界へ行ったものと当然のように信じていた。首相やオーストラリア いず、峡谷をめぐるドライブ族たちも見えなかった。 昔の生活は、子供時代の記憶のように遠くかすんでいく。かって人のパイロットを含めた、あらゆるものの複製である。この推測 は、私たち二人の場合を除けば、正しいといえるかもしれない。私 はあれほど強烈な活気にあふれていた生活がしだいに失われていく のを考えると、深い悲しみにうたれる。このページによって、今でたち二人にとっては、まぼろしが行ったのは一九六六年の世界だっ はしだいに深くなる霧のなかで輪郭だけになってしまった出来事たという可能性があるのだ。 なぜ私たち二人だけが ? なぜ二人たけが違うのか ? それは、 いくらかでも現実感を与えることができるのである。だが今な 未来人の世界へ突入できたのが、私たち二人だけだという点にあ お、きわだってあざやかな部分が一つある。 る。ジョンはこの突入を最後まで偶然だと考えていた。私がギリシ ミックル・フェルの麓の荒れ野で、ジョンがトレイラーから失踪 ャへと辿りついた話や、丘の上の神殿でメレアと会った話を聞い したあの日、私自身も、夕方六時から九時のあいだに、二時間ほど の時間の空白を経験した覚えがあるのだ。これをジ , ンに話しておて、ジ , ンは笑 0 たものである。しかし、あれは本当に偶然だろう か ? そうは思わない。なぜならそのすべてが、一つのパターンに かなかったことを、私は今ひどく後悔している。もちろん、うたた すっぽりとはまりこんでしまうからだ、ジョンがここにとどまるこ ねをしてしまったのではないと確信があるわけではない。芝居がか 0 た書きかたをするつもりは毛頭ない。続いて起 0 た事件が、そのとを決意していたら完成していたかもしれない。 ( ターン、「複製」 が消え「本物」が残るというパターンに。 出来事をすぐに私の心から吹きとばしてしまったのだ。しかし、こ 冫いたのは、わず ハワイでの分岐ののち、私がジョンといっしょこ の小さな部分がーー・続いて起ったことと考えあわせると、・ーー大きな あざ 意味を持っているような気がする。世界の分岐を認めるとして、ジか十日ばかりである。その十日間のあいだに、ジョンの昔の斑をも 一度捜していたら、それは見つかっていたかもしれないと今では ョン自身があれほど強く信じていた複製のプロセスを認めるとしう あざ て、また、十三時間の空白ののちトレイラーに戻ったのが、自分の考えている。その斑こそ、真相を明らかにするあからさまな糸口だ 複製、まぼろしであるという彼の見解を認めるとしたら、そこで彼ったのだ。その機会は、たしかに訪れた。これみよがしと思えるほ ホホカテベトルへと旅をした日、 どに、私たちの行手におかれた。。 : 、 を迎えたのも私の複製であったということはできないだろうか ? 腹がペこペこだと彼がいったとき食事を作ったのは、私のまぼろし帰りの道でずぶ濡れになったあの日である。身体を乾かしているあ いだ、私たちが二人の娘に性的な興味をひかれていなかったら、斑 だったといえないだろうか ? 分岐ののち、二つの世界が出現した。特に奇異なことは何も起らにはきっと気がついたと思う。この世界から無のなかへ飛びたって なかった、正真正明の一九六六年の世界と、本来は未来に属するもいったのは本当のジョン・シンクレアだった、と私は今では確信し のだったこの奇妙な世界である。そのどちらに私たちの複製が行ている。私たち二人にとって皮肉であり、悲劇なのは、一九六六年 き、どちらに「本物 , が行ったのだろう ? 私たちは、複製が新世の世界こそ、本当は袋小路であったということだ。 20 ー
