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検索対象: SFマガジン 1969年6月号
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1. SFマガジン 1969年6月号

雷竜狩りとはどういうものなのか、クロード・フォードはいやてよい。完全武装の君は、現代では絶減したやなぎの茂みをじりじ というほど思い知らされた。君はやなぎの木立の間を、汚れるのもりとにじり寄っていく。何よりの獲物は、この雷竜の毛皮なのだ。 いとわずに泥の中を這い進んでいくのだーーーあたり一面にはえた、 とはいってもそいつの匂いだけはがまんならないーー胸の奥からむ まるでサッカー場の緑と茶の色合いに似た花びらをつけた、原始的かっきがこみ上げようという代物だ。まるで。ヒアノの低音部をガン な花の間を縫ってまるで果しがない。そしてその泥ときたら、美容とひつばたかれたようなくすぐったい気持になる。こいつに比べれ 院で顔のパックに使ってもいいほどねっとりしているのだから。あば、象の毛皮だってまるでしわくちゃな薄紙同然だ。色はかってヴ しの茂みから向うをのぞいてごらんーーそら、雷竜の奴が見えてきアイキングの遊戈した北の海のようにーーちょうど教会の馬鹿正直 たろう。靴下に砂をつめこんだみたいにその身体はいやにのつべり に埋めこんだ土台のように、底無しの灰色だ。あの身内の熱を鎮め とスマートだ。沼地をまるでべッドと心得て、濡れたおしめさながるこよ、、 冫。しったい何にふれたらいいというのだ ? 身体の上には、 らの泥土の中に、くったくなく体重をあずけて横たわり、草の上一 小さな茶色のしらみが走りまわっているーーーもうここからならはっ フィートほどの上に、兎に似た大きな鼻面をぐるぐると半円形にめきりそれが見える。天色の皮膚のひだの間に住んでいるその虫は、 ぐらせては、汁気の多い葦をさがして、無骨な鼻息をたてている。幽霊さながらの陰うつな存在だし、かにのようにあくことをしらな たしかに美しい動物だといってもいいくらいだ。ここまで来てしま 。もしもそれが一匹でも君にとびかかってきたら、背骨だって折 えば、はじめは次第に高まっていった恐怖も極限に達して、あっけれてしまいそうだ。そしてこれらの寄生虫の一匹が雷竜の背骨の上 なくもとの白紙状態に戻ってしまったのだろうーーーぎゅっと全身をで、足をびんとのばすと、これにもまたさらに小さな寄生虫がうよ しめつけられる肉体的な怖れも、いっか消減し去っているようだ。 うよたかっているのが見えた。小さいといっても、丸々太った伊勢 そいつの眼はどんよりと輝いているーーー生きているとはとても思え えびの大きさだ。もう雷竜はほんのすぐ先にいるので、この怪物の ない。まるで死後一週間の死体の足指さながらのどんよりしたつや原始的な心臓が、ごとんごとんと鼓動している音がきこえるほどだ で、ごっい耳孔に生えたもじゃもじゃの毛や、何ともいえない匂い 心室と心房が相呼応して、いとも奇怪な時を刻む音だ。 わざ のする息も我慢ならない。何かというと母なる自然の偉大なる業を 心内の声に耳を傾ける時はすでに終った、神のお告げや前兆を気 ほめたたえたがる、よくある道学者共に、一度でいいから味わわせにしていられる時期もとうに過ぎ去って、君はもうただ相手を殺す てやりたいこの雰囲気である。 しかない。さもなければやられるのは自分だからだ。今日では迷信 だが、君のほうは違うのだーーーちっぽけな哺乳動物ではあるが手の入りこむ余地はほとんどない。この先は汗に光る皮膚におおわれ には六十五口径の、自動装填式、半自動型、銃身二本付、しかもデた、身体の中のいりくんだ神経網と、目に見えずふるえている筋肉 イジタルコンビ = ータを備えた望遠照準器つきの高速ライフルをしの複雑な集合、そしてこの竜をほふろうとけしかける血の騒ぎとだ つかり握りしめている。これがなければ両手など全く無防備といつけが、祈りに似た君の希望に応えてくれるだけなのだ。 プロソトザウルス 2

