思う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1969年7月号
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1. SFマガジン 1969年7月号

円卓の上の、盛り花の、茎の部分か ? ちの間を抜け、駐車場を通過し、路上に出た。すでに、夜が訪れて 私の肩を誰かの手が擱んでいた。よしてくれ。おれは思い出そう いて、なま暖い風が吹いていた。 としているのだ。男の顏が、私の前で盛んに口を動かしている。彼坂の下の、にぎやかな商店街に向って、私は歩きはじめた。 の目はいつばいにひらかれ、私を凝視していた。何かをしゃべって あの明りの中には、何時ものように、私を待っている者がいる。 あの都会の優しい無関心というやつが。 いるのだ。そうだ。フロア・ディレクターの顔だ。私は何をしてい るのだろう。ゆっくりと、長い時間をかけて、私はあたりを見まわ煙草を取り出そうとして、私はポケットを探った。何時も、収め した。出演者たち、カメラ技師たち、照明係、調整室の硝子の中のてあるはずの左側の内ポケットにはなかった。スタジオの円卓の上 顔。すべて、固くこわばった表情で顔の正面を向けている。私に向にでも置いて来たのかも知れない。そう思いながら、念のため、手 いているのだ。じりじりと、顔一面に吹き出して来る汗が、こめかは他のポケットを探っていた。上着右側のポケットで、小さな何か みを伝い、目にしみ、襟足に流れこんだ。 を探りあてた。私はそれを指先にはさみ取り出した。 司会者が立ちあがって、何かを云った。最初は、よく分らなかっ 一粒のグリーン・ビースだった。 た。やがて、それが、 薄暗い路上だったにもかかわらず、その色彩はあざやかに目を射 医者を呼びましようか。 た。あたたかく、なっかしい緑。あの海の色調の正体がこれであっ という言葉だと気付いたとき、私はようやく現実に帰っていた。 たことは間違いない 厳密には、もう一つの、棲みなれた現実というべきかも知れないの たが、いつ、どのようにして、これがポケットに入っていたのだ ろう。鼻に近づけてみると、青くさいにおいがするのだった。その 結局、私は冒頭にのべたように、過労による体調の不全であるととき、私はそれが確かに手渡されたもののように思った。だが、そ いうふうに、居合わせた人びとに判断され、録画出演を降りることれが誰であったかは思い出せない。 になった。 グリーン・ピース。突然ひろがった海の色調。私は、その一粒を 車に乗るまで送って行くというアシスタント・ディレクターに、 ケットに返したまま、わけもなくそれらの言葉を反芻してみた。 もうだいじようぶですからと私は云い、 最初の扉を抜けた。防音のグリーン・ビース。海。。ヒース。海。グリーン。突然、タクシーが ずっしりと厚い扉が、音もなく、背後の、明るく華やかな、虚構のスビードをゆるめて近づいて来た。私は手をあげていた。 世界を閉ざした。正面に広い鏡があり、その中から、もう一人の私 ったいどうしたのだ ? いったい何が が、私に問いかけていた。い 起ったのだ ? だが、答えはどこからも聞こえてこない。 最初の店は、まだ開店早々で、カウンターの隅に、出前のどんぶ もう一つの重い扉を押し、廊下に出た。立てかけられた大道具たりが重ねられたままになっていた。扉に大きく鷹のマークの浮き彫 ミ」 0 、 0

