カーリング - みる会図書館


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1. SFマガジン 1969年6月号

「どんなふうにやったか、私は知らんし、そんなことはどうでもい いった。眼をぎよろぎよろさせて、カーリングは彼の足元を見守っ 。空中浮揚したことを、きみは否定するのか ? 」 た。ロジャーの靴は床から二インチの宙にとどまったまま、それ以 「ええ、もちろん否定しますよ 上は決して床に近づかなかった。 「私は見たんだそ。なぜ嘘をつく ? 」 カーリングは、ロジャーがあけた椅子にすわりこんだ。 「空中浮揚しているのを見た ? カ 1 リング教授、そんなことが可「うん、頼む , 彼は弱々しくいった。 ロジャ 1 はウイスキーの壜をわたした。カーリングはそれを飲 能なら教えてください。真の空中浮揚が、宇宙空間以外では成立し み、すこしせきこんだ。「どうです、気分は ? ない概念だということは、引力にくわしいあなたなら、、 しわれなく てもご存じのはずだと思うんですがね。私をからかっているんでし「おい、きみーとカーリング。「きみは重力を中和する方法を発見 したのか ? 」 「いいかげんにしろ」カーリングはかすれた声でいった。「なぜ本ロジャーは見つめた。「そう結論を急がないで、教授。もし私が 当のことを話さんのだ ? 」 反重力を発見していれば、あなたをからかうために使ったりはしま 「話してますよ。片手をのばして、何やら得体の知れない仕草をすせんよ。ワシントンに行ってるでしよう。軍事機密だ。おそらく まあ、いずれにしても、こんなところにいるわけがないー るだけで : : : フワリと宙にうかぶとでも思うんですか ? 」いいなカ ら、ロジャーはうかびあがった。頭が天井をかすった。 こういったことは、見ればわかるでしよう ? 」 カーリングの顔がのけそった。「ああ ! そら : : : そらーーー」 カーリングがいきなり立ちあがった。「これからのセッションの 微笑しながら、ロジャーは床におり立った。「まさか本気じゃなあいだ、きみはずっといすわり続けるつもりなのか ? 」 いでしよう」 「もちろんです」 「またやったじゃないか。今やったばかりだ」 カーリングはうなずくと、帽子を頭に叩きつけ、足ばやに出て行 「私が何かしましたか ? 」 「空中浮揚した。宙にうかんだ。否定しないだろう , ロジャ 1 の眼が真険な光を帯びた。「病気なんですよ、あなた続く三日間、セミナーはカーリング教授の司会なしで進んだ。彼 が欠席している理由は不明だった。期待と不安の相剋に耐えなが ら、ロジャ 1 ・トウーミイは聴衆のなかにまぎれこみ、努めて体を 「いま見たんだ」 「休息をとったほうがいいんじゃないですか。過労で 小さくしていた。しかし、それもあまり効果はなかった。カーリン 「今のは幻覚じゃない」 グの派手な攻撃で、彼の悪名は出席者全員に知れわたっていたから恟 ど。しかも、あの頑固な抗弁のおかげで、彼の人気には、ゴリアテ 「何か飲みませんか ? 」ロジャーはスーツケースのところへ歩いてナ っこ 0

