ジェイミスンの背負い革に、まだつながっていた鋼のケーブルのえ上った色情がしぼむように、むが萎えた。手が届きそうで届かな うち二本が、濡れ紙のように切れた。そして、あまり打撃が強かっ いジャングルを、自分の腕のカでたぐり寄せようとでもするよう たので、ジェイミスンのこわばった長身は、はるか下の大地と平行に、ジェイミスンは狼狽してロープを激しく引いた。あのジャング に三十メートルもはね飛ばされてから、やっとのことで弧を描いてル、あれが命の綱だ ! あそこにはさまざまな恐怖が潜んでいよ 恐ろしい墜落を始めたほどだった。 う、だが少くもそれは未来のことだ。それにくらべて、真下のあの 冷たい皮肉な思考が迫ってきた。 無気味なものには未来はない、まさに灰色の蠅取り紙、獲物を待ち 「ずいぶん用心深いんだな、あんたは。リュックサックどころかパ かまえる深い泥沼 ラシ = ートまで背負 0 ているとは。これでいちおう地面までは無事突然、かれは、あのし 0 かりした樹塊には行き着けないことを覚 に降りられるわけだが、着陸は運まかせた。あんたの論理的な心った。。、 一ラシュートは不潔な死の泥海の上空百五十メートル足らず は、その情况をはっきり想い描くことができるに相違ない。さよう の高度だった。ジャングルそのものはーーー鼻をつく、腐った植物の ならーー不運を祈る ! 」 いやな匂いをむんむん発散している、恐ろしい場所であるのに、急 ジェイミスンはパラシュートの細い丈夫なロー。フを引っぱり、目 に、この上もなく好ましい場所に思えてきたのだがーー大体同じ距 を細めて下界の景色を見つめた。もうほとんど晴れてしまった霞を離だけ北西の方向にあった。 透して、北の方に、緑褐色の炎のようなジャングルがあった。あそあそこに着くには四十五度の角度で降下しなければなるまい。か こまで行けさえすれば れはパラシュートのロープを慎重に操作した。パラシュートはグラ またロー。フをたぐって、氷のような反推理力でその効果を計り、 イダーのように風に乗り、ジャングルが次第に近づき 数学的可能性を計算した。ゆっくりと降下している。この惑星の濃かれは意気揚々と小さな樹塊に着陸した。それは密林の本体か い大気のせいだろう。気圧は海水面で一・三気圧というところか。 ら、五十メートルほど離れた小島になっていた。 海水面だって ! おかしくもないのに、かれは顔を歪めて笑っ 島は長さ三メートル、幅二メートル半。四本の木が生え、いちば た。それは、おそらくあと数分で着く場所だ。だが、見たところ、 ん高いのは十五メートルほどだが、それらの木々が、比較的しつか 足の真下に直接海があるわけではなかった。たしかに二つ三つ、まりした、じくじく濡れた土台に、危なげに立っていた。 だらになって水面が見えるが、それと錯綜した木々の塊りばかり 四本全部つなげば五十数メートルにはなろう。これだけの長さが だ。それ以外は一種の空き地 ( 実はそうでもないらしいが ) になつあれば充分だ。だが いったん燃え上った意気が、たちまち消え ている。奇妙に灰色がかっており、ちょっと見ると、まるでいやら かかったーーそれらのうち三本を適当な位置に動かす起重機でもな いことには、それらの木を使えば助かるとわかっていても、何もな その正体がわかると、ぞっとして頬から血が引いた。場違いに燃らない。
