りのいいうまさだなんていうんだよお ? 蟹は蟹だ、そうじゃねえ開き、薄桃色をした肉はきれいに煮えていた。ふるえながら急いで 2 のか ? そんなおかしいいいかたをするやつなんて、おれ聞いたこ親指と人さし指で貝の身をつまむと、老人はそれを口に運んだ。だ 3 がそれはあまりにも熱く、次の瞬間老人は急いで吐き出した。老人 ともねえぜ」 老人は溜息をついたが答えず、ふたりは黙 0 て歩いてい 0 た。かは痛みにぶつぶつ文句を言い、涙が両眼から流れ出し頬をつたわ 0 れらが森の中から海との境界にな 0 ている砂丘の広がりに出ると、 少年たちはまったくの野蛮人であり、野蛮人の残酷なユーモアだ 波のくだける音は急に大きくなった。 何頭かの山羊が小高い砂丘のあいだで草を食べており、毛皮をまけを持 0 ていた。かれらにと 0 て、その出来事は腹が痛くなるほど ・フーは飛び上がって きつけた少年がひとり、ほんの僅かコリーに似たところがある狼のおかしく、ふたりは大声で笑い出した。フー ような犬に手伝わせて山羊の番をしていた。波打ち際のとどろきに踊り出し、 = ドウインは大喜びのあまり砂の上をころげまわった。 混じ 0 て絶えず低く咽喉の奥から吠え怒鳴るような音が聞こえ、そ山羊のところにいた少年は走ってきてその楽しみに加わった。 れは岸から百ャードほど沖にちらばる切り立った岩場から響いてき「それを冷ましてくれ、エドウイン、それを冷ましてくれ」 あしか ていた。そこには巨大な海驢が何頭もよじ登って陽光の中に寝そべ老人は悲しみながら懇願し、まだ両眼かられる涙をぬぐおうと り、あるいは喧嘩していた。そのすぐ前景となるところにたき火のもしなかった。 「それからエドウイン、蟹も冷やしてな。おまえお祖父さんは蟹が 煙が昇っており、もうひとりの野蛮人同様の格好をした少年がその 火をみていた。そいつのそばにうずくまっているのは、山羊の番を大好きなことを知ってるだろう , おき 燠のあいだからジュウジュウ大きな音がしてきた。たくさんの貽 しているのと同じような狼に似た犬の数匹だった。 老人は歩調を速め、火に近づきながらひくひくと鼻をうごめか貝がその穀を開いて湯気を出しているのだ。大きな貝ばかりで、三 インチから六インチほどの幅だ。少年たちはそれらを棒でかき出し し、嬉しそうに呟いた。 「イガイだ ! イガイだ ! それに、それは蟹じゃないのかい、フて、大きな流木の上へ並べて冷やした。 「わしが子供だったころ、わしらは年上の者を笑ったりしなかっ ・フー ? そいつは蟹なんだろう ? おお、おう、おまえたちは グランドザイア た。わしらは年寄りを尊敬したもんだ」 お祖父さんに親切なんだな」 グランサー ・フーは微笑した。 少年たちは注意を払わず、爺さんはとりとめもなく不平と不満を 見たところエドウインと同じ年頃のフー もぐもぐならべたてた。だがこんどは老人はずっと注意深くて、ロ 「好きなだけ食えよ、爺さん。おれ、四つとったんだ」 老人が麻痺しかかった身体で夢中になる有様は哀れなものだつを焼きはしなかった。みんなは食べはじめた。両手のほかは何も使 ヘア・リップ た。そのこわばった手足が許せるかぎり急いで砂の上に腰をおろすわず、びちゃびちゃと口を大きく鳴らした。兎唇と叫ばれた三人 がいおき と、老人は大きな岩貽貝を燠の中からつつき出した。火でその穀は目の少年は茶目っ気を出して、老人がロに運ぼうとしていたイガイ グランサー こ 0
