かわかった。 おりません」 「そのお顔を見たところでは、あなたは遠い国のかたですね」 はじめのうちこそ、私はギリシャ人の神々に対する態度に首をひ 9 「あなたから好意の目で見られる男はきっと幸せものでしよう」 ねっていたものである。うわべを見るかぎり、宗教は真剣には受け 女は顔をあげて笑った。そして真剣な顔つきになると、いった。 とられていない。しかし少くともある重要な一点において、神々は 「あなたはここがどこか忘れています。ここは、。 ティオニュソスのやはり現実的存在として考えられているのだ。神々は、人間の感情 神殿ではないのですよ」 と能力の最も純粋なかたちをあらわしているのである。熱狂、乱暴 この言葉には不親切な意味はない。そのころには、・ キリシャの習な行動、抑制の欠如、それらが純粋な自然さによって和げられてい 慣も充分に心得ていたので、それが何を意味するか知っていた。知る。これがディオニ = ソスの、そしてまた私が持っていると思われ っているつもりだった。二度前進、二度後退、そして決心。不必要た属性である。 な時間の浪費ではなく、相手の誇りを満足させるよう適当にじらすある意味では、その判定は当を得ていたといえる。一方、ここ、 のだ。病気と戦争による莫大な死亡率を補うには、高い出生率が必アポロンの神殿では、理想は抑制されたかたち、美学一般にある。 要である。私は自分がどんな気持でいるか知った。そこで彼女の手ここでは、美は、官能的である必要はないのだ。 をとり、名演説にかかろうとした。そのとき彼女がとっぜん口を開「あなたは許しをえず、自分のわざを行なっています。ここは、音 楽に捧げられた場所なのですよ」 「もし手に入れたいと思うのなら、自分のカであがなうのです。こ彼女が何をいおうとしているか、やっとわかってきた。アポロン こがどこかもう一度考えなさい」 はいうまでもなく歌と音楽の神である。その神をまつった神殿に敬 もちろん彼女は、自分がアポロンの神殿の女司祭であることをい意を表さなかったのだから、結果的に神と対立したことになる。私 は冒濱の罪を負っているわけだ、少くともこの女司祭から見れば。 っているわけだ。だが、そんな仕事についているからといって、 彼女との関係を今以上に進めたければ、何らかのかたちで譲歩する けないことは何もないように思えた。季節が悪いのかもしれない。 「価値あるものは戦いとらねばなりません。何でもおおせつけくだ必要があるだろう。状況をさらに検討した結果、譲歩も、あまりま じめくさったものでなければ、それだけの価値はあるかもしれない さい。喜んでいたします」 「この何カ月間か、ディオニュソスに自分の身を捧げていたというと思いはじめた。何といおうかと思案しているとき、彼女が口をひ 不思議な男は、あなたでしよう ? 」 「サテュロスのマルシュアスがどうなったか、あなたは知っていま このほのめかしには、私はすこし気分を害された。うさぎ小屋に 住むのはいやだから、海辺の神殿を使う羽目になったのだが、といすね ? 」 って気違い扱いされてはたまらない。だ : 、女のいう意味はなんと そのサテュロスが何をしたのか、私は一生懸命考えた。とにかく
がある。彼に必要なのは、常識という薬の頓服だ。きみはそれには ったツイン・べッドに横たわっていた。スティーヴは作家の上に屈 うってつけの人物だよ、あまのじゃくで、飲んべえで。 みこんで、その頭にかぶせたへヤ・ドライヤーのようなクローム鋼 第二に、もしぼくの精神が彼の想像力の重圧にかかって屈伏したのお碗を調整していた。助手のひとりが、私にもおなじことをして ら、こんどはたれがぼくを治療してくれるんた ? そして第三に、 くれる。 もしーーーもしだよーー・ー彼が正気にかえったとしたら、当然、自分の お碗からは導線の束が頭上の可動アームに伸び、そこから二〇〇 夢に雑音を入れた男を殺そうとするだろう。きみなら、ずらかれば〇年世界博の空想科学館にでも陳列されそうな、車輪つきの機械へ いい。だが、ぼくは踏みとどまって結果を見たいからね」 とつながっていた。 