「どうして ? 」ミナは頬にかかる金髮を手ではらいのけながら、ク 。ヒューターは、やっと数年前からはじき出しかけているところだっ 4 た。巨大で不気味な″新型〃の中央集権国家となった中国は、人口スッと笑った。「黄金時代のはじまりつ . て、〈ザ・グローブ〉の社 十二億に達した時、やっとかたく閉ざしていた門扉をひらきかけ説に出てたわよ . た。アフリカ新興諸国の統合はすすんでいたが、新しく誕生した「短期的にはそうかも知れないね。だけど、黄金時代が本当にはじ 「連邦ーの中は、まだ火をひいたばかりの鼎の中のように、ガッガまったらはじまったで : : : そのとたんに、人類は重大な精神の危機 ッと煮えくりかえっていた。ーーー軍隊と軍隊、国家と国家との武力に立たされるにきまっているんだ。これはまったく簡単に、洞察で 衝突はなかったが、ここでは、テロやデモ隊と軍隊との流血はまだきるんじゃないかな ? 黄金時代は、古代においては失われた幻影 くりかえされている。 国際間の問題は、まだまだいろんな紛糾だったし、中世においては天上の。ハラだったし、近世には海の彼方 ュートビア のたねがっきなかった。半世紀ももみあいながら、まだ片のつかなの不在の理想郷だった。近代においては永遠に到達しがたい社会の い領土問題があり、宗教上の古い古い対立があり、歴史的な国家の目標で、半世紀前においてさえ、それはいつくるかわからない遠い ここ十数年か、あるいは数十 確執があり、貿易赤字や国際的産業竸争や、ある民族、ある国家の未来だった。だが、いつの間にか 無気力化などという問題があった。にもかかわらずーーーすくなくと年の間に、そいつは、突然はじまっちまった。実現しそうもないも いったいどうな も表面的にはーー・事態はあらゆる面にわたって、″好転〃しつつあのが、いきなり現実に訪れはじめた。となると るように見えた。春のあけぼののような、そんな雰囲気が、・ほくらるんだ ? かっての目標ーーー長い長い間人類の目標だったものが、 の育ってきた時代の、あらゆる所に感じられた。時代はたしかに上突然達成されはじめ出したら : : : じゃいったい、その時期にうまれ だからこそ、その上昇の中で、人類そのものてきた世代は、今度は何を目標にしたらいいんだ ? こいつは大問 昇しつつあった。 にけちをつけることは、痛快でもあったが、やや軽薄めいた感じを題だと思わないかい ? ーーねえ、ミナ、ぼくたちは、時間というエ スカレーターにのつけられて、自動的にこの時代の中に押し上げら まぬがれ得なかった。 みんなひょっれて行く。ところが、この花やかで上に行くほどすばらしい栄光で ちがうのは・ほくだけだ、とは決していわない。 としたら、めいめい一人きりになった時、それそれ考えているのか光り輝いている = スカレーターの、金色燦然たる頂上のむこうには 何もないんだ。光と喜びにみちた虚無があるだけなんだー も知れなかった。しかし、・ほくは、特にそうだったといえる。この 「すると、あとはまっさかさまってわけ ? 」ミナは、かすかに苦笑 問題になると、いつもなんとなく、考えこんでしまうのだ。ぼくが するように小首をかしげて、その深い、菫色の眼を、ぼくにむけ その問題を語りあうのは、ミナ・コローディとだけだった。 「ひょっとしたら : ・ : ・」と、臨時の。 ( ーティが解散してしまったあた。 「ちがうよ、ミナ。君は虚無ってものの性質をとりちがえている と、・ほくは大学の中を、宿舎にむかって歩きながら、ミナにいっ た。「人類よ、、 よ。虚無というやつはーーーおちて行くべき奈落さえないんだ。すべ をしまが絶頂じゃないかね ? 」
場合はきき役にまわった。 みんな、冗談めかして議論していた 「どこまでだい ? 」と皮肉な眠っきで、まっかえすようにいうのが、この話題には、・ とこかみんなの深い所にふれるものがあった。 は、とんがった顎ひげをはやしたホアン・クリストル・ディアスすくなくとも、ぼく自身はそうだった。・ほくが、あまりみんなとい だった。「なんだか、限界が見えちまったような気がするぜ。 っしょになって、機知のきいた会話のやりとりに参加しなかったの そのことをふくめて、人類は完全じゃないとい 0 てるんだろう ? 」は、この問題を、一片の。 ( ーティ・ジョークのようにとりあっかう 「ギリシャは完全だった : : :. 芝居がかった身ぶりで立ち上り、眼のに、何となくたえられなかったからだ。 