作業員 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1969年7月号
198件見つかりました。

1. SFマガジン 1969年7月号

ちすべての作業員の間にひろがった。どこへいってもその話でもち「アプ。おまえまで何を云っているんだ。一日の遅れぐらいど気や きりだった。乗っているといってもどんなに多く見つもっても二百すく云うが、一日の遅れは一八ノルマから二〇ノルマの作業の遅れ 7 となるのだ。全体でどれだけの遅れとなるか想像つくだろう」 名ほどであろう。六千八百名におよぶ作業員に対して、二百名とい う数はあまりにも少な過ぎたが、それでも多くの者はその中の一人「ハル。そうは云っても、作業はおまえたちゃおれがやるんじゃな いだろう。作業員がその気になれないとやたらにせかすものじゃね をおのれに結びつけて考えることを少しも不自然とは思っていなか っこ 0 え。かえって事故がおきたり、やり直ししなければならないような 結果になるものだ。ハル、今日はもう休みにしろ。な」 「市民権の取得希望者にたけ結婚が許可されるのだそうだ」 ハルの声がひどくかすれた。 「一千名ぐらいいるという話だ」 「アヲ。それは動揺している作業員の心をさらに動揺させるような 「ほとんどがソフト・ワークの技術員で、工区に配属されるような ものだ。いいか、アヲ。工区の責任者は全力を上げて作業員を心理 ード・ワークの技術員はいないだろうという話だ」 確実な情報であるかのようにさまざまな憶測が乱れとんだ。内局的に作業に復帰させることだ。今までこんなことはなかったじゃな とその周囲にあるものは工区に所属する者たちにとっては羨望のまいか。なぜここで作業員を把握できなくなってしまったのだ ? 」 ととなった。ルームの使用者が急増し、それが、ここではじめて 「ハル。そうむずかしく考えるな。作業は実にひどい。作業員は体 設けられたときいらい、絶えてなかった『空席なし』のサインがか力的にも心理的にもまいっているのだ。交代の時間がきて作業から がやいた。ノルマ達成数がわずかばかり向上した。奇妙なことにそ解放されてもやはり作業区の片すみでいつも使っている機械類の間 れまでまったく見られなかった暴力事件が引きつづいて発生した。 のせまいすき間にもぐりこんで眠るだけだろう。ほんとうの休息な 工区全体に異常な熱気が高まった。 どどこにもないんだ。船団がやって来るということだけでそわそわ して仕事が手につかなくなっても、それはしかたないだろう。え ? いよいよ明日は船団が入港するという日、どの工区もほとんど作ハル」 モニター・ルーム 「どうやらいちばん心理的にまいっているのは、アヲ、おまえらし 業は停滞していた。調整室と工区指揮所のス。ヒーカーやインター フォンはひっきりなしに作業の遅延を警告しつづけた。 いな。心理的にも体力的にもまいっているって ? 休息などどこに ミキサー・ルーム もないって ? 今ごろ何を云っているのだ。アヲ。そんなことはこ 《第五工区長。調整室へ。第五工区長。調整室へ》 の東キャナル市のすべての人間がそうだろう。おまえやおまえの部 アヲは工区指揮所の有線電話を手にして火のような息を吐いた。 「ああ、わかっているんだ , ハル。もうせかすな。一日や二日の下の作業員だけが過大なノルマに苦しんでいるのではない。今は休 息の時間など与えられてはいないのだ。そうだろう ? アヲ」 おくれはあとでどうにでもなるだろう。そうどならないでくれ , ハルは電話の奥でやりきれない口調で云った。 アヲは云いかえすための言葉を見つけようとして頭がい骨の内部 ミキサー・ルーム

