ら、びつくりしないほうがおかしい マイクロフィルムのほうは、・後まわしにして、・ほくは、書物の形 それは、二百光年の彼方にある故郷を思う心が、凝集し結品してになっている文献からとりかかった。 生みだした、気違いじみたオブジェだった。 そのページを開いてみて、・ほくは、、一目をこすった。錯覚ではない だがそういった外観とは裏腹に、そのなかに収まっている機械やかと思ったほどだった。 設備は、きちんと設計され、じゅうぶん使用に耐えるものである そこに書いてある字はたしか漢字のように見えるのだが、ぼくの 正直なところ、・ほくもゴンべも、ここへ着陸するまでは、たいし知らない字があまりにも多すぎるのだった。・ ほくに読めない字があ へんつくり て期待していなかった。たとえ植民者のなかに、生存者があってっても、 いっこうに不思議ではないが、見たこともない偏や旁がた も、野獣のように薄よごれた生活をしているものと、勝手に思いこくさんありすぎるのだ。 んでいたのだ。 「いったい、 この偏は、なんというんですか ? 」 キュープ・フォト ぼくとゴンべは、各地の施設を調査し、立体写真におさめてか ・ほくは、そのページの一字を拾いだして、指さして訊いた。する たいじん たいじん ら、例の大人の待っ政庁に戻った。 と、例の大人は、すました顔で言った。 「これは、ロケット偏あるよ。貴方知らないか ? 」 3 「なに、ロケット偏だって , にんべん ・ほくはおもわず大声をあげた。その人偏ににた偏は、なんとなく イデオグラフ あとは、この惑星の政庁にファイルしてある資料のうち、必要な矢印のような形をしている。たしかに表意文字としては、ロケット の形に見えないこともない。 ものをコビーして帰るだけだ。 「ほんとうにびつくりしました。五千人の宇宙移民から始まって、 「それじゃ、この字は、ロケット偏に、合うと書いてあるから : これまでになるには、さそ大変だったでしよう ? 「この星の開拓史の資料あるよ。調べてみるよろしい」 「そう、これ、きっと、ドッキングのことに違いな、。 わし、九十 たいしん 大人は、戻ってきたぼくたちを、資料室に案内してくれた。 九パーセントの確率で、そうだと思う」 この資料室には、文献や写真などが、保存されているわけであ ほくが叫ぶと、そばから、ゴンべも賛成してくれた。そこで、大 人に確かめるとそのとおりだった。もちろん、ロケット偏に合うと 「タキイ、おまえ、日本人。だから、漢字、読めるはずだ」 書いても、そのままドッキングと読むわけではなく、中国語の発音 ゴンべに言われるまでもなく、・ほくも、そう思っていた。自信がどおり合と読むわけである。 あると一一 = ロえば嘘になるが、これでも古文や漢文は好きなほうで、かそう思って探してみると、ロケット偏のついた漢字が、たくさん なり勉強したこどがある。 見つかった。ロケット偏に主と書いてあるのがあったので、大人に る。 へん へん たいじん 協 6
形文字まで戻ることなく、新しい形質を付加されたのである。 訊いてみた。 グラフ イデア イデオグラフ つまり、この変化によって、表意文字は、名実ともに理想の文字 「ロケット偏に主、これは、きっと、宇宙船の船長のことですね になったわけだ。 、ぐ - し、刀学 / し これは、駐という字の馬「あったそ、これ、人偏にロポットと書いてある。これ、アンドロ ところが、そう理屈どおりこ、 偏を、ロケット偏に代えたものである。ロケットを駐めるのに、馬イドだ , つくり ゴンべが叫んだ。これは、ゴンべの言うとおり正解だった。その 偏では具合が悪い。そこで、偏のほうの馬をロケットに変え、旁の 部分をそのまま使えば、発音は同じでも意味は明確になる。 行の近くに、・ほくにも見当がっきそうな字があった。それは、ロ、ポ へんつぎ 日本でも、平安時代の貴族のゲームに、偏継というのがあった。 