冫し力ないらしいし、 んだよ。かれはロペッといい、祖先はメキシコ人で、ひどく黒かっ残っていてくれたらなあ ! だがどうもそうま、 ショウファー た。カーメルの向こうにある牧場の牧童で、かれの妻は大きなデルわしらはあらゆることを忘れてしまった。運転手は鉄から仕事を始 7 モンテ・ホテルの女中だった。わしらが初めてロスアンゼルス族とめた。あいつはわしらがいまごろ使っている鍛冶場を作ったんだ。 接触したのは七年前だった。やつらのいるところは良い国だが、ちだがあいつは無精者でな、死んでしまったとき、金属や機械につい よっと暖かすぎるんだ。 て知っていることを全部持っていっちまったよ。どうしてわしがそ わしの考えでは、現在の世界人口は三百五十人から四百人のあいんな事を知っている ? わしは古典学者で、化学者じゃなかったん トライ・フ だ。ほかの生き残った連中には教育がなかった。運転手がやりとげ だだな : : : もちろん、世界のほかに小さな部族が散らばっていない そういうのがあるとしたら、そこから何かの知らたのは二つだけだ : : : 強い酒の醸造とタコの栽培だ。あいつがべ としての話だが。 しつだったかあいつが酔っぱらっていたときの せが入ってくるはずだ。ジョンソンがユタから砂漠を越えてきたとスタを殺したのよ、、 ことたった。あいつはずっと彼女が湖へ落ちて溺れ死んだんだと一一 = ロ きから、東部からもどこからも、何の知らせも気配もやってこない いはっていたが、わしはあいつが酔っぱらって兇暴になりベスタを からな。わしが子供のころ青年のころ知っていた大きな世界は消え 去ってしまった。もう存在しなくなってしまったんだ。あの伝染病殺したに違いないと信じているよ。 メディシン・メン のころに生きていて、遠い昔の素晴しいことを知っている者は、わそれから、孫たちょ、薬使いには気をつけてろよ。あいつらは しで最後なんだ。われわれ、この惑星を支配したもの : : : その大地自分たちのことを医者だと称しており、かっては崇高な職業だった と海と空をだ : : : そして神そのもののようだった人間はいま、このもののへたな真似をしているが、本当のところあいつらは呪術者で カリフォルニアの海岸に原始人のような野蛮さで生きているんだ。 あり、悪い悪いやつらで、迷信や暗黒を作り育てているだけなん しかしわしらは急速に増加している : ・ : ・兎唇、おまえの姉さんだ。やつらは詐欺師で嘘つきだ。と一」ろがわれわれはあまりにも退 はもう四人の子供を持っているな。わしらは急速にふえ、文明に向化し堕落しているから、あいつらの嘘を信じるんだ。やつらもわし かって新しく昇っていこうとしているんだ。そのうちに人口の圧力らと同じように数がふえてゆき、わしらを支配しようと努力するた はわしらを無理にも大きくひろげさせ、これから百世代もすればわろう。だがあいつらは嘘つきで知ったかぶりをしているだけなん クロス・アイズ しらの子孫はシェラ山脈を越え始め、世代が移ってゆくにつれてゆだ。あの若い斜視を見てみろ、医者のふりをし、病気のお守りを つくりとこの大きな大陸にひろがってゆき東部を植民地とするんだ売り、良い狩猟ができるそと言い、良い肉や毛皮のとれる上天気を デス・スティック ・ : 世界中に新しいアリアン人種の移動が始まるんだ。 約束し、死の杖を送り、無数の忌わしいことをやっているのを。 だがその進みかたは遅いだろう、非常に遅いだろう。わしらが昇だがわしは言っとくそ、あいつがそんなことをできるんだと言った ってゆく道はあまりにも遠いんだ。わしらは絶望的なまでに落ちてら、それは嘘なんだ。このわし、スミス教授、ジェームズ・ しまったんだからな。物理学者か化学者がただひとりだけでも生きド・スミス教授が、かれは嘘つきだと言うんだ。わしはあいつにそ ヘア・リップ ショウファー
いたらしく、それまでは夜しか役にたたなかった集音装置も、かす数は一本の鱗木に数個ないし十数個程度で、全部で百個前後と思 われた。 かながら、パインコーン人らしい声を捕えるようになった。 それをたよりに、捜索範囲をせばめ、正午近くになって、とうと「とにかく、話をきいてみよう」 う、パインコーン人を発見することができた。 ヒノはっきだしたボマットを調整し、松毬をにらむと、ゆっく 「やったそ、マーちゃん ! 」 り小声で、あいさつをした。 一群の鱗木をにらみ、仁王立ちになったヒノが叫んだ。 「おはつにお目にかかります」 「まあ、すごい ! 」 返事はなかった。 