殺し屋 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1969年6月号

深層精神コントロールによって情動の発現を完全に 抑制された殺し屋サイボーグーーそれはすでに , 人 間であることを失なった精密機械にすぎなかった / 彼は死神だった。名前はリべラといった。たとえ死神でも、 人間のかたちをしている以上、名前で呼ばないわけにはいかな いからだ。 すらっとした身体つきの背の高い男で、滑らかな鋼鉄の表面 に、タガネで深く刻みつけたような硬い顔立ちをしていた。そ して、思考や感情を表出しない濃い灰色の眼を持っていた。 もとより、そんな外観にはなんの意味もない。 リべラはおそ ろしく優秀な殺し屋で、それもサイボ 1 グの殺し屋だったから である。電子脳つきのミサイルとか無人戦車とたいして変らな かった。意志を持った凶器なのだった。 彼はすでに数えきれないほどの人間を暗殺していた。彼は殺 しを目的として設計製作された精密機械だったから、ただ機能 を発揮しさえすればいいのだった。彼はまぎれもない死神だっ その男は、とてつもない肥大漢だった。すさまじく膨れあが っているので、部屋が狭く見えた。目鼻立ちが桃色の肉の波の なかに埋まっていた。いやらしい小さな眼玉は、パンにはめこ まれた乾ぶどうそっくりだった。 むろん、リべラは気にもとめなかった。カメラのレンズを向 けるように見、て、現像し焼きつけて分類整理し、頭のなかに 蔵いこむ。一度視てしまえば二度と忘れない。この肥大漢がい つか殺しの対象に指定されたら、決してやり損じはしないだろ う。彼にとって人間というものは、それだけの意味しか持たな いのだった。 た力いまはそうでない。肥大漢はリべラに殺しの相手を指 定する立場だった。名前はフランク・キャンドレスといって、

2. SFマガジン 1969年6月号

「あんたは、まったく口ポットそのものだな。、 せんぜん歯が立たな視のきく眼と強力なサイボーグ体にとって、苦にするものはなかっ いよ。なにをいわれようと平気なのか」 キノはあきらめたように首をふった。 道路には、警察の監視の眼が光っているかもしれなかった。この 「感情がないんた。腹を立てる能力もないんだ」 上なくタフでねばりのきく、巨体の持主、警察アンドロイドであ 「その通りだー る。殺し屋サイボーグにとっても、容易ならぬてごわい相手なの リべラはおだやかにいった だ。機動性はともかく、歩く武器庫のようなものだった。できれ ば、ファイトは願いさげにしたい敵だ。 クリスタル・リードは、車によらず歩いてきたといった。ばかな 翳の超国家、クライム・シンジケートは、きわめて機能の優れた 調査機関を組織していた。無数の触手を全世界にはりめぐらしてあ話だが、それで警察は彼女の足どりをとらえることができなかった るのだ。リべラはその有効な毒針のひとつだった。もとより独自ののだ。気の狂った少女は、そのとほうもない気まぐれさで、警察を 意志を持っことは許されない。内面的な生活体験を持っことも認め いつばい食わせたのだった。 られない。人間らしい喜びも悲しみも彼ら殺し屋サイボーグには無 リべラの優位は、その一事にかかっていた。いずれ警察は追いっ 縁だった。それを苦にすることもなかった。人間を形成する精神機いてくるだろうが、その間隙がリべラの持時間だった。 能を奪われていたからだ。 クリスタルはリべラに、死んだ父親の山荘へ行くのだといった。 それゆえに、彼らはおそろしく有能だった。有能であることに誇だが、附近にそれに該当する地所は見当らなかった。キノに念入り りを抱くことすら許されぬ彼らは、限りなく悲惨だったが、ただひに調べさせたのだ。彼女の父親ハーラン・リードは過去を通じて一 とつの救いは、おのれの悲惨を悲惨と感じぬことだった。 度もそのあたりの不動産の売買に手を染めていない。登録局の記録 それでもなお、彼らは人間なのだった。恐れを知らなくても、生ではそうなっている。 存への欲求は持っていた。たとえ、生きるに値いしないみじめな生だが、 ( ーラン・リードは有名な資産家だった。資産の操作の都 存状態でも、やはり生きつづけたいのだった。この生存への欲望こ合で、別人名義を用いたのかもしれなかった。リードは、数多くの オフィス そ、辛うじて彼らとロポットの間に一線を画するものだった。 企業に手をだしていたからだ。その点は、キャンドレス事務所の調 査エージェントが調べているはずだった。 夜になるのを待って、リべラはキャンドレスの山荘の附近へ姿を なぜ、クリスタル・リードは、キャンドレスの山荘の私道を歩い 現わした。警察の動静は確かめてあった。警察はキャンドレスの山ていたのか。リべラの脳裡はその疑念に占められていた。たとえ気 荘を捜索したのだった。もちろん、得るところはなにもなかった。 が狂っているにせよ、なにか理由があるはずだった。 リべラは月心深く、道路を避けて、夜の丘陵地帯を横断した。暗あのとき、クリスタルはリべラに背を向けて、キャンドレスの山 こ 0 0 3

