まおう モルトならすぐ横で勇者と魔王が世界の命運を賭けて戦っていようとも、胸元破れてい る美女の方を全力で注視していることだろう。 小男は美女を連れて袋小路から通りへと出る。逃げ道を確保しようとしたのだろうが、 ながえとう いかんせんすでに野次馬の群衆のせいで道の一方が物理的に塞がり、もう一方には長柄刀 を手にしたモルトがいる、という状況である。 小男は前後を見比べると、群衆に背を向け、モルトへと近づいてくる。 こっちの方が対処しやすいと踏んだようだ。 「大人しく武器を捨てろ、こいつがどうなってもいいのか」 モルトはため息を吐く。そして : : : すんなりと、長柄刀を地面に落とした。 「い、いけません ! わたしのことはもう : ですから、どうか、そんな : ど「モルトだ。今度からは名前で呼んでくれ」 カ ほほえ なみだ おえつも モルトが微笑むと、美女は溜めていた涙を頬に伝わせ、嗚咽を漏らしつつ俯いた。 の : ご、ごめんなさい、ごめんなさい : 市「ああ、ああ : ・・ : 何故そんな : ・ 英その涙にモルトは思う。なんて良い娘なのだろう、と。 そして大男同様、この小男と美女もまた、リキュールに来たばかりなのだろう、と。 彼らはわかっちゃいない。この街を、そしてそこに住む愛すべき住民達を。 ふさ うつむ
ディナは礼を一一一一口うと、先にクラツツの所へ向かおうとするのだが、サシャが呼び止める。 「姫、一つだけ私から。 : : : 本当に、街に残ったっていいと思いますよ : ことです ? 「ど、つい、つ : 、。けれど、あなたが見たように、いざと 「この街は人と物の流れが多く、油断ももなし はんば : ノリの良さは半端ではない。 / 街のため、住民のため、楽 いう時の謎の結束力というか : しみのためとなれば、ガサツな彼らは笑いながら自ら危険に飛び込む。そんな人間ばかり こどく : うんざりすることも多いが、それ以上に : : : 孤独な身にはこの上ない ほほえ ちが サシャの微笑みは、同情のそれに見える。けれど、何かが違う。 かく もうてん 「もし、隠れ住むというのならいい手段を教えましよう。案外盲点だっていう、ね」 「 : : : そのお気持ちだけ、いただくのですー ばち わまま ど「あなたはお姫様である前に、女の子なんだ。ちょっとした我が儘ぐらい罰は当たらない ゆる : それだけは、覚えていてくださいねー 赦される。少なくとも私はそう信じている。 : 理解なのだと。 都その時、ディナは気付いた。サシャの微笑みは同情ではなく : 雄 そんな疑問 英何故、どうして ? まるであなたにもそんな経験があるかのような : しつじ を投げかける前に、サシャは執事のようにクラツツへの道を手で指し示し、頭を下げた。 ディナはクラツツのもとへ行くとお任せで注文。何故かプランデーが二杯出てきた。 、よ」 0 なぜ なぞ
静かに窓を開けてみると、中に入れろ、調べさせろと喚いているのが聞こえてくる。 きんりん その身勝手な言い分はもちろんだが、高圧的な物言いがそこの住民はもちろん、近隣か らも反発を招いているよ、つだった。 かなりの人数が往来に現れ、事の成り行きを見守りつつ、帝国への不満を叫んでいる。 けいじばん 例の協約は中央掲示板に内容が張り出されているし、人の口からロに伝わっているだろ : このアパートに兵が来るのも時間の問題か。 うから、互いに手を出しはしないだろうが : かく : リツツ、このアパートって人を隠せる場所あったか ? ろうかはし てんじよううら うなず リツツが頷く。三階廊下端から天井裏に入れるらしい。七年近くも住んでいるモルトで も知らなかったので、まず気付かれることはないだろう。 モルトはディナを起こしてリツツに任せ、一人自室に残った。やるべきことがあるのだ。 ど「つたく、仕事熱心な男だぜ : : : 俺は」 モルトはサバッと革コートを脱ぎ捨て、ドフドフと重い音と共に鉄板仕込みのプーツと 亠叩くっした 都靴下を脱ぎ飛ばし、ベルトをカチャリと鳴らして外し、ズバッとパンツごと全てを下ろす。 あらあら 雄あっとう 英圧倒的な開放感にトドメをさすようにグワッとシャツをも荒々しく脱ぎ捨て : : : ついに 生まれたままの姿に成り果てれば、腰に手を当て、窓からの朝日を全身に浴びた。 すがすが あまりに清々しい気分に、モルトの口元が緩む。しかしケツにはキュッと力を入れる。 たが ゆる わめ
