地球全土の人びとが、自分たちは現在に住んでいる、それそれの現とに続いた。参謀長、蔵相、国防相たちも、行動の必要を感じてい 在に住んでいると思いこんでいた。時間がとっぜん変ったことに気ることは明らかだった。ジョンと私は庭へ出た。しばらく行きっ戻 づいたものは一人もいなかったし、さっきの昼食の席で、ディックりつしたあと、散歩に出ることにした。 、、、、いだしたようなことを除けば、これからも気づくものはいそう 「その考えでいくと、全部がうまくまとまる。だけど、・ほく自身 もない」 は、なにか本能的に、感情的にそれが受けいれられないんだ」田舎 首相は渋面をつくり、大げさに両手をひろげた。「もうすこし明道を大股に歩きながら、私はいくらか力をこめていった。 「日常生活に慣れてしまって、変な、ばかげた錯覚にこだわってい 確な言葉で説明してほしいな。暦のずれには現実的な根拠があるの かね ? きみたちが幻覚におちいっていたのか、それともわれわれるからさー 「どういうことなんだ ? 」 が幻覚におちいっていたのか ? 」 「どちらでもありません。どちらも正しいのです。ここイギリス「時間を絶えまない流れとする考えかただ。因果関係を作りだす元 で、日付が九月十九日で、年代が一九六六年なのには、すこしもおと考えられているものさ。この問題で、一つだけはっきりしている かしな点はありませんよ。 ハワイの日付が八月なかばだったのに ことがある。時間が過去から未来へ着実に進むという考えかたは、 も、おかしな点はないんです。ただ、われわれが出会ったときに、 間違っているんだ。それは、主観的にはそんなふうに感じるさ。し ずれが出てきただけで」 かし、それはとりこみ詐欺にひっかかっているみたいなものだ。物 これがきっかけで、活な発言が出席者のあいだに起った。なか理学で今ぼくらが確信していることが一つあるとすれば、それは、 でも蔵相の声がひときわ高かった。「では、きみは、地球上に時間すべての時間が等しい現実性をもって存在しているということだ らせん の異なるいろいろな場所があるというのか ? 」 よ。太陽をめぐる地球の運動は、四次元的な時空では一本の螺線 「そうです。それしか考えられない。、 / ワイでは一九六六年の八月だ。その螺線の特定な一点を選びだして、それが地球の現在の位置 なかば、イギリスでは一九六六年九月一九日、アメリカ本土ではおだということはできない。物理学に関するかぎりはね」 そらく一七五〇年ごろでしよう、フランスでは一九一七年の九月末「だが現在は、現に存在しているじゃないか。過去、現在、未来の なのです」 概念がなければ、人生に何の意味もなくなってしまう。人生が一度 首相はもう充分だと考えたらしい。「きみの説がいくらかでも正にわかるなんて、ソナタの全部の音符を一度に鍵盤で叩くのと同じ ことだろう。ソナタの肝心な点は、音を順次に出すからで、それを しいのなら、われわれにはしなければならないことが、それも早急 にしなければならないことが、たくさんあるわけだ。四時間後にま一度にやったって意味はないんだぜ」 たここで会議を開きたいと思うが、それでいいかな ? 」一同はうな「現在の価値を認めないわけじゃないんだ。ただ、物理学的に見た ずいた。参謀長がすぐさま立ちあがり、出て行った。将校たちがあ場合には、妥当性は存在しないんだ」
しままで考 ているひまがなかったというのは、ある程度ほんとうだと思う。そその凍りついた人びとのことを思いだした。とたんに、、 えたどんなことよりも恐ろしい考えがぼくを襲った。ぼくは、はじ のときも、そのあとにつづいて起こった〈大凍結〉のときもだ これは〈大落下〉にすぐひきつづいてやってきた。暗黒星がぼくらめ窓ぎわで見たと思った顔のことを思いだしたのだ。それをほかの をすごい早さで太陽から引きはなしていたことと、例の綱引きと潮ものたちに隠しておこうとして、ぼくはすっかりそのことを忘れて 汐のせいで地球の自転速度が遅くなり、夜が長くなったのと、このいたのだった。 もしもーーー・ほくは自問自答したー・ーあの冷凍人間たちが生きかえ 両方が原因だ それでも、そのときあったことのいくぶんかは、これまでに見たろうとしているのだったら ? もしも永遠にかたく凍りついたはず 凍 0 た人びとの姿から察することができる。その何人かは、この建のその分子が、液体〈リウムのように新しい生命を得て、熱のある ほうへ向かってそろりそろりと動きはじめたのだとしたら ? でな 物のなかにもいる。