「パインコーン人に目はないみたいよ」 マツリカもかけよって、嘆声を発した。 、よおした。 「文字どおり、松毬だなあーこ マツリカがこういったので、ヒノよ、 ヒノは鱗木の樹幹に顔をすりつけるようにして、大声でうなっ 「はじめまして : : : 」 やはり返事はなかったが、ヒノはあとをつづけた。 「あなた、あまり大きな声をだすと、びつくりしてしまうわよ」 「わたしたちは地球人です。あなたがたとお友だちになりたくて、 「たしかにそうだな」 とうか、おっきあいしてください」 やってまいりました。・ ヒノはマツリカにたしなめられてちょっと頭をかくと、ボマット パインコーン人は、しばらくの間沈黙をまもっていたが、やが を鱗木にむけてつきだした。 て、ヒノの期待にこたえてくれた。 その一群の背の低い鱗木は、コケ状の下草がとぎれがちになっ ひときわ大きな松毬の先端がかすかに振動し、昆虫が羽をこする ような音がすると同時に、ボマットがしゃべりだしたのである。 た、低い丘陵の上にあり、北側はシダ植物の林がつづいていたが、 ・ : ようこそ : : : 接触厳禁 : : : 〉 南は視界がかなりひらけており、この星としては、上々の居住地に 〈・ : ・ : 地球のおかた : ・ あるといえた。 「ありがたいですな、おっきあいくださいますか ! 」 問題の。ハインコーン人は、その鱗木の、ヒノの眼の高さからやや ヒノは嬉しさにとびあがっていった。ボマットは通訳をつづけ 上部に、文字どおりの松毬状で、点々と寄生していたのである。鱗た。 木の葉は頂上近くにかたまっており、それが羽を拡げた形で屋根の 〈 : : : 震動振幅・ : : ・過大 : : : 厳禁 : : : 〉 「なるほど、なるほど、よくわかりました」ヒノは首をすくめてこ やくめをしていた。幹はむろん、鱗で覆われたような肌をもってい たが、そのざらざらしたみどりの幾何模様の上に、茶色の直径十セたえた。「手で触ったり、大きな音を出したりしてはいけないんで ンチほどの大きな松毬が寄生しているさまは、少々グロテスクであすな。承知しました。ちがった星の方々との交流にはなれておりま った。人によっては巨大な悪性腫瘍を連想するかもしれない。 すから、充分気をつけまサよ」 インコーン パインコーン 4 3
「そルにもぢみん : : : 」 ト畠は、うっすりと目を開いてみた。白壁に取り囲まれた四角な 須山が、せきこんでいった。 病室の輪郭が : ほんやり視覚に映じた。頭上に光るのは、食塩注射 「意識はあるんですか ? 」 の点滴のフラスコらしく、その横に、カルテの紙ばさみをしつかり 胸に押しあてた看護婦が棒立ちになっているのが見えた。田上たち もう一つ、別の声がいった。それは、同僚の田上だった。 「いや、ありません。それに、強い鎮静剤を射ってありますからねの出ていったあとのドアが、閉まりかけていた。 「かわいそうに : : かりに意識が回復するとしても、早くて、明日の朝ごろでしょ 看護婦が、ぼつりと、ひくく呟いた。そして、ふとふりかえっ 「そうですか。それでは、また明日来てみます。もし : : : もし万がて、寝台の上の、繃帯につつまれた小畠の顔を見おろした。 その目が、驚きに、大きく見開かれた。 一の場合には、ここに連絡をお願いします。留守でも、判るように 意識のない、頻死のはずの患者が、黒い、大きな目で、じっと彼 しておきますから」 女の顔を見つめていたからだった。 須山が湿った声になっていった。 部屋を出て行く気配がした。と、戸口で人のもみあうような音が看護婦は一瞬、患者が意識を回復したのかと思った。つづいて、 聞こえた。 その、微動だにしない瞳の光を見て、患者が死んだのではないか、 「まあ、奥さん、まだ意識がありませんから、いまは入らないほうと考え、そっとして、医師を呼びに走ろうとした。 がいい。先生方がついているんだから、お委せして : だが、そのとき、小畠は目を閉じた。看護婦は、なまり色の小畠 の顔を見なおして、ほんの偶然だったのだ、と思いなおした。