の月例会のとき、・ほくが話しのウエンディーンの車に、それそれ分乗して」 かけたじゃないか」と、 それに、ロにはしなかったが、・ほく自身 た。・ほくらは車の中からあちこちを見物し ハリウッが締切り破りの常習犯なので、仕事がおそ 「だけど、二度目には、あなたは見むきもながら、一時間たっぷりかけて、 してくれなかったわ」と、リー・ゴールド いと聞くとすぐに共感してしまうのだ。 ドの東にあるアッカーマン邸に到着した。 よ、つこ。 、ぐし子ー ふだんのぼくはきわめて無神経な人間な 途中の無駄話から、・ほくにはウエンディー ンという人がだんだんわかってきた ( 同じのだが、このあたりからようすがわかって きたので、おずおずとたずねた、「あの ことは、彼女のほうにもいえるだろう ) 。 世界一 ( ? ) の tn コレクション 「ゆうべのハーランのス。ヒーチ、どう思っ 九月一日、昼すぎ起床 ( 前夜も、明け方た ? 」と、ウ = ンディーン。 「おもしろかった」と、・ほく。 五時までバカ話をしていたのだ ) 。一時に アッカーマン夫妻とホテルのロビーでおち「わたしは嫌い」 エリスンとアッカーマン夫妻では、 あうことになっていた。ラスファスのパ ティで、日本から到着した三人を夫妻に紹観も完全に対立している。それに、エリス ンから、ご主人の悪口をあんなふうにいわ 介したとき、宿泊先はあるのかときかれ、 リウッ・ト・・フーレ・、 , 1 ド近くの安ホテルれたのでは当然だろうと、・ほくは不思議に にいちおう予約をとったと答えると、そんも思わなかった。 「ニューヨークへ行くそうね。訪ねるあて ないかがわしいところへ泊るくらいだった ら家へ来いといわれたのだ。その日は、はあるの ? 」と、ウエンディ 1 ン。 ド・ケ 「ジュディ・メリルから、 ・・バロウズ生誕百年祭の記念プログラ ムで、まる一日が埋められていた。ぼくらイという人の電話番号を聞きましたから、 四人はさほど・ハロウズに興味がなく、アッ連絡をとります」 カーマン夫妻も、受持ちの講演が終ったら「翻訳者のバ ーニーね。だけど、あの人ど 引きあげるというので、・ほくらはそれに従うかしら。・フックスにフランスの うことにした。あわてて身支度をととのを翻訳したとき、仕事がおそすぎて、信 え、ロビーにかけつけたが、プログラムの用をなくしてしまったというし : : : ドナル 進行がおくれたらしく、夫妻が現われたのド・ウォルハイムに会いなさい」 「・ほくはサミュエル・ディレイニ ーに会い は三時過ぎだった。 SciF 一のナンバー・プレートのあるアッカー 鏡、荒俣、横田の三人は、自己紹介の目たいんです。・ハー ・ケイ氏は、彼の育マンのキャデラックと鏡明 7 8

