ヒゾディ 北印度人というその名が、本名だかニヅクネームだったかは知られた次の間では、大きなテーブルを中心にすえ、写真や書類や、模 ない。かっての印度の大政治家ネル】と同じ、カシュミー ルのブラ型がその上におかれ、数人の男女が、立ったまま議論をしていた。 ーマン出身ということ以外、その経歴もほとんどわからない。だが、そのうちの一人が、黒板に長い数式を書きつけながら、猛烈な勢い ニューヨークにはずいぶん長くいて、全世界の知識人、芸術家、学でまくしたてている。一見紗のように見えるカーテンは、音をほと 者、思想家に知り合いをもち、彼の研究室には、そういった連中がんど通さないので、しゃべっている声は、かすかにしかきこえな その部屋とならんで、同じようなカーテンでしきられた小間が 絶えず訪れ、その研究室の常連の中から、有名な詩人、建築家、作い。 いくつもあり、ある小間では小人数がねそべってしゃべり、ある小 家、プロデューサー、時には大政治家や大企業家が巣立って行き、 間ではヨガや坐禅をやっており、ある小間では優雅にセックスをた その数も、もうずいぶんになっていた。ラボは、そういった連中の のしみ、ある小間では、さまざまの薬に酔いしれて、壁にもたれた 寄附によって一部はまかなわれていたようだが、ヒンディ自身もか り、膝をかかえうずくまったり、長々とねころがったりして、いず なりの財産をもっていたようでもあり、そこらへんはぼくらによく わからなかったし、またわかろうともしなかった。そこでは、あらくとも知れぬ、精神の旅や飛翔を味わっている連中がいる。 ゆることが話題にされ、全世界の知性のかかわっているあらゆる局のむこうには、さまざまの化学実験器具や、医学測定装置がおか れ、そこで何万種という植物の成分を抽出したり、調合したりし 面の情報交換がおこなわれるのだった。ーー、研究室は、別に会員制 て、新しい酩酊薬の処方の研究がつづけられていた。 , ー・・・研究室の でも何でもなかったが、それでいて一種の秩序があり、汗くさいイ = ロージャーナリズムや、物見高い弥次馬にふみこまれたことは一名は、その実験室からおこった。そしてこの研究室は、すでに、精 度もない。常連は、それそれの立場から、この場所を大事にしてい神を解放し、あるいは自在にあやっゑ何百種という新しい物質を て、自分の判断で、この研究室のことを教える相手を選択していた発見していた。しかし、ここの薬と、その処方は、決して公開され メディック からだった。 ることなく、医者とよばれる、年とったヒンディの友人が、ここの 地下へおりて行くと、奥の方から、相かわらず音楽がきこえてき客の要求をきき、電子診断器で体の調子や体質の簡単な診断をおこ た。ポーチをはいると、 2 つつきが、くるぶしのうまるほど毛足のなって、それからこちらののそむ薬をあたえてくれるのである。 長い絨氈をしきつめた広間で、客は壁際の長椅子や、絨氈の上にじ顔見知りの誰彼と低い声であいさつをかわしカーテンでしきられ かにすわり、煙草をくゆらしたり、飲物をのんだりしながら、しずた間の通路を通り、その薬品調合室をのぞくと、メディックの助手 かにおしゃべりしていた。一隅で誰かがインドの弦楽器をかきならの、ギルという精神薬学専攻の学生が顔をあげた。 し、小柄なブルーネットの女性が胡弓で合奏していた。 女性「やあ、なにか新しいのをやるかい ? 」とギルはいった。「新種の トリッピイ は、ノルウェーの有名な海洋学者だった。 旅行薬ができているよ。 こいつは地球の内部でも、太陽や恒星 広間につづくうすい、半分すき通って見えるカーテンでヘだてらの内部でも、なんでもっきぬけて行く旅の夢を見るそうだ」 6 2