全般的な構造に、興味ぶかい差違や可能性があることに気づいた。 「贈りものはお気に召した ? まだお礼の言葉を聞いていないわ」 6 ビアノよりずっと鋭く、あやふやな感じが少ないのである。これ「まるで子供みたいなんたからな」妬ましそうな口調でジョンがい 7 は、高い倍音、特に最高音部のコントロールの良さが原因のようた った。そのため全般的に、音の清澄さが増し、レガート性が強くな私は勢いをかっていった。「贈りものは二つあるといったじゃな っていた。。 ヒアノの荒々し、 しパーカッション効果を再現することは し、カー できなかった。それらは、まったく失われていた。総合出力コント 「・ほくにはないのさ」とジョンがつぶやいた。するとネリアという ロールを調節することによって、通常の大きな圧力ーー、私がいつも娘が彼の顔をなでた 用いている強い指の効果ーーでも、人がハープシコードなどで行な 「あなたには、変な機械よりももっとすてきな贈りものがあるわー う非常に軽い指つかいでも、どちらでもできることがわか 0 た。どネリアは微笑していた。 ちらにしても、同じ大きな音量を出すことができるのだった。おか ジョンは困った問題をかかえこみそうだった。特に、こう部屋中 げで、軽い指つかいで、非常に早い楽節を非常に大きな音で演奏で から声が鳴り響いてしまう翻訳装置では。このときになってふと、 きるようになった。 女たちの英語の発音がさっきとは大きく変ってしまっていることに 私は文字どおり引きずられるようにして、この新しいおもちゃ箱気づいた。今では、日常の会話とほとんど同じだ「た。異常なこと から離れた。どうやら食事の用意が終ったらしい。信じられない話 は何もないような顔をしてはいるものの、好奇心はおさえがたく、 たが、食事は床に並べられていた。さまざまな用具や料理を置くのどうしてこんなふうなことができるのか思わすきいてしまった。 に、女たちはあらゆる高さの段をこしらえていた。食物の色は、床「簡単なことなのよ、ほんとに」とメレアがいった の濃いブルーの色調とあざやかな対照をなしていた。それはまるで 「あなたたちなら苦労しなくても見当がつくはすだわ」もう一人の 床に花壇が作られたようだった。その効果があまりにもすばらしか娘がにこにこしながらいった。 ったので、私には偶然そうなったとしか思えなかった。 ジョンが挑戦を受けた。「ぼくが答えてみよう。まず翻訳システ 食物は何から何まで植物性だった。動物は食べない、 とジョンはムをコンビ = ーターのなかに作りつける。文法とか同義語といった いった。だが、そんなことには気づかないだろう。あらゆる味がそことのほかに、音声のライブラリー があるんだ。ある単語が話され こにあるのだった。じっさい私の唯一の問題はそれだったといえると、それは音で細かく分析される。そして翻訳の手続きをへる。 る。大きなメ = = ーの料理がいっぺんに出てきたみたいに、味がた同じことが翻訳された語では、逆に起る。辞書といっしょに音の貯 くさんありすぎるような気がするのだ。ワインは上等だった。ワイえがあるだけなんだ。だけど話している途中で発音が変ってくるの ンに関するかぎり、一万年の時代の開きも大して影響はないようだ 十ム、リ J ) つい ) っ わけなんだろう ? 」 私も同じことが腑におちなかった。
ハワイの衣服のように思えた。だが生地がそれらしくなかった。織 アレグレット・エ・ りかたも染めかたも贅沢すぎるのだ。そういえば、私の知っている センプレ・カンタービレ 範囲には、たとえどんな常就を逸した夢のなかであっても、こんな はじめは、やっと長い悪夢から、というより、何か熱病みたいな家を思いつくものはいそうもない。それに、ここは ( ワイではあり 状態から覚めたのだと思った。何もかもおかしくなりだしたのは、 えない。あの山々までは、少なくとも五十マイルある。ハワイでそ ( ワイにいたときだった。ひと目見た瞬間、 ( ワイに帰ってきたよれほどの距離なら海を見ているはずなのだが、大洋らしいものはど うな気がしたのだ。光の具合も、高い山々も、、うわべはよく似てい こ こにも見えないのだ。ハワイにも、花はたくさんあった。だが、 た。この奇妙な建物は、何かの隔離病院ではないだろうか ? この絢爛とした咲きかたとは比べものにならなかった。 着ている。 ( ジャマも、一警したところでは、何かエキゾチックな私は順序だてて最近の出来事を回想してみた。神殿で過したの ■■梗概・■ 私の名はリチャード。作曲家である。