ふうふひとりむすめ 三人で手を繋いで夜道を行く。まるで若い夫婦と一人娘のようだ。 ひるね 昼寝もして元気いつばいのリツツをオリービーと共に持ち上げたりしていると、本当に そんな未来が来るような気がしてくる。 すごうれ 「モルトさん、どうかしました ? 何だか凄く嬉しそう」 しえね、実はライからさっ : えーっとあー、いや、その : : : あっ ! 「え ? ああいえ : ・ さと住民登録しろよって言われてるんです」 ごまか 恥ずかしい想像をしていたことをてて誤魔化したところ、オリービーは「まあ、と何 ら疑、つことなく乗ってくれた。 もら 「住民登録なしの非正規の団員見習いではお給料、貰えないんですよね。どうしてなさら 3 ないんです ? モルトさんなら特に問題はないじゃないですか」 しようぶん ど「根無し草の性分なもので。登録して居着くことが怖いというか、変に身を重くするのに 気が引けるというか。何より団員寮じや衣食住に困りませんし、別にいいかなって」 あら 都フンフンとリツツが鼻息を芒儿らげ、モルトを見上げた。何か言いたいことがあるよ、つだ。 かせ 英「あのね、モルト、お金稼いだら、リツツの家に来て ! お部屋空いてるよ ! 三階の一 番いいとこ、この間ね、空いたばかりー 「まあいい考え。そうしたらリツツちゃん、毎日モルトさんに会えるね
さ・んげ・き ちなみに、その時のライは、おぞましいものを見るような目で惨劇を前に固まり、あれ 2 ほど力強くモルトを抱き締めていたリツツはいつの間にかモルトから離れ、ライの手を固 ふる く握り締めて震えていたのだった。 この街はどうかしている。あの夜ほどそれを強く感じたことはなかった。 「この折れた長柄刀の木製の柄 : : : モルト覚えているか ? オレ達が退院した直後にさ」 なぜ 「ああ、団員の誰かが持って来たのに、何故か俺達がクなんでこっちを持って来た刄 おこ の方持ってこいよ、バカなのか クと総務部に全力で怒られたつけな : ・ 長柄刀の練習用木製柄だが、かなり質の高いものを使っている。とはいえ、折れた木材 を直す技術はないのでゴミ同然のものだったし、当然のように刃の方が貴重で高価だった。 「 : : : なあ、ライよ。何故だろうな。いい思い出だと思っていたが : : : 改めて思い出して つら みると割と辛い記憶しか残ってないぞー 「そうか ? オレはいい思い出ばかりだぞ こいつは気楽でいい そんなことを思いつつ、モルトはナイフをライに投げ返した。 ・いいの、カ ? ・ 「同じようにしまっといてくれ。それで、 しいもう自分のだっていう気がしない。 ロのように、墓場にまで持って行く気はないさ」
めいそう 言葉に迷っている。今朝方から座禅を組み、瞑想の中で言葉を探していたのだが : 「秘密は守る。そこは信じてくれていい。そしてこの店の人間、クラツッとグレーンの二 つむ 人は聞こえてしまったとしても信用できる相手だ。 ・ : 安心して言葉を紡いでくれ」 かくご うなず モラセスは視線を下げ、覚語を決めるかのように浅く何度も頷いた。 「 : : : 正直に言おう。貴殿を見た時に失望もした。だが、貴殿で良かったのだろう」 みけんしわ 残り半分のサンドイッチにかぶりつきながら、モルトは少々眉間に皺を寄せた。 だま 彼が何を言っているかわからなかったが、いちいち質問するより黙っていた方が話が早 いだろうと、ロを言葉ではなくパンで埋めて腹に落とし、水をみ それがしこい 「某、恋しちゃってるのだ」 しんけん みずびた 噴いた。モラセスの真剣な顔が水浸しになるも、彼は何も無かったかのように真っ ど直ぐにモルトを見つめている。 「エッホオッホ : : : あ、ああ、すまん。およそ予想していない言葉が来たもんで、つい驚 : クラツツ ? 市いちまった。 : おーいクラツツ、何か拭くものを持って来てくれ ! 英さっきまでカウンターの中にいたはずだが、今はその姿がない。しばらく待ってみると、 むなもとしめ プラウスの胸元を湿らせた彼女が厨房の方からタオルを持って現れた。 めす 「 : : : お前、盗み聞きしてただろ」 おどろ