ぶう唸る、すごい図体の連中が闘うので、木が揺れた。しかも、そえ立っ梢の上の方に股になった部分がある。あそこなら、蔓で体を れに、大恐竜に似たやつが猛り狂って、絶えず割りこんできては、縛れば落ちずに眠れるだろう。 このジャング 耳をつんざくばかりの、勝ち誇った叫びをあげーーーもがきまわる殺 一日に数キロ。これから横断しなければならない、 し屋どもの肉塊を、文字通り、むさぼり喰うのだった。 ル海と、その先の悪魔海峡を勘定に入れると、二千キロはある 夜明けが近づくと、あちこちで聞えていた吠え声や唸り声が、き一日五キロで二千キロ。 わだって少くなった。まるで、胃が、もっと腹を空かせた胃に、次四百日ー 次と呑みこまれていって、ついに満足して肥溜めのようなねぐらに エリスタンの夜の獣たちが、木の根本で、物欲しそうに咳ばらい するのが耳に入って、かれは目を覚した。恐ろしい夢を見ていたと 戻っていったような具合だった。 夜が明けたが、まだ命はあった。かれは疲労困憊し、肉体は眠りころだった。悪魔海峡の水の中を泳いでいると、うじ虫どもが何百 を求めてぐったりし、心の中には生の意志だけがあった。だが今日万も後を追ってきて、エズウォル問題解決の重要性をしきりにわめ き立てていた。 一日生きのびる自信は全くなくなっていた。 連中がとがめるように尋ねた。「知的にはあれほど発達しなが もし、船にいた時、エズウォルにあんなに素早く、操縦室に追い アソチスリープ・ビル つめられてさえいなければ、抗眠剤や銃のエネルギー・カ。フセら、建物一つ、武器一つ、いや何もーー作り出せない文明を、人類 ルやーーーそんな空想を追っている自分のふがいなさに冷笑を浴びせはいったいどうするつもりなのだ ? 」 ジェイミスンは目が覚めて身震いした。そして「エズウォルなん ながらーー・それに、自動的に、安全に自分を逃がしてくれる救命艇 て、くそくらえ ! 」忍び寄る、無気味な夜の闇に向って怒鳴った。 だって、用意することができただろうに。 それからしばらくの間、自分の心に様々なことが起るのに驚きな 少くとも、操縦室には数百箇の食糧カプセルがあったはずだ あれなら一月はもつ。そんなことを考えながら、ありあわせのカプがら坐っていた。いままでは、あんなにしつかりしていたのに。 しつかりしていた ! それも、ずいぶん昔のことだ。 セルに吸いつくと、チョコレートの味がした。それから、ゆっくり 第四日目の夜明けだ。前の日の、その前の日の、そしてまたその と、木から、血に汚れた地上に降りた。 ジャングルと前の日の複製みたいに、霞んだ、むし暑い日だ。そして 今日も同じ、うんざりするほど同じ日だったー 「やめろ、ばかやろう ! 」ジェイミスン教授は荒々しく叫んだ。 海。変化があるのは、土地の形と、曲りくねった海岸線を洗う水の 空地のように見える所に向って、片意地になって突き進んでいる 音だけだ。実質は常に不変だった。 ところだった。かたわらに生えていた天色の蔓草の塊りが、微風に ジャングルと海 あらゆるものがかれに戦いを挑み、昼頃までは、かれも応戦し吹かれたようなにそよいだと思うと、こちらに向 0 て腕を伸ばし始 た。手ごろな木を見つけるまでに、数キロは進んだろうかーーそびめた。同時に、奇妙な思考が、おずおずとかれの心に流れこんだー 4
も ~ 【オ 尸カ〉岡 8 協 < 訳イ 不倶戴天の凶敵ラルの影におびえつつ、怪獣 毒蛇の跳梁する原始のジャングルを突破する ためには、いがみあう地球人と工ズウォル人 も、心ならずも助けあわねばならなか 0 た /
こんだ。そして、途方もなく力がありそうな長い胴体から高々ともを頼りにしているだけだ。それがどっちだか、あんたにもわかると たげた、角の生えた恐ろしい頭を前にして、エズウォルは、こんな思う」 ジェイミスンは厳しい顔をした。「おまえが危険でないなんて、 馬鹿でかいやつには、とてもかないっこないということをしぶしぶ うぬぼれるな。その蛇は筋肉が硬直しているように見えるが、いっ 認めた様子で、ゆっくりと後ずさりした。 ジ = イミスンはふたたび、冷たい皮肉な思考をエズウォルに向けたん動き出したら、最初の百メートルぐらいは、まるで鋼鉄の・ ( ネ こ 0 だそーーだが、おまえの後にはそんな余裕はあるまい」 しう。おれは地球時間、三秒で百二十メートル走れる」 「おもしろいことを教えてやろう。おれは、星間軍事委員会の主任「何を、 科学者は、冷たくつつばねた。