2. SFマガジン 1969年6月号

小間使いが立ち去り、わたしたちはお互いのグラスをかかげた。 「え、ええーーーありがとうございます」わたしは弱々しくいった。 ちょっと間をおいてから、わたしはつけ加えた。「失礼はお許しい老婦人は自分のを一口すすると、自分のそばにある臨時テー。フルの 上にそれを置いた。 ただけますね、ミセスーーあるいは 「それでも」と彼女は続けた。「ーーーわたしたちはもう少しそれに 「ああ、わたしは自己紹介をすべきでしたね。わたしの名前はロー ラですーーーミスでもミセスでもありません、ただのロ 1 ラですよ。立ち入ったほうがいいでしよう。医者たちは何故あなたをわたしの ところへよこしたか、そのわけを教えましたか ? 」 マザー・オ 1 キスですね」 あなたはオーキス 、え」わたしは首を振った。 「そう教えられましたわ」わたしは厭々認めた。 二人はお互いを見つめ合った。幻覚が始まって以来初めて、わた「それはわたしが歴史家だからですよ」彼女はわたしに教えた。 しは誰かほかの人間の目の中に、同情を、いや憐みさえをも見た。 「歴史に近づくことは特権なのですよ。今日では、わたしたちの多 わたしはまた部屋の中を見回し、細部まで完全に備わっているのをくにはそれが許されておりませんーーーそして許されても多少渋々と 見て取った。 いった感じです。幸い、知識のいかなる部門も、まったく減びるま 「これはーー・わたしは気が違ってるんじゃありませんわね ? 」わたまに任せておいてはならないという気持が、まだ残っています それでもそのうちの幾つかは、政治的な疑惑を受けるという犠牲を しは尋いた。 彼女はゆっくり首を振ったが、答えをいい出すより先に、小型の払いながら、研究が続けられていますがね」彼女は非難するような 小間使いが、カットグラスの食卓用のブドウ酒びんとグラスとを乗調子で微笑したが、また続けた。「それで、確認が要る場合には、 せた銀の盆を持って戻ってきた。小間使いがわたしたち二人のグラ スにそれそれお酒を注いでいる間に、わたしは老婦人が小間使いか アリステア。マクリーン原作 \ 400 らわたしに、またわたしから小間使いにと、二人を比べるとでもい うように視線を動かしているのを見た。その顔には奇妙な、解釈の ナヴァロンの要塞 できないような表情があった。わたしはじっと自分を押えた。 難攻不落の大要塞に玉砕の覚悟で潜 「これはマデーラ 入した五人の男の血みどろの戦い ポルトガ ~ 領デーラ島に産す ) じゃありませんか ? 」 △ 00 《 0 0 わたしは考えをいってみた。 彼女は驚いたような顔をし、それからほほえんで、評価するよう 荒鷲の要塞 峯一・ 4 0 0 にうなずいた。 八点鐘が鳴る時 「あなたはこの訪問の目的をただの一言で達成したようですよー彼 女はいった。 ハヤカワ・ノヴェルズ 新しい冒険小説シリーズ / 7 7

