何も言わなかった。ただライアをみつめ、唇をしめした。そして悲 「何を言うつもりなんだ」 「午後のこと。あのあとわたしは混乱していて、とてもこわかっしんた。 わたしの目のなかに心の痛みを見たのだろうと思う。あるいは心 た。なぜかはわからなかったけれど、考えたの。わたしが心を読ん でいたとき、ロ・フ、わたしはそこに、〈参加者〉たちといっしょにを読んだのだろうか。彼女はわたしの手を引きよせ、さすった。 「まあ、ロ・フ。おねがい。あなたを傷つけるつもりはなかったの。 いて、あの人たちと、あの人たちの愛を分かちあった。本当にそこ にいたの。もどってきたくなかった。彼らをおいてたちさりたくなあなたたけのことじゃない。わたしたちみんなのことを言っている のよ。あの人たちにくらべて、わたしたちにはなにがあるの ? 」 かったの。出てきたときはとても孤独で、とても切りはなされてい 「ライア、きみがなにを言おうとしているのかわからない」わたし るような感じだった」 「それはきみが悪い」わたしが言った。「言ったじゃないか。きみの心の半分は、泣きだしたい気持ちだった。のこりの半分は、さけ びたかった。その両方の気持ちをおさえ、平静な声音で言った。け はあまりにもいそがしく考えすぎるんだ」 「言った、ですって ? ことばがなんの役にたつの。ことばは伝達れどわたしの内部は平静ではなかった。まったく平静どころではな 手段ではあるかもしれない、でも、本当のことがったわるの ? わかった。 たしは〈能力〉を訓練されるまえから、そう思っていた。そのあ「ロ・フ、わたしを愛している ? 」もう一度。あやしみながら。 と、わたしには、心を読なことが真の伝達手段であるように思え「愛している ! 」熱烈に言った。挑戦した。 た。だれか他人に、あなたのような人に接触できるのだから。で 「そのことばには、どういう意味があるの ? 」彼女が言った。 も、今はそれもわからなくなってしまった。〈参加者〉が鐘を振る「その意味を、きみは知っているはずだ」わたしは言った。「ばか ときは、ロ・フ、とても一体感にみちあふれているのよ。とても強く な、ライア、考えてみるんた ! 二人でしてきたすべてのこと、 むすびあわされている。まるでわたしたち二人が愛しあうときみた っしょに分けあったすべてのことを、思いだしてくれ。ライア、そ いなの。そして、あの人たちは、おたがいに愛しあってもいる。それが愛だ。そうなんだ。わたしたちは幸運だ。お・ほえているかい。 して、熱情的に、わたしたちを愛してくれている。わたしが感じたきみが自分でそう言ったんだ。〈普通人〉はただ、手で触れ、声で のはーーーわからないわ。けれど、ガスターフソンは、あなたが愛し語るしかなく、そして暗闇にもどる。おたがいをみつけることすら てくれるのと同じように深く、わたしを愛してくれている。そうじむずかしい。彼らは孤独だ。いつも。手さぐりするだけだ。何度も 何度も、一人ぼっちの小部屋から這い出ようとし、何度でもそれに ゃない、彼のほうが愛しているわ」 そう言ったとき、彼女の顔は蒼白で、目は見ひらかれ、焦点をう失敗しつづける。きみに話そうとしなかったことはなにもないし、 しなって、さびしさにみちていた。わたしはといえば、とっぜん悪分かちあおうと思わなかったこともない。そのことは以前にも言っ たけれど、それが本当だときみは知っており、わたしの心を読むこ 感をおぼえ、心のなかを一陣の冷たい風が吹きぬけたようだった。 8
ん、それでなにかがわかるかもしれない」 そしてとっぜんわたしは、吸いついてくる愛の海にあらがい、た たかい、抵抗していた。わたしは逃げだし、一生懸命に逃げた。心 「よし」嫌悪感はあったが、興味もあった。わたしは心をひらい の扉を閉ざし、音も荒くかけがねをかけ、そこにむかって衝撃の嵐 た。心の衝撃にうたれた。 がうちよせ鳴りひびくのを、満身の力をこめてささえ、抵抗した。 けれど、衝撃と呼ぶのはまちがっていた。巨大で、おそろしく、 強烈で、マヒし、目もくらみ、息づまるほどのものだった。そうでけれど扉は、たわみ、ひび入りはじめた。 はあるが、それはとても平和で、人間の憎しみよりも強烈なほど強わたしはさけんだ。 い優しさをもっていた。