「できるだろうとも、もし百二十 科学者として、エリスタン第二惑星は地球艦隊の軍事基地としては メートル走れる場所があればな。だがないのだ。着陸前に見ておい 使用不能だという報告をしたんだ。主な理由は二つある。それは、 たから、このジャングルの縁の様子は、手にとるようにわかってい おまえも見たことがある、あのとんでもない肉食植物と、このちっ にけなかわいい坊やのことさ。この二つは、わんさといるそ。蛇一るんだ。 匹が一生の間に何百匹と子を生む、だから絶減できっこない。連中「そこは五十メートルばかりジャングルになっていて、その先は泥 は雌雄同体で、長さは五十メートル、体重は十トンにもなるんだ」海の岸になってカープしている。それはここの泥沼の続きなんだ。 カープはこちらがわに、ぐるっと回って逆もどりしているから、お 工ズウォルは、蛇から五メートルほど離れて立ち止り、ジェイミ まえはそのジャングルの出っ張りに見事に孤立しているわけだ。蛇 スンの方を見ずに、緊張した、すばやい思考を送ってよこした。 「こいつが現われた時はおれも驚いた。あんたに知らせなか 0 たのから逃げようと思 0 たら、一気にそいつの横を駈け抜けるよりほか 。大ざっぱに見て、おまえの動ける範囲は、前後左右五十メー は、こいつが何か物音を聞きつけて、ぼんやりと好奇心を抱いてい トルというところだーーそれじや足りないそ ! 相互依存 ? まさ ただけでゞはっきりした、つきつめた殺意など持っていなかったか にその通りさ。こんなことは、エリスタン第二惑星じゃ、一年に千 らだ。だが、そんなことはどうでもよい。問題は、やつがここにい 回も起るんだ」 て、しかも危険なことだ。まだあんたに気づいていない、だから、 ぎよっとしたように、エズウォルは黙っていたが、やがて、「な そのように動くだろう。おれに勝てるとは思っていない。だが機会 を窺っているんだ。こいつはおれを狙っているが、問題は根本的にぜ原子銃を向けてーーこいつを火あぶりにしない ? 」 「それで、やっこさんに、こちらへきてもらおうってわけか ? こ はあんたの方にある。あらゆる危険は、全部あんたのものだ」 っちは、につちもさっちもいかない状態なのに ? この大蛇ども 工ズウォルはほとんど投げやりに結論した。「あんたの計画に、 いちおうの援助はあたえてやるつもりだが、相互依存なんて馬鹿げはこの泥の中で生れて、一生の半分はその中で暮しているんだ 5 たことは、これ以上いわないでくれ。今までのところ、一方が一方そ。あの石頭を焼き切るには五分はかかるだろう。その間に、
ャングルがぶつつりと跡絶え、暗い逆巻く水塊にのみこまれる所が 、には星々にまで到達したとは、ちょっとばかり、すばらしいこと じゃよ、 ある、これが〈悪魔海峡〉だー 「では」やがて、ジェイミスンが穏やかにいった。「生きのびるつ 「ばかばかしい ! 」その答には、いまにも勘忍袋の緒が切れそうな もりでいるんだな。おまえの長い一生の間、大昔から先祖代々、お気配があった。「人間も、人間の思想も、一つの疫病なのだ。その まえたちは、その堂々たる肉体を唯一の頼りとして生きのびてき証拠には、たった今も、あんたにはもっともらしい議論を吹っかけ た。一方、人類は洞穴におどおどと群がり、火が身を守るためにもてきた。一応妥当に見えるが、その実は、もう一度おれの助けを引 使えることを発見し、死にもの狂いで、今まで存在しなかった武器き出そうという魂胆なのだ。不正直もいいかげんにしろ。もっとは を作り出し、いつも一足違いで狂暴な死から逃れてきたーー、その何つきりした証拠がほしければ、おれたちが着陸する瞬間を想い描い 百万年の間、カーソン星の = ズウォルは肥沃な大陸をわがもの顔にてみればよい。