ほかの部屋や、ぼくらが石炭を取りにいく地下 しつも休みなく動 ければ、それとおなじくらい冷たいはずなのに、、 室の炉のまわりに群がって、そのまま凍りついているのだ。 ある部屋には、片手と片足に副木をあて、こちこちにな 0 て椅子きまわ 0 ているあの電気のように ? もしもこのだんだん増してゆ く寒さ、絶対零度に向かって最後の数度かをじりじりと下降しつづ にかけているお爺さんがいる。べつの部屋には、山のようにふとん や毛布をかけたべ , ドの中で、抱きあ 0 て寝ている男の人と女の人ける温度が、なにか神秘的な方法で息を吹きかえし、凍 0 た人びと といっても、暖かい血の通った生命ではなく、 がいる。くつつきあった二人の頭が、ほんのわずかのぞいているだに生命を与えた としたら ? ・ けだ。またほかの部屋では、あり 0 たけの膝かけや肩かけを巻きつなにか氷のように冷たい、そ 0 とするようなものだ これは、なにかがあの暗黒星から降りてきて、・ほくらをつかまえ けたきれいな若い女の人が、だれかけっして帰ってこない人が暖か みや食べものを持ってきてくれるのを待つように、期待に満ちた眼ようとするというのよりも、もっと恐ろしい考えだった。 をドアに向けて坐っている。むろんこの人たちはみんな彫像のよう あるいはひょっとすると、どちらの考えも正しいのかもしれな に冷たく、身動きひとっしない。ただ実物そっくりというだけだ。 い。なにかがあの暗黒星から降りてきて、凍った人びとを目覚めさ いっかまだ電池の予備がたくさんあり、多少の光なら浪費してもせ、自分らの目的のために利用しているのだ。これはぼくの見た両 しい余裕があったころ 、。 ( パは懐中電燈をすばやく明減させて、こ方のものに符合する , ーーきれいな若い女の人と、動きまわる星に似 の人びとを見せてくれたことがある。それはひどくぼくを怯えさた光。 そのまたたかぬ眼の奥に暗黒星からやってきた頭脳を隠した冷凍 せ、心臓をどきどきさせた。とくにその若い女の人は。 人間が、〈巣〉の外を忍びあるき、うごめき、道を嗅ぎまわり、熱 7 , , カ一生けのあとをたどって〈巣〉をつきとめにくる。熱を求めてやってくる 3 いま、・ほくらの心をべつの恐布からそらすために、。、。、 : んめいいつもの話をくりかえすのを聞いているうちに、ぼくはふとのかもしれないが、それよりももっとありそうなのは、熱を憎ん
ても、それを意識するものはいないのだ。意識することのできるのな」 は、彼の説によれば、仕切りのなかにあるものだけで、いつ、どん「じゃ、選択はとんでもないめちゃくちやでもいいわけだな。若者 なふうにそれが調べられたかに関係ないのだから。だが一つ、私にのときと老人のときが入り乱れていて、すこしも気がっかない」 「それだけじゃない。若者のときを百万回も経験していながら、す は気になることがあった。 こしも気がっかないんだ。もし事務員が、その仕切りを使ったとき 「その事務員の選択の順序が、時の流れを示しているということは にメモを残しておいてくれれば、もちろん、前に同じ経験をしたこ ないのかい ? もしそうなら、この議論は意味がないことになる」 とがわかる。だがメモがなければ、まったくわからずじまいだ」 「そうでないことは確かだ。順序というのは、時間のまったくはい 「だろうね。さて、どういうとこまで話が来たんだって ? 」 りこむ余地のない論理的概念なんだから」 「ずいぶん来たぜ。一続きの仕切りがあることはわかった。それが 彼の話の漠然とした意味はわかった。だがまだ納得がい力なかっ た。「だが、一つの仕切りからつぎの仕切りへ、数字を一つずつ数物質界だ。ある一つの仕切りが、別の仕切りよりも重要だと考える ようなことはしなくなった。これは、前に・ほくがいったことと一致 えるみたいな法則で進むとしたら、時間のとぎれない流れと同じこ する。地球のある特定の状態が、地球の別の状態よりも重要だとは とじゃないか」 「法則がきみのい 0 たとおりなら、そうだ。だけど、つぎの番号が考えない。一定に流れる時間というインチキな考えを、完全に排除 してしまった。意識は、仕切りのうえを踊る光が、ある特定の一つ こうしたら 隣りの仕切りでない法則だって考えられる どうだ ? まず一番を選ぶ、つぎに百番を選ぶ、そして二番、九十にあた 0 たときに、それに対応するんだ。一つ一つ、とんでもない 九番とずうっといって、一から百まで全部終える。