3. SFマガジン 1969年6月号

サイボーグ特捜官・エクストラ 日音闇への間奏曲 平井和正 画 = 岩淵慶造 イ / 彡 , 彡 商売は、高名な弁護士、犯罪組織の階程は、佐官で司 令官といったところだった。 たとえクライム・シンジケートの大立物であっても、 殺し屋サイ、ホーグを使う機会はごくまれにしかやってこ ない。キャンドレスにしても、殺し屋サイボ 1 グの現物 を見るのははじめてだった。それで肥大漢の小さな眼 は、落着かずにきよろきよろ動いていた。どうやってリ べラを扱っていいかわからないのだった。 肥った男は咳ばらいをして口火を切った。 「ああ : : : どう説明したらいいかな。そう、手順として はこうだ : : : 」 「くわしい説明は必要ないです」 リべラはおだやかにいった。 「相手の名前と住所、それに写真。それだけで充分で す。相手を間違わなければいいので」 「ほんとにそれだけでいいのかね ? 」 「余計なことを聞いても仕方がないのです。 本来なら、私をここに呼ぶことはなかったの です。電話だけでいいので。むだなことで す。あなたに見られてしまったから、私は顔 を変えなければならなくなった」 「おお、それは知らなかった」 キャンドレスはぶざまなほど狼狽をあらわ した。 「なにぶん、こんなことははじめてなので円 ね」 クライム・シソジケート