2. SFマガジン 1969年6月号

に対するダビデを思わせるものさえあった。 「うかぶ ? うかぶとは、いったいどういう意味ですか ? 」 木曜の夜、うまくないタ食をすましてホテルの部屋に戻った彼「宙にうかぶんですよ」キヤノンは忍耐強くいった。 は、敷居の一歩手前で立ちつくした。カーリング教授がなかから彼「そんな気違いじみた話を、あなたは信じるんですか ? 」 を見つめていたのだ。もう一人、グレイの中折帽をひたい深くかぶ「信じる信じないを よ、ここでは関係ないことです、トウーミイ博 った男がいて、ロジャーのべッドにすわっている。 士。私は合衆国政府のエ 1 ジェントだ。与えられた任務を遂行しな 声をかけたのは、見知らぬ男のほうだった。「はいってくださければならない。私があなたなら、協力しますがね」 トウーミイ博士 「こんなことに、どうして協力できますか ? かりに私があなたの ロジャーは部屋にはいった。「何ですか、これは ? 」 ところへ行って、カーリング教授は宙にうかぶことができるといっ 見知らぬ男は紙入れをとりだすと、そのセルロイドの窓をロジャ たとする。あなたはきっと精神科医の長椅子に、私を寝かせようと ーに見せた。「—のキヤノンです」 するだろうー 「政府にも顔がきくんですね、カーリング教授」とロジャー 「カーリング教授は、もう精神科医の検診を受けてますよ、自発的 「すこしはね , とカーリング。 に申し出て。しかし政府には、カーリング教授の意見をもう何年も 「とすると、私は逮捕されるわけですか ? 罪状は ? 」 参考にしているという事情がありましてね。それに、また別の証拠 「まあ、落着いて」とキヤノン。「あなたに関する資料を集めてる もあるわけです」 んですよ、トウーミイ博士。これは、あなたの署名ですか ? 」 「というと ? 」 彼は一通の手紙をロジャーに向けてさしだした。筆蹟は見える「あなたのカレッジの一部の学生が、うかぶのを目撃している。も が、ひったくるには遠すぎる距離だった。それは、モートンのもと う一人、学部長の秘書をしていた女性がいる。その全員から供述書 へ送りかえされてきた、カーリング宛てのロジャーの手紙だった。 をとってあります , 「そうです」とロジャー。 「どんな供述書だか。保存しておいて、議員が来ても堂々と見せら 「では、これは ? 」連邦警察官は、分厚い手紙の東を持っていた。れるような「筋の通ったものなんですか ? 」 破り捨てられたものを除いて、彼が出した手紙は全部回収された カーリング教授が見かねて割りこんだ。「トウーミイ博士、空中 らしい。「みんな、私の出したものです」ロジャーは疲れきった声浮揚の事実を否定して何の益があるというんた ? きみのところの でいった。 学長すら、きみが確かに何かをやったことは認めてるんだそ。この カーリングが鼻を鳴らした。 学年の終りに、きみを正式に解任するといっていた。なんにもなく 「カ 1 リング教授のお話だと、あなたはうかぶそうだが ? 」とキャて、そこまでするはずはないー 「どうでもいいでしよう、そんなこと」 8

3. SFマガジン 1969年6月号

ャーはいっそう大胆になった。その日最後の概略説明のあいだ、彼わかりませんが」 は・ヘストを尽した。 このホールから出て行くんだ ! 」 「帰りたまえ ! カーリング教授は、文法的には間違いだらけ、内容的にはまった さまざまな感情がいっぺんに湧きあがって、思慮をなくしている 、、こよしないだろう。いずれにせ く無意味な文章の途中で、とうとう声をつまらせた。それまで座席のだ。でなければ、そんな言しカナを でもそもそしていた聴衆は、身じろぎをやめると、ポカンと彼を見よ、ロジャ 1 にとっては待ちに待ったチャンスだった。彼は息をつ つめた。 くと、この機会を最大限に利用することにした。 カーリングは片手をあげ、あえぎながらいった。「きみ ! そこ しだいに高まるひそひそ声のなかでも充分に聞きとれるように、 にいるきみだ ! 彼ははっきりと大声でいった。「私はカースン・カレッジの教授で、 ー・トウーミイといいます。アメリカ物理学協会の会員で ロノヤー・トウーミイが、のんびりと居心地よさそうにすわってロジャ いるのは、通路のまん中だった。高さ、二・五フィートの空気からす。この会に出席するにあたっては、正式に申請を出し、それが許 なる椅子にすわり、同じ空気製の椅子の肘かけに長々と足をのばし可され、すでに登録金も支払いました。ここにすわるのは私の権利 であり、今後もその意志は変りません」 ていた。 カーリングは、頭ごなしにこうどなっただけだった。「出て行け カ】リングが指さしたとたん、彼は急いで横に移動した。五十の 顔がこちらに向くころには、ロジャーは何の変哲もない木製の椅子 ! 」 「出ません , あくまで演出効果を狙った怒りだったが、彼の体はじ にちゃんと腰をおろしていた。 ロジャーは左右を見まわし、カーリングのつきだした指に目をとっさいにぶるぶると震えていた。「いったい何の理由で、出て行か ねばならないのですか ? 私が何をしました ? 」 めると立ちあがった。 カーリングは震える手で髪をとかした。返答に窮している。 「私のことでしようか、カーリング教授 ? 」その声は、怪訝そう で、冷ややかだった。ほんのかすか震えているが、それが内部の葛ロジャーはさらにくいさがった。「正当な理由もなく、私をこの 会から追放する気なら、私としても大学を告訴せざるをえません」 藤の唯一の表面的なあらわれだった。 カーリングは慌てた様子でいった。「これで、現代物理学春季セ 「何をしているんだ、そこで ? 」午前中からの緊張を一挙に爆発さ ミナーの第一日を終ります。なお、つぎの集まりは、この同じホー せて、カーリングがきいた。 ルで、明日午前九時から この情景をよく見ようと、立ちあがっているものも幾人かいた。 突発的な騒ぎは、観客が埋まった野球場であろうと、物理学者の集話し続ける彼を尻目に、ロジャーは立ちあがると足早に会場を出 まりであろうと、歓迎されるものである。 「おっしやることがよく 「別に何もしていませんよ」とロジャー ー 45