それはやわらかい悲鳴とサイレンの音とを扉はこわれてひらき、嵐がなだれこんできてわたしをつかみ、吹 たて、魅惑的にわたしを引き、情熱の深紅の波を浴びせかけて、わきとばして旋回した。冷たい星々にむかってわたしは突きすすんだ たしを引きよせようとした。それはわたしを、同時に、空にし満たが星々は今や冷たい存在ではなく、わたしはかぎりなく大きくなっ した。そしてどこかで鐘の鳴る音が聞こえ、はげしい青銅の歌、愛て、自分自身が星となり、星がわたしとなり、そしてわたしは〈結 合〉となって、めくるめく一瞬のあいだ、わたしは全宇宙となっ と明けわたしと合一の歌を、参加と結合とけっして孤独ではないこ こ。 ととを、それは歌っていた。 そして虚無がおそった。 衝撃、たしかにそれは、心の衝撃だった。けれどそれをふつうの 自分の部屋で、意識をとりもどした。頭痛で頭蓋が割れそうだっ 心の衝撃とならべるのは、超新星をハリケーンの横にならべるのと 同じようなものだった。そしてその猛威は、愛の猛威であった。そた。グアリイが椅子にすわって、そなえつけの本に目をとおしてい れは、その心の衝撃は、わたしを愛し、わたしをもとめ、その鐘のた。うめき声をあげると、彼は目をあげた。 ライアの頭痛薬が、まだべッドスタンドにあった。大急ぎで一つ 音はわたしを呼んで、愛をうたい、そしてわたしは手をのばしてそ れに触れ、それと一つになることをのそみ、むすばれることをのそとり、べッドにすわりなおろうともがいた み、けっしてふたたび一人・ほっちにならないことをのそんだ。そし「大丈夫ですか」グアリイがたずねた。 てとっぜん、わたしはまた大波の頂にのっており、それは永遠に星「頭痛がする」こたえて額をこすった。破裂しそうなほどに、脈う っていた。ライアの若痛をのそきこんだときより、ひどい痛みだっ 星のあいだをあらう炎の波で、今回はその波がけっして終わらない た。「なにがおこったのですか」 ことを知っており、わたしの暗黒の平原で一人・ほっちになることは 彼は立ちあがった。「わたしたちがいるのもわすれ、恐怖に落ち 以後けっしてないということがわかった。 いってしまったようでした。読みはじめると、とっぜんふるえはし けれどそのことばとともに、わたしはライアのことを思いだし めた。それから、まっすぐグリーシュカのほうへむかって歩いてい こ。
わたしはあなたののそむとおりのものになるのよ。わざわざそうしアが、我がライアとちがっているのなら、どうなるのだろう。わた てきたわけではないけれど、そうなってしまったの。それでいい しが愛していたのは何だったのか。奇妙にも頭のなかでつくられた 8 の、気にはしない。ほとんどのばあい、意識すらしないでいた。あ抽象的な人間、あるいは肉体と声と個性の集合を、わたしが勝手に なたも、同じことをするわ。それは読みとれる。あなたは、わたしライアだと思っていたのか。わたしにはわからなかった。ライアと はだれか、わたしはだれなのか、いったいそれらにはどんな意味が のようには心を読むことができないから、ときどきまちがえたわ。 だまって理解しあっていたいときに、はしゃいだり、世話をやかなあるのかが、わからなかった。怖れを感じた。わたしにはたぶん、 ければならない男の子であってほしいときに、雄々しい男として行その午後に彼女の感じた思いを感じることはできなかっただろう。 動したりした。けれど、ときには正しかった。いつも、いつでも、けれど、そのときの感情をわたしは理解できた。わたしは孤独で、 だれかが必要たった。 あなたは正しくうごこうとしていたの。 でも、それであなたは、本当のあなたなの ? わたしは本当のわ「ライア」と呼びかけた。「ライア、努力してみよう。あきらめる たしなのかしら。わたしが完璧な女でなかったら、もしわたしが本必要はない。おたがいの心に到達することはできる。道は、わたし オし力。おいで、ライア。し たちの道はある。前にもやったじゃよ、 当のわたし自身で、欠点がたくさんありあなたの好まないことばか りするのだったら、どうなっていたでしよう ? それでも、わたししょに行こう。もどってきたまえ」 そう言いながら、わたしは彼女の服を脱がせた。