2. SFマガジン 1969年7月号

云いながら、私は自分の言葉の無力さを感じ続けていた。グリー だが、実際にやって来るものは、猥歌であり、演歌であり、ロシ ン・。ヒース色の海。私自身の頭の中に、わけもなくひろがったそい 5 ア民謡であり、時に軍歌である、喧噪の波だった。 つを、どうやって他人に説明できるというのだろう。 それそれ、私の心のどこかを引き寄せるものがあった。逆らうこ たか、この一粒のグリーン・。ヒースま、、 をしったい誰が、何のため とは苦痛だった。早く逃れたかった。 に。 だが、私は立ちあがることができなかった。酔ったのだろうか そのとき、私の欠落した記憶が、次第に埋められて行くのを感じ それとも、何か、私の足を金しばりにするものがあるのだろうか。 た。それは、むしろ、快感に近かった。 やがて、私は叫んだ。 私は立ちあがった。そして、戸口へ歩きはじめた。そうだ。確か しばらく、声にならなかった。 にそうだ。確かに、あの時に、私はグリーン・ビースを受け取った 「やめろ ! みんな、やめろ ! 」 のだ。 突然の大声が、私の喉から、発せられた。 あの娘から。 唄声は停った。 あのラスプーチンの曽孫から。 私のまわりにいた連中は、次々と立ちあがりはじめていた。やが客たちゃ、従業員たちの視線は、は 0 きりと感じていた。しか て、編集者の一人が残った。 し、私の脚はドアに向い、戸外に出た。 「どうしたんですか ? さっき、テレビ局の人間に会ったんですが風はいくぶん強まっていて、そして、気温も下っていた。 ね。あなたのこと、心配していましたよ。過労だろうって、云って娘が立って影た。・ 、 - ヒロ 1 ドのミニドレスの裾が、わずかにゆれ おきましたがね。夕方から飲んでたんですか . た。 「あなたは」と私は云った。「・ほくが、簡単に酔っぱらわないって「ごめんなさい。おそくなって。お客さんが、なかなか帰らなく ことを知っているでしよう て。今日、休みのひとが多かったもんだからー 「しかし、現に酔っぱらっていますよ」 。いいんだ」 「帰るところだったんでしよう ? 」 「酔ってはいません。いや、酔っているかも知れない。とにかく、 昨日のように、一昨日のように生きたくなくなっただけです」 「そうじゃない。きみのことを思い出したんだ。今日、屋上できみ 「かっこいいですね。しかし、かっこよさだけでは、世の中は渡れに出会ったんだな。おれは、きみと、あの場所で会うことを約束し てたのか ? 」 ませんよ。蒸発でもするつもりですかね」 「グリーン・ピースです。グリーン・。ヒース色の海を見たい。もう「ええ。そう思うわ。あたしも、はっきりお・ほえてないの。ただ、 一度、あの海を見たいんですが」 行かなくちゃと思っていただけ」

3. SFマガジン 1969年7月号

「言い当てたわけじゃない」シューマンは言った。「奴は計算した ブラントは引きさがった。 んです。紙の上で」 オー・フは続けた。「 3 十 2 は 5 。だから幻がになってと。それ 「ハ力な」将軍はいらいらして言った。「コン。ヒ = ータと紙に印をからしばらくそれはおいて、べつのを新しく始めます。 7X2 とか つけるのとは別事だ」 けてⅡ、 1 x 2 で 2 、こういう風に書いて加えると、このを 「説明してさしあげろ、オーブ」 の下にこう書いて加えるととなり、それが答えです」 「かしこまりました、。フログラマー殿。ええとこうを書いてその 一瞬皆は沈黙した。それからウィーダー将軍は言った。「信じら 真下にを書くのです。それで頭の中で 7X3 はと : : : 」 れん。何だか訳のわからんことをやって、数を組み合わせて掛けた 議員は時を移さず口をはさんだ。 り加えたり。だまされたような気がする。あんまり複雑すぎてペテ 「だがオ 1 ブ、問題は x だそ ンとしか思われん」 「ええ存じています」小さな技官は熱心に言った。「でも 7X3 で 、え閣下、それは違います」冷汗をかきながらオープは言っ た。「お慣れにならないのでそう感じるので、実際には規則は全く 始めるのです。それがやり方なんです。ええと 7X3 が幻でー 簡単でして、どんな数でも同じようにできるのです」 「それをどうして知ってるんだ」議員は尋ねた。 「ただ覚えたのです。コン。ヒュ 1 タでは必らず幻とでるのです。何「ええ ? どんな数でもだと ? 」将軍は言った。「よし、じゃ , と 彼は自分専用の計算機 ( それは簡素な GI 型だった ) をとりだし、 度もやってみたんです」 でたらめに打った。「紙に 5738 とかきたまえ。 5738 だ」 「だからといって必らずしも常にそうなるとは限らんじゃないかー 「はい」オー。フは新しい紙をとり出した。 議員は言った。 「さて」将軍はコン。ヒュータをさらに打ちながら言った。「次に 7 「あるいはそうかもしれませんが」オ 1 プはロごもった。「自分は 数学者ではありませんので、でもいつも正しい答えがでるのですー 239 、 7239 だ」 をし。かしこまりました」 「よろしい、続けたまえ」 「それじゃその 2 つを掛けたまえ」 「 7X3 は幻、で幻と書きます。それから 1X3 は 3 なので幻の 2 「少し時間がかかりますが」オープの声は少し震えた。 の下に 3 と書きます」 「ゆっくりやりたまえ」将軍は言った。 「なぜ 2 の下になんだねー直ちにブラント議員は尋ねた。 ーマンはてきばきと命令した。 「つまり : : : 」オしフは助けを乞うように途方にくれて上司のほう「いいから続けろ。オーブ , シュ オー・フは背を丸くして計算し始めた。彼は二枚三枚と新しく紙を を見た。「それは、難かしくてとても説明できません」 シューマンは言った。「今だけ彼のやり方を受け入れておいて、 とり出した。将軍はついに時計を出してみた。「もうそろそろよか ろうが。手品師の技師君ー 後の詳しいことは数学者に任せたらいかがですか」

