182 ができただのいろいろ言われているが、実際には神殿をここに造るために古代の人々が崖 けず を削り、地をならしたもの : : : ということが数年前だかに判明したばかりだった。 き その際に神殿の痕跡が見つかっており、多くは街の博物館に納められ、今では神殿の基 そ せたけ 礎部であった、人の背丈ほどもある正方形の巨大な石がいくつか転がっているだけである。 きゅうけい うでかくご 腕と覚悟のある者なら、その見晴らしの良さから休憩をするのに最適なスポットだった。 かなた みわた さすがに南方にある海までは見えないものの、はるか彼方まで見渡せる。そしてまた、 日中であればリキュールに出入りする馬車や徒歩の旅人達が見え、どれだけの人間がこの によじっ 街を通り抜けていくのかを如実に感じられるだろう。夜であれば、夜景だ。人々の営みが ふだん : とはいえ、普段ならば、、、こ。 明確に灯りとして示され、どこか感傷的にさせてくれる。 なが よゅう ひとみ 今のモルトにそこからの灯りを眺め、様々なことを感じる余裕はなかった。二つの瞳は とら 見晴らし台の上に立つ、黒ずくめの三人の男達と、一人の少女しか捉えていない。 まじゅう 「 : : : ふむ、指定通りに一人で来たか。血の臭いがしないところを見ると、魔獣を避けて きたようだな、さすがだ」 む とっしゆっ 見晴らし台はその上下を地層が剥き出しの崖に挟まれ、そこから突出したようになって いるため、上り下りするのはまず不可能だ 見晴らし台に行くためには山肌に沿うたった一本しかない道を通るしかない。それは人 あか やまはだ
「そうか、知っているか。ならばあの噂も事実なのだな。戦前にぶつかり、互いに大きな ひがい 被害を出して引き分けたことがある、と。貴様のナイフはその時、奪ったものか ? ・ : おい、よせ、やめろリ」 「俺のは知り合いからもらったんだよ。 シロはリツツの三つ編みを引っ張り、つま先立ちにさせると、見晴らし台の縁、ギリギ リに立たせる。 見晴らし台は崖から突出している関係で、ネズミ返しのようにその下は抉れており、も し落ちれば数十メートル下の森まで真っ逆さまである。 モルトは反射的に動きかけるも、シロとの間にロゼとアカが入り込んだ。 「本題だ、メチル大隊商組合第六隊商モルト。 : : : 貴様ら一団はあの雨の夜、城と城下町 ほのお きようじん 3 を炎に包み : : : そして、我らが君をもその凶刃にかけた : ふくしゅう ろうばおそ ど「復讐か、シロ。花屋の老婆を襲い いや、荷馬車を襲ったのもお前らだろう。さらに ゅうかい いまさらな 幼い子供を誘拐 : : : そんな夜盗に落ちぶれたお前達が、今更亡き国を語るのか」 すみ かわぶくろ 都彼らの背後、見晴らし台の隅には木箱や革袋がいくつかあり、食料や酒の他に、多くの のぞ 英金品が顔を覗かせていた。 しせいまぎ 「生きるためだ。他の連中ならともかく、このなりでは市井に紛れることはできん」 シロの様子や言葉は冷静だが、ロゼとアカは今にも飛びかかってきそうだった。その手 えぐ ほか へり
ロゼの拳がプレンデッドの頭上に迫ってもなお、彼は落ち着いた声でそんなことを言う。 きより もはや避けられる距離ではない。プレンデッドが、やられてしまう : こうかい モルトとライが動きを止めたのを後悔した時、それは飛来した。 ともな ふる ごうそく 自由落下をはるかに上回る豪速で、巨大な質量を伴い、そして震える程の強烈さを伴い ながら コーンが、飛び跳ねたロゼの頭上に現れた。 さ しっそう コーンの振りかぶった長柄刀が夜空を裂く。垂直に近い崖を疾走し、限界にまで速度を ごくぶと 高め、そこに二メートルを優に超す体格を加え、鍛え上げられた極太の腕から繰り出され おたけ けものじ わざ る技 : : : それらが一つとなった激烈な一撃が、獣染みた雄叫びと共にロゼの体を捉える。 ふんじん とどろ しよら′げ・き さくれつ 炸裂した。そう思う程の衝撃が辺りに轟き、そして見晴らし台全体が粉塵を巻き上げ、 こうちよく 3 揺れ動く。その衝撃と粉塵にモルトとライはリツツを庇いながら体を硬直させる。 ーも まぶた どそして、かろうじて瞼を開いた時、モルトは息を呑んだ。 クレーター 見晴らし台に穴ばこができていた。 の かた あしもと 都そして、そこに立って鼻息荒く長柄刀を構えるコーン。その足下には肩から先を失った 雄 英ロゼが倒れていた。 切断されていたのだ。あのナイフでさえ、ろくに傷も入れられなかった石鎧を 石鎧が、 -0 : コーンはぶった斬っていた。 ぎ あら の 0 とら