ット偏に生きると書いてある。これは、まちがいなくサイボーグ がまえ 旁だけを見せて、それに偏をつけて遊ぶのだそうである。ぼくたちだ。コンビューター構というのもある。 へんつぎ は、ちょうど、この偏継をやっているような気分だった。 確かに、この新しい漢字は、意味が明確になるという長所を持っ つくり 「タキイ、待ってくれ。これ、なんの字だろう ? 」 ている。ロケット偏に船という字の旁のほうを書くと、これは発音 とっぜんゴンべが妙な字を拾いだした。この字は、冠の部分が変は船と同じだが、意味のほうは明らかに宇宙船をさすことになる。 テコな形になっている。火花を散らしたような恰好で、なんのこと 不足している情報量ををハーしたもの、それこそ、この漢字の変 か見当がっかない。 化だったのである。つまり、コン。ヒューターに記憶された情報を、 かんむり 「それ、エレクトロニクス冠あるよ。電気、電子などに使うよろしどういう方法で処理し、伝達するか。そのために、この新しい先祖 返りの漢字が、大活躍したわけだ。この漢字さえ使えば、専門化 大人の説明をきいて、はじめて合点がいった。 し、細分化した特殊な科学分野を、教育することができる。意味の こうして、・ほくとゴンべは、この不可解な文書を解読しつづけ明確さ、記述の正確さを期するために、文字それ自体が、新しい変 たいじん た。もちろん、大人の助けがなかったら、とてもやれなかった。 貌をとげた。それは、この閉鎖社会の文化が一万倍に増大した人口 この新しい表意文字は、ヒェログリフのような象形文字ではなのなかで、独自の道を進んでいくための唯一の方法だったのだ。 く、むしろヒエラティックのように書きくずれているから、ちょっ 例えば、コン。ヒーター構えを例にとっても、これに言という字 アルゴル と見ただけでは見当がっきにくい を入れると、プログラミングに必要な算法言語を意味し、動詞とし イデオグラフ 言ってみれば、極度に発達した表意文字が、新しく生まれてきたて、機械語の。フログラムで言うとなる。また、コン。ヒューター構え ファクター 要素をとりいれるため、そうとしかならなかった道であり、突然変に式と書けば、数式翻訳 , ーーフォーミ = ラ・トランスレーションの さか 異ーーーいや、むろし、文字の起源にまで逆のぼる先祖返りみたいな意味になる。こういった使い方には、漢字の持っ表意文字としての 現象である。もちろん、その先祖返りは、毅の甲骨文字のような象能力が、最大限に生かされていたわけだ。 つくり たいじん と かんむり にんべん ー 47
て帰ろうかとおもったのだが、さすがにそれは気がとがめるのでや「しつかりしてください , 御老人 ! 」 めにした。 〈佐渡守〉がいった。 〈佐渡守〉も年代もののコニャックが気掛りだったらしいが、とに 「なあに御心配なく。ちょっと娘が一人、忘れものをしたというの かく我々は手ぶらのまま邸をあとに一路東京へと向った。東名高速で戻ってきたまでのことでして 道路に入ってぼくのジャガーが一二〇マイルを指したころ、突然、 「おゆるしくださいませ、旦那様 ! 私がいけないのでございま 右手の丘めがけて天から流星みたいな光がパ ーっと走り、どしーんす。私がうかつるのもので、プラの替えを忘れちゃったなどと余 計なことを申しまして ! 」 一と、 と途方もない大きな音がして、火柱が立ち昇った。 いうなり、ポインの由美かおるはワッとばかりに声をあけ 「ロケットがおっこちた ! 」 てい老人の足許に泣き伏した。 ロケットを邸まで運 我々は同時にそう叫ぶと、急停車させた車はそこに放ゅ出したま T 泣くんじゃ。去いよ、さあ「くんしゃない。 ま、フ = ンスをのりこえて道路の外に出ると丘の上へと馳け登 0 ぶのは面倒だ。