長いあいだ会わな いでいた友人の物理学者ジョン・シンクレアと偶然再会し たことから , 私は彼といっしょにアメリカへ飛ぶことにな る。ヒ。クニック旅行に出かけたスコットランド高地で , ジ あざ ョンが記憶を喪失して失踪したり , 彼の背中にあった斑が 消えたりするなど奇妙な出来事が重なったからだ。 ジョンは , 最近アメリカの太陽観測ロケットに起る異常 の原因をつぎとめている。装置に異常が起るのは , 太陽が ふつうの輻射線のほかに指向性のある輻射線を出している からだ , と彼はいうのだ。観測の結果 , それは事実とわか る。しかしそんなものが , なぜ , どこへむかって送られて いるのか。そして何を送っているのか。 ロサンジェルスでリーナという恋人ができたのもっかの 間 , ジョンがハワイへ飛ぶことになり , 私も同行する。数 日後 , とつぜん本国との電波交信が途絶える。そればかり ではなし、。世界中がなぜか沈黙し , わずかに正常な電波を 送っているのは , はるかなイギリスだけなのだ。 原因を知ろうと大型機で戻った私たちは , アメリカ全体 が , 開拓期以前と思われる原始的な世界に変貌しているこ とを知る。私たちを乗せた飛行機は最後の頼みであるイギ リスへと進路をとる。 ロンドンへ着いた翌日 , ジョンと私は , 首相以下閣僚た ちの会議に呼びだされる。各地から集まるデータを総合し た結果 , 意外な事実が発見される。地球上の各地域に , と つぜん違う時代が出現したらしいのだ。たとえば海を隔て たフランスでは , ・ - 今は第一次大戦中の 1917 年である。 私たちは大型機で世界の偵察に出かける。いつの時代と も知れぬ一面のガラスの平原と化したソ連 , 紀元前数千年 のオリエント , 都市国家文明たけなわのギリシャ。地球は グロテスクに変貌している。 惑星表面にへばりついている生物には , こんな事件は起 せないとジョンはいう。では , 何ものがやっているのか ? 私たちは二手に別れることに決め , 偵察をジョンにまか せて , 私は古代ギリシャへの旅に出る。 私たち一行が着いた時代は , 紀元前 425 年。アテネは スパルタと交戦中だが , 人びとは暖かく出迎えてくれる。 滞在期間はまたたくまに過ぎる。だが私たちを連れ戻して くれるはすの海軍の船は現われず現代との通信はまったく 途絶してしまった。時間のくい違いがまた起ったのか。 到着して半年以上もすぎたある日 , たまたまアポロンの 神殿に迷いこんだことから , 私はそこの女司祭と音楽の技 くらべをすることになる。意外にも , 神殿の奥深くから聞 えてくる音楽は , 今まで私が聞いたこともない種類の高度 に洗練された音楽だった。 勝負は引ぎ分け。私は女司祭に誘われるまま神殿で一夜 をすごす。目をさますと , 私はどことも知れぬ , 奇妙な家 のなかにいた。 め 6
呑みこめてきた。もし地球が、複数の人口の中心を持 0 ていたな「何も。きみと同じ結果だ」 ら、今ごろはとうに収拾がっかない状態になっていたはずなのだ。 「それは、すこしおかしいと思いませんか ? あなたたちがこの地 9 ジョンも同じ道に沿って考えを進めていたらしい。彼はきいた 域に定住をきめたことはわかっています。しかし他の地域の探検に 「あなたたちにはどんな計画があるんですか、地球を組織的に団結は、よく出かけているでしよう ? 規模は小さいかもしれないが」 させる方法については ? こ 「きみたちやわれわれが、なぜそのような一行と出会わなかったか 白髮の男はあ 0 さりと答えた。「そんな計画はない。どんなこと不思議に思 0 ているわけだね。それは、われわれも気がついた」 をしても成功しないんだからー 「どう解釈しますか ? 」 この状況の持つおそるべき意味を、とうとう私は悟った。それ「なんともいえないね」 は、二十世紀人のはしくれである私たちが、周期的な破局という、 ジョンは落ちつかなげに歩きまわった。ひどく興奮している様子 悲劇の未来を運命づけられているだけではない。 この時代の人びだ「た。芝居がかった仕種で、彼はふりむいた。