の巨漢のアームストロングが、その背中によじの・ほり、肩の上に立 よ、つこ 0 った。ここまではやさしかったが、あとはそうよ、 全員総出でさんざん骨を折ったあげくわれわれは、やっと。ヒータ ーセンの足をアームストロングの肩にのせることに成功した。ビ ターセンの頭は、、 しまや床から十五ないし十六フィートの高さにあ った。だがそのあといくらがんばっても、それ以上人間梯子を延長 することはできなかった。ジェイ・スコアは巌のように立っていた : 、なめらかな壁面に手がかりというものがないので、もうひとり 上によじのぼろうとすると、その重みで手がすべってしまうのだっ た。われわれは諦めるよりほかなかった。 それさえなければ、ジェイは天井まで到達するのに必要な七人を 悠々と支えられただろう、かりにアームストロングが六人を支えき れるとして。だが、どっちにしろわたしは、それを試みることにな んの意義も見いだせなかった。それでもこのむなしい試みは、しば しのあいだわれわれの手と心を占領し、気を紛らせる役に立ってく れた。 明らかに壁面上に一連の足場のたぐいを切ろうというのだろう、 ブレインが針状光線を壁に向けて放射しはじめた。だがこのもの は、例の護送車の材質とはいちじるしく異なったものであることを ; 明した。それはまったく当り前に熱し、最高温度ではサクラソ ウ色を呈したが、頑として溶けたり焼け切れたりすることをこばん 針線銃によるこの試みは、船長に手持ちの武器の品調べをするこ とを思いっかせた。味方全員のあいだで、針線銃が合計七丁、その 、わ ほか、持ち主の言によれば、最後の戦争で父親が使ったというし くのある旧式の小型自動拳銃が一丁、長さ四フィートのスパナ一 」 0 ところが、この両国間の戦争が終末を迎えないうちに、或る日突如として地震 と洪水とが起り、一昼夜にして大アトランティスは海底に沈み、その大天災のた め海底に生じたたくさんの浅瀬のおかげで、ジプラルタル海峡の西の海域の航海 はすこぶる危険なものとなった : ・ では、どうしてジプラルタル海峡の西ではなく東にあたるエーゲ海の小島にか って花咲いた文化とその減亡とが、アトランティス伝説の源となったのだと主張 できるのか ? このあたりはその昔クレタ島を中心にして今日我々が「ミノス文明」と呼ぶも のが栄えた地域である。ところが、この文明は、ギリシャ文明が勃興するよりも 前、紀元前一四〇〇年ごろに突如として終末に達したので、古代ギリシャ人たち には全然知引れておらず、またその文献の中にも全然記録されていない。そのた めに、今から百年近く前、一八〇〇年代の終りごろに初めて発掘された時、考古 学者たちはまったく狐につつまれたような思いにとらわれた。 ところがこの文明は、その後に興ったギリシャ文明との間にはなんのつながり もあり得なかったかわりにそれより以前のエジプト文明とはたびたび接触があっ たもの、と現在では考えられている。したがって、その文明のことが当時エジプ トの記録の方には残っており、それが同地の僧侶の口からソロンへ、そしてそれ がクリチアスの月を通してプラトーへ伝えられ、プラトーによって話が誇張さ れ、一万年前に大きな大陸にさかえた大文明として記述され、アトランティス伝 説として残った、というのである。 この主張を裏づける証拠として、一九六〇年代の初めにこの説を提唱し、以来 このテラ島の考古学的発掘に傾倒しているギリシャの地震学者アンゲ戸ス・ガラ ノボウロスは、プラトーの物語の中でアトランティス人は高度な航海術を心得た 国民とされ、またその国では「聖なる牛が自由にうろっきまわっている」と描写 されていることを指摘している。というのは、今日わかっているところでは、ミ ノス人は航海術にたけ、その文化には牛が大きな役割を占めていたことが明らか となっているからである。 またプラトーは、アトランティスの首都を幾重もの水と陸との環状帯によって 囲まれていたとしているが、大火山活動突発前の同島は、まさにそのような地形 だったことが発見されたのだ。 かくて、今日なお盛んな発掘作業がつづけられている同島の古代文明とその終 焉こそが、アトランティス伝説の源となったものだというのだが、果してこの ( 近代宇宙旅行協会提供 ) 説、どこまで正しいか 世界みすてり・とびつく 9