たとえ、おれが手を下さなくても、その瞬間から、 徘徊し、恐れを知らず、知力も体力も匹敵するものがなく、家も、 あんたの貧弱な肉体は、恐ろしい危険に絶えずさらされることにな 火も、衣服も、武器も作る必要がなくーー」 るのだそ。それに引きかえ、おれはどうだーーー下界には、肉体的に = ズウォルが冷やかに口を出した。「厳しい自然環境に適応するはおれよりも強い野獣がいるかもしれないが、それとても大した変 ことが、高等生物の終着点の一つになるはずだということは、あんりはあるまいから、たとえそいつが狡猾に空を飛ぶようなやつで たも同意するだろう。人類は文明なるものを作り上げてきたが、そも、おれの知力が弱点を補 0 て余りあることは、あんたも認めざる んなものは実際には、かれらと自然との間に築かれた、物質的な壁を得まい。そしてーーー」 にすぎない。だが自然はあまりにも広大、奔放で、絶えず全人類の「何も認めはせんそ , ジ = イミスンはびしりとい 0 た。「おまえの 存在をのみこもうとしているのだ。人間など一人一人では、たわい命が危うくなること以外にはな。それに、人間が持 0 ているとい 0 ない、脆い、取るに足りない存在であ 0 て、ち 0 ぼけな財産をや 0 て、おまえが軽蔑している技術性そのものが、自分に欠けているこ きにな 0 て引 0 張っているが、結局は、病にむしばまれた肉体がだとを知って、その鼻の先にぶらさが 0 ている感情主義を総動員して めにな 0 て、浅ましく死んでゆく奴隷なのだ。不幸なことに、このも追いっかないほど、悔むことになるんだそ。物質的な武器のこと 奇形の弱虫どもの集団には、恐るべき権力欲と殺戮本能があるのじゃなくてーー」 で、正気で健全な宇宙の種族たちにとって、現存する最大の危険に 「あんたのいい草など、問題にもならん。そんなインチキの糞理屈 な 0 ている。人類がより良き種族を汚染することは防止すべきだ」を、あくまでいい張るつもりらしいが、下界のジャングル島から生 ジ = イミスンは、そっけなく笑った。「だが、おまえだって同意きて出てくることが、できっこないとわかっただけだ。だから してくれるだろうが、取るに足りぬ、おどおどしたいの余小者数分前に鋼鉄の鎖をたたき切 0 た、あの巨大な腕が、ば 0 と見え が、あらゆる困難にみごとに打ち勝ち、あらゆる知識を吸収し、ったと思うと、さ 0 きと同じように一挙動で打ち下ろされた。 2 2
大の災難になることだろうー 「いいか、何が起ろうとも、ラルを引き入れることだけは絶対に許 非常な努力で、ジ = イミスンはしつかりと事務的な態度をよそおさんー った。「おまえの話がすべて正しいと仮定し、機械が筋肉に屈服す指に力が入り、引き金が動いた。白い閃光がほとばしった、だ : 的をはずれた ! 意外にもーー当らなかったのだ。 ると仮定して、おれたちがいなくなった後で、ラルをどうするつも りだ ? 自分が空中を飛んでいるという、とんでもない事実を、かれの頭 「いたければ、いさせるまでだ ! 」 脳がっかんだのは、数秒後たった。工ズウォルの幅広い青い体の、 ジェイミスンがぎりぎりの努力でよそおっていた、何気ない態度信じられないような素早い一振りで、見事にはね飛ばされていたの 守こっこ 0 はたちまち崩れて、かっと怒りに変った。「なにを、ばかやろう。 二年もたたないうちに、人類はラルをたたきのめして、カーソン星かれはやぶにぶち当った。ねばねばするジャングルの蔓草が指の まで追撃してくるそ。きさまら、低能どもが地上で邪魔をしているように服にからみつき、手を引き裂き、銃を、あの貴重な、頼みの 間に、おれたちは宇宙の深みで長い間、もどかしい戦いを続けて、綱である銃を、むしり取ろうとした。 宇宙にわいた、もっと兇悪、残忍、不条理なやつらから、おまえた 服はずたずたに破れ、赤い血が醜い縞になってながれーーーすべて ちを守ってやっていたんだそ , が、抗いようもない自然の力に屈服した。