2. SFマガジン 1969年7月号

二百五十メートルのたて穴の底は、泥とも岩の細片ともっかぬ重 いほこりが火災の煙のように厚く立ちこめて強烈な投光器の光さえ もはばんでいた。 9 作業区のデッキに、く / クやチャンがうつろな 表情でたたずんでいた。 「おりていた者はいなかったか ! 」 アヲの声にパクやチャンは生きかえったように表情を動かしたし 「今点呼していますが、いなかったようですー 「作業区の岩壁だな」 。 ( クが放心したようにうなすいた ライフなどが觝れあってやかましいびびきをたてていた。イゾター フォンの声が交錯し、すれちがい、追いぬいてゆく作業員たちの顔「たぶんそうだと思います。十分ほど前に保安係から作業区の 9 近くで地鳴りが聞えるという連絡がありました。それから五分後に はどすぐろい緊張に硬ばっていた。 「おい、どうしたのだ ? なにかあったのか ? , 崩壊がはじまりました。われわれがここへ来たときにはまだ岩棚が アヲは追いぬいてゆく一人を呼び止めた。呼び止められた作業員見えていたのですが、すぐ見えなくなりました。の作業区は完 全に埋没したようです」 の顔にはけげんな色が浮かんだ。 「落盤です。緊急警報が出ています , 「工区長。おそらくあの湧水のせいだろうと思います。岩盤がゆる それを知らないのか、というロぶりだった。一アヲはかれをおしのんだのだろうと : けると、下ってきたリフトにとびのった。リフトは作業員で満員だ アヲはパクの声を背に、ラッタルをさらに下方へ伝っていった。 ときおりまだ崩壊がつづいているらしく、濃い塵埃の底から重苦し 「落盤はどこだ ? 」 い地ひびきが断続して伝ってきた。 「第五工区の最下層らしいです」 もうあの金属の支柱の跡をとどめた岩棚も、水のほとばしり出て リフトのス。ヒードをこれほどおそく感じたことはなかった。 いた岩盤も、崩壊した地層の底に永久に姿をかくしてしまったのだ 巨大なたて穴を、鋼材や、パワー ・シャベルや、クレーンや、そった。なにものかの存在を示す手がかりは完全に消えてしまったの のほかのさまざまな器材が雨でも降るように降下していた。そのど だ。ただ一人、アヲがそれを知っているだけだった。 れにも、たくさんの作業員が小さな人形のようにとりすがってい アヲは子供のようにはげしくふるえながら、渦巻く土けむりを見 つめていた。 こ。

