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1. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

ーションの背景には壮大な地球の景観がはいることになった。二百いる。フロイドがその一つをしつかりと掴むと、宇宙ステーション マイルのこの高度からは、アフリカと大西洋の大部分が見える。かの自転に合わせるために、部屋全体が回転をはじめた。 なり雲におおわれているが、黄金海岸の緑がかった青い輪郭を識別速度が増すにつれ、見えない重力の指があるかなきかのカで彼を することができた。 引っぱりはじめ、体が円を描く壁にむかって、ゆっくりとただよっ ていった。円型の壁はいつのまにか床に変った。今では彼はその上 宇宙ステーションの軸部分が、ドッキング・アームをひろげて、 に、潮の流れのなかにある海草のようにゆっくりと前後にゆれなが ゆっくりとのびてきた。その根本にある建造物とはちがい、それは 回転していない というより、むしろステーションの回転を消すら立っているのだった。ステーションの自転が作りだす遠心力が彼 ように逆向きに回っているのだ。これによって、訪れる宇宙機がさをとらえたのだ。軸に近いここでは、まだあるかなきかに等しい んざんにふりまわされる危険もなく結合することができ、人員や積が、外側へとむかうにつれ、着実に増えていくはずだった。 彼はミラーのあとについて中央発着室を出、カープする階段を下 荷の入れ換えが円滑に行なわれるわけである。 っていった。はじめは重さがほとんどなく、手すりにつかまって無 ほんのかすかな衝撃があっただけで、機とステーションは接触し た。金属的な、かするような音が外から聞え、空気の噴出音がすこ理やり体をおろさなければならないほどだ 0 た。回転する巨大な車 しのあいだ続いたが、やがて気圧は一定になった。数秒後、 = アロ輪の外縁にある旅客用ロビーに来て、はじめて正常に動きまわれる ックのドアがあき、宇宙ステーション勤務員の制服ともいえる、軽だけの重さとなった。 快な、体にびったりと合ったスラックスと半袖シャツを着た男が、 ロビーはしばらく見ないうちに模様変えしており、新しい設備が キャビンにはいってきた。 いくつかつけ足されていた。前からあった椅子、小テーブル、レス トラン、郵便局のほかに、新しく床屋、ドラッグストア、映画館、 「ようこそ、フロイド博士。ステーション保安課のニック・ミラー です。往復船の出発まであなたの付添いをする命令を受けました」そしてみやげもの売店ができていた。売店では、月面や惑星面の写 握手がすむと、フロイドはスチワーデスに笑顔をむけていっ真、スライドのほか、ルーニク、レインジャー、サーベイヤーなど た。「タインズ機長によろしく。快適な旅だったと伝えてくださの実物断片が売られており、プラスチックの台にきちんとのつかっ て、法外な値がついていた。 帰りには、またあなたがたと会えるかもしれない 細心の注意をはらってーー無重量状態を経験するのは一年ぶりな「発つ前に何か召しあがりますか ? 」とミラーがきいた。「乗船は スペースレッグ ので、宇宙歩きのコツを取り戻すまでにはまだしばらくかかるだろ三十分後です , 周囲の物を手がかりにエアロックを抜けると、彼は宇宙ステ 「ブラック・コーヒーをおねがいしようかーーー砂糖は二つーーーそれ ーションの軸部分にある巨大な円型の部屋に出た。厚い詰め物で全から地球に電話したいんだがね」 面がおおわれた部屋で、壁のくぼみのいたるところに把手がついて「承知しました、博士ーー注文してきますーー・電話はそこです」 249

2. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

る予定でね ) 立てていてはしようがないと ( いうつもりだったのさ ) 」 答えているうちに、ジ = クミンドロは、仕事の時間が迫って来た 「腹を立てては、 ( いけないか ) ね ? 」 ラリシ = が、ぼちゃんと水に沈んだ。沈んだが、テレ。 ( シーは流のに気がついた。彼はいつもの通り予告もせず、バンドの増幅スイ ッチを入れて思念を集中した。 れていた。 ( たしかに連邦職員養成所の一員であるおかげで、われ われはほとんど不死の寿命を与えてもら 0 ている : ・ : ・が、そのぶん耳もとで風が鳴「た。この瞬間、彼は四千キロ離れた転送台上で だけ、われわれの生涯をいろどるものも水増しされて、淡くな 0 た実体化するのである。むろん、彼自身はそのことについて、何の驚 異も感激もお・ほえはしなかった。 ことは事実なんだぜ ) ジェクミンドロは苦笑した。水中生物であり色彩感覚の貧しいこ とで定評のあるラリシ = が、いろどりを比喩に用いるとはな : ( この気分を、奴は読みとったかな ? ) あたたかい陽を浴びて、その修習性は作業に没頭していた。作業 ジ一一クミンドロは水槽をうかがった。ヒーターを仕込んでとろん といってもごく初歩のもので、何百体というロポットを使って、小 と蒼い水の中には、しかし、もう何も動いてはいなかった。 型の開拓基地を設計し、組みあげるだけである。 ( ラリシュは、仕事に戻ったよ ) ジェクミンドロは、もう一度、手にした訓練記録を眺めた。 カットリアースが、かすかな笑いをこめた思念を送って来た。 決して優秀とはいえないが、それほど悪くもない成績た。 ( とすれば、そろそろきみも : : : だな ? ) 出身は、五十年ほど前に銀河連邦の傘下に入った辺境のーーー核恒 ものうげな感情が、ジェクミンドロを不意にとらえた。 星系に近いここから考えればとんでもない遠隔星域 ? ーー・・新興種族 ( ああ ) し、。ド、。しいが、あまり。 ( ッとしない恒星系の、 だった。新興と、えま嗣えよ、 ( ところで ) 同じ雰囲気に陥ちるのをおそれたのか、カットリアースは話題をテラと呼ばれる第三惑星を中心にして、やっと百あまりの植民星を 持つ、典型的な三流種族だ。連邦の示威に対して、虚勢を張りなが かえた。 ( 今期の修習生はどうだ ? ) らもしぶしぶ加盟を承諾したらしい。その植民星のひとつに生れ、 ( ここへ送られるまでに、どの程度基礎訓練をものにして来たか、 育ち、志願したものだった。 そいつをつかむため、いま順番に会っているところだ ) ( そういえば、きみのところに、新興種族からはじめてや「て来た姓名はあるのだろうが、連邦職員修習生として、当然それは、た だの番号に置きかえられている。 修習生がいるという話じゃないか ) カットリアースのテレ。 ( シー まだ若いが、かれらの平均生存期間もたいして長くはなかった。 が、好奇心で強くなった。 ( どんな奴だね ? ) ( さあどんな奴かな。ぼくもまだ知らないんだ。きよう顔を合わせ連邦職員として与えられる寿命は、彼にと 0 ては、おそらく目もく 2 5

3. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

モデル会議室といってもおかしくないが、壁に無数に貼りつけられわせにうつる前に、博士からお話があります。フロイド博士」 ビンナツ。フ写真、掲示、素人くさい絵などがその品位静かな拍手を受けて演壇にのぼると、フロイドは微笑をうかべな たポスター をぶちこわしにしていた。しかしそういったものから、ここが基地がら聴衆を見わたして、いった。 の文化の中心であることをうかがうことができた。フロイドがとり「ありがとう , ーー私が話したいことはこれだけです。大統領は、あ わけ感動したのは、地球恋しさのあまり集められたのだろう、標識なたがたのすばらしい仕事に対して心から感謝している旨を伝えて の数々である。たとえば、芝生にはいらないでください、平日駐車ほしいと私に申しました。あなたがたの仕事の重要さを世界中が認 禁止、禁煙、海岸この先、家畜横断、徐行、動物に食べものを与え識する日も、やがて来るでしよう。もちろん , と彼は注意深く続け ないでください、等々。もしこれが本物ならーーそして見たとおた。「あなたがたのなかに、この秘密のべールはすぐ取り払うべき いや、大部分 り、たしかに本物なのだがーー、政府は相当な出費でこれを地球からだと考えておられるかたが少なからずいることは がそうでしよう 私も十分承知しています。そう考えない人間 輸送していることになる。それにこめられている反抗には、胸をう つものがある。この敵意に満ちた世界で、人びとは自分たちがやむは、科学者とはいえません」 なく故郷に残してきたものに対して、まだジョークをとばそうとし彼の目はマイクルズ博士の姿をとらえた。地球物理学者がかすか ているのだ に眉根を寄せているので、右頬にある長い傷跡がきわだって見える だが彼らの子供たちはそんなものを恋しがりもしな おそらく真空中での事故によるものだろう。彼がこの「巡査と いだろう。 四、五十人の人びとがフロイドを待 0 ており、彼が行政官に続い泥棒遊び、に強く反対していることを、フロイドはよく知「てい こ 0 て部屋にはいると、全員が立ちあがった。顔なじみの何人かにうな こ囁いた。「打合わせの前 「しかし、ここでもう一度思いだしていただきたいのは」とフロイ ずきながら、フロイドはハル、ポーセン冫 ドは続けた。「こんな状況は前代未聞だということです。私たちが に、ちょっと話す時間をくれないか , フロイドが最前列にすわると、行政官は演壇にのぼって聴衆を見どんな事実を握っているか、それを何の疑問もないまでに見究めな わたした。 ければなりません。二回目のチャンスはないかもしれないのですー ーだから、もうすこし我慢してください。これは、大統領の願いで 「みなさん , ハルポーセンは話しはじめた。「この集まりが重要な 意味を持っことは今さら申しあけるまでもないでしよう。特にヘイもあります。 以上で私の話は終ります。あなたがたの報告をはじめてくださ ウッド・フロイド博士をこの集まりに迎えることができたのは、私 たちの喜びとするところです。博士の名声はみなさんだれもがご存 3 6 2 じと思うし、博士と個人的に親しいかたがたも、ここには大勢おら彼は席へ戻った。「ありがとう、フロイド博士 , 行政官はそうい し、科学部長を見て、ややぶつきら・ほうにうなずいた。それを合図 れる。地球からの特別飛行を終えて到着されたばかりですが、打合

4. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

ら、ソ連科学アカデミーのデイミトリ・モイ 「うん、そうなんだーーあと三十分で船が出 セビッチ博士がやってくる。 る。ミラーくんとは知りあいだろう ? 」 デイミトリはフロイドの親友の一人であ 保安課員は戻っており、コーヒーのはいっ る。だからこそ、今ここで会うには不都合な たプラスチック・カップを手に迷惑にならな 人間なのだ。 ・ ( いよう距離をおいて立っている。 「もちろん。 いいから、それを置いてくれた まえ、 ミラーくん。フロイド博士は、ここを 3 月面着陸 出たら当分はましな飲物は飲めないんだ 無駄にしてはもったいない。本当に」 そのロシア人、天文学者は、すらりとした長 身の、金髮の男だった。顔にはしわ一つな 三人はデイミトリ を先頭にメイン・ロビー そのう く、とても五十五才とは見えない を出ると、展望室にはいった。まもなく彼ら ちの最後の十年を、彼は月の裏側の大電波天 は、薄暗い光のなかで星ぼしの動くパノラマ 文台の建設に費していた。そこでは、二万マ をみながらテーブルを囲んでいた。宇宙ステ イルの厚い岩が地球から送られてくる電波の ーション一号は一分間に一回転する。このゆ 騒音を完全にさえぎってしまうのだ。 るやかな回転によって生まれる遠心力は、月面とほぼ等しい人工重 「やあ、ヘイウッド , 力強く右手を握りしめて、彼はいった。「宇力を作りだす。そのあたりが、しばらく前にわかったことだが、地 宙は狭いな。どうだい、最近はーーかわいいお子さんたちは元気か球上の重力と無重力との適当な妥協点なのだ。しかもそれには、月 へむかう旅行者に月面の環境に慣れる機会を与えるという利点があ 「みんな元気だよ , フロイドは、心のこもった、しかしやや当惑気った。 味の声でいった。「去年の夏は楽しかったよ。そのときの話がまだ ほとんど透明な窓の外では、地球と星ぼしが静かに回転してい しよっちゅう出るーいつわりない感謝の気持がうまくいいあらわせた。今、ステーションのこの側は太陽の影になっている。でなけれ ないのを、彼は残念に思った。。 が地球へ帰ったとき、彼ば、ロビー全体が強烈な光にさらされて、外を見ることなどとても と子供たちはこのロシアの友人とともにオデッサですばらしい休暇できはしない。それでも、空の半分をおおいつくして輝く地球のお を楽しんだのだ。 かげで、見えるのは比較的明るい星ばかりだった。 「ところでーーーこれから上へ行くんだろう ? 」とデイミトリがきい しかしステーションが地球の夜の側へとむかっているので、見え る面積はどんどん狭くなっていく。数分後には、それは都市の光を 2 25 ー

5. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

部屋を出るとき、彼はもう一度ふりかえり、黙りこくっている娘をるのだった。 見やった。その目はつぎに若い医師に移った。ゴーラーズはすくみ「二、三回、手を握って」と彼は娘にいった。「フドウ糖注射をす こそしなかったが、 何か硬いものが自分にむかって飛んだのを感じるから」 た。心理的な稲妻というものがあるとすれば、船長の目がはなった彼女の顔には、言葉を理解した表情はなかった。彼はくりかえし のは、まさしくそれだろう。ゴーラーズにとっては、それはあまり た。彼女の目は一瞬、手のほうに移り、ふたたび元に戻った。 嬉しくない奇妙な経験だった。警告と威嚇、それが船長の目のなか「もちろん、どうしてもとはいわないよ。だけどそうすれば静脈が に彼の見たものだった。 うきあがるから、ちがう場所に針をうってやりなおすようなことも ゴーラーズは肩をすくめ、敏感になりすぎているそと思った。目しなくてすむんだ」 それじたいには、光や伝言を伝える力はない。顔筋のかたちと、体彼女は目蓋をとじた。体と顔に震えが走った。自分自身とたたか の姿勢、声の調子、それらが結合して一つのパターンを作りだすのっている、そんな感じだった。 だ。この全体が目にはいっても、よほど気をつけていないかぎり、 、いいわ、先 ややあって、目をとじたまま彼女はいった。「じゃ 記憶に残るのは一部にすぎない。そして、たいていの人間にはそれ生」あきらめたような口調だった。 だけの注意力はないものだ。目はなかでもいちばん記憶に残りやす面倒もなく、静脈は見つかった。 い部分である。文学や人びとの話に必ずひきあいにだされるように 「このところ体重が減ったね ? 」 なってから、それはじっさい以上に重要視されるようになってしま「メルビルを出てから、十パウンドぐらい 「メルビル ? 」 彼女は目をあけ、じっと彼を見つめた。 しかし、とゴーラーズはしのなかでいった。あの男には、じろり と見るだけで、妥協を許さない冷酷な人間という印象を与えるもの 「さそり座べータの第二惑星。べータは、ズーベン・エル・チャマ がある。ひとたびその目ににらまれたら、かわそうにもなかなかか ーリともいうわ。アラビア語で〈北のけづめ〉という意味。地球か わせないものだ。 ら人間の目で見える、たった一つの緑の星」 彼は船長の娘のほうを向いた。彼女の目はあいていた。伸びたま彼は注射針を抜いた。 こぶし まになっている片手は、拳のかたちに半ば握られていた。何かに手「たまには、ぼくも星空を見なければいけないな。月に住むと、一 をのばしたが、それが拒絶され、怒りを示そうとして、それが不成つ、 しいことがあるんだ。空がよく見えることさ。でも、それくらい 功に終っている、 . という感じだった。 だね」 。しし力、と彼は田 5 った。 彼はそんなことに関心はなかった。少なくとも、当面は。彼はさ彼女が話す気になってくれれま、 し迫った目的でここにいるのであり、しなければならないことがあ「メルビルでは何をしていたの ? 」 20 ー

6. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

めて少ないこの小惑星でも、足先に力をこめればたちまち乾いた砂サイルが病院のつらなるドームのむれのただ中に突っ込んだ。どの くらい地中深く入りこんだのか。水素原子核の白熱の光球が地殻を のように崩れ流れる斜面を登りきるにはかりの努力が必要だった。 背負ったポンべの中の酸素がみるみる消費され、腕にはめた圧力計吹き上げ、引きちぎりながらせり出し、平原を地の底から溶岩の海 にかえ星空を呑みつくすほどに燃え狂ったあとには、すでに病院は の指針が大きく回っていった。 とっぜん視野が開けた。星空へ向ってせり上った平原はここで終放置されたままになっていた数十名の患者もろともに跡かたもなく り、私の目の前には壮大なカルデラが口を開いていた。それは小さ消えていた。吹きとばされたおびただしい土や砂は爆心にうがたれ な盆地と呼んでもよいほど大きな深いひろがりだった。私の足もとた巨大なカルデラの周囲に積ってここをほんとうの噴火口のように からほとんど垂直に切り落したような内壁は、しだいにゆるやかに変えてしまった。ドームを支えていた長大な鉄骨も、軽金属の壁 はるかに遠い盆地の底へと連なっていた。そして私の左右へ大きくも、コンクリートのトンネルも原子力発電所も、完備した手術室も 大きくのびる円弧は、星あかりにかすむあたりで全周を結んでい破片一つ残っていなかった。私の足もとからなお音もなく崩れ落ち た。崩れ . る砂はたえず私の足もとから流れ出ては、急流のように斜る砂粒の一つ一つがあるいはその変貌した名残りであるのかもしれ 面をくだってはるかな盆地の底へ消えていった。 なかった。完璧な破壊がおこなわれたことに私は満足した。満足す 動くものの影はたえて無く、もとよりなんの物音も聞えなかつる以外になにがあろう。一人の男の見果てぬ夢を私はひろったのだ た。星々はいよいよ荒涼たる光を投げかけ、深い傷痍は廃墟のようったから。 にお・ほろにかすんでいた。 私は背負ってきたペナントをおろし、円盤投げのように右手にか まえた。直径二十センチほどの六角形の。へナントはそのステンレス の表面に幾つかの文字を浮かべ、するどく星の光を反射した。私は 木星のサべナ・シティにあった私は、宇宙船《銀の虹》号の収容 体ごと大きく右腕をふりカをこめてペナントを空間にほうった。ペ には直接、なんの関係もなかったのだが、あるニュースが私を動揺 ナントは星の光の中にすぐ見えなくなり、眼下の空虚なひろがりのさせはげしくかりたてた。落ち着かない何日かを過したのち、とう どこかでかすかにきらりと光った。それきりだった。私ははじめてとう私は辺境へ向う定期輸送船に席をとった。宇宙技術者にはつね 声のかぎりに叫んだ。誰に聞えるはすもない叫びだった。 に絶対的な不足を告げている辺境の開発基地では私のような雑役に 近いような下級技術者でも大歓迎してくれる。小惑星《アキレス ここに病院があった。ここにまだ盆地もなく、星空の下に平原が》の調査から帰還してくる《銀の虹》号の収容準備に追われてい ひろがっていたとき。 る冥王星シャングリラ基地では早速、私を調査部に置いた。 満天の星屑の中から流れ星のように落下してきた一個の巨大なミ 《銀の虹》号が衛星軌道に入ってくるまでになお六十時間ほどあっ 2 7 7

7. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

ャングルがぶつつりと跡絶え、暗い逆巻く水塊にのみこまれる所が 、には星々にまで到達したとは、ちょっとばかり、すばらしいこと じゃよ、 ある、これが〈悪魔海峡〉だー 「では」やがて、ジェイミスンが穏やかにいった。「生きのびるつ 「ばかばかしい ! 」その答には、いまにも勘忍袋の緒が切れそうな もりでいるんだな。おまえの長い一生の間、大昔から先祖代々、お気配があった。「人間も、人間の思想も、一つの疫病なのだ。その まえたちは、その堂々たる肉体を唯一の頼りとして生きのびてき証拠には、たった今も、あんたにはもっともらしい議論を吹っかけ た。一方、人類は洞穴におどおどと群がり、火が身を守るためにもてきた。一応妥当に見えるが、その実は、もう一度おれの助けを引 使えることを発見し、死にもの狂いで、今まで存在しなかった武器き出そうという魂胆なのだ。不正直もいいかげんにしろ。もっとは を作り出し、いつも一足違いで狂暴な死から逃れてきたーー、その何つきりした証拠がほしければ、おれたちが着陸する瞬間を想い描い 百万年の間、カーソン星の = ズウォルは肥沃な大陸をわがもの顔にてみればよい。たとえ、おれが手を下さなくても、その瞬間から、 徘徊し、恐れを知らず、知力も体力も匹敵するものがなく、家も、 あんたの貧弱な肉体は、恐ろしい危険に絶えずさらされることにな 火も、衣服も、武器も作る必要がなくーー」 るのだそ。それに引きかえ、おれはどうだーーー下界には、肉体的に = ズウォルが冷やかに口を出した。「厳しい自然環境に適応するはおれよりも強い野獣がいるかもしれないが、それとても大した変 ことが、高等生物の終着点の一つになるはずだということは、あんりはあるまいから、たとえそいつが狡猾に空を飛ぶようなやつで たも同意するだろう。人類は文明なるものを作り上げてきたが、そも、おれの知力が弱点を補 0 て余りあることは、あんたも認めざる んなものは実際には、かれらと自然との間に築かれた、物質的な壁を得まい。そしてーーー」 にすぎない。だが自然はあまりにも広大、奔放で、絶えず全人類の「何も認めはせんそ , ジ = イミスンはびしりとい 0 た。「おまえの 存在をのみこもうとしているのだ。人間など一人一人では、たわい命が危うくなること以外にはな。それに、人間が持 0 ているとい 0 ない、脆い、取るに足りない存在であ 0 て、ち 0 ぼけな財産をや 0 て、おまえが軽蔑している技術性そのものが、自分に欠けているこ きにな 0 て引 0 張っているが、結局は、病にむしばまれた肉体がだとを知って、その鼻の先にぶらさが 0 ている感情主義を総動員して めにな 0 て、浅ましく死んでゆく奴隷なのだ。不幸なことに、このも追いっかないほど、悔むことになるんだそ。物質的な武器のこと 奇形の弱虫どもの集団には、恐るべき権力欲と殺戮本能があるのじゃなくてーー」 で、正気で健全な宇宙の種族たちにとって、現存する最大の危険に 「あんたのいい草など、問題にもならん。そんなインチキの糞理屈 な 0 ている。人類がより良き種族を汚染することは防止すべきだ」を、あくまでいい張るつもりらしいが、下界のジャングル島から生 ジ = イミスンは、そっけなく笑った。「だが、おまえだって同意きて出てくることが、できっこないとわかっただけだ。だから してくれるだろうが、取るに足りぬ、おどおどしたいの余小者数分前に鋼鉄の鎖をたたき切 0 た、あの巨大な腕が、ば 0 と見え が、あらゆる困難にみごとに打ち勝ち、あらゆる知識を吸収し、ったと思うと、さ 0 きと同じように一挙動で打ち下ろされた。 2 2

8. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

プロセスにおいては、日本語が世界でいちばんディクタタタイプむ こうなると、漢字を開いてしまったため、どうしてもシラブルが きの言語である。なぜなら、日本語のシラブルは、、 力ならず子音と長ったらしくなってしまう。この弊害をおぎなうのが、例のべラン 母音の組みあわせだけで成立しているからだ。重子音や重母音のよ メ工早ロ言葉である。ただでさえ長ったらしいのだから、敬語なん うな変則的なシラブルが存在しないからだ。このセグメンテーショてかまっていられなくなる。そのため、さっきの無礼きわまりない フォルマント フォルマント ンの過程で、波形の拡がりから、第一頂点を子音、第二頂点を母挨拶ができあがったわけだ。 音というふうに、はっきり識別できるのが、日本語の特長である。 ぼくの考えを話すと、ゴンべも賛成してくれた。 それから、・ほくは、できるだけ噛みくだいた喋り方で、江戸っ子 もちろん、この場合、ア行の音の波形は、ひとっしか頂点を持っ と話してみた。 ていない。 その結果、い ろいろ妙ちきりんな言葉が判ってきた。 この次のプロセスが、区分された各シラブルを、アとかサとかい おやぼし う音に決定する、。 ( ターン識別である。この場合にも、日本語がも恒星は親星、惑星は子星、衛星は孫星ということになる。ためし マゴボシと っとも適当である。子音には必ず母音がついているし、リエゾンもに人工衛星をなんというか訊いてみると、ヒトックリ・ いうのだそうだ。こうなると、判じ物みたいで、一日や二日くらい ウムラウトもないし、無声音も存在しないからだ。 ディクタタタイ。フは、単に音声タイ。フライターとしてだけでなでは、覚えられそうもない。 く、コン。ヒューターの入力装置としても使われるようになった。こ 「それでは、私たちは、ひとまず母星に引きあげることにします」 うなれば、。ハンチカードもテー。フも不要である。そのまえで喋れば ぼくは、ついに引きあけることに決めた。これでは、言語学者が 充分だし、機械語に変換する必要もない。 一ダースも必要である。とても二人の手には、おえそうもない。 「それから、母星の学ぶ人をつれて、もういっぺん、ここへもどっ だが、ものごとは、ーそう巧くよ 冫いかない。致命的なといってオー ・ハーなら、宿命的なといってもいい、 重大な障害が控えていたのてきて、いろいろなことを、調べさせていただきます。もし、みな さんさえ、賛成してくだされば : : : 」 だ。それが、日本語特有の同音異義語の問題だったのである。 そこで、同音意義語を排除するため、ウゴメキ運動の方式で、漢そのとたんに、江戸っ子が目をむいた。 コンビューターが、カタカタ、 字の熟語を開くようになった。運動をハコビウゴキ、行動をイキウ しいはじめた。そして、テープが吐 ゴキというふうに言いかえてしまう。さっき、ゴンべのことをトッきだされた。 とつほしびと ホシビトと呼んだのは、異星人の訓読だったわけだ。 サンセイーーー三世、三正、三牲、三省、三清、三聖、三精、山 運のわるいことに、日本語には、いろいろな外来語が、混じりこ 西、山捷、山勢、山精、参政、参星、産制、刪正、散聖、酸 んでいる。それも、そのまま取りいれられたわけだ。エレキ頭とい 性、賛成。意味わからない。、 しにしえ言葉。死に言葉。使っ うのは、日本語と英語のまぜこぜだった。 てはいけない。 フォルマント こぼし 2

9. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

「ほんとうにそう思う ヴァイケンは意外そうな表情になった。 てくる。だが、協力者がなければ、ジョーは足踏みせざるをえな い。だいいち、高度な訓練を受けた地球人のマンに、手仕事なんか ? 」 プシュード しまのところ、ほかの擬人たちに超心理学者はうなずいた。「ああ。過去数週間、私はだれよりも かをやらせるのはばかな話だよ。、 要求されているのは、まさにそれだけのことなんだからね。木星植多く彼に接してきた。それに、職業柄、あの男の肉体や性癖より 民地がある程度安定したものになれば、むろん、も 0 と大ぜいのあも、むしろ心理のほうに私の関心はあるわけだよ。きみたちの目に うつるのは、痩せこけた不具者だ。だが私の目には、その肉体的ハ やつり人形を送りつけることが、できるー 「しかし、問題はだね、と、ヴァイケンは食いさが 0 た。「アングンディキャップに反撥して、すさまじい = ネルギーと、人間ばなれ プシュード した精神集中力を発達させた精神が見える。それには戦慄を感じる ルシーひとりで、一時にあれだけの擬人たちの教育ができるだろう か ? 連中はまだ何日間も、たよりない赤ん坊同然だ。自力で考ほどだよ。ひとたびあの精神に、健全な肉体を与えたら、そのまえ え、行動するまでには、何週間もかかる。そのあいだ、ジ , ーにそに不可能はなくなるだろう , 「たしかにそのとおりかもしれないな」ややあってヴァイケンは呟 の面倒が見きれるだろうか ? 」 「ともかく、いまとなってはおなじだ。決定は下された。 「彼は数カ月さきまでの食料と燃料をたくわえているよ , コーネリ ロケットは明日降下する。すべてがうまくゆくのを願うだけだよ」 冫しった。「ジョーの能力がどんなものかについては、そう 彼はふたたび間をおいた。小さな居室の換気装置の唸りが、今夜 : アングルシーの判断をそのまま受け取るよりしかたないだろう。 は妙に耳につく。壁の。ヒンナツ。フ・ガールの色刷りも、異様にけば 内部の消息につうじているのは彼だけなんだから , 「ところで、いったんこの木星人たちに個性が生まれたとき、ジ , けばしく思えた。ゅ 0 くりと彼は言いはじめた。 ーの言いなりに従うという保証はあるのかね ? 」ヴァイケンは心配「ばかにロが固いじゃないか、ジャン。新しい思念投射装置は、い プシュード つごろ完成して、テストが始められるんだね ? 」 うにいった。「忘れちゃいけない、擬人たちはおたがいにそっく りな複製じゃないんだ。不確定性原理にしたが 0 て、それぞれが特 = ーネリアスは周囲を見まわした。開けはなしたドアのむこうは 定の遺伝子の組合わせを持 0 ていゑもし、木星でた 0 たひとりの人気のない廊下だ 0 たが、答えるまえにまずきちんとそれを閉め た。うす笑いして、「もう何日もまえから準備はできているんだ。 人間の心が、それだけの異生物の中におかれたとき 「ひとりの人間の心 ? 、ききとれないほどの声だった。ヴァイケンだが、だれにもいわないでくれ , 「なんだって ? 」ヴァイケンは思わず腰をうかした。低重力のため が不審そうに口をひらきかける。コ】ネリアスはあわててさきをつ に、その動作で彼は椅子から離れて、ふたりのあいだにあるテ 1 ブ づけた。 ルのほうへなかば飛びだしかけた。ぐいと体を胛しもどして、彼は 「いや、アングルシーなら、きっと彼らを支配していけるだろう 答を待った。 よ。彼自身の人格はかなり ーー巨大たからね」 ひとけ