4. SFマガジン 1969年7月号

「おれにも分らないんだ」 」よかったわ。ちょっとお客さんがふえて、おそくなるかも知れな 「何だか、疲れてるようですね」 いの。先に行って待ってて。何時も、このあいだの〈奇獣〉へまわ 「ああ。そうらしい。神経がずたずただー るんでしょ 「アル中じゃないですか ? 」 いや、今日は、たまにコースを代えてみようかと思ってるんた。 「そうかも知れないな。最近、ちょっと過ぎているようだ」 そう言おうと思った時、電話は切れていた。 「しかし、それは何です ? ー 「いいですね。かわい子ちゃんですか ? ーとバーテンが云った。 「グリーン・ビースさー 「まあね」 「分ってますよ。生のグリーン・。ヒースでしよ。うちのじゃない 「用心して下さいよ。いま、ふっと思い出したんですがね。二、 し、どうして、そんなもの持ち歩いてるんです ? 」 日前の新聞に東京湾に浮んでた酔 0 ばらいの転落事故らしい水死鉢 私は苦笑した。 が、グリーン・。ヒースをにぎってたって出てましたよ。その後、身 確かに、どうして持ち歩いているかと言われれば、答えようがな許が分ったかどうかは知りませんがね」 何時もは持ち歩いていないものだから、とでも答えるか ? 「それなら、だいじようぶだ。東京湾には関係ない場所だからな。 「グリーン・。ヒース。何か意味があると思うかい ? ー しかし、ほんとにそんな記事があったのか ? おれは記憶にないん 「さあね。緑の平和ですかね」 だけど」 グリーン・ビース 「なるほど。緑の平和か , 「ほんとうですよ。ちっちゃな記事でしたがね」 私は思わず笑った。 「信じられねえな」 ごろ合わせとしては、まあまあだ。 「信ずるものは救われるって言いますよ。こいつは、あまりよくな そう云えば、あの海の、あたたかく、なっかしい緑は、まさに平 かったかな」 和そのものの象徴だった。 「よくないね。緑の平和の方が、数段ましだ」 「電話、借りるよ , と私は云い ラスプーチンの曽孫のいる酒場の私は、すっかり口が軽くなっていた。 番号をまわした。 ミチコが出、ラスプーチンが呼ばれた。 「グリーン・。ヒース。意味がわかったよ。よかったら、店が終って その店にまわったとき、私は夕暮どきの暗い気分は、すっかり消 から、どこかスナック・レストランにでもっき合ってくれないか , えていた。いわゆる深夜族の連中。それもマスコミ関係者たち、芸 酔っているの ? と聞き返して来るかと思ったが、彼女の応答は能関係者たち、それら、私の生活圏に棲んでいる種属のたまり場だ 素直すぎるど、素値たった。 った。むしろ吹きだまりか、塵芥集積場と言った方が正確かも知れ 8 4

