夜明けの太陽が顔を出す荒野の中に、ありえないものが存在している。 なぜ 「な、何故 : : : 幕舎の東側に、見張り台が建っている : 街の北東・南東に建っている見張り台は、東の国境線の外にある幕舎から見れば当然、 北西・南西に建っていたはず。 何よりエンガディナやモルトが現れた時に、念のためにと位置を確認し、そこから十分 にはみ出たと確認したからこそ、何の不安もなくいたぶったのだ。 と・つ では、今アセトが見ている東側にある二本の塔は何だ ? 自分達の幕舎が知らぬ間に街 側に移動していたのか ? 疑問を解くため、アセトが西側・ーー街へと顔を向ける。 : バカな、そんな、バカな : : : そんなバカなことがリ」 、、、、みまちが ど街の北側と南側には、そこにも見間違いようなく、見張り台があった。 そう、あったのだ。アセトが見るその瞬間まで。 あらなわ 都見張り台の下で数十人もの男達が、幾本もの荒縄を引いているのがかすかに見える。 ごうおん 英そして一〇〇〇年もの間立ち続けた二つの見張り台は今まさにアセトの視界の中で轟音 くず もうれつふんじん と共に崩れ落ち、猛烈な粉塵を巻き上げ、その姿を永久にこの世から消し去ったのだった。 まるで : : : 初めからそこには何もなかったと一言、つかのよ、つに。
292 「まさか : : : まさか、ここの連中は : ありえない。不可能だ。そう思いながらもアセトには一つしか可能性が思い浮かばない。 ・ : 建てたのだ。 酒と女と夜いで兵が騒いでいた昨夜ーーたった一夜で、辺り一帯に散っていたかって およ じようへき の城壁の瓦礫を集め、同じ外見の、四階建てにも及ぶ高さの見張り台を : 一〇〇〇年前からそこにありました、と言わんばかりに、堂々と : : : おっ建てたのだ。 いのちづな こ・つげ - き 全ては包囲した軍を攻撃する正当な理由を得るため、物流を命綱とする街の信用を守る ・ハメるために。 ためーーアセト達に協約違反をさせるため : だが、それが何を意味するのか、わかっているのか。 すなわ 見張り台の位置を変えるということは、即ち 「や、奴ら : : : 国境線を書き換えたというのか」 よみがえ アセトの頭にロンシュータンの言葉が蘇る。ロテ国とオードビー国の国境線は、その歴 とうたん 史からリキュールの東端を基準としている、と。 つまり、街が東に広がれば国境線ごと書き換えられることになる。 一 ) うい いくら友好国とはいえ、戦争に発展したとしても何らおかしくはないとんでもない行為 ・ : それを三〇〇〇人程度の辺境の街が、独断で、独力で、やったというのか。 やっ さわ か 0 0
278 かたきょだいえもの ながえとう その先にいたのは、歩み来る一人の革コートの男。肩に巨大な得物ーー長柄刀。 「通りすがりの、何でも屋だー もど 「モ、モルト殿ど、どうして : : : い え、来てはダメですリ戻ってくださいリ」 エンガディナが乳房を揺らして振り返り、そして彼の方へ駆けて行こうとしたので、ア てんとう セトはその足を払って転倒させた。 なわ 彼女に縄を打つように兵に命じ、続けて誰も動くなと伝える。 づら 明るくなりつつあるとはいえ、まだ夜明け前なので見え辛いが、アセトは目を凝らして かくにん 北と南の見張り台の位置を確認する。 : やはり、何でも屋はまだ街の中だ。 エンガディナ同様、幕舎近くまでーー国境線の外に出てくるまで、アセトは待った。 「そこの女性 : : : ディナの護衛をやっている。悪いが俺の依頼人を返してもらおう」 つな 「モルト、とか言ったか。今し方、そう、たった今だ。君は南北の見張り台を繋いだライ ンを出た。つまり今歩いている場所は街の外、国境線の外だ。君がリキュールの住民だと しても協約は適用されない。 : その辺りのこと、理解できているのか ? うでき 「協約がないとお宅らは布くて身動きとれないか。まあ当然だ、腕利きだからな、俺は もしかしたら本当にバカなのかもしれない。しかし、使える。 エンガディナが彼に向かって泣き喚いているのだ。よほど大切な男らしい。 こわ わめ