そうしたら百一順序で照しだしていく。 番から二百番までに、同じことをする。これは、違う法則だ。事さて、ここで困った問題が起る。その光とは何だ ? もう、会社 の事務員のことを話しているんじゃないんだぜ。人間のイメージに 実、法則は無限に作れるんだ、番号が無限ならな。どの法則をとっ ても、仕切りと選択のあいだに、われわれの言葉でいう対応関係がこだわると、先にすすめなくなってしまうからな。仕切りはまっ暗 成立する。もし、どの仕切りもただ一回だけ選ばれているなら、数ななかにあって、スポットライトがあたるところだけ明るくなる。 学者のいう一対一対応になる。もし仕切りが何回も選ばれているな光が何からできているか、それがどこから来るかは、まったくわか ら、一対多対応だ。どんな対応であろうと、きみの主観的経験は同らない。現在の物理学の外にある問題だ。 じだというのが、ぼくのいいたい点だよ。どんな順序で仕切りを選前に話しただろう。現在の物理法則を拒否しながら、それでもこ ぶにしても変りはない。その一部を百万回選んでも、全部を百万回の世界を評価する新しい知識を得ることはできるんだって。放射性 選んでも変りはない。たんなる連続的な順序とすこしも変るところ原子核を計数管で取り囲む話を覚えているかい ? ある時間のあい 8 に、原子核の一個が崩壊したかどうかを知りたいわけた。知る方 はないんだ。きみが知覚できるの社砌りのヰ身だけなんた珈ら
ー・ドーカスっていうんだと思うわ , した。そこで彼らは老人を生かしておくことにしたが、二度と彼を ししさデヴィッド : 、 力しった。「ただこれだけははっきりし一人で見張りに立たせなかった。 ておこう。共喰いの話は今後一切しないことだ。わかったな ? 」 とうとう食糧はすっかりなくなった。剣歯人はまだ谷にいる。籠 「まあ、腹ペコになるまで待ってみな」老人がいった。「そうすり城組は飢え切っていた。飢えを和げるために水を大量に飲んだが、 や話だけじゃおさまらなくなるから」 一同はどんどん衰弱していった。。 テヴィッドは最後が近いことを語 デヴィッドは洞穴に貯えてあっただけの食糧を分配したーーー大部った。 , 彼らは眠ってばかりいたが、その眠りも途切れがちだった。 分が木の実と根っこだった。こういったものはいたみにくいから 一度、オー・アアが見張りに立っていた時のこと、デヴィッドは だ。めいめい自分の分け前を取った。彼らは交代で見張りをして、 はっとして目を覚ました。そして老人が槍を手に彼女の背後に忍び その間に眠りたいものは眠った。他に何もすることがなかったの寄るのを見てそっとした。老人の意図はあまりにもはっきりしてい で、大部分を眠って過した。これがベルシダー人の習慣なのだ。 , 彼た : テヴィッドは警告の叫びを発して彼にとびついたーーー危いとこ らはこうしてエネルギーを貯えるらしい。そうすればあとになってろだった。 あまり眠る必要がないからだ。こうして長途の旅や困難な仕事に備 ホドンが目を覚ました。老人が洞穴の床に這いつくばっていて、 える。 オー・アアとデヴィッドがそれを見下している。 剣歯人のうち何人かは、、 しつも渓谷に残っていた。彼らは何度か「何ごとです ? 」ホドンが尋ねた。 洞穴に攻撃を企てたが、やすやすと追っ払われてからはそれも諦彼らが話すと、ホドンは老人に近づいていった。「こんどこそ殺 め、兵糧攻めにして獲物をおびき出すことにした。 してやる」 洞穴の食糧は急速に減少していった。ほどなくデヴィッドは、老「いやじゃ、いやじゃ ! 」怯え切った老人は金切り声をあげた。 人が見張りに立って他の者が眠っている間にいちばん早く減るのに 「一人占めする気はなかった。おまえさんらとわけるつもりだった 気づいた。そこで一度狸寝入りをして、その間に老人が他の者の分んじゃよ」 け前から少しずつ盗んで洞穴の奥の岩の裂け目に隠すところを押え 「このけだものめ ! 」ホドンは叫んで老人が落していた槍を拾い上 こ 0 げた。 デヴィッドが他の二人を起してこのことを話すと、オー・アア老人は悲鳴をあげてとびあがった。そして洞穴の入り口まで駆け は、すぐに老人を殺そうといった。「彼は殺されて当然だ」デヴィて行って、外へとび出した。 ッドはいった。「しかし、われわれが手を下すよりもっといい考え渓谷には百人の剣歯人がいた。老人はあらんかぎりの声で悲鳴を がある。剣歯人のところへ落としてやるんだ」 あげ、目を血走らせ、歯のない口をねじまけて、そっちに向かって 老人は泣き声をあげて許しを乞い、もう決してしないからと約東まっしぐらに駆けて行く。