このあたりは国有地だ " 、ら、あした永田町の佐藤に 電話をして十万坪ほど買いとってフ」スをつくってしまおう。そ やつばり賀寿羅老人のロケットだった。、分ほども土中にめりこ して掘り町せば、三、、 . 四日あとには出できる。さあさあ、泣いた んでいる。あんな凄い勢いでつつこ ~ からとてもだめだろろ。、儺→当、りしちゃいけない。さあ、涙をおふき・、 はコマロフ少佐の惨事を思い出したア呆然ど ' 立ちすくむ僕 0 うしろ にかけあがってきた〈佐渡守〉がいた。 三日して〈佐渡守〉が電話を亦てきた。やつばりこっちが 「ほおれ、ごらんなさい。 いわんららぢ】ゃない - これであなたも夢。「寝ている最中た「た。 からさめたでしよう , ・」 『昨日、賀寿羅邸に花を詩 0 て見舞いに行「てきました。ぜんぜん と、そのときである。 Ⅲカカカりそうですが、来週 元気です。ロケットを掘り既すのに畤」 ; 、、 0 ケ , トの胴体のドアがば「ぐりとびらくと「「ぎれいなあんよが一の未には出発する 0 てい「てまし夫、そのときはまたスイ , チを押 二本、によ 0 ぎりとあらわれ、つづいて ~ 、ラスカートのめくれたか、「してくれ「 ~ てことです。あの娘た」ち、ビキ = の水着でみんなま 0 く わいいお尻があらわれ、やがて娘が一人這い出してきたつづいてろけになって働いてましたぜ。い【 ) 「 毛むくしやらの毛ずねーー運転手だ。僕たちはかけよって次々と彼 ねえ先輩ーー - ・実はねえ、あたしもサインス・ロオマンスの雑誌 らをひつばり出した。 をあつめてみようか「つて気になったんですよ。 いかしてますよ、あ 旦那さんはどうしたんだ。旦那さんは ?. 大丈まか」 の爺さん。すみませんがアメリカの本の古本屋を紹介してくだ 大丈夫でございます、いまお出になります」 さいな」 三人のうちでいちばんかわいいなとさっきおもっていた、由美か 「いいとも、 しいとも」 おるをもっとポインにしたみたいなのが老人の両脇をかかえるよう といって僕は嘘の住所をおしえてやった。 にして這い出てきた。 月世界に行くのは賀寿羅老一行と僕だけで充分だからである 物い 8
「ハイ、かしこまりました」 と、三人は眼をきらきら輝かせながら返事をすると、建物の方へ 足早やに行ってしまった。 「どうです ? ・このロケットは。なにしろ手作りですからあの 2 号にくらべれば形はすこしおちますが、性能はたいへんによろしい はずです。なにしろ月世界旅行をやるんですから . 「旦那様、電報がまいっております」 と、声がして料理人が一通の電報をさしだした。 「おお、ドルンべーガーからです。いっしょに行かないかといズ。ト や 0 たんですが、や 0 こさん、まだ六十すぎたばかりなのに中気〔 なっちまってね、だらしのない奴でして。なになに Denn alle FIeishes ist•• : : なにをいっとるんだ、ホッホッホッ」 さっきの娘たちは、卵色のミニスカートに。ヒンクのノー 0 ・フのブラウスといういささか刺激的ないでたちで、それそれ大きな サムソナイトのスーツケースをかかえてはしゃぎながらやってき 「さあ、乗ったり、乗ったり 誌 グ 老人はうぎうきといっこ。 ン ジ 「ところであなたがたにおねがいがあるのです四なにしろ月世界旅 メ 行中も食事は欠かせませんし、雑用も多うどざいますから、料理人 ア も運転手もつれて参ります。まことにお手数ですが、ロケットの点 挿火スイッチを入れてくださいませんかな ? 」 の こっちが返事もしないうちに《老人は娘たちのかわいしお尻を押 歩しこむようにして、自分も中に、入り、「では御機嫌よう」と手を振 の 月 「スイッチはほれ、あそこの柱にとりつけてありますからね」 ドアがしまった尸、、 ロケッ卞は月の光をあびて銀色にレーんとしずまりかえってい そこで僕がスイッチの方へ行こナとすると、 「お、およしなさいよ ! 