5. SFマガジン 1969年7月号

「アヲ。とても悲しそうな顔をしていたぜ。いやになるくらいな」た アヲはだまってドアへ向って歩いた。左右からしきりに話しかけ「オカ ! 水はどうだ。あの水は」 「工区長。湧水は止りました」 るプリックとチャンがわずらわしかった。 アヲは壁にもたれて肩を落した。 ドアの外へ出ると、人垣に囲まれた患者運搬車が止った。 「あっ ! 工区長」 「もういいんですかー 第六章伝説 運搬車をとり囲んでいた作業服の一団がいっせいに声を上げた。 「なんだ。ムライじゃないか。どうした ? 何かあったのか ? 」 ジャクソンとオカが運搬車の上から小山のような体をかかえ上げ《各工区は空港緊急要員八名を派出してください。各工区は空港緊 こ 0 急要員八名を派出してください》 「コートニーが外部で発見されました」 インターフォンがあわただしくさけんだ。 「外部で ? 」 「歓迎準備でもやろうってのかい ! 」 「西の標識灯附近で発見されたそうです。救助した地上作業班のト スチルウエルが歯をむき出した。 ポート ラックの連中が云っていましたが、もう少し発見がおくれたら凍死「いや、そうじゃねえ。空港要員は船団が入港したときだけ臨時に していたそうです」 招集するんだよ . 「そんな所へなにをしに行ったのだろう ? 」オカが声をひそめた。 「八名もいるのか , 「工区長。コートニドは狂っちまったようです」 アヲはパクにあごをしやくった。 「なに ? 狂った ? 」 「八名えらべ。こんどは聞かなかったではすまされないようだ」 「そうとしか思えません。地上作業班に連れてこられたときも、あ パクは壁にはられた勤務表から八名をえらび出した。 ばれて手に負えませんでした。今は麻酔がきいて眠っていますがー 「これで第五工区は壊減状態におちいったな。こんなことで東キャ 9 作業区の湧水は、かれが。ハケットを使ったときにおこったはナル市などいつでき上るのかね。いったい中央では東キャナル市を 完成させたいと思っているのかな」 ずだった。それが何の脈絡もなしにアヲの胸に浮んで消えた。 「ムライ。オカ。フェリコ。プリック。オムダーマン。スチルウェ 「コ 1 トニーは前から言動に不審な点でもあったか ? 」 ル。ルカス。カツーガン。以上八名。責任者はムライ。すぐ空港へ 「いや。別におかしいと感じた点はなかったですね。おい。みんな 7 はどうだ ? 」 行ってくれ。空港へ行ったら指揮グループ、人事部のサヤンに連絡 7 みなは顔を見あわせて、口々にそのようなことはなかったと云っしてくれ」 シグナル ポート

