わた れも武力を抱えて現れた連中に渡しておくことこそ痛い いや、致命的ではないか ! ど・つどうめぐ クリミオはあくびをしながら議員達の会話を聞き流していた。昼からずっと堂々巡り。 にすら至っていない。要は方塞がりで、どうにかしなければ、と悩んでいるだけで これといった打開策の目安検討にすら至っていないのだ。 はだあくえいきよう すいみん けず こんなことで自分の睡眠時間が削られることに不満を覚えつつ、肌に悪影響が出なけれ ーしいな、と願いながらクリミオはメモを取り続ける。 放った使者はどうなったのじゃ ? 包囲を抜けた際に狼煙を立てる手はずです おそ が、未だそれらしきものは : 良かったではないか、これ 。恐らく捕縛されたかと。 せんたくし で他に助けを求める選択肢は消えた。大国の力なければ維持出来ぬ辺境の街、その汚名こ ちゅう そが信用の失墜だ。ーーー助けを請わなくとも、オードビー国に本当に許しを得た上での駐 ーも かくにん ど屯なのか否かを確認するだけでも大きいじやろう。もし向こうがホラを吹いていたとわか ればこちらも強く出られる。協約とて破棄できる。 それが知れた段階でオードビー国 の きかん こうしよう 都の軍が動くはずだ。使者の帰還、それを踏まえた上で交渉に至る頃にはオードビー国とヌ 雄 ていこく ひがいしゃ 英ストルテ帝国の対立の図になり、リキュ 1 ルは何も出来なかった被害者というだけの存在 くつじよく になる。 ではこのままでいいというのか " " 屈辱的にでも街を解放せねば : そもそもリキュールに向かっている者達が追い返されているのなら、彼らから情報が とん しつつい ころ のろし
封じられてしまうと、物資や情報はそこで止まり、商人によっては生鮮食品を運んでいる 者だって多いので、死活問題に発展するのだ。 また、街の中にいるモルト達には窺い知れないが、リキュールを目指してやって来た者 達が街に入れないというのも一大事のはずである。こちらに至っては引き返すにしたって おそ 補給がなければ物理的な意味で命に関わる恐れがある。 加えて、物流の道はリキュールにとって大動脈に他ならない以上、それを封じるという ことは、街そのものもまた死にかねない。商売というのは信用がものを一言うのだ。 うわさ リキュールを抜けるルートが危険だという噂が流れる : : : それだけで信用は落ち、流通 量は減り、街の収入は減っていく。だからこそ、流通ルート上で問題が起こった場合、リ キュールはロテ国の街でありながら、オードビー国側の流通ルートであっても自警団を出 じんりよく ど動させて問題解決に尽力する。そして、それが出来るようにするためにロテ国はもちろん、 カ オードビー国に特別納税という形で多額の税金を払っているほどであった。 の じしゆく 市そんな街と流通ルートの安全を守る自警団すら、議会は活動自粛を指示したらしく、今、 英議員達に対して自警団とそれを支持する住民達は猛烈な抗議をしているらしい。 「噂では独断で協約を結んだマドラ 1 が街中を引きずり回されとるらしいのう」 すみ なるほどね、とモルトは安美亭の隅っこにて魔導士ギルドの爺さんからそんなよくある ふう うかが かか せいせん
りつかれたようになっていたので、クリミオが仕方なく代わりに応対する。 メモを差し出された。今し方再び光通信があったようだ。 みな 「皆さん、盛り上がっている最中になんなのですが、その夢、叶いそうにありませんよ。 : 一座は街に入れず、東一〇キロのポイントにて夜営中。残りの食料から、翌々日の昼 まで待機しても封鎖が解けぬ場合はオードビー国へ引き返し、遠回りになるも別ルートを 通ってロテ国へ向かう : : : とのこと」 なつ ヾ、ヾ力な 無理だ、二日で解決はできんリ では何か、 我々は街の誇りも信用も何もかもを投げ捨てたあげく、一座を見ることもできないという のか : このままでは全てを失うぞリ な、何とかせねばリ はだか 女の裸と誇りと信用しかないのか、この街は。 」いよ、 なが どクリミオは退廃的なものを見る目で議員達を眺めた。 の 市 都 雄 英 ふうさ かな