「ぼくの考えはわ と、未来人さえもが、過去の死の苦悶〈と立ち戻るよう運命づけらか「ているでしよう。アフリカも南半球も、未来に属するんだ。あ れているということなのだ。 のガラスの平原みたいに。それも、この社会の時代ではないと思い どんな種類の統制を行なおうとしても無意味なことが、私にもわますよ。でなければ、必ずどこかに 、ここの人びとの存在する形跡 はあるはずですー かった。数年は、うまくすれば数世代は引きのばせるかもしれな 白髮の男は、すこし悲しそうに微笑した。 したが、いま見たものを考えれば、恒久的な安定は存在しないこ とがわかるのだ。遅かれ早かれ、傲慢きわまりない発展から哀れむ「ご明察ですな、シンクレア博士。すこしも見落しはない。そう べき崩壊への、同じグロテスクな転回が起るのだ。これを防止するその地域が、未来、われわれにとっても未来だということはありえ には、過去の一切を抹消するしか方法はない。 この時代の工学技術る」 なら、そんな抹削も可能なことは疑いない。だがそれもまた、統制「その意味に気がっきませんか ? 」 の試みと同時に不可能なのだ。それは、心理的には、抹削を実施す「気づいてるさ」 るものたちを抹消することになるのだから。この人びとの立ってい 私はもう我慢できなかった。「早く教えてください。どういうこ る基盤をまったく否定することに等しいのだ。 となんですか ? 」 ジョンは、考えこんだ様子でしばらく黙っていた。やがて彼は意 ジョンが私のほうを向いた。「つまり未来では、あの地域が属す 表をついた質問をした。「アフリカや南半球の状態は見ましたか ? 」る未来では、人類が絶減しているということさ。い 0 さいが無にか 「うん、調査したよ」 えったんだ、この惑星上の動物の大いなる実験は。生き残ったの 「なにが見つかりました ? 」 は、何種類かの昆虫だけだ」
「未来も過去もな。南半球からは、何もわからなかった。南アメリマスター・ボタンらしいものを押した。十秒ほどすると船のハッチ 力については、はっきりしたことはいえない。びどい天候にぶつかに似たロが開き、なかから金属の腕が二枚の盆を持って出てきた。 どちらの盆にも、黄色いジュースのはいった大きなグラスがのって ったんでね。ガラスの平原を覚えてるかい ? 」 いた。オレンジ・ジュースなのだろう。また、トーストなのかそう 私がうなずくと、彼は続けた / ンみたいなものが二切れ、それについ 「見ればわかるとおり、あれは遠い未来でなければならない。はるでないのかわからないが、く かに遠い未来だ」 ていて、赤っぽいふわふわしたものが塗ってあった。 「なぜ ? 」 「なんだ、いったい これは ? 」 ーコン・エッグさ。間違ってないと思うよ ジョンはすぐには答えようとしなかった。彼はポケットから小さ「べ な箱型の装置を取りだし、スイッチらしいものを押した。とたんに彼は赤っぽい泡のなかに指を入れ、味をみた。そしてうなずく 床全体が、羽根ぶとんに沈みこんだように、非常にやわらかくなっと、一段と真剣な口調で言った た。起伏があるので、居心地いい姿勢をとるのは簡単だった。つぎ「戻って話そう」 の瞬間、彼はまた箱に何かをし、床はまたかたくなった。といって あっけにとられたかたちで私は続いた。私たちは床にそれぞれ適 も、今もとと比べたらの話で、きわめてすわり心地のよい椅子にす当な場所をとった。 わっている感じだった。 ジョンが説明した。「見たとおり、ここの人間は肉を食べない。 「それで椅子がいらないんだな ? 」 だから食物は、野菜か合成食品のどちらかだ。料理は何百種とある 「そうだよ。何か食わないか ? 」 よ。まだ、そのうちのほんの一部を食べただけだが」 そういわれてみると、ひどく腹がすいていた。いい ね、と私はい 私はオレンジ・ジュースを試してみた。味は上等だった。いや、 これほどいい味のものを飲んだ覚えはなかった。そして今度は、泡 「じゃ、こっちへ来ないか。ほかのからくりも見せるからー のほうにとりかかった。こちらもまた文句はなかった。べ 彼はわきの間の一つへと案内した。