「てっとりばやくいうと、目がさめたとき、・ほくも隣りの病室行き私は質問ではちきれそうだったが、ロをついて出てくるのは、ど になっている、という可能性もあるってことか ? 」 うも愚問としか思えないものばかりだった。 「きみの精神が屈伏しないかぎり心配はない。きみなら、だいじよ 「この男になんとあいさっするのかね ? 『おはよう。コンプレッ うぶさ。筋金入りのへそまがりコンプレックスの所有者だからな。 クスのおかげんはいかが ? 』か ? 自己紹介をしなくちゃいけない いつもの偶像破壊的態度でお相手してやってくれればいい。 それか ? 」 に、きみの想像力も、ボクシングの戦評を読んだかぎりじゃ、なか「ピート・。、 / ーネルだと名のるだけでいし あとはアドリブでやる なか隅に置けないし」 さ」スティーヴよ、つこ。 冫しナ「この意味は、、・ しすれむこうへ着けばわ 私は立ち上って、丁重に一礼した。 かる」 「ありがとうよ、親友。それで思いだしたーーーじつは明日の晩、ガ むこうへ着く。その言葉はショックだった・ーーキじるしの頭の中 ーデンへ看板試合の記事をとりに行かなきゃならないんだ。それにへ旅をするわけだ。私の胃袋は、ソフトボールの大きさに縮かん ◆、」 0 眠い。夜も更けた。じゃ、おやすみ」 スティーヴはやおら体をほどくと、ドアに先回りした。 「こういう訪問にふさわしい服装は、なんだろうな ? タキシード 「たのむよ」と彼ま、 そしてかきくどいた。ロではかなわなか か ? 」私は訊いた。すくなくとも、そう言ったつもりだった。それ った。それに、どういうものか、あの大きな目に見つめられると、 は自分の声とは思えなかった。 私は弱いのだ。それに、ともかくも、長いっきあいである。彼は、 「好きなものを着ればいし ひまはとらせないよ、といった ( まるで歯医者の言い草ではない 「あはん。で、訪問を切り上げる潮どきは ? 」 か ) ーーーそして、私の考えつくあらゆる『もし』を、片つばしから スティーヴは私のそばまで足を運んだ。 言い負かした。 「もし、一時間以内にきみがクラスウエルを目ざめさせられないよ 十分後、私は青ざめた無言のマーシャム・クラスウ = ルと隣りあうだったら、電流を切る」
最高の音響効果を得るにはビアノはどこへ置け・ま、 をししか、そのこ政治家をおこらせた。彼らがこれをたくらんだのではないかと思い ろには、私もある程度経験を積んでいた。それを知らない男たちにあたったのだ。 運ばせたので、移動させる必要があ 0 た。私はふたたび外に出て助それまで、相手方は一人も神殿のなかに姿を見せていなか 0 た。 けを求めた。満足のいく場所がきまると、手伝い人たちはたちまちゃ 0 と司祭が一人現われた。彼も以前の女司祭と同じ明るい茶色の 引きあげていった。 髮で、同じように背が高かった。照明が暗いので、目の色まではわ 私のほうには、まだ長い調律の仕事が残っていた。神殿内部の音からなかった。 響状態はすばらしく、そのためにも最善の仕事をしておきたか 0 「技くらべを続けることを希望しますか ? 」 この状況では、そこで中止したほうが、私としては賢明だったか すでに一日は、最後の三分の一にさしかか 0 ており、待ち時間はもしれない。政治的なごたごたにわざわざとびこむことはないの 残り少ないはずだった。・ ふらぶらとおもてへ出ると、アレックスと だ。しかし、これは表面的には音楽の技くらべである。自分の領分 モーガンとアナに出会った。まだ私を支援してくれる何人かのギリ での勝負から退散することがどうしてできるだろう ? 続けるよう シャの友人たちもいた。 に促したのは、誇りだったかもしれない。だが、そうは思いたくな アレックスは自分がひきおこした騒ぎをいくらか後悔している様 子だった。「心配するな、ただ弾きゃいいんだ」と彼はいった。 「はい、続けたいと思います」 「勝つにぎまってるんだから、大きなことさえ考えなければ」 司祭はそこで引きさがった。五分ほどして、最初の音が鳴りひび 神殿を通って小さな中庭にはいるといちばんよいと私はすすめ いた。こんないいかたをするのは、音の出所がはっきりしないから た。ビアノはそれに近づけておいてある。