みんなだって、半分 を天井にむけて歩きまわってみせるのは、金髮のヴィクトール・ド は本気だった。しかし、半分冗談だったこともたしかだった。つい ラリ = だ。「おお、わが友アキレスよ。血ぬられし諸手もて、戦士数十年前の歴史のことを考えてみれば、現在は「最高」だった。戦 こわくび の強頸くびるオデッセイよ、〈ラクレスよ、アド = スよーー人類は闘はついに、この地上から消えた。こんなことが長くつづくわけは かって、あるがままで完璧だった。それが今はどうだ ? ェア・コ よい、とぼくらの父親たちはいった。またどこかで、ドンパチがは ンディショニングがちょっとくるったらアレルギーを起し、みみすじまるにきまっている。 人間の恨みというものは底が深い。人 のようなリビドーの切れつばしを後生大事にかかえている青白い猿類社会の中は、おくれた部分がいつばいある。 だがーーー不思議なことに、それはすっとおこらなかった。おこら 「君のおじさんのルソーによろしくい 0 といてくれ , とチャールズずに、二十年たち、二十五年た 0 た。もう、今では誰も武力をつか ・モーテイーが笑いながらまぜかえす。「おじさんが子供の時 0 た戦争は、二度と起らないだろうと思いはじめている。ぼくたち よこ は、街角で、むこうからや 0 てくる御婦人をび 0 くりさせるほど元の世代のことをおとなたちは「終戦 , 子」とよんだ。 / 冫、刀 気だ 0 たのに、あなたの甥たちは、みんなインボにな 0 ちゃいましちょ 0 と皮肉めいた冗談の意味がふくまれているらしいのだが、ぼ たってな」 くらにはよくわからない。ぼくたちはただ、「地上最後の戦闘の終 「いや ! チャーリィーーあなた下品よ」とフウ・リャンが身をよ結した年」に生れた世代だとうけとっている。 ーーむろん、すべて じって笑いころげる。 の問題が解決したわけじゃなかった。低開発地帯における人口爆発 「あせることはないさ、リー・シン ( イが、おだやかな微笑をうか は、最近になってやっとおさえこむ態勢にはいったところで、まだ べていう。 「人、なべてその日々をつくせ、だよ。どこまで行ける完全にフォールとまでは行かなか 0 た。もえ上 0 た油に毛布をかけ かは、おれたちの時代に答えが出っこない」 た時みたいに、あちこちの隙間から、まだチョロチョロ炎が吹き出 いつもだま 0 てにこにこしているのは、黒人のサム・リンカーンし、いつまた、毛布そのものが燃え上るかわからなか 0 た。食糧増 と、ポリビアからきた、クーヤ・〈ンウィ , ク、それにミナ・ 0 ロ産は急テンボで進んでいたが、人口問題との、いらだたしい p 「 0 ーデイだった。 ぼくは、その話に時々わりこんだが、大ていの et cont 「 a の状態を解決する方式を ( 食料農業機構 ) の = ン 3
らしいな。動く、ゆえに生きているというわけだ。『マラソン』号だほうがよさそうだ」 はそれ自体では動かないから、彼らはそれを危険とは見なさなかっ どやどやと外へとびだした一同は、手を貸して船尾噴射管をもと た。彼らの目的は乗組員だけだったんだ。だから、乗組員がみんな通りはめこむというやっかいな作業にとりかかった。不充分なデリ いなくなると、彼らは船に興味を失ったんだよー彼は考えぶかげに ックと人の力だけでその巨大な管をはめこむのは、とてつもない難 一同を見まわした。「だれもそれを試してみることを思いっかなか事業だった。い っぽう火星人たちは、溶接器の火花をきらめかせ ったらしいが、もしもそっと一隅にひっこんで、完全な静止状態でて、破壊された船尾の修理にかかり、機関士たちはエンジソ・ルー 立っていたら、彼らは眼もくれなかったかもしれんそ。そうだ、きムへ行って、推進装置の故障の有無を確かめた。ほかに三名の乗組 っとそうにちがいない , だがちょっとでも動いたら、たちまち彼員が、おもに大型機関銃によってもたらされた気閘のがらくたを片 らは襲いかかってきただろう ! 」 づけた。 「かもしれんが、おれはそんな実験はいやだね」だれかが冷ややか 一同がこれらの作業に従事しているうちに、クアークはいま一度 に言った。「それよりも足をもらったほうがいし 。それもうんと逃快速艇に乗って出撃していった。船長はこれに乗り気でなかった げ足の早いやつをな ! が、クアークは道路から一時的に機械の姿がなくなるまで雲の上で 「もう一度襲撃してくるだろうか、船尾の修理が終わる前に ? 