サシャが首を傾げてニッコリと笑う。それはもはや天女の微笑み以外の何物でもなく、 小男は瞬時に、そして明らかに、見れた。 すべ すき その一瞬の隙に、サシャの刀は見事なまでに滑り込む。 ばっとう ・ : おぞましい速度の居合いである。 抜刀、そして納刀。 ナイフの刃が地に落ち、カキンツと小さな金属音が聞こえてから「ん ? , というように、 小男は俯き泣いていた美女と共に地面を見た。そして、状況を理解できないままに固まる。 じよう 「さて、後は住民の方々にお任せするとしよう。お嬢さん、こちらへー っ トンっとサシャは小男を突き飛ばし : : : 満面の笑みを浮かべる地獄の軍勢、もとい、地 うで かた えもの 元住民達に獲物を引き渡し、その腕ですぐさま美女の肩を抱いた。 か とっげきしか ヒャッハ の声が上がって荒縄が飛び交い、矢が放たれ、男達が突撃を仕掛ける。 むざん にくしよくじゅうおり 肉食獣の檻に子ウサギでも入れたかのような見るも無惨な光景が始まったのだが : さわ すばやか 男にとって幸運なことに、長柄刀を手にした数人の男達が素早く駆けつけてくる。騒ぎを 聞きつけたらしいリキュール自警団である。 彼らは狂戦士と化した住民達と小男を引き離し、状況を押さえようと声を張り上げた。 「これでいい。お嬢さんもうた丈たですよ。さあ、顔を上げて。涙を : : : 何だ、モルト モルトは投げつけるかのようにして紙袋を乱暴にサシャへ返し、顔を上げようとした美 バーサーカー かし みと てんによ
172 わこぜもど 彼女の気落ちした姿を見ていると何とも良い気分だったが、単にいつもの猫背に戻った あら だけかもしれない、と、しばらくしてから気が付いて、アセトはフンと鼻息を荒くした。 おろ こうりよ やと 「そこそこ使える女だ。だが、不気味で、愚かだ。住民の心は考慮するくせに、雇い主の 方を考慮せんとはな」 当初の予定と大きく違えたのは、軍としてのプライド以上に、ロンシュータンへの嫌が らせが強かった。心を読むかのようにして思っていることを言い当て、それで得意になっ て主人より立ち位置を上に置きたがる : : : その性櫪が気にくわない。 おんびん へんこう 主導権はこちらにある。それを教育するためにあえて穏便であった計画を変更し、住民 ちょうはっ かくご ぎせい を挑発しながら捜索するよう変更したのであって、多少の犠牲は覚悟の上だった。 あの女を調子に乗せておく方がアセトの精神はすり減ったことだろう。 アセトは良い気分のまま、今一度山積みの書類に目を向けた。 : にしても犠牲が多すぎるがな : 多大な犠牲を払いつつも、三名が包囲を抜いた。街の東西南北に建つ見張り台に配置し
による独り言が混じり出したので、誰もが奇異なものを見る目で、距離を空けていく。 「何を隠してる ? もちろん住民、少ないの、それ隠してる、じゃあ住民が動く ? 違う いつばん 違うよ、一般人には宿を抑えられない、だから上、まとめ役がいる ? 判らない、何をし たいのかな、でも何にせよ自警団は来る、総出で、でも人数が少ないよ、負けちゃうね、 そうか、だから : : : ひょっとして、もしかして、準備してる、してた ? ずっと : いやあせ ロンシュータンは歩くにつれて息が切れてきて、嫌な汗も出てきた。 きた 昼とはいえそれほど暑い季節ではないし、ひ弱そうに見えるが実はそれなりの鍛え方を している彼女だったが、それでも心までは鍛えられていなかった。 ひど ・ : 周りからの奇異の目が酷く痛い。酷く苦しい どこに行ってもそ、つだ。ど、つしよ、つもなかった。 けしよう ど 一流のドレスを着て、しつかり化粧をして、高級なトリートメントを使って、日焼けに カ 注意もしているのに、どうしてそんな変な物を見る目を向けられるのかわからない の 都他人の心を読み解く技能を持ってはいたが、自分に向けられる人の気持ちだけは何故か 英彼女にはわからなかった。 : ロンシュータンにわかったのは、そしてロンシュータンをわかってくれたのは、今 も昔も一人しかいないのだ。 おさ
何故なら彼らはそれ以外の理由を言ってくれないのだ。 よくあることだから、気にするな。そんなふうにしか : ひとご ディナは人混みをかき分け、アルコ・ホールを西から東へと歩いて行く。 その先ではリキュールの解放を信じて待ち続けたという例の一座の公演が無料で行われ ているのだという。酒すらタダだというが、喰い物まではさすがに手配されていないらし さかな 、大抵の見物客はアルコ・ホールで肴を買ってから向かっているようだった。 しつかし、何で今年の一座はストリップじゃないんだ ? 俺はさあヌッちゃんのお のれん つばいが楽しみで楽しみで・ : 。そりゃあの暖簾みたいな胸当てだから楽しめるといえば 楽しめるけど : : : なあ ? いや、ホラ、今年はテントじゃなくて、オープン会場だか らじゃね ? この騒動を共に戦った住民達への礼、そ だから何でなんだよ : どして足止めしてしまった旅人達への謝罪だとかなんだかで、全額議会持ちらしいからその 関係だろ。ーー余計なことを。女の肌を見ることこそ男の最高の癒しだってのを理解して の ろう いねえよ。というか、住民全員への慰労なんだ 都ねえな。・ : ・ : 議員に女いたつけか ? 雄 英から大人の男しか入れないストリップはまずいってことだろう。 : やはり、街の東の外れ、一座の公演会場に彼はいるのだろうか。 ディナは足を速める。けれどあまりに多い人混みはなかなか先へ進ませてはくれない たいてい いや