ただ一つだけ、かけがえ かれは言葉を止め、激情を抑えて、ひどい苦労の末、理性的な説のないも分を除いては。かれは、歯をくいしばり、ただ一途に思い 得口調でいった。「ラルがいったん住みついてしまったら、その星つめて、銃にすがりついていた。 からやつらを駆逐できた例しはないんだ。おれたちが事の重大性を横ざまに着地すると、一瞬に体を反転させ・ーー銃を振り上げ、ふ 覚った時には、もう三つの主要基地から、こちらが追い出されてい たたび引金に指を当てた。その兇暴な銃口から一メートルのところ た。やつらは軍事的には負けていながら、どこもかも、ちゃんと確に、 = ズウォルの巨大な四角い顔が、ものすごい唸りをあげて近づ 保してしまったんだ , いたと思うと ばっと十メートル横に飛びのいて、鋼鉄のように 工ズウォルの心が、のつべりした、頑固な壁のように立ちはだか堅いジャングルきのこの太い幹の後に、目にもとまらぬ青い縞とな って、こちらを見下しているのを感じ、またかれは言葉を切った。 って、姿を消した。 「三千万人かー ジェイミスンは、半ば自分こ 冫ししかせるよう 病気にでもなったように震えながら、かれは身を起し、自分がど に、静かにいった。「妻、夫、子供たち、恋人たちーー」 のていど勝ち、どのていど負けたのか考えてみた。 黒い怒りがかれの意識をおおった。とっさに稲妻のように素早く あたりは、木のない奇妙なジャングルだった。巨大な、醜い黄色 腕が動いて、原子銃を引き抜くと、青く盛り上った大きな背骨に、 のきのこが、もつれ合った褐色の蔓草や、青苔や、球茎や、信じら びたりと銃口を押し当てた。 れぬほど長く丈夫な、赤味がかった草などが綾なす赤、茶、緑のス 4 3
ったろう。おれは、ー・ー」 前のどてつ腹をぶち抜いてやることもできたんだそ。なぜやめたか その声が「ウッ」という驚きの声になって跡切れた。獲物を襲うって、それは、下のとんでもないジャングルや沼地から脱出したか 蛇のような素早さで、エズウォルが体を捻り、鎌首をもたげ、おそったら、身内のけんかは後まわしにして、まず協力することだと、 ろしい牙と爪をむき出すと、獰猛な青い塊りとなって、凄い勢いでおまえの頭でもわかりかけてきたらしいからさー 巨大な鳥に向ってとびかかった。その鳥は反重力いかだのキラキラ返事の思考がはね返ってきた。それは微動だにもせずかれを見下 ろしているスレート色の目と同じように冷たかった。 光る屋根に、まっ逆さまに急降下してくるところだった。 鳥は体をかわさなかった。そいつのガラス玉のような、むき出し「ジェイミスン教授、あんたのやればできたということなど、前も た残忍な目と、がっしりした熊手のような鉤爪が、エズウォルに向ってあんたのしようとすることが解るおれにとっては、ものの数で ってつかみかかる恐ろしい光景が、ジェイミスンの目に、ちらりとはない。おれと協力したいという、あんたの親切な申し出について 映った。それから は、くりかえしていうが、おれはあんたが死ぬのを見届けるために いかだは激流の中の木の葉のように揺れた。ジェイミスンは目もここへきたので、そのちっぽけな体を守ってやるためではない。だ くらむス。ヒードで左右に振り回された。大鳥の強力な翼が空を撃から、これ以上無駄な嘆願はやめて、科学者にふさわしい威厳をも ち、風を切る音が雷鳴のようにとどろき、気が遠くなった。かれはって、運命と対決してもらいたい , ジェイミスンは黙っていた。暖かい湿った風が、ちょっと体にあ 息をのんで銃をあけた。赤い閃光が翼の一枚に吸いこまれるように たって、はじめて、下界の嫌らしい匂いがかすかに伝わってきた。 走った。翼は黒い尾を引いてひるがえり、折れた。それと同時に、 鳥は荒れ狂うエズウォルの怪力のために 、、かだから文字通り投けいかだはまだすごい高度にあった。しかし、この原始の大地に、し なやカたが、 飛ばされた。 : : 曖昧な力でしがみついていた湿った霞が、いくらか薄 鳥ははるか下の方へ落ちてゆき、霞の中の汚点となり、ついにずれてきていた。数分前までは、あたり一面にたちこめる霧に隠れて いた、ジャングルや海のまだらが、今でははっきりと姿を現わし、 っと下の黒い地表に消えた。 ジ = イミスンの頭上では、危うくバランスを崩したエズウォル黒い木々の恐ろしい無形の塊と、射しこむ陽光を浴びてキラキラ光 。、、いかだの縁に宙吊りになっていた。その組み合わせ脚腕の四本る水面とが、交錯して見えた。 が、むなしく空をつかみ、残りの二本が、いかだの屋根の金属棒を幻想的な、想像を絶する眺めだった。はるか北方の霞の中まで、 必死につかもうとしていたーーーそして成功した。巨体が引き上げら目の届くかぎりは水蒸気の立ち昇るジャングルと、かすんで光る大 この果てしのない、すさまじい現実、これが れ、ついに頑丈な青い頭だけが、ふたたび視野に残った。ジェイミ洋が広がっていた エリスタン第二惑星なのだ。そして、そのかなた、水蒸気がびっし スンは陰惨な笑いを浮べて、銃をおろした。 あいまいもこ こ、このえんえんと続くジ 「どうだ、鳥一羽でさえ、おれたちの手に余るんだーーーそれに、おりとたちこめ、曖昧模糊とした、どこか冫 2
馬が勝っときまったものじゃない。 中から、細長い魚型の姿を現わしたのは、一時間後たっ 「だが、とにかく」 かれは長身を弓なりに曲げて、足を踏み出た。その船は三百メートル足らずの高度で航行していたのだが、鋭 ソードフィッシュ しーー・「出かけようじゃないか。どうやら、いちばん速い歩き方は、 くとがった鼻先をしていて、めかじきのように獰猛に見えた。 おれがおまえの背中に乗っかっていくことらしい。パラシュートの 工ズウォルの思考がジェイミスンの脳の中で爆発した。「ジェイ ロープを、おまえの中足の前で体に巻きつけ、それにおれがっかま ミスン教授、あの船にちょっとでも合図しようなんて気を起した っていけば転げ落ちずにすむ。おまえが敵対行動をとる時には、前ら、殺してやるーー」 もっておれを降ろしてくれるという約東さえしてくれれば、おれは ジェイミスンは、むをばっと飛躍させると、空白にかためたま かまわない。賛成するか ? 」 ま、黙っていた。眺めていると、その巨大な、長さ八百メートルの 工ズウォルはためらっていたが、やがてうなずいた。「さしあた船は、みるみるうちに高度を下げ、前方のジャングルの稜線の向う に消えた。着陸しようとしているのは明らかだった。 り賛成しておこうー ジェイミスンは、穏やかだが厳しい、長い顔に、皮肉な微笑を浮その時、今度はずるそうな、ほとんど勝ち誇ったようなエズウォ べていた。 ルの思考が届いた。「隠しても無駄たそーー・あんたの死んだ仲間の 「これで、わからないことは一つだけになった。いナし っこ、何に出会心の奥に、もう一隻宇宙船があったのを、おれは覚えているのだか って、おれをすぐ殺そうという決心が変ってしまったんだ ? 孤絶ら ジェイミスンは喉の堅い塊りを飲み下した。胸くそが悪かった。 した、静的な、貴族的な生活をしていたエズウォルじゃ、全然歯も 間の悪さに猛 その船がここへーーーしかも今、やってくるなんて , たたたないようなものに、出会ったんじゃないのか ? 」 「背中に乗れ ! , 唸るような思考がはね返ってきた。「説教なんて烈に腹が立った。 まっぴらだ。あんたの耳ざわりな声など、もう聞きたくもない。お惨めな気持になって、かれはエズウォルのなめらかな駈け足のリ れが戻ってきた理由は、あんたのちっぽけな考えなんかと、何の関ズムに、無言の威圧を感じながら、身をまかせていた。しばらくの 係もない。それに、君子豹変てことがある。用心しろよ ! 」 間は、嫌な匂いを含んだ風と、六本足のたてる、ひたひたいう足音 ジェイミスンはびつくりして黙っていた。工ズウォルを怒らすつだけになった。