彼女はそれにこ を愛していたかしら。わからないわ。けれど、ガスターフソンな ら、そしてカメンツなら、それでも愛していてくれる。わかってい たえ、わたしの手をてつだった。裸になるとわたしはゆっくりと彼 るの、ロプ。わたしは読んだの。あの人たちを知っているのよ。あ女を愛撫し、彼女も愛撫をかえした。二つの思いはおたがいにつな の人たちの、心の層は : : : 消えてしまっている。彼らを知っているがれた。つながれて、今までないほどに相手を突きつらぬいた。彼 し、あそこにもどれば、あなたとよりもっと心を分かちあうことが女が、頭のなかを掘っているのを感じた。深く、より深く。下のほ できるんだわ。そしてあの人たちは、わたしを、本当のわたし、わうへ。そしてわたしは心を広くひらき、彼女にすらかくしていた しささいなたわいない秘密を明けわたしたーーー明けわたそうとした。 たしのすべてを知っているの。そして、わたしを愛してくれて、 る。わかる ? わかるかしら」 お・ほえているかぎりのこと、誇りと恥じらい、喜びの瞬間と恥辱の わたしにわかるか。わからなかった。混乱しきっていた。彼女が瞬間、自分が傷つき、あるいは他人を傷つけたときのこと、一人で 「彼女自身、になったばあい、わたしはライアを愛しているたろう長いあいだ泣きつづけた期間のこと、みとめようとはしなかった恐 れ、克服しようとした偏見、気がついたときに捨てさろうとした虚 か。けれど、「彼女自身」というのは何なのか。わたしの知ってい 栄心、愚かな子どもつぼい罪状を、すべてあけひろげた。全部を。 るライアとは、どうちがうのか。わたしはライアを愛しており、い けれど本当のライすべてのことを。なにもかくさなかった。なにものこさなかった。 つまでも愛しつづけるものと思っていたが、
インスビレーションを受けた。「 いくつの心があるんだ ? 」 わかりますか」なにもわからない顔つきで、三人が振りかえった。 4 「四つ」こたえた。 「どういうかたちでか、つなぎあわされているけれどもう一人の、グリーシュカが波のようにうねって赤いケー。フ 6 わ。けれど、ほんとに一つのものになっているわけじゃない」言い になっている小男が、頭を上下にはずませた。 よどみ、とほうにくれて、頭を振った。「つまり、あの人たちは、 「はあい」かすれた笛のような声でこたえる。 あなたみたいにして、おたがいの感情を読みとっているようだわ。 わたしはとっぜん、なにをたずねたらよいのかわからなくなって けれど、思考は読みとれないし、こまかいこともだめ。わたしはあしまったが、ライアが助け船をだした。「人間で〈参加者〉になっ た人のことを、ご存じですか」ライアがきいた。 の人たちの心を読めるけれど、あの人たちどうしは読めていない。 それぞれの人格は独立しているの。さっき、鐘を鳴らしていたとき 男は歯をむきだした。「〈参加者〉はみな一つです」 のほうが密接だったけれど、それでもずっと四人はそれそれ別の存「それは」わたしが言った。「ええ、それはそうだが、わたしたち 在だった」 に似た外見の者を知りませんか。背が高くて、それに、髪があり、 わたしは、ややがっかりした。「それでは、四つの心があるわけ肌がピンクか褐色なのですが」このシ = キーの老人がどれだけの地 球語を知っているのだろうかと心配になり、とまどってくちごもっ か、一つの心ではなくて」 た。そして、やや不安な思いで彼のグリーシュカに目をやった。 「ええ、そうよ。心は四つ」 「で、グリーシュカは ? 」またすてきな考えを思いついた。グリー 頭が左右に揺れた。「〈参加者〉は、みんな別、けれど一つ、み シュカが、自身の心をもっているとすれば : んな同し。あなたのような人、いる。あなた、〈参加〉しますか」 「なにもないわ」ライアはこたえた。「植物か、衣服でも読んでい 「いいや、けっこう。人間の〈参加者〉には、どこに行けば会えま すか」 るみたい。生きていますの意識ももっていない」 混乱をまねく事実だった。下等動物でも、なんらかの漠然とした さらに頭を横に振った。「〈参加者〉、聖なる都市を、歌って、鐘 をも 存在意識ーーー〈能力者〉が、生きています意識とよぶ思い ならして、歩く」 っているものだ。