3. SFマガジン 1969年6月号

から、エレベーターもその中の人間も、まったく同じス。ヒード、同めて巧妙なものであっ じ加速度で落ちつづけるだろう。 外からみれば、全てが一体となって、大変な勢いで落ちてゆくこ等価原理そのものの とになるけれども、とれを、エレベ 1 タ 1 の中の人がーー・外はむろお話はこれでおしまい ん眺めないでーー観察したとすると、地球に原因する重力が、あたとなるが、ここでひと かも作用していないように感じられるにちがいない。床も人間も同つだけ、注意をしてお じように落ちてゆくので押えつけられるということがないからであきたい。それは、エレ べーターにあらわれる る。アポロ宇宙船の中みたいなものである。 このように、自由落下するエレベーターの中では、見かけ上、重現象には箱の大きさに 力のない ( つまり地球もなにもない ) 空間と同一の状態が出現する制限があるということ ことになる。 である。極端な話をす アインシュタインは、この、見かけ上の無重力が実際の無重力とるとわかりやすい。た 物理的に全くちがわないのだーーーと考え、その考えを理論の出発点とえば、地球と同じく重力の強さ においた。 らいの超特大のエレベ それが、前記第Ⅱ項の″等価原理〃である。 ーターをもってきたとしよう。それを地球にむかって落下させても 等価原理によって、逆に、無重力空間で加速される宇宙船の中に地球の重力は地球の中心にむかう放射状をなしているから、 = レベ 働く力は重力と本質的に同じである , ーーということもいえる。 1 タ 1 の中心では無重力になるだろうが、隅の部分では斜めの力が 動きはじめるときの = レベーターで、からだが重くなるように感働くにちがいない。また、床と天井では地球からの距離がちがうの じるのは、地球による重力が強くなったのと同じだ、というわけでで、重力もことなり、したがって、完全にはうち消されないで残る ある。 にち力いない ″等価原理みは、もちろん、実験的事実に反するものであってはな つまり、重力と加速度との等価は、地球とくらべて十分小さなエ らない。″等価原理みの基礎は、重力がどんな物体にも同一の加速レベーターという領域内においてのみ、成立するのであり、どんな 度を与える ( 重いものでも軽いものでも同時に落下する ) ーーーとい重力場でも、自由落下によってうち消すことができる・ーー・というわ うことであるが、これを実験的にたしかめた最古のものは、ガリレけでは決してないのである。 オがあの。ヒサの斜塔で行なった有名な同時落下テストである。 ートベスによって行なわれ、また坂道とポテンシャル その後、より学問的な実験がエ ーーー華麗なる幾何学の殿堂ーー 。フリンストン大学などで、さらに厳密にたしかめられた。エー スの方法は、ある物体に働く地球の引力 ( 重力質量に関係 ) と地球 の自転による遠心力 ( 慣性質量に関係 ) とを比較するという、きわ基礎原理のⅡのほうの説明が先になってしまったが、つぎに、— 坂 ( ポテンシャル ) ポテンシャルとは重力の強さを坂道の 傾斜で表現しているようなものである

4. SFマガジン 1969年6月号

ーあたしから昨夜話したことに少しつけ加えることがあるわ。その 六十かそれ以上に見えた。 記憶が戻ってきたのよー 「さて、マザー・オーキス , と最初の医者は、弁論でも始めるよう 「たぶんあなたが落ちた時の衝撃のせいでしようよー彼女はわたし な調子でいった。「ー - ーー何か非常に異常なことが起こっているとい うのは、はっきりしてるわ。当然われわれは、それが何であるのの絆創膏を見ながらい 0 た。「あなたは何をしようとしていたの ? わたしはその質問を無視した。「あたしは欠けていた部分を話す か、そしてできることなら、なぜ起こったのかを理解したいと思っ てるのよ。今朝のあの警官たちのことについては、心配する必要はほうがいいだろうと思うわーー・・それは役に立つでしようから ないわーー彼らがここにくるのは全く不当なことだったわ。これはずれにしても多少はね , 単なる調査よーーー科学的調査なのーー何が起こったのかをはっきり「いいわ、彼女は賛成した。「あなたはわたしに、自分はーー・その 結婚していた、そしてーーーそのーー夫はその後間もなく死んだ させるためのものなのよ」 と、話してくれたわね、彼女は他の者たちをチラリと見た。彼らの 「理解したいと思う点では、あなた方はとうていあたしには及ばな いわ」わたしは答えた。わたしは彼らを、周りの部屋を、それから顔の無表情さは、多少無理につくろ 0 ている感じがあった。「欠け 最後に自分の山のように傾斜した身体を見た。「あたしはこうしたていたのは、そのあとの部分だ 0 たわね」彼女はつけ加えた。 パイロットだったわ」 すべてのことは幻覚に違いないと承知しているわ。でも一番あたし「そうよ」わたしはいった。「彼はテスト・ をまごっかせているのは、どんな幻覚でも少なくとも一つの次元はわたしは彼らに説明した。「それはあたしたちが結婚した六カ月後 欠いているはずだーー感覚のうちのあるものについては現実性を欠に起こったのーー・彼の契約が切れるわずか一カ月前だったわ。 そのあと、ある伯母さんがわたしを何週間か、よそへ連れて行っ いているはずだ、といつも思っていたということよ。ところが、こ れはそうじゃないのよ。あたしはあらゆる感覚を備えているし、そたわ。あたしはそこの部分のことを、いつになってもあまりよく思 い出さないだろうと思うわーー、あたしはーーーあたし、当時はほとん れを使うこともできるわ。実体のないものは何一つないわ。わたし はがっちりしすぎているくらいの、疑いようもない本物の肉に閉じど何も目にはいらなかったんだわ : 込められているわ。唯一の目につく欠落は、あたしの見る限り、そ でも、それから、ある朝目をさまして、突然物ごとを違った目で れは理由だわーー象徴的な理由さえ見つからないのよ」 見、こんな風にしてこの先続けてゆくわけにはゆかないって、自分 他の四人の女はびつくりしてわたしを見つめた。医者は彼らに にいい聞かせたことを覚えているわ。何か仕事を、何か自分を忙し くさせておくようなものを持たなければならないってことが、あた ″さあ、これでたぶんあなた方もわたしを信用するでしよう〃とい しにはわかったわ。 った調子の眼ざしを投げ、それからまたわたしのほうを向いた。 あたしが結婚する前に働いていたレイチ = スタ 1 病院の責任者で 「二、三の質問を始めることにするわ」彼女はいった。 「あなたのほうで始める前に」とわたしはロをさしはさんだ。「ーあるヘルャー博士が、また戻ってきてくれるなら大歓迎たとあたし せんせい