ここからよりもよく聞えである。大広間に通じる三つのわき部屋のどれかから聞えるのだろ るだろう。 「楽しい晩になると思うわ」とアナがいった。確かにそうなるかも 曲は四日前、若い女が弾いたのと同じものだった。旋律は同じだ しれなかった。・ キリシャの戸外劇場の奇跡の一つは、優れた音の伝 が、楽器が違っていた。音質はずっと明瞭で、よく通る。しかもは 達力である。北部に行くほど目立 0 ことだが、夕暮には、音は上方るかに力強い確信をも 0 て演奏されていた。もしこれが先日の女だ よりも水平に伝わることが多い。 とすれば、彼女は私をだましていたことになる。複雑な変奏がそれ 神殿の内部はあまり明るくなか 0 た。記憶を信用することに決めに続き、そのなかからふたたび一本の糸とな 0 て旋律が現われた。 たのは幸運だった。光がしだいに薄れるにつれ、楽譜などは読めな だがその糸は今では、変化していた。どこがどう変ったのか、私に いほど暗くなった。じっさい音楽的な面では何の不安もなかった。 はわからなか 0 た。さらに変奏が三つ。いずれも速いテンボで、軽 問題は政治的な面だった。ー 着してまもないころ、私たちは一部のやかに演奏された。それぞれの変奏のあとに、同じ旋律が続く。そ こ 0
なるので、みんながよってたかって自殺志願者を助けてしまうの苦心はよくわかっているので、こんどの新居が、ちっとも変わりば だ。だから、じいさんの仲間の老人で、自殺に成功したのは、五年えしなくても、じいさんは不平はいわなかった。逆に若いふたりを まえにひとりいただけだった。 なぐさめようとさえした。 リアディーじいさんは、だが、同じ自殺を希望しても、ほかの老「わしが暮してきたなかじゃ、このア。 ( ートなんか、上等のほうじ 人とはちょっとちがっていた。じいさんは、むりに助けられるのでやな。そう、新婚さんといっしょだったときでも、これ以上のへや はなくて、自分から思いとどまるのが常だったのだ。じいさんにとには入れてもらえなかった、まあ、がまんしなさいよ , って、重い、不自由なこのからだを感じることが、義務であるよう じいさんのことばに、男はだまってうなずいた。女は、眉をしか に思われてならなかったのだ。 めて、チラチラと視線をじいさんに走らせるだけだった。じいさん ただ、じいさんとしても、若い人たちに話し相手になってほしい には、自分をきらっているふたりの気持ちはよくわかっていた。こ ことは、否定できなかった。だから、これまで、相手と喧嘩をしてれまで何度か経験してきているからだ。 別れるたびに、後悔をしてきた。生きている以上は、やつばりスク しかし、じいさんとしては、親しくしてもらえるようにつとめる リーンを見たり聞いたりするばかりでなく、自分からも話したかっしか、方法がなかったし、お役所で紹介された初対面どうしの場 たのだ。 合、年寄りのほうから話しかけるのは礼儀にちがいなかった。で、 朝食を早めにきりあげたリアディーじいさんは、、 しそいそと、うじいさんは、自分を押えて、若者の機嫌をとろうとした。 すぎたないへやを出て、目的地に向かった。重い足をひきずり、ひ「相性のよさそうなかたたちじゃな。わしの見るところ、係数八十 パーセントは越えとるじやろうが ? 」 きずり、しなびたプラスチック人形のような動作で、じいさんはマ グネット・カーに乗りこんだ。 「あたりましたよ、八十一・九パーセントなんです」 男がはじめて口をひらいた。じいさんはいっしようけんめい、笑 建物はすべてが画一化されていた。ただ、見かけはそうではなか顔をつくって、話をつづけた。 った。形がちがい、色彩の組合せがちがい、並びかたもまちまちに 「そうじやろう、そうじゃと思ったよ。わしは、あんたたちが気に できていた。しかし、そのちがいが、まったく人工の、見せかけの入ったようじゃ。からだもりつばじゃな。しかも、生身の感じがよ ものであることは、リアディーじいさんみたいに、あちこち、何十くのこっている。わしはそういうのが好きなんじゃ。さて、また当 年もほっつき歩いてきた老人には、すぐにわかるのだった。一応平ててみようかな ? あんたたちの生体交換係数は五十パーセントを 等に居住区を分け与えるためには、どうしても画一的にせざるをえ越えてはおるまい ないのだ。形や色を少しばかりかえても、面積や便利さをかえるわ「まあまあですねー 男が答えた。女はあいかわらす、横眼でうかがうだけだった。 けにはいかないからた。そういう居住区統制局のコン。ヒューターの 3 7