それはふつうおぼろなひらめきで、一流の〈能力 ライアは、読んでいた。「彼は知らないわ」わたしにったえた。 者〉だけにとらえることができるのだが、ライアは一流の〈能力「〈参加者〉はたださすらって鐘を鳴らすの。きまった方式などは 者〉なのだ。 ぜんぜんなくて、跡をたどることはだれにもできない。系統性がま 「話しかけてみよう」わたしが言うと、ライアはうなずいた。しきるでないのよ。何人かで行くこともあれば、一人で行くこともあ りにあごをうごかして ミートロールを食べている〈参加者〉たちのる。二つの群れがであえば、すぐにそこで新しいグループができて ところへあゆみよった。「こんにちは」とわたしは、どうきりだししまう」 たらよいのか考えながら、まの悪い思いで話しかけた。「地球語が「さがさなければならないんだ」わたしは言った。
の答にはなんの意味もない。こわいのはなにと聞くと、なにもこわだ。「そしてきみもだ。きみの愛を読みとった。あの、最初にタ食 くないと答えて、信じさせてしまう。とても理性的で、冷静なの。 をいっしょにとった晩に」 「そして、ディ / は ? 怒りを見せることなどないし、今までにもなかったと言う。彼は、 人をにくまない。憎しみは悪だと思っているからよ。それに彼は苦ことばが、のどのとちゅうでからまった。 痛を感じたこともない、自分でそう言っているわ。心の痛みのこと「彼はーー・奇妙だ。ライアが一度そう言ったことがある。彼の表層 だけれど。それでいながら、わたしが自分の生活のことを話せば、 の感情は、ごく簡単に読みとることができる。その下は、何も読め 理解してくれる。一度、自分の最大の欠点は怠惰だと言ったことが ない。とても自己抑制が強く、壁をつくっている。まるで、彼の感 あるの。けれど彼は絶対に怠惰なんかじゃない。彼は本当にそれほじる感情は、自分でゆるしたものだけにかぎられているようだ。自 ど完璧な人間なの ? いつでも自分を信じていると、彼は言うわ。信と、喜びとを感じとった。心配な気持ちも感じたけれど、それは 自分が善良な人間だからだと。でも、そう言うときに彼の顔はわら真の恐怖ではなかった。きみのことをとても好きで、きみを保護し っているから、それがむなしいことばだと言って責めることもでき たいという気持ちが強くある。その保護意識を、彼はとても楽しん ないの。神を信じていると言うけれど、そのことについてけっしてでいる」 しゃべることはない。もし真面目に話しかければ、忍耐強くただ聞「それだけなの ? 」希望を抱いていた。痛手だろう。 くか、茶化してしまうか、それとも話題をそらしてしまうのよ。わ「残念ながら、それ以上は読みとれなかった。壁でさえぎられてい たしを愛しているというけれどーーー」 るんだ、ローリイ。彼が必要とするのは自分だけ、自分一人だけ わたしは頭をうなずかせた。何が来ようとしているか、わかって だ。もし彼のなかに愛があるとすれば、それはその壁のうしろにか ローリ . くされている。わたしには、そこまで読むことができない。 それは来た。彼女は、うったえるような目をあげた。「あなたは イ、彼はきみのことを、とても思っている。けれど、愛となると、 〈能力者〉よ」と言った。「彼の心を読んだでしよう。彼のことを話がちがう。愛は、もっと強く、もっと不合理なもので、奔流のよ 知っているの ? おしえて。おしえてちょうだい」 うにほとばしるはずのものだ。ディノはそんな人間ではない。すく なくともわたしに読みとれた外側の部分に関するかぎりは」 彼女の心を読んでいた。彼女にとって知ることがどれほど必要 か、どれほど心配し、おそれているか、どれほど彼女の愛が強いも「閉じているのよ」彼女が言った。「彼の心は、わたしに対して閉 のであるかが、見てとれた。彼女にうそはつけなかった。けれどそじられている。わたしが、すべてをあけひろげたのに。彼はそうし ようとはしなかった。彼はいつでもーーーわたしといっしょにいると の答をあたえるのは、むずかしいことだった。 「彼の心を読んだことがある」わたしは言った。ゆっくりと。気をきですら、こわがっていた。ときどきわたしは、彼がそこにいない つけて。高価な液体をはかりわけるようにして、ことばをえらんんじゃないかと感じることがあったーー、こ 7 6