3. SFマガジン 1969年7月号

とだけだ。それ以下になると、それすらできない ても ( には、人間を不可避な運命から救う装置がご まんとあらわれる ) 、作品はとうに忘れられていただろ ースティン・ホールのお The Blind Spot ( 1921 ) は、 う。今のかたちでなら『冷たい方程式』は、このあと何デーモン・ナイトの透徹した眼に見つめられると、あの 十年かは読みつがれていくにちがいない。その仮設のロ とおりである。しかしへの彼らの影響は、今でも大 ジックを論破しなかったことによって、それは真のきい。ウィリアムスン自身、メリットの影響を認めてい る。これらの作家にいくらかの驚異を創造できる力があ と呼べるものになっているからである。 ったことはたしかだが、専門は恐怖のお遊びである。 と呼んではいるが たしかに g-* ではあるがーー もちろん、すべてのが同じことをしているわけで ー大半の作品は一顧にも値しない。その多くは、恐怖に はない。しかし、力あるいは異質さへの恐怖を押しだし 直面することもなく、それと戯れているものである。 ながら、それに直面しないというテーマで書かれた ここで私が言っているのは、大戦 ( 現在、第一次世界 は、ざっと見わたしても、かなりある。大帝国に一人で 大戦と称されているもの ) の末期に人気を得、以来変わ はむかう類も、その一つである。帝国の支配者が女であ ることなく読者の関心を集めている作家、特に・ るとき、その恐怖はいっそう幼稚になる場合が多い。 ・ラブクラフトと・メリットのことである。後者に なかで誰 こういった作品は、簡単に見分けがつく ついては、おそらく讃辞のつもりだろうが、「金銭目当 かが、「ようし、みんな、手に入れたものを全部やっち てで書いた小説は一つもない」と言われている。とすれ まえ ! 」と言うから ( 『航時軍団』が、その例だ ) わか ば、彼を評価するには、ほかの基準を用いなければなる るのだが、それだけではない。 これらの作家には、未来 感覚がないのである。彼らには未来の細かい事象を、ポ * ラヴクラフト ( 1890 ~ 1937 ) は、恐怖ファンタジ ルや、クラーク、アシモフ、ウィリアム・テン、アン イを得意とした作家である。 ( 彼の作品では、 "The バウチャー、そしてアルフレッド・ベスターみ C01 日 Out of Space はと『ダンウィッチの怪』が 特に名高い。メリット ( 1884 ~ 1943 ) は、会 The たいに創作することができないのだ。彼らの作品の主人 Moon P 。 ol ' と『イシ = タルの船』でよく知られ公は、一一十世紀のまともなアメリカ人やイギリス人ばか ている。サム・モスコウィッツ氏によれば、メリッ りである。性的な要素は、 ( シオドア・スタージョンの トの文体は、その長い作家生活におけるある時点で 一部の作品のように ) 不快であるか、お座なりの「話の は、「抑制がきき、ほとんどジャーナリスティック でさえあった」という。ラヴクラフトの文体も同様つま」的なものに削られるか、でなければ、これがいち で、まことに騒がしい。 ばんありそうなことだが、皆無となる。ューモアも失わ この二人の小説は、小説ではない。プロットを作り、 パランスを考慮したユーモアなら、それが れやすい 人物を描く技倆は、彼らにはないし、その文体はお粗末 、こンリアスな小説であっても、その主張をむしろ効 の一語につきる。彼らにできたのは、かたちをつくるこ果的にする場合があるのだ。 ー 22

4. SFマガジン 1969年7月号

なかった。それがこの作業区全体の混乱をいよいよ深刻なものにし チェッ′ 「カツーガン ! 資材請求票を点検しろ ! 修正理由説明書をつけていた。 「しかたがない。それはそれとしてトダ、次長を呼んでくれ」 て資材請求票を作りなおすんだ。ぼやばやしているとこれからいっ トダが去ってしばらくすると、第五工区次長のパクが入って来 てその頭をたたき割るぞ ! 」 「ま、まってくださいよ。おれがなにかしたんですかい ! 」 アヲの説明にパクは顔の前で両手をふった。 「したかしねえか、資材部へ行ってこい。今すぐ ! 」 「それはだめだ、工区長。毎日八人ずつぬかれたら第五工区の作業 スクリーンの中でなにかたずねたそうに体をのり出したカツーガ はまったく止ってしまうよ」 ンをにらみすえて e 電話のスイッチをたたいた。音声から遠のい 「パク、業務局からの命令なのだ」 てゆくスクリーンの中で急におしになったカツーガンの映像がまだ 「まったくむちゃだ」 アヲに向ってのり出していた。 「工区長。中央発電所の電路施設班に八名の支援グル 1 プを出すよ「それはわかっている」 うに指令がありました」 「三交代で一交代要員二十名のうち、補給部常駐二名。書記局三 「うん、それは聞いたが」 名。この上、支援グループへ八名もぬかれてごらんなさい。残り七 トダは手にしたメモを気ぜわしくめくった。 名でなにができますかー 「工区長、第五工区の電路作業期間中、ずっとだそうです」 「だが、電路施設班といっても結局、うちの工区の作業をするわけ 「ずっと ? 支援グル 1 ・フをか ? 」 なのだから」 アヲはトダの言葉を反射的にくちびるにのぼせた。 「だめだよ、工区長。作業区の基礎工事もうるさく云われてい 「工区長、これからしばらくの間、毎日八名を捻出するのはようい だいいち、あれが進まないうちは電路施設など手がつけられ ではありませんよ」 るわけがないよ , パクは剛情な男だ。い ったん云い出したことは絶対に引かない。 「まったくだ。トダ。それじゃ、今日からなのか」 「業務局命令の違反は罰せられるそ」 トダは顔をしかめた。 「いや、工区長。おれが云って説明してくるよ。こんな現場無視の 「業務局から指令があったのだそうです」 指令は取り消してもらわなければ」 「いや、そんな指令は。せんぜん聞いていないそ」 コントロール・ルーム 毎日一回は必ずそのようなことがあった。上級からの指令が末端アヲは調整室のハルの苦りきった顔が目に見えるような気が 組織に伝えられてくる途中で消えてしまったり、まるで異った指令した。 になってとどいてくることがあったり、決してめずらしいことでは パクが出てゆくとアヲは急に全身に重い疲労がひろがった。