そして小さなボタンを押し = ッグでこそないが、まさしくそんな感じの味だった。「味はどう た。とたんに羽目板が横に動き、タイ。フライターの鍵盤みたいなもやって出すんだい ? のが一方の壁に現われた。 「それはもちろん人工さ、化学成分を合成するという意味でいうな 「何がいい ? 」 らな。だが化学成分は、われわれが今まで食べていた食物と同じな フルーツ・ジュースとべ ーコン・エッグだ、と私は言った。 んだ。ついでにいっておくと、カロリーもごく低い。山ほど食べた 「できるだけやってみよう」 って太りやしないぜ」 通信文を書くような調子で彼は鍵盤を叩き、しめくくりとして、 つぎにまた、新しい装置が現われた。ジョンは、泡がのった。ハン め 8
は、昨夜である。それには確信があった。だが、ここは確かにギリ な」 シャではない。家の様式、広々とした間取り、周囲の野原、それに「信じられない ? 」 何よりもあの山々は、明らかにギリシャのものではない。 「どんなことがあったのか教えてくれ、つまり、ここで目がさめる 異様な、奇怪な出来事はつぎつぎと起ったが、私個人に関して前の出来事だ」 は、このときまで何も起っていなかったといえる。私自身の意識に私はギリシャで経験したことの概略を話しはじめた。ジョンは納 大きな脱落が生したのは、これが最初である。自分ではまったく正得しなかった。そして、すべてを微にいり細をうがって話すように 常に思えるのだが、他人の目から見れば、気が狂っているのだろ催促した。話はやがて神殿での一夜のところへ来た。神との技くら べの最後の部分になると、ジョンは愉快そうに笑いだした。 私は家を調べることにした。ルコ = ーを出る、別のカーテンの苦しい体験を思いたして、私は渋い顔でいった。「おもしろがる 入口を見つけた。材質は前のと同じで、かすかに頬をかする感触ののは、きみだけじゃないよ。今ごろアテネ中、気違いみたいに笑っ ほかには、何の抵抗もなく通り抜けた。続きの部屋がさらにいくってるだろう」 かあり、いずれもやや小さかったが、設計はこの大きな部屋と同じ「気を悪くしたかい ? 皮肉なもんだね。音楽なんてものは、ぼく だった。しかし、そのうちの一つには、テーブルがあった。これは丸つきりためたが、きみが何を相手にしたかはたちどころにいう が、あたりに見える唯一の家具だった。その上には、音楽の原稿がことができるんた・せ , かなり積んである。詳しく見るまでもなく、私が冬のあいだ中、デ 「どういうことだ ? 」 イオニュソスの小さな神殿で書いていた作品であることがわかっ 「わかりきったことじゃないか。あれは、未来の音楽なんだ」 た。この点については、少なくとも私は気違いではなかったわけ 私はこの言葉の意味をできるかぎり噛みしめながら、すわってい だ。私は。ヘージをめくった。記ー 意よあらゆる点で正確だった。すべ 彼は続けた。「もうわかるだろう、なぜ・ほくがいろんなこと キリシャに行きた てのディテールが、私の考えるとおりだった。根本にある事実は不を、地球全体を、観察することに熱心だったか。。 可解だが、理屈にあう部分も少しはあるわけだ。私は大きな部屋に くなかったわけじゃないんだ。行きたかったさ。だけど、一九六六 引きかえした。すると、その床の上に、ジョン・シンクレアがすわ年のイギリスが、この地球に現われた最後の時間点じゃないことを っているのだった。 信じていた。いろんな違った時代を見ただろう。紀元前五千年ころ 私は彼の隣りにすわりこみ、カのない声でいった。「いったいどの中東、紀元前四百年のギリシャ、十八世紀のアメリカ、一九一七 年のヨーロツ。、。 一九六六年のイギリスでおしまいにする理由がど ういうことなんだ ? 」 こにある ? もっとあるはずだ」 「おろおろしてるんじゃないかと思ってたよ。二回見に行ったんだ 「それで捜し続けたわけか ? 」 が、そのときは眠っていた。信じられないせ、よくここへ来られた 7