8. SFマガジン 1976年7月号

のほそ長い夜空にかかる月を見あげました。月齢六・五のやや肥りして他の天体に到達したということ、そのことが、他の何にもまして じしの三日月でした。 重大たった。そのことに較べれば、現実の技術的困難のあれこれは、 その瞬間、ぼくは胸に激しい痛みを感じてその場に釘づけになりすべて些細な問題だった。いやーー・やがては、これが、人類の未来に ました。圧倒的な、痺れるほどの感動が、嘘でも誇張でもなく、ぼくを必す待っているであろう、より大規模で本格的な、人類史そのものに 身動きできなくしていました。それはいまのいままで、興奮と熱気に直接の影響をおよ・ほすだろう宇宙旅行の第一歩になるという、そう 包まれていたあのテレビスタジオのなかではーー月面活動をつづけした象徴的な意味すらが、ずっとちいさなことにすぎませんでした。 る宇宙飛行士たちの、あのまぼろしにも似た緩慢な動作をスクリー 未来はとにかく、いま現在、人類は、ここまで前進してきたこと ンのなかに見、電波特有のひすみを受けた声が喋るのを聞いていたを、自ら証明してみせた。それが。フラスかマイナスかは、また別の ときには、ついに一度もぼくを訪れなかった感情のどよめきでした。時代が評価する。とにかくその前進そのものが、一つの雄渾な叙事 そのとき、・ほくは、われとわが胸にむかっていいました。「月に詩的ドラマだった。それは現代の『オデュッセイア』たった。新し しまのこのい詩的情感を、現代人の心のなかに呼び醒ます業績たったのです。 はいま、二人の男が立っている。他の時代の人間によ、、 瞬間は、けっして経験することができないのだ」と。そしてまた思い この偉大な事件を、宇宙サ 1 カスとか、二十世紀の愚行とかした ました。「もうぼくは、二度と、昨日までとまったく同じ気持ちで月り顔で揶揄する手合いを、ぼくは心底軽蔑しました。彼らはアポロ を見あげることはあるまい」と。そしてそのとき、・ほくは、科学的認識の偉業を罵倒することで、人間性の復権ができるかのような発言を と感情とがびったり一致する瞬間を経験したことを知ったのです。し、しかしそれが当然みとめられて然るべき正論だというような仕 そうです。われわれはもう、人類が月に到達したという事実を、種をしていました。しかしぼくにいわせれば彼らこそ真の生きた感 打ち消すことはできません。その事実を、全世界の何億という人々情を失った連中だった。現代という複雑な時代の雰囲気に毒されて とともに、テレビを通じて、リアルタイムで見た以上、そのことを直観力を喪失した落伍者だった。だからこそ、アポロの意味を理解 いや感ずることができなかったのです。科学・技術 意識の外に追いだすことはけっしてできないのです。それは、たすることが だ、二人のアメリカ人が、ごくわすかな時間、月面のごくわすかなをおそれるのあまり、あるいは、現実の矛盾にあまりに性急に反発し ようとするのあまり、おのれの焦燥感にむせかえって、アポロがシン 距離を、無器用な足どりで歩いてみせたということにすぎない たしかにそういえばそうかもしれません。彼らが採集した月の石もボライズした人類史的な意味を、読みとる余裕を失っていたのです。 に対して、見当ちがいな暴言を吐くのも、たいてい、この手 彼らが月面に設置した地震計や太陽風測定装置で得られるデ 1 タも それ自身は非常に貴重なものではあろうけれどもーーー彼らが月合いです。 に到達するために費やされた膨大な費用と労力と、エネルギーとか彼らはロを開けばは科学という固定観念を前提としているか らすれば、科学的成果としてとうてい引きあわない、。 こく初期的なら」通俗小説だとか、「 cn がサイエンティフィック・フィクション ものにすぎないかもしれません。 を名乗るのは共同のメタとして、一見普遍的に見える自然科学に、 しかし、・ほくにとってそれらはなんらの問題ではなかった。このわずかにとりすがっているからだ」とか、知ったかぶりの無知さ加幻 地球に生まれた生物が、ついにその頭脳的努力と、意志との結果と減を、臆面もなくさらけだす癖があります。

9. SFマガジン 1976年7月号

二人は頬杖をついて女を眺めた。女の鼻と口からほとばしった一筋に、早帰りの客が見送りについてきた女と一緒に現れた。女は酩 の血と粘液が、空中に糸を曳いてそのまま静止している。長い年月酊の様子で、尻尾でも握るような手つきで客の外套の裾をんでい の間に女もその洋服も部屋の空気の色に染められ、十年前には黒か た。踊り場まで降りて来るとふいに女は裾を離し、大股で窓によろ った髪も今では色褪せた粉つぼい青緑に変色してしまった。街のめき寄って首を外に突き出した。 では、逃けた男は〈あのかた〉の手によって海の向こうへ渡ったと羽根が ! という声に、全員が踊り場を見上げた。窓の前で振り いう。女が床の上に倒れ伏すだろう十年後、彼女がその死を死に終向いた女の顔の、目にも鼻の穴にも o の字にあけたロにも、白い羽 えるだろう十年後に、男は再び戻って来るだろうか。その時、男を毛がぎっしり詰まっている。一瞬後、糸が切れたように膝が砕けて 取り戻した部屋は再びその時間の流れをも取り戻すだろうか。 女は大階段を転げ落ち、床の上にその躰が静止した時にはすでに息 かんぬき すべてはその時が来てからの女の気持ち次第だと侏儒は言う。な絶えていた。一目見るなりマダムは立って玄関の扉を閉ざし、閂 にしろ、撃たれた女が即死したとは誰にも断言できないのだから。 をして言った。 今夜は帰れませんよ、羽根が降り始めましたからね。 客は弱々しく抗議を始めたが、別の女に外套の裾をつかまえられ 浮遊生物の下降と羽根の沈澱 て、再び二階へ引きずられていった。 風が凪いで羽根が降り始めたのならば、と侏儒が小声で言った。 そしてその夜、風のない真夜中に羽根は突然降り始めた。 娼館ではちょうど最後の酔客が無数の扉の一つによろめきながら今夜街では、また人死にがたくさん出る : このような風のない真夜中、街に羽根が降ったことが何度かあっ 吸い込まれていったところで、広間にはマダムと数人の売れ残った 女たち、そして侏儒とバクが残っているだけだった。昼の間眠り続たと・ハクは聞いていた。わすかに反りをうった純白の羽毛は、夜の けていた侏儒は真夜中近くになってようやく目を醒まし、鳥籠の中空を垂直に、一糸の乱れもなく降りしきる。どこか遠い建物の一室 で、破れた羽根枕の裂け目から夥しい羽毛が部屋いつばいに乱れ飛 で何かしきりにひとりごとを言っていた。 しん 夜が更けて空気が重くなってきた、と侏儒は愚痴っぽく・フツ・フッび : : : ふとそれが虚空に森と静まり色蒼ざめて、やがて空一面を降 ってくるのだーーーそう言った人がいたが、街のによればこの羽根 喋り続けた しつもは天の高みに浮遊しているある生物の群が、街の上空に 特に今夜のような風の死に絶えた夜には、重い空気が躰の中に沈は、、 澱して血の濃度が少しだけ濃くなるから、その重さでもうすっかり下降してきて生殖活動を行なう時に落ちてくるものだという。 〈鳥 疲れてしまった : : : 若い頃には空気の重さなど感じたりはしなかつでもなく、人間でもない〉〈プワ・フワ空中に浮遊し、直立して微笑 たものだが : ・ するもの〉 ( とは言う ) である彼ら、いかなる人間にも一度もそに ろれつの回らない女の声を先触れに、広間の反対側の大階段の上の姿を見られたことのない彼らは、風のない真夜中、街からまっす