ラゾス北部、オランダ南西部にまた ) の塹壕にいた人びとには、国の首相はぎり、主観的印象では二人はま 0 たく別の人間だということかい がる地域、第一次大戦中の激戦地 ロイド・ジョージだった。その世界は確かに存在したんだ。そこで ? 」 起ったことをわれわれは知っているんだから。あとは、この世界で「きみとぼくがまったく違うみたいにな」 私たちは黙りこくって帰途についた。二人とも、今の考えに、そ それが起るのを見るだけだよ」 してこれからまもなく起ろうとしている事態に圧倒されていたのだ 私はすこしのあいだ考え、ふいに大声をあげた。「おい、じゃ、 今あそこにいる人びとは、一九一七年に経験したことをこれから経と思う。 験するというのか ? 泥と砲火を ? 」 私たちは庭に帰りついた。そのとき、ふにおちない部分が頭にう 「もちろん。あまり見られた世界じゃないな」 かんだ。「あの地震の問題はどうなんだ ? 」 「しかし、それがどういうことかわかってるのかい ? ・ほくの叔父 「・ほくの考えだと、といっても空想にすぎないんだが、こういうこ は、あのフランドルの戦いで死んでるんた。・ 。ほくの知るかぎり、叔とだ。これは新しい状況なんだとさづきいったな。新調された仕切 父はいまあそこにいるんだぜ」 ぼくの見るところでは、この新しい仕切りは、ほとんどの点 いまある世界 「今度は死ぬとは限らないさ。会うことになるかもしれない。あれで、もう一つのシステムにある仕切りと変らない。 から五十年ばかりたっているから、おかしなケースはあま、りないとは、前の世界の断片をつなぎあわせて作ったみたいだ。ミックル・ 思うけどな。二回生きるというようなことは フェルの麓の荒れ野にいた日のことを覚えているかい ? あの夜、 私は彼の言葉の意味に気づいて愕然とした。あの塹壕戦で生き残トレイラーに帰ってきたのが、複製だったことに気がっかないか ? あざ った人びとのなかには、まだ生きているものもあるかもしれないの完全な複製じゃなかった。斑が欠けていた。 だ。そうすれば、二人に増えることになる。一九一七年の青年と、 要するに、この世界は、もう一つの、もっと正常な世界の断片を 一九六六年の老人とに。 よせ集めた複製なんだ。われわれが慣れていた規準からすれば、こ 「しかし、そんなばかな。自分が二人になれるわけはないじゃない の世界は変てこかもしれない。だが、断片自体の関係はそれぞれ正 か」 常なんだ」 「・ほくの話をちゃんと聞いていなかったらしいな。意識がいくつも「超自然的なことは何もないというだな ? 」 の状態に分れていること考えてみろ、意識の主観的な印象は、物質「そういう、 しいかたもできるだろう。そこで、問題はだ。地球、一 ) 界の仕切りとはわけが違うんだ。塹壕のなかの男の意識は、この国えるんだ。時代がたつにつれて、物事は変っていく。 一九六六年と にいる老人のものとは違う。仕切りが違うし、同時にスポットライ一八六六年の地形は、まったく同一なわけじゃない。だから、もし トがあたるんじゃない」 一九六六年のイギリスに相当する地球の一部を複製して、一九一七 「スポットライトは二人のあいだをとびまわるが、仕切りが違うか年のヨーロッパを、一七〇〇年か一八〇〇年のアメリカとつなぎあ 6
久しぶりにかなりのんびりした正月を過した。原稿に意義を積極的に認めないような人間は、過去の亡霊あっ生に平均八万五〇〇〇時間以上働いている勘定になる も見切りをつけて一切手を触れず、飲みすぎもせず、比かいにされかねない。い ゃなかには、遊ぶことこそ人間が、それを、半分の四万時間前後におさえる必要がある 較的よく眠り、昨年から積みあけておいた本の二、三冊本米のあり方であって、それゆえ人間はホモ・ルーデンわけだ。これは、一日六時間労働で週五日、一年の実働 も読み、昨年中のカナダ、アメリカ旅行の頃からの写真スと規定される、そうした自由な人間を認めないというを年四〇週、一生の労働期間を三十五年とみた場合、出 を整理し、スクラップをつくりーーー子供とも、少しは遊のは、古い意識、古い社会秩序、古いモラルに縛られててくる計算である。 んだ。 いるからにほかならないと、したり顔でいう連中までい これをみただけでは、現実とはほど遠いという印象は いなめないが、最近の各種の未来予測によれば、二〇年 そんなこんなで、数日をとりとめもなく過してしまつる始末だ。 