4. SFマガジン 1969年6月号

ミリカと暮らしていけること ナシャ・ホ化ハインは、この期をはずさず、惑星ザミーン侵攻を実自分は卑怯者なのか。この地球で 行にうっした。すでにザミーンの反シカンダル派が占拠した解放地を、喜びはじめているではないか。若い航宙士は、自責の念にせめ 域が、着陸をむかえる準備を完了している。ホ化ハインの率いる宇さいなまれながら自問した。もし、かれに帰還命令がでていたら、 宙母艦は、南半球の大陸に降下し、無事、革命軍の拠点に着陸しどうしたろうか ? おそらく、ミリカとの絆を断ちきっても、遠征 に参加していたろう。とすれば、自分は卑怯者ではない。そう考え 今日までの戦況を知り、タッカーの疎外感は、自己嫌悪に近いほると、なおさら、裏切った同志たちが憎く思えてくる。 どになった。。 サミーンに気どられないため、タッカーを残して出航「おまえさん、悩んでいるのだな ? 」 とっぜん、硬い手が、かれの肩に置かれた。教導師チャイヨが、 してしまったのだろうと善意に解釈してみても、同志と頼む人たち 優しい目で見おろしながら立っていた。 に裏切られた口惜しさは、とうてい消えるものではなかった。 「ミリカとのことだな。わしには、なにもかも判っておる。ひと 割りあてられた部屋にこもっていては、ますます気が減入るばか りだから、タッカーは、映写が始まる時刻には間があるが、ぼつねつ、わしの話を聴いてみる気はないかな ? 」 んと会堂の隅にすわりこんでいたのである。感じやすい青年の心老婆のやせた姿のうしろには、あのミ = 1 タントの長老が、つき は、この大事件の渦中にあって、たえず、揺れつづけてきた。はじしたがっていた。タッカ 1 の思考を読みとって、チャイヨに伝えて め、かれは、タクマールとともに死ぬつもりだった。そして、宇宙いるのだろう。これでは、本心を隠そうとしてもむだに違いない。 市で幽閉されてからは、憎いザミーンと刺しちがえるつもりで、す「話というのは ? 」 すんで叛乱に参加した。さらに、そのあとは、宇宙賊クロードとと「今から二百年ばかり昔のことだった。ヒマラヤ宇宙市に、若い航 トロゲーター もに、エ・ハメゾン奪回に命を賭けた。その間に、数多くの同志が斃宙士がおった。かれは、優秀な能力にめぐまれ、将来を嘱望され れていった。とびかうレーザー・ビームのあいだに身を投じてかておったのだ。その男は、ひとりの女を愛してしまった。ところ ら、かれが見つけた束の間の幸せが、ミリカ・ホル・ハインだった。 が、その女は、遺伝管理法の審査で、かれに適しておらぬというこ 泡沫のように消えていくことが判っているだけに、タッカーの気持とが判明した。それでも、とうとう、一一人は結ばれてしまった。こ は、ますます純粋なものになった。ミリカが異常児だったときいてのことが知れると、宇宙市の上層部は、ひどくショックを受けた。 も、その慕情に変りはなかった。ミュータント調査のため地球行き二人のあいだに生まれた子どもは、遺伝的に欠陥があるにちがいな そこで、二人は、捕えられた。男のほうは、刑期百年というこ を命じられたときには、むしろ跳びあがりたいほど嬉しく思ったほ どである。タッカ】は、そんな自分が、呪わしかった。同志に置きとで、極寒地用サイボーグに改造され、冥王星に送られた。女のほ うも、やはりサイボーグに改造された。そうすれば、もはや、劣等 ざりにされたことで、かえって安堵したような気持になりかけてい の遺伝をもっ子孫を生む心配はないからだ。ずいぶん酷い話だよ」 る自分が、このうえなく馥だたしかった。