4. SFマガジン 1969年6月号

だ。正直に何もかも話したまえ。そして町から出て行くんだ」 その夜、ロジャーの泊まっているホテル・ルームのドアに / ック があった。驚きのあまり、彼は椅子にかけたまま凍りついたように 「カ 1 リング教授 ! ここは私の部屋ですよ。私をいじめに来たの なった。 なら、出て行ってほしいのは、あなたのほうだ。行かなければ、無 「どなたですか ? 」彼は大声でいった。 理やりにでも追いだしますよ」 答える声は低く、いらだっているようだった。「ちょっと会いた「きみはいつまで、この : : : この妨害を続ける気なんだ ? 」 いんだがね」 「妨害なんかしていません。あなたを知っているわけではないしー 1 ー・ , 「ウ 1 ーミ / ー カーリングの声だ。泊っているホテルの名も、部屋の番号も、も「空中浮揚の件で、私に調査を依頼してきたロジャ ちろんセミナ 1 の事務員が記録している。一縷の望みは持っていたという男は、きみだな ? 」 が、今日の出来事がこんなにも早く結果を生むとは、予想していな ロジャーは相手を見つめた。「手紙って、何のことでしようか ? 」 「否定するのか ? 」 ドアをあけると、彼はこわばった口調でいった。「今晩は、カー いったい何のお話ですか ? そんな手紙 「そりや、否定しますよ。 があなたのところへ来たんですか ? 」 リング教授」 カーリングは部屋にはいり、あたりを見まわした。軽いオー。ハー カーリング教授は唇をかたく結んだ。「まあ、それはいい。今日 を着ていたが、脱ごうとする気配はなかった。帽子は片手に持ったの午後のセッションで、きみが針金にぶらさがったことも否定する かね ? 」 ままで、置いてくれとさしだす様子はなかった。 ー・トウーミイ教授だね ? 」名前に「針金 ? どうも話が通じませんね」 「カースン・カレッジのロジャ 何か重要な意味があるのか、彼はそこをいやに強調した。 「空中浮揚していたじゃないか、きみは ! 」 「そうです。かけてください、教授 . 「お引きとり願えませんか、カーリング教授 ? どこかお悪いんじ カーリングは立ったままだった。「さて、どういうことなんだ ? ゃありませんか ? 」 物理学者は声の調子をあげた。「きみは空中浮揚したことを否定 きみの目的は何だ ? 」 するのか ? 」 「おっしやる意味がわかりませんが」 「あなたの頭がおかしいとしか思えない。あの講堂で、私が奇術を 「わかってるはずだ。何の意味もなくて、あんな馬鹿けたイタズラ をするわけがない。私を愚弄するつもりなのか、それとも何か悪い演じたとおっしやりたいんでしよう ? あそこへはいったのは、今 企みに私を巻きこもうというのか ? いっておくが、そんなことを日がはじめてです。私が来たときには、あなたはもうおられた。私 しても無駄だそ。暴力に訴えるような真似はしないほうがいいそ。が出て行ったあとで、針金とかそのたぐいのものが見つかりました この瞬間、私がどこにいるか、ちゃんと友人たちに知らせてあるんか ? 」