5. SFマガジン 1969年7月号

タルをくだる。 られません」 縦横にはしる鋼鉄パイプの支柱と網の目のようにのびる電路パイ作業員の一人が濃い恐怖の色を浮かべてアヲのうでをつかんだ。 プと通信線、その間をくぐって強化。フラスチックの透明なトンネル 「いや、まて」 形の交通路がくねくねと曲ってつづいている。頭上を見上げると、 アヲは自分のおそれをひそかにおしかくして、つかまれたうでを 縦横に組まれた梁や肋材のところどころに設けられた投光器が、まゆっくりとほどいた。 るで高い虚空にかがやく星のようだった。荒々しい削岩の跡をとど「なにを恐れている ? ん ? おそらくあれは岩盤の間にあった氷 めた岩盤は緻密な輝石安山岩であり、そのところどころに鈍くかが層が溶けたのだ」 やく金属鉱床が断雲のような切開面をあらわしていた。 「そ、そうでしようか」 プラスチックのトンネルが切れると、もうそこは作業区の最「ああ。おれにもくわしいことはわからないが、たぶんそうだろ う。おい、ムライ。地質調査班にいそいで連絡して調査するように 低部だった。直径三百メートルの巨大なたて穴の底から、さらに五 云え」 十メートルほど掘り下げられた三本の垂直な小孔の一つだった。 ラッタルの下に、ムライたち作業区の作業員がひとかたまり ムライがうなずいてラッタルをかけ上っていった。 になって立っていた。 「工区長、岩盤の間の氷層が溶けたものならば断層面から滲出して アヲの姿に、土気色のかれらの顔に血の色がよみがえった。 くるのではありませんか ? あれはまるでパイ。フから噴き出してい るような出かたですが ? 」 「工区長 ! あれです ! 」 「圧力が高ければ地層のもっとも弱い所から集中的にほとばしり出 粗面にくつきりと陰翳を掃いた岩盤の、高さ十メートルほどのとることもある」 ころからどうどうと水がしぶきをあげて噴き出していた。たて穴の われながら自信のない云いかたたった 円形の底にはすでに足を半ば没するほどに水がたまり、落下してく「水の湧きだしたときの状況を説明しろ」 る太い水の柱に一面に湧き立ち渦巻いていた。飛び散るしぶきはっ作業員の一人がうでをのばして岩壁の上方を指した。ひさしのよ スペリー めたい霧となってたて穴に立ちこめ、投光器の光をはねかえして小 うに岩棚がっき出している。 さな虹を描いていた。たて穴の底にのびていた電線や通信線が、ゆ「あの岩棚でコート = ーがジャンポーを操作していました。掘り崩 れ動く水面をとおしてまるで生きているもののようにもつれあってした破片をバケットですくい上げると、その跡から水が吹き出して 見えた。 きました」 みなの作業服はみるみる無数の小さな水滴を結んだ。 「コートニーはいないか」 「工区長、地下にこのように多量の水脈があるなどとはとても考え 「ハケットについて上ってゆきました」 スペリー 2 7

