繝その、なにかよくわからない布切れをつかんだまま : そうぼう ビリッと嫌な音が聞こえ、エステルの紅い双眸が、大きく見開かれた。 「あ、あれ : : : ? つかんでいるものを見て、ヒースは困惑の声を上げる。ひとつは折り目のついた布で、スカー トの残骸に見えた。エステルの制服もかなりポロポロだったのを思い出す。 そしてもうひとつは、レースで飾られた絹の布だった。 ああ、そ、ついえば〈門〉を使うと恥ずかしい目に遭うって言ってたつけ : それを思い出すと同時に、今宵一番の、エステルの悲鳴が響いた。 「ぶぎらっ ? 」 顔を上げようとした途端、顔面を踏みつけられた。 長い夜が、明けた瞬間だった。 ざんがい
「そういえば、ここってみんな同じ服装をしてるね ? 」 「ああ、制服のこと ? 」 「そうそれ。キミのもそうなんだろ ? 」 言われて、ヒースは未だにエストレリヤ学園の制服を借りたままだということを思い出した。 これ、返さないとな : しかし、自分の衣服と鎧は返り血でドロドロになっていた。さすがにもう処分されてしまっ ただろうか 死んだ門番のことを思い出してしまい、思わず吐き気が込み上げてきた。そんなヒースに気 づかず、エステルは元気よく校舎を指差した。 「じゃあ、まずはその制服を探しに行こう ! 」 「なんでそうなるかなっ ? 悲鳴を上げるヒースに、エステルはわかってないというように首を横に振った。 「あたしたちはいっ狙われてもおかしくないんだよ ? 少しでも目立たないようにしなく ちゃ」 「え : : : あれ ? 目立たない ? 」 エステルは竜の背からダイプしてここに侵入したのだ。侵入というか、突撃である。目立た ないという概念がどこから発生したのか理解できなかった。
ど、つして : けが しかし、すぐに屋我人のことを思い出す。 「うつ : 幸いというか、そう深い傷ではなさそうだ。ルチルが手当てをしようとしたときだった。 : ? これ、血 : : : なの ? 」 「え : 少女の腕からこほれる血は、液体ではなかった。 確かに赤いのだが、 空気に触れた瞬間、結晶化して地面に転がっていく。 ルチルの知る血液の在り方ではない。 いや、知ってはいるのだ。こういった血を流す種族がいるということは。 「罪禍 : : : ? 」 エステルの腕から流れる血は、ヒトの赤ではなく、罪禍の結晶だった。 さいか
「キミが、あたしとの約束を忘れてないなら、ね ? あたしの言うことに従、つこと それを条件に、竜から見逃されたのだと思い出した。 けんこく 加えて、今は《剣刻》という厄介なものまで抱えている。それを渡せということも、エステ ルのために使うということもできる 「なにを、すれば良いんだ : ゴクリと、ヒースが唾を飲み込むと、エステルは腕を組んでこう言い放った。 「あたしといっしょに道化師をやって ! 」 なにを言っているのか、よくわからなかった。 「は : : : 道化師 ? 道化師って、え ? 道化師っ ? 」 うなず 困惑していると、エステルは満足そうに頷く。 「あたし独りじゃ、できる芸に限界があるの。芸の幅を広げようとしたら、笑いの取れる仲間 が必要なんだ」 「え、いやちょっと待って ? なんで道化なの ? 他になんかあるだろ ? 《剣刻》を譲ると か君のために使うとか」
110 こどう ギュッと抱き締めると、確かな鼓動を感じた。 , ーー生きてる : ・ それだけで、涙が出そうだった。 ようやくホッとしたらしく、マナがエステルに振り返った。 「あの、エステルさん、どうしてここに ? 」 「いや、借りたナイフ返そうと思ったら、君がこっちに走っていくのか見えたから : あれ ? 言いなから、ようやくヒースの顔を思い出したのだろう。エステルが目を丸くした。それか ら、険しく眉をひそめた。 「それって : ひとまず、エステルとマナがどういう知り合いなのかは気になったが、彼女が妹を救ってく れたという一点だけは理解できた。 ヒースは困り果てた顔をしている少女に頭を下げた。 「君が助けてくれたのか ? なんというか、本当に 「それより、後ろ後ろ」 エステルに言われて振り返ると : : : そこでは、大男が折れた剣を振り上げていた。 「うわあっ