だが、彼らはそうは思わなかったようだ。 四名のロープを羽織った男女がいつの間にかアセトを取り囲んでいた。 じようきよう おく アセトの部下達がかなり遅れてからその状況を察し、ロープの男女へ向かって剣を抜く。 アセトは手を上げ、部下に下がるよう指示を出した。 ロンシュータンせんけっ ンユの唇で、不気味な笑みを作る。 陰気な女は鮮血に似た鮮やかなルー ) もら じんし ていけっ 「街を包囲、そして議会との協約も締結、オードビー国に許しを貰った上で陣を敷いてい ると信用もさせられた : : : あとの仕事は捜し出すだけですよ、アセト大隊長殿」 お前の仕事はそれだけだ。そう言っているのだと、アセトは思った。 腹立たしい女だ、必ずどこかで鼻を明かしてやる : : : アセトはそう心の中で唱えるも、 大人しく頷いてみせた。 その心内も彼女は察しているのではないか、そんな疑いを抱きながら。 アルコ・ホールはもちろんのこと、リキュールの街全体は包囲の一報以降、どこもかし ちゅうけい さわ こも騒がしくなっていた。それもそのはずで、旅の中継地点であるリキュールの出入りが さが
ふつう みよう 妙な街だった。辺境の地でありながら、普通は大国の首都などでしか持ち得ない完全な いなかふんいき なっ しせつ 上下水道施設を有しつつも、どこか懐かしい田舎の雰囲気がある。 つな またロテ国とオードビー国の首都、それらを繋ぐ最短ルートであることから物流の通り よそもの 道ということで余所者も多い。しかしながら治安は良く、やけに落ち着いている。若い女 きみよう ひとけ や子供が人気のない道を当たり前に一人で歩いている光景はいささか奇妙ですらあった。 きかん よろい 赤い鎧のアセト・バクターは、そんな感想を得て六〇〇の兵が待っ本隊へと帰還した。 こうや リキュールの東側、荒野に入る直前のエリア。そこでは辺り一帯に広がっていた大量の いつばん テント がれき 瓦礫をどかし終え、すでに幕舎も建てられていた。それは一般の軍が用いるものより数段 かざ むだ 大きく、かっ、いささか無駄な飾り付けがなされたものだ。 ごうしゃ 帝直属の独立近衛大隊ともなると、建国時からの伝統で豪奢なものが用意されるのだが : これはまったくもって無駄だと、アセトは思っていた。 みかど : そんな光景はさすがにあまりない 年に三度ぐらいである。
荒野を行く一一頭立ての乗り合い馬車は、この数日もの間、何も変わらず揺れ続けていた。 もど、 おく つら 「お客さん方、辛いだろうが今夜は夜通しで行くぜ。嵐で遅れた分を取り戻して、明日の かか 朝には予定通りにリキュールだ。辺境だが、三〇〇〇の人が住み、一〇〇〇の旅人を抱え つか せき る街には、古代跡を利用した上下水道完備の宿もあるし、温泉もある。ガッツリ疲れを しんぼう しゆくばまち 癒せる宿場街だ。ロテ国に行くにせよ、オードビー国に行くにせよ、もうひと辛抱頼む ほろすきま ぎよしゃ そんな御者の声を聞いて、エンガディナは席を立ち、幌の隙間から外を見やった。 ど辺りは昔の大戦争で、不毛の荒野となった広大な土地。だが、エンガディナの視界の先 ふもと バにある山は生き生きとした緑に覆われ、麓にも広い森を引き連れている。 リキュール 市あそこに街がある。そこを経由すればロテ国の首都まですぐ : 英追っ手の気配はない。 ここよりはるか南の港に流れ着いてからすぐにこの馬車へ乗り込んだのだ。かなり先行 しているはず。遷げ切れるはず : こうや