5. SFマガジン 1969年6月号

「ししきになせ空中浮揚の事実を諶めん分だ ? ロ一ンヤー可足上昇をはじめた。彼の体はキヤノン 0 の修置 「認めるも何も , で水平になった。彼は寝返りをうっと、空中で右の肘をつき、休息 「一つだけ、いっておきましよう , とキヤノン。「トウーミイ博の姿勢をとった。 士、もしあなたが重力を打ち消す装置を持っておられるとしたら、 キヤノンの帽子がうしろへ落ち、べッドの上にころがった。 「うかんだ」と彼は叫んだ。 それは国家にとっても重要な問題となるんですよー 「これは、驚いた。私が国を売る人間かどうか、経歴の調べはもう カーリングは興奮のあまり自制をほとんど失ってしまったようだ ついていると思っていたー った。「見ただろう、ほら ? 」 「現在、調査中ですーとエージェントはいった。 「確かに、何かを見ましたね」 「わかった。じゃ、一つ仮設をたててみましよう。かりに私が空中「じゃ、報告しなさい。リポートに書くんですよ。ここで起ったこ 浮揚できると認めたとする。ところが、なぜできるのか知らないととを細大もらさず。私が正気であることは、あなたの上司がご存じ のはずだから。私自身、見た瞬間、信じざるをえなくなった」 する。そして私が国家に提供できるものは、自分の体と解答のない しかし、その言葉が本音なら、これほど有頂天にはなれないだろ 問題だけだとする , 「なぜ解答がないとわかる ? 」カーリングが勢いこんでいった。 「そんな現象を調べてほしいと、以前あなたに依頼したことがあ る , ロジャーは穏やかにいった。「あなたはことわった せきこ 「それは忘れてくれ。なあ、きみ」カーリングは急込んでいる様子 フのす で、ロ早にいった。「今、きみは失業している。私の学部に来てく 特すき れないか。物理学の準教授の地位を与えよう。講義は実質的には何 ~ な冊で 牢 6 が もしなくていい。空中浮揚の研究にかかりきれるようにする。それ 堅でと料 作こ でどうだ ? 」 麓操る送 美なす の単に 「魅力的ですな」とロジャー 用簡本円 ン . 合 「政府はきっといくらでも資金を出すと思う , ジすな ガでト 「それには何をすればいいんですか ? 空中浮揚できることを認め イマ価 ればいいんですか ? 」 Øアス 「きみができることは知っている。私は見てるんだから。今度は、 キヤノンさんのために、それをやってほしいんだ」 9