あた みのが 機転が回るらしく、兜の下で目を細めたのをモルトは見逃さなかった。 「俺は、と言ったな ? ということは、お前のその後ろにいる小娘は住民ではないな。な すいか ・ : それでもなお、邪魔するか ? ー らば、誰何することに何ら問題はないではないか。 がまん モルトは口元に笑みを作ったが、やせ我漫だった。心内で己のミスを悔いる。 そして、この場合彼らの行動を邪魔すると、果たして街側からヌストルテ帝国へ危害を きわ : 正直、際どいところだろう。 与えたことになるかど、つかを考える。 この二人を相手に長柄刀を振るうのは難しくない。だが、それで街が危機に陥るとまで ペナルティ はいかなくとも、何かしらの罰則を街が払わされる可能性が高い。 だいしよう 自分の勝手で街にそこまでの代償を払わせてしまうのか。それは心に重くのしかかる疑 いや、心に湧くのは払わせられないとする気持ちだった。 だれ それはきっと、モルトだけでなく、街の誰もがそう思っているに違いない。 ゆえ 血の気の多い住民がこうも大人しくしているのは、誰もが街を大切に思っているが故だ じようきよう 大切だからこそ他人に明け渡しているような今の状況が許せず、しかしまたそうである からこそ何もできない ぜっみよう 議長マドラーが結んだ協約は、郷土愛を絶妙に利用したものになっている。 まるで街の人間の特性を十分に理解し、手足を縛った上であえてストレスを与えるよう かぶと おのれ おちい
だが、当然ながらエロい格好した娘達を見に集まった住民達はマドラーの真意を知る由 もなく、責任を街の男達に押しつけるかのような彼の言い分に怒声を響かせ続ける。 暴動になりかねない雰囲気が通りを包む。しかしなおもマドラーは作戦の説明をしない。 ろうえい : 情報漏洩を防ぐために、彼みにに俺戦の全容を知ることなく、自主的に最後まで動 いてもらわねばならないのだ。 「ともかくだ ! ここにいる女達は自らの意志で行くと決意したのだ ! 街のため、ここ ふ の住民のために " " : それを踏まえた上で問う。この二日間、不満を並べ立てていただ けのお前達はこれから何をする」 マドラーの後ろで控えていたクリミオがため息。そして、大きく息を吸って声を上げる。 あらなわ 「皆さん、そこここで荒縄と暗器の準備を始めないでください。この男は議長としてこれ どからいろいろ働かないといけませんので、殺すのは明日の昼以降にお願いします 「フンツ。 ・ : よし、聞け女共 ! 向こうへの通達は終わっている。大隊長のアセト・ の ほどうれ 都クターはこの上ない程に嬉しそうな顔をしていたから、手ぐすね引いて待っていることだ 雄 ずいはん 英ろう。では全員、馬車に乗り込め ! 以後は随伴するクリミオに従え ! 」 ずい 「随は・ : ・ : は ? 」 「衣装は用意させてある。安美亭で急ぎ着替えてこい、クリミオ」 ひか ふんいき きが よし
まっと : そう、議長という要職であるこの僕が自らの仕事を全うするため、リキュールの代表 ていけっ として議長権限により、次の通りの協約を独断において締結した」 いっさい マ街では住民に一切の危害を加えてはいけない。その見返りとして住民を始めとしたリキ ュールの者がヌストルテ帝国軍にも同様に危害を加えないことを約束する。 がいえんたいりゅう マ事態解決まで街の外縁に滞留するのを許可し、街の出入り制限を委任。また、これを円 じしゅ / 、 滑に行うために自警団の活動を自粛する。 こうぎ そ・つほう マこれら協約が破られた場合、双方実力をもって抗議を行う。 こうしよう 「これらを結ぶ見返りとして、それなりの額になる金品を交渉の末、引き出すことに成功 ゅうしゅう しようさいさきはど : どうだ、優秀なる僕だからこそ引き どした。詳細は先程配った資料をご覧いただこう。 たいだ カ 出せた金額だ。お前らがいてはこうはいかなかっただろう。まったく、怠惰で助かった」 の めがね 市協約を証する書類を手に、マドラーはパーマのかけられた髪を掻き上げ、薄手の眼鏡を 英得意げにクイツと直してみせる。 あっけ 議員達は一様に呆気に取られた顔で彼の姿を見つつ、ゆっくりと席から立ち上がった。 それを踏まえてクリミオはそっと、壇上から下りる。 かっ かみか えん