」わ待機し、それから隙を見て低空に降りて、首尾よく行方不明の救命 たしは言った。 艇を発見した。三人の乗員が、それをへインズの二人の僚友の遺体 「なんとも言えんな。おれの意見では、彼らはおそろしく奇妙な心ともども快速艇に収容し、船に持ち帰った。 手もとの証拠から判断したかぎりでは、救命艇は例のプルマン・ 理を持っている。もしそれを心理と呼べるならばな」ジェイ・スコ カーが無線のチャンネルを掩蔽しているとも知らず、おおっぴらに アはつづけた。「見慣れたものは黙って受けいれるが、見慣れない ものにたいしては、即座に本能的な敵意をいだく。船が襲撃された連中のまんなかに舞いおりて、友好的接触を試みたらしい。ヘイン ズはそこで生け捕りになった。他の二人は、機械との戦いで戦死 のも、ひとえにそれが彼らにとって未知の闖入者だったからにほか し、その場に取り残されたーー動かなくなったからだ。夕刻、われ ならない。だがいまごろはもう、彼らの共有する知識に、船はとく に重要ではない既知の要素として組み入れられているだろう。たまわれは彼らの遺体を、アンドリ = ウス機関長その他の犠牲者ととも に葬った。 たま機械のひとつが通りかかって、われわれの逃亡と結びつくよう な末知の要素を発見し、報告しないかぎりは、この状態は変わるま暗くなってからも、火星人たちの溶接器の青い火花は闇にきらめ いよ。それについてなにをなすべきかを判断し、指令をくだすのき、船体のあらゆる部分から間断ない槌音が響きわたった。われわ は、それからさらに先の話さ」彼は、彼方の山かげになかば落ちかれはこうしてわれわれの所在を宣伝していたわけだが、この危険は 冒さないわけにはいかなカった かったタ陽を、窓ごしにちらりと見やった。「どうやら行動を急い 円 6
うに、それは全速力でこちらへ近づいてきた。わたしの判断によれがと道路に横たわっており、レンズと多数の腕のついた頭部は、原 ば、それは北から接近してくるお化け煙突よりわずかに早く、われ形もとどめぬまでに破壊されて、びくりとも動かなくなっていた。 われのこのあぶなっかしい集結所に到着しそうであった。だが屋根同時にこの巨人煙突の下敷になって、一ダースもの小型機械が息の に着陸して、気閘をひらき、われわれを乗せ、面倒の起こる前に飛根を止められていた。 びたてるかどうかということになると、はなはだ心もとない。すで「えいくそーサグ・ファーンがとっぜん眼を覚まして喚きだした。 しったいなんて騒ぎだ。 に早くなっていたわたしの動悸が、ここで早鐘のように打ちはじめ「人がせつかくいい気持ちで寝てるのに、、 またやつらが襲ってきやがったのか ? 」彼は触手をのばして、あく た。一同はまっすぐにつつこんでくる快速艇を見、ごろごろ近づい てくる敵の巨大な脚輪を見、その進み具合を見くらべてはらはらしびをした。 「いいからさっさとそこをどけよクリ・ヤングがいまいましげに おそらく半数は助かるだろうが、半数は諦めなきゃなるまい。そ彼を見ながら命令した。「艇が降りる場所をつくってやるんだ」 うわたしが観念のほそを固めかけたとき、快速艇は接近してくる煙急ぐふうもなく、サグ・ファーンは仏頂面でわれわれの集まって 突に気がついたらしい。艇は着陸態勢を中途で切り換えて急激に方いる屋根の一角に退避した。針路をたてなおした快速艇が低空から 向を転じると、ぐらぐらと横揺れしながらわれわれの頭上をかすめつつこんできて、そのあとに着陸した。艇の重みで、屋根のくぼみ 過ぎ、いまやわずか五十ャード前方にまで迫った煙突めがけてつつはわずかに深まり、さらにいちじるしくなった。もしも屋根を支え こんでいった。それが落とされるところは見えなかったが、小型原ている強大な力と、熟練した艇の操作がなかったなら、艇はめりめ りと屋根を突き破って、われわれを敵の手のなかにばらまいてしま 爆が投下されたのにちがいない。 ったにちがいない。 「伏せろ ! ージェイ・スコアが緊迫した声音で告げた。 われわれはいっせいに腹這いになった。ぐわーんとなにものかが 上空を揺るがし、建物が震動して、めったに見られない金物の噴水 ほっとして、一同はどやどやと艇に乗りこんだ。艇内には船長の が街路から湧きあがってきた。数秒間、無気味な静寂が耳を圧し、姿はなく、ブレナンも見えなかった。操縦しているのは、二等航宙 生き残った機械市民どものがらがら、がちゃがちゃいう音と、去っ士のクアークで、ほかに五人の地球人と、一人の火星人が乗り組ん ていく快速艇のきーんという爆音だけが、その静寂のなかに響きわでいた。