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ンの終りにある総括もすべて彼が行ない、一週間の研究を締めくく外、熟睡はとうとうできなかった。 るタ食会では、その歓楽の中心なのだった。 昼間は、座席で仮眠をと 0 た。そのあいだにも山々はつぎつぎと そういったことのすべてを、ロジャ ー・トーウ 1 ミイは報告書で後ろへ去って行き、首筋のしこりと節々の痛みと漠とした絶望感を 知っていた。いま彼は、この男の活動ぶりをじかに見ることができ背負いこんでシアトルに着いたのは、その日の夕方だった。 た。カーリング教授は標準よりやや低い背丈、色は浅黒く、ウェー セミナーに出席する決心をした時期が遅かったので、大学の寄宿 ヴのかかった、豊かな褐色の髪が印象的だった。唇のうすい、大き舎に部屋をとることはできなかった。合い部屋は、むろん問題外 な口は、活発な話合いにかかりきっていないときは、今にもいたずだ。下町のホテルを見つけると、ドアに鍵をかけ、窓も全部閉めき らっぽい微笑をうかべそうなかたちを常に保っている。彼はノート って錠をおろし、べッドを壁にびったりと寄せて、開いた片側を衣 も持たず、ロ早に、流暢に喋った。一段も二段も高いところから見裳だんすで隠すと、ようやく眠りについた。 下しているような話しかたなのに、聴衆は素直に聞きいっていた。 夢は何ひとっ憶えていない。翌朝、目を覚ますと、急ごしらえの セミナー第一日目の午前中は、少なくとも、そのとおりだった。囲いのなかにまだ横たわっていた。彼はほっと胸をなでおろした。 彼の発言がともするととどこおりがちになるのに聴衆が気づいたの大学構内にある物理学ホ 1 ルには、ちょうどよい時間に着いた。 は、その日の午後になってからだった。それ以上に、予定された研思ったとおり、広い講堂の内部には、小人数の人びとがいるだけだ 究報告がつぎつぎと読みあげられるあいだ、ステージに着席して、 しった。セミナーは恒例でイースター休暇に開かれるので、学生は一 る彼の物腰には、落着きのなさが見られた。そしてときどき講堂の人も出席していなかった。四百人を収容する講堂の演壇近く、中央 後部の席をこっそりと盗み見るのだった。 通路をはさんで、物理学者ばかりが五十人ほどすわっていた。 1 ・トウーミイよ、張りつめ ロジャーは最後列に着席した。そこなら、講堂のドアの高い小さ いちばん後ろの席にすわったロジャ た気持で、その一部始終を観察していた。解決策はあるかもしれなな窓から中をのそきこむ人間にも、見られる心配はなかった。しか いと最初に考えたとき、つかのま取り戻した精神の均衡も、ふたたも出席者たちが彼を見るためには、百八十度近く首をねじらねばな び怪しくなりはじめていた。 らないのだ。 シアトル行きの寝台車のなかでは、一睡もしなかった。車輛の震もちろん壇上の講演者とーーーそれにカーリング教授は除いての話 動につれてうかびあがり、いつのまにかカーテンを抜けて通路にたである。 セミナーの内容には、ほとんど耳を貸さなかった。壇上でカーリ だよいだし、ポーターのかすれた叫び声に目をさまして、いたたま れない困惑を味わう、そんな自分の姿が心につきまとって離れなか ングがたった一人になる瞬間、彼たけにロジャーが見える瞬間を待 ったからだ。安全。ヒンでカーテンをとめたのだが、問題は解決しなちわびた。 かった。安らぎは得られず、二、三回疲れきってうとうとした以カーリングの心理的動揺が見た目にもはっきりしてくると、ロジ ふしぶし