5. SFマガジン 1969年6月号

頭脳探査にかける。あんたは尻尾をつかまれるぞ、まちがいない」 「そんな質問は、無意味だ」 「警察は、おれをつかまえられない」 「ほう、そうかねえ ? 」 「まぬけなことをいうなよ、リべラ。谷底〈落ちた車から、無傷で若者の顔を酷薄な微笑がいろど 0 た。弱者をいたぶるのが愉快で 這いだしたやつがいる。生身の人間じゃない証拠だぜ。それに、あたまらないのだ 0 た。クライム・シンジケートの成員には、攻撃的 んたは肝心なことを見落したよ。車は手動のままにな 0 ていた。空な性向のサディストがすくなくない。 このキノという青年も明らか 車じゃなか 0 たんだ。ーー道路を逆にたどると、キャンドレスの山にそのひとりだ 0 た。彼は残忍な歓喜の表情を剥きだしにしてい 荘にたどりつく。あの道は、キャンドレスの私道なんだ。警察の疑た。蛇のように冷ややかな殺し屋サイボーグにも、弱みがあること 惑を晴らすのは、容易なことじゃないぜ。シンジケートのお偉方はを探りあてたのだ。リべラのように非情に徹した存在にも、人間共 黙っちゃいまいね」 通の弱点、自己保存の本能が隠されていることを直感的に見破って キノは、あきらかにリべラをいためつける立場を楽しんでいた。 いた。そして自己保存本能と、恐布という情動とは切りはなせない 昨夜脅かされた仕返しを試みているのだった。機会を逃さず私怨をことも : ・ 晴らす気なのだ。 「おれは、警察をだしぬいてみせる」 「娘をかたづけなければならない」 「確信でもあるのかい ? 」 「そうだな。だが、どうする ? 警察と競争しなければならないん「ある」 だぜ。けどられでもしたら破減だ」 「ほう ? そいつはご立派」 「仕方がなかろう」 「がっかりしたかね ? 」 「サイボーグ特捜官が出動するかもしれないぞ。連中、殺し屋サイ リべラは冷ややかにいった。彼のはじめて口にした皮肉だった。 ポーグの臭いがすれば、すぐさま繰りだしてくるからな」 キノはわざとらしく肩をすくめた。 リべラは、凝然と重い沈黙をまもった。 「なんでまた、・ほくが ? がっかりしたりするわけがないじゃない キノは勝ち誇ったように眼を光らせていた。 「ま、あんたの好きなようにするさ。あんたの手に負えなければ、 「例の娘は、クリスタル・リードと名乗った。殺られたのはだれだ お偉方が考えてくれるだろう。 ところで、リべラ、ひとっ聞い ておきたいんだが、役に立たなくな 0 た殺し屋サイボーグは、特別「新聞にくわしく出てる。読んだらどうだ ? 」 製の身体を召しあげられてしまうというのは、本当かい ? 不要に若者はふてくさ 0 た声でいい、 親指でファクシミリ装置を指し な 0 た脳みそはどう処分するんだろう ? や 0 ばり、捨てちまうのた。リべラは無言でふりむき、電送新聞をひきだして、すばやく かな ? ディスポーザーにでも : 眼を走らせた。 カー 8 2

6. SFマガジン 1969年6月号

し屋としての適性に欠けていた。たやすく快楽に溺れてしまい、酩制動の間にあわぬ場合もあ 0 た。相手が人間であば、車の電子脳 は苦しい判断を下さねばならない。搭乗者の安全さをはかる義務と 酊症状をおこすからだ。 怒りや憎悪の情動は、機能を狂わせる。が、二律背反というもの対人回避の義務に板ばさみにな 0 てしまう。 で、殺し屋サイボ 1 グには機械の正確さと、状況を速やかに把握とくにこの場合は、状況判断が困難だ 0 た。回避行動をとれば、 し、適応すゑ総合感覚ーーふつう勘と呼ばれるものを不可欠とし路面をはずれ、崖下〈転落することが必至だ 0 たのだ。 車はいったん車体前方の緊急制動ロケット噴射の炎を吐き、突如 た。皮肉なことに人間的な要素がどうしても必要なのだった。 かって洗脳技術と呼ばれた、深層精神コントロールが応用され、判断を修正し、障害物めがけて突進した。とどめようもない勢いだ リべラの反応はやや遅れたが、すぐに遅れをとりもどし 情動の発現を極限まで抑制する試みがくりかえされたのちに、リべ マニュアル た。眼にもとまらぬ迅さで手動に切り換え、主導権を握った。 ラのような殺人用途サイボーグが生みだされた。人格を限定され、 コースを再修正した車は、道路をはなれ、大きく展いた空間へ突 感情に惑わされない独自の思考形式を持った存在である。いわば、 飛ディ 人間のロポット化だった。人間の大脳と、ロポットの機体を材料に入した。 ] 教崖から転落した車が、長い兇暴な衝撃音の尾をひきながら、終局 して製造された、なにか得体の知れぬものだった。プウードウ の妖術師がこしらえた、呪い人形のような代物だ 0 た。たとえよう〈達したとき、リべラはすでに崖上の道路によじのぼ 0 ていた。加 速性能をそなえた彼にとっては、車が転落の旅をはじめる寸前に離 もなく邪悪でおそろしい毒念がこめられていた。 世界警察機構が採用している、サイボーグ特捜官システムは、犯脱することぐらい造作もなか 0 たのである。 イム・シンジケート リペラの顔には、動揺の痕跡もなかった。何事もなかったようだ 罪組織の殺し屋サイボーグに対応するものだった。このシステム がとりあげられるまで、殺し屋サイボーグは、実体を持たぬ悪霊の 0 た。思いがけぬ事故で、車を一台失 0 た。ただ、それたけのこと ように自由気ままに世界各地に跳梁していたのである。彼らは、プだった。 ゥードウト教でいう死霊と呼ばれていたが、決してゆえないことで彼は無言で、事故の原因をつく 0 た当の相手を凝視していた。 その娘は、道路のまん中に立っていた。白いコートを着ているの はなかったのだ。 で、闇の中の大理石像のように見えた。ほっそりした顔も手足も、 コートの色に劣らぬ雪の白さだった。怯えた気配も見せず、娘はリ が、山肌を急角度でまがった瞬間、それは起きた。 黒いフォード べラを見つめていた。 レーダー・ビームが一度スイー。フし、反転にかかる寸前、路上に 障害物がとびこんできたのだ。ーーー電子脳を備えた車は、もとより「死ぬ気だったのか ? 」 と、ついにリべラはいった。ほかに言葉を思いっかなかったから 3 人間の反射機能をはるかに凌駕する速さで障害物を回避する。が、 いかにナノセカンドの速度で自動操作が行われても、緊急回避や全だ「た。妙なことだが、この突然の状況に対処する方法を、他に選