「ガスターフソンにも、信じられなかっ 「ええ」ライアは言った。 ど、短期間の、探検基地の司政官としてそこにいたの。家族はソア 惑星に住んでいた。短期間の訪問旅行だ 0 たけれど、宇宙船が墜落た。その前は、ナイトメアの出来事以前には、彼らはとても幸福だ 7 した。ガスタ 1 フソンは狂ったようになって、手遅れになる前にそった。彼は奥さんを愛しており、みんなじつに親密で、彼の前途も こに行きっこうとしたけれど、彼はまちが「た潜水服をつかみ、胚とても有望だ 0 た。彼はナイトメアに行く必要はなか 0 たのよ。そ 種にそこでとりつかれたの。彼が行きついたときには、みんな死んこが、だれにも制御することのできない惑星だ 0 たから、彼は挑戦 でしま 0 ていた。彼は大変な痛みにおそわれたわ、ロプ。病気のせした。それも、彼の悩みの理由なの。彼はいつもそれをわすれな 、。彼はーーーみんなはーー」ロごもった。「彼らは、自分たちが幸 いもあるけれど、それよりは家族をうしなったことの痛手が原因だ った。彼は心から家族を愛していて、事件のあとは人格がかわって運だと思っていた」そう言って、彼女は沈黙した。 しまった。いってみれば、報酬として、つぎの任地にシ = キーをあ言うべきことばがなかった。だまったままで運転し、ガスターフ たえられた。彼の心を墜落の惨事からひきはなそうとしたのだけれソンの苦痛がどれほどのものなのだろうかと、お・ほろげながらに考 ど、いつでも彼はそのことを思いつづけた。その情景をわたしは見え、感じた。しばらくして、ライアが口を切った。 「それで全部よ、ロ・フ」その声はまた、やわらかく、ゆっくりと、 ることができるわ。生き生きと。彼はわすれることができなかっ た。子どもたちは船内にいて、壁で安全をたもたれていたのだけれ考え深げになっていた。「でも、今は彼の心は平穏よ。今でもまた ど、生命維持装置が故障して、窒息死してしまった。そして彼の奥事故のすべてを、そしてどんなに苦痛だったかをおぼえているけれ ど、前のようにはなやんでいない。今はただ、家族の人たちがいっ さんはーーーそうよ、ロブーーー彼女は潜水服をとって助けに行こうと したのだけれど、外にはやつらが、あのナイトメアにいた巨大な虫しょにいないことを悲しんでいるだけ。そして〈最後の結合〉にい っしょにはいれないことを悲しんでいるだけなの。あのシュキー人 の女と同じように。おぼえている ? 〈集会〉にいた人のことよ。弟 わたしは大きく息を吸いこみ、すこしばかり気分が悪くなった。 のことをなげいていた人」 「食人虫だ , わたしは、くぐもった声で言った。書物で読んだし、 立体画面で見たことがある。ライアが、ガスタ 1 フソンの記憶のな「お。ほえている」わたしは言った。 かに見た情景を想像することができたが、気持ちのいいものではな「あれと同じよ。そして、彼の心もあけはなされている。カメンツ の心よりもずっと。彼が鐘を鳴らすときには、心の全部の層から障 かった。彼女の〈能力〉をもっていないことがうれしかった。 「ガスターフソンがついたとき、やつらはまだーー・まだいた。そう壁が消えて、表面の層に出ている、愛と、痛みと、すべてのことが 全部本当なの。彼の人生全部よ。わたしは、一瞬のうちに、彼の全 なの。彼はやつらを、音波銃で殺したのよ」 彼は〈結 わたしは頭をふった。「そんなことが本当におこったなんて、と人生を分かちあった。それに彼の思いのすべても : 合〉の洞窟を見たことがある : : : 改宗するまえに、一度はいったこ ても信じられない」