高い家賃やらしちめんどくさい借間契約書の条項やらで、そのア脚は、コールドロンに言わせれば、二本の巨大な、胴のない石造り ートを借りるまでに彼らはずいぶん驚かされたが、それでもジョの脚のようだったーーすくなくともそのような印象を与えた。眼は ・コールドロンは、大学から地下鉄でわずか十分のところに住め魅せられたように、その信じがたいほどの。ヒンク色のふくらみに止 る幸運を喜んだ。妻のマイラは、むしやくしやしたように赤毛をゆまった。アレグザンダーはばかのように笑うと、立ちあがり、なに すりあげると、家主というのは店子が単為生殖を行なうことを期待やらわけのわからないことをつぶやきながら、よちょちと両親のほ しているらしい、と言った。もしそれが彼女の言う意味だったとすうへ近づいてきた。「おかしな子 , マイラが愛情こめて言って、お れば。だが、なんにせよここは、一個の有機体が二つに分裂して、気に入りのくたびれたビロードの豚をほうってやった。 二個の成体標本となるところなのである。コールドロンはニャリと「これでわれわれはみな冬越しの支度ができたわけだ」コールドロ 笑って、「二元分裂だよ、おばかさん , と言うと、一歳半になる息ンは言った。彼は悩ましげな顔をした長身の痩せた男で、優秀な物 子のアレグザンダーが、がに股の脚で直立する準備運動として、絨理学教授であり、大学での仕事に熱意を持っていた。マイラはやや 弱々しい感じの赤毛で、つんとした鼻と皮肉っぽい赤褐色の眼をし 毯の上を四つん這いで後退しているのをながめた。 それにしても、ここは快適なア。 ( ートだった。ときどき陽がさしていた。彼女は不賛成をあらわす音声を発した。 「メイドが雇えるといいのにねえ。さもないとわたし、雑用係にな えんでくるし、家賃から要求できる以上の広々したスペースがあっ た。隣室の住人は、めったに自分の偏頭痛以外のことは喋らないでっちゃうわ、 ぶの金髮女だったが、彼女が言うには、この四の部屋に店子が住「きみときたら、永遠に救われない魂みたいな言いかたをするんだ へつに幽霊が出るとかなんな」コールドロンは言った。「どういう意味だい、雑用係って ? 」 みつくことは珍しいということだった。。 とかいうのではないのだが、ときどき奇妙な客が訪ねてくるのだ。 「雑役婦みたいってことよ。お掃除、お料理、床磨き。まったく、 いちばん最近の間借人は、飲んだくれの保険外交員だったが、ある赤ん坊ってのはおおいなる試練だわ。もっともそれだけの価値はあ 日のこと、しよっちゅラ小人が彼の部屋のベルを鳴らして、ポットるけど」 氏とやらに会いたいと言ってくるので、うるさくてかなわないとこ 「アレグザンダーの前では言うなよ。うぬ・ほれるといけない」 ポット コウルドロン りん ・ほしながら出ていった。なべが大なべのことであり、それが綴りは 呼び鈴が鳴った。コールドロンはやっこらさと身を起こすと、ゆ 違うが自分の名のことだとコールドロンが思いあたったのよ、ど、 冫冫しった。彼の眼は、そこに 。ナしつくりと部屋を横切ってドアをあけここ、 ぶのちのことである。 だれもいないのを見てせわしなくまばたいた。それから、その視線 彼らは心地よげに長椅子にくつろいで、アレグザンダーをながめはやや下へさがり、そしてそこに見いだしたものは、彼の眼をわず ていた。彼はどこから見ても赤ん坊そのものだった。あらゆる幼児かに見はらせるにじゅうぶんだった。 の例に洩れず、首が埋まってしまうほどうなじの肉が盛りあがり、 四人のちつぼけな男が廊下に立っていた。ということはつまり、