7. SFマガジン 1969年6月号

もとを掠ったように、彼は身体の・ハランスを崩した。感情を表出しけだった。 たことのないサイボーグ体が、ぐらついた。 仕事は終った。 「死ぬのはいやだったの。あたしを焼こうとする人間なんか、いく だが、孤絶感はなお鋭さを増して、とどまっていた。これまでの らだって殺してやるわ。でも、ここに隠れていれば安心だわ。人 どの殺しの後でも感じたことのない、やりきれなさだった。 に邪魔されずに生きて行けるわ」 殺しではない。ただアンドロイドを破壊しただけのことだ。苦悶 娘は微笑した。狂気のロポットの笑いは、おそろしく生なましかの悲鳴もなく、一滴の血が流れたわけでもない。 った。これは狂っているがゆえに、自我を所有したロポットだっ が、リべラにとっては所詮、ロポットを壊すのも人を殺すのもお た。 なじことではなかったか。 アンドロイドのクリスタルは、リペラの禁じられたものを持って どちらも意味がない。 いた。自我ーーそれを欠くがゆえに、リべラは狂ったロポットにす無意味な存在が、無意味なことをやっているのだった。 ら劣る存在だった。 リべラは岩盤の破孔を通り、夜の闇の中に脱けだした。 リべラを再びあの疎外感覚が襲った。底なしの虚しさだった。自それまで気づきもしなかったが、夜空には星があった。無数の鋭 いきらめきを、地上のリべラに射つけていた。 分がすべての連帯から切りはなされ、孤絶していることを、彼は明 確に自覚した。彼は無意味な存在だった。路傍の石ころよりもつま厖大な上下の区分もない空間に、宙吊りになっているのがおれ らない存在だった。 だ、とリ・ヘラは思った。救けは決してやってこない。彼を救えるも のはなにもない だが、任務だけは果さなければならなかった。 彼は、すばやく前へ進みでると、正確無比なナイフの一撃を、ク リべラはふいに寒気をお・ほえた。 リスタルの首すじに加えた。ナイフは抵抗感もなく、少女の首を切それは恐侑だった。 断した。人工筋肉と電子神経、重合物の骨の切断面をのそかせて、 彼は、アンドロイドのクリスタルを破壊したとき、まごうかたな 頭部を失ったアンドロイドの身体はゆっくり床のインド絨毯の上にく、殺人をやってのけたのだった。自分がなにをやろうとしたか、 崩れていった。 はっきり知っていたからだ。殺し屋サイボーグとしてはじめて自分 黒い髪をつかんで、リべラはナイフを巧妙に用い、頭頂から断ちの意志で、ねたみ心から、クリスタルを殺したのだった。 割った。ポリマーのフィルムに密封された電子脳をひきずりだし、 彼は罪を犯したのだ。 床にたたきつけ、靴底でカまかせに踏みつけ、踏みにじった。電子 リべラは恐怖の冷たい指につかまれて、暗闇に立ちすくんだ。夜 脳は後かたもなく潰え、粉砕された。靴をどけたときは、ひき裂けはもはや彼の味方ではなくなっていた。彼を指弾し、罪科を問うよ た絨毯の破片といりまじって、金属質の微細なくずが光っているだ うに、夜は異様な威嚇に充ちていた。 6 3