202 それが誰のものであるのか : : : モルト達が察するより先に、ロゼが跳んだ。 いやーーぶっ飛ばされたのだ。 きよかん じようだん 石鎧で巨漢と化したロゼが冗談のように空中を舞い、見晴らし台の上を転がり、その縁 から落ちかかる。 「こんなにいい場じゃないか。ライ、何が無茶だというんだ ? 」 やみよ 闇夜からぬらりと姿を現したのは、鋼鉄製の長柄刀を片手に提げる一人の男だった。 ライとモルトが声を重ね合わせると共に、ロゼが、跳ぶ。今度は自分の意思で地面を蹴 きようれつこぶし りつけ、プレンデッドに迫った。巨体が繰り出す強烈な拳。その重量から考えるだけでも 凄まじいものがある : : : その、はずだった。 プレンデッドは長柄刀を両手に持っと、その長い柄でロゼの一撃を受ける。硬質な石が 金属を叩き付ける凄まじい音がするも : : : プレンデッドは、受け止めた。 みぞ 二メートルほど地面に溝ができたが、それでも、彼と長柄刀は完全に石鎧の攻撃を受け 止めたのだ。 しゅんかん その瞬間、ロゼはもちろんアカさえも、装甲越しであるというのに目を見開いたのがモ ルトにははっきりとわかった。 「「ーーープレンデッド へり
モルトの後ろ腰に抱きついてきたリツツの腕に、カが込められた。 ひあせ モルトでさえ、見ているだけで冷や汗が出る。 よろい 失神しているであろうシロの全身をすつほりと石の鎧が分厚く覆っていくのだ。 めいしよう 正式名称なのかわからないものの『石鎧』と呼ばれていたそれは、足下にある岩や石、 きようい きわ こうしっそうこう 土で極めて硬質な装甲を作り上げる魔導球である。それだけでも脅威だったのだが・ : かて 「うおっこいつら、硬え卩」 ライの声。見やれば、アカとロゼも石鎧を纏い、ライの長柄刀の一撃をその体で弾き飛 ばしていた。 「ライ、そいつは斬れない ! 石鎧は刃物じや無理だ ! 」 「なにじゃ、どうするんだよ」 「変身されたらもう手はない、逃るんだよ " " 」 かっ モルトはリツツを担ぎ上げると、走った。見晴らし台から脱出する道は狭い一本の道し ・ : だが、当然それは敵も十分に理解している。 かない。そこを塞がれる前に : ロゼがとてつもない速度で、そして十数メートルもの高さに達するほどに跳び上がり ・ : 三人を追い越して、道を塞いだ。 うそ 「お、おい、嘘だろ、何だこいっ : はもの : こんな : だっしゆっ
っ 0 、も い」 カ ノ の 市 都 雄 とつじよ ぶたい 英指定された場所は崖の半ばに突如として飛び出ている舞台のような、『見晴らし台』と 呼ばれる水平な段差だった。 きよじんこしか 伝説では巨人が腰掛けるための椅子だの、古代兵器で崖の一部が破壊されてこんな段差 たぐい それにコーンは嫌な不安を覚えた。予感といった類のものではない。 - つわさとくしゅ もし、これから出会う連中がグリコウ国の近衛隊や尊の特殊工作中隊の人間であれば : 必ず持ち込んでいるものがあるはずだった。それがあればこそ、小国であるグリコウ こらき た しの 国は周辺四つの国から同時に攻撃を受けてなお、一年もの間、耐え凌いだのだ。 ブレン そんなもの我が長柄刀の前では、とコーンとて思わないでもない。だが、それは横に相 デッド 棒がいればこそだった。 「 : : : プレンデッド、死んじやダメよ」 : 悲劇のヒロインをやるには、おれ達はいささかゴッ過ぎる」 「お前もな、コーン。 あた プレンデッドがたまにロにするジョークはあまり笑えない。だが、安心を与えてくれる。 はしつ コーンはロの端を吊り上げ、不可解な道を選ぶライの追跡を再開した。 がけ す このえ はかい
りよりよく あた 「石鎧は硬質装甲で体を覆うだけでなく、凄まじい膂力をも与える ! だが、使用し続け こかっ るにはすげえ量の魔力を必要とするから、時間をおけば枯渇して効果が解けるはずだ ! かく 「隠れる物がろくにない上、落ちれば即死の場所で : : : モルト、お前無茶言うなよ ! 」 「だがいいところもある ! 全身を装甲で覆う関係で魔導球は使えなくなったはずだ ! 」 「だから、どうやって凌ぐのかって訊いてんだよ ! 」 ふいあふあん 「 : : : 逃がさん」 モルト達を口ゼとみ撃ちにするようにアカが立ったので、モルトはライと背を合わせ、 ながえとう 長柄刀を構えた。 きんちょう きようふ ライから緊張が、そして二人の男に挟まれて立っリツツからは恐怖が伝わってくる。 