ハナム - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1970年10月号
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1. SFマガジン 1970年10月号

「要するに、君達は野性化したアンドロイドなんだ」 ジルはこっくりとうなずき、言われるままに歩き出した。 レムスは・ほう然として、それを聞いていた。そしてバナムは、膝「ジル ! 」・ハナムは我慢しきれずに叫んだ。 を折って哀願した。せめて、自分をジル坊やのそばに置いてくれ「私を忘れたのか ! 坊やの生まれた、この土地を忘れたのか ! と : 坊やは、私が生命の種子から育て上げたのだそ」 「無意味なことだよ。旧式な育児アンドロイドに現代はっとまらな女は振り返って、眉をひそめた。 アルフア・ケンタウリでのアンドロイドの寿命は、せいぜい三 「不作法なこと : : ほんとに狂っているのね」 十年だ。解体し、電子脳をとりかえ、時代の進歩についてゆくの さすがにジルは立ち止まって、去就をためらった。もちろん、同 族へのいざないの方がはるかに強いことは、言うまでもなかった。 「やつばり、僕は行くよ。ねえ、・ハナムを連れて行ってはいけない イゴルが前に出た。 「馬鹿をいうな ! われわれだって補修したり、回路のチェックをかしら : : : 」 「それは駄目よ。たとえ船に余裕があったとしても、狂ったアンド やっているんだ。どれだけ機能が違うというんだ」 ロイドは乗せられないわ」 図体の大きなイゴルにも、別に彼等は脅威を感じたふうはなかっ 「狂ってなんかないよ、パナムは」 え」と女は強くかぶりを振った。 「それが思い上がりというものだ。外部を観察しただけでも、磨耗「いし したプラスチック皮膚、噛み合わなくなった接合部、それに頭部全「あれはただの機械だってことが解らないの、ジル。アルフア・ケ 体にわたる人工毛髪の欠除だ。君達の一番後にいるのなんかは、そンタウリに連れて行っても、直ぐに解体されるだけだわ」 れこそアンドロイドの抜け殻といいたいね。 突然、ばねにはじかれでもしたように、・ハナムが飛び出した。 指摘を受けたのはサデュだが、彼には状況がよくのみこめず、ぼ「坊やを返せ、ジル坊やを返せ ! 」 サデュもつられて、見当違いなことを奐きながら走り出した。 んやりと突っ立ったままだ。ジルの方はアルフア・ケンタウリから 来た地球人に夢中で、そのしっとりとした柔らかい肌、甘酸つばく「・ハナムを返せ、・ハナムを返せ ! 」 かぐわしい匂い、耳の底をこそぐるような優しいささやき : : : 自分レムスとイゴルは驚いて二人を止めようとしたが、その間はなか と同じ種族でありながら、どことなく違ったところのある美しい相った。アルフア・ケンタウリのアンドロイド達は機敏に動いて、先 手に、どのように思慕の情を表現していいか、言葉を見失いとまどずサデュの膝関節を砕いた。サデュはぶつ倒れ、そのはずみにした っていた。 たか頭を打ったが、それでも彼は叫びつづけた。 ・ハアアラナムを返せ ! 」 「行きましようね、坊や。アルフア・ケンタウリでは大歓迎される「・ハアナムを返せ ! わ」 どうやらサデュの音声回路は壊れてしまったらしい ハナムは巧 掲 3

