槍 - みる会図書館


検索対象: 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)
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1. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

幸い、マナは無事に兵舎にたどり着いており、ヒースと入れ違いに物々しい姿の兵たちが駆 けだすところだった。そのマナはというと、ヒースを見るなり泣き出してしまい、なだめるの にしばしの時間が必要だった。 事情を知った上官から、今日は休んでも良いと言われたのだが、せつかく引き受けた仕事な のだ。妹を家に送ってから、再び兵舎に出勤していた。 詰め所にて、ヒースは壁に立てかけてあった槍の一本を手に取る。装飾はなく、質素な造り だが切れ味には優れたものがある。 自分の槍は、先ほどの出来事で折れてしまった。 どうするかな。マナの教科書も買いたいのに : 貧乏人のヒースにとっては、安物の槍一本であってもそうそう購入できるものではない 槍の先端には、鋭く研ぎ澄まされた刃が取りつけられている。刃を支える長い持ち手は、そ の用途を突く、払う、打ち下ろす、という三通りに限定してしまうが、代わりに使い手の筋力 女以上の力を生み出してくれる。 乙 銀槍とは、戦いの道具なのだ。握りしめれば、自然と気持ちが引き締まる。 刻 研ぎ石と油を染み込ませた古布で槍の手入れをしつつ、ヒースはふと思い出す。 剣 けんこく 剣刻戦争か : ものもの

2. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

ヒースが見据えるのは、罪禍の赤い眼だった。 とら 体の中心を捉えれば、確かに確実に打撃は与えられる。だが、注意を引くことはできても、 仕留めるには至らないだろう。ヒースの持っ槍は、庶民でも手に入るもっとも安価な量産品で ひふ うが しかないのだ。硬い罪禍の皮膚を穿ち、肉を抉ることは難しい だが、眼を奪えれば罪禍の自由を大きく奪うことができる。加えて、そこまでやったヒース を憎悪し、マナが狙われることはなくなる。 蛇のような首の先についた、揺れる頭部だ。ただでさえ眼などという点を槍で狙うことは難 やくどう しく、ヒトよりも複雑に躍動するそれに、果たして当てることなど可能なのか ・ーーー点を点で狙っても当たらない。線で狙え。狙うは遠くの一点 槍は点だ。切っ先の点をもって、標的の点を穿っ道具だ。 ようい 点に点を重ねるのは容易なことではない。だが、点の上に線を引くことは子供でもできる。 槍という先端と標的のさらに遠くの点を結ぶことで、実際の標的を通過点にしてやれば、板 に空いた小さな穴にも槍を通すことができる。 乙 銀師からの教示を思い起こし、ヒースは鋭く息を吐いて槍を撃ち出した。 たが ゾスツーーー狙い違わず、罪禍の赤い瞳が鮮血をぶちまけた。 噴き上げた血液は瞬時に硬質化し、水晶のような微細な結晶となって地面へ転がる。これが えぐ

3. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

それゆえ、身分も実力も大きな隔たりがあるにもかかわらず、ヒースはギャレットをク兄ちゃ んクと呼び敬愛していた。 ギャレットに通すよう言われ、門番も敬礼を返して道を譲る。 「ははっ ! どうぞお通りください」 ヒラヒラと手を振って、ギャレットが通り過ぎようとしたときだった。 相方の門番が、なぜか槍を構えていた 「え、おい、なにをーー」 言いかけたときには、門番は槍を突き出していた。 「チィッ ギャレットは振り返りざまに槍をつかみ取っている。 「ーーまったく、近頃の門番は、教育がなってない ! 」 額に汗が滲む。見れば腹部がじわじわと赤く染まっていた。避けきれなかったのだ。 ぎようそう 女 門番が必死の形相で槍を突き入れようとするのを見て、ヒースもようやく我に返った。 乙 銀「や、やめろ ! 刻 剣 とっさに飛びかかると、門番ともみ合いになって地面に転がる。なんとか上を取って押さえ つけるが、その腕を逆につかみ返された。 へだ

4. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

「ぶるがとりおノ弟子 : : : 同門力。ナラバ、私モ死カヲ尽クソウ」 そう言って大剣を構えた騎士に、隙は見出すことはできなかった。そこから、今の一手は先 手を譲られたのだと気づいた。 次は、譲ってはもらえない 全力での、一撃が来る。 止めるー かわ 躱すことはできないとしても、受けることはできるはずだ。ギャレットの大剣も業物なのだ けんこく ろうが、ヒースの槍は《剣刻》の槍なのだ。折れるわけがない そう思った瞬間、ヒースは己が浅はかであると思い知った。 ギャレットが踏み込む。 雪崩でも迫るかのような踏み込みだった。その踏み込みから振り下ろされる一撃に、ヒース は槍が弾かれ、自分が両断される姿を幻視した。 とっさに槍の柄を下げ、先端を引き上げる。 ギインツーー金属の澄んだ音が響いた。 終わった : わずかに遅れて、使い手の手を離れた刃が地に突き立つ。

5. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

「なるほど。止められぬと気づいて、地面を背負ったか。対騎馬槍の技だな : 地面に突き刺さったのは、折れた大剣だった。 斬られる瞬間、ヒースは柄を地面に突き立て、それを支えに槍先を突き出したのだ。ヒース の腕力で受けきれずとも、地面ならば受けられる。歩兵が突撃する騎馬に対抗するための技だっ 地面に支えられた槍を斬りつけた大剣は、ひとたまりもなくへし折れていた。 ヒースの肩に、ポンと手が乗せられた。 「ーー・・・・ど、つやら、手間をかけたらしいな、ヒース : ギャレットの胸に、金色の槍が突き刺さっていた。 ヒースは受けるので精一杯だった。この突きは、ギャレット自身が受け入れたように思えた。 「ヒース、師匠の言葉だ。戦士としてなによりも必要なものがわかるか ? ろくに答えることもできないヒースに、ギャレットは勝者を讃えるよ、つに言、つ。 「それはク覚悟クだよ。命を賭し、相手の命を奪い、そして生きるという覚悟だ。今のお前の 女覚悟があれば、お前は誰よりも強くなれる」 ど、つけい 乙 銀そう言うギャレットは、確かにヒースが憧憬した騎士の姿だった。 刻 それから、ルチルに目を向ける。 剣 「ギャレットさん : : : 」 , 」 0 イク

6. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

呼びかけに応えたのは、一本の槍だった。 ーー頼むぞ。 先ほどは、書物を天高く打ち上げることができたのだ。ヒースの体も飛ばすことができるの ではないだろうか 「行けー・ー《シュタインボック》 ! 」 槍を握ったまま天へと突き上げると、槍はヒースの体ごと打ち上げた。 やった。上手く行ったー マナといっしょにやったのだ。打ち上げの感覚だけは覚えていた。確信を持って打ち上げた それは、ヒースの体を外壁の外へと運んでくれた。 打ち上げの勢いはやがて失速し、一瞬の無重力を体験させる。そこでヒースは己が浅はかで あったことを思い知った。 「 : : : あれ ? 降りるのって、どうすれば良いんだ ? 」 うなが 無重力の時間は終わりを告げ、重力は緩やかな下降を促す ーーー死ぬ ! そう思うのは、何度目になるだろうか

7. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

ルチルが服の裾を引っ張ってきた。 「 : : : 逃げなさい。あなたじゃ、ギャレットさんは倒せないわ」 それはそうだろう。 力の差がわかっているからこそ、クラウンはギャレットをけしかけたのだ。ルチルが剣を向 けられなかった騎士の骸を、今度は彼女を守ろうとしたヒースにぶつけるのだ。 それでも、ヒースは退かなかった。 真っ直ぐ槍を構え、こう言った。 「師匠から、俺は強くはなれないって断言されてる。戦士として絶対必要なものが、俺にはな いんだって」 「だったら : 「なにが足りなかったのかは今でもわからないけど、強くはなれなかったかもしれないけど、 俺が槍を教えてもらったのは、こ、ついうときに逃げないためだと思う」 だから、戦、つ。 覚唐は、決まった。 女 乙 銀槍は震えてはいない 戦えると、確信できた。 ギャレットが大剣を構える。 すそ むくろ

8. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

扉の向こうには、首のない門番の姿があった。 「おっとこれは失敗。人違いでしたな ? 首のない門番は陽気な声でそう言った。よく見ると片腕で斬り落とされた頭部を抱えており、 しゃべっているのはその頭部だった 「貴様、クラウンか ! 」 ひざ べッドの上で騎士が飛び起きた。しかしその膝は震えており、顔色も蒼白だった。毒が回っ ているのだ。戦える状態にないのは、ヒースの目にも明らかだった。 それでも、ギャレットは右手の手袋を外して吼える。 「来い 《シュタインボック》 ! 」 呼びかけに、騎士の手に紫の光の粒が収束する。 それは、一本の槍だった。先端に刃をつけたものではなく、円錐状のものだ。払うことも打 ち下ろすことも捨て、ただ突くという一点のみに強化された槍だ。 ギャレットはその槍を門番目がけて投げ放った。 しかばね ジュッーーーすでに屍となっていた門番から、胴体が消失した。 女 乙 つらめ 銀撃ち出された光は門番の破壊だけに留まらず、背後の壁を貫き消えていった。 オーメン 刻 〈占刻〉 ? いやでも、目の色が : : : ? 剣 オーメントーカー ギャレットの瞳は今も昔も青だ。〈占刻使い〉のそれではなかったはずだ。 えんすい そ - つはく

9. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

「お兄ちゃん、もう仕事 ? 」 「ああ : : : 。今日は休む人がいるからそっちの補充に入るんだよ。その分の手当てはもらえる からな」 「昨日、帰り遅かったんでしょ ? 「まあ、そうなんだけど、久しぶりに内地の仕事なんだよ。 : ああ、そうだ、も、つ一つあっ た。今日は給金が入るんだ。教科書一冊くらいなら買ってやれるぞ ? 「お兄ちゃん : ・ : 、たまには自分のものも買ってよ」 ヒースは苦笑した。 ヒースには槍の師がいるーーーガト・プルガトリオーーー騎士にも引けを取らない腕の持ち主で かたぶつ あり、堅物だが誇れる師だ。ただ、いかに師が優れていようとも、ヒースには才能というもの かないらしい 師は槍は教えてくれたが、ヒースには戦場には立つなと言った。決して強くはなれないだろ うからと。ヒースは、凡人なのだ。 しかし妹は一、つ。 オーメントーカー 「マナ、お前は〈占刻使い〉の才能があるんだから、自分の勉強を考えろ。俺のものなら、マ ナが一人前になってから買っても遅くないだろ ? すみれ マナの瞳は紫水晶を思わせる菫色ーーー浅紫だ。

10. 剣刻の銀乙女 1 (一迅社文庫)

7 剣刻の銀乙女 鎧も放り出した今、自分になにができるというのか。捕らわれていた誰かも、捕獲された時 点で生きている可能性の方が低いだろう。 えさ 自分がやっていることは、怪物の餌をひとっ増やすだけなのかもしれない。 それでも、ヒースの足は後退を選ばなかった。 師匠なら、こ、つい、つときに退いたりはしないー しつかりと槍を握り、勇気を奮い立たせる。 ヒースには槍の扱いを教えてくれた師がいる。その技術が認められたからこそ、十六歳の彼 へんくっ が兵士として認められたのだ。師は偏屈な人物ではあったが、己の力が及ばずとも死にかけた ヒトを見捨てるような人間ではなかった。 そんな師が英雄譚の主人公のように思えたからこそ、弟子入りし必死で修練を積んだのだ。 そうして進むと、不意に森が開けた。 湖だ。 あんど 暗闇に明かりが差したことに安堵し、同時に身を硬直させる。本当の危険はここからだ。 息を殺して周囲を見渡し しずく バシャーーー銀色の滴が、宙に舞った。 ほかく