このクラスの艇を動かすには最低限の人員である。火星人 たった。それから、お化け煙突がまっさかさまに倒壊するものすごはクリ・ドリーンだった。僚友たちが身体をくねらせて乗りこんで い大音響がして、ふたたび建物がぐらぐらと揺れた。 くるのを見ても、彼はものも言わなかった。ただじろじろと彼らを わたしはがくがくする脚を踏みしめて立ちあがった。煙突はプラ見やって、鼻を鳴らしただけである。 ットフォームを破壊され、筒の部分をゆがめ、ねじまげて、ながな「十二太陽系ドルを賭けてもいいが」と、クリ・ヤングが冷ややか こ。 円 2
それにぼんとうだった」睚下の雑沓する機群のなかで、いく つみうかという巨大な車輸の上にっている」こクフラットフォーム かの機械動物が彫像のように静止していた。それはみな同種のやつの中央から、先細りの煙突がそびえていて、煙突の先端は、地上六 だった。ほかの型のは、、 しままで通りなにごともなかったように道十フィート以上の高さのところで、多数のレンズの眼と多数の腕の 路を往来している。棺桶、球体、むかで然としたの、それに図体のある頭になっている。見たところ火の見やくらなどよりもっと高 大きな不恰好な凝似ブルドーザー、どれもがちょこまかと動きまわく、街路や建物を悠然と睥睨している。 って各自の仕事にいそしんでいるが、この特別のタイプーーー卵型の 「さあみんな、拍手だーーチャーリーさまのお出ましだ・せ ! 」例の ボディの、細長い脚のあるやっーー・だけは、途中でぜんまいの切れ旧式な拳銃の主が言った。そう言いながら彼は、その時代遅れな武 器を決然と握りなおしたが、近づいてくる大煙突とくらべると、そ た玩具のように動きを止めている。 「これでわかった、やつらはみんな無線操縦なんだ」と、ジェイがれはあまりにも現実離れしていた。まるで紙つぶてで狂暴な象を斃 言った。「どの種類もそれそれべつの帯域と専属のステーションをそうとするようなものである。 持っていて、そこから動力を得ているんだ」彼は全市街にわたって「いや、あれは建設工機械だな」ジェイが冷ややかにそのものをな 「たぶんわれわれをここからつまみだすために 屹立している無数の鉄塔を指した。「だからあれをぜんぶぶつこわがめながら言った。 呼ばれたのだろう」 してやれば、機械はどれも一時的にせよ動かなくなるはずだ」 「なぜ一時的になんた ? 」わたしは言った。「動力を奪ってしまえ屋根の上の人間の一団は、そう聞いてもおかしなほどそれに無頓 着に見えた。おそらくみんな、わたしの身内に湧きたってきたのと ば、ほぼ永久的に動けなくなるはずじゃないのか ? ー 「必ずしもそうじゃないね。これだけ多種多様な、ほとんど考えら似たような感情を、押し隠そうと努力していたのだろう。そのとて つもないお化け煙突が、ゆっくりと、だが仮借なく近づいてくるに れるかぎりの機能を持った機械がそろっているんだ。まず確実に、 つれ、わたしの胃袋はちちんで、小さな堅いポールになった。 独立した動力源を持っ修理班が存在するにちがいない。ほかのやっ がぜんぶ動かなくなったら、すぐ出動するしかけになったやつが いまなお機械の大群が右往左往してお はるか眼下の街路では、 な」 へつの飢えた一群が待ちかまえて っぽう屋根の竹の下には、・ いる。ジェイならばあのすばらしい跳躍力を駆使して、屋根から屋 だれかが口をはさんだ。「もしその修理班とやらが、歩く灯台に 似たたぐいのやつだったら、もうすでに一台あらわれたぜ , 彼は親根へとびうつって逃げられるかもしれない。だがわれわれ残りのも のは、屠殺場に入れられた去勢牛のように、ふるえながら順番を待 指を北へ向けて見せた。 つ以外に手はないのだ。 われわれはみなそのほうを見た。北からやってくるその物体は、 まさにあらゆる意味で想像を絶していた。まず、本体は長い金属の そのとき、彼方の空に一点の黒点があらわれ、ぶーんと爆音が聞 プラットフォームで、それが直径十フィートから十一一フィートはあこえて、快速艇がもどってきたことを告けた。小さな早い弾丸のよ
