それでも、モルトを捕まえる腕の力は少しも弱まらなかった。 : こんな : : こんな俺にさあ : : : 」 : バカだよ。何で、そこまですんだよ : 「みんな : ・ だれ モルトはリツツを振り払えず、誰かへと頭を下げるように項垂れ、地面に手を突いた。 ボタボタと地面に黒点が打たれ始めていた。 きれい 雨が降ってきているのか。さっきまであんなにも綺麗な星空だったのに。 ゆが モルトは歪む視界で地面を見つめながら、そんなことを思った。 LO まどわく くろかみ あまいろ 風が団長室に吹き込み、モルトの黒髪とライの亜麻色の髪をらす。窓枠に立て掛けた きら 二本の長柄刀が日差しに煌めいていた。 なっ 「 : : : あれから七年か。何もかもが懐かしいな、モルト ライは長柄刀を遠い目で見やりながら、そんなことをしみじみと口にした。 そしてモルトもまた、七年ぶりに触れたナイフを握りつつ、噛み締めるようにロにする。 「ああ : : : リツツの泣き声に飛び起きた住民達に変質者扱いされてボコボコにされたあげ あらなわしば く荒縄で縛り上げられて街中引きずり回されたのも、今ではいい思い出だよ : : : 」 うなだ
サシャのその声と共に、彼の肩に頼っていたモルトは地面を転がった。 ばっとうきら 世界が回り出していた。そんな視界の中でサシャの抜刀。煌めきを放っ刀身が空気を斬 り、オッサンと少女の間を駆け抜ける。、 みねう さらに、棍棒が斬り飛ばされると共に、二人に目にも留まらぬ峰打ちを一撃ずつ。 かんたん 二人がモルトに続いて地面を転がり、野次馬から感嘆の声が漏れる。 サシャはゆっくりと納刀し、モラセスとクアトロをそれぞれ見やった。 たお 「双方の気持ちは、この : : : あ 1 、何だ、今そこで倒れている同業のモルトから承った。 うれ このサシャ、それはとても嬉しく思、つ。しかしながら 「ガチロリなんっすよね ! だからこのオジサンの好意は受け入れられないとリ」 きっすい こむすめ 「否 ! 生粋の男色家ゆえ、小娘など眼中にないというわけですな」 ひざ ど地面に膝と手を突きながら必死に叫ぶ二人に、サシャは言葉を続けられず、頭痛がする カ うつむ バように頭に手をやって俯いた。 市「 : : : とりあえず話を聞いて欲しい・ : 。私は : : : 一応、その、アレだ、女性が好きだ えがお 英モラセスが目を見開き言葉を失う横で、クアトロが弾けるような笑顔でガッツポーズ。 「し、しかし、ガチロリでもない 今度一言葉を失ったのはクアトロである。そして二人はこの世の終わりを見たかのように、 たよ うけたまわ
274 いしづ 夕日の光の中、空中で長柄刀を振りかぶると共に、ライは長柄刀の石突きへ握り位置を 変え、片手で、全身を伸ばしての最長間合いでの斬撃を放つ。 さすがのそれにはシュウズウジオも歯を喰い縛り、自ら地面を転がるようにして何とか かわそうとする。 しょ・つげきえぐ 長柄刀の切っ先がシュウズウジオの体に、入る。そして抜け、地面をその衝撃で抉った。 弾け飛ぶ石畳の破片と土、そして大量の貴金属や硬貨。だが : : : 血も、シュウズウジオ の悲鳴もない かわされた。上着の一部を斬り裂いただけだ。 きわ 「今のは際どかった " " 剣風だけで服を裂くとはリ」 地面を転がりながら、その勢いを殺さず活かして再び立ち上がったシュウズウジオが走 り出す。しかし、ライは空中からの一撃、しかも握り位置を長柄刀の重心からかけ離れた ところにしたことで、すぐに体勢を立て直せず、追い掛けられない。 あきら せっとう オ啼められない。ライの一撃で一部の窃盗品 逃げられる。モルトのそれは確信だ。ごが、 = ロ は辺りに飛び散ったが、 リツツの紙袋はまだシュウズウジオの脇に挟まっているのだ。 何か、何かないのか。誰か、誰かいないのか。彼を今、捕まえられる : : : そんな : きより モルトは歯を喰い縛りながら、後ろ走りで距離を取るシュウズウジオを見る。 彼の背後には : : : 地平にもう少しで触れそうなタ日。 つか