」 、と〈佐渡守〉、がひどくあわてて僕の左腕をぐいとどらえ 「ありやみんな気違いです。を読みすぎたんです。およしなさ 、 0 ・ スイッチを入れたとたんにロゲットは木っ葉みじんです。だい たーが、てめえでつくったロケットで明世界旅行だな。と、冗談し やよ、 0 連中が吹っとんでごらんなさい「あなたは殺幇助回罪で すよ」 「しかしなあ、そうはいったって 1 ーー大丈夫だよ、たぶん。ペーネ ミュンデ仕込みの技術だってんだから」 「それじゃ勝手になさい、あたしは知らないから」 僕はおもいき ? てスイ舅チのついている柱の方へと行った。なる ほど、スイッチ代りにモールス信号用の古・ほけた電鍵が柱にくつつ る。 ショウファー 6
「それでーー・、その、どうやって月世界へおいでになるんです ? , 「もちろんロケットですよ。昨夜完成いたしましてね。サイエンス ・ロオマンスの伝統にしたがいまして、私と、【「あとは邸の中の男二 人と娘三人に手伝わせただけでをて」。 「ロケットをーー・ーですか ? 」 「お目にかけましよう と、老人は立ち上った。たちは狐にでも化かされたような気分 であとにつづき、なにかミッコに似た香りのかすかに流れる暗い廊 下をえんえんと歩ていった。そもて、ちょうど建物の裏手にあた る庭に出た。森向うに大きなレモゾのような色の満月が昇ったば かり。その光うけて庭の中ほどにちょうどアインシュタイン塔み たいなほそながい建物が銀色にそびえているのだ。先がとんがって いる。ところがだ。なんとートーーよくみると、塔そのものがまぎれも ないロケツー・ 「こんな人はなれたとごろでは、別に仮装する必要もなかったの もサイエンス・ロオマンスの伝統にしたがいまして ですが、こ ね、一見、建物風にづくりました。 0 ケ , トの訣は推進 = 一ジですが、これに 0 いてはド ~ 〈 ーガーがくわくおしえてくれました。この資料は、のちにアメリ 力と 0 シャが。〈ネミ = ンデをおさ , = る直前に、親衛隊が焼却しま したから彼らはにも知りません」 「でも、ウエルナ ・フォン・プラはアメリカで , ・・ー・・・」 「なあになあに、あな小僧「子が御「をる訳 , ありません。知 0 てりと「くに月世界をいやてはす一、ぼ若い頃。ケ , トあそびに 夢中になってるところを、ルン , べ。ーガ ~ 十に拾われただけのことで して ちょうどその時、大きな胸あてにたすきが、けのなっかしい工作服 を着た、すごくかわいい娘が三人、大きなやグ ~ とこやとんかちをか ついで私たちの前に立った。 「旦那様、ロケットの出発の用意はよろしゅうございます」 「お召しものなども積みこみをおわりました。オーデコロンはべイ ラムでよろしゅうございましようか」 「おふとんは羽二重を三枚積みましたー 「御苦労だったね、おまえたち、さあ、はやく着換えや替えの下着 なんかを取っといで。すぐに出発しよう」 :EAHNAPXIA. す日 0 0 v E R N M E N T 、 OE 市 0 W 0 R L D M 0 0 N : .9 0 M 1 ] C L H 1 S T 0 R 町【田伏 W 辷 and 0 い & And D 0 氤【 0 五双 0 ん一 5 0. S 石犬 60 . 02 0 , 珱遍【朝ト yJ. 0 da 代 t0 「 ト y 物”・ : 尺を " tl 肥市「新ドイ ~ な C : 市戸心 59 ・ ベルジュラック『月と太陽諸国の滑稽譚』月世界の巻の英訳本 5