うに前方へつきだされ、残りはたたまれて脇腹のところにおさまっ りあげた。わたしはその容赦のない手に高く差しあげられたまま、 うしろ向きに気閘のなかを運ばれていった。何本もの腕のある奇怪ていた。ときおりその機械怪物のグロテスクな銅の巻き毛がびんと 問いかけるように打ちふるえてから、ふたたび時計のぜ な物体が、あばれまわる船長の身体をつかみ、わたしと似たりよっ伸ばされ、 んまいのように巻きもどされるのが見てとれた。 たりの方法で騒乱の場から引きだすのがちらりと見えた。 最後にわたしが眼にしたその場の光景は、一個の金属球がめちゃ くちゃにもがきながら、天井へ向かって浮きあがっていくところだ われわれはほかの機械のそばを通過した。『マラソン』号の破壊 った。そいつは太い、吸盤におおわれた縄と取っくみあっていて縄された船尾の周囲を、多数の機械怪物がとりまいていた。大きな はしつかりとそいつに巻きついていた。マクナルティとその捕獲者の、小さなの、うずくまったようなの、すらりと背の高いの。その なかに、ひときわ高く、例の蒸気シャベル然とした手を持った醜怪 がそのあとの光景をさえぎってしまったが、わたしは火星人のひと りが天井にへばりついて、悠然と眼下の敵を釣りあげているのだろな機械動物の姿が見えた。そいつは船の後部噴射管の下から、一直 うと想像した。 線に深くえぐれた溝の先端に悠然とうずくまっていた。半ダースほ せかせかした規則的な歩調で、わたしをつかまえているやつは、 どの機械が、せっせと下方の噴射管を取りはずしていた。上部のや かすかに白みはじめた地平線へ向かって歩きだした。夜が明けかけつはすでに抜きとられて、まるで抜かれた歯のように地面に並べら ていて、あと二十分もすれば陽が昇るものと思われた。あたりの景れていた。 色が急速にはっきりしてきた。 ちくしよう。わたしは苦しい気持ちを噛みしめた。 ・フレットナーと彼の天才なんて、この程度のものさ。あのごたい わたしを運んでいるやつは、長い、平たい背中の上にわたしをの せ、わたしの胸と腹にかたくケーブルを巻きつけて、いくつも関節そうな天才科学者が生まれていなかったら、いまごろおれたちはあ のある腕でわたしの脚を押えていた。足の先は自由に動かすことがのなっかしい『アプシイディジー』号で、のうのうと暮らしていら できたし、右手はいまだに、ずっしりとした針線銃を握ったままだれたのに。 ったが、如何にせん、あまりにきつく押えつけられているので、わ わたしが心ならずも乗せられてきた乗りものが、しだいに歩調を たしはそれを適当な位置まで持ってくることができなかった。 早めだし、とうとうどたどたと駆けだした。身体も首もほとんど動 十ャードほど向うで、マクナルティがおなじく殻物袋のように運かせないので、わたしは様子を見ることもできなかったが、わたし ばれていた。彼をつかまえているやつは、わたしのとは違い、もつを押えつけている機械の力は強く、執拗で、その窟屈さは苦痛なほ と大きくて、重く、触手はなかったがその代わりに八本の多重関節どだった。そいつの金属の足ががちゃがちゃと半金属性の地面を踏 と、一ダースのさまざまな長さの腕を持っていた。腕のうち四本はみしめるのが聞こえたが、わたしに見えるのは、強烈な勾いのする もがく船長を押えつけ、前の二本はお祈りをしているカマキリのよ鉱物油をしみださせた、一本の動く脚の付け根だった。
っとするよ」 よよかっこ。 ガラガラ、ドカーン ! その音は『マラソン』、号の船内くまな いま一度探照燈の光芒が外を照らしたとき、手近かの窓からのそ く、銅羅の音のように響きわたり、わたしがありったけの武器を運 いていたマクナルティは、その光にとらえられかかってあわてて退 却する一個の機械を認めた。眉をひそめながら、彼はわれわれ一同びだすのに忙しい兵器庫のなかに、ひときわ高く反響した。と、す ぐっづいて、第二の横揺れがきた。今回は最初のときよりさらに激 にというより、ジェイ・スコアに向かって言った。 しく、すくなくとも十五度は傾いたろう。が、こんどもまた船は起 「われわれは二つの行動のどちらかを選ぶことができる。たったい まここを飛びたっか、それともやつらに船をいたずらするのをやめきあがりこ。ほしのようにもとに戻った。 腕いつばいに機銃の弾薬帯をかかえてとびだしていったわたし させるかた。前者の場合は、永久にあの救命艇を失うかもしれない ことを意味する。また後者の場合は、諸般の事情からして、いやとは、ジ = イ・スコアがすでに気閘の内扉の内側に陣取っているのを いうほどのトラブルを意味するだろう」彼の視線がスティーヴ・グ認めた。船がぶるんと身ぶるいして、水平の位置に復した。