6. SFマガジン 1969年7月号

にもどった。気の触れたコ 1 トニーといくらも変らないと思った。 いた 0 ではないだろうか ? 」 しかしそのとき、そう思っただけで、心はふたたび、深い疑惑に あとを残さないようにするのだ。と云ったというハイダの言葉が 吸い寄せられていった。見上げる岩棚の上に黄色の原子力ジャンポ胸の中によみがえってきた。 ーが古代の動物の遺骸のようにうずくまっていた。アヲは細いはし「コートニーはなぜかこれをおおいかくそうとしたのだ。そしてこ ごを伝ってそこまでの・ほっていった。たて穴の中腹にせり出したせの岩盤の中にはなにかが埋没していたのだ ! 」 まい岩棚は、プルカルが削り取って造ったものだった。その岩棚は だが、なぜコ 1 トニーはそれを知っていたのだろう ? そしてな たて穴全体に充填するコンクリートプロックの落下樋の支持架がとぜそれをかくそうとしたのだろうか ? コート = ーが狂気の中でさ りつけられる部分だった。 けびつづけるそれはいったい何を意味するのだ ? 「コートニーよ、つこ、 冫しナしここで何をしようとしたのだろう ? 」 アヲはとっぜん心の底から凍えつくような寒さを感じた。アヲは スポット・ライト 投光器の光度を強めて、岩棚の上の岩盤を丹念にしらべていっともすれば横隔膜からせり上ってくるふるえをおさえるのに、力い た。右から左へ大きく光環を移したとき、岩棚の端に近い部分の、 つばいあごをかみしめなければならなかった。・ とうしてこんなに寒 三メートルほど上方に一メートル四方に色の変っている部分があっ いのだろうと思った。石のように硬直した足をむりに動かして銀白 スポット・ライト た。投光器を近づけてみるとそれは岩肌の色が変っているのでは色の金属の切ロの下を離れた。アヲは体をつらぬいて自分の心をこ なごなにしているものが、実は寒さではなく恐怖であることを認め なく、岩盤にはめこまれた白銀色の金属の分厚い板だった。 アヲは原子力ジャンポーの車体によじの・ほった。かろうじて手がなければならなかった。 とどいた。金属板がはめこんであると思ったのは、実はそこから太地球を遠く離れたての火星で、人類がはじめて人類以外の文明の い金属の支柱のようなものがっき出していたものと思われた。材質存在の痕跡に触れたのだ。おそらくそれはあのコートニーが最初で はおそらく高張度のニッケル・クロームかそれに近い合金であろあろう。そのコート = ーが正気を失った今、それを知っている者は う。それはこの岩盤の中を、真直ぐにのびていたのであろう。ここ自分しかいないのだ。その想いがアヲを幼児のような耐え難い恐怖 にたて穴が掘られるとき、岩盤とともにその金属の支柱まで削り取と不安にかり立てた。 ってしまったのだ。原子力ジャンポーの一〇万度 O にもおよぶ高熱アフは悪夢の中にいる思いでプラスチックのトンネルの中を走っ のほのおは岩盤もろとも、この金属の太い支柱を蒸気にかえてしま ったのだ。 狂気か死が自分を決してここから出さないであろうという最悪の アヲはそれが支柱であることは疑いないと思った。しかし、それ事態の確信が、その狂気からも死からもアヲを救ったのかもしれな をこの地下深い岩盤の中で、いったい何を支えていたのだろう ? かった。 「コートニーはあの削りとった支柱の断面をおおいかくそうとして アヲはゴンドラにとりすがったまま、長い間、荒い息を吐きつづ こ 0 8