真っ黒な指は、いまにも受難者を助けにいってやりたそうに、びら いたり閉じたりしていた。スパナ愛好家の機関士は、袖をまくりあ げて左の前腕に彫った刺青の踊り子をあらわしていたが、その踊り 子が、彼がス。 ( ナを持ちかえたり握りなおしたりするたびに、びく びくと動した。 , 、 - 彼の顔はいまだに惨憺たるありさまだったが、その 眼はけわしかった。 のろのろと、ジェイ・スコアが全員の感情を代弁した。「もしあ のくそいまいましい機械をひとつでも手に入れられたら、たちどこ ろにばらばらにして、カッコウが時を告けるからくりをあばきだし てやるんだが」彼はだれともなしに一同を見まわした。「そうう 意味では、やつらはわれわれと大差ないと言えるかもしれん。認め るのはいまいましいことだがな。だから異星人の好奇心を満足させ るために八つ裂きにされるのがいやだったら、ここから生きたまま 連れだされないよう気をつけたほうがいいかもしれん ! 」 またしても身の毛のよだつような悲鳴。それは最高潮に達しよう とした寸前、突如として途切れ、それにつづく沈黙を、悲鳴そのも のよりももっとやりきれないものにした。いまやわたしには、やっ らの姿をまざまざと思い浮かべることができた。カチカチ、ブンブ 、いいながらそこらを這いずりまわり、なんとかその音声の発生源 を知ろうと、生身の組織をむなしくひっかきまわしている機械ども 一瞬前まで生きものだったものをいじくりまわすかれらの金属 の鉤爪は、鮮血に赤くよごれて。 「ここには軽業を得意とするものはいないのか ? , 唐突にジェイが 言った。 つかっかと壁に歩みよると、彼はそれに向かって立ち、大きな手 のひらを壁面につけて、足を踏んばった。がっしりした六フィート アトランティスはエーゲ海にあった ? 大昔からいくたびとなく話題の的となっている〃沈没大陸みアトランティス は、真に実在したものであろうか ? また、そうだとすれば、それはいったいど こに沈んでいるのだろうか ? かってアメリカ大陸が発見された時、それがアトランティス大陸ではないか、 と騒がれたこともあれば、その後もまた、中部及び南部アメリカ大陸の土着民は 太古の海に沈んだアトランティス大陸からの避難民の子孫ではないか、と臆測さ れたこともあった。 しかしついに、この謎の大陸ーーアトランティスの正体を発見した、と主張す る考古学者たちが最近登場した。 彼らは一九六〇年代の初めからエーゲ海にちらばる無数の島々の一つ、テラの 考古学的発掘にたずさわってきた科学者の一団だが、昨年ついに、紀元前一四〇 〇年ごろこの海域で起った大火山活動によって一部を破壊され、全島を火山灰に おおわれたこの島こそ、アトランティス大陸の伝説の根源にちがいない、 と結論 づけたのである。 といってもこの島は、伝説として語り伝えられているアトランティス大陸ほど 大きなものではないし、その文化もそれほど豪華なものでもない。また、それが 天変地異によって滅亡したのも、伝説に言うような大昔 ( 紀元前一万年近い頃 ) のことではないが、人の口からロへ伝えられるうちに、しだいに誇張されて結 局、後世に著名なアトランティス大陸伝説と化したのだ、というわけである。 もともと、このアトランティス大陸なるものの存在は、ギリシャの偉大な哲学 者プラトーによって紀元前三五五年頃に書かれた対話風の二つの著作の中に言及 されているのが現存する最古の資料だ。この二つの著作の内容は、プラトーの他 の大部分の著作におけると同様に、彼の偉大な教師であったソクラテスとアテネ のさまざまな著名な人たちとの政治的哲学的道徳的対話を中心としたものだが、 その中で、この大陸に関しては、紀元前五九〇年ごろナイル河まで旅したアテネ の大政治家ソロンが同地で僧侶から聞いた話として、。フラトーの遠い親戚の一人 クリチアスがソクラテスに語っている。 それによると、当時のアテネ文明よりもさらに昔、紀元前九六〇年ごろ、アテ ネには一大文明が花咲いていた。そのアテネ大帝国と拮抗していたのが、ヘラク レスの柱、つまり現在我々のいうジプラルタル海峡の西にあった大陸上で栄華を 誇っていたアトランティス大帝国だった、という。 8