202 それが誰のものであるのか : : : モルト達が察するより先に、ロゼが跳んだ。 いやーーぶっ飛ばされたのだ。 きよかん じようだん 石鎧で巨漢と化したロゼが冗談のように空中を舞い、見晴らし台の上を転がり、その縁 から落ちかかる。 「こんなにいい場じゃないか。ライ、何が無茶だというんだ ? 」 やみよ 闇夜からぬらりと姿を現したのは、鋼鉄製の長柄刀を片手に提げる一人の男だった。 ライとモルトが声を重ね合わせると共に、ロゼが、跳ぶ。今度は自分の意思で地面を蹴 きようれつこぶし りつけ、プレンデッドに迫った。巨体が繰り出す強烈な拳。その重量から考えるだけでも 凄まじいものがある : : : その、はずだった。 プレンデッドは長柄刀を両手に持っと、その長い柄でロゼの一撃を受ける。硬質な石が 金属を叩き付ける凄まじい音がするも : : : プレンデッドは、受け止めた。 みぞ 二メートルほど地面に溝ができたが、それでも、彼と長柄刀は完全に石鎧の攻撃を受け 止めたのだ。 しゅんかん その瞬間、ロゼはもちろんアカさえも、装甲越しであるというのに目を見開いたのがモ ルトにははっきりとわかった。 「「ーーープレンデッド へり
かくにん のを確認すると、俯きながら三つ編みの先を指先で弄った。 「オリービーさん : : : やつばり、あたし : : : まだ子供みたいだよー 「そんなことないわよ。仕方ないの、リキュールの人なら誰だって : : : あら、リツツちゃ ん、ポシェットの蓋、開いてるわー ・ : おかしいな、お店でちゃんと閉めたはずなんだけど : : : ん ? 「あ、本当だ。 リツツはポシェットの金具を両手で留めようと指を這わすのだが、その瞬間、何かがお かしいことに気が付いて固まった。 みわた 。リツツの目は無意識に辺りの地面を見渡すのだが 何かがおかしい。今、明らかに : さが : 石畳の上には何も落ちていない。そもそも自分は何を捜しているのか : リツツちゃん、紙袋は : 「あれ : それだ。オリービーの声にようやく合点が行き、リツツは慌てて今一度地面を見るが落 なぜ ちてはいない。 ない、なくなった。何故 ? さっきまでしつかりと : かばん 「あ、オリービーさんの鞄も、金具が外れて : 「え ? あら、本当 : : : 」 さきほど オリービーは蓋を閉めようとするのだが : : : 先程のリツツ同様に指を這わせたところで 固まる。そして二人の女性は互いの顔を見やる。 ふた たが
けしている感覚しかモルトにはなく : : : 少し、テンションが上がった。 「ん・・ : : 、つぶう。ま、こんなところカ : こいつ、男のくせに唇まで女みたいだな : 少し本気になっちまったぜー 、いに妙なクやっちまった感はあるものの、終わった今になっても体としては女として いるよ、つな感じしかなかった。 : アルコ 1 ルの力なのか。 モルトが抱き締めていた腕の力を抜くと、サシャはそのまま地面に倒れてしまう。 こうめぐ モルトが唇を手の甲で拭っていると 、ハアハアという吐息が聞こえてくる。出所はクア おもも あら トロとモラセスである。二人は地面に膝を突いたまま、何故か興奮した面持ちで息を荒ら こうご げ、サシャとモルトを交互に見やっていた。 しん 「 : : : な、何なんすか、こ、この胸の高鳴りは : : : 体の芯にきゅんきゅん来て、手足が震 あこが えてくる感動は憧れの人の唇が目の前で奪われたというのに : : : 何なんっすか」 それがし 「わからぬっ " 】 今まで数十年という月日を生きてきた某でさえも未経験だ : : : こんな興 奮は : こ、これは、まさか : ・ : ・「寝取られ属性』という : : : 禁断のアレなのか」 はめつ 「そ、そんなのがあるんっすかということは、あたしも : : : そんな身の破滅しかなさ そうな趣味が : 「恐らく、違いない ! そもそもサシャ殿という、言うなれば互いのそれまでの性癖から といき なぜ たが せいへき ふる
ぼうずあたまひげづら 言葉遣いは女のそれにも似ているが、発するのは坊主頭に髭面、さらに身長は二メート くま ルを超える熊のようなガタイのいい大男の声だった。そんな男の全体重が乗った跳び蹴り なので、筋肉質ながら細いモルトはゴミ屑のようにぶっ飛び、訓練所の地面を転がった。 はだ 汗だくだったせいもあって肌中に砂が貼り付き、立ち上がったモルトはほほ魔獣か何か のような有様だ。訓練所にいた十数人の団員達から笑いが起こる。 一方のライは長柄刀を地面に置き、それと共に尻をも落として項垂れた。 その亜麻色の髪を大きな手の平で撫で始めたのは、一九〇センチほどの身長である細身 のぞ の男である。長い黒髪の間から彫りの深い顔を覗かせ、ライを見下ろした。 