7. SFマガジン 1969年7月号

スポット・ライト 「これはあきらかに人工の水路だ」 れていった。アヲは投光器を水面に近づけた。水面の動きに邪魔 自然に生じた断層のすき間が、侵蝕によって削られたものではなされて充分に調べることはできなかったが、水の流れ出る孔と同様 8 に、これも内面はなめらかにみがかれていた。 「人工のものとしか思えないが、しかし , 疑惑はしだいに形をなしてあきらかになってきた。 アヲは長い間、はしごの上で動かなかった。なにかえたいの知れ「むこうの穴とこちらの穴はつながっていたのだ。この二つを結ん ぬ異状なものがここに伏せられているようだった。計測されつくでみるとかなりの急角度だが」 し、残るところなく探察されつくしたはずの二百五十メートルの地その傾斜は四五度に近い の底に、なお気づかれることなく岩盤の間にひろめられていた未知 上方の管をそのまま延長して考えると、この第五工区のたて の領域だった。 穴からほど遠くない所で地表に達することになる。だからこの水の 「作業区からの連絡は受けましたが、地質調査班は昨日から出所はこのたて穴から遠くない地上から百五十メートル附近の地中 《ジャクサルテス大河床》の北側斜面の調査に出かけているのでにあるにちがいない。排水口の方はどれだけ深くまでのびているの す。明日、基礎調査班だけがもどりますから、そうしたらすぐそちかまったく想像はつかないが、千メートルも二千メートルものびて らへ向わせますー いるはずはない 「しかし、もしこの水が過去何十万年、何百万年にもわたって流れ 「いそいでくれ。緊急要請だ」 「事故ですか」 つづけていたとして、いったいどこにたまっていたのだろう ? 」 「事故ではない。事故の発生するおそれもないと思うが、ちょっと流れ出る方もそうならたまる方もそうだ。どちらも海ほどの広さ 判断がっかない。なるべくいそいでほしい の貯水池がなければならないだろう。地球で考えるならば、太平洋 「それでは基礎データだけでもそろえておいてください」 の水を。ハイ。フで大西洋に環流させるようなものだろう。それは気の 全員出払っているというのではどうしようもない。アヲは電話を遠くなるような規模と年月を必要とするような作業にちがいない。 切った。基礎データをそろえるといったところで何を調べようもな アヲは立ち上った。急に夢からさめたような気がした。自分のと アヲはふたたびはしごをのばしてたて穴の底に降りていった。 ほうもない想像はもう終りにしようと思った。地質調査班にもう一 なぜかひどく気になった。たて穴の二十メートルほどの円形の底に度しらべてもらうぐらいはよいとして、穴の内面が人工的にみがか は足首をひたすほどの水がたまり、ゆっくりと渦を描いていた。アれているというようなことはロにするまいと思った。 ヲは水をわたって一方の壁の下に近づいた。床と壁面とにまたがっ 「水に硬い岩石の破片がたくさん混っている場合にはやすりでみが てそこにも直径五十センチメートルほどの円い孔があった。それは かれたようになることだって起り得るのだからな」 まったく水没してはいたが、水ははげしい勢いでその穴に吸いこま 自分に云い聞かせてアフは水を蹴散らしてかけわたされた歩み板 っこ 0

8. SFマガジン 1969年7月号

後半はかたわらの誰かをふりかえったらしい 「聞えているそ ! 用件を云え」 「早くよこしてくれ、とか云っていたな。なんだろう ? 」 それで電話器の奥の声はいったん背後の騒音の中に引込んだが、 支援グループをどこかに派遣しなかったことがなにか重大な失敗 すぐまた表面に出てきた。よく知っている声だった。 になったようだ。 「第五工区長。こちらは中央発電所電路施設班だが、支援グル 1 プそのときふたたび電話のベルが鳴った。受話器をとり上げると、 を早くよこしてくれ」 クルーガーでない別な声が流れ出てきた。 電路施設班の班長のクルーガーだった。その言葉の意味がアヲの 「工区長 ! 西 7 傾斜路の << 線側自動警報装置は傾斜路完成後に 心の表層に定着するまでにさらに何秒かを要した。 ュニットを壁面にとりつける予定でしたね」 「支援グル 1 プがどうしたって ? クルーガー」 作業員のルカスだった。 「あ ? 」 「そうだ。今ごろなにを云っているのだ ? 」 「どうしたと聞いているのだ。早くよこしてくれとか云っていたろ「それが工区長。 << 線側自動警報装置とりつけ位置にはすでに警報 う。今ー 装置の本体がくつついているんですよー 「おい、きのうの夕方 : 「そんなことがあるか ! 」 クルーガーがけげんな口調で言葉を切った。 「そう云うだろうと思っていました。工区長、自動警報装置を埋め 「きのうの夕方どうしたって ? おい、用があるなら早く云ってく込んだ強化ガラスを見たことがありますか ? 」 れよ。おれはあと二時間眠らなければならないのだ」 「いや。話には聞いているが」 電話の奥でクルーガーが舌打ちした。 「それですよ ! それ。昨日とどいた回廊の内壁がそれなのです」 「アヲ , アヲはルカスの言葉をさえぎった。 これはひどい怠慢だそ。法務委員会に : : : 」 「まて。ルカス。線側自動警報装置はそのおまえの云う強化ガラ ふいにエア・ハンマーらしいすさまじい打撃音が受話器からとび 出してきた。アヲは耳をおさえて顔をしかめた。あやうく鼓膜を傷スで張るというわけか」 つけるところだった。音は休みなく受話器から炸裂した。もはや通「そうらしいですー 話は不可能だった。アヲは受話器を置いた。そのままの姿勢で、ア「誰がきめたのた ? 」 ヲはふたたびクルーガーからの電話を待ったが、それきりいつまで 「あなたでなければほかの誰かですー たっても電話はなかった。ひどく気になる内容だった。 「するとほかの誰かだ」 クルーガーの声の調子がいつもとちがってかなり感情的でさえあ「それではそいつにこの先、どうしたらよいのかいそいで聞いてく 5 った。それに法務委屓会というのもあまり棆快でないひびきがあったさい。電話は切らずに待ちます」 た。 飛ディ