2. SFマガジン 1970年10月号

「そこで・ハナム、この書物の意味だが、標題によれば動物育種学と内容を教えて貰わねばならない。いったい、冷凍保存室にはなにが いう本だ。つまり、いかにして良い種子を得るかということが書いあるのだ ! 」 てある」 レムスは頭を下げ、押し潰したような声で言った。 「種子・ : 動物の種子というのは、やはり植物の種子と同じよ「あそこにあるのは標本だ。もろもろの標本たが、その一隅に″生 命の種子″がある」 うなものか、レムス」 不意に照明がまたたき、そっとするほど冷たい澱んだ空気が流れ 「似ているが、やや違うところもある。私も、この本の中身はまだ てきた。液体のように足もとにまつわりつく冷気は、今まで誰も経 よく読んでいないのだ」 ・ハナムは神経質そうに、椅子の肘掛けにのせた腕を、つけたり離験したことのないほどの不気味な冷たさだった。流れこんできた冷 気と、室内の空気との界面に、きわだってさざ波の模様を見ること したりした。 が出来た。 「動物の育種 : : : 生命体の成長。育てるという意味はなんだっけ : ・ 「やった ! 」とレムスが叫んだ。 り「誰かが冷凍保存室の扉を開放してしまった : : : 」 「育てるというのは、幼生命体を成体にする過程じゃないか。解 ハナムの瞳に異様な光が浮かび、殺気に近い声がその口から洩れ きったことだ」 レムスは、今更というふうに言い放った。今更、疑問をさしはさた。 む余地はないという言いかただったので、その勢いを受けかねて、 「サデュめ ! 」たったそれだけだったが、大男のイゴルさえぎくっ ハナムは苦しそうに反論した。 とさせるほどの激しさがあった。・ハナムは室から駆け出してゆき、 「それは、どの動物にも通用することなのか。たとえば人間にでもレムスとイゴルも慌ててその後を追った。 レムスの足がびくんと動いた。彼がそうするのは、よほど驚いた あれから二年たった。外界の風物には、変化らしい変化を見るこ か、またはなにかの衝撃を受けた時だけだ。 とができなかったが、廃墟の研究所にはいささかの変化があった。 この二 「どう解釈すればいいんだ、レムス。私の頭の中には、すでに失わその変化も、・ハナム一人がひきおこしたものと考えてよい れようとして、なお去りやらぬ不明の記憶がある。育てるという言年間、彼は他の三人と行動をともにせず、この研究所にとじこもり 葉は、私の潜在記憶の中に重く沈み、それを考えるだけで気が狂いきりだった。それも冷凍保存室を中心とした室々を占拠し、鍵をか そうだ」 けて誰もいれようとしなかった。彼がなにをしているかをレムスだ けはお・ほろげに推察したが、サデュとイゴルにはなにもめない。 レムスはなおも黙っていた。 「私は文字に関する知識が少ない。だから、なんとしてもこの本の忘れるともなく忘れられて、・ハナムは・ハナム、彼等は彼等といった ー 73

3. SFマガジン 1970年10月号

なかったものだから、ついうつかりしていたが、一度はあのことを ジルはいやいやをするように首を振った。 はっきり教えとくべきだったね。私はつくづく反省しているんだ「・ハナムには仲間がいて、な・せ僕には仲間がいないんだ。僕は・ハナ 7 よ、坊や」 ム達とは違う生物なんだろう ! 」 ジルは・ハナムの顔をまじまじと見ながら、子供とも思えぬ冷たい 「坊や、それを説明するのは難しい。サデュは補修によって生きっ 声で言った。 づけるが、主人達は死ぬことによって終るのだ。坊やの仲間はみん 「・ハナムの目はまばたかない。胸はどきどきしないし、つねってもな死んでしまったのだ」 痛がらない。なぜなんだ ! 」 「死ぬ・ : 死ぬって、どんなことだろう」 ジルの瞳には、あきらかに深い疑惑と不信の色があった。今まで ハナムは苦しげに頭を抱えこんだ。電子脳が熱つ。ほくなってきた はたいして怪しみもしなかった周囲との相違を、ジルは本質的な相のだろう。近いうちに、彼もサデュのように補修しなければなるま 違として明確に知りはじめてきたのだ。それはパナム達にはな、、 本能的な認識であった。 「・ハナム、僕は外の世界へ行くよ。きっと、どこかに僕の仲間がい 「僕はなぜこうなんだ。どうして物を食べたり、涙を流したり、どるはすだものね。・ハナムと僕とは、本当は同じ仲間じゃないんだか ら、僕を止めたりはしないだろうね」 うしてみんなと違うんだ。なぜ、外に出るのを止められるんだ」 ハナムは冷静になろうと努めた。ジルが自分達と違う種族である ハナムはジルを見つめなおした。古いふるい記憶が、ある少年像 ことは、始めから解りきっていたが、それは認めたくない真実であを思い出させた。気分が変りやすく、物思いにふける年頃の少年像 った。坊やは私の子なんだ ! と力いつばい叫びたかった。しかし が、そのままジルの姿に焼き付いた。 ・ハナムは義務として、真実を述べなければならなかった。 繊細な顔付きの、音楽と絵の好きな少年だった。ロオランサンの 「坊や、われわれ人間には二つの異なる種族があったんだ。それは絵をとくに好んで、そのうちロオランサンの絵にそっくりな少女と ずいぶん遠い昔のことなので、思い出すさえ骨の折れることだが、知り合いになった。二人は公園を散歩したり、詩を朗読したり、シ そういう掟があったのだ。坊やは主人の種族に属し、私達の種族は ョパンやチャイコフスキーに耳を傾けたりした。当時としてはいさ 主人に仕えるのが役割だった。たしかに身体の構造は違うが、でもさかクラシックな趣味だったが、二人のふんい気はそれを奇異なも 見てごらん、坊やも私も見かけはちっとも違わないだろう。その二のとして感じさせなかった。東の間の別れに悲しみ、ひとしおの再 つの種族が協力しあって、見事な繁栄がかってこの地上にあったん会の喜びにひたり、そうするうちに愛の芽生えは次第にふくらんで いった。どんな悪魔であろうと、この二人の仲を裂くことはできま だ。私の記憶もすっかり薄れたが、坊やの名前はその昔、私が育て いと思われたほどだった。 た子の名前を受けついだのだ。いや、私ではなく、私の先代が育て そう、あれは一九九八年の三月だった。どんよりと た子の名前だったろうか : : : 」 悪魔 :