だがぼくは、なにも、遊ふことを罪悪視し働くことをを出ずして日本がこの状況に達するだろうという点で たのだが、ふと気がつくとぼくは、このほんの僅かな は、おおむね意見が一致している。確かに、国民総生産 日向の溜り水みたいな休暇の時間を、すでに持てあ神聖視するような偏屈な考えを持っているのではない。 まして、結局はあまり効率の高いレジャーの使い方をし遊ぶことにより創造的なというより、より大きな満足をや個人所得の急テンポな向上などに現われるわが国の高 見出すことができるならば、もちろんばくは遊ぶことを度成長ぶりをみると、このような予測も、現実感をおび てはいなかったようである。 もちろん、もう少し計画的になれば、正月休み中、南選ぶにちがいない。要するに、社会参加をするにあたってくる。そのときは、当然、生活水準もたかまるし、住 宅、交通といった問題も、まず不快を感じない程度には 国の海を見たり雪山へ行ったり、いわゆる・ハカンス旅行て、どちらがより大きな満足をもたらしてくれるか 改善されているはずだ。 なども楽しめたかもしれないが、かりにそんなことをし レジャーが、ほんとうに問題になるのはこの頃のはず たところで、ふと襲ってくるレジャーの退屈を、有効に ーー 1 月 X 日 である。安定した生活、十分な余暇、困難な問題のすく 避けることはできそうもない。 要するに、遊び下手なの ない日常は、かえってその時代の人々を困惑させるだろ だろうか。 確かに、そのようである。たぶん気障なものいいに聞 つまり人々は、何か自ら創造的な仕事を求めないかぎ こえるだろうが、ぼくは働くことが好きである。そし り、目標をうしない、張りを失なって、毎日、退屈の魔 て、その逆に、遊ぶことは、嫌いではないにしても、ひ に襲われるようになりかねないのである。事実、多くの どく苦手だ。 周囲のみんなが、ごく当り前に楽しんでいる気晴しの 福島正実未来予測では、この時代に、ノイローゼや精神分裂症な どが激増し、大きな社会問題になるのではないか、とみ 類いーーマージャン、碁、将棋、ポーリングにゴルフ、 スキーにスケート、その他もろもろの娯楽やスポーツなそれが、ぼくの行動基準になっているにすぎない。つまている。 こうした落し穴から身を守る方法は、結局のところ、 ど、何ひとつやらないしできないし第一興味もない。そりは、気質の問題なのだ。 んなことをする余裕やスタミナがひねりだせれば、読ま その上、現在は、必ずしもレジャー時代ではない。山レジャーをいかに自分の人生にとって有意義な、充実し なければならないと思いながら積んでおいた本の一冊もや海に人が出、アミ = ーズメントに人が蝟集するからと た時間とするか、ということに帰するだろう。たとえ 消化したり、いつまでたっても整理のメドのつかないスし 、って、レジャー時代だとは限らない。勤労者のほとんば、いまからも推測されるものだけでいえば、各種のア クラップ類に、それでも少しでもアタックを試みたり、 どが、週四十五時間前後も働き、停年退職後もなお働かマチュア・スポーツ、音楽、芸術、日本的ないけ花、茶 この次か、あるいはいつの日かに書くだろう小説や、エなければならない現在の日本ーー輸送機関も住宅も、レ の湯の類いが、より一層重要な生活の部分を占めるよう ッセイや、コメントのための・ノートに手を入れてみたりベル以下の状態にある現在の日本には、ほんとうのレジになるだろう、ということだ。それらは、より一層大衆 するほうが、遙かに娯しいし : : : 第一、あの、ふと訪れャーなどない。あるのは、消費ムードに踊らされる擬似化することによって、今とはちがったものとなり、人類 るニヒルな「退屈」感から、退避していられるだけでもレジャーにすぎない。 文明のなかで新らしい意味をもちはじめるだろう。だ 儲けものだと思う。 ほんとうのレジャーは、やはり、労働の経済的な必要が、それだけで果して足りるかどうか : : : 何か、全く新 こうした性向は、たぶん、この世をあげてのレジャー度が、最低限いまの半分以下になったときでなければこらしいものが出てこないかぎり、レジャーは人を喰い荒 時代には、相応しからぬものであるのみか、遊ぶことのないだろう。少し具体的にいえば、いまの日本人は、一すおそれがあるのだ。 一三ロ 0 9