た外被を、あわてて拾い上げ、自分の体に当てた。 一方、中の生物は、一生けんめに壁の中を通り抜けようとでもす 外の生物は、、 しくぶん心を整理すると、相手に思考を放射し始めるような仕草をしていたが、それが無駄だとわかると、突起を使っ た。それが直接の呼び掛けのかたちをとった時、われわれにも、そて合図をし始めた。自分と、壊れた加工品と、第一の標本を指し示 の意味がまとまって理解できることがわかった。 「きみが本物じゃないのが残念だよ、ねえちゃん。蜃気楼がこうい その標本は、さきほどのべたように、。 : ホタスが乱雑にしたそのま うものなら、海水浴場へいくまでもないな」 まの状態になっていた。外の生物はそれを見ると、心をひどく硬化 な・せこんなことをいうのか、そこまでは解解できない。しかし実させた。たじたじと後ずさりして、外被の割れ目から何か取り出す に奇妙なことがあるのだ。そいつの心の中には敵意など全然ないのと、砦の方にさしのべた。。 ( チンという音がした この音はひと に、例の裂け目からは低出力の攻撃が流れ出してくるのだ。それが崩壊する音に近く、したがって無害の音域だった。 に、砦の中のやつは、どうやら相手のメッセージが受信できないら何かが壁に当って落ちた。やつは進み出て、丸くひしやげた金属 しい。こちらのやつは、ただ、ただ、おろおろと救助を懇願するば片を拾い上けた。ひどく狼狽しているのがわかる。それから、突起 かりで、それがまた、相手には通じないときている いや、いくを壁に当てて、一方の岩からもう一方の岩まで、ずーっと注意深く らか通じているのかもしれないが。 探っていった。 「おかしいな」ポダスがいった。「二つの間には意思の疏通が全然そいつはびつくり仰天していた。球状の突起の上に乗っていた外 ないらしい こちらのやつは武器を使おうと必死になっている。被を持ち上げると、露出した表面を刺激して、自分の思考力を助け そのくせ、心の中には攻撃的な意図など少しもない。 この連中の武ようとしている。次に、自分の加工品に戻っていって、ずんぐりし 器には意思伝達という副次的な目的があると考えてもいいのだろう た円筒を持ち出してきた。その中には黒いねばねばした物質が入っ か ? 」 ていた。やつはそれを壁に塗グつけた。今でも跡が残っている。こ 「ここでは、何が起こるかわかったものじゃない。それに、起こるちら側からみると、こうなっている。 のは、ありそうもないことばかりときている , とエプタス。「もし マッテイロ ! モドッテクル きみが、この星では、お互に死ぬまで殴り合いをするのが、普通の 意思伝達法だと主張しても、そいつを信じそうな心境になってき砦の中の生物は了解して、合図をした。 相手は加工品の中に入って、行ってしまった。 た」 外の生物は前に出てきて、砦の壁につき当った。そして当った所それで、今は一時休憩といったところだ。 エプタスは、あの円盤つきの妙なものが、やはり加工品だったと をさすっていたが、やがて上部の突起を両方使って、壁を探り始め いうことには、しぶしぶ同意したが、それでもなお、あんなに硬い た。心の中は驚きでいつばいになっている。 2
ソ連作品は、ソヴィエトだと田 5 えば水 ウモロウがつぶれたので、その代りにこれが 雨天革命第三十九号ー Rainy 準をいっている。 企画されたわけである。編集長は、ギャラクイタリーⅡ ワルシャフスキーの「こびと」が、ソ連作 Day R olution NO. 39 ルイジ・コッ シイ、イフと同じフレデリック・ポール。外 品ではいちばんよかった。このワルシャフス 国の前衛的な作品には批判的な目を向けるポ ソ連作家に似あわす、しゃれた小説を 「初心のための魔法 , Witchcraft for キー ールだが、新しいの分野を開拓する気は 書く。しかし、まだ初期のパターンから BegInn rs ・ O ・ゴッツィ 充分にあるらしい さて、創刊号の出来ばえはどうだ 0 たか。オランダⅡ「彼らはなお跳躍する」 They 脱けきれずにいるようだ。 ある科学者が、これまでにない精巧なロポ StiII Jump ・»-a ・マへ 収録作品は十篇、作者の国籍は七カ国にわた ・ブットを作りあける。彼はロポットにさまざま る。目次は、題名と作者名の前に、国名がずイギリスⅡ「脱皮」 Ecdysiac ロ・ ( な知識を与えるが、ある日とっせんロポット レスリ らりと並び、ちょっと壮観だ。