5. SFマガジン 1969年6月号

がビグともかないのに気づいていた。 やがて一番親切な一人が、沈黙を破る義務を感じたようだった。 わたしはいまや自分がジ = ーンであることを知っていた。わたし 眉の間にかすかに縦じわを寄せながら、彼女はおずおすと尋いた。 は長いことジ = ーン・サマーズであり、そしてドナルドと結婚した 「いったい、夫というのは何なの ? 」 わたしは一人、また一人と、彼らの顔を見つめた。そのどれにも時、ジ = ーン・ウォーターレイにな 0 ていた。 や、結婚した時は二十四だった。六カ月 陰険なずるさの要素は少しもなか 0 た。ただ時々人が子供の目の中わたしは二十四で。ーーい 後にドナルドが死んだ時は、ちょうど二十五になっていた。そして に見る当惑した推測があるだけだった。わたしは一瞬、ヒステリー 状態の一歩手前まで行くのを感じた。それから自分をし 0 かり押えそれはそこで止ま 0 てしま 0 た。それは昨日のように思えたが、そ こから先は何としても : つけた。それならそれで結構、幻覚がわたしをひとりにしておかな その前のことは、何もかもがはっきりしていた。両親や友だち、 いというのなら、わたしもそれなりのやり方でゲームを続け、そし てどうなるか見るとしよう。わたしは一種表情のない、単純なことわたしの家、学校、訓練、職業 , ーーこれはレイチ = スター病院でド クター・サマーズとしてのものだった。わたしは初めてドナルドに ば使いのいかめしい態度で、説明を始めた。 会った時のことも思い出すことができた。それはある晩、脚を折っ 「夫というのは、女が手に入れる男で : : : 」 明らかに、彼らの表情からすると、わたしはあまりものごとをはた彼を皆が連び込んできた時のことだ「たーーーそれからそのあとに つきりさせてはいないようだった。しかし、彼らは邪魔を入れず続くさまざまなことも : わたしはいまや姿見の中で見えるはずの顔思い出すことができ に、わたしに三つか四つの文章をそのままいわせた。それから、わ たしが息をつぐためにちょっと休んだ時、あの親切な一人が、明らたーーーそしてそれははっきり、外の廊下で見た顔とは似ても似つか かにはっきりさせておく必要があると感じたらしい要点をたずさえぬものたったーー」もっと卵形をしていて、やや日焼けしたように見 しい口を える肌の色をしていた。もっと小さい、そしてもっと形の、 て、割ってはいっこ。 していて、自然にカールした栗色の髪でふち取りされていた。茶色 「でもーと彼女ははっきり当惑の色を示しながら尋いた。「でも、 の目はやや間が空きすぎた感じで、そして恐らく概してちょっと重 男というのは何なの ? 」 重しい印象を与えた。 わたしはまた、自分の他の部分がどんな風に見えるかということ わたしの説明のあと、冷たい沈黙が部屋一帯をおおった。わたし は彼らに仲間はずれにされているーーーあるいは半ばそうされているも知っていたーーースラリとしていて足が長く、小さなしつかりした しい身体だったが、わたしはただ当たり前の という印象を持った。だが、わたしはわざわざそれを試してみ乳房を持っていた 3 ようとはしなかった。わたしは自分の記憶の中のドアをもっと押しものたと思っていた。ドナルドがそれを愛することで、わたしに誇 6 開けようとするのに夢中になっていた。そしてある点以上は、それりを持たせるまでは :