主として東京や横浜に住むごく若い tn ファンでつくられている 創成期のアメリカファンダムの波乱万丈さ加減をして、モス ファン・グループやファンジンは、生れたりつぶれたり、しごくお コウィッツは″永劫の嵐と名づけたが、この〈プラネッツ〉こそ 忙しいながらも、常時十や二十は活動している。そして、これらグ日本のフ , ンダムに大嵐をひきおこしそうな妖雲 ( ゴメン = ) ループを横につないで〈日本青少年 (.ng.«フ , ン・グルーブ連合〉とをはらんでいると観測した。願わくばタチのよい大嵐であることを う組織もできている。その略称は奇しくも、世界初のファン ジンとおなじ〈プラネッツ〉。 三カ月ほど前に、 この〈プラネッツ〉のコンヴェーンション、 アメリカファンダムの暗黒時代ーー・ー一九三七年の前年にドッ 〈プラコン〉が横浜でひらかれ、ひまだったのであそびに行った。 とばかりにおそったこの恐慌みたいな状況はかなり深刻なものだっ ついにこのあいだまて ・、″ジャリ・ファン〃のなんのといわれて た。辛うじてこの時期をのりきったのは、第一回のコンヴ = ン た紅顔の少年たちがすっかり成長して、ゴッイひけづらでノシてい ションを主催したジョン・・ハルタドニスやロ・ ト・メイドルなど るのがまことにほほえましかった。ありやずいぶんトウのたった中の〈フィラデルフィア・サイ = ンス フィクション・ソサイエテ 学生だね、といったら、トンデモない、れつぎとした大学生ですよ イ〉 (J) ぐらいのものだという。 と目をむかれてしまった。 だが、そこはそれ、永劫の嵐をマキ起すという男たちのこと、こ しかし、この〈プラネ , ッ〉あたりのも 0 ている若々しい熱気みの暗黒時代がつづいたのはわずかに半年ほどにしかすぎない。 たいなものが、これからの日本 r.n ファンダムの推進力になってく ・・トウラシとリチャード・ウイルスン ( もちろんみなさん れるにちがいないとしみじみ思ったものである ご存知『第五惑星の女たち』のウイルスンである ) の〈アトム〉、 連載コラム r.n 実験室 今昔ふあん気質考 かたぎ アメリカファンダム略史Ⅳ 野田宏郎 6
砂浜にまで送りかえすことにしよう。どうだい、 「ねえ、リチャード」 スーザンはとがったくちをひらいた。 けがをした一匹を除く、一〇〇匹のカエルたちを砂浜にもどし、 「これだけ、わたしたちにつくしてくれたんですもの、みんなつれそして彼らがぶじ、外輪山をこえて、カルデラ火口原に消えるのを て帰りましようよー しよいよ宇宙船に乗りこみ、資格試験さいご 見とどけたふたりは、、 「それはむちゃだー シオダは眼をまるくした。「いくらスーちゃの課題に挑戦した。 んががんばっても、一〇一匹分の飼料をいまから用意することはで ポケットブックとこれまでの経験にもとづいて、シオダは真重に きないよ , エンジンを始動させた。同僚のヒノに操縦をまかせることの多かっ 「なんとかならないの : : : 救助されてしまえば、餌なんてどうにで たシオダとしては、自分の能力をためすーーーそしてためされる もなるんじゃない ? またとないチャンスだった。 「彼らにとっては、自然の古巣にかえるのが、いちばんのご馳走な 背伸びをしたり、横に移動したり、跳びあがったり、かがみこん だり : : : というシオダの大活躍によって、船は大きなショックもな んた。これはきみ、あたりまえの話だろ ? 」 スーザンく、 「どうしてもためなのなら、あきらめるわ、だけど : 離陸を開始した。 シオダのからだは、せわしく動いた。ふだんはおちついているシ はうらめしそうにシオダを見上げた。「あの、けがをした一匹ぐら 冫。し力ないの オダだが、相手が機械なので、じっとしているわけこよ、 、はいいでしよう ? 」 「けがだって、さっきもいったように自然にしておいたほうがなおだ 宇宙船はしだいにスビードを増加した。