6. SFマガジン 1969年7月号

とファンジイに対しては、レッサー氏は強い疑惑ど到達でぎない領域にいながら、この神話を生みだす力 の目を向けている。以下の引用は、怪カコナンがハイボをさずけてくれる作家もいる。〈レンズマン〉シリーズ リア時代をうろついているところを連想させないだろうの・・スミスが、その一例だ。また、ヴァン・ヴォ か。「強力なヒーローへの同一化が、恐怖に対する防御クト。彼の作品は、デーモン・ナイトが見事に粉砕して として有効なのは、どう見ても、アクションが支配的な いる。ただし文学的基準を用いただけで、精神分析学的 要素となっている、あまり高く評価されていない一部のなものを無視しているので、ヴァン・ヴォクトのより印 象的な部分といえるものは、現在も不動のままである 小説カテゴリイのなかだけである [ レッサー氏には、われわれがなぜこの種の小説を読む ( の小説お粗末ざを徹底的にあばきだしている これまで述べてきた『航時軍団』の魅力と欠陥は、文 か、『黄金の杯』とか『狂 0 た帰先遺伝の月』跳架 などで、われわれがどのように内なる欲求を満足させて学的あるいは常識的観点だけから見たものだった。さ 私ももって、ここからはかき乱された水のなかへと踏みいり、こ いるか、わかっているのである。彼は言う の小説に対するわれわれの本能的な反応を説明するシン ともだと思う 「世界的な流通性を持っ通貨に似て、 『航時 ポリズムを読みとる努力をしなければならない。 上手に書かれた物語の出来事は、たやすく、すぐに、 ディスカウント 割引きもなく、読者おのおのの感情の世界の貨幣に両替軍団』の場合、これはきわめて得るところが多いと思 う。だからこそ、この小説をこんなふうに、良いな できるのかもしれない」 り悪い (f) なりの見本ではなく、批評の対象となりうる これがマンゾーニの原理のそとにあることはおわかり だろう。彼の言明を無視しているのではない。その先へすべてのの見本として、とりあげることができたの だ。他の作品に比べて『航時軍団』は、ソフィステイケ と進んでいるだけだ。つまり、機会さえ与えられれば、 ーションには乏しいが、魅力は大きく、おそらく広く読 われわれがある作品から自分だけの神話を作ることも可 能になる、ということだ。それは、もはや批評基準が立まれている。そういったすべての因子が、分析の好対象 になる資格を与えたのである。 ち入ることは許さない領域なのである。 ジャック・ウィリアムスンは、われわれにその機会を表面的な魅力は、疑うべくもない。 それは物語の冒頭に始まる。部屋のなかでひとり、時 与えてくれる作家である。彼はわれわれに神話を生み出 す力をさずけてくれる、しかも、基準を応用できる領域に間について瞑想していたラニングは、彼の名を呼ぶやさ ) ) しい声を聞く。そして目の前に、レゾネーを見出すのだ。 とどまったままで。彼のほかの作品 The Equalizer 「あなたのお力を求めるために、私は死よりもおそろし や『ヒュ ーマノイド』のなかにも、この要素を見ること チャールズ・ハ 5 ができる。同様な作家は多い い淵をこえて参りました」と彼女は言う。ここでもう、 ラニングの立場に身をおかない読者はいないだろう。こー ネス、アーサー・クラーク、・・・ハラードなどが、 しうまでもなくラニングの性格 すぐ頭にうかぶ名前である。文芸批評なるものがほとんの同一化のプロセスは、、