を振り、そこで別の〈参加者〉が鳴らしはじめ、またつぎの男も加ていた。はいりこむやいなやわたしは当惑し、不安な気持ちになっ わって、ついには全員が鐘を振って音をたてていた。その鐘の音は た。その霧のなかのどこかに、底知れる深淵が口をあけて、わたし 7 わたしの鼓膜をはけしくうち、わたしの心はまた、喜びと、愛と、 を飲みこもうと待ちかまえていた。とにかく、そう感じられたの 鐘の思いとに強襲されていた。 それを味わいたい思いで、立ちさりかねた。そこに存在する愛「ライア」わたしは言った。「どうしたんだ」 た首を横にふり、恐れと切望とが半々の表情で〈参加者〉たち は、息を飲むほどに、すさましく、その熱気と強烈さとでほとんど 恐怖を感じるほどたった。そして、とびはね、さまよいでてくるほをみつめた。質問をくりかえした。 どに多量の分かちあいがそこにはあり、それは人の心をしずめ、よ「わたしーーーわたし、わからないわ」こたえた。「ロ・フ、今は話し ろこばせる、すばらしい感情のつづれ織りだった。鐘を鳴らしてい かけないで。行きましよう。考える時間がほしい」 る〈参加者〉たちに、なにかがおこった。何者かが彼らに触れ、高「わかった」わたしは言った。ここでは、なにが進行しているのだ め、輝きをあたえたのだ。奇妙に光輝あるもので、普通人には、はろうか。彼女の手をとり、ゆっくりと歩いて丘をまわり、車をとめ げしく鳴らされる鐘のために、聞こえなかっただろう。だが、わた たところにもどった。シュキー人の子どもたちがその全面によじの ・ほっていた。わたしはわらいながら、追いはらった。ライアはそこ しは普通人ではない。聞きとることができた。 に立ちつくしており、視線はわたしをこえてはるかかなたを見てい いやいやながら、ゆっくりと、わたしはその場所から身を引い た。また彼女の心を読みたいと思ったが、なぜか、それは彼女の内 た。カメンツともう一人の人間は、今、元気に鐘を鳴らしていた。 こ・ほれんばかりの笑みに、かがやきまたたく瞳が高貴さを添えてい面を侵害する行為のように感じられた。 た。ライアはまだ身の硬直を解かず、読んでいた。そのロもとはす離陸すると、こんどはさっきより高い高度で、速く、まっすぐに こしばかりゆるみ、立ちつくしてふるえていた。わたしは彼女のか〈塔〉へと帰還した。わたしが操縦し、ライアは隣にすわって遠く らだに腕をまわし、鐘の音を耳にしながら、忍耐して待った。ライをみつめていた。 アは読みつづけた。ついに、数分後、わたしはやさしくライアをゆ「なにか役にたっことがわかったかい」彼女の心を使命のほうに向 すった。彼女はふりむき、硬い、遠いものを見る目つきでわたしをけようと、わたしはたずねた。 しいえ、たぶんためだったわ」とりみだしたような口調 見た。そして、目をしばたいた。それから目を見ひらき、頭をふり「ええ。 で、まるで心の一部たけでしゃべっているようだった。「あの人た 眉をしかめながら生気をとりもどした。 とまどいながら、わたしは彼女の頭をのそきこんだ。とても奇妙ち二人の人生を読んだの。カメンツは、自分で言ったとおり、コン だった。感情が霧となってうずまいており、名づけることすらためビューターのプログラマーだった。けれど、とても優秀な人間とい うわけではなかったの。みにくい小さな人格の、みにくい小さな男 らわれるようないくつもの感情が層厚くないま・せになってうごめい
の事務室に、まっすぐにの。ほっていった。彼はそこに、一人でい とがあるの。わたしは : : : 」 また沈黙に落ちいり、車内の気分は陰うつになった。シュキーンて、機械相手にロ述筆記させていた。わたしがはいっていくと、機 タウンのはすれに近づいていた。〈塔〉が前方の空を区切り、陽光械をとめた。 「やあ、ロ。フ」と言いはじめた。「ライアはどこだ」 に照りはえていた。そしてかがやく人類の都市の円屋根とアーチが 「散歩しています。考えごとをしたいというのです。わたしも考え 視界にはいってきた。 ていました。そして、あなたへの解答を得たと思います」 「ロゾ」とライアが言った。 「ここに着地して。しばらく考えたい のよ。おいていってちょうだい。 シュキー人のなかをすこし歩きた眉をあげ、わたしがつづけるのを待った。 わたしは腰をおろした。「ガスターフソンを、この午後みつけ、 わたしは眉をひそめてながめやった。「歩くって ? 〈塔〉までライアが読みとりました。彼が出奔した理由は、明らかになったと は、ずいぶん距離があるぜ、ライア」 思います。どんなに笑顔を見せようと、彼は内部から破壊された人 「わたしは大丈夫。おねがい。ほんのちょっとだけ、考えさせて」 間なのです。グリーシュカが、彼の苦痛に終止符をう、ちました。そ ・カメンツという名のもう一人の改宗者 っしょにレスター 彼女の心を読んだ。