離陸した小島は点とな りがはやいんじゃないかな ? つれていくと、宇宙船発進のショッ り、カルデラの全景が眼に入るようになった。やがてはそれもひと クで、さらにわるくなるよ」 つの点となって、海と陸との縞模様の中に消えていった。 「わたしが抱いているわ , ート』の夜と昼が視界にう そして、みどりの惑星『ウォーム・ シオダは、眼をしばたたきながらいった。 「まあねえ : つりはじめた頃、必死で動きまわっていたシオダが、叫ぶようにい しことにしようか」 一匹ぐらいなら、い、 った。いつもの彼には似合わぬ、悲痛な声である。 「嬉しいわ、リチャード ! 」 しい知恵はないか ! 」 スーザンはむじやきに喜んでとびあがった。そして、このことが「スーちゃん、大変だ , 「あたし、こういうことには弱いのよ」スーザンは、けがをしたカ 5 じつは、ふたりの危機を救うことになったのである。 エルを抱いたまま、いすの下でいった。「でも、どうしたの ? 」 これで : : : ? 」 9
調査課長にその意志をきかれたふたりは、むろん承諾の意を示し課長はしばらく唸っていたが、やがて、するどい眼をほそめてい た。ということは、また、きびしい資格試験を受けることの承諾でった。 でもあった。 「よろしい、では受けてみなさい。〃配偶者資格〃には、婚約者で プロジェクト・リーダーにもいろいろな種類があったが、シオダも課長の許可があれば受験できる特例がある。ぶじ合格したら、さ は、球状星団内部の〃新惑星発見プロジェクト〃のリーダ 1 を希望っそく式を挙げるんだな : というわけで、シオダとスーザンのふたりは、この資格試験 した。このような尖端的な仕事は、困難な未知領域の探査が中心と なるし、長時間にわたって少人数で生活しなければならなかったか用宇宙船にのりこんでいたのである。一方ヒノの方はというと、や ら、試験もとりわけむずかしいはずだった。 はり高度の技術を有する″前進基地設営プロジェクト〃のリーダー シオダのこの希望をきいた課長は、首をひねってたずねた。 を希望したのだが、ざんねんながら配偶者未定のため受験許可がお 「ぎみが、もっとも困難な仕事に挑戦しようというファイトは、大りず、今回はふたりの介添役として、同道していたのだった。 いに買いたい。だが、知ってるのかね、この仕事につくには独身で は資格がないんだよ」 「そろそろ目的地じゃないかな ? 」 「もちろん、承知しています , ヒノが標準時計のディスプレイに眼をやって、腕ぐみをときなが らいった。 シオダの返事にかぶせるように、課長はつけ加えた。 「いや、結婚していさえすればいいってわけでもない。未知の領域「準備したほうがいいんじゃないかしら、リチャード ? ヒノのことばに、スーザンは、ちょっとおちつきを失った様子 で人間らしくふるまい、部下を掌握していくためには、女性の絶対 的な協力が必要なのだ。したがって、試験は、配偶者ともども受けで、シオダをうかがった。だが、リチャード・・シオダは、ゆっ くりとかぶりをふると、腰をすえたままいった。 なければならないのだよ」 「それもわかっています」 「準備することなんかないよ。・ほくとスーちゃんのふたりは、出張 小首をかしけて聞いていたシオダは、につこりすると、説明し調査の帰路、のんびりとくつろいでいると突然宇宙船が故障し、惑 星にむりやり不時着させられやーーという想定なんだ。だから、と にかくなにかあるまでは、のんびりくつろいでいればいいのさ 「まだ式は挙げていないんですが、課長もご存じのスーザンと、こ 「それもそうね」 んど婚約したんです。そのとき、条件として、プロジェクト・リー ダーの″配偶者資格試験〃をうけることを、承知したんです。わた スーザンは、シオダのおちつきはらった態度に、安心した声をだ しのためなら、どんなことでもするっていっています」 した。しかし、ヒノは、「やけにのんびりしちまってるがねシオ 「ふうむ : : : 」 ダ」と、そわそわしながらいった。「きみらが不時着させられる惑 6 4