しめけ モルトは背に、湿り気を感じる。涙だ。喚きながらリツツが泣いていた。 ・ : 、っちなら・ : : ・、っちのアパート、 部屋空いてるから ! それで、そこで、住めば しいじゃ・ ・ : : 、つつう、つう ! アルコ・ホールだし、自警団じゃないし ! だ、だから : うあああ せつかいや バカなことを言っている。早く引き離さなければ泣き声を聞きつけたお節介焼きの住民 達が大挙して押し寄せてくるかもしれない。 モルトは体を捩るようにしてリツツを見る。その際、視界の端で嫌なものが目に映った。 のぞ あの、木箱である。そこからあからさまにプレンデッドの長柄刀が顔を覗かせているのだ。 まちが なっとく 間違いなく、ライだ。それで納得した。リツツがここへ来たのはライが道を選んだのだ。 たやす 共に三年を過ごした。モルトがどの道を選ぶかぐらい当てるのは容易いだろう。 ライ どそして、リツツに先導させつつ、自分は長柄刀を持って追い掛けてきたのだ。 ちからず もし、リツツの制止を振り切れば : : : 今度はカ尽くで止める気なのだと知れた。 の ごういん 都ライほどリキュールの人間らしい奴はいない。最後はカで強引にどうにかしようとする。 ぐちよく 雄 英愚直で、わがままで、そして : : : 気恥ずかしくなるぐらいに、純真で。 「ど、つかしてる : ・・ : 本当に : リツツが何かを言っている。けれど、すでに言葉は涙で濁り、喚き声にしか聞こえない。 あ : ねじ やっ ながえとう
198 飛びかかって来た。モルトは後方に下がりつつ、シロの攻撃を刃先で捌いていく。 わざ 細かなナイフ技でシロは必死に距離を詰めようとしたが、モルトは詰められただけ下が おおぶ りに下がる。そして、シロの動きが緩んだ一瞬の隙を突いて、モルトは力を込めた大振り な一撃を放つ。それは受けられこそするものの、シロの体を易々と吹き飛ばした。 なぜ 「クソッ ! おのれ、何故だ、何故 : : : 我が技が、何故通じんあの夜はまだ : シロはこの開けた場でありながらナイフの勝負として挑んできている。しかしモルトは けん づか それをいなして剣での勝負にしていた。それがこの差だった。ナイフ遣いの技は多くの場 きよくたん きしゅ - っ せんとう 合極端に間合いが狭く、奇襲または狭い室内や森の中での戦闘を想定したものだ。開けた 場では他に分があるのは当然である。 おのなた ちゅうよう そして得物が同じものではあっても剣とナイフ、斧と鉈 : : : それらの中庸を見事にいっ つか しだい かよう じゅうなん たこのグリコウ国のナイフは、遣い手の技次第で如何様にも姿を変えられる柔軟さがあっ た。昔ならともかく、今のモルトの体驅ならば剣のように使った方がーーー強い。 ほうろ - っ きた 「国を失ってからの三年 : : : 放浪しながらも鍛えれば己の得物と技の長所も短所もわかっ やとう ただろうさ。弱い者を襲うだけの夜盗では、無理だったな」 うな みす 膝を突いていたシロは白濁した両目でモルトを唸りながら見据えていたが、不意にその 口元に笑みが湧く。モルトは嫌な予感がしたものの : : : その正体が何であるか察するより せま おそ きより ゆる やすやすふ