それ 田上が、抑えた事でいっている。 でも、念のために、手首の脈をとりなおし、瞳の奥をベンシル・ラ 「でも、ひと目だけ。取り乱しませんから。お願い イトでのそいて、まだ意識が混濁していることを確かめると、ほっ 田鶴子の声たった。 「いや、先生が、まだ無理だとおっしやるんだから、聞きわけるんとして、病室を出ていった。 ですよ、奥さん」 「それじゃ : : : もう : : : もう、駄目なのね ? , 小畠は、格納庫の近くでセスナの操縦席からおりたとたん、空港 「そんなことは、誰もいってやしないじゃありませんか」 のターミナル・ビルの到着客用のゲートのかげからこっちをのび上 田上は、やや鋭った口調になっていった。 るようにして見ている啓子の姿に気がついた。 「わたしはどうしたらいいの ? いま、主人に死なれたら : : : 」 ( 来るなといったのに : 「奥さん ! 」 小畠は、思わず、カメラ・ハッグをかついでつづいて降りてくる吉 田上が、田鶴子を、廊下へ押し返す気配がした。 9 8
大衆というものをよく知っていた。この反動が、当りと出るか、裏判事の一人が手を振って押し止め、苦々しくいった。「裁判官一 目に出るか、一万票以内の誤差で読むことができた。 同は当法廷の尊厳を維持する能力が充分あると考えております」注 みなその金色の目を見つめた。相変らず大きな目だったが、今ま意を弁護人の方に向け、眼鏡越しに眺めて、「証人は、陪審員が正 でに気づかなかった優しい色気が、なんとなく漂っているように思しい結論を引き出すのを、助けることができる者に限られますよ」 えてきた。おや、確かにそうだ。いわれて見れば、あれは女性の目「それは心得ております、裁判官」弁護人は少しもあわてすに請け に違いない。そして思いがけないことだが、不思議にも、その目の合った。 持ち主の姿かたちから奇怪さが薄れ、そこはかとなく人間的にさえ 「よろしい」その判事はいくぶんとまどい気味に、椅子の背にもた 見えてきたではないか ! れ、「証人の陳述を聞くことにしましよう」 弁護人が合図をすると、証言席の小男は、さっそく、もう一枚の 演出効果を考えて、弁護人は人々に感慨にふける時間をたつぶり 与えておいてから、第二弾を放った。 大きな写真を、最初の写真の上に重ねて置いた。 「裁判官、弁護側にも一人証人がおります , これは巨大な台座を写したもので、上の端に女神の青銅のスカー 検事はぎくりと振り返り、廷内を目で探した。判事たちも眼鏡を トの裾が、わずかにのそいていた。そこには肉太の大きな文字で、 磨いて見回わした。その一人が廷吏に合図し、廷吏はよく透る声で銘文が刻まれていた。その文句を暗記していたものは、また一目見 叫んだ。 るだけで充分たったが、ほかのものは、一度ならず、二度三度、そ 「弁護側の証人 ! 」 れを読みかえした。 こだまのようなつぶやきが大法廷にあふれた。「弁護側の証人 , 今までにこの言葉を見たことがないものも多かった。一日に二度 弁護側にも証人がいたのだ ! 」 ずつ、何年間もこの像のそばを通りながら、知らない人もいた。カ メラはその銘文をとらえて画像にし、何百万のまだ見たことのない 一般席から、頭の禿げた小男が、大きな封筒を持って、おどおど と出てきた。証言席までくると、自分は坐らないで、椅子の上に縦人々に伝えた。アナウンサーはラジオでそれを朗誦した。 横一二〇センチに九〇センチばかりの、引き伸し写真をのせた。 来たれわれのもとに、疲れしものよ、貧しきものよ 人々もカメラも、一目見るだけで充分だった。何の写真か即座に 自由の息吹きにあこがるる群衆よ わかったのだ。それは炬火をかかげている婦人の像だった。 豊穣の浜辺の悲惨なる落ち穂よ 検事は不興気に眉をしかめて立ち上り、抗議した。「裁判官、わ が博学なる対抗者が、もしも〈自由の女神像〉を証人として扱うこ 来たれわれのもとに家なきものよ嵐に破れしも のよ とが許されるとすれば、それはとりもなおさず、当法廷の訴訟手続 に笑い草をーーー」 われは黄金の扉に灯火をかかぐ 6