7. SFマガジン 1969年7月号

修飾語を減らすことはできよう。この美しい都の光景くつかの理由がある、二つの外的な理由をあげると、ま は今では陳腐であると言うことも、たしかにできよう。 ず批評の知識に乏しい読者が多すぎること、もう一つは しかし少なくともウィリアムスンが、自分の筆カ以上の金銭的報酬 ( 一文もくれないのに書くのは馬鹿ものだけ ものを試みよう 下手な作家のわるい癖の一つだ だ ) が少なすぎることである。 としている形跡はない。い 『トリフィドの日』といった小説が広く読者をかちえた わゆる「クラシック」、 例えば〈レンズマン〉シリーズなどによくある曖昧さのは、それが優れた作品であったからではない ( もちろ は、ここによよ、。 ん、それが当時も、そして現在でも優れた作品であるこ はじめのところで引用した個所、すなわちレゾネーが とには間違いないが ) 。そうではなく読者にアビールし 世界を、意識の通りぬける長い通廊にたとえた部分のイ たのは、 (f) g-q 的なものとはほとんど逆の理由からなの メージなどは、ごく単純化されていながら、平凡さに堕だ。つまりそれは、産業国イギリスからの完全な逃避を ちることもなく、詩的な感動すら読者に与える。 提供したのである。前文学的時代における詩、あるいは 要するに『航時軍団』の前半部分は、まれにみる成功都市国家における演劇と同じ意味で、は疑いなく産 をおさめているのである。ラニングの前で謎が一枚一枚業革命の産物である。矛盾しているのは、 cn がその祖 そのヴェールをはがし、壮大なテーマがしだいにその全先に背をむけるとき、金銭的にはもっとも成功をおさめ 貌をあらわし、美しい女たちが現われては消え、そしてるということだ。シュート の『渚にて』は、このカテゴ ジョノく ールとギロンチがわれわれの心のなかで伝説と リーのもう少し典型的でない一例だろう。 なっていくにつれ、われわれは感動し、狂喜する。女性 完成されたを書くのがむずかしい内的な理由は、 的な美に表象された、この善と悪との戦いには、そしてこれまでさまざまなところで明らかにされている。一つ この予断を許さない危険きわまりない探究の旅には、そは、疑いなく、余分な創造作業を強いられることだろ の奥に神話的な要素が脈うっている。それが、神話や象 。登場人物、動機、感情、出来事といった普通の前景 徴を栄養にしている、われわれの心の奥底を動かすのばかりでなく、 / 説の全背景までもだ。それらは、その 目新しさゆえに、ストー ーのたんなる背景に終わって それでいて、なせ『航時軍団』が、成熟した読者の反はならず、登場人物に影響を与える積極的な環境でなけ 感を買うのだろうか。 ればならない。 簡単に言えば、答えは次のようになる。この小説の美 もう一つのむずかしさは、自分の経験のはるか外にあ 点はすべてウィリアムスンのものであるのに対し、欠点る物事を書かなければならないという点である。これ はすべてのものなのだ。 は、自分の書いている事柄に充分な思考や共感 ( あるい ()n は、現代の散文メディアのなかではもっとも書きは、嫌悪 ! ) を注ぐかぎり、さほど大きな障害にはなら にくいものに属する。これには、内的にも外的にも、 の ) の最初のページ 。 Non-Stop = 一九五八年 ・こ 0