8. SFマガジン 1969年6月号

たのだ。あのいまいましい血ぶくれしたふとっちょ野郎 ! かった。みんな爆発事故だと思っていた。やつらは、一目でおれた 2 2 ちの正体を見破ることができる。だが、おれたちにはできないの彼はロ腔にたまった苦い唾を吐きすてて、山荘の中へ入っていっ た。 だ。できるのは用心に用心を重ねることだけだ」 そっけない平板きわまる声だった。 くぬぎ 「おれたちの数はすくない。ひとりあたりのコストはうんと高くっ黒いフォードは、丘を越えて櫟とマンザニタの木立の間を抜け、 く。おれを危険にさらすような真似をしたやつは、殺してしまって丘の斜面をくだり、谷間を走って、。ふたたび丘を登って行った。 もかまわないのだ。シンジケートの階程なそ関係ない。おれの判断曲りかどにさしかかるたびに、強力なヘッドライトの光東が、斜 にまかされている」 面の繁みを照らしだし、横へ流れて路面をなめた。あたりは暗くひ 青年の顔は夜目にもそれとわかるほど蒼白になった。声がおののっそりしていた。電子脳を備えた車は、探知装置の電子ビームで前 方の障害物を探りながら、フィギュア・スケートのように、音もな く滑って行った。 「ばくを殺すというのか : : : 」 リペラの眼は瞬くことなく、鋲のように光り、石彫りの動かぬ顔 背の高い痩せぎすの男は、とっ・せん恐ろしい重圧感を持って立ち はだかっていた。この世のものならぬ存在だった。灰色の石のように、路面の反射光が波形の縞をなしてすばやく移動していた。 彼の頭の内部は空虚だった。芯を虫に食い荒されたくるみの実の に非情な眼の凝視を受けて、青年は後退りした。恐怖にうたれてい ようにからっぽだった。なにも考えていないのだった。考えごとは 無益だったし、いつでも思考を停止できるのだった。彼はそういう 「やめてくれ。たのむ : : : 」 風に造られたのである。 リべラは身体の向きを変えて、自分の車に乗りこんだ。 「生命拾いしたわけだな、小僧」 人間味を残すことは、彼のような殺人用途サイボ 1 グの性能を阻 一言残して、彼は車を動かした。 害すると、シンジケートの心理学者たちは結論したのだ。ヒュ 1 マ 黒いフォ 1 ドが猛スピードで消え去るのを見送り、青年はハンカノイド・タイプのボディに収容出来、人間の大脳に匹敵する大容量 をしまだに出現していない。それで彼らはやむなく、殺 チをとりだして、濡れた額を拭った。彼は自分が死の淵に立たされの電子脳よ、、 し屋サイボーグを製作したのだった。 ていたことをさとっていた。リべラは疑いもなく、真実を語ってい たのだ。彼には一片の人間味もなかった。文字通りの殺人機械なの人間味は弱さに通ずる。生来残忍で、いかに兇悪無残な素質に恵 いまれていても、人間であるかぎり完全とはいえないのだった。飽和 だ。殺し屋サイボーグをかまうくらいなら、ガラガラ蛇を素手で じったほうがましだった。もうリべラなんてまっぴらだ、と彼は思点が必ずあるからだ。刺激に満腹すると、とたんに使いものになら なくなってしまう。気が抜けてしまうのだった。殺人淫楽者は、殺 った。危うくキャンドレスの不信のおかげで生命を落すところだっ