「 : : : しかしライ、お前のミスでもある。訓練だが、遊びじゃない。何故、気を遣う」 くしよう だって、とライは苦笑した。 かた ど細身の男は、ボソボソと小さくも硬い声で続ける。 おのれうで 「ライ、『驕っていいのは己の腕だけ』 : : : 自警団内でそう言われているが、これは相手 あなど 市を侮っていいというわけではない。 : わかるな、ライ ? 」 あらあら ちょうはっ プレンデッド ! と、熊男が長髪の男を荒々しく呼ぶ。 「ライちゃんは仲間を傷つけたくないからカを抜いた、それを、そう来るだろうとモルト か予想して利用した、そういうことでしようライちゃんは悪くないじゃない ! 」 おご うなだ なぜ まじゅ・つ
196 あしもと 刺さっていたナイフを地面に捨て、背中から噴き出た血を足下に垂らすシロだ。 「一人残らずだと : : : ありえん、ありえるものか ! グリコウ国は : : : ふざけるなリ」 「戦時中だったとはいえ : : : すまないと思っている。だが : ぜっきよう ふざけるなリ 今一度の絶叫と共にシロは腰に下げていたホルダーからナイフを抜く。 あっとうてき 右手で逆手に握ると、体ごと突っ込んで来た。リー チの長さでいえば長柄刀は圧倒的に有 利だ。しかしながら今モルトの首にはリツツの腕が巻き付いている上、あのナイフが相手。 リキュールの人間がどれほど誇りに田 5 っていようとも、長柄刀の刃ですらあのナイフは 切断するかもしれない。そうでなくても木製柄を狙われれば確実に斬り飛ばされるだろう。 めぐ 一瞬。しかし、その間に多くの可能性がモルトの頭を駆け巡り、一番生き残れる可能性 が高いと判断した行動を取らせる。ーー長柄刀を、投げつけたのだ。 ちが シロが飛来した得物を弾く、その一瞬のにモルトは彼とすれ違い、地面に落ちていた ざんげき 己のナイフを拾い上げた。そしてそのまま動きを止めることなく、振り向きざまに斬撃を ひび かんだか 放つ。甲高い音が響く。モルト同様、振り向くと同時にシロが放ってきた一撃と刃がぶつ たが かり合ったのだ。互いに一撃は弾き飛ばされ合ったが、体は残っている。シロはふらつい モルトの足は地を離れもしなかった。この三年、リキュールでライと共に長柄刀を 振り続け、そしてカルジャガの豆料理をたらふく喰わされたことで身についた筋肉から成 はじ
136 それから幾ばくもなく、花屋店内にて店主である老婆の死体を自警団員が発見。その傷 ロと特殊なナイフの形状が一致したがために、花屋店主殺害の容疑者としてモルトは強制 連行されることとなったのだった。 この二人ならば、屋外ならば、に対抗できる。そう判断したのだ。 コーンがモルトを乱暴に突き飛ばしてい蹲引せると、その背に太い足を乗せて完全に その動きを封じる。重量に息苦しさを覚えるものの、しかし、当面の危機は脱したのだと 察し、モルトは深く息を吐いた。 「 : : : あの、雨の夜にいたのか、お前もまた : : : 」 こた モルトは地面に頬を付けながら呟くが、それに応えは返ってこない。 彼の視線も、今はも、つ、ない。 きひ がくぜん 周りの忌避感を抱く人々の視線と咢然とするオリービー、そして泣き出しそうな顔のま ま、心配げに見つめているリツツの視線だけを、モルトは感じていた。 とくしゅ ふう ほお いっち だっ
「君らはね、戦闘に特化し過ぎだ ! 逃げるのも追い掛けるのもウェイトがあり過ぎるん だよ ! それではダメさ ! っ シュウズウジオの言葉に、ライは舌打ちをし、そしてモルトは地面に手を突きながら ・ : 笑みを作った。 : いいんだよ、それで。逃げもしなけりや、追い掛けもしねえさ。俺は、もう " この夕日の位置からするに、今はあの時間帯。 運が良ければ、使えるはずだ。 届けよ、いける。 使えるはすだ。届くはずだ。そして、応えるはずだ。 3 「さらば、デカ物を握りし少年と青年よ ! 普段味わえぬスリルだった ! 」 : これからだリ」 ど「いいや違うぞ、シュウズウジオ。本当のスリかはまだ : モルトは信じた。日々、何でも屋として働き、歩き回って知り尽くした街と人。 の こた 都だからこそ、使える、と。だから届く、と。だから : : : 応えてくれる、と。 くわ かんだか 英モルトはロに指を咥え、甲高い音を鳴らす。肺の中の空気全てを使っての、指笛。 ッ こんわく 逃げ行くシュウズウジオ、そしてライもまた困惑する目で、モルトを見る。 せんとう