ヒースがどれほど直ろうとも、騎士たちはクラウンの声に耳を傾けてしまった。 「見ろ、やつの腕を ! 結晶化した血が付着しているではないか。罪禍である証拠だ。やっこ そがヒトの内情を探るため侵入した魔王級の皇禍だー その言葉は、真実ではない。 真実ではないが、事実だった。エステルは確かにそれが目的でこの国に侵入したのだ。 それが円卓の騎士の発一言なのだ。疑いようはない。 騎士も兵も、怪物ではなくエステルへと敵意を向けた。 「逃げろエステルー 畏れ敬われる魔王じゃなくて、子供でも笑ってくれる魔王になりたい そのエステルを、こんなところでヒトと戦わせたくはなかった。 エステルがむっとしたように眉をひそめたときだった。 「違うわー・その人はーーーギャレットはもう死んでいるわ。偽物よー ルチルだった。 女「ルチル、お前は騙されている。よく見ろ。毛筋ほどの傷でも与えればわかることだろう ? 乙 銀その腹の中でどれほど笑い声をこらえているのか、クラウンはぬけぬけとそう叫ぶ。 刻 睨み合いは、長くは続かなかった。 ルチルが斬りかかる前に、兵士の悲鳴が上がる。どちらを信じるべきか迷い、動きが止まっ いきどお かたむ さいか
顔を上げて、少女はふとある一点に目を留めた。 道化師 : くつきようたいく 騎士に続いて兵士が列を作る、観客席の最前席だ。そのひとっ後ろには屈強な体躯をした傭 兵なども並んでいるのだが、そこに道化姿の少女が見えた。 ようし せんれつ 長い銀色の髪に、鮮烈な紅い瞳。奇抜な格好も手伝って、かなり人目を惹く容姿だ。 まぎ 一般客はもっと後ろの席に並んでいる。兵の中に紛れていることは気になったが、いつまで も立ち止まっているわけにもいかない。少女は静かに舞台を降りる。 舞台の両脇には、十数名の騎士が整列している。そのうちの東側の列に加わると、隣の男が 気さくに声をかけてきた。 ( なにか気になるものでもあったか、ルチル ? ) せいかん 少女ーールチルの名を呼んだのは、精悍な顔と体格の青年だった。長い金髪を後ろで束ね、 そっがなくフロックコートを着こなしている。貴族特有の気品を振りまきながらも、背中には ものもの 両手で使うべき大剣が下がっている。式典の場で身につけるには、少々物々しい代物だ。 さが 問いかけられて、少女はもう一度道化師の姿を捜したが、見つけることはできなかった。 なんでもないと首を横に振ると、青年はおかしそうに言った。 よきよう ( ・・ーーときは今に至るーーか。なかなか良い余興であったぞ ) 最後の一句は、この式典のために少女が手を加えた部分だ。本来の詩に、その一句はない。 よう
ような」 腕組みをして首を傾げ、ややあってエステルはポンと手を叩いた けんこく 「そうだ ! 《剣刻》所持者同士なら、受け渡しができるって話だったんだ」 その言葉に、ヒースは希望を抱いた。 「じゃ、じゃあ、君に受け渡すこともできるのか ? 」 「できるんじゃないかなあ」 「だったら 「ーーでも、どうすれば良いんだい ? ヒースは肩を落とした。 言われてみれば、エステルは《剣刻》の使い方すら今初めて聞いたようだった。可能だとし ても、その方法まで知っているはずもなかった。 「誰か、正当な持ち主の人に会えればわかるんだろうけどなあ」 そう呟いて、ヒースはなにか引っかかるのを感じた。 あれ ? 誰かいたんじゃないか : しばらく考えて、ヒースは「あっーと声を上げた。 「そうだ ! 〈騎士姫〉ルチルだ」 「誰それ ? かし