9. SFマガジン 1969年6月号

リべラは無為な捜索に三 0 分ほど費して、ふたたび低い崖のそば それは半ば麻痺した四肢の動きが思うにまかせぬ感覚に似かよっ にもどってきた。クリスタル・リード が消失してしまったことは、 ていた。が、わずかであっても動くことは動く。それまでの完全な 3 もはや動かせない事実だった。手が詰まってしまったのだ。 氷結状態とはたいへんな差異があった。 リべラは、赤外線投光器のスイッチを切り、もの思いに沈んだ。 なお、気ままな思惟を封じる強力な抑圧がのしかかってはいた 娘を逃がしたとなると、彼の立場はむずかしくなる。この失敗は、 が、その重圧に抵抗しながら、リべラはゆっくり考えつづけた。 リべラの殺し屋サイボーグとしての適性を疑われる材料になるだろ な・せ、自分だけ不公平な目にあわなければならないのだろう。同 う。かって、この種の失敗がゆるされたためしはなかった。完全なじシンジケートの人間でも、キャンドレスやキノは、自由気ままに 殺し屋サイボーグに失敗はないはずなのだ。わずかな欠陥ですら、 うまいものを食い、女を抱き、ぜいたくな生活をたつぶり楽しむこ 重大な結果を招く。たとえようもなく貴重なサイボーグ体を、不適とが許されている。連中は温い血の通った肉体を持ち、快楽を味わ 格者にまかせておくわけにはいかないのだ。 うことができる。なぜおれだけ疎外されているのだろう。 キノの毒をふくんだ嘲罵がよみがえって、リペラの動揺を大きくそうだ。おれはサイボーグだからだ。 した。 不要になった脳みそはどう処分するんだろう ? やつば リべラは、自分にも存在していたはずの、生小の阜代を想いおこ り捨てちまうのかな、ディスポーザ 1 にでも。 そうとしたが、うまくいかなかった。鈍い霧に記憶がとざされてい キノの臆測は、真実からさほどはなれてはいなかった。シンジケ た。彼を処置した技術者たちは、注意深く不必要な記憶を消去して トの研究スタッフは、彼の脳を生体実験に供するだろう。さんざしま 0 ていた。おぼえているのは、生なましさを欠いた概念にすぎ いじりまわし、電流を通じ超音波を照射し、薬剤を注ぎこみ、切りなか 0 た。むなしく白じらしい記憶の死骸だ 0 た。たとえば料理。 きざんですりつぶし、遠心分離機にかけ、分子生物学の実験材料にどんなものか知 0 ているが、味、香り、舌触りや歯応えがともなわ するのだ。しばらくは生かしておいてもらえるだろうが、そう長く 記憶の実体というものがない。酒、タバコ、どれも同じだ。 ではあるまい。悪魔じみたグロテスクな責め苦が終れば、死が待っ たとえば、女ーー・扱い方はわかっている。だが、女のやわらかい身 ているのだ。 体が、どんな快藻をもたらしたかという記億がないのだった。すべ デティル リべラはやはり生きていたかった。死にたくなかった。自分の手ての細部が失われているのだった。罐詰の空罐と等しく、ラベルの にかかる犠牲者たちが、ほとんど苦痛もなく生命を断たれるのにひ標示だけで、内容物がないのだ。 きくらべ、彼自身はなぶり殺しに等しい緩慢な死を与えられるのだ 自分がおそろしく疎外されていることに、リべラは気づいたのだ った。これは不公平というものではないだろうか : 丿べラはいっ った。その結論に到達するまでが容易なことではなかった。識閾下 しかそんな思惟に頭をゆだねているおのれに気づき、ぼんやりとしに植えつけられた抑圧が、鋭い声のように気ままな思考の停止を迫 た驚きの情をおえた。 っていたからだ。それは人為的につくられた禁忌だった。考えては