6. SFマガジン 1969年6月号

の志願した理由だったわけよー を半ば期待していたが、一向にやってこなかったので、うとうと眠 わたしはことばを切った。わたしは彼らの真剣な、困惑した顔をりに落ち込んだ。やがて小さな女の一隊がもう一度はいってきたこ とで、その眠りから覚まされた。彼らは手押し車を運んできてい 見つめ、それから自分の前にある。ヒンクのサテンの大波を見た。 「実際ーとわたしはつけ加えた。「ーーーそれは馬鹿げたものや、理て、あっという間にわたしはそれに乗せられて建て物から外に連れ 解に苦しむものや、それからグロテスクなものの組み合わせを作り出されていた ただし、わたしが着いた時とは違う道だった。今 出したようね , 度は車は傾斜路の一つを下って行ったが、その一番下には別な、い 彼らは実際、真面目な、脱線などしない女たちだった。彼らは異や、あるいは同じかも知れない。ヒンク色の救急車が待っていた。小 例なものに対する反証をあげようとしてーーーもし彼らにできたらのさな女たちが無事にわたしを積み込んだあと、そのうちの三人が付 話であるがーーーそこにいたのである。 き添いのため同様車に乗り込んだ。三人は車に乗り込む時、。へチャ クチャお喋りしていたが、そのあとに続く丸々一時間半の道のりの 「なるほどね」スポークスマン役の女が、何かをいい表わすという よりは、むしろ分別のある態度を保持しようとするためというよう 、ずっとお喋りを続けていた。脈絡のない話で、大部分はわけの な調子でいった。彼女は時おりメモを取っていた紙を見下ろした。 わからないものだった。 「ところで、あなたはその実験が行なわれた日と時間とを、わたし 田園風景は、わたしが前に見たものとほとんど違いはなかった。 たちに教えることができて ? 」 いったん門を出てしまうと、同じような整然とした牧草地と規格化 わたしはできたし、実際に教えもした。そしてそのあとは、質問された農場とがあった。時々通る建て込んだ地域は、あまり広くは があとからあとから続いた : なく、近接した同じ型の建て物の群で構成されていた。そして車は わたしの立ち場から見て、この問答の一番不満足な点は、話が進同じような、あまりよくない道の表面を走っていた。アマゾン型の むにつれてわたしの答えによってだんだん自信のない気分に追いこ女の群があちこちにおり、たまには個人が牧草地で働いているのが まれて行ったとはいえ、とにかく彼らが少なくとも答えを手に入れ見えた。まばらに通る車は大小のトラックで、時には・ハスもあった たのに反して、わたしのほうは、質問をしかけるといつも、取るに が、個人用の車は一度も見かけなかった。わたしの幻覚は、細部の 足らない枝葉末節のことというように、はぐらかされたり、お座な点まで驚くほど首尾一貫しているーーとわたしは思った。たとえ りの答えが返ってきたりした点である。 ば、アマゾン型の女のどの群をとってみても、。ヒンク色の車に対し 彼らは絶え間なく質問を続け、やっとわたしの次の食事がきた時て右手をあげて親しそうな、うやうやしいあいさつをしなかったも にやめた。それから彼らは出て行き、あとには静かになったことをのは、ただの一つもなかった。 喜ぶわたしが残されたーーしかし事情がわかるという点について 一度、車は堀割の上を渡った。橋から下を見下ろしてわたしは、 は、ほとんど何の進歩もなかったわたしは彼らが帰ってくること最初は運河の干上がった河床の上を通っているのだと思ったが、や 5 7