そういえば、とサシャは透明な液体を両手で包みながら、ふと思い出す。 かん いい焼酎は、つまく燗を付けると本来の深い味わいが表に出ると聞いたことがある。燗を 付けるだけならやってもらえるかもしれない。これを飲み干してもまだいけそうなら、頼 んでみても、 しいたろ、つ。 ゅ おど 透明なグラスの中で、透明な液体が揺れ、透明な丸い氷が踊る。 りようひじ サシャはカウンターに両肘をつき、グラスを両手の指先で支えて、しばらくその美しい 光景を見つめていた。 雨の音は聞こえない。聞こえるのは、老人とモルトのイビキだけ。 安美亭に来て良かった、とそう思う。 雨の夜に一人はいささか重い。強い酒と安心できる人間の気配が、ありがたかった。 っ 0 ど幾度目かの焼酎とチェイサーの往復を経て、酒の味がやんわりと変わって飲みやすくな カ ってきた頃 : : : 安美亭の扉が乱暴に開かれた。 の 市「やってるちょっと、かくまっ : ・・ : ああ、もう ! 」 かみしめ 英燃えるように赤く長い髪を湿らせた小柄な女が、店の外を一度見や 0 た後、懈てて中へ と入って来る。ガーナだった。人種がサシャ達と違うらしく 、パッと見はほば同じながら、 、はたち 二十歳そこそこの彼女でも子供のような身長しかない。だが、その体のラインは完全に成 ころ あ
うれ ふだん らゆっくりと、嬉しそうに笑みを作る。八の字だった眉も、最後は普段のそれになった。 その繊細な笑顔を見ているとおかしな気分になりそうなので、モルトは辺りを行き交う いくにん 人々へ視線を向ける。知り合いが幾人もおり、視線があった者達と「よう」「おう」と軽 く手を上げて、すれ違い様に挨拶をした。 「まあ、そうでなくても、ここはロテ国・オードビー国の首都間を繋ぐ最短ルートだ。大 勢の人がこの街へ来て、そして去って、またやって来る。ちょっとれるだけなのに、い ちいち別れを借しんでいたらキリかないさ サシャは小さく笑って、雲一つない青い空を遠い目で見上げた。 「そういえば私もク人探しならあの街がいいク・ ・ : そんな風に聞いて、この街へ来たんだ った。三年もいたせいか、いつの間にかす 0 かり忘れ、むしなく日々を過ごしていたな」 たず まぶた 女か ? とモルトが尋ねるも、サシャは瞼を閉じて首を振る。 するどやさ 「男さ。少年だった。今はもう青年だろう。利発そうな、鋭くも優しい目をした人だった。 うら 恨みと感謝と、そして : : : 尋ねたいことがあってね。長い人生において、そんな相手が一 人ぐらいいるものだろ ? モルトにだって」 やっ 「俺は : : : どうだろ。会いたくない奴らならいくらでもいるんだがな : 金借りたまま おご とか、今度奢るって言って会ってない奴とか・ : : ・昔の仲間とか、俺を兄って呼ぶストーカ せんさい
110 る種の確信としてモルトの胸にいつもあった。 「なあおい」 たた ドンツと、ライがモルトの胸を強く叩く。まるでそこにある何かを打ち砕くかのように。 也こよ渡さない 「逃がさないぜ、モルト。お前はオレと一緒に自警団に入るんだ。イ。 ( 、 かた せ かっ 咳き込むモルトを置いてライが先へ行く。肩に長柄刀を担いだ少年は振り向きざまにニ ャリと笑って見せる。ガキのくせに、とモルトは内心笑う。 うれ ・素直に、嬉しかった。 「モルトお 不意にかわいらしい声が聞こえ、ライもモルトも足を止める。寮のエントランスの方か ひび らトテテテテと軽やかで、小刻みな足音を響かせて来たのは : : : 小さな小さな女の子。 かみ フリル付きの白いワンピースにサンダルを履き、背の中ほどまである髪をそよがせなが ら、その子はモルトへと飛びついた。 「、つぐっ・ 食後すぐにタックルして来るのは勘弁してくれ、リツツ : : : 」 モルトは腹に顔を埋めるリツツの頭を撫でる。指の間を髪の毛がするすると抜けていく 感覚が、心地良い ほほえ 見下ろせば、どこか得意げな顔をして微笑むリツッと目が合う。 かろ かんべん ほか ふ