9. SFマガジン 1969年7月号

アヲは夢を見ているのではないかと思った。目の前のでぎごとということを決して忘れていたわけではないのだ。その不安とはた は、あの赤く染った世界とはまた異ったぶきみさを持っていた。 えず戦いつづけていたのた。ようやく、今結論が出たのた。ひとこ ハンマーや鉄棒をふりかざした一団がアフの地上車のかたわらをとも語り合うということもなく、誰に相談するということもなく、 かけ過ぎてゆく。アヲはその一人にさけんだ。 みなが自然にたどりついたこれが唯一の方法だったのだ」 「どうしたのだ ? 何がはじまったのだ ? 」 男は走り去った。空港の戦いは妻惨な殺戮に移っていった。 品ブオーム モ - 一ユメント 呼び止められた男は通信局の制服をまとっていた。 天に向って林立する宇宙船が、ある結末の記念碑のように淡い陽 . 「船団のやつらをみな殺しにするのだ ! 」 射しをあびて、それだけが静かだった。 「なんだって ? 」 アヲはもう二度と空港をふり向こうとしなかった。 「やつらはひどい放射能症にかかっているのだ。そんなやつらがこ の東キャナル市に入ってみろ。ここはまだ完成しないうちに亡びて 八個の低圧タイヤは生きもののように右に左に大きくかたむき、 しまうそ」 空転しては岩塊をはじきとばした。 アヲはひたいの汗を手の甲でぬぐった。 北方には《サラセン・ ハス》がなだらかな傾斜をひいて煙霧のよ 「しかし、そうだからと云って殺すまでもないだろう。他の場所で うにつづいていた。その丘陵地帯を越えると《シレーンの海》への 暮してもらえばい 入口であった。両側の高地はいっ果てるともなくつづき、その間の 男はにわかにけわしい目つきになった。 谷間はごく自然に道と呼べないこともなかった。ここが《火星人の 「だめだ ! おれたちが今、弱気を出したら必ず市は亡びる。おれ道》だった。 たちが今造っているこの東キャナル市は廃墟になってしまう。いい なぜここをそう呼ぶのか、誰が最初にそう呼んだのか、いかにも のか、それでも」 ここはその呼名にふさわしい場所であった。遠い遠いむかし、ここ は火星人にとって主要な道路だったのかもしれない。あるいはごく アヲは言葉を失って、男のはげしい視線からのがれようとした。 それはおそらく男の云うことは正しいのたろう。だがーーーアヲは自近い過去に、しだいに荒廃してゆく自然に追われて、さいごの火星 分がはっきりとそうロに出し得ないのがたまらなくもどかしかつ人たちが、この道をたどってさらに西方の荒野へしりぞいていった た。自分たちの手で造る街を、どのような種類の災害からも守りぬのかもしれなかった。 地上車を左に回したとき、アヲはと ? せん前方に銀灰色の人影が こうとする開拓者のはげしい勇気と自信がみなぎっていた。 「でも、みな、あの船団がやってくるのをあんなにも待ちつづけて立っているのを発見した。ニア・ブレーキが高圧空気を炸裂させ、 いたではないか . 地上車は立っている人影を車体の前頭部でおしつぶすようにして停 「そうだ。しかしその間にもかれらが強烈な放射能に犯されている車した。 シティ マーシャン・ロー