とにした、とジョンが伝えた。乗物の準備はもうできている、とメ 一九六六年の世界に比べれば、ここの科学ははるかに進んでいた レアがいった。私たちは、寂しい、ささやかな朝食をしたためた。 が、さまざまな時代の奇妙な混合を可能にする複雑怪奇な操作につ 出発のときが来た。遅れると困ったことになるのは承知していた。 いては、未知の部分が多かった。私がわかる範囲では、時間逆転の 私は最後にもう一度あたりを見まわした。例の電子装置、今では。ヒ理論が関係していたということぐらいだが、しかしその問題の物理 アノと考えるようになった箱があった。それが今、奇妙に悲しみを学的な理解は私の手にはあまるものだった。はっきりしているの さそった。最後にもう一度弾いておきたいという強い衝動にかられは、この事件が、私たちの感覚を越えたレベルからもたらされたも た。一人になりたい、二、三分したら行く、と私は人びとに伝えのだということである。そのようなレベルの存在は、理屈にあわな た。メレアが答えた いことではないと思う。はるかに高い階列にある知性の思考、行 「長くかからないようにね。あまり時間がないの」 動、工学技術を、私たちが理解できないのも、また無理ないことだ 私は弾きはじめた。昨夜の疑問に対する、私が求める解答は、音と思う。石を動かして、その下にいた蟻が右往左往するさまを見れ 楽のなかにしかないと悟ったのだ。要旨を辿ることはできた、そればよい。蟻どもに、彼らの安定した小さな世界をひっくりかえした は私にとって重大な意味を持った、だがそこから結論は出ないのだのが、いったい何かわかるだろうか ? わかりはしまい。人類さえ も、石の下の蟻と同じようにかき回せることが、これではっきりし った。音楽が何であったか、はっきりと覚えてはいない。それは、 たわけだ。 音楽的主題というよりも、人間の宿命の苦悩をそのまま表現した即 プロビゼーンヨン 興演奏だった。私はいっ終るともなく弾き続け、やがてこの世界この出来事が起きてから二年がすぎた。私は新しい一一一口語を覚え た。もう英語はひと言も話さない。悲しんだこともあまりない。だ に自分をゆだねたことを知った。メレアが戻ったとき、私はシュー が、ときどき激しい痛みが私のうちを切り裂いて通り抜ける。昔の ベルトのアンダンティーノを弾いていた。 音声を聞きたいという何物をも圧倒する欲望である。この物語を、 私はそんな気分で書きはじめた。母国語を話すことはできなくて コーダ も、少なくともそれを書くことはできると思ったからだ。 予言は正しかった。ジョン・シンクレアが出発して数時間後、世この二年間に、私はたくさんの曲を作った。拍手喝采や、音楽会 界は「元」の状態にかえった。一九六六年のイギリス、一九一七年や、批評家を喜ばせるための作曲ではない。私自身と友人たちの楽 のヨーロッパ、紀元前四二五年のギリシャ、すべてはそれらが現わしみのために作曲するのだ。私は、ヨーロツ。 ( やイギリスに帰っ れたときと同様に、あとかたもなく消えた。それ以来ジョンには会た。グレンコーにさえも。ビデア、ン・ナン・ビアンをまた登り、同 っていない。もちろん、これからも彼に会う可能性はかけらほどもじ尾根を辿り、同じ隠れた谷におりた。グレンコーの村はなく、い がみあいばかりしているマクドナルド姓やキャンベル姓の人びとも ないだろう。 200
にも共感できます。しかし、そうしかならないと思いますか ? そ 「なぜそんな興奮するのかわからないね、シンクレア博士 , れは確かに、長期間にわたる、ゆっくりした下降の傾向は見えてい 「失敗を認めたことになるからですよ」 「さつばりわからないね。その意味でなら、失敗はあらゆるものにる。退化はゆっくりとすこしずつやってくるでしよう。はじめは小 不可避に起っている。広大なガラスの平原に、きみは立ったんだろさな踏み誤りが、つぎにはもっと大きくなり、そして大惨事とな 。地球じたいが最後に減びることがわかるはすだ。問題になる唯る。われわれの種がすこしぐらいのことでは死なないことが、今日 の映画でわかりました。絶減は、長い苦しい経過をとるでしよう。 一のことは、それが早く来るか、遅く来るかだけだよ」 しかし、そういう経験を経て生きることに、楽しみを見出すことは 私は信じられずに、彼のほうを向いた。