まわりは薄暗いジャングルで、時たま、油断ならな もりはなかった。これからは、もっと気をつけなくては。さもない 目に見えぬ水の、奇妙な音がびちゃびちゃと聞えてきた。こう と、ライオンを八頭集めたよりも大きく、百頭集めたよりも恐ろしして、自分を憎んでおりーーーしかもあの艀のことを知っている、青 いこの巨獣は、ご本人がその気を起すずっと前に、おれにつかみかい皮膚の、野獣のように荒々しい知的生物の背に揺られていくと、 淋しさと、恐ろしひしひしと迫ってきた。 かっているだろう。 ついに、かれはしぶしぶかぶとを脱いだ。それでも自分の言葉 エリスタン第二惑星の上空を偵察していた宇宙船が、湿った霞の 8 2
「もちろん、避けることもできるが、それには、近くにそいつがあ「ええ ? 」ジ = イミスンは、リズミカルにひょこひょこ揺れてい るのを、見分けられなければならん。そいつらが生えている所にはる、青く光る頭を見つめた。「馬鹿をいえ。百三十五度といえばー ー二千五百万か三千万の人口はどうなる。限界は三十八度だそ」 かれはできるだけ心を・ほんやりさせて、 目印しがある。だが , 「この話は、おまえがおれの頭の中を細かく読むま「その通り」 = ズウォルが唸 0 た。「三千万人死ぬ、 暗く笑い ジ = イミスンの頭脳の前に、深淵が口を開けた。このーー・怪獣の で、おあずけにしておこう。 「それに、あの大蛇もいる。連中がおまえを負かすとしたら、おそ思考がどんな結論を出そうとしているかわか 0 て、暗澹たる気持ち らく水の中だろう。だからこそ〈悪魔海峡〉が生死の別れ目になるにな 0 た。かれは乱暴にい 0 た。 「まっかな嘘た。こちらの報告ではーー・」 んだ , 「おれは泳げる」 = ズウォルはびしやりとい 0 た。「八十キロばか「三千万だ ! , = ズウォルは満足気に、しつこく繰り返した。「そ れに、心理摩擦係数の百三十五度が、最大安全緊張限界値の三十八 り、おまえを負ぶったままでも、三時間でな」 「もし、そういうこと度にくらべて、どんな意味を持つか、ちゃんとわかっているそ。そ 「やってみろ ! 」科学者は容赦なくいった。 が全部やれてーー、もし、大洋を渡り、何千キ。のジャングルを横断の限界値は、もちろん、自然環境がきびしければ出る値だ。もし、 することができるなら、なぜ、おれのところ〈戻 0 てきた。もうわ人間どもが、苦痛の原因は、ある知的種族にあると気づいたら、そ そうなったら、こちらの負 このおの抵抗は百八十四度にもなるだろう かった頃だろうが、一人では自分の船へもたどりつけない、 けだ。おれたちが人間の心理をこれほど、徹底的に研究していたと れのところへ ? なぜだ ? 」 「あんたのいくのは、暗いところだ , = ズウォルはいらいらとい 0 は、知らなか 0 たろう , た。「死ぬのに知識はいらん。あんたが抱いている、そうした恐怖ジ = イミスンは、顔色を失い、震えながらも答えた。「五年た 0 たら、カーソン星の人口は十億を超えるそ、そして、いくらか工ズ は、人間が、知的敵対者の面前では、虚勢を張りながらも、不利な う・こう ウォルが生き残ったとしても、少数で、支離減裂で、烏合の衆でー 環境に破れていくのを示す、よい証拠だ。 「だからこそ、あんたら人間にエズウォルの知力を知らせるわけに はゆかんのだ。おれたちは、カーソン星の上に、文字通り、亞の野「五カ月た 0 たら」 = ズウォルが冷ややかに口を出した。「人間 獣的な雰囲気を作り上げてきた。、だから人間が見れば、カーソン星は、ものの見事に、おれたちの星から吹 0 飛ぶそ。革命た。わけも の自然は、あまりにも強烈すぎるように感じるのだ。あんたが、こわからず、衝動的に暴徒がおしよせ、しやにむに星間輸送機に乗り の = リスタン第一一惑星というジャングル星の自然環境に直面するのこんで、耐えがたい危険から逃れようと飛び出すんだ。それに、か サイコ・フリクション てて加えて、ラルの戦艦が突然現われ、おれたちを手伝ってくれる を拒んでいる事実、それに、カーソン星上の心理摩擦係数が実に、 という寸法だ。征服者、人類の、長い野蛮な歴史の上で、これが最 百三十五度にもなっている事実は、とりもなおさずー・ー」 3