いている。それを見たとたん「健は、は「と思い出した。こ電鍵はす。あなたもそうでしよう。え ? お金さえありや、俺だ 0 て、あ ゴダードが。ケ , トの打ち↓け実験に使らたやつだ。写真でみ、た , ~ んなかわいい女の子をあつめてい 0 しょに月世界旅行としゃれこめ いけませんよ。とんでもない話 とがある。賀寿羅老人はゴダいドとも友んなんだ・ , " のセ〈、をるのになんて考えてるんでしよう。 だ。あの爺さん、あんなかわいい娘を三人も道づれにするなんてひ 僕はおも小きって電鍵を押した。 どいやつだ : : : 」 ドッカーン ! 、シュウーン ! 〈佐渡守〉はえんえんと訓戒を垂れたが、僕はそれどころではなか 腰の抜けるような大きな音がしていロケットは目のくらむような スビドで宙天に舞いあがり、満月をめがけたなとおもう間もな 賀寿羅老人が月世界に行っている間に、彼の蔵書をみんな掻払っ く、たあまち姿は見えなくなった。 「丈夫ですかねえ」量。〈佐渡 〉は心配そうドあぶやい 「一一ユス、でみるとアト スだってサターンだって、 初はふら ) ふらと舞い上っ それカら段々にスビード 上るでしよう。だしぬけに あんなスビードを出して、 のは大丈夫なのかしら」 「大丈夫だろ。サイエンス・ ロオマンスだもの そういってから、僕はなぜ ロケットにのせて下さいと頼 まなかったのかと、ひどく惜 しい気がした。 「あなたねえ、もうサイエン ス・ロオマンスなんか読むの はやめなきや駄目ですよ。あ の爺さん、あぎらかに廿イエ ンス・ロオマンスを読みすぎ て妄想にとりつかれたんで 【上】月面を行く無人探測機ルーナ・オービター 【下】、同機が写した荒涼たる月面の光景
ているのを痛いほど意識した。宇宙機の二つの燃料タンクのなか、空の旅に発って以来、子供たちには母親はいない。 ( 十年 ? そん そしてまた発射軌道の動力貯蔵システムのなかには、核爆弾に相当な昔のことたったろうか ! だが事実なのだ : : : ) 子供たちのため 4 2 するエネルギーが封じこめられている。そしてそれが、彼を地上わにも、彼は再婚しているべきだったかもしれない : ずか二百マイルの高さにあげるために消費されるのだ。 圧迫と騒音がふいにゃんだとき、彼はやっと時間の経過に気づい 神経系にひどい負担をかける、古くさい、 5 、 4 、 3 、 2 、 1 、 た。やがてキャビンのス。ヒーカーが告げたーーー「下段ロケット分離 ゼロの過程はなかった。 用意。よし、行こう」 かすかな衝撃があった。とっぜんフロイドは、以前 z tn << のオ 「あと十五秒で発進します。深呼吸をなさると、もっとお楽になり ますわ」 フィスで見たことのあるレオナルド・ダ・ビンチの引用文を思いだ それは心理学的にも、生理学的にも有益な助言である。フロイド は体内に酸素が充分行きわたるのを感じた。発射軌道が、一千トン の機体を大西洋上に放りなげようと力を加えはじめたときには、何 大いなる鳥の背に乗り、「大いなる鳥」は空を飛ぶだろう。そ にでもぶつかる用意ができていた。 れが生まれた巣へと栄光をもたらすために。 発射軌道からいっ離れ、宙にうかびあがったのかはわからない。 そう、「大いなる鳥」はいま飛んでいるのだ、ダ・ビンチのあら だが、ロケットの轟音がとっぜん今までの告も激しくなり、体がシ ートのクッションにますます深く沈んでいくことから、フロイドはゆる夢を凌駕して。そして、力をつかいつくしたその伴侶は、地上 第一段エンジンが作動したのを知った。窓の外を見れたらと思った へと舞いておりようとしている。一万マイルの弧を描いて、空っぽ が、首をまわすのさえひと仕事だった。しかし不快感はなかった。 の下段部分は大気のなかを滑空する、そのすみかであるケネデイへ じっさい、加速による圧迫とエンジンの圧倒的な咆哮は、驚くほどむかって速度を加えながら。数時間後には、それは整備され、燃料 の陶酔感を彼の内に生みだしていた。耳が鳴り、血が血管のなかでを積まれて、それ自体は決して到達することのできない輝く静寂の 脈打っているあいだ、フロイドは何年かぶりで生命力が体にみなぎなかにふたたび仲間を送り届けるため待機するのだ。 