10. SFマガジン 1976年7月号

べて少しだけ歪んで見え、部屋の奥にある窓のあたりはほとんど完 なったというは、もちろんその日の夕方には街中に広まったが、 それが誰のしわざなのか、また中で一体何が行なわれているかとい全に・ほやけて外の気景は全く見えない。そして、水の中の不純物が 3 うことは〈夢喰い虫〉たちにも分らなかった。ただ、〈あのかた〉水底に沈澱するように、部屋の空気は密度の濃い部分が床の近くに 沈澱して薄く濁っていた。そのむらのある空気には、一面に黴が生 が主催するという公演の日が近づいていることだけは確かであり、 今度の措置もその準備のためだという噂はひそかに流れていたのたえているらしい。古いパンの表面に青黴が生えるように、沈んだ色 が、すでに劇場に対する関心を失ったパクは娼館から一歩も出ず、調の青緑の黴が暗くくすんで、所々まばらに鈍い鱗光を放ってい 侏儒の鳥籠の下の長椅子に寝そべって居眠りをしたり、広い館の中る。そのため、戸口に立って見る部屋の光景は、古びて色の褪せた を無意味に歩きまわったりという怠惰な暮らしぶりは・ハクの躰をま一葉の写真のように見えた。 ・ : 女は、部屋の空中に引っ掛かったように静止している。踊る すます丸くした。嗜眠症の侏儒は相変わらず広い壁の片隅でたた一 人言葉を紡ぎ夢を織り続け、商売熱心なマダムは館の中の事にしか人のように両腕を空に投げ出し、足は右の爪先が軽く床に触れてい 興味を持たず、目には見えない街の裏側に何かのカラクリがあり何るたけで、不自然に胴を半分捻っている。髄をのけそらせた顔に長 らかの意志がそこに働いているとしても、さしあたり館の中の日常い髪が乱れかかっているので、弾丸に撃ち抜かれた額の丸い穴は戸 十年前、女はこの部屋で撃たれた。十年前 には何のかかわりもないように見えた。そしてパクは安逸の中で体口からは見えない。 のその日、馴染の客が扉をあけた時、部屋の真中に立っていた女は 重を増し続けた。 振り向いて男に笑いかけた。撃った男はそのまま逃走、行方不明。 あかず 娼館の中には、〈禁断の部屋〉がある。〈あかず〉とはいってそして弾が女の頭蓋骨を貫通した瞬間、部屋の時間は静止した。男 も、鍵もかかっていなくて何時でも中が見られるのだから形容矛盾に取り残された女とその部屋の時間は、流れるのを止めた。しかし マダムの話によれば時間は完全に停止したわけではなく、ほとんど なのだが、それでも館の女たちは代々この優美な名を使っている。 狭い木の階段を幾つも登り、折れ曲がった渡り廊下を越え、薄暗目に見えない程度ではあるがわずかずつ流れているらしい。女の躰 は、床に対して約四十五度の角度で後ろに傾いているが、十年かか い廻廊を通り抜けた北西の突きあたりに、その部屋はある。部屋に ってこれだけ倒れたのだという。最初の何年かは物珍しさから客や 近づくつれて外界の物音はポリ = ームを絞ったように次第に小さく なり、やがて近いざわめきになり、ふつつり跡切れる。扉は音をた店の女たちがよく見物に来ていたのだが、今ではみんな飽きてしま てずにゆっくり開く。中に広がるのは : : : 粉つ。ほいどこか蒼みを帯ってわざわざ見に来る人もいない。 それでも時々侏儒が誘うので、バクは鳥籠を抱えて狭い木の階段 びた冷たい空間だ。 を幾つも登り、折れ曲がった渡り廊下を越え、薄暗い廻廊を通り抜 この空間は、こちらの世界とは違った次元に属しているらしい。 部屋の中で、光は少したけずれて進む。だから部屋の中の風景はすけてその部屋〈行 0 た。扉をあけ、隣りに鳥籠を置いて床に坐り、