「絶減ですよ ! それが できないと断言できますか ? 希望がすこしでもあるかぎり、絶減 不安じゃないというんですか ? 」 「まじめな決定的な問題として考えれば、不安なんか何もない。わを避ける努力はしていいはずでしよう ? 」 白髮の男は黙りこんだ。ジョンの論点は男を大きく動かしたよう れわれの考えかたは、きみたちにはなかなかわかってもらえないだ ろう。きみたちの時代には、重要なことはすべて未来にあ「た。きだった。ネリアという娘が、論争を引き継いだ。 みたちは未来を目ざして働いた。進歩の意識が、きみたちを支配し「同じ問題を、あたしたちもこの何カ月か考えてきました。長い話 ていた。そのときに歩いている道は、つぎの角を曲ると見える景色しあいをして、一つの決定しか出なかったわけ」 しっておいたほうがいいだろう。 白髮の男が続けた。「これは、、 に比べれば、それほど重要ではなかった。われわれの哲学は、まっ たく違う。いかに現在を生きるかに、重きをおいている。必然と思今われわれが話していることは、ここの人間みんなが聞いている」 男は、四方の壁の送受信装置の性能を強調するように、あたりを う状態が容れられないとわかったら、未来を捨てるだけだ。わかっ 指さした。私たちがおかげをこうむっている翻訳装置のことを考え ていると思うが、われわれは時間を絶えまない流れとは考えていな 。すべての瞬間が等しく重要だと思 0 ている。過去は失われるこれば、これははじめから明らかだ 0 た。 彼は続けた。「私の個人的な意見じゃないことをはっきりさせる とはないんだ」 私は奇妙な気持でジ = ンを見た。その言葉は、イギリスにいたこために、それをい「たんだ。考えた末のこの社会の結論だ」 ろのある日の午後、彼自身の口から出たこととそ 0 くり同じだ 0 た「すると要点は」とジ。一ンがい 0 た。「あなたたちが何のは 0 きり からだ。細かい点は忘れてしま「たが、意識や仕切りの列についてした対策も講じないということにしぼられる。今までのままで行く 彼が話したことを私は思い起した。白髮の男の言葉に同感したのつもりなんですか ? 」 「そのとおりだ。絶減の可能性を、他のあらゆる要素とはかりにか か、それとも、私がジョンの理論の矛盾に気づいたと考えたのか、 けて調べてみた。ヨーロッパの人びとをわれわれと混合させれば、 ジョンは違う論理の筋道をとった。 ヒトという種に新しいチャンスが生まれることもわかっている。だ 「絶減がすぐにも起るという確信があるのなら、あなたの考えかた 5
を残していた。彼は泡を敷物になすりつけ、。 ( ンの切れはしを部屋いるのなら、その中間、つまり一九六六年と遠い未来のあいだの時 の隅へほうった。「掃除機の出番だ」と愉快そうにいった。「戸口代もあっていいはずさ。だから、あれほど捜すのに熱心だったわけ までどいたほうがいい」 彼は小さな箱をとりだすと、またそれをいじくった。部屋の四方「未来人が姿を現わすだろうとは思わなかったのかい ? 」 の側、普通の家なら腰羽目板にあたる部分から、風の起るような音「現われるはずはない。きみがギリシャ人に対して考えたことを思 がした。白い帯が一方の側から現われた。 , それはゆっくりと部屋を いだしてみたまえ。ギリシャへ現代人が大挙してなだれこみはしな わたり、やがて反対の側に消えた。通りすぎたあとには、きれいな いかときみは心配していた。できるだけ、あるがままのかたちを保 絨毯しか残っていなかった。すべてのプロセスが終るまでに三十秒存しておきたいというのが、きみの気持だった。それとまったく同 ぐらいかかっただろう。ジョンは、おもちやを手に入れた子供みたじ理由で、未来もわれわれの前に現われるのをいやがったわけさ。 アテネへ着いたとき、きみたちは異邦人だということにしたが、連 いだった。「家事なんて楽なものだろう、ほら ? 」 ロンドンで同じことをしようとしても、そ ジョンはふざけるのをやめた。私たちは・ハルコニーに出た。彼は中にはそれはできない。 デッキ・チェアに似たものを二つ作りだした。