「愛情 ? 」ヒノはますますどぎもをぬかれた顔つきになって、「な 「吐く息が真白よ、スーツ、零度に近いんじゃないかしら、フーツ んのことだかわからんが、すさまじい愛情行為があったらしいな 「毎秒五センチはでているな、スーツ、。こ : ナしふ上達したようだ、フあ、ほれ、包帯の跡がからだ中にのこっている ! 」 、え、科学よ、科学の勝利よ ! 」 スーザンはあかくなっていった。 「めまいがしちゃって、スーツ、 風船のようなわけこよ、 冫ーし力ないの 「いや、そうじゃよ、。 ね、フーツ」 オしスーちゃん。スーちゃんのカエルに対する 「質量の比が、スーツ、全然ちがうからさ、フーツ 盲目的な愛情が、ぼくの論理のすきまを補ってくれたんだ」 シオダは愛情を強調した。 「ううん、科学だわ、リチャード、起電機といい、人間ロケットと ふたりの努力は、ついに実った。広い巨人族用の船室を、息のカ 、あなたの科学的判断が結局はよかったのよ [ で渡りきることができたのである。 スーザンは激しく首をふっていった。 シオダはシートの片隅をつかんで、からだを安定させると、大急 ヒノは眼をばちくりさせて、 ぎで通信機の送信側のスイッチを入れ、ヒノに応答した。ハッチの 「ばかに謙遜しあってるじゃないか ? どうもわからんよ 開きかたを教えたのである。 シオダはにつこりして、 そしてそれが、ふたりの試験・ーーすなわちシオダの″新惑星発見「話はあとでゆっくりするさ。それよりも、 いま心配しているの 、フロジェクト・リーダー資格試験〃とスーザンの〃配偶者資格試は、・ほくたちがはたして合格したかどうかということだ」 験″ーー・ーのさいごであった。 ここで、あの、にくらしい試験官マシンの声がとどろいた。 「そうとう苦労したらしいな」 〈七十点のできだ〉 ドッキングの後、もとの宇宙船につれもどされたふたりをつくづ 「やあ、おめでとう」ヒノが祝福した。「六十点以上は合格なん くと眺めて、ヒノは嘆声を発した。 だ。七十点ならりつはなものだよー シオダのひげだらけの顔はともかくとして、スーザンのポロぎれ「よかったわ、リチャードー をまとったようなすさまじい服装と、彼女が抱いているカエルの化「点が辛いようだが、合格にはちがいないな、七十マイナス六十イ コール十だ。そしてこのつぎは、科学技術史を自分でつくるような 物に、どぎもをぬかれたのだ。 仕事をしてみたいものだ」 シオダはうなずいた。 「スーちゃんの苦労のおかげで、助かったようなものさ。彼女の愛さっきからゴマをすりあっていたスーザンとシオダは、それそれ 感想を述べながら、ひしと抱きあうのだった。 情が勝利をおさめたんだ」 8
スーザンが悲鳴をあげて、近くの一匹に走りよった。スーザンが奇怪な姿にすっかり愛着をもってしまったスーザンは、こういっ 砂浜を目前にして、すっかり気をゆるめてしまった。その心のスキてシオダにさからった。シオダは淡々とスーザンをさとした。 に、カエル部隊の一匹が、からだにつながっている包帯の端を、木「彼らは、試験官マシンのまわしものにせよ、なんにせよ、とにか の枝にからみつけてしまったのだ。ロープは台車につながり、部隊くこの惑星『ウォーム・ハ ート』の住人なんだ。抱いているより 全体はじわじわと移動しているので、そのカエルは、木の技と台車も、自然にしておいたほうが、けがだってなおりやすいんじゃない の双方のカで、首をしめつけられ、一本の脚を逆にひねられるよう かな」 な姿勢になってしまったのだ。 彼女はうなずいたが、それでも気になるらしく、ふたりのために 「たすけて、リチャードーこ つくったパラシュート製のテントのすぐそばに、そっと放した。 シオダはいわれるまでもなく、走りより、からみついた包帯をナ カエルたちのしまつをしているうちに、夕暮れが近づいてきた。 イフで切断した。 眼のまえに起立する宇宙船の銀色の肌が、紅く美しく染まった。 「ごめんなさい、リチャード。ごめんなさい、カエルさん」 海は静かだった。シオダがなめてみると、ほとんど淡水に近いこ ゲゲッゲゲッゲゲッ とがわかった。 