4. SFマガジン 1970年10月号

・ハナムはまた空を見上げた。毎日きまった時間になると主人達の みにすり抜けてジルに迫ったが、女の烈しい凝視に出くわした瞬 、すべては終ってしまった。倫理規定に関する抵抗装置はまだ効乗った小さなエア・シッ。フが庭に降りてきて : : : そんな記億もあっ 8 力を保っていて、全回路のヒューズがすべて吹っ飛んでしまったのたようだし、あるいは妄想かもしれない。 ・こ。・ハナムは動作を停止し、やがて・ハランスを失って倒れた。壊れ「なあ、お互いに傷だらけの汚れた格好だな。アルフア・ケンタウ た機械人形に対して、女は多少の哀れみを感じたようだ。 リの連中に馬鹿にされたはずだ。旧式のポンコツ・アンドロイドっ 「大丈夫よ、ジル。修理は簡単にできるから、安心していていし てな : : : 」 わ。さあ、早く行きましよう」ジルはパナムの身体にそっと触れ、 レムスの自嘲めいた言葉にとりあいもせず、・ハナムはまたくり返 別れを告げた。 した。「ジルはいっ帰ってくるのだろう。私の坊やは、いっ帰って くるのだろう」 「さようなら、きっと帰ってくるからね。レムスもイゴルも、それ からサデュもさようなら」 サデュがけげんそうに言った。 われわれと同じ人間なのかね」たしかに、サ 「ジルって誰だい ? 少年を乗せた宇宙船は、再び轟音とともに飛び去っていった。い つの日、また訪れるとも知れず、彼等は地平線のかなたへと飛び去デュの電子脳の材料はお粗末だった。回路を半分以下に削りとられ っていった。 て ( それでも仲間を見忘れないのが見つけものだった。 ハナムは空を見上げた。それがいつもの癖なのだ。 「・ハナム、どうだろうね。もう一度、試してみたら : : : 冷凍保存室 「坊やはいっ帰ってくるものやら : : : 私の身体も、もういくらももには、まだ材料がいくらか残っているかもしれない」イゴルは慰め のつもりで言ったが、・ ( ナムにとっては残酷すぎる言葉だった。彼 ちそうもないのにな」 「哀れつ。ほいことを言うなよ、パナム。無理をせずに、こまめに点には到底、受け入れられる言葉ではなかった。 「いや、私はあくまでジルを待つのだ。どうせ、あんた達に私の気 検することだ」イゴルが慰めた。 「幸いオイルはたつぶりあるし、大事に使えば百年でも二百年でも持は解りはしないのだ」 もっさ」 ハナムは空を見上げて、深い溜息をついた。アンドロイドにある 「われわれはアンドロイドだからな。銹びさえしなければ、磨耗さまじき奇妙な習性だが、あるいは狂ったアンドロイドと言うべきか えしなければということだろうよ」 もしれない。やがてタ闇が迫り、レムスは地下の研究所に引上げよ うと皆を促した。いつに変りない、地球のたそがれ時がやってきた 「一日中、寝ていればいいのさ」 のだ。彼等は思いおもいに立ち上がり、うつくっとした態度で、影 みんな、ひどく投けやりな口調だった。もう金属探しもしない の濃くなった瓦礫の穴の底へと下りていった。 し、日に一回、研究所の外に出るだけが日課となっていた。 「それにしても、ジルはいっ帰ってくるのだろうな : : : 」