わせようとしても、びったりとは重ならないはずだ」 「勝手に弾いてすみません。誰もいなかったものですから」 私の頭のなかで考えがかたちをとりはじめた。「そんな複製をつ 「いやいや。こういうおそろしい状况にいてそんな音を聞くと、ほ くるには、たくさんの情報がいるわけだろう ? 」 っとするな」 家のなかにはいると、ジョンは足をとめた。「そのとおりさ、デ 「では、本当なんですか ? そのう、ヨーロッパのことは ? 」 ィッキー坊や。たくさんの情報がいる。赤外線ビームのことで前に 「どうやら聞違いないらしいよ。証拠があらゆる方面から舞いこん ・ほくがした話を覚えているだろう。とほうもない規模の通信が必要でいる。ラジオからも、入港する船からも。手のつけられないよう なんだ」 な混乱状態だ。船がはいってくると、どっち側も、乗 9 てるほうも 「複製に必要な通信か」 陸にいるほうも、気が狂ってるのは相手側だと思うんだからね」 ジョンはうなずくと、立ちぎきされるのをおそれるかのように、 「どうなさるつもりですか ? 囁き声でつけ加えた。「複製する必要があったんだ。どういうふう「それをこれから決めるんだよ。なんとかして結着をつけなければ いけない にやったかはわからない。だが少なくとも、なぜやったかはわかっ てきた。い くつもの違う世界を記憶して、それを寄せ集めて、奇妙「シンクレアは、この世界が現実だと考えています。フランスの兵 な新しい世界を作ったんだ。これから先、もっといろいろなことが士たちについては、確かですね。当時とすこしも違っているところ わかってくるぜ。これが終りじゃない 、カュ / し 「いちばん驚くべきことは、何かな ? 事実か、状況か、それとも 8 アレグロ・モルト・エ・コン・プリオ 私がおかれた立場か ? みんなすっかり変ってしまった , 「本当ですね。でも、いちばん気がかりなのは何ですか ? ー 家へ戻ったとたん、ジョンは将校の一人につかまえられた。前に 「そうだな、むかし聞いたことのある話に似ているね。ちょっと珍 ビアノを見つけていた私は、弾くチャンスがあるかもしれないと、 らしい、おもしろい話だよ。十九世紀にアメリカを横断した幌馬車 そこへ行ってみることにした。幸いビアノのある部屋には誰もい隊に起ったことだ。インディアンの攻撃があって、子供が二人だけ ず、私はドアをしめて、鍵盤を叩きはじめた。 ; 調子は最悪で、はじ助かった。両親も友だちも殺されてしまった。十二になる男の子と めの数分はひどいものだった。何を弾いたのか、はっきり覚えては三つの女の子だ。妹をキャリフォーニアに連れていく責任は、その インプロビゼ いない。断片をあっちこっちから持ってきては、たくさんの即興男の子だけにかかることになったが、どんなふうにしたのか、とに 演奏と混ぜあわせた。精神的にかなりまいっていた。私にとって、 かくやりとげたんだよ。依存的な生活から責任ある立場への百八十 これは緊張を解きほぐす最良の手段だった。 度の転回だ。この二十年間、われわれイギリス国民は、目的など何 誰かが部屋へはいってきたのに私は気づいた。首相だった。 もないみたいに動いてきた。世界状勢に影響を及にすようなこと
ろいろな人間が、ゾロゾロと立ちあがる。 に、凍てついた光があたりを照らしていた。 ぼくは、まわりを見まわした。とても広いところだ。ぼくは、透まるで、チンドン屋のコンクールみたいだった。ます、ぼくのと 明なプラスチックの箱のなかに寝ていた。縁起でもない。まるで棺なりにいた男は、色のついた羽毛の冠をかぶって、インディアンの 桶みたいなものに入れられている。ぼくのまわりには、同じような酋長みたいな格好をしていた。そのとなりの男は、中世の騎士みた いな格好をしている。そして、そのむこうの男は、頭にターンを プラスチックの棺桶がズラリとならんでいる。 まいて、槍をもっている。 「ここは、三〇二三年のテラボリス。ゾンダール星人迎撃のため、 ・ほくは、気がちがったんじゃないかと思った。気がちがえば、 cn 過去の人間を収容し、ただ今、蘇生中 , ーになったの ぼくの頭のなかで、へんな考えが浮かんできた。ゾンダール星マガジンの原稿を書かなくてすむ。もし、・ほくが。 ( ーにユなっ 人 ? マガジンに書くつもりのアイデアだろうか ? だが、そなら、女房は、マージャンどころじゃなくなる。毎日、 んなアイデアは考えても見なかった。ど、、 オししち、まだ一枚も原稿をた・ほくの相手をして、オママゴトをしなければならなくなる。 