292 「まさか : : : まさか、ここの連中は : ありえない。不可能だ。そう思いながらもアセトには一つしか可能性が思い浮かばない。 ・ : 建てたのだ。 酒と女と夜いで兵が騒いでいた昨夜ーーたった一夜で、辺り一帯に散っていたかって およ じようへき の城壁の瓦礫を集め、同じ外見の、四階建てにも及ぶ高さの見張り台を : 一〇〇〇年前からそこにありました、と言わんばかりに、堂々と : : : おっ建てたのだ。 いのちづな こ・つげ - き 全ては包囲した軍を攻撃する正当な理由を得るため、物流を命綱とする街の信用を守る ・ハメるために。 ためーーアセト達に協約違反をさせるため : だが、それが何を意味するのか、わかっているのか。 すなわ 見張り台の位置を変えるということは、即ち 「や、奴ら : : : 国境線を書き換えたというのか」 よみがえ アセトの頭にロンシュータンの言葉が蘇る。ロテ国とオードビー国の国境線は、その歴 とうたん 史からリキュールの東端を基準としている、と。 つまり、街が東に広がれば国境線ごと書き換えられることになる。 一 ) うい いくら友好国とはいえ、戦争に発展したとしても何らおかしくはないとんでもない行為 ・ : それを三〇〇〇人程度の辺境の街が、独断で、独力で、やったというのか。 やっ さわ か 0 0
リキュ 1 ル周辺地図 A オードピト国首都方向 。 = 一、く。ロデ国首都方向 リキュール ロテ国領土境オードピー国領土
しようこ せんぶく に潜伏していたという明確な印象と証拠を住民達に残せたはずである。 きょこう あとはロテ国の使者が彼女を亡命させようとしていたとする虚構の真相及び女帝の暗殺 犯を用意すれば、ロテ国との開戦まで続くシナリオが幕を開けるはずだった。 アセトが勝手な事をしだしてしま、つと、彼女にはもはやど、つしよ、つもない しよせんコンサルタント ロンシュータンは所詮作戦顧問である以上、軍の指揮権がないのはともかくとしても、 やと 雇い主がこちらの提案に従わないバカであることは致命的だった。 おもんばか 彼らを慮って行動する理由は、もはやない アセトがやりたいようにやるのなら、自分もまたやりたいようにやるだけだ。 船上で毒でも盛ればケリがついた王女の暗殺をわざと逃がしてリキュールまで来させた のは : : : 五年未満を目途に、豊富な資源を持っロテ国と開戦したいとするヌストルテ帝国 ハクター家の意向を汲んであえて : : : という、まどろっこしい言い訳があったものの、 おとず 本当はどうしてもロンシュータン個人がこの街を訪れたかったからに他ならない。 都ロテ国と戦争をしたいのなら実はもっと簡単な方法がいくつもあったのだ。だが、ロン 英シュータンがここに来るには今回の作戦が必要だった。ロテ国でもオードビー国でも指名 手配されているとはいえ、何故かどこに行ってもすぐに見つけられてしまうために、二つ の国の境目にあるこの地に来るには大規模な護衛が必要だったのだ。 およじよてい
とくちょう テ家の血筋に伝わる特徴的な緑色は一度見たら忘れられるものじゃない モルトと同じくサシャも流れ者だ。三年ほど前に居着いたが、その前についてはほとん ていこく ど聞いたことがなかった。案外ヌストルテ帝国にいたことがあるのかもしれない。 「モルトがエンガディナ様と出会ったのは昨日の朝のアレだろう ? ・ : あの時、私が察 していれば包囲される前に脱出できたかもしれない。そこは悔やまれます」 と・つ さて、どうかな。モルトは思うものの、ロにはしなかった。まともな軍であれば本隊到 ちゃく そうほう たんさく 着前にロテ国、オードビー国双方のルートへ早馬を走らせて探索していないはずがない ひとはだぬ 「失態を取り返すべく、私も一肌脱ぎましよう。モルトだけでは不安だ」 「そ、そんな、しかし、その : : : お支払いできるものは何もなく : ・ 「必要ありませんよ。困っている女性を助けるのは当たり前のことです、 ほうび ど「 : : : あ、ありがとうございます。では、祖国に戻り次第何か褒美の品を : サシャはどこか切なげな顔をして、首を振った。 亠Ⅲ - ひめさきほどおっしゃ 都「姫、先程仰っていたロテ国、そして個人的に交友の深いというシャルロッテ王妃に助 英けを求めようというのは良い考えだと思います。ですが : : : 恐らく、祖国に戻るのは当面、 いまごろ 難しいでしよう。今頃クーデターが起こっているはずです」 「おい、サシャ。さすがにそれは飛躍し過ぎているだろ。ディナが襲われたってクーデタ ひやく しだい おそ おうひ