7. SFマガジン 1969年6月号

つめならいった。 わたしに答えた。徒女はぢよっと考えていた 「フーン」彼女はいった。「ジョージ六世時代ねーーでも、あなた「教えて下さい , わたしは頼んだ。「どうか一切合財を説明して下 できるものなら」 は第二次大戦は覚えていないんでしよう ? 」 「グラスをお貸しなさい。そのあとで問題の要点にかかりましょ 「ええ」わたしは認めた・ うー彼女は二人のグラスにそれぞれ酒を注ぎ、それから尋いた。 「でも、次の王さまの戴冠式のことは覚えているんじゃない ? 誰 「これまで、あなたの経験したことの中で、一番奇妙な特徴という のだったかしら ? 」 「エリザベスですー・ーエリザベス二世ですわ。母がその行列を見せ風に感じたのは何です ? 」 わたしは考えてみた。「あんまりたくさんあってーー・」 に連れて行ってくれましたわ [ わたしは答えた。 「一人の男も見かけなかったという点じゃない ? 」彼女がほのめか 「何かそれについて覚えています ? 」 「あまり大しては覚えていませんわーーーほとんど一日中雨が降ってした。 わたしは思い返してみた。わたしはマザーたちのこう尋いた不思 いたってことを除いては」わたしは認めた。 わたしたちはそんな風にして暫く話を続けていたが、やがて彼女議そうな声音を思い出した。「男って何なの ? 」 「たしかにそれも一つですわ」わたしは認めた。「男の人たちはど が元気づけるように微笑した。 こにいるんです ? 」 「さあ、わたしたちはもうこれ以上わたしたちの立脚点を固める必 要はなさそうですね。わたしはその戴冠式のことを前にも聞いたこ彼女はわたしをじっと見つめながら、首を振った。 とがありますよ , ・・ーまた聞きですけれどね。ウ = ストミンスター寺「誰もいないんですよ。もう男はいないんです。一人もいないんで 院の中は、すばらしい眺めだったに違いないわ」彼女はちょっと黙すよ , ( 次号完結 ) って考え込んでいたが、小さな溜め息をもらした。「あなたはずい ぶん辛抱して、わたしにつき合ってくだすったわね。今度はあなた が尋く番になれば、やっと釣り合いがとれるというものだわーーで も、ショックを受けないように、充分心の準備をしなければいけな いでしようよ」 いや、三十六時間のように思われたも 「これまでの三十六時間 のーーーのあとでは、もうだいぶ慣れているはずだと思いますわーわ たしは答えた。 「さあどうか、怪しいものですね」彼女は真面目な顔でわたしを見 9 7

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がてさまざまな草の間から奇妙な角度で突き出している一本の柱にった。 気がついた。その付属物はほとんどはがれ落ちていたが、それでも家の中では、わたしは多少苦労しながらも何とかうまく引き回さ それが鉄道のシグナルだということを示すだけのものは残っていれて、左手にあったドアを通って中へはいったが、みるとそこは家 に合った時代様式の上品な装飾と家具とを備えた美しい部屋だっ 車は同じような建て物の密集した中を通り抜けた。そこはその規た。紫の絹のドレスを着た白髪の女が一人、暖炉のまきの火のそば ウイング・チェア 模からいってーーー他の点では違っていたがーーーまさに都市そのものの袖いすに坐っていた。その顔や両手はいずれもかなりの老齢で だったが、それから二、三マイル行って、車はある装飾的な門を通あることを示していたが、彼女は鋭い、いきいきした目でわたしを 見つめた。 り抜けて、一種の公園のようなところにはいった。 「ようこそいらっしゃい」彼女はいったが、その声にはわたしが半 そこはある点では、わたしたちが出てきた構内と似ていなくもな かった。というのは、あらゆるものが細心すぎるくらいに手入れさば予期していたような震えはまったくなかった。 その視線は椅子の一つへ行った。それから彼女はまたわたしを見 れていたからである。芝生はビロードのようで、花壇は春の花々で あざやかだった。しかしそこが本質的に違っていたのは、建て物がつめ、考え直したようだった。 アパート式のビルではないという点だった。そこの建て物はいずれ「きっとあなたには寝いすのほうが楽でしようね」彼女は勧めた。 ジョージ も一戸建ての家で、大部分はごく小さく、様式もさまざまで、せい わたしは寝いすをーーーそれは本物のジョージ王朝時代 ( ー四世、 ぜい広い小屋とい 0 た感じのものも多か 0 た。その場所は、わたし亠 6 一 ) のものとわたしには思えたーー疑問を感じながら眺めた。 の小さな仲間たちを静める効果を持っていた。というのは、初めて「大丈夫、持ちますか ? 」わたしはあやぶんだ。 彼らはお喋りを止め、ありありとうかがわれる畏敬の念をこめて、 「あら、大丈夫と思いますよ , 彼女はいったが、あまり確信ありそ その家々を眺めわたしていたからである。 うでもなかった。 お供がわたしを注意深くそこに乗せ、心配そうな表情を湛えなが 運転手は一度車を停めて、肩にホ , ド ( 燻瓦し。くいなどを載せて ) かついで大股に歩いている作業服のアマゾンに、道を尋いた。彼女らそばに立っていた。寝いすがきしみはしたが、たぶんそのまま持 は道を教え、窓越しにわたしに機嫌のいい、敬意をこめた笑顔を投ちこたえることがはっきりすると、老婦人は彼らを追いやり、小さ イギな銀の鈴を鳴らした。小人のような人間が、背丈が三フィ 1 ト十イ げた。やがて車はきちんとした小さな二階建ての″摂政時代〃 ( リス ンチ〕幻ハル ) ほどのちゃんとした小間使いが、はい 0 てきた。 太刊 6 摂政代。一八一一ー一一〇 ) 様式の家の前にまた停ま 0 た。 ミルドレッド」老婦 今度は手押し車はなかった。小さな女たちは、運転手の力も借り「濃い色のシェリーを持ってきてちょうだい、 ットレス て、大騒ぎしながらわたしが外へ出るのを助け、それから控え壁で人は命じた。「あなた、シェリーは召し上がるでしようね ? 」彼女 はわたしに向かってつけ加えた。 支えるような隊形をとって、わたしを半ば支えながら家の中へはい こ 0 6 7