内容を想像し 「巨大ブリキの神 , The Big Tin G0d は死に興味を持つ。さんざん書物を読んだ ていただくために書いてみよう。題名は、原 末、ロポットは科学者にきく。自分は将来、 フィリプ・・ハイ 題がわからないので、いちおう英訳題名だけ こわされることになるのかあまりうるさく オーストラアⅡ「始末屋 , The Disposal つけておく。 イミアン・プロドリック きくので、科学者は、おとなしくしなければ Man ア ソ連Ⅱ「放浪者と旅行者 . Wanderers and タ丿ーのトリエステで毎年開かこわしてしまうそと脅す。するとロポットが Travellers アルカディ・ストルガッキほかに、 れている国映画祭を紹介したフレデリきく。そうなると自分は存在しなくなり、屑 ック・ポ / のエデイトリアルと、ドイツ、鉄の山となるのかそうだ、と科学者はこた 「永久運動ー Perpetual M0tion ィリ える。ロポットは考えこんでしまう。やがて ーの ()n 紹介。 ソ一理、イタ ヤ・ワルシャフスキー 「こびと」 Homunculus ィリヤ・ワル情報と翻 = 一者の不足から、自然に集ま「たロポットはおこ 0 たように家からとびだし、 目次を最初に行方不明になる。だがまもなく戻り、そのま ものをまとて一冊にした シャフスキー ドイツⅡ「 = 。フシロン問題、 The Epsilon 見たときそな印象を受けたのだが、残念なま書斎にこも「たまま出ようとしない。科学 ProbIem ヘルムート・ ・モマース & がらこれは中した。と考えるのは、・ほくが者は警官を呼んで書斎に押し入る。部屋のな 期待しすぎこせいなのだろうか。とにかく読かでは、ロポットが小さな金属の塊をかかえ エルンスト・フルツェーク ・モんだかぎりでは、かろうじて良い点をつけらて、子守歌をうた 0 ていた。ロポットは、自 「怪物ー Monster ヘルムート・ れるのは、ずか二、三篇。これから号を重分が作った小さなロポットに、おもちゃ屋か マース & エルンスト・フルツェーク ら盗んできた赤ん・ほう人形の首をすけている ねられるのだろうかと心配になった。 フランスⅡ「天王星 , Uranus ミツンエレ 0 三三 = = ー 08
エプタスにも指摘しておいたが、なにしろここは理性の通用しなめているようだった。少し下にある地面に、なぜ自分は落ちないの い惑星なのだ。これまでの経験からしても、例えば二プラス二が、 。ころ、つ ? ・ ここの規則では七になるとわかっても、私ならけっして驚きはしなむろん、落ちるわけはない。そいつは、しつかりしたポルティッ いだろう。こういうとエプタスは、理性は絶対的、普及的なものだ クのプロックの上に乗っているのだし、そのプロックはまた、頑丈 . から、どんなきちがい惑星にも通用するはすだと、頑固にいい張なポルティックの床の上に鎮座しているのだから。この事実は、上 る。それに対してわたしのいえることは、この世界ではどうもそう部の細い突起をポルティックの表面に滑べらせていったあとで、そ いつにもやがて合点がいったらしい。ところが、心の混乱は収まる は思えないということだけだ。 どころか、むしろひどくなるのだ。 ポダスの第二の標本ーー円盤つきの加工品から取り出したものー そこでわれわれは意外な発見をした。そいつのレンズは実に不完 ーは、膨脹とは収縮をくり返えす以外は、まったく変化を見せずに じっとしていたが、しばらくすると、原因は不明ながら、活力をと全きわまるものなのだ。その可視範囲はひどく限られていて、ポル ティックどころか、こちらの姿も道具も、われわれのものは一切見 りもどす兆しを見せはじめた。ほんの少し動いたのだ。 球状の突起を覆っている外被ーー。不必要な外被ではなくて、永久えないのだ ! 触ってみる以外に探知する方法がないのだよ。 的なやっ についている小さな二つの垂れ蓋が引っこんで、一見こんなわけで、今そいつは、なぜ自分が砂漠のまん中で地面から 液体でできているらしいレンズのようなものが現われた少しの間はなれて、宙に浮いてしまったのか考えこんでいるところだ。