「それ、たぶんできるよ ? 」 間の抜けた声を上げて、すぐにあの大男のやろうとしたことを思い出した。 「そのために腕を落とされるのは困るよ」 ヒースが苦虫をかみつぶしたような顔で首を横に振ると、エステルは「違う違う」と言った。 「なんだったかなあ。・ : ・ : 確か、王様がなんかそれらしいこと言ってたんだけど 「なんで国王陛下がそんなこと知ってるんだ ? けんこく 「あたしが知るわけないだろう ? とにかく、なんか《剣刻》にはルールがあるとか言って説 明してたんだよ」 「それ、本当に ? ヒースが身を乗り出すと、エステルは軽く頷いた。 女「確か : : : ルールは三つあって、ひとつは英雄のカかなにかが与えられるって」 乙 銀呪文を唱えることで発揮されるものだろう。ヒースはその手がかりがあるが、エステルには 刻 や、その前になにかあった 「それから、所持者が死ぬと最期を看取った人に継承される : : : い みと うなず
「街に行くのは良いにして、どうやって壁を超えようかな。ティーフェを連れていくと、攻撃 されそうだし」 それから、ヒースに目を向けた。 「そういえばキミ、空から落ちてきたけど、なにをやったんだい ? 「ああ、それはこの槍を使ってーー . 」 《シュタインボック》の力を借りたと説明すると、エステルは感心したように呟いた。 けんこく 「《剣刻》って便利なんだね。あたしのも、そういう力あるのかな ? 」 そう言われて、ヒースはまだ彼女に《剣刻》の名を伝えていないことを思い出した。 「君の《剣刻》は《ュングフラウ》っていうらしい。名前を唱えると 「へええ、《ュングフラウ》ね。名前あったんだ」 ヒースの言葉を最後まで聞かず、エステルはその名を口にしていた。 ヴンツ エステルの背中が、ほのかに輝いて見えた。 「それ、ロに出したら発動しちゃうんだよー 乙 銀 の 刻 白い光が、エステルの背中に集まった。 剣
燗耳を疑ったのは、ヒースだけだった。 「兄貴が仕官したら、生活の面倒くらいは見てもらえるさ。お前にも悪い話じゃないだろ ? 」 そう言って、左に立っ男が笑った。 こいつら、一体、なにを言って : 「よし、しつかり押さえとけよ」 大男がそう言うと、右の男がヒースの腕を前に突き出させた。 「や、やめろ ! 冗談じゃないぞ、放せ ! 」 「うるせえな。手首から先を落とすだけだろ ? 男がピーピーわめくんじゃねえよ 振り払おうにも、脇からしつかり抱え込まれ、まるで身動きが取れなかった。 腕を斬り落とすって、なんだよ : これまでの人生で、高望みなどした覚えなどない。ただ、平穏に暮らしていたかっただけな のだ。それが、どうしていきなり腕を斬り落とされるなどということになるのか 必死でもがくが、下級兵でしかないヒースのカでは、抗いようもなかった。 大男が無情に剣を振り上げる姿が、なぜかゆっくりに見えた。 そこで、ヒースは思い出した。 あれ、あのとき、ギャレット兄ちゃんはなんて言ったつけ : ささや 彼はなにかを囁いて、そして
思い出してしまい、泣きたくなった。 それが死んだ門番への同情なのか、それとも裏切りへの悔しさなのか、それともただ怖かっ たからなのかは、自分にもわからなかったが。 顔血を洗い流しおえると、医務室の扉が叩かれた。 「ルチルか ? 」 そういえばギャレットはルチルという人物を呼んでいた。まだ学園には来ていないと言って いたよ、つに田 5 ったが、 も、つ来たのだろうか ? ルチルって、〈騎士姫〉の ? えんたく こういってん ルチル・アフナールーー - ー円卓の騎士の紅一点だ。王都にいるとは聞いていたが、まさかこの 学園にいるとは思わず、ヒースは耳を疑った。 円卓の騎士の前でだらしない格好をするのはられ、ヒースが慌てて制服を着込んだとき だった。 「なっ、なんだこれはーーーっ ? 扉を開けた教師が、くぐもった悲鳴を上げた。 目を向けて、ヒースはなにが起こったのか理解できなかった。 胸から血を流し、教師が仰向けに倒れていった。 はばか あわ
尻餅をついてヒースが頭を抱えると、ギャレットは小さく舌打ちを漏らした。 「すまん : まったく、焼きが回ったな。ルチルの学園と思って、油断したよ : 「と、とにかく手当てを 学園内には医務室があるが、ギャレットの出血は少なくない。動かす前に止血をした方が良 いよ、つに田 5 、んた。 服を破って傷口を露出させると、どす黒く変色していた。 なんだ、この傷 : : : ? うめ 思わず手を止めると、ギャレットは呻くように言った。 ・ : くそ、毒か」 「毒っ ? せき 言っている間に、ギャレットはゴホリと血の混じった咳を漏らす。ヒースは、門番の槍が、 おかしな青に塗られていたことを思い出した。 真っ白な手袋に滲んだ赤を見て、ギャレットはヒースへ目を向ける。 「ヒ 1 ス、肩を貸せ」 「で、でも、動かない方が : 「学園の方が手当てが効くだろう ? 」 「う、、つん」 しりもち