老婦人はサシャを見ていた、いや、サシャの首元を見ていた。それでようやく気が付い ほど た。いつも巻いているマフラーが解け、首から下がるだけになっていたようだ。 サシャは、細い喉に指先を這わせる。そこにあるのは、大きな縦一本筋の傷である。 けん あた 「いえ、私が剣を持つより先に与えられたものです。 : : : 生きるために、ある人から , えが サシャは瞼を閉じ : : : そして、あの時をそこに描いた。 らいめい こわ もぐ ねむ 雷鳴が怖くて眠れず、父のべッドに潜り込んだ大雨の夜。 くらやみ ふくめん 人の話し声で目を覚ましてみれば、暗闇の中で父が覆面の少年と何か喋っていた。 まなこ 召使いか、軍の人か、それとも : : : そんなことを寝ばけ眼で思っていると、窓を突き破 、赤眼の少年が室内へと飛び込んできたのだ。 ひとふ 赤眼の彼は一振りで父の首を飛ばし、続けざまにサシャを : : : 当時は別の名をした少女 の首へ、短剣を向けた。幼いとはいえ、これで死ぬのだ、とわかった。 せま けれど、父と話していた少年が、迫り来ていた刃を弾き飛ばしてくれ、そして : : : 代わ りにと言うように、彼が持っていた肉厚な短剣が、自分の喉へと突き立てられたのだった。 体内に硬く冷たい異物が差し込まれる感触は、今も忘れられない。そしてそれが引き抜 あふ こぼ かれ、グラスからワインが溢れるように、血が零れ落ちていくあの感覚も、また。 全身の力が抜け、倒れる自分を少年は抱きかかえてくれた。 めしつか のど たお しゃべ
おお ようがんふ 溶岩が噴き出して山を覆ったかのようになっているプレート上の山盛りチリビーンズは、 ひきにく 挽肉と刻み玉ねぎ、それに刻みトマトこそ入っているものの : : : ほば、豆である。大豆、 ひょこ豆、エンドウ豆といった数々の豆がごった煮となって山を作っていた。 モルトは腹に気合いを入れて、それにスプーンを突き刺す。 汁気は少なめで、ややねっとりとしているそれは、何気に味は悪くない。むしろ、うま いのだ。料理屋で出るタイプの料理というよりは、家庭的な味がするそれ。大量の豆のお かげで穀物特有の甘みが出て、少々野暮ったい味ではあるが、その分温かく、腹に溜まる。 味付けはさほど強くなく、辛みはほどほどで、後からじんわりと来る程度。どちらかと はいり・し小 えば甘みの方が強いぐらいだ。これは大量に食べられるように、という配慮だろう。 これもまたモルトとライは大量にロにみ、頬を膨らませる。それで咀嚼し、そして苦 のど どしいぐらいに一気に喉へと送る : : : その感覚が空腹の身には最高の快楽たり得た。しかも これだけしつかりとしたチリビーンズなので、一気に大量に喰らうと、はっきりとわかる の 都レベルで胃にずっしりと来る。それがまたいい。食事は場を楽しみ、味を楽しむものだが 雄 英 ・ : それだけじゃないのだ。腹を満たす満足感を楽しむものでもあり、このチリビーンズ はしつかりとそこに届く料理だった。 めぐ モルトとライはロ周りについた赤色を指で拭いつつ、次なる獲物へとスプーンを向けた。 しるけ から えもの