外に はそれ以上何事も起らなかった。しかしこの生物にも、いちおうあある壊れた加工品を長いこと眺めていた。そして自分で自分の体の 一部をつかんでみた。われとわが身の存在を確かめているといった る種の知性があることが、この時にわかった。 こいつの精神は今まで、空白状態かまたはある種の拡散状態にあ図だ。 この種族には明らかに本能的に敵意が備っているらしい。そいっ ったのは明らかだが、この時になって、その精神が、あるかたちに まとまり始めるのを、感じ取ることができたのだ。そいつはだしぬの武器は体内のどこかに隠されていて、レンズの少し下にある開口 けに、丸味を帯びた一端 ( この種類には、そこに先細りの突起がっ部から発射されるのだ。その開口部は出力に応じて、細い裂け目の かたちになったり、ほ・ほ円形になったりする。そいつはいま武器を いていない ) を下にして、本体を垂直に起した。 そいつは即座に、取りはずし可能の外被がなくなっているのに気使いはじめた。幸い低出力で、しかも低い周波帯だったので、われ づいて ( ポダスが検査の際に取り除いておいたのだ ) 、反射的にそわれは多少不快感をお・ほえただけですんだ。 、つま、こよっこ。しかし心はたちまち別のことに移やがてそいつは下部の突起の一本を動かして、プロックの端をみ のことで心がしをし冫オナ 烈しい落下の恐怖に襲われたのだ。そいつはレンズを下につけた。そしてずっと下の方も探ってみて、床があることを触感で 向けた。その混沌状態の心理の中に、こんな疑問が大きく場所を占確かめると、対になっている他の一本の突起も降ろしたーーしかし 8
った。曲はちょうどよい区切りまで来た。私はすわったまま無言でどうですか、あなたの意見は ? 」 待った。 と私はきいた。 女がやってきた。はっきりした仕草はなかったが、ついてくるよ静かな声で、女はこたえた。「わたしも同じ見かたで満足です」 うにという意味を私は感じとった。彼女の二、三歩うしろについ たちまち心の重荷がとれた。適切な判定である。良し悪しの判断 て、私は大広間を横切った。わきの入口から、月光の下に出た。花を下すには、様式が違いすぎている。似かよった作品だけが、そし の香りカ 、、、、ばかに強いように思えた。 て同じ規則と拘東に縛られている作品だけが、直接的な比較の対象 となり得るのだ。 「すわりたければ、そこへ」 とほとんど囁き声で。 「これで出発点に戻ったわけですね。といっても、手のつけられな 私は腰をおろした。疲れたわけではないが、それがいちばんくつい気違いだと思うのだけはよしてくたさい」 ろける姿勢なのだった。 「そんなこと思ったこともありません。あなたの演奏が聞きたかっ ただけなのです」 「あなたはどう判定しますか ? 」 と彼女はきいた。 その冷ややかな、あっかましい返事は、ふくらみかけていた私の まだ相手方はーー・・なにものだか知らないが , ー・・・・取引きにこだわっ自己満足をうちくだいた。女は続けた。 ているのだ。 「自分の作品に謙虚であった褒美として、あなたの望むものをあげ 「最後の私の作品については何もいえません。自作をと指定されたましよう から弾いたまでで。自分の作品を正しく評価できる人間なんていま彼女は私の手をとると、数歩行ったところにある小さな脇の庭に せんよ。ほかの三曲については、負けてはいないと思います」 引き入れた。そこには、平たい寝椅子がおいてあった。彼女が外の 「勝ったと主張したいのですか ? 最後の四番目のは保留として」群衆をまったく気にしていないのに、私はやや驚いた。音楽に肝を 私は長いあいだ考えた。。 ヘートーベンの最大傑作や・ ( ッハを凌ぐっぷして、はいる勇気などあるまいと思っているのだろうか。私が 作品はありえない、と私の直観はいう。だが、ためらったことでも接吻をはじめると、彼女はあけっぴろげに笑った。 知れるとおり、あまり大きく出るのも間違いかもしれないのだ。・ハ たくさんの成分が微妙にまざりあった夜だった。