るのを感じていた。若がえったのだ。大声で歌いたかったーーー・そう 軌道まで道のりはあと半分たらず。あとは自力で飛ばねばならな しても、おかしいことはすこしもない。彼の声はだれにも聞えない いのだ、とフロイドは思った。上段ロケットが噴射をはじめ、加速 だろうからだ。 がふたたびはじまったが、圧迫はずっとゆるいものだった。じっさ だが、自分が地球から、愛するものすべてから離れようとしてい 正常な重力とほとんど変らなかった。しかし歩くことはできな るのだと気づいた瞬間、そんな気分はたちまち吹きとんだ。下に い。なぜなら「上」はキャビンの前部だからだ。ばかな気をおこし は、三人の子供たちがいる。妻が十年前、ヨーロツ。、 , への悲劇的なてシートを離れれば、たちまち後部の壁に叩きつけられるだろう。
リはたすねた。 空に住むものはわたしたちょ 「なんたろう ? ェアロックかな ? 」 あなたがたには何もないわ その眼の前で、ひきさくような白い閃光が爆発した。かれは両手 恐怖と苦痛だけなのよ で眼をおさえて、うめき声をあけた。まぶしいほどの残像がのこ うちひしがれた淋しい想い 近くでどさっという音がし、何かがかれをつかんた。 残るものはそれだけね 「それじゃない。そいつはコーセリだ」 お帰りなさいー だれかの声がした。それは宇宙服のイブレーターを通してくる 正気があるうちに ように、こもって金属的だった。かれは、通路を営倉のほうへ引き ずられていった。 十二発のロケットが夜空に閃光をまきちらした。ホプキンスとコ 「マウキ ? 」 ーセリは、ロケットが発進し、消えてゆくのを見守った。 宇宙服の男が呼び、マウキは答えた。コーセリは、イド人たちが 乗りこんできていることを悟った。かれはやっきとなって逃れよう 地球のみなさん としたが、宇宙服の金属の爪が、かれをつかんではなさなかった。 進路を故郷に向けるのよ 「抵抗しないで、コーセリ。あなたを傷つけはしないわー と、マウキが言った。わめこうとすると、宇宙服のプラスチック 二人がホプキンスの部屋にもどったとき、船は静まりかえってい の腕が、声をたてる暇もあたえす、かれのロをおさえつけた。 た。かれの懐中電燈も、艇内のほかの電球と同様にくだけていた。 「声をたてないで : : : 大声をあげたら、大勢の人が死ぬことになる ホプキンスは、タイマツがわりに使おうと、古い海図を丸めて持かもしれないわ」 ち、もう一方の手にどストルをにぎり、コーセリとともに、まっく マウキはイド人のひとりに話しかけた。 らな通路を営倉のほうへと進んでいった。 「わたしたち、この連中には、どうしても地球へ帰ってもらわなけ 「われわれが、はじめてレーダーであのスクーターを見つけたとればいけないのよ。かれらも、生きることの大切なことは、よく知 き、すでにイド人たちが、いまわれわれのかくれているこの小惑星 . ってるわー の裏側に来ていたとしたら、ますいことになりますな : : : 」 かれがっかまえられている十分ほどのあいた、船内のいたるとこ と、コーセリはつぶやいた。 ろで、かすかな物音がしていた。イド人たちは、通路を上下し、部 「そんなはずはない。そうだとしたらとっくに攻撃されているさ、屋部屋にくびをつつこんで、何かをしていた。 二人の前方の闇の中で、金属のこすれるような音がした。コーセ マウキは、かれをつかまえているイド人にたすねた。 6