10. SFマガジン 1969年7月号

それは恐ろしい経験であった。自分でもどんなふうにして始まつあの晩、妻と私はほとんど一びんを空にしてしまった。おそらく、 たのか知らない。分っているのは、あのことを思い出すたびに、どジュディッタも酔ってしまったのだ、私としてはぜがひでもそう思 4 うも夢だったのではないかと考えたことぐらいである。夢だとすれいたいところである。それならば、なんでもないことになるだろ ばいつもと変らぬ夢だが、どうやら飲みすぎていたせいでもあろう。納得が行きやすいのではないか 「いいか、おまえは酔っぱらっていたんだ」と、私は自問自答をく う。ほかのにくらべてずっと、幻覚の感じの強い夢であった。 だが、ちゃんと妻の証明がある。ジュディッタが保証してくれた りかえしつづけた。「おまえの女房も酔っていたんだ。ふたりとも ところでは、私はぜんぜん酔っぱらってなどいなかったし、あのと朝までぐっすり眠ったんだ、ただ、コニャックで陶然とした酔心地 き、私は一睡もせず、甘い言葉を休みなくささやきかけ、夫としてになったため、大がしゃべる夢を見たりしたんだ。これまでに何度 の義務を献心これ勤めるに余念なかったという。今朝も彼女は電話も見てきたのと同じような夢さ。ジュディッタはジュディッタで、 千一夜にもふさわしい一夜をすごしたように想像したんだ。それだ に出て、それに間違いないと、私にくりかえし誓うのであった。 どう考えたらいいものやら、私としてはもう分らない。かりに私けのことだ」 が眠っていなかったとしたら、一瞬も目を閉じなかったとしたら、 それこそ一縷の望みにすぎなかった。だが、狂気にのぼせあがっ 万事は夢だったという冒頭の仮説は煙に消えてしまう。では、どうて、奈落に引きずりこまれたくないと思うなら、全力をあげてこの だったのか。私は次々と仮説を立て、憶測を重ねてみた。だが、決望みにしがみついているほかないのだ。何とか落ちっこう、ああい まって何かしつくりこないもの、解決がっかないままのところがあうことがまた起るというような、そういう恐ろしい偶然については る。どこで、いったいどこで私は土曜日の夜をすごしたのだろう。考えまいと私は一生懸命だ。だが、時に、絶望に息のつまるような 妻とべッドをともにしたのか、それとも、死の町の廃墟にかくれことがある。そういうとき、私は叫びたくなる。外へ駆け出して行 て、むく大のぶつあの革命演説に聞き入っていたのだろうか。 って、誰でもいい、警察でも、国の元首にでもいいから警告してや りたくなる、要するに誰でもいい隣りにいる人に向かって、みんな 滑稽な話だ、それは分っている。滑稽で、それでいて恐ろしい かりに私があの晩、外泊したとすれば、それはつまり、私のべッド危険だぞ、避難しないと、われわれみんなの終末はそこまで来てい に、私のかわりに、私の妻のかたわらに、よその男がいたことになるんだ、そんなふうに警告してやりたい気持ちになるのだ。 るではないか。そんなことになっては、なおさら大へんだ。考える ああ、私の頭の混乱ぶりはどうだろう。 だに恐ろしい事実である。犬が口をきくという話よりももっと恐ろ だが、秩序立てて、進めて行こう。何よりも秩序が第一だ。 しい。そのことを考え出して三日になる。三日間、納得の行く解決あれは三日前の夜、土曜日の夜のことだった。ジュディッタは外 で買物にてまどり、帰ってきたときは九時をまわっていた。ありが を得ようと苦しんでいるが、何をやっても無駄である。 たいことに、包みをひとっ持っていた。鶏が半分、ポテト・チップ 私にのこっている一縷の望み、それはあのコニャック一びんだ。