思考の霧が舞いもどっており、それは前にもれに、い 増して濃く、恐れの色によってふちどられていた。「本気なのか」 がいました。彼もまたみじめな、生きる目標もない孤独な男でし わたしは言った。「きみはおそれている、ライア。それはなぜなんた。なぜ彼が改宗してはいけないのですか。ほかの改宗者たちも調 だ。どうしたっていうんだ。食人虫なら、はるかはなれたところに査してみてくたさい。賭けてもいいけれど、そこには一つの型があ 住んでいるのに」 るはずです。もっとも敗北し、傷つき、失敗し、孤独を感じている わたしをみつめ、心のなかでたたかっていた。「おねがい、 ロ者が、〈結合〉のほうに顔を向けるのです」 ・フ」とくりかえした。 ヴァールカレンギは、うなずいた。「わかった。その賭けを買い どうすればよいかわからず、仕方なく着地した。 とろう」と彼は言った。「けれど、ロブ、そのことはずっと前から うちの心理学者にはわかっていたんだ。だが、それだけでは、じっ わたしもまた、エアカーでもどるとちゅう、考えた。カメンツとは解答にはならない。たしかに、改宗者は全員が窮境にある者ばか ガスターフソンについてライアが語り、 読みとったことを。解決りだ、それは否定しない。だが、なぜ〈結合崇拝〉に行くのか。そ するように命じられた問題から心をそらさないようにした。ライアの疑問に、心理学者はこたえることができない。ガスターフソンを 例にとろう。彼は強い男だった。それはたしかだ。彼を直接知って と、彼女をなやましていることとから、心をひきはなそうとした。 いるわけではないが、経歴がわかっている。いくつかのとても荒っ 7 そちらは、自然に解決がつくだろうと、わたしは考えたのだ。 〈塔〉にもどると、一刻もむだにはしなかった。ヴァールカレンギぽい任務につき、それもたいていは最悪のものばかりだったが、そ
ている寄生体はほんのにきびほどの大きさだったが、年老いた男の 「この〈崇拝〉に改宗したのは、いつでしたか」 ほうには、肩をこえてガウンの背にまで達して垂れる堂々たる個体「〈崇拝〉ですって ? 」カメンツが言った。 がとりついていた。 「〈結合〉のことです」 今回のばあいは、なんとなくおそましい気分におそわれた。 相手は頭をうなずかせたが、その揺れる頭が、きのう会った年長 ライアとわたしは歩みより、なんとかほほえみを浮かべた。心をのシュキー人と気味悪いほどに似ていることに、おどろいた。「わ 読みはしなかったーー・すくなくとも、最初は。近づいていくと、みたしは、ずっと〈結合〉のなかにいました。あなたも〈結合〉のな んなにこにことわらった。そして手を振ってくれた。 かにいます。ものを考える者は、みな〈結合〉のなかにいるので 「こんにちはーわたしたちがつくと、イタチ男がうれしそうな声です」 言った。「お会いしたことがないですね。シュキーには最近来たん「そんなことを聞いたことがない者もいます」とわたしは言った。 「あなたはどうだったのですか。自分が〈結合〉のなかにいること ですか」 しつ気がっきましたか」 これには、すこしばかりおどろいた。ことばすくない神秘的な歓に、、 迎か、あるいはぜんぜん歓迎などされないかもしれないと予期して「古き地球の時間でいえば、一年前です。ほんの数週間前に、〈参 加者〉のランクに受けいれられました。〈最初の参加〉は喜びの瞬 いたからである。シュキー人らしくなるために、人間の改宗者はな 間です。わたしは喜びにみちています。これからわたしは、〈最後 んらかのかたちで人間性を捨てているのではないかと思っていた。 の結合〉まで、町を歩いて鐘を鳴らすのです」 わたしはまちがっていた。 「どちらにしても」と、わたしはこたえた。そして、そのイタチ男「それまでは、なにをしていたのですか」 「それまでですって ? 」一瞬、・ほんやりとした表情になった。「機 の心を読んだ。彼はわたしたちに会って、純粋によろこんでおり、 満足感と歓喜とにみちあふれていた。「あなたのお仲間に会って話械を操作していたことがあります。〈塔〉で、コンビ = ーターをう をするために、やとわれてきました」それについては本当のことをごかしていたのです。けれど、兄弟、わたしの生活は空虚でした。 