ルチルが服の裾を引っ張ってきた。 「 : : : 逃げなさい。あなたじゃ、ギャレットさんは倒せないわ」 それはそうだろう。 力の差がわかっているからこそ、クラウンはギャレットをけしかけたのだ。ルチルが剣を向 けられなかった騎士の骸を、今度は彼女を守ろうとしたヒースにぶつけるのだ。 それでも、ヒースは退かなかった。 真っ直ぐ槍を構え、こう言った。 「師匠から、俺は強くはなれないって断言されてる。戦士として絶対必要なものが、俺にはな いんだって」 「だったら : 「なにが足りなかったのかは今でもわからないけど、強くはなれなかったかもしれないけど、 俺が槍を教えてもらったのは、こ、ついうときに逃げないためだと思う」 だから、戦、つ。 覚唐は、決まった。 女 乙 銀槍は震えてはいない 戦えると、確信できた。 ギャレットが大剣を構える。 すそ むくろ
疑わしき者を襲う。 そうした騒ぎを鎮圧するために騎士団がいるはずだが、その騎士団の中核を押っていた者の けんこく ほとんどは《剣刻》所持者であり、真っ先に狙われ命を落としている。 おまけにそんな物騒な《剣刻》を手にしてしまった王は、以前にも増して自室に閉じこもっ てしまい、治安を回復させるなんの対策も採っていない。 騎士こそが命を狙われ、反乱者が堂々と名乗りを上げている。 こうなると、それはもはや内乱だ。 その内乱を、人々は剣刻戦争と呼んでいた。 えんたく 円卓の騎士でも命を墜とすのか : 円卓の騎士に名を連ねる兄弟子は、ヒースなど足下にも及ばないほどの達人た。イ 。 ' 也の騎士も それに並ぶかそれ以上のカの持ち主ばかりだったはずだ。 文句のつけようのない強さで、ヒースでなくとも憧れを抱く姿だった。 それが、今は半分も残ってない・ 最初に《剣刻》を手に入れたのは、二つ名を与えられた騎士ーー伝説に因んで騎士の中でも 最高の力を持っ十二人にだけ与えられるーーー円卓の騎士たちだった。 その最高の騎士たちも日夜《剣刻》を狙われ、次々と命を落としていった。剣刻戦争勃発か らわずか三か月の間に、ほんの数人を残すだけとなったらしい。 ちな ぼつばっ
「内乱 : : : か」 さいかそうぐう 罪禍と遭遇した緊張が解けるにつれて、ヒースは今朝の話を思い出していた。 けんこく またひとり騎士ーーそれも《剣刻》所持者が命を落とした。 えんたく エストレリヤ騎士団の騎士十二人の体に、突如現れた紋章だ。手にした 《円卓の剣刻》 オーメン 者には〈占刻〉を超える力が与えられ、さらにその全てを集めた者にはどんな望みでも叶えて くれる《賢者の刻印》が与えられるという。 最初の一週間で、円卓の騎士の半数が命を落としたと言われている。同時に、いくつかの《剣 刻》が早くも奪われてしまった。 さんいっ その後、騎士たちは散逸した《剣刻》を取り戻そうとあらゆる手を講じたが、逆に奪われる ことの方が多かった。 かば ある騎士は信頼を置いていた腹心に裏切られ、ある騎士は揉め事の仲裁に入ってその庇った 相手から斬られ、またある騎士は、そんなふうに《剣刻》を手に入れた賊に襲われて。 奪、つ者も様々だ。 ただ《賢者の刻印》を欲する者もいれば、若き王への反感から反乱を企てた者もいる。奪い 女 ものご 銀合いの場にたまたま居合わせたものもいれば、ただ飢えと貧困に喘ぐ物乞いもいた。 かいさい 刻 そうして奪った者が央哉を叫ぶ間に、同じように《剣刻》を狙う者に命を奪われる。それゆ 剣 え《剣刻》の所持者は揃ってそれをひた隠しにする。《剣刻》を求める者は所持者を探しては ぞく
周囲を飛び交うアンサラーソードを引き戻すが 「ルチ、ル : : : 」 すでになにも映していない瞳で、そう呼びかけられた。 ピタリと〈円卓の騎士〉が動きを止めてしまう。 できるわけ、ないじゃない : 子供のころから、ずっと背中を追いかけて来た従兄妹なのだ。騎士となってからも、常にル チルを引っ張ってくれた。 それを、自分の手で斬れるわけがない たとえ、死んでいるとしてもだ。 表情のない騎士の口から、笑い声が聞こえた。 こういってん 『ひひひっ、円卓の騎士の紅一点も、これまでにございますな』 ルチルは目を見開いた 女「クラウン : 銀『この男は、あなたさまに劣情を寄せていたのでございますよ。なかなか強靭なご意志で自重 なさっていたようでございますがなあ』 「貴様、ギャレットさんを侮辱するつもりか」 ーー来い、〈円卓の騎士〉たちー えんたく