かば 今、同時に動かれるとまずい。 リツツを庇いながら攻撃を避け続けるのには無理があっ どた。受けるにしても、木製柄の長柄刀では限度がある。どうやったとて長くは持たない。 アカとロゼが身をかがめる。顔面すら装甲が覆っているため、何を考えているかまでは の ほど 都読めなかったが : : : しかし、仕掛けようとしているのは嫌という程にわかった。 かくご 雄 そんな、時だった。 英もう、覚屠を決めるしかなかった。 なや 「 : : : ど、つした、何を悩む ? ちんちゃく 声がした。見晴らし台の外から、冷静沈着な、そんな声が。 しの しか
「リツツリ」 なみだ リツツもまた、涙を散らしながら手を伸ばす。 はしと、ら 空中、伸ばされた二本の手。そこをアカが狙っているのをモルトは視界の端で捉えた。 こ - っき 彼が手にしているのは魔導球。先の赤い光は炎よりもはるかに高熱を有する光の攻撃。 一瞬であれば肉が焼けるだけで済むが、それ以上ならば骨ごと焼き切られるだろう。 だが、モルトはそちらへの意識などすぐに捨てた。 タイミング 島は鳴いたのだ。約束した通りの時刻に。 だからこそ、モルトはアカのことを無視した。視線も意識も、自分の持てる何もかもを リツツへ向ける。手を伸ばす。彼女もまた、手を伸ばす。 3 「モルトお ーも まど どモルトは体の関節が外れる程に、その手を伸ばし : : : そして、空中を彷徨う小さな小さ な幼い手を、カの限りにつかんだ。 ふいふえ 亠Ⅲふわはえ 「くたばれつ ! 死ねリ」 しようげきゅ 英アカの赤い光、延びる。だが、それと同時に見晴らし台全体が激しい衝撃に揺れた。 さえぎ とうたっ そして、赤い光はモルト達に到達する直前で、長柄刀の肉厚な刃で遮られる。 がけ 崖の上から飛び来たライ、その長柄刀だった。 いっしゅん さまよ
なっとく みればその通りだと、どこか納得しかけている自分がいるのに気が付く。 ・ : 彼らと長く時間を重ねた証拠であった。 リキュールに長くいた弊害である。 モルトは口元に笑みを作りつつ、今一度覇気を放つ。ライも呼応する。それでタイミン グを計り、今度もまた二人同時に左右の膝を打ちに行く。先程よりも、力を込めて。扱い 慣れぬ重量におっかなビックリではなく、当たり前の得物だとするかのように、堂々と。 やはり、弾かれる。わななく。しかし、わずかに装甲表面にヒビが走った。 いける。だが : : : まだ、足りない。 「どうする、ライ」 「もっとだリ」 「だよなリ」 むち らち ど巨人はこのままでは埒があかないと判断したのか、両腕を左右二本ずつの計四本の鞭へ がけ くる と変化させる。それが荒れ狂う。陸をのたうち回る魚のように、次々に地を、そして崖の の ふんじんま ~ 印いわはだたた 都岩肌を叩きに叩く。地を、岩を砕き、粉塵が舞い上がる。 雄 - もうもう 英濛々とした世界でなお、モルトは肌でライの気配を感じた。見晴らし台の上、どこで彼 1 が何をしているのか、それを察する。いや、察するまでもなく、わかっている。そして向 こうもまた、自分を同様に感じているはずだと、そう信じられた。 はだ しょ・つこ
「お前が死に次第、他の連中も地獄に送ってやる」 モルトが絶望に顔を染め、目を見開き、顔を上げる。 「他のみんなは関係ないだろ」 ごと モルトの叫びを踏み潰すが如く、巨人の足の裏が勢い良く彼の頭上へと叩きつけられた。 しょ・つげ・き 巨人の全体重を掛けたかのような、それ。強い衝撃が見晴らし台に響く。 あぜん オ、コーンは : ・ : ・唖然とした。 終わったーーそう思った。、、こか、 それは、彼を見上げるモルトもまた、同様だった。 「関係 : : : ねえだ ? 関係ねえわけ、ねえだろ : : : なあモルトリ」 コーンとモルトが見たのは、プレンデッドの長柄刀を掲げるライの姿。 3 その小さな体で、彼は巨人の一撃を支えたのだ。 ど いくら彼がリキュールの子であったとはいえ、あの団長の息子だとしても、その光景は カ たぐい 驚異を通り越し、もはや異常の類だった。 の じようきようこんわく 都巨人がこの状況に困惑しつつも、体重を掛ける。 あしもと 英ライの足下の地面にヒビが走った。だが、それでもなお、ライは支え続ける。 「お前の敵はオレの敵だ、そうだろ、モルトお前はオレの : : : ぐ ライの長柄刀を掲げていた両腕が震え始めている。さすがに無理があるのだ。 きようい しだい か じごく きよじん かか むすこ ひび