9. SFマガジン 1969年6月号

分や他人に対する配慮にしばられて、かえっていつもきまってその ド・フォード夫妻ーー自分に対してはもとより、お互いにゆずり合 人自身を窮地に陥し入れるわなの典型なのだ。配慮だって ? これってうまくばつを合わせることもできない二人だーー生れ育った社 またもっと微妙なニュアンスが含まれているのだろうか ? 混乱を会にすら適応できない、困った二人の存在なのだ。現在あるがまま きわめた文明社会からやってきたからといって、何でここでまで君に形成された社会に住む人間としては、ここにもどって恐竜類を狩 が混乱してしまう必要があるのた ? だがそんなことはまず後まわろうというのは、まあ理由は分らぬではない。もっともそれで人間 しだ。この怪物が、唾を吐きかければとどくほどの近距離から、あの大脳皮質に渦巻く混乱しきった思考が、過去や未来に向ってほん の二つの豚のようにどろんとした眼で見つめているーーーこれがまずの二億五千万年ほど移動して見たからといって、ほんの少しでも変 問題なのだ。おお、モンスターよ、あごでとらえるだけではだめなるとでも思っているのなら、それもまた間抜けな話だ。 のだ。ねがわくはその巨大な前足で踏みつけてくれ。いや、もしも君の馬鹿な考えをやめるんだ だらしなくくよくよするんじゃ 可能なら、その山のごとき巨体を地ひびきたてて私の上にのしかけない だがそれが止むと思ったら大間違いだ。コカコーラ育ちの てきてくれ ! 伝説の死こそ、賢者の望むところーーねがわくは、 従順な生長期以来、一度だって途切れたことのない考えなのだから。 ベオウルフの運命の死を我に給わらんことを おお、神よ、もしも青春期が存在しないものなら、神とは違って、 四分の一マイルほどの彼方には、一ダースほどのかばが、今も昔発明する必要は毛頭ないのであります ! 王者の貫禄十分な、この も変らぬ泥まみれの姿で、騒々しくとびはねている。そして次の瞬草食動物の巨体を眺めると、気持も少しは落着いた。これがいるば つかりに、生への希望と死の願望の入りまざった衝動にかられてと 間、日曜日ほども長く、土曜の夜ほどもたつぶりした巨大な尻尾が うなりを生じて頭上をかすめる。ここを先途と身をかがめた君だびかかろうとしたのだーーー人間という存在に可能なあらゆる情感ー 、人間の性衝動にも似た感情をもこめて、たった今闇雲に突進し が、いずれにせよ、その一撃は空振りに終ってしまう。このモンス ようとしたのだ。これこそ、でまかせのお話じゃないんだそ、クロ ターの動作ときたらひどくお粗末だ , ーーー何しろゥールワース・ビル 、君のお望み通りじゃないかーーそして今度こそ、あのモンス ディングをふりまわして、目鏡猿をひつばたこうというのと似たり よったりの話なのだから。怪物はもう忘れてしまった。これほど簡ターがこちらをふりむいて、君に目をとめる前に、果敢にやつつけ 単に物忘れできるなど、うらやましい限りだ。何しろ、君がここまてしまわなければならんのだ。そこで、君はまた昔変らぬ死の使 、あのライフルをとり上げると、相手の弱点を見つけるまでじっ で旅に来たのは、まず第一に忘却をあがなわんがためなのだからー 〃すべてを忘れて過去への旅〃とタイム・マシン旅行の案内書にと待つのだ。 も書いてあった。クロード・フォードその人から逃れんがためであ雷竜がぐらりと倒れ、小さな頭蓋骨を、異様な色彩の汚水の中に る・ー・・ーモードと呼ぶ何ともいただけない奥方をもっている。君の存まぐさでもあさるような形でうねうねとつつこむと極彩色の鳥共も 在など、まさに吹けばとぶような無意味さだ。モード及びクロー そのあおりで動揺し、しらみもまた、気狂い大のように走り廻った。 4