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かのメン・ハーに押しつけるというはっきりした主義を持っている。 「ああ、トウーミイくん、ハリイ・カーリングから奇妙奇天烈な手 紙が来てるんだがね。きみは問い合わせを出さなかったかね」 デスクの上の紙を見ながらーーー「先月の二十二日だ。これは、きみ の署名か ? 」 ロジャーは見て、うなずいた。そして、さかさまになっているカ ーリングの手紙を、懸命に読もうとした。これは、予期しない事態 だった。ミス ハロウェイ事件のあった日、彼が発送した手紙のう ち、返事が届いたのは今のところわずか四通なのだ。 うち三通は、パラグラフ一つだけの冷淡な回答で、内容はどれも だいたいこんなふうなものだった。「二十二日付けの貴下の問い合 わせの手紙に対し、お答えいたします。貴下が論じておられる問題 に、私がカになれるとは思えません」四通目、ノースウエスタンエ 大のパランタインからのは、もったいぶった調子で、心霊現象研究 所に問い合わせるようにとすすめていた。それが親切心から出たも のか、それとも悔辱しているのかは、ロジャーにはわかりかねた。 プリンストン大学のカーリングで、五通になる。彼はカーリング に最大の望みをかけていた。 モートン博士は大きな咳払いすると、メガネの位置をなおした。 「彼が何といってきたか読んであげよう。すわりたまえ、トウーミ イ、さあ、すわって。こういってきたんだ。み親愛なるフィル モートン博士はちょっとばかし自痴的な徴笑をうかべて、すこし のあいだ目を上げた。「ハリイとは、去年の総会の席で会ったん ナしっしょに酒を飲んだんだが、いい男だよ」 彼はまたメガネをなおすと手紙に目を戻した。フ親愛なるフィ ◆ - 」 0 、 しかし、この両方のガラス板 0 内直には、電導性の塗装恭施してある。だか ら、スイッチをひねって、このガラスに電気を通じると、その液状結晶体が不透 明になって、ガラスがくもる、というわけである。 だから、この液状結晶体で死人の顔など描いておけば、その像が浮び上る、と うわけだ。 ~ しかも、このくもりは、前記のように、外から光を当てれば当てるほどはっき 川りと浮び上るというのだから完璧である。 ただし、そのような便利な用途に利用できるかんじんの液状結晶体の化学的成 ~ 分は、と、残念ながら産業上のト , プ・シークレ ' トとして発表されていない。 何しろ、同社が三年かかってやっと発見した化学上の秘密だそうだから、そう簡 単に公表するはずがないだろう。わかっているのは、それが炭素、水素、窒素、 酸素の四元素から成っている、ということだけだ。 もっとも実を言えば、これ式の液状結晶体に電気を通じるとくもるということ ~ は、もうかなり前から知られていた。ただ、これまでのそうした結晶は、ごく高 温度の場合にのみ効果を発揮するだけだったのだ。 ところが、この XO< が発見した新結品では、氷点以下の低温度から沸騰点以 上の高温度まで、どんな温度でもその効果を発揮するという。ライ・ ( ル会社にと ~ ってはよだれが出るほど知りたい秘密だろう。 ~ しかし、このようなくもる特殊物質がみつか 0 ても、いかに ( 一定の明暗ある 影像を一定のガラス上にというより、むしろ「ガラス内に」だが ) 現わすか ? ということは、べつの問題だし決してたやすいことではない ~ また、そのくもりを使 0 て普通のテレビの映像を再現し、その上テレビに合せ ~ て時々刻々にアニメイトさせる : : : となると、さらに巧妙な工夫が必要である。 それはさておき、こんな空想は楽しいものだーー一個のキャ・ヒネットの上に一 枚の一見何の変哲もないガラス板がっ 0 立 0 ている。だが、スイッチを入れる ~ と、その上に次々とテレビ番組が展開する : : : 冗談ではなく、それが近い将来の ~ テレビのスタイルになる可能性は大いにある。 そして、そうしたガラス板を何板も並行におき ( あるいは、重ねて ) 、それら の上に少しずつ異なった影像を現わさせれば、待望の立体テレビも可能かもしれ ない。 ( これは筆者の空想だが ) はーーあるいは、・同じものを発明しようとしているそのライ ' ハル会社は 果してどのようにしてそのようなテレビなり時計なりを可能にするかーー大 いに楽しみなことではある : ・ ( 近代宇宙旅行協会提供 ) 3 世界みすてり・とひっく - - - - - - ま - - -

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「別のいいかたをすれば、きみは空中浮揚を自分の問題じゃなく「 とおり、見当はすれの問題は忘れて、本当の間題に取り組んだの さ。考えてみると、他人がぼくを見る目には二種類あって、それ以彼の問題にしちゃったわけだな」とサール。 「あのとき、こんなふうなことを考えていたのか、ジム ? 外にはありそうもないことがわかった。変人に見えるか、気違いに 見えるか、どっちかなんだ。カーリングは、モートンに出した手紙サールは首をふった。「それほど具体的じゃない。ただ、本人が みずから解決するのでなければ、問題というのはいっこうに解決す で、それをはっきりといってる。学長は・ほくを変人だと思い るものではないと考えてただけさ。空中浮揚の原理は見つかりそう トンは気違いじゃないかと疑った。 だが、本当に空中浮揚ができることを、彼らの前で実演して証明かい ? 」 ートンがち「まだだな、ジム。この現象がどうしても客観的なものにならない してみせたらどうだろう ? その場合どうなるかは、モ ゃんとい 0 てくれてる。ぼくが変人で、そんな手品をやってみせたんだ。しかし、それはいいんた。肝心なのは、・ほくらがその研究に 取り組もうとしているということなんだから。彼は右手でこぶしを ートンはそう か、でなければ目撃者のほうが気が狂ってるんだ。モ : ぼくが飛ぶのを見た 0 て、納得しない。それより自分が作ると、左の手の平に打ちつけた。「しかし、よくや 0 たと思う よ。とうとう連中が力を貸してくれるまでに持ちこんたんだから 発狂したんだと思った - ほうが早い、とね。もちろん言葉の綾でいっ たにすぎないんだ。別の可能性がわずかでも存在するかぎり、自分な」 「そうかな ? ーとサールが穏やかにいった。「きみが力を貸してや が発狂したなんて思うやつは誰一人いない。そこのところを考えて れるまでに持っていったんじゃないのか ? これは、。せん・せん違う みた。 意味なんだぜ」 そして戦術を変えることにした。・ほくはカーリングのセミナーに 出席した。空中浮揚ができることなんてことは、彼には一言もいわ なかった。そのかわり、彼の目の前で実演してみせて、逆にそんな ことはしなかったといし。 、まったんだ。選択ははっきりしてる。ぼく まくじゃな が嘘をついているか、あるいは彼のほうが : し / いぜ : : : 彼のほうが気が狂ってるんだ。どっちを取るか ? ん考えはじめたら、自分の正気を疑うより、空中浮揚を信じるほう が、問題が楽に解決するのはわかりきったことだ。あとは彼が動き まわるだけさ。まず・ほくを脅しに来た。それからワシントンへ出か けた。最後には、・ほくに仕事をくれた。・ほくを助けたいんじゃな 。自分の正気を証明したいためなんだ」