に、敗北から勝利をつかみ取る力がまだあるかのように、びしりとつけられた。くらくらっと目を回しながらも、かれは必死になって ハランスを保った , ーーやがて意識がはっきりした。 いった。「ともかく、もうわかっているんだそ、おまえの読心能力 はひどく大ざっぱなものだとな。どうして、おれの船をあんなにや巨獣工ズウォルはわきにそれて、かりそめの救いの手を、あんな すやすと征服できたのか、おまえは疑う気さえ起さなかったじゃなに優しく差しのべていた大枝から完全に離れ、ジャングルの深い茂 みにとびこんだ。二本の巨木の間を巧みに身をかわして通り抜け、 いか」 一瞬の後には、大洋の、長い、きらめく入り江の岸にでた。その砂 「なぜ疑わなきゃならん ? 」工ズウォルはいらいらしていた。 「今になって思うと、かなり長い期間、思考がまったくつかめなく浜を、風のように身軽に駈け抜けると、その向うのジャングルの茂 なったことがあった。あの時は、ふだん船のエンジンが放出するよみにとびこんだ。工ズウォルからは何の思考も届かなかった。勝ち り、異常に強烈な = ネルギー緊張を感じただけだ 0 た。あれは船が誇った思考の蔓も、今やってのけた大勝利の気配も。 ジェミイスンはいまいましそうにいっこ。 加速していた時に違いない。その時、檻のドアが少し開いているの 「おまえの腹のうちは読めていたから、ああしたんだ。おれたちが に気がついたんだーー・・・それから後は、何もかも忘れてしまった」 科学者は重いものにのしかかられて、胸が悪くな 0 たように顔をあのラルの大型快速船と空中戦をしていたことは認めよう。だが、 しかめながら、うなずいた。「おれたちは、何かすごいショックをもしもおまえが、ラルを味方だなんて考えたら大まちがいだそ。ラ ルは別だ。あいつらはよその宇宙からきたんだ。やつらはーーー」 受けたんだ。星間航行エンジンを全開していたから、もちろん、何 も感知することはできなかったが。しかし、どこかで、おれたちの「教授 ! , びりびり震えるような強力な思考が、ぐいと割りこんで きた。「銃を抜こうなんて気を起すなよ、たとえ自殺するつもりで 脳味噌がでんぐり返すような衝撃があったにちがいない。 「その後で、外部からの危険を警戒していたら、そのすきに、内部もな。ちょっとでも変なことをしてみろ、どんなに荒っぽく痛いや り方で、人間が武装解除されるものか、思い知らせてやるそ」 にいるおまえが百人の人間を襲って殺したんだ、大部分は眠ってい 「おまえは約束した」ジェイミスンはつぶやいた。「敵対行動はと たんだがーー」 ジ = イミスンは細むの注意を払って、体を引きしめ、目は、できらないと 「そうとも、それは守るつもりだーー人間流に、厳密に守ってや るだけ・ほんやりと前方の木の枝に据え、その枝の下を体をかわして る、おれの都合のよい時にな。だが、今はーーあんたの心を読む 通ることだけに、さりげなく意識を集中させようと懸命になったー と、あの生物が着陸したのは、反重力いかだのわずかなエネルギー ーだが、かれの真意は、緊張した頭脳から外に漏れたらしい 冫カくんと後足での放出を探知したからだ、と考えているな」 工ズウォルはだしぬけに、馬がはね上るようこ、 : 9 立った。ものすごく乱暴な動作だった。ジ = イミスンは鉄砲玉のよ「単なる推測だ、とジ = イミスンはそっけなく、「何か必然的な理 2 うに前に投げ出され、鋼鉄のように堅いエズウォルの背に、たたき由があるはずだ、それに、おれが船の動力を切ったように、おまえ