利と朽ちた木の葉に埋まり、いまではぼろぼろに朽ちはて変な角度 にゆがみ突き出ている。その道は古かったが、かってはそれがモノ レール型のものであったことを示している。 老人と少年がその道を歩いていた。ふたりの歩みは遅かった。老 人はひどく年を取っており、中風の気があるのかその動きは危つか しく、疲れたように腰をかがめていた。山羊の皮で作った不格好な 帽子が老人の頭を太陽から守っている。その下に汗ばみ汚れた白髮 が僅かに垂れている。大きな木の葉で上手に作った日除けがその両 眼に蔭を作り、その下から老人は道を歩いてゆく足もとをのそいて いた。その顎髭は本来ならば雪のように白いのだろうが、髮の毛と 同じように風雨にさらされ野外生活に汚れ、ひどくもつれて腰のあ たりまで垂れていた。その胸と両の肩には、たった一枚の汚れた山 羊の毛皮が被服がわりに巻きつけられている。老人の手足は皺だら けで細く、大変な老齢であることを示しており、そして日焼けし擦 り傷や引っかき傷のある有様は、長い歳月を風雪にさらされて野外 生活を送ってきたことを示している。 老人ののろのろした歩きかたに合わせて、はやる手足の動きを押 その昔、鉄道線路の土手だったところに道は続いていた。汽車がさえながら先に立って進む少年も、同じようにたった一枚の被服を 走らなくなってから長い歳月が過ぎている。両側の森は土手の斜面まとっていたー・ーふちも不揃いな熊の毛皮で、そのまん中にあけた まで押し寄せ、緑の大波のように樹々の青葉と雑草でその道を覆い穴から首をつき出している。十二歳をやっと越したか越さないか かくしかけている。その道は人ひとりやっと通れるほどの幅しかな だ。小意気な格好で一方の耳にかけているのは、つい近ごろ切り取 、野獣のゆきかう道になりさがっている。ところどころ赤錆びた った豚のしつ尾だ。片手には手頃な大きさの弓と一本の矢を持って 鉄が樹々のあいだに姿をのそかせ、線路と枕木がまだ残っているこ いる。その背中には矢筒にいつばいの矢をせおっている。頸に皮紐 つな とを示している。あるところでは十インチほどの木がちょうど繋ぎでぶらさげている鞘から、傷だらけになった狩猟用ナイフの柄がっ き出ている。 目に生え、レールの端を押し上げてその姿をはっきりと見せてい いちご る。線路のあるかぎり長い犬釘でとめられて続いている枕木は、砂 少年は野苺のように黒く日に焼け、まるで猫のような足どりで軽 坊ミタヒリ丙 、・シャツ . ク - 、・ , ロンドン 、寒☆矢里予ーイ散 国ⅱ☆金森にま至 9
だ。そうとも坊やたち、それだけの人間がこのサンフランシスコにウイン、わしらがコントラ・コスタから丘を降りてきたときの ? 住んでいたのさ。そしてときどきその連中のみんながこの砂浜にゃあれがわしの住んでいたところなんだ、あの石の家にな。わしは英 ってきたんだ : : : その砂粒よりたくさんの人間だよ。もっと : : : も文学の教授だったんだよ」 っと多くだ。サンフランシスコは大した町だったんだ。そしてあの この多くは少年たちに分りかねることだったが、かれらはこの過 湾の向こうには : : : わしらが去年キャン。フしたところには、も 0 と去の話をぼんやりと理解しようとしていた。兎唇は尋ねた。 多くの人が住んでいた。リッチモンド岬からサン・レアンドロまで 「あの石の家は何だったんでえ ? 」 のあいだずっと平地にも丘の上にも : : : 七百万人の大きな町だ : ・ 「おまえ、父さんがおまえに泳ぐのを教えてくれたときのこと憶え 歯が七本 : : : そう、そのとおり、七百万だ」 ているだろ ? ー またも少年たちの視線は、エドウインの指から流木の上の歯へと少年はうなずいた。 移っていった。 「つまりだな、カリフォルニア大学の中で : : : あの家をわしらはそ 「世界は人間でいつばいだったんだ。