5. SFマガジン 1970年10月号

ては真剣すぎた。レムスはからかうように「受難者のスタイル」と レムスが物知りなの 7 レーザー掘鑿機を扱わせて、サデュにまさる者はいない。しかし いう。受難者とはなにか、さつばり解らない。 考えが単純で、物言いに品がない。おとなしい・ハナムには、このサは誰もが認め、そのため彼は長老的存在となっているが、だからと デュは嫌な存在だ。馴れぬ手つきで作業をしていると、きまってサ いって難解な言葉をふりまわすのは迷惑だ。彼が教授という職能 デュがそばに来てなにか言う。 ( あるいは教師かもしれない ) を持っていようと、その知識は日常 「え、どうたい、 をしくらお前さんが能無しの行動にはあまり役立っていないし、そういった虚名の権威にどう この配線の結び具合ま。、 でも、もっとすっきりやってくれなくちゃな : ・ : ・」といった案配いう価値が : : : まあ、それはどちらでもいいこと、職能を持ってい ・こ。・ハナムはまたかと思い、改めて自己嫌悪に陥る。時には告白するというだけで立派な存在なのだ。 るような調子で反論することもある。 イゴルはレムスのように博識でもないし、サデュのように器用で 「でも、私にはこんな仕事は向かないのだ。私はもっと他の事をすもないが、金属の精錬や、合金、熔接などについての技術は確かな るように出来ているのだ」 ものだ。もっとも素晴らしいのはやはり体力であろう。他の者の倍 「呆れたもんだな。ほかの事なら出来ると自惚れてるんだな。お前はありそうな体で、信じられないぐらいの怪力を出す。だからとい さんに向いた仕事なんて、この世に一つでもあるものか」 って、誰もイゴルを警戒はしない。身体の大きさと性格にはかなり ハナムはうつむいて、そんなはずはないとロの中でつぶやく。なの相関々係があり、標準の場合における寛容度との係数はプラ にかあったような気がするが、あんまり昔のことなので思い出せなス〇・八五二 ( 信頼限界〇・〇〇一 ) というデータがある。ただし い。いや、思い出せないのでなく、本当になにも無かったのかもし性格は自己淘冶で改造できるから、この統計値を実際に使用する場 れない。しかし、人にはなにか一つぐらい、なすべき事があるはず合は、それ相応の注意をされたいという但し書もついていた。 だ。そして思いつめたように「私にすることがないなんて、そんな ハナムは、とにかく情無かった。イゴルもレムスもサデュも、そ つい三日前の、こ 馬鹿げたことがあるものか。そのとおりだと言ってくれ、サデュれそれ職能家なのに、自分にだけはそれがない。 の研究所の発掘作業のさいにだって、彼はまったくの持てあまし者 「うるさい ! 」とサデュは怒鳴った。 だった。公平に考えてみて、バナムはいわゆる低能力者ではないの 「能無しの相手ができるか。口惜しかったら、自分で仕事を探して だ・、、仲間内にしてみれば、きわめて曖味な役割りしか持たぬ非専 こい」 門家ということなのだ。悪いことに、研究所の発掘で結構な住家が サデュが去ってから、なんとなく・ハナムは空をふり仰いだ。そこできたのはいいが、それだけ仲間と顔を会わせる時間のふえたこと から救いがやってくるのを待ちうけでもするかのように、彼はじっ だ。なにか皆に話しかけても、話は合わないし、適当にはぐらかさ と空をみつめた。他の者は、それを・ハナムの癖だというが、癖にしれてしまう。そして、今日の夕方も同じことがくりかえされてい