8. SFマガジン 1969年7月号

「工区長。なるべく早く休暇をとれよ。危険信号が出ている。他に はいないか」 誰かがさし出したアルミのコップをひと息であおった。 ハイダは周囲の作業員に顔を回した。みなはなんとなく目をそら 「上は水が止っているぞ。明日の四時三〇分までは水なしだ」 「水が止 0 ている 0 て ! ジャクソンのやっ飲料水タンクにためてした。体の不調をう 0 たえない者は一人もいないのだ。ここで地球 ならば、このような苛酷な作業などからはとうに離れているだろ おいてくれたろうなー 「ジャクソンが飲料水タンクのことなどお・ほえていると思 0 ているう。も 0 と安全なもっと疲労の少ない、も 0 と健康な仕事について いることだろう。実際、アヲをふくめてここにいるみなは、ハイダ のか」 でさえが地球にあったときはそうだったのだ。それがはるばるとこ 三十分の短かい休憩時間だった。 工区の底から見上げる穴の〈りは、首が痛くなるほどねじ曲げなの火星〈や 0 てきて、求めてきびしい自然とそれに劣らない苛酷な ければ見えない、はるかな高みにあ 0 た。垂直に切り立 0 た崖の中労働の中でわが肉体をすり〈らしているのだ 0 た。 ハイダとてあるい ハイダの言葉にこたえる者のいるはずもない 腹にならんだ無数の照明灯の吐き出すまぶしい光の滝の中を、ゆっ くりと上下するクレーン 2 ( ケ , トや、リフトのゴンドラが銀色のは期待していないのかもしれなか 0 た。 ( イダは注射器や代謝計を もとのようにかばんにしまうと立ち上った。 虫のように光をはねかえした。 「こんど来る船団で医療部員が三十名も来るんだ。病院も充実でぎ 黄色と黒の格子縞のユニフォームの医務部員が回ってきた。 る」 「ああ、ハイダ。栄養剤を一本打ってもらおうか」 ハイダはまるで楽しい秘密の計画を打ちあけるような口調で云っ 医務部員はすばやくアフの脈搏を計り、それから腰につるした大 きなかばんをはずした。みなの好奇な視線の中で ( イダはアヲのうた。 でをまくり上げ、なれた手つきで代識計の針を刺した。銀色の針に「やれやれ、こんどは病院を作らせられるのかい ! 」 チャンが鼻にしわを寄せた。 つづくガラス管の細い目盛をのろのろと這い上ってゆく自分の血 「そうかい。じゃおまえにはたのまん、だがな、こんど来る医療部 を、アヲは奇妙な生き物を見るような目つきで見つめた。ハイダは 針をぬくと、かばんの中に収められている四角な計器の一端にガラ員には女性が九人もいるんだぞ」 ハイダが人さし指をチャンの顔につきつけて云った。チャンはバ ス管をはめこんだ。 : マイナス五・八。は三九・九三か。だいぶ疲労しているネのように立ち上った。 「なんだって ! 女の医療部員だと」 な。軽い肝臓障害をおこしている , 「ハイダ、ほんとうか ? 」 ( イダはアヲに云うともなくつぶやいて二、三種類の薬液を吸い 「そいつはすげえや ! 」 こませた太い注射器を照明灯の光にかざした。 7 6

9. SFマガジン 1969年7月号

アヲはさっきすれちがったバケヅトがそれだったのだな、と思っを受けて、ゆるやかな起伏のつづく平原がこれも空ほどのびろがり こ 0 を見せていた。平原の一方にはるかに遠く、低い山脈が左右に長く 「よし。地質調査班の調査がすむまでここの作業は中止する。保安つづいていた。その稜線がかすかに赤い光点をつらねている。おそ 作業員だけを残して他は川作業区へ回れ、作業割りはムライに連らく露出した石英か鉱床ででもあろう。 絡させる」 アヲは今何時ごろなのだろうか、と思った。歩きはじめてからす そのときアヲはふいにはげしいめまいを感じて ( ンドレールで体でに数時間はたっているはずだった。しかし歩きはじめたときか をささえた。頭の深奥に錐がもみこまれるような鋭い神経性の疼痛ら、周囲の景色は少しも変っていないようだった。あるいはあれか がっき上ってきた。アヲはハンドレールで体を二つに折り、マウスらずっとここに立っていただけなのかもしれないと思った。 ピースを顔からむしり取ると胃からこみ上げてきたものを吐き出し あれから ? こ。 アヲは無意識につぶやいたその言葉の意味をおのれに問うた。 あれから ? 「どうしました、工区長 ! 」 それはここに今自分が立っていることと重大なつながりがあるよ 「大丈夫ですか ? 」 みなの声が水底から聞えるようにまったくひびきを失って聞えうな気がしたが、なぜかまったく思い出すことができなかった。 た。断続的に襲ってくるはげしい嘔吐感に、アヲは体を折ってあぶ ここはよく知っている土地であった。天も地も、くらい夜さえも ら汗を流した。 が赤く燃えているここ。遠い記憶の根源にいつもつながっているこ 「医療部へ電話しろ ! 」 ここそ、アヲたちが夢にも忘れることのできない願いの土地であ 「おい、足をもて、リフトへ運ぶのだ」 り、それ故にこそ決して還ることのかなわない幻の故郷だった。 アヲは自分の体に多くの手が回されるのを感じた。 でも、おれは還ってきたぞ ! 「おろせ、もういし 。大丈夫だ」 アヲはさけんだ。声にならない声は、遠い平原の果までひろがっ アヲはその手をふり払おうとしたが、それはかすかな身動きになて消えることのないこだまを呼んだ。 っただけで、アヲはそのままくらい混迷に落ちこんでいった。 還ってきたそ、還ってきたそ、還ってき、還って、還って、 誰もいなかった。奇妙な赤に染ったくらい平原には、アヲのさけ びを聞くなにものの気配もなかった。 第五章イカルスの星 還ってきたのに。おれは 《還ってきたのか、おまえは》 太陽も月もなく、ただ赤く染った空が茫漠と開いていた。その光とっぜん、なにものかの声がアヲのかたわらで聞えた。 3 7