ジ = イ コム底の靴をはいた足をしつかりと鋼 レゴリーを捜しあてた。「スティーヴ、もう一度救命艇を呼びだすは一言も口をきかなかった。。 努力をしてくれ。それでも連絡がっかないようなら、万一彼らがそ鉄の床に踏んばり、胸を張 0 て、らんらんたるまなこでゆっくりと れを受信してくれることを願って無線指令を発しておいたうえで、回転する円盤型の外扉を見つめているだけだ。 いよいよ準備よしとなると、そのどっしりした扉は無限螺旋にそ 気閘を開けるのだ」 「合点です、船長」依然として片方の眉毛を多少なりと額の上のほ 0 て回転しながら内側にひらき、螺旋の端まできて、さながら巨大 うへや 0 たまま、スティーヴはその場を離れた。五分後に彼は戻っな金属の栓のようにぼこりと取れた。すかさず制御アームがそれを 横に押しのけ、同時に探照灯が眼もくらむばかりの光をその空間へ てきた。「やつばりだめです。うんともすんとも言いません」 「よし。全員、銃を用意しろ。探照灯のひとつを右舷の気閘へ持っ向けて放射した。 ていって、ドアの隙間に向けるんだ」彼はロをつぐんだ。『マラソ外の薄暗がりのなかで、しきりに走りまわ 0 たり、金属のぶつか ン』号がとっぜん約十度の角度で一方に傾き、ついでぐらぐらと揺 0 たりこすれあ 0 たりする気配がしたが、長いあいだその丸い穴に れながら水平にもど 0 たのである。「それからライトのそばに大型あらわれるものはなか 0 た。おそらく外の連中は、この新しい穴も またべつの窓でしかないと考えているのだろう。期待に息を殺し 機銃を据えろ」 彼とジ = イ・ス = アと、探照灯を移動させている二人の機関士だて、われわれは立ちつくし、待ち受けたが、依然としてそこにあら われるものはない。 けを残して、ほかのものはすばやく持ち場に散った。 ドレークというフレットナー航法算定 5 と、しびれを切らしたのか 「このでつかい船をい 「ひゅう ! ーマクナルティが溜息をついた。 まみたいに傾けちまうなんて、どんなカんたか考えただけでもそ土のひとりが、大胆に光のまんなか〈歩みでると、丸いドアの穴の
の感情があるならま、ど : をナカー・ーーわれわれのほうへ触手をふりあげて いつけられてめちやめちゃに身をもがきながら舞いあがり、そこか いた。棺桶もいくつかいて、関節のある後脚を折り曲げ、獲物を逸らべつの球体の上に投け落された。投げ落されたほうはそのまま動 8 した猟大の群さながらに、坐りこんでわれわれを見つめていた。前 かなくなり、投げつけられたほうは、操舵回路になんらかの故障を 面のレンズ . は、屋根の上の逃げた獲物を見あげるためにせいいを つま生じたのだろう、ねずみ花火のようにくるくる円を描いて走りまわ いうしろへ傾斜し、そこにはまったく表情というものは見られなか りはじめた。 ったにもかかわらず、わたしには彼らのロがひらいて、そこから長ひきがえるのお化けは、こういった騒ぎにはいっこう無関心にじ い舌が垂れさがっているような気がしてしようがなかった。動いてっとうずくまったままだったが、クリ・ヤングはそのほうを物欲し いる機械の大部分は、継続的にガラガラ音をたてたり、カチカチ鳴げに見やりながら言った。「この手でわれわれは最初の戦闘に勝っ ったりしていた。刺激性の潤滑油の匂いが、この高さまで匂ってきたのさ。やつらをひとつひとつつかみあげては、投げ落してやった んだ。やつらには木登りはできない。おまけに、天井に届くほど大 この集団の三十フィート上空で、いまサグ・ファーンとクリ・ヤきな機械は、『マラソン』号のなかにはいらなかったしな」 ングがそれそれ向かいあった壁のてつべんにへばりつき、敵に手を片方のどんぐり眼をわたしとジ = イに向けたまま、彼は残る片方 のばそうとしていた。と、見るまに、戦艦でもつなぎとめられそう を下に向けて、じろりと敵をながめた。この、火星人独特のべつべ なナグ・ファーンの腕が一閃、先端の吸盤がひろがったと思うと、 つに動く眼というやつには、、 しつ見てもそっとさせられてきたし、 たぶんーーその姿勢から見てーーーわれわれが熟しすぎたぶどうのよ これからもそうだろう。サグ・ファーンに向かって、まるでそれが うに落ちてくるのを気長に待っているのだろう棺桶のひとつの、平しごく当然な論理的帰結だといわんばかりに、クリ・ヤングはつけ たいなめらかな背中に吸いついた。たちまち、警戒して腕をがらが くわえた。