圭ロいてないのは、アイデアがまとまらないからだ。ところが、ゾン 「ハオ、オマエ、変ナ服キテル」 ダール星人に関して、・ほくは、いろいろなことを知っていた。 とっぜん、となりのインディアンが話しかけてきた。 ゾンダール星人というのは、銀河系の中心部にあたる核恒星系か「あんただって、変な格好してるさ , らやってきた地球外生命である。かれらの太陽が超新星となって爆。ほくは言いかえした。ぼくには、インディアン語は判らないし、 発してから、この珪素系節足動物は、第三渦状枝の局部恒星系に侵むこうには、日本語が判らないだろう。それでも、話しは、ちゃん 入し、定着すべき惑星を探しているのだった。そして、ゾンダールと通じた。 星人は、地球から八十四光年はなれた獅子座のアルフア・レグルー 「ワタシノ格好、変ナイ。アタリマエ、アル。ワタシ、アパッチノ ス系の惑星に基地をつくりあげたのである。 酋長ジェロニモアル ・ほくの頭のなかに、、 しろいろなデータが、スラスラと浮かんでき「えつ、ジェロニモだって ? ホントカイ、それは ? 「ア。ハッチ、嘘ッカナイ。白人、ミナ嘘ッキ。オマエ、白人チガ た。いったい、なぜ、・ほくが、こんなことを知っているのだろう。 本で読んだこともないし、誰かに教えられた覚えもない。まったくウ。ワレワレ友ダチ」 ジェロニモは、親愛の情をこめて、。ほくの肩をたたいた。ぼ 知らない間に、誰かが、そのゾンダール星人に関するデータを、ぼ くの頭のなかに、むりやり押しこんだみたいだった。 って、ダンプカーにぶつけられて、アパッチと友だちになるなん とっぜん、・ほくをとじこめていたプラスチックの蓋が、。 ( タンとて、思ってもみなかった 開いた。ぼくは、死人みたいに寝ているのに耐えきれなくなってい そのとき、ぼくたちの眼のまえに、二人の男が現われた。二人と たから、すぐ立ちあがった。・ほくのまわりの棺桶のなかからも、 も、肝心なところだけ、メタリックな布でおおっているだけの裸に
で、永遠にそれを冷やしてしまおう、ぼくらの火を鼻息で吹き消しければまた、烙の感独のように。それは他のすべてのものを価値あ てしまおうとしてやってくる、ということだ。 るものに変える。そしてそれは最初の人間にとってばかりでなく、 嘘じゃない、そう思うとぼくはそうっとして、みんなにこの恐怖最後の人間にとっても真実であるはずなのだ」 を喋ってしまいたくなった。けれども、さっきパパに言われたことそしてこのかんずっと、あの忍び足の足音は近づいてきた。気の せいかぼくには、いちばん内側の毛布が揺れて、わずかにふくらん を思いだし、歯を食いしばってそれを我慢した。 だような感じがした。さながらそれが・ほくの想像力にをそそいだ ・ほくらはひどく静かに坐っていた。火までが音もなく燃えてい ように、・ほくはそこにそのこっそりのそいている、凍った眼をはっ た。聞こえるのはただパ。ハの声、そして時計の音だけだっ , た。 そのときだ、何重にもなった毛布の向うから、かすかな音がしたきり見てとった。 ような気がしたのは。全身の皮膚がぎゅっと引きしまった。 、。、パは話しつづけ 「というわけで、それに気がつくとすぐに」と ハバがやはりあの足音を回いていて、 ちょうど。ハ。ハは、〈巣〉での初期の生活について語っていて、話た。そしていまはぼくにも、 。ハバが哲学的な考えにとりつかれたところへさしかかっていた。それをぼくらに聞かすまいとしてわざと声をはりあげているのがわ 「そこでとうさんは自問自答した。あと何年かこうして生きのびた かった。「それに気がつくとすぐに、とうさんは前途に永遠の未来 ところで、それがなにになる ? どうして苦闘と寒さと孤独とだけがあるつもりで、あくまでも努力をつづけていくことを自分に誓っ に閉ざされた生涯を、長引かす必要がある ? 人類はおしまいだ。 たのだ。わたしは子供をつくって、彼らにできるかぎりのことを教 地球はおしまいだ。な・せいさぎよく諦めてしまわない ? とうさんえよう。子供たちに本が読めるようにしてやろう。将来の計画をた は自分に問いかけた・ーーそしてとっぜん答を得たのだ」 て、〈巣〉を大きくし、密閉できるように努めよう。すべての美し そのときまたぼくは音を聞いた。さっきよりも大きく、こわごわいもの、成長するものを保存するよう、最善の努力を尽くそう。も と足音を忍ばせて歩いているような音で、それがこっちへ近づいてのに驚くこころ、この寒さや暗さや遠い星々にたいしてさえ驚嘆す くる。