10. SFマガジン 1969年6月号

まうのだ。 むずかしいが、二次元モデルで理解しておけば、物理的な意味につ それが右の図にある。右側の三角形は、 いて、そんなにまごっくことはないであろう。 2 2 左を球面の上に描いたものである。という たとえば、重い星を周回する人工衛星の軸は、周回のたびに少し よりも、左の三角形の描かれた面を、まる ずつかわっていくが、それも、図にあるようなふくらんだ二次元で くふくらましたものーーと考えていただい 考えるとわかりやすい たほうがよいかもしれない。 また、はじめの積木の問題も、最後のふくれた二次元の図で考え これは、明らかに湾曲した二次元空門 間るれば、なっとくできるにちがいない 空き ( 面 ) である。さて、この曲がった面上で まず左側のように、平担な平面 ( ゴムでできているとしよう ) に とか の三角形にそって、まえと同じように、矢 くと二次元の積木ーーーっまり正方形を並べて描く。これはむろん、かっ 印を平行に動かしていってみよう。これは、 きりとした形におさまる。 をる 絵す 文章に記すよりも、絵をじっとにらんでく つぎに、この平面の中心に二次元の重い星を置いたと考える。重 ださったほうがわかりやすいにちがいな 元理力は、前記のように、等価原理によって空間の湾曲として記述され 次を るわけだから、平面は右側の図のようにカーヴを描いてふくれるだ たみ 1 から出発した矢印は、平行移動をつづ れがろう。ゴムの面をふくらませたとして、その状態を頭にうかべてみ けているにもかかわらず、 8 、 9 、 2 とも ふのると、中央ほどゴムが伸びた形になるので、平坦なときに描いた正 どってくると、いつの間にか、向きがちが 方形のひとつひとつは、内側の辺のほうが伸びてゆがんだ形になっ ってしまっているのだ。 ていることがわかる。 絵だけでなっとくいかなければ、地球義 これはもう正方形ではないので、それそれを正方形となるように の上にビンでもはしらせるか、ゴム風船の 描き直すと、中心よりにすきまができてしまい、もうきちんと並ん 上にマジックで絵を描くかしてみていただ だ二次元積木とはいえなくなる。 きたい。 そこで、これを一隅から順に、並べなおしてゆくと、一周したと さらに、三角形をかえると、つまり、矢印を動かしてゆく経路をころで、くいちがいができてしまい、もはやきちんと並べることは 変更すると、そのつど、向きのちがいかたがまたちがってくること不可能であるということに気づくだろう。 も、おわかりになると思う。 四次時空の湾曲ーーーという概念は、ことばではなかなかわかりに この事実こそ、湾曲した空間の最大の特徴なのである。平行移動 くいが、曲がった二次元のモデルをつくってみると、なるほどとな するにもかかわらず、移動する経路によって、向きがマチマチになっとくすることができる。 ってしまう この現象こそ、非 = ークリッド的な湾曲空間の特質ひとつ、ゴム風船にマジックインキでいたずら描きしながら、そ なのである。 の意味を眼で捕えていただけないでしようか : 三次元、四次元でのこういった平行移動のイメージを描くことは