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ないんだからな。肝心なのは、そこだぜ。当面の問題は、別にあがするんだ。もう三日ぐらいになるかな」 る。科学者たちは研究したがらないのだが、それを何としてでも研「、 しいことじゃない ? 」とジェーン。彼女は料理用ストーヴに戻っ 究させたい。その気にさせる方法をじっくり考えるんだ。当面の問 た。「ひと月の休息の効果が出たのよ。はじめからジムを呼んでい 題は、それだよ。そいつを考えなかったんだな、今までは」 「おい、頼むから、それはやめてくれ。ひと月の休息か。まさか サールは玄関の戸棚のところへ行き、コートをとりだした。ロジ ね。こないだの日曜に心を決めたからなんだ、本当は。それから気 ャーもあとを追った。数分間、沈黙が続いた。 やがてロジャーは目を伏せていった。「きみのいうとおりかもしが休まるようになった。たったそれだけのことだよ」 「何をなさるの ? 」 れんな、ジム」 「もしかしたらな。とにかくやってみろ。あとで結果を教えてく「毎年、春になると、ノースウ = スタン工大で物理学のセミナーが 開かれる。それに出席することにしたんだ」 れ。また来るよ、ロジャー」 「というと、行くの、シアトルまで ? 」 「もちろん」 ロノヤ 1 ・トウーミイは眼をあけ、朝の寝室に満ちあふれる光に 「みんなはどんな話をするの ? 」 眼をしばたたいた。彼は大声で呼んだ。「おおい、ジェーン、どこ ノリイ・カーリングに会いたした 「何を話そうと知ったこと力し にいる ? 」 けさ」 ジェーンの声が答えた。「台所よ。どこにいると思って ? 」 「でもその人は、あなたを気違い呼ばわりした人なんでしよう ? 」 「来ないか、ここへ ? 」 ーコンはひとりでに焼けるものじゃな「うん」ロジャーはいり玉子をフォークいつばいすくいあげた。 彼女ははいってきた。「べ いのよー 「しかし、やつばり最高の科学者にはちがいないんだ」 「なあ、昨夜、・ほくはうかんだかい ? 」 彼は食卓塩に手をのばした。体が椅子から数インチうかびあがっ 「知らないわ。眠っていたもの」 っこうに気にしなかった。 ュ / ・カし 「うまく扱えると思うんだ、彼を」 「まったく役にたっ奥さんだ」彼はべッドから出ると、つつかけに 足をすべりこませた。「どうもうかんだような気がしないんだよ」 を / リイ・カーリングが 「うかびかたを忘れてしまったというの ? 」その声に、とっぜん期ノースウエスタン工大の春季セミナーま、、 教授団に加わって以来、全国的に知られた学会となっていた。常任 待がこもった。 「忘れるもんか。ほら ! 。彼は空気のクッションに乗って食堂へと議長は彼であり、それが議事の進行にも独特の個性を与えていた。 すべっていった。「一度もうかびあがらなかった、そんなふうな気講演者の紹介も、質問時間の指定も、午前と午後、二回のセッショ ー 43