自分が〈結合〉のなかの一員であることを知らず、一人・ほっちでし 言おうと、心に決めた。 イタチ男は、その歯をむきだした笑いを、そんなには無理だと思た。わたしにはただ機械がーー冷たい機械があっただけです。今わ えたところまで広げた。「わたしは〈参加者〉で、そして幸福でたしは〈参加者〉です。今、わたしは」ーーー・と、ふたたびことばを す」と言った。「よろこんでお話します。名前はレスター・カメンさがした。「孤独ではないのです」 彼の心をさぐると、幸福感が依然としてあり、愛もあった。けれ ツ。なにを知りたいのですか、兄弟」 ライアが、わたしの横で、からだを硬直させた。質問をつづけるどそれとともに今度は、痛みも読みとれた。過去の苦痛の漠然とし た記憶、歓迎できない不愉快な記憶だった。それは薄らぎ消えたの あいだ、深いところまで彼女が読みとれるようにしてやろうと思っ プラザー プラザー 2 7
奇妙な課題だったが、仕事の内容はまったく明瞭であった。確認流れるのだった。縞模様は淫奔としか言いようがなく、唯一の目的 のため、ヴァールカレンギの心を読んだ。その感情はさっきよりや意識で彼女のやせたからだを強調していた。青いレインケープを着 5 や複雑だったが、それもたいしたことはなかった。とりわけて、信ると、身仕度が完成した。 頼感がみちていた。わたしたちが問題を解決できると、信じきって「ヴァールカレンギは、奇妙よ」ケープをとめながら、彼女が言っ いた。率直な関心だけがあり、恐れもなければ、い つわりもまった くなかった。こんども、表層より奥を読みとることはできなかっ 「なんだって ? ーわたしはチューニックの合わせ目をとめようと格 た。ヴァールカレンギは心中の動揺を完全にかくしきっていた。そ闘していた。とまろうとしないのだ。「彼の心を読んで、なにかわ んなものをもっていたとして、だが。 かったのか」 わたしはライアに目をやった。不格好なかたちで椅子にすわって「ちがうわ」彼女はケープを着おわり、鏡のなかの自分を嘆賞して おり、両手の指でグラスをしつかりとにぎりしめていた。読んでい いた。それから、くるっとまわってわたしのほうに向かった。ケー る。それから、からだの力をぬき、わたしのほうを見て、うなずいプが背後で渦をまいた。「そのこと。彼は、自分の言ったとおりの ことを考えていた。いや、ことばづかいには、もちろん変化があっ 「けっこう」わたしは言った。「できると思います」 たけれど、それは関係ないわ。彼の心は話題の内容に集中してい ヴァールカレンギは、笑顔を見せた。「できるということはうたて、その背後には壁があるだけだった」ほほえんだ。「深部の秘密 がいもしませんでした」彼は言った。「あなたがたがやる気になるは一つもっかめなかったわ」 かどうかだけが問題だったのです。だが、本日分の仕事としては、 やっとのことでチューニックの合わせ目をねじふせた。 ここまでにしましよう。夜の街を案内すると約東しましたし、わた「ちえつ」わたしは言った。「今晩、もう一度、機会はあるよ」 しは約東したことは果たしたいのです。三十分後に、階下のロビー そう言ってわたしは顔をしかめた。「いやよ。時間外に人の心は でお待ちします」 読まない。フェアじゃないもの。それに、つかれてしまう。あなた が感情を読むみたいに簡単に、考えを読みとれればいいのに」 ライアとわたしは部屋にもどり、もうすこし正式な服装に着かえ 「〈能力〉の代償だ」わたしは言った。「きみのほうが〈能力〉が た。わたしは、紺色の短衣に白のスラックスをはき、それにあわあって、値も高い」荷物をかきまわしてレインケープをさがした せて網目のスカーフを身につけた。流行の先端を行くつもりはない が、びったりくるのがみつからず、なしですませることにした。い が、わたしはシ、キーが数カ月ばかり時代おくれであってくれればずれにしろ、ケープなんて流行おくれだ。「わたしも、ヴァールカ しいと思った。ライアは白い絹の肌にびったりの服にすべりこんだレンギの感情はほとんど読みとれなかった。彼の表情だけ見ていた が、その網目模様は薄青の縞が体温に応じて美しく体の線にそってって、同じくらいのことは言える。よほど訓練したにちがいない・ チューニック