学は、かっに 0 彼は三十七歳で、一九六六年七月十八日から七十時間余、ジェミニ川で四十三回地球をまわり、同僚の ャング氏と最初の二重ランデヴーに成功した男である。ハンサムな、やさしい感じの、むしろやさ男で、 では今年中に二回、来年初期に一回、月ロケットの最終の地球軌道上のテストをやるが、この三 度目の一員として予定されている。彼自身は、この三度目のテストが成功すれば、次には月着陸をやると 言っていたが、他の関係の人の話では、月到着はまず一九六九年の末だろうとのことであった。 は予算をけずられたが、月計画のものはすでにとってあるので、月ロケットそのものには支障 ない、ただ、それからあとのこと、たとえば火星への旅などは、予算がとれるかどうかによってきまるの で、まだまったく予想がっかない由である。 とにかく、私は記者の資格で一般人のはいれぬところまで見せてもらったが、どこのの施設も ずいぶんとオープンで、ケー。フ・ケネディなどは観光・ ( スをつらねて観光客や小学生の団体がやってく る。あれだけの予算を使っているのだから、自分らがどういう意義のあることをやっているか、国民に知 らせるという意味で、広報課の人が団体客を案内し、映画を見せるというわけである。 ニーオリンズに着いたとき、 Daniel F. Ga 一 ouye という人の招待を受けた。この地のスポンサーが、 私が他の作家に会えなかったことを聞いて手配してくれたのである。これまで七十五篇余のサイエン ス・フィクションを書いた人とのことだったが、不幸にして私はその名が記憶になかった。 ニーオリンズの主といわれる老ジャーナリストも一緒に会わせるというので、とりあえず応ずること にし、日本の界のこと、マガジンという雑誌もあることでも話そうかと思っていたら、車で迎え にきた氏がまず取りだしたのが、当の日本のマガジン二冊であったので、私はびつくりした。ただま ずいことに、一九六一年一月号「安息所」、一九六一年五月号「プライア・フル」という彼の作品の内容がま ったく思いだせない。話が喰いちがうと失礼なので、私は、申し訳ないがこれはまだ読んでいない、日本 に戻ったらさっそく読むと逃げを打った。いま、日本でその「プライアブル」を読んだら、宇宙船内の連 続殺人事件をあっかった、的ミステリともいうべき、よく覚えている酒落た懐しい作品であった。 氏は端正な好男子の紳士で、人好きのする陽気な奥さんを連れていた。ただ、もう一人の、ニューオリ ンズのジャーナリストの長老というのが、名はドイッチェ氏、これが八十歳くらいの、ミイラが生きかえ ったごとき奇怪至極な人物で、実をいうと私はフランケンシ = タインを聯想してしまった。 ガロイ氏はフランス系で自分ではガルイと発音するので、それではマガジンにそう伝えましようと
ブレーキをかけ つかれはて不器用に 軏道に乗ったの : ふたりはじっと聞いていた。その歌のテンポは、奇妙に変ってい った。マウキは、歌っているのではなく、物語っていたのだ。それ は魔法のような言葉だった。上がり下がり、強まり弱まり。マウキ ミ、ータントたちの歴史を : はイド人たちの歴史を話した。 ふくれあがった五体 うちひしがれた心 片端者と怪物 ミュータント つん・ほで病人で盲目で : そして、宇宙連邦機構の編成と、その査察が物語られた。 つぎに呪いが来たわ くるしい流罪、永遠の こおりついた長円軌道に浮かぶ こわれかけた三隻の船 法律の名のもとに閉じこめられ そこで生きなければならないの ィーストとクロレラだけで そして、船は年老いていったわ このイドの歴史は、男たちがそれまで聞いたものとは異ってい た。それはイドの側からみた歴史だったのだ。 宇宙で生まれた子供は みなイドなのね わたしたち宇宙で生きていったわ 無の中に空気は消えてゆき 限られた食糧と空気 死までの日をわかちあうのよ 彼女は、とっぜん正常な出産のはじまったことを告げた 小さな片端の子供は 生まれ、病み、死んでいった 小さなイド人の子供は 生きつづけ育っていったの イド人の生命について、むだになった哀願。査察ロケットへの攻 撃と逃亡 三隻の船 だまって待ったの 憎むことにも疲れはて ながい流刑 もう何も残っていないわ 小惑星帯が隠れ家よ 9