やっとノーマルなもれは無理だ」 「だけどギリシャには来ていたんだろう」 のが現われたかと私は心のなかで感謝した。 「さっきガラスの平原の話をしていたな。あれは、どうして明らか「そう、今・ほくがいった理由でね。一つ、さつばりわけのわからな に未来なんだって ? 」 いことがある。どんな方法でヨーロツ。ハ人をギリシャからしめだし ・、リアー 「どこもかも、なめらかに溶けてしまっているからだよ。時代がた たかだ。彼らが障壁をおろしてしまうまえに、きみたちがそれを通 つにつれて太陽の温度はどんどんあがっていく。地球の表面が溶け過できたのは、本当に幸運だったかもしれないぜ」 てしまう段階だってあるだろう。そのあとで太陽は冷える。そうす「だから本国の人間が現われなかったというんだな ? 」 れば地球上はいたるところ、なめらかなガラスさ。吹きとばされた「わかりきったことじゃないか。何をしたのか、連絡路は断たれて 砂かなんかで表面が傷ついていないといったのを覚えてるだろう ? しまった。方法はわからない。だが、彼らの工学技術が、われわれ みんな溶けてしまったから、砂なんか残っていないんだ。それに、 とギリシャとの開きぐらいに離れていることは考えていいと思う。 あの段階まで行けば、大気や風はなくなっている。ガラスの平原は、 実際的なディテールにこだわっても、たいした収穫はないと思うん 地球の究極の運命だよ」 だ。工学技術が五十年進歩していただけで、一九六六年のイギリス 私はオレンジ・ジュースをすすりながら、しばらくのあいだじっ がヨーロッパの状況を即時停戦にもちこめたんだから、数千年進ん とすわって、この知識を頭のなかに沈潜させた。 だ社会なら、地球上の一部を封じこめるくらいわけはないさ。とに ジョンは続けた。「あとは明白だ。あそこに遠い未来が現われて かく自分たちの国にも、彼らはそれをやっているわけだよ」 9
世界で初めての劃期的企画 / マガジン及びニ大シリーズを世に送り出している小社は、出版のパイオ第十五巻アイザック・アシモフ ニアたる自負のもとに、このたび『世界全集ーニ一世紀の文学』を刊行することに第十六巻アーサー・ o ・クラーク なりました。 第十七巻フレドリック・プラウン 古典から現代まで、として意義のある、すぐれた長短篇を厳選、網羅したこの シオドア・スタージョン 全集は、世界でもはじめての画期的な企画です。の出版に絶大の熱意をそそぐ」 第十八巻 <t ・・ヴァン・ヴォクト 社が、自信をもっておすすめする『世界全集』にご期待下さい。なお詳細は追って 第十九巻アルフレッド・ベスター他 発表いたします。 第二十巻ジョン・ウインダム 第一一十一巻クリフォード・・シマック他 第一一十一一巻イワン・エフレーモフ 第一一十三巻スタニスラフ・レム 第一一十四巻ストルガッキー兄弟 ゲォルギー・グレーウィッチ 第一一十五巻ルネ・。ハルジャベル 第一一十六巻カート・ヴォネガット・ジュニア ・・ハラー・ト 。フライアン・オールディス 第一一十七巻安部公房 第一一十八巻星新一 第一一十九巻小松左京 第三十巻光瀬龍 筒井康隆 眉村卓 第三十一巻短篇集英米仏編 ( クラシック ) 第三十一一巻短篇集英米編 ( 現代 ) 第三十三巻短篇集東欧・ソ連編 第三十四巻短篇集日本編 ( クラシック ) 第三十五巻短篇集日本編 ( 現代 ) 別巻講座 ・ドン噎 4 い二 : 朝い 世界 SF 全集今当 本年 7 月より刊行予定 頁本 百華第一巻ジ = ール・ヴェルヌ 五豪 第二巻・・ウエルズ 均ス 第三巻コナン・ドイル 各ク 第四巻ヒューゴー・ガーンズバック 判総 ジョン・ティン 6 入 箱 第五巻フィリップ・ワイリイ ・ファウラ ー・ライト 第六巻オラフ・ステープルドン O ・・リュイス 第七巻エドワード・・スミス 第八巻アレクサンドル・べリャーエフ 第九巻カレル・チャ。ヘッグ ィリヤ・エレン・フルク 第十巻ジョージ・オーウエル ォルダス・ ハックスリイ 第十一巻エドモンド・ マレイ・ラインスター 第十一一巻ジャック・ウィリアムスン他 ート・・ハインライン 第十三巻ロバ 第十四巻レイ・ブラッドベリ 8 6