・ほくはもう息もできなかった。 るこころを、忘れないように努めよう」 だがそのとき、毛布がほんとうに動き、持ちあがったのだ。そし 「人生はいつだって苦闘の連続であり、寒さとの戦いだった」パパ / の声は途切れ、眼 は話しつづけた。「地球はいつだって隣りの惑星から、何千万マイてその向うのどこかに、明るい光があった。パ。、 ルも離れた孤独な星だった。そして、人類がいかに長生きしわとこはだんだん広がる毛布の隙間に向けられ、手はそっとのびて、膝の ろで、いっかは終りがくるのだ。そんなことは問題ではない。 7 題そばのハンマーの柄を握りしめた。 なのは人生はすばらしいということだ。それはすばらしい感触持 - 女はし っている。ふつくらした毛皮や、花の花弁のようにーーーおまえ ~ ち毛布をくぐって、若いきれいな女の人がはいってきた。彼 」なばらくそこに立って、なんとも言いようのない奇妙な眼で・ほくらを はこれを見たことはあるまいが、氷の花は知っているだろう。 8 3
「うん、それが窓を五つ通り越して、つぎの階へ行くまで見てたんったのを利用したものだが、それでも熱と空気を内部に閉じこめる ことができるし、しばらくなら空気の循環もきくから、水や石炭や 3 だよ」 「で、それが、さまよう電気でもうごめく液体でも、成長する結晶食料なんかを取りにいくくらいの時間はじゅうぶん保つ。 ママがまた愚痴をならべはじめた。「わたしはいつだってなにか に星の光が集中したのでもない、あるいはなにかそれに似たもので が外にいることを知ってたわ。わたしたちを待ちかまえているの もないのは確かなんだな ? 」 なにかこの寒さ 。 ( 。 ( は、ただ口から出まかせにこんな考えを並べたてていたわけよ。もう何年も前からわたしはそれを感じてた ではない。 これ以上寒くなりつこないという世界では、奇妙な現象の一部をなすもので、すべての暖かさを憎み、〈巣〉を打ちこわし がいろいろ起こる。物質はみんな凍って死んでしまうと思うかもしたがっているもの。それはいままでずっとわたしたちを見張 0 てい れないが、それがそうじゃない、ふしぎな新しい生命を身に着けるて、いまとうとうここまで追いかけてきたんだわ。それはあなたを ようになるのだ。たとえば、変てこなぬるぬるしたものが、熱の出つかまえ、つぎにわたしをつかまえにやってくる。おお、行かない どこをふんふん嗅ぎまわっているけもののように、そっと〈巣〉にで、 ( 。、パはヘルメットのほかはぜんぶ身に着けていた。その姿でパパ 忍びよってくるーーこれの正体は液体へリウムだ。それからまたい パでさえ、 は暖炉のそばに膝をつくと、手をのばして、煙突のなかに立ってい つだったか、・ほくがまだ小さいころ、激しい稲妻 それがどこからきたものか見当がっかなかったー・ーが近くの尖塔にる長い金属棒をゆさぶった。これは、油断しているとすぐ煙突の内 落ち、何週間か経ってやっと消え去るまで、そこを上がったりおり側にくつつく氷を叩き落すためで、一週間に一度、。 ( パが屋上にの ・ほって、棒が支障なく働いているかどうか確かめる。これは・ほくら たりしていたこともある。 : 。、。、よぜったいに・ほくをひ 「いままで見たことのあるどんなものとも違っていたよ」・ほくは答の旅のなかでもいちばん困難なものて , , ー とりでは行かせない。 えた。 ちょっとのあいだ、。 ( パは眉をひそめてそこに立っていたが、や「シス」とパパは静かに言った。「ここへきて火の番をおし。空気 がて、「これからもう一度そこに行ってみよう。とうさんも見てみにも気をつけるんだよ。もしすくなくなって、沸きたちかたが遅く なるようだったら、すぐ毛布の向うからべつの・ハケツを持ってくる たい」と言った。 取り残されると知 0 て、ママは金切り声をあげ、シスもつられてんだ。だが手に注意しなくちゃいけないそ。・ ( ケツを持っときに は、忘れすにぼろ切れを使うんだ」 泣きだしたが、パ。、がなだめて黙らせた。それからぼくらは外出着 シスはママといっしょになって騒ぎたてるのをやめると、こっち ・ほくのは火のそばで暖まっていた。 に身体を押しこみはじめた へきて言われた通りにした 9 ママはおかしなくらい唐突に喚くのを この服はパパのお手製だ。頭には、三面から成るプラスチックのヘ トがついていて、これはむかし大きな透明の食料保存容器だやめ、それでも眼をちょっぴり狂ったみたいに見はって、パ。 ( が〈