スーザンは脚と首をいためたそのカエルをだきあげ、泣きじゃく「汗を流そう、これなら肌もあらさないし、それに意外にあたたか った。その間にも、部隊そのものは、移動していった。 シオダは砂を掘って、仮の浴場をつくった。海の中に、危険な生 さらに傾斜がゆるくなったところで、一行は完全に歩みをとめ、 向きを正常にもどした。そして砂浜にまで到着すると、シオダは起き物でもいたら大変なので、砂で囲って防いだわけである。 電機をストツ。フし、スーザンは泣きながら餌をかかげていた右手を浴槽ができると、彼は砂だらけになった服をぬぎながら、スーザ ンに、しかつめらしくいっこ。 おろした。 「きみ、いっしょに入らない ? 」 とにかく、カエル部隊編成の苦心はみのったのだった。 ふたりは、ゲゲッゲゲッと鳴き声のさわがしい大カエルたちの包スーザンはそれをきいて、起電機の犠牲になった部屋着の穴と、 帯をはずし、ロー。フと台車から解放してやった。ただし、まだ必要それを補っている包帯とをあわてて両腕で覆い、まじめな顔でこた がなくなったともいえなかったので、即席の囲いの中には、入れてえた。 おくことにした。 「どうそおさきに : : : あたくし、あとでいただきますわ」 スーザンは、けがをしたカエルを抱いたまま仕事をしようとし やがて夜になった。空は澄みきっており、幾百千の星々が、やさ て、シオダにしかられた。 しくふたりとカエルたちを見守っていた。 「だって、かわいそうでならないんですもの」 7
「愛情だけじやむりだよ。科学が必要だ」 ないからだ」 「愛情が第一だわ」 「ふうん ? 」 「科学を信じなければ、・ほくらは脱出できないぞ」 「ふつう、発電機は磁石とコイルをつかった交流式と直流式に分け 「愛情があれば、脱出なんかできなくったっていいわ ! 」 られるが、それとはべつに、静電型の起電機というのがあり、これ 「それは非論理的だ」 が、歴史的にはもっとも古い」 「論理より愛情だわ ! 「ふうん ? 」 スーザンの雲行きは、ますますあやしくなった。シオダは、 いか「起電機のさいしょは、さっき話したゲーリッケの摩擦起電機た にも悲しげな表情でくちをつぐんだ。しばらく、ふたりの間に沈黙 が、これではいかにも能率がわるい。そこで考えられたのが、静電 がつづいた。その沈黙はゲゲッによってやぶられた。スーザンの足誘導起電機た」 もとをうろついていたカエルが、餌をねだったのだ。そのゲゲッの 「ふうん ? 」 声によって、シオダの科学が弱気になったようだった。 / 。 彼よカエル 「ある物体にたまった電気が、他の物体にプラスとマイナスの電気 の声にうながされたようにいった。 を誘導する、静電誘導現象を起電機に応用した最初は、ポルタの電 「荷物が曵けるようになるまで、飼いならしてみようか ? 」 気盆だろう。歴史の順でいうと、ミ、ツセイフルーク教授のショッ しかし、スーザンの愛情のほうは、もっと弱気になったらしかっ ク以後、電気計器の最初といわれる、モスリン繊維をつかった電界 こ 0 探知器をつくったハウクスビーや、まえに話したカエルと電気を結 ーニが出、電池や電気盆のポルタが出たというわけ 「いいのよー彼女はうなだれて首をふった。「へんなところに、愛びつけたガル・ ( 情なんかもちたしてごめんなさい。科学的にやりましよう ふたりは、簡単に和解してしまった。そして、シオダはふたたび 「ふうん ? 」 解説調にもどった。 「ポルタの電気盆は、十九世紀になってから、イギリスのウイムズ 「まあそういうわけで、電気ショックの利用を考えたわけだが、そ ーストによって静電誘導起電材としてほ・ほ完成された。・ほくは、 うなると、つぎには当然、電気を起こす起電機をつくらなければな ーストの起電機をつくって、電気を起こしてみよう このウイム、スハ らないことになる。スーちゃんが前にいったようにカエルに起電機と思うんだ。どうだろう ? 」 「いいと思うわ、リチャード : をまわさせるにせよ、人間がまわすにせよ、とにかく、起電機をつ スーザンは下をむいたまま弱々しくいった。 くらなければ話にならない。そしてそれにも、科学技術史の知識が 必要だ。な・せなら、こんな惑星上で、近代的なダイナモがつくられ「では、はじめよう。道具と材料は一応そろっていると思うんた」 るわけはなく、どうしても、クラシックなタイプにたよらざるをえ シオダは、大いにはりきって、仕事にとりかかった。スーザンは 0