「クリ・モルグは、あの角を犠牲にすべきだったな」 らいわせ、関節のある脚をふるわせる棺桶が、たかだかと吊りあげ「ああ、おれもあれを捨てるべきだったと考えていたところだ」 られた。それと見て、球体のひとつが機敏に救助に駆けつけてきと、サグ・ファーンが球体のひとつをキリンの脳天を打ちくだくの に使いながら言った。「モルグのやつは、えてしてゲームの経済的 すかさずクリ・ヤングが割ってはいると、肥った蠅を舌で巻きこな面で誤りをおかす傾向があゑいまの角一個の損失は、ゆうに十 むカメレオンそこのけの無表情さで、その球体をつかまえた。棺桶手あとの飛車二つの得に価いするってことが、あいつにはなかなか は二十五フィートの高さまで吊りあげられ、そこで吸盤がそれを離呑みこめないんだ」彼は溜息をつき、それから、「見てろよ ! 」と すと、もんどりうってひきがえるタンクの背中に落下し、そこから叫ぶと、すばやく一個の奇妙な道具の集合体と見える物体のほうへ さらに、こわれた内部構造をがらがらいわせながら床に転落して、手をのばし、その前部からっきでている大きなこぶのある突起をつ 動かなくなった。棺桶よりも軽い球体のほうは、クリ・ヤングに吸かんで、それをクリ・ヤングのいる壁の下部めがけて投けつけた。 こ 0 こ 0
さらに三本の触手を屋根につかまっている腕に追加すると、彼は っていたのだ。この観点からいくと、もしも切裂き屋どもになんら かの好みがあるとすれば、まっさきに選ばれるのはスパナを持った残る四本を下へのばした。 / 彼の全体長は三十二フィートだっこが、 男か、サム・ヒグネットだろうという気がわたしにはした。なんと屋根につか・まっている分を差し引くと、それより五、六フィートは なれば、この二人のうちの前者が、どうして半分だけ金属の、二倍短かいはずだった。触手の先端は、床からたつぶり十四フィートは も長さのある腕を持っているのか、そしてまた後者のほうが、どうあろうかというあたりでぶらぶらし、誘惑的にまるまったり押びた してほかの全員の白い皮膚とは対照的な、真っ黒な膚をしているのりした。そうしてサグ・ファーンがそこにぶらさがり、われわれが か、やつらは好奇心をいだくだろうからである。また、彼らがジェさまざまな度合の希望をいだいてそのほうを見あげているあいだに イ・スコアを解剖したとき、どんな反応をしめすだろうかともわたも、ドアははらはらはするほど大きく内側にふくれあがった。海老 しは考えた。 に似た生物たちは、あんぐり口をあけてサグ・ファーンを見つめて ドアが激しく揺さぶられ、くさびのおかげでひらきはしなかった ものの、まんなかへんがしだいにふくらみはじめた。そのたわんだ と、とっぜん彼はあと十フィート 下へすべり降りると、乗組員の 上端と壁の隙間から、眼を射るような光がさっと差しこんできた。 うちの四人をつかみあげ、天井の穴へ持っていった。四人はまるで ある種のキャタ。ヒラーと覚しきものが、ごとごとと外を通りすぎた象の鼻に巻きあげられる象使いのように運ばれていった。穴を見あ が、そのあいだにも、ドアを押している機械はその強烈な圧力をゆげたわたしは、サグ・ファーンがもはや直接には屋根につかまって るめなかった。 おらず、上方の六本の触手は、ここからは見えないが屋根の上で足 「いよいよやつらの歯が見えるまでは撃つなよ , ドアにくさびをかを踏んばっているらしいべつの火星人の触手と、しつかりからみあ った男が、ニャリと笑って言った。 , 冫 彼ま意味ありげに床に唾を吐くっているのを認めた。サグ・ファーンが穴の数フィート下まで四人 っちほこ と、鎚矛によりかかって待つ中世の騎士みたいに、スパナによりかを運びあげると、べつの触手が上から彼らに巻きついて、その荷物 かったが、そのポーズは、彼の腕の踊り子の刺青をいささか場違いを受け取った。つづいてつぎの四人、さらにつぎの四人が運びあげ に見せていた。 られた。 ハリ。ハリと物の裂ける音がして、天井の一角が大きくめくりあげ この空中サーカスやら、いまにも破れそうにたわんでいるドアや られた。上向けたわれわれの顔面に、日光がさっと降りそそいできらに注意を分散していたため、わたしはヴァルガ星人たちにあまり た。多数の大吸盤におおわれた腕を持った、巨大な革製の球根様の気をとめていなかった。ところがふと気がついてみると、彼らはマ ものが、引きめくられた穴のふちを越えて降りてきて、三本の腕でクナルティとさかんに議論を戦わせているではないか。 3 8 天井につかまり、醜怪な蛸のお化けのように宙にぶらさがった。見「そりやだめだ」と、船長がきつばり言った。「われわれは諦めん ればサグ・ファーンであった。 ぞ。避けられぬ運命を受けいれるなんてまっぴらだ。われわれはあ