10. SFマガジン 1968年9月臨時増刊号

その瞬間だった。何かが激しくボートの腹にぶつかった。求ート 同じように - コーラーズは中腰のまま、どちら側にとびこもう が傾きはじめた。、、 彼はもう一度ノックした。マイクロフィルムはそのまま続いてい る。一瞬のためらいの後、彼はそこを離れた。そして宇宙船の出〕かとためら 0 た。はじめの一秒かそこら、そのカの原因が掴めなか の側面を掴んでい ったが、やがて二つの手を思わせるものが求ート で、船長の痩せた不気味な姿とぶつかった。不意の出会いに驚きは るのに気づいた。その下には、得体の知れない大きなポール状のも したものの、ゴーラーズはなんとか彼に気軽な挨拶をした。だが、 包みをかかえた腕に力がは」るのだけはどうすることもできなか 0 のが見える。それに続く部分を見る前に、〉ーラーズはし 0 かりと た。 = ・ ( 」ークはうなずいて彼の挨拶に答えると、壜のはい 0 てい栓をした曇の一 0 を掴んで、あおむけに水中にとびこんでいた。そ る袋に視線を走らせた。傾斜路を下りながら、ゴーラーズは船長のれと同時に、ポー ~ が一筋の光を放 0 た。それが光でなく剣であ 0 目を背中に感じていた。町を迂回して、湖の岸辺に着くと、や「とたら、ゴーラーズの両脚は断ち切られていただろう。だがじ 0 さ それが与えた効果は同じくらいだった。切りふせられたよう くつろいだ気分になれた。 に、彼の姿は不意に消えたからだ。彼はうしろ向きに水面に倒れる 砂浜にはたくさんの小型、ポートが並んでいた。持主が見えないの で、彼はその一艘を無断で借りだすと、広《とした渚にむか「てオと体をねじり、ートとは直角 0 方向に水にもぐ 0 た。死にものぐ ー ~ を漕いだ。わずか半時間前には、そこで清めの儀式が行なわれるいで潜水し、行けるところまで行くと、水面に顔を出し、急いで て」たのだ。それが終り、人びとが市中のほかの行事に参加するた息を吸いこみ、岸から遠ざか「た。本能はいちばん近い陸地をめざ め一人残らす岸から去 0 て」くのを、彼は見定めていた。あたりはすようにうながしていたが、何者かもー、・それが何であるにせよ 彼がそうするだろうと考えて待っているにちがいない。その道 暗いので、彼がしていることを人に見られる心配はなか 0 た。彼を ぼんやりと照らすのはカリタポリの市街の灯だけ。月はまだあが理がわかるくらいの理性は残「ていた。怯えているのは確かだが、 恐布にわれを忘れるまでには行っていなかった。それに、この暗い っていない。それに、たとえ見られたとしても、彼が知るかぎり、 水面では、あまり騒がしい音をたてないかぎり、自分を見つけるの これは法に触れるようなことではないはずだった。 洗礼式の群衆の中心があ 0 たあたりの浅瀬に着くと、彼は漕ぐのが不可能なこともわか 0 ていた。にもかかわらず、今にも足首を掴 まれて、湖底に引きずりこまれるという感じが、つきまとって離れ をやめ、壜の栓を抜いて水の採取をはじめた。そうしながらもポー トの四方八方に目を配るのだけはやめなか 0 た。水面に近づいた魚なか 0 た。そうな 0 たら、どうあがいても、最後には肺のなかに湖 が起すのだろう、一度、小波がた 0 て反射光がちらついたほかは何水が流れこむことになるのだ。 7 も見えなか 0 た。だが彼は動作をやめ、うずくま 0 て闇のなかをす水面からまたすこしのあいだ顔を出すと、彼は急いで背後に目を かし見た。それ以上は何も見えなか 0 た。彼は安堵のため息を漏らや「た。ひ「くりかえ「たボートの裏側が、町の灯に照り映えて輪 2 郭をうかびあがらせている以外には、何も見えなかった。彼はふた すと、急いで仕事に戻った。