「さあ、ただなんとなく : : : 」と、ぼくはいった。 んのだよ。キリスト教以前、あるいはヤリスト以外の各宗教におけ アーティフィシアル 「なんとなく : ・ ナハティガルは「一音一音、くぎるようにつぶる精神のとりあっかしを 、ま、はるかに技巧的なものだった : : : 。大 ゃいた。「このごろ、あちこちで人々がそのことを考えはじめてい 宗教は、そういった〃技巧〃の繁瑣さとむなしさを知って、そう る : った薬物や技巧にたよるやり方を捨て、ただ人間の自然にそなわっ 「そうですか ? ー。ほくはちょっと衝撃をうけた。「あちこちで ? ー た理智にだけにたよって、超越を達成することをとなえた」 サイコ・メディックス じゃ、誰かが、ぼくらのところにも、流行をもちこんだのかな ? 」 「精神薬学も、あまりのそみはありませんか ? 」 「そうではあるまい その問題を考えはじめている人々は、お「将来、なにかが出てくるかも知れないがーーーしかし、ほとんどの 互いにひどくかけはなれた場所にいる。世界の各地に : ことは古代でやってしまっているからね。おそろしく現代科学の水 ~ 「同時発想ってわけね , とフウ・リャンはいった。「でも、どうし準で、繁瑣な技巧主義におちいって行くのが大勢じゃないだろう ゴータマ か ? 多くはのそめまい。そしてもう一つの方向は - 一ルヴァーナ 「あなたはどう思います ? ナハティガル : 」クーヤがするどく ( 釈迦 ) はえらい人物だった。しかし、湟槃は停止であって超越 きいた。・ , 「人間は、完全ですか ? あるいはいっか完全になり得まではない : すか ? 」 「あなたは仏教徒ではなかったんですか ? 」とフウ・リャンはきい 「完全であるはすがない : : また完全には、決してなり得ない。すた。 : もっと 「ちがうよ、マドモワゼル : : : 私の魂はもっと荒々しい でに限界は見えている : ナハティガルはおだやかな声でこたえ た。「だが、ほぼ完全に近いのではないか、と思われるものを、想〃自然〃そのものに近い」ナ ( ティガルは、しずかに溜息をつい 像し、考えることはできるように思うね。 しかし、人間は自分た。「私は : : : ずっと待ちうけているのだ。可能性について考えな がら : : : 。人類は、恒星間旅行を、いっ達成するかな ? ーーーまだ、 の考え出した、その完璧なものの中に、決してはいって行くことは 二、三世紀かかるかも知れん。たとえ、もっと早く達成できたとし できない : ても、それは一つのはじまりにすぎないのだからね。 それから 「薬もだめです力 ? 」と・ほくはきいた。 ナーコ・トリップ サイコ・トラヴェル ・ : 探求がはじまるのだ。この宇宙のどこかに、われわれを超える 「そうーーー薬旅行も、精神旅行も、やはり根本的な解決ではない 。生物が見つかっても、人間以下 だろうね。それは人間の心の閉ざされた扉をひらく。幻想の世界をものがいるかどうか、という : くりひろげ、ある場合には、ほっておけば一生つかわない脳細胞のだったらどうにもならんからな。もう一つの可能性は、万が一の僥 一部さえ、刺激して働かせる。 しかし、それは、常人の常態を倖で、宇宙の彼方から、それがやって来てくれるかも知れない、と ナイコティッ いうことがある その方が、かえって可能性として大きいかな 超えても、人間を、人類そのものを、こえるものではない。薬物 ク・テオロジイ 神学は、近代が忘れ ( いた、占いテクニックのリイルにすぎ ? : : : 考え得ることは、まだほかにもあるが : : : 」 9 2