二〇一〇年の人口調査では全う呼んでいたもんだ : : : あそこでわしらは若い男や女に、どうやっ 世界で八十億の人がいた : : : 八つの蟹の甲羅た、そう、八十億だ。 て考えるかってことを教えていたんだよ。ちょうどわしがいま、そ 近ごろとは違っていたんだよ。人類は食べ物を手に入れることにつのころどれだけ多くの人間が生きていたか知るのに、砂や小石や貝 いて、ひどくたくさん知っていたんだ。そのころはずっと多くの食殻を使っておまえたちに教えたようにな。教えることはいくらでも べ物があり、ずっと多くの人間がいたんだ。一八〇〇年には、ヨー あった。わしらが教えていた若い男や女は、学生と呼ばれていた。 ロッパだけで一億七千万の人間がいたんだ。百年後には : : : 砂が一大きな部屋がいくつもあって、その中で教えたんだ。わしがいまお 粒だよ、フー ・ : 百年後の一九〇〇年には、ヨーロッパに五まえたちに話しているように、そのころは一度に四十人か五十人を 億人だ : : : フー ・フー、砂が五粒、それそれがこの歯ひとっと同じ相手に話したもんだ。わしはそのころより前にほかの人が書いた本 としてな。ということは、食べ物を手に入れることがひどくやさしのことをみんなに話したんだ。ときによっては、そのころに書かれ く、それで人間が増えていったということだな。そし二〇〇〇年に たものもな : : : 」 は、ヨーロツ。ハにいた人口は十五億だ。世界の残り全部に、それと ・フーは挑むように尋ねた。 同じ数だけいたんだよ。そこにある蟹の甲羅が八つ、そう、八十億「おめえのしたことはそれだけかい : ・ : ただ、話、話、話ばかり の人間が、赤死病の始まったとき、この地上に生きていたんだ。 か ? だれがおめえに肉を取ってきてくれたのか ? 山羊の乳しぼ あの病気がやってきたとき、わしは若かった : : : 二十七歳でね、 りは ? 魚をつかまえるのは ? 」 サンフランシスコ湾の向こう側にあるパークレイに住んでいた。お「いい質問だ、フー ・フー、意味のある質問だよ。わしが言ったと まえあそこにいくつもある大きな石の家を憶えているだろう、エド おり、そのころ食べ物を手に入れるのはやさしかったんだ。わしら
やかに歩いた。その日焼けした皮膚と際立って対照的なのは両眼だを踏みしだく音がしてくるまで待った。少年は道へもどりながら、 きり ったーーー青い、濃い青だ。しかし敏捷で錐のように鋭い。そういっ にやりと笑った。 グランサー たところは、かれのすべての動作に、習慣となったことのようにし「大きいやつだったな。爺さん」 みついていた。少年は歩きながら多くの匂いを嗅ぎ、鼻の穴をひろ老人はうなずいた。 げて外界からの知らせを終わることなく脳に伝えていた。そしてま「やつらはだんだん太ってゆくよ」 た少年の聴覚は鋭敏であり、自動的に働くまでに訓練されていた。 老人は頼りなげにぜい・せい いうような声で不平を言った。 意識して努力することなく、かれは見たところ明らかに平穏な景色「いったいこんなことを考えるやつがいたろうかな、わしがこの歳 クリフ・ハウス 聞き、 の中に聞こえるかすかな音のすべてに耳を澄ましていた まで生きて、崖の邸へ行くにも命の心配をしなければいけなくなる その違いを知り、それらの物音を格付けしているのだーーそれが木などと : : : なあエドウイン、わしが子供のころには、男や女や小さ の葉をかさこそと鳴らせる風か、蜂や蚊の ( ミングか、遠くの海鳴な赤ん坊が天気のよい日になると何万人となくサンフランシスコか りが鈍く響いてくる音か、少年の足もとで僅かばかりの土を巣の入らここへ出かけてきたもんだ。そのころには、熊なんて一頭もいな 口にかけている地鼠の音なのかと。 かったよ。一頭もだ。みんなはあんなのが檻に入っているのを見る 突然、かれはびくりと緊張した。音、光景、匂いが同時に警告をのに金を払ったもんた、それほど少ないものだったんだよ」 かね グランサー 与えたのだ。