クソ、どんな攻撃が来るか見当もっかねえリ 落ち着け、よく考えろ ! 奴らには恥 いちげき ばうぎよ めいけん ぐおおお " " 我が家に伝わりし名剣がパゲッ と防御力がないんだ、一撃で勝てるリ このフライバンは一四番隊を襲ったという、あの : : : ぐはあ トに打ち負けただと あはああああリ 弓隊はどうし : : : 後ろから攻撃だと 街に対して密集隊形で陣形を整え出していた帝国兵の部隊、その背後に喰らいついたの たくま はヤナギタデとその仲間達、二〇名余りだ。二つの見張り台を一夜でおっ建てた逞しき者 ししよ、つ がれきもうこうしか 達が、師匠たるヤナギタデを先頭に鬨の声を上げ、手にした瓦礫で猛攻を仕掛けていく。 はかい そしてさらに、未だ粉塵が消えぬ本来見張り台があった南と北から、それを破壊して証 すなわ 拠を消し去った男達の部隊 : : : 即ちリキュール解放作戦における主要戦力、自警団員各八 五人、南北合わせて一七〇人が混乱する戦場へと流れ込んだ。 ど つまり西から裸の男六〇、南北からの自警団一七〇、東からの石工集団二〇 : : : 敵五〇 カ くだ 〇に対して合計二五〇による前後左右からの同時攻撃にして、軍という組織の利を打ち砕 都く、常識外れの大乱戦である。 雄 英もはや、グチャグチャだった。敵がいる。仲間がいる。変態がいる。バカがいる。だが、 わめ 誰も彼もが本気だった。本気で叫び、本気で戦い、そして本気で喚いている。 ぐはあリすげえ、コケただけで血だらけだぜ、俺リ全裸すげえ全裸すげえよリ とき おそ しよう
ちが 険だとわかった上で自ら敵兵に向かわねならない何らかの理由があれば話は違う。そう 3 だな ? では : : : 実は彼らはそれを潜在的に有しているとしたら ? 」 そんなものがあるのか ? 何だ、それは ? 「彼らが兵である以上、何があっても守らねばならないもの : : : 命令だよ」 7 おぼ じひび 鐘が鳴り続けていた。それに加え、先程見張り台の倒壊と思しき地響きがあったので、 作戦はマドラーの予定通りに進行しているのだろう。 限界まで街の不満を溜め込ませ、誰もが自らの意志で立ち上がらんとする時まで堪 しの え凌げ。あとはうまくやる。そのための協約だ。 あらなわ 荒縄で引きずり回しながら聞き出したように、彼は本当にうまくやってのけたのだ。 あの協約は、よくよく考えるとかなりおかしかった。 あがな 問題が発生した場合、通常は金品等で贖うとするべきなのだが、あえて実力で抗議する とした。 本来、軍を持たぬ街側に実力で抗議のしようなどないというのに。 とうかい
るべきことだと思います。 : : : それに : ですから : ・ : 廴たです」 最後の言葉は弟にかけたのだろう。 : ライには、それがわかっただろうか 「お花、ダメになっちゃったのも多いので、良かったら皆さんお持ちになってくださいま せんか。あ、リツツちゃん、ちょっと手伝って いろあざ わた オリービーは手にしていた色鮮やかな花々を群れていた野次馬達に渡していく。 花にそういう力があるのか、それともこの場を押さえるために、ダメになっていない売 みな り物の花まで配りだしたオリービーに誰もが気圧されたのか : : : 不思議なことにそれで皆 うす の中にあった殺気があからさまに薄れていった。 ど「モルトさんも、良かったら是非。 : ライ、も、つ家に入ってなさい : いい。ここにいる。見張りがいた方かいいだろ。今度来たらオレが応じる」 都本当に一晩中ここに立っているのだろう。ライは、そういう奴だ。 もど 英モルトは花を受け取ると、配り続けているリツツ達と別れ、サシャのアパートへと戻る ことにした。 : ライが時計の針を速めてしまったな。これは明日明日には誰かしらが動く。我々 ぜひ ・ : 今し方のは、わたしは一切気にしておりません。 いっさい
のぼ やっ 奴らの処理が終われば、遠くからも見えるよう日が昇るのを待ち、エンガディナの首を しおづ 落とす。それを塩漬けにして持ち帰るだけ。 もうすぐだ。もうすぐ終わる。もう夜明けだ。 「 : : : アレ ? 」 近くにいた兵の一人が、モルト達とは逆の、東側を見やりつっそんな声を上げた。 「何か、変 : : : というか : : : 何だ : : : アレ ? 」 アセトもまた彼の視線に倣う。別におかしなものは何もない あかっき 暁の空、そして明るくなってきたことで、どこまでも続くなだらかな荒野と見張り台が 見えるだけ : それなのに、何故か、違和感がある。 びみよう もど ど久々に戻った自宅で、家具がなくなっていたり、位置が微妙にずらされていたりした時 のような、そんな : : : 些細な、しかし決定的な違和感である。 の えが 都南北の見晴らし台の上に、街のマークが描かれた旗が靡いているが : : : それだろうか。 みよう 雄 英 いや、この妙な違和感はそんな些細なものではないはすだ。 その正体が何であるのか判る前に、妙な音が聞こえてきて、アセトは街へと向き直る。 しようろう かね 鐘だ。リキュールの教会、その鐘楼の鐘がけたたましく鳴っていた。 0 なら わ こうや