「ーーそして厄介なことに、彼らは一体だけではない ルチルの言葉を引き継いだのは、隣にいた騎士だった。その顔には、マナも見覚えがある 先ほどから何度か目を向けては、励ますような笑みを返してもらっていた。 「これを倒せば罪禍の勢力は大きく減退するだろう。が、勝てなければヒトの時代は終わるか えんたくけんこく もしれない。だから、《円卓の剣刻》は姿を現したのさ」 ヒトの時代が終わる マナが再び身震いすると、ルチルが騎士を咎めた。 「無闇に脅すのはやめていただきたい。法えているではありませんか」 「いや、脅すつもりはなかったのだがな。すまない」 ため息を漏らして、ルチルは騎士に非難を続ける。 「そもそも、騎士として名も名乗っていないのは問題だと思います」 騎士は肩をすくめる。 「なに、これでもマナとは顔見知りなのだよ」 「こんな年端もいかない娘にまで手を : 「お前は私をどういう目で見ているのだ : なにやらもめ始めたので、マナは間に入って頭を下げた。 「違うんです。ペナスさまには兄がお世話になってるんです」 さいか おび
誰もがお前に注目しているのだ。その注目に応えるのも、騎士たる者の責務さ ) ( 騎士の称号はいただいてますが、私はまだ学徒の身です。持ち上げないでいただきたい ) しゅしよう ( ははは。ク竜殺しクの〈騎士姫〉が殊勝なことを言う ) ( : : : あれは、私一人のカではありません ) そうぐう 一年ほど前、少女は学徒数名と竜に遭遇し、これを撃破していた。若い竜だったがそれでも オーメントーカー 竜だ。倒したければ最低でも騎士三人、〈占刻使い〉一名の小部隊が必要と言われる怪物だ。 当時十六歳だったルチルは、それを一人で仕留めてしまった。他にも学徒はいたが、足がす くんで逃げることすらままならない有様だったのだ。 その功績で、卒業を待たず騎士の称号を与えられ、おもしろおかしく尾ひれをつけられた末 ものもの に〈騎士姫〉などという物々しい二つ名を与えられてしまった。 ロごもると、青年が「ははは」と笑った。 けんこく ( そう困った顔をしてくれるな。お前も俺も、ともに《円卓の剣刻》に選ばれたのだ。我々が 次の伝説となる。そこで華をもて囃したくなる我らの心情も察してくれ ) 青年がそっと示した右手には、剣を摸した紋章が刻まれていた。ルチルの左手にも同じもの がある。 ( 《剣刻》 : : : ですか ) うなず ルチルが自分の《剣刻》を見つめると、青年は感慨深そうに頷いた。 はな はや えんたく
なにが起こったのか。それを理解する前に、フワリと体が持ち上げられた。横抱きに抱え上 げられたのだと、少し遅れて気づく。 顔を上げると、そこにはルチルをひとりの少女として扱ってくれたー・ーしかし、今まで見た こともないほど鋭い眼光をした少年の顔があった。 「ーー・遅くなってごめん、ルチル」 しようげき その声と姿に、衝撃的なほどの既視感を覚えた。 あのときと、同じ・ : ・ : ? 少年の横顔が、一年前に勇気をくれた兵士の姿が重なって見えた。 ルチルとギャレットーーークラウンと呼ぶべきかーーの間に割って入ったのは、ヒースだった。 その目の前に《シュタインボック》が突き立てられている。 「ギャレット兄ちゃん : むくろ 苦虫をかみつぶしたような顔で、ヒースはその名で呼ばれていた騎士の骸を見つめた。 クラウンが死体を操るという話は聞いていた。それが実際に動く姿も、ヒースは見ている。 それでも、親しいヒトがこんな姿で操られている光景に、腸が煮えくり返る思いがした。 「ヒース : : : 」 腕の中から震える声が聞こえ、ヒースはできるだけそちらを直視しないよう気を付けながら