10. SFマガジン 1969年7月号

名を呼ばれた者はどやどやと立ち上った。さすがに苦情を云う者ろう。それはシャングリアの法則なのだ」 は一人もいない。 「しかし、チャン。それは同時に不信と混乱の根源であるのかもし 7 「さあ、行った、行った ! それからムライ。工区へ帰るのはいつれない。シャングリラはつねに過去のものであり、決して未来のも か、わかりしだい連絡してくれ。 のではないからだ」 「わかった」 「いや。それはちがうね。神話はおおむね、それが作られる時点で 八名はハイキングにでもゆくように大さわぎで出ていった。 現実であり、また過去の規制でもあるのじゃないかね。お・ほえてい あとにはアフとパク、チャンの三名だけが残った。三人だけにな たくない過去はすべて消し去ってしまうのだ」 ると、夜の静けさがおもりのように心を体の内側深くとどめた。 「すると神話がまるで作られないこともある , 「明日の船団には女が乗ってくるそうですね」 「あり得る。ところでわが東キャナル市ではどうだ ? 」 「受けつぐはずの火星人の伝説もないし , チャンが顔を上げた。 「ここも少しずつ変ってゆきますね。やってきたときは、こんな大「ほんとうにないのだろうか ? 」 きな工事など想像することもできなかった。一四隻の宇宙船をつな 語尾が消えると深い寝息に変った。 ぎあわせるだけでもたいへんだったんだから , チャンは立ち上ると部屋の照明を弱めるとドアを開いた。 「あと十年たったらすっかり変っちまうぜ」 「チャン。寝ないのかー パクが椅子をならべてその上にあお向けになった。 アヲは明るい照明を背に、くろぐろと大きなチャンの影へ向って 「当然だよ。チャン。おれたちはそのためにここへ来ているのだか云った。 らな」 「すこしそのへんを歩いてくる。今夜はどうも眠れそうにない。一な ぜだろう チャンは壁にもたれて床に足を長くのばした。 「そしてこの作業が終ればここを出ていく。しかし工区長や次長は「船団が来るからか」 自分の手で作った町の住人になるのですね , チャンは乾いた声で笑った。 「そうなるたろうな。多分。で、それがどうかしたのか ? 」 「それとも、あの水のたまった穴の底のせいかな」 チャンは首をふった。 またチャンは笑った。 穴の底 ? 「あなたがたは神話を作っているのだ。遠い未来には、あなたがた はその神話に登場してくる偉大な神々になっているだろう , アヲは自分の言葉に自分でおびえた。削ぎ落された岩盤を濡らし 「創世紀の神々かー て噴き出てくる水とあの不安な夢の世界とがなぜか一つに重なって 「そう。そしてこの天体にはぐくまれた良心や秩序について語るだアヲの胸をよぎった。