172 わこぜもど 彼女の気落ちした姿を見ていると何とも良い気分だったが、単にいつもの猫背に戻った あら だけかもしれない、と、しばらくしてから気が付いて、アセトはフンと鼻息を荒くした。 おろ こうりよ やと 「そこそこ使える女だ。だが、不気味で、愚かだ。住民の心は考慮するくせに、雇い主の 方を考慮せんとはな」 当初の予定と大きく違えたのは、軍としてのプライド以上に、ロンシュータンへの嫌が らせが強かった。心を読むかのようにして思っていることを言い当て、それで得意になっ て主人より立ち位置を上に置きたがる : : : その性櫪が気にくわない。 おんびん へんこう 主導権はこちらにある。それを教育するためにあえて穏便であった計画を変更し、住民 ちょうはっ かくご ぎせい を挑発しながら捜索するよう変更したのであって、多少の犠牲は覚悟の上だった。 あの女を調子に乗せておく方がアセトの精神はすり減ったことだろう。 アセトは良い気分のまま、今一度山積みの書類に目を向けた。 : にしても犠牲が多すぎるがな : 多大な犠牲を払いつつも、三名が包囲を抜いた。街の東西南北に建つ見張り台に配置し
リキュールだリ」 の英雄都市。わかるか ? これが、俺達だ。これが : モルトの大音声に押しのけられるように、風が吹き、街を覆っていた粉塵が飛ばされて いく。そうして見えてきた敵の増援部隊に、アセトはまたも度肝を抜かれた。 あっ 現れたのは、強大な康圧感を放ちて歩む : ・ : ・群れを成した全裸の男達。 「こ、これが、リキュール : アセトは、わけのわからない圧迫感に、震えた。 鐘か、鳴っていた。 ひびわた 解放作戦最終段階開始を報せる音が、街中に響き渡っている。 マイホーム けねん 「作戦における懸念は一つだけだった。かって僕の父が念願の我が家を建てた時、その夢 さぎし じようじゅ こわ : いや、神速の石積み師ャナギタデとそ の成就をたった一夜で打ち壊した、かの詐欺師 : の弟子達を如何にして街の外に送り出すか。 : : : 見張り台には下水が通っているからそこ てきじん までは行ける。、、こが、 オそこから如何にして敵陣の東側に抜けるか、これが勝負だった . おど ・ : で、わた : というわけですね。わかります。 「だから、あの踊り子隊が必要だった : かね か ふる どぎもめ フリチン
さが むぼう ヤマ姿で夜の街へ捜しに出たりする程には無謀ではないだろう。 心配するとすれば、次に顔を合わせた時の我が身である。 じゅうたん モルトは絨毯の上に毛布を敷き、革コートを脱いで寝そべってみる。そこそこ良い絨毯 ごこち ろうか なので、寝心地は悪くない。あの階段前の廊下に比べれば天国である。 こうたい 「なあモルト : : こうしよう。交替で寝起きして、見張りをしよう」 かみん 「まあ男二人で抱き合って寝るのも嫌だしな。先に寝ろよ、俺は仮眠取り過ぎでまだ眠く ないんだ。 : クラツツのお盆は本当よく眠れるぜ」 さび イカししな。私はまだ叩かれたことがないんだ。 : それが、少し寂しいよ」 そりや顔が良く、セクハラもしないサシャを殴る理由はないだろう。 それを口にすると、そうじゃない、と彼は首を振る。 ーも い」 「馴染みの相手にしかあの盆は飛んでこない。セクハラされかけても避けるだけ。 カ しようこ から叩くのは心を許している証拠だ。本気で叩ける相手というのはそういうものだろう」 市たが 都互いの全てを理解しているから、ちょっとやそっとじや関係が崩れる心配がない・ えんりよ 英から、遠慮なく叩ける。サシャはそう言いたいらしい。 そういうもんか ? モルトは言いつつ街の住民達を思う。 言われてみればマプダチだからこそグレーンもまたピンガに遠慮なく「ぶつ殺す」と声 だ ぼん