かれは後ろにいた老人に手を伸ばしてふれ、ふたりは「金ってなんだい、爺さん ? 」 静かに立ちどまった。前方の、土手の上の片側で枯枝が折れるよう 老人が答えようとする前に、少年は思い出し勝ち誇ったようにそ な音が響き、少年の視線はせわしく動き雑草の穂先にとまった。その手を熊の毛皮の下の袋につつこんで、傷つき黒ずんだ銀の一ドル れから大きな灰色の熊がぬっと現われ、人間の姿を認めて同じよう貨幣をつまみ出した。その銀貨をそばへ近づけた老人の両眼は輝 に驚いてとまった。そいつは人間が気に入らないのか、不平を一言うよき、呟いた。 うにうなり声を出した。ゆっくりと少年は弓に矢をつがえ、ゆっく「わしには見えない : ・ : おまえ見て何年ごろのものか調べてくれな いカエドウイン りと弓を引きし・ほった。だがかれはその眼を決して熊からはなさな か ? た。老人は緑の葉っぱの下から危険な野獣を見つめて、少年と少年は笑いだし、そして嬉しそうに叫んだ。 同じようにじっと立っていた。数秒のあいだこの見つめあいは続い 「おめえは、えれえ爺さんだよお : ・ : いつだって小さなしるしに、 た。それから熊はしだいにつのる苛立たしさを見せはじめ、少年はなんかいみがあると信じさせるんだからなあ」 首をふって老人にその通り道から離れ土手を降りろと合図した。少老人はいつもながらの口惜しさを顔に浮かべて、その貨幣をまた 年は弓を引きしぼったまま油断せずに後ずさりして老人のあとを追自分の両眼に近づけた。 そうりん った。ふたりは、土手の反対側へ熊が歩いていったことを示す叢林「二〇一二 :
いや、その予感としてのあれがあるばかりだから「わか 0 たかね , と、それがい 0 た。 あるばかり だ。そして、あれはつまり、物体の影のようなもので、生の多重性「ようやくね、と、小畠が答えた。 の存在は類推できても、実感することも認識することもできないか「安心したかね , 「さあね , らだ : ・ 「なぜかねー 小畠は、無性にじれったくなった。 そのじれ 0 たさを感じと 0 たように、男が寝返りをう 0 て、こ 0 「繰り返しだものね , ちに顔を見せ、小畠の顔にな 0 て、そして、消えた。啓子も、寝室「永却回だ。少なくとも無ではない」 「それ以上でもないー も一緒に消えた。 「負の = ントロビーこそが、宇宙の最終構造だということが判っ 残ったのは、青い薄闇だけだった。 て、それ以上の何をのぞむのだ ? 生命現象が、この精妙で絶対の いくらか明るくなっていた。 薄闇は、さっきより、 だが、病室の中 0 者は、殆んどそれに気づかなか 0 た。病室 0 中現象が、空しく消え去るなどと」う空費を、自然がして」なか 0 た という事実を悟って、それ以上の何がほしいのだ ? 死というもの には、白い、強い人工光線がすみずみまで行き渡 0 ていたからだ。 ・〈 , ドの横に、疲れ果て、消耗し 0 くして影のようにな 0 た田鶴が、もう一 0 の世界〈のゲ 1 トにすぎず、生は 0 ねに不減の = ネ ~ 子が、 = われた人形 0 ようにちんばな恰好で立 0 ていた。そのうしギーとして存在を続けると」うことを知 0 て、それ以上 0 何がほし いのだ ? 」 ろで、田上が、血走った目を、べッド上の患者の顔を覆う酸素マス クと、弱々しくふくらんだりしぼんだりし 0 づけゑ ( , グに、交互「ほしいものは何もない。人間の意識が、その有難い真理の。 ( 0 デ→ に注いでいた。何人かの白衣の男女が、室内にメト 0 ノー、のようでしかないということも、同時に判 0 て、何もほしくなるものか、 な規則的な音をひびかせている器具を見つめたり、せわしく注射器「贅沢なやつだ」 の準備をしたりしていた。それらの姿が、小畠には、ひどく白々し「ちがう ! , 小畠は、複眼の昆虫人間がっと手をのばしかけたのを見て、いっ く、平べったく、安つぼく、そして非現実的に見えた。 しくつもの、大きなマスクとた。 気がつくと、小畠の顔の上に、、 眼だけの昆虫人間のような顔がさかさまにかか 0 て彼を見下ろして「まて ! まだいうことがある , 「 A Deux 一」 昆虫人間の一人は、大きな複眼を光らせていた。その光を散乱し て何処を見ているのか判らない眼を見たとたんに、小畠は、それが 仲間であることに気づいた。 「エ。ヒレナミン ! 」 6 9