激しい情熱、囁 ッハゃべ ートーベンの作品を自分の手の平ほどにも知りつくしてい き声でかわされた会話、森のなかのせせらぎにも似た笑い声、花の る私は、それらのはかり知れぬ価値を当然のことと考えている。一香り、ひとときの眠り、そして彼女を腕に抱き、空を見上げながら 方、この新しい音楽は一回しか聞いていない。 一回聞いただけで、 ひっそりと横になっていた長い時間。時をはかるのは、私の腕時計 そこに含まれるあらゆる要素を抽出できたとは考えられない。 ではなく、移りかわる星の位置だった。東の地平線から曙光が空へ 「いえ、勝ったと主張するつもりはありません。しかし、あなたはとひろがりはじめるころ、やっと私は深い眠りにおちた。 8 2
美するためだと思うのかね ? ああして連中がきみを待っているの人が出てくると、群集はいつも、も 0 と大きな喝采を送ったものだ は、好奇心を掻きたてられているせいなんた、がきみをとらった。 えたことを、きみが前科者になったことをよろこんでいるからなん ロ、ポット・ドライプのヘンドリックスの車の中で、ジョウはキャ だ。きみはいまや、元犯罪者であり、ひととおり治療を受けたからンデーをつまみながら、民衆とはおかしなものだ、誰にも民衆のこ には、もはや罪を犯すことは一生ありえない。それこそは連中が讃とはわからない、と考えて、自分を慰めていた。 美してやまない人間で、いま連中はきみに会い、きみと握手し、き生まれてこのかた減多に味わ 0 たことのない幸福な気持に包まれ みのサインをもらおうとしているのだ」 て、ジョウはヘンドリックスを振り向き、言った。「あんたのして ジョウにはヘンドリックスの言うことが、完全には理解できなか くれたことには感謝しますよ。けつきよく、うまくいったんだ。お った。部分的に理解できたことも信じる気にもなれなかった。群集かげで、いい職にありつけそうでさ」 はたしかに、彼を待っていた。自分の眼で、それは見ることができ「だからこそ、わざわざ病院まで迎えにも行ったんだ」〈ンドリッ た。彼が病院を出ると、群集は喝采し、歓呼して、サインをもとめクスは言った。「そこですこしばかり、説明しておきたいことがあ た。これでもし英雄でないとしたら、彼はいったい何なのか。 る。わしは、きみとはもうずいぶん長いっきあいなので、きみがと 人垣を突破するのに、半時間はかかった。周囲でパチリ 。ハチびきり馬鹿な男だということはよお知っておる。きみはある種のこ リ、さかんにカメラのシャッターが切られ、百人の子供がサインをとになると、自分では考えのまとめられない男だ。それでわしは、 要求し、あらゆる人間がいちどに話しかけ、喝采し笑顔を向け、笑きみがこれからの生涯、わしに好意をあたえられたと思いこんだま い声を立て、背中をたたき、そしてまた喝采した。 ま、あちこち歩きまわられたんではたまらんと思ってな」 この昂奮の渦の中で、一つだけジョウを面喰らわせることがおこ ジョウは不思議そうに顔をしかめた。 , 。 彼まこれまで他人から好意 った。白髮の老婦人が眼に涙して言ったのである。「時計で済んをしめされた経験がほとんどなく、したがってなにかで人に感謝し で、ほんとうによかったこと ! 人を殺さずに済んで、ほんとうに たことは減多にない。だのに今 : : : この上なく大きな好意をしめし よかったこと ! あなたの上に、神さまの祝福がありますようにてくれた男に謝意を表すると、相手はそれを否定しようとしている ! 」老婦人はそれから、ジョウの手にキャンデーの箱をわたし、彼のだー をいよいよ面喰らわせて立ち去った。 「きみはグラリュースキーのア。ハートに押し入って物を盗んだ」へ 老婆の言ったことは、さつばり、わけがわからなかった。もし彼ンドリックスは言った。「グラリ = ースキーはに雇われてい が時計を盗んだのでなく、だれかを殺したのなら、彼はよりさこる人間で、きみが押し入「たあのアパートには住んじゃいないん 英雄視され、より大きな喝采を浴びただろう。彼はそのことを知っだ。あそこの間代はが払っておって、本人はもともと別のと ていた。前に何度も (-)A-{< の病院の外に立ったことがあり、元犯罪ころに住んでいる。われわれはああいう場所をあっちこっちに用意 7 3