真っ黒な指は、いまにも受難者を助けにいってやりたそうに、びら いたり閉じたりしていた。スパナ愛好家の機関士は、袖をまくりあ げて左の前腕に彫った刺青の踊り子をあらわしていたが、その踊り 子が、彼がス。 ( ナを持ちかえたり握りなおしたりするたびに、びく びくと動した。 , 、 - 彼の顔はいまだに惨憺たるありさまだったが、その 眼はけわしかった。 のろのろと、ジェイ・スコアが全員の感情を代弁した。「もしあ のくそいまいましい機械をひとつでも手に入れられたら、たちどこ ろにばらばらにして、カッコウが時を告けるからくりをあばきだし てやるんだが」彼はだれともなしに一同を見まわした。「そうう 意味では、やつらはわれわれと大差ないと言えるかもしれん。認め るのはいまいましいことだがな。だから異星人の好奇心を満足させ るために八つ裂きにされるのがいやだったら、ここから生きたまま 連れだされないよう気をつけたほうがいいかもしれん ! 」 またしても身の毛のよだつような悲鳴。それは最高潮に達しよう とした寸前、突如として途切れ、それにつづく沈黙を、悲鳴そのも のよりももっとやりきれないものにした。いまやわたしには、やっ らの姿をまざまざと思い浮かべることができた。カチカチ、ブンブ 、いいながらそこらを這いずりまわり、なんとかその音声の発生源 を知ろうと、生身の組織をむなしくひっかきまわしている機械ども 一瞬前まで生きものだったものをいじくりまわすかれらの金属 の鉤爪は、鮮血に赤くよごれて。 「ここには軽業を得意とするものはいないのか ? , 唐突にジェイが 言った。 つかっかと壁に歩みよると、彼はそれに向かって立ち、大きな手 のひらを壁面につけて、足を踏んばった。がっしりした六フィート アトランティスはエーゲ海にあった ? 大昔からいくたびとなく話題の的となっている〃沈没大陸みアトランティス は、真に実在したものであろうか ? また、そうだとすれば、それはいったいど こに沈んでいるのだろうか ? かってアメリカ大陸が発見された時、それがアトランティス大陸ではないか、 と騒がれたこともあれば、その後もまた、中部及び南部アメリカ大陸の土着民は 太古の海に沈んだアトランティス大陸からの避難民の子孫ではないか、と臆測さ れたこともあった。 しかしついに、この謎の大陸ーーアトランティスの正体を発見した、と主張す る考古学者たちが最近登場した。 彼らは一九六〇年代の初めからエーゲ海にちらばる無数の島々の一つ、テラの 考古学的発掘にたずさわってきた科学者の一団だが、昨年ついに、紀元前一四〇 〇年ごろこの海域で起った大火山活動によって一部を破壊され、全島を火山灰に おおわれたこの島こそ、アトランティス大陸の伝説の根源にちがいない、 と結論 づけたのである。 といってもこの島は、伝説として語り伝えられているアトランティス大陸ほど 大きなものではないし、その文化もそれほど豪華なものでもない。また、それが 天変地異によって滅亡したのも、伝説に言うような大昔 ( 紀元前一万年近い頃 ) のことではないが、人の口からロへ伝えられるうちに、しだいに誇張されて結 局、後世に著名なアトランティス大陸伝説と化したのだ、というわけである。 もともと、このアトランティス大陸なるものの存在は、ギリシャの偉大な哲学 者プラトーによって紀元前三五五年頃に書かれた対話風の二つの著作の中に言及 されているのが現存する最古の資料だ。この二つの著作の内容は、プラトーの他 の大部分の著作におけると同様に、彼の偉大な教師であったソクラテスとアテネ のさまざまな著名な人たちとの政治的哲学的道徳的対話を中心としたものだが、 その中で、この大陸に関しては、紀元前五九〇年ごろナイル河まで旅したアテネ の大政治家ソロンが同地で僧侶から聞いた話として、。フラトーの遠い親戚の一人 クリチアスがソクラテスに語っている。 それによると、当時のアテネ文明よりもさらに昔、紀元前九六〇年ごろ、アテ ネには一大文明が花咲いていた。そのアテネ大帝国と拮抗していたのが、ヘラク レスの柱、つまり現在我々のいうジプラルタル海峡の西にあった大陸上で栄華を 誇っていたアトランティス大帝国だった、という。 8