どった今日もよ。 つらの血を引いたものが今日おまえらの持っているあの大たちなん の血筋は消えていってしまった。 馬も野性にもどった。そしてわしらが持っていた立派な種類の馬だ。だが六十年のあいだにコリー のすべては、今日おまえたちが知っているような小さな野馬に退化あいつらは、どう見ても飼い馴らした狼というほうが近いね , ヘア・リップ したんだ。牛も同様に野性にもどった。鳩も羊もだ。そして鶏がほ兎唇は立ち上がって山羊の群が安全かどうかちょっと眺め、午後 んの少し生き残ったことは、おまえたちの知っているとおりだ。だの空にかかっている太陽の位置を見て、老人の話が冗漫なことにい がいまいる野性の鶏は、そのころわしらが持っていた鶏とはひどくらいらしている態度を見せた。エドウインにもっと急いでとうなが 違っているものなんだよ。 された爺さんは話を続けた。 だがわしは話を先へ進めなきゃあいけないな。わしは無人の土地「もう話すことはほとんどないんだよ。二匹の犬と小馬をつれ、や を旅行していった。月日がたつにつれ、わしはますます人間を求めっとっかまえた馬に乗って、わしはサン・ジョアキンを横断してシ るようになった。だがひとりも発見できず、わしの孤独感は深まるエラ山脈の中にあるヨセミテという素晴しい渓谷へ行った。そこの 一方だった。わしはリ・ハー モア渓谷を横ぎり、そことサン・ジョア大きなホテルでわしは缶詰の食べ物が驚くほどたくさんあるのを発 キン大渓谷とのあいだの山々を越えていった。おまえたちはその渓見した。田園には作物がたわわに実り、動物もたくさんおり、谷を 谷を一度も見たことがないが、ひどく大きくて野性の馬の故郷なん流れる川には鱒がいつばいだった。わしはそこに三年のあいだ留ま だよ。動物がいつばいいるんだ、何千も何万もな。わしは三十年たっていたが、そこでの絶対的な孤独さというものは、一度でも高い ってからあそこをもう一度訪れたからよく知っているんだよ。おま文明の中にあった人間には考えられないほどのものだったよ。やが えたちは、このあたりの海つばたの谷間に野性の馬がたくさんいるてわしはもうそれ以上耐えられなくなってしまった。わしは気が狂 い出すんじゃないかと思ったんだ。犬と同じようにわしは群居性の と思っているが、サン・ジョアキンと比べたら話にならないんだ。 変なことといえば、牛は野性にもどると、低い山の中にもどっていある動物で、わしには仲間が必要だったんだ。わしはあの伝染病に ったよ。そういう場所のほうが、自分たちを守りやすいからだな。生き残ったとき以来、ほかにも生き残ったものがいるに違いないと 田舎には屍体をあさるやつらや浮浪者どもはずっと少なかった。考えていた。そしてまた、三年たったあと伝染病の細菌はすべて死 多くの村や町が火事にやられていなかったからな。でもいたるとこ減し、大地はまた清らかになったに違いないとも考えたんだ。 ろが悪疫による死人で埋められていたから、わしは村々を調べたり馬と犬と小馬をつれてわしは出発した。わしはまたサン・ジョア ーモア渓谷へや せずに通過していった。わしが孤独さから救われたのはラスロップ一キン渓谷を横断し、その向こうの山々を越え、 の近くだった。わしはコリー種の大を二匹見つけた。そいつらはっ ってきた。その三年間での変わりかたは驚くべきものだった。見事 い近頃人間と別れたところだったので、ひどく喜んで人間を慕ってに耕作されていた土地のすべてが、わしにはもうほとんど見分けら きた。そのコリーたちは何年ものあいだわしと行動を共にし、そいれなくなっていた。人間が農業をおこなっていた土地を植物の海が こんにち グラソサー ごんにち