10. SFマガジン 1969年6月号

「あたしは非合法ロポットなんですもの。普通のロポットにはやれそしてあたしはクリスタルとして、お父さまを愛することを教え られた。人間そのままのロポットは、アメリカでは非合法だから、 ないことでもできるのよ。人殺しだってちゃんとできたわ」 クリスタルのいうことは、ふしぎにすじが通 0 ていゑとリべラ秘密をかくすように教えられたわ。もし見つかると焼却されてしま うのよ。もぐりで製造されたロポットは危険だからですって。お父 は思った。 ーラン・リードはなんのさまは、万一のときあたしを隠す場所をつくったわ。それがここな 「もし、おまえがロポットとしても : ために、おまえをつくらせたんだ ? ロポットじゃないクリスタルの」 これは、妄想なそというものでは決してなかった。まぎれもな はどうなったんだ ? 」 く、この娘は真実を語っているのだった。数十キロという道のり 「死んじゃったの。自殺しちゃったのよ。だから、お父さまはあた を、かよわい少女の身でたやすく歩き通せるものではない。昨夜リ しをつくらせたの」 べラと逢ったとき、クリスタルは疲労の色すら見せていなかった。 「自殺した ? 」 彼はとどめようもなくな「ていた。脇道にそれてしま 0 ているの疲れを知らぬ機械だからこそできたのだ。彼女は、狂 0 た少女では なかった。狂ったロポットなのだった。 に、ひきかえせなくなっていたのだった。 ラン・リート ・の命 「なんのために、人殺しまでやったのだ ? ハー 「なぜ、自殺したんだ ? 」 「クリスタルは、お父さまを恋していたの。年ごろの娘なのに、ほ令だ 0 たからか ? 秘密を見破 0 た人間を殺せといわれていたのか かの男の子になんの関心も持てなかったのよ。お父さまだけが欲し ? 」 それは、リべラにとって重大な意味をはらんだ質問だった。彼は かったの。夢中で、お父さまに抱いてくださいとたのんだのよ。お 父さまはす 0 かり驚いてしま 0 て、クリスタルを叱 0 たの。自分のクリスタルが首を横に振るのをめまいの感覚で見とどけた。 「いいえ。お父さまは、そんなことはいわなかったわ . 父親に、そんな感情を抱いてはいけない、遠くへやってしまうとい 「では、なぜだ・ : ったの。それで、クリスタルは自殺してしまったのよー リべラの声はささやくようだった。 「では、おまえは、ほんとにクリスタルのイミテーション・ロポッ 「なぜ殺した・ : トだというのか」 「生きていたかったからよ。焼かれるのはいやだったの。死にたく 娘はあどけなくうなずいた。 「お父さまはクリスタルを愛してたのよ。なんとかして生きかえらなかったんですもの , クリスタルは平然と答えた。 せたかった。彼女が死んでから、痛手の大きさに気づいたのね。お : ロポットのおまえが : ・・ : 」 父さまはすごいお金持だった。それで、クリスタルをよみがえらす「死にたくなかっただと : リべラの頭脳はくらくらと痺れた。驚愕の大波が襲いかかり、足 ために、おかねに糸目をつけなかったのよ。 5 3