6. SFマガジン 1970年10月号

日が続いた。これは四人だけの世界における、唯一の顕著な変化とスの思考能力を完全に麻痺させてしまった。 いってよ い。いや、現象的な変化でなく、優柔不断なバナムが頑固「こりや、一体どうってことなんだ ! 私に泣けとでもいうのか : 者になったという、性格的な変化の方がより本質であったかもしれ : まさかということがあったにしても、これは無茶苦茶すぎる」 ない。そして二年後のある日、やっと鍵が解かれた。すべての扉が パナムは完璧なスタイルで、その子を抱きなおした。 開け放たれたので、外から帰 0 てきた者達に、見知らぬ場所に来た「これは私の主人だ。これは私の大事な坊やなんだ。この子がやっ ような錯覚を起こさせた。その印象をサデ = がロ走ろうとした時、と産声をあげた時、私の頭に火がついた。すっかり何にもかもわか レムスが制した。 ったんだ。これが私の役割だってな : : : 」 「しつ ! 静かにして、あの声を聞いてみろ」 ふと気がつくと、奥の方でなにか煮物をしている気配がする。レ 奥の方から、奇妙な調子の声が流れてきた。 ( ムス達は恐るおそる、そちらをうかがったが、たちまちサデ = が奇 ラルル・ 声をあげた。 「なんだい、あれは : 「これはよお、どうして並べ立ててるんだ。こんなもの、想像もで 「しつ ! 」レムスは腹立たしげにサデュのロを抑えた。 きねえ始めての代物だ」 ( ルーラルラ、ルーラルル、レルルルア、ルアアル・ ・ : ) その声は イゴルは煮立っている鍋の蓋を取り上げた。 次第にこちらに近づき、やがて声の主が戸口に姿を現わした。レム 「化合物というわけでもないな。一種の含水炭素に水を添加し、そ スはそれを見て、こらえようもなく悲鳴を上げた。 れを熱によってペースト状にしているわけだ。接着剤としては、き 「そりや一体なんだ、・ハナム ! 気が狂ったんじゃあるまいな」 わめて薄力なのだが : : : 」 イゴルの背中に、・ハナムの声が飛んだ。 ハナムは荘重に足をとどめ、レムスの方に目をやったが、すぐに また元の動作に戻った。腕に抱えたなにかを中心に、ゆっくりと身「よく掻きまぜてくれ、イゴル。それは坊やの食事だからな」 体をゆすりながら、奇妙な調子の、しかしいいしれぬ優しさのこも ハナムが他人に命令するなんて、誰にとっても思いがけないこと った声で歌をつづけた。 だったが、その命令に従わざるをえないような気分にさせられてし 「ルーラルラ、ルーラルル : : : 可愛い坊や、おねんねするんたよ。 まった。 ルーラルラの歌でね : : : 」 「主食はミルクだが、少しずつ澱粉食にも馴らしてゆかねばなら レムスは自分の眠を、自分の耳を疑った。近よってバナムの腕にん。森に行って、有用な食物を採集する必要もあるな」 あるものを覗きこむと、それは得体の知れぬ・ほろぎれに包まれてい 「それを、その坊やのロに入れるのかね」 たが、まぎれもない人間の赤ん坊だった。くるくるした眼をしつか ハナムの顔をのそきこむように腰を屈めて、サデュはひどく丁重 りとみはり、レムスに向かって笑いかけた。そして笑い声が、レムな口のききようだった。 ル , ーラル一フ、レ 4

7. SFマガジン 1970年10月号

「あたりまえだ。それをくりかえすことで人間は成長してゆく。主 人を育て上げるという、何物にもかえがたい務めを私は果たすの一 レムスは額を掌にのせるようにして、思案しながら呟いた。 「主人か : : : その名には確かに覚えがある。それは敬うべきもの、 われらの上部階層だ。しかし、それ以上のことはわからない」 「あの書物をゆっくりと調べてみるがいい。私は冷凍保存室に確保 - ィ一イ した数多くの″生命の種子の中から、試行錯誤の連続の末、つい ンクヴガ に栄光あるホモ・サビエンスの種を見つけ出したのだ。それ以後に イエル ウシ も失敗はっきまとったが、やっと最適の培養地を発見することがで ゴト ル きた。そういったものも、そして坊やのための栄養物も、すべて冷一 凍保存室に保管されていた。サデュのつまらぬ振舞いにも耐えられ - / 作ト ~ 光。ダ るよう、厳重に保管されていた。未来を予見した偉大なるはからい - が、今を去るはるかな過去になされていたのだ」 ハナムは言い捨てて、再び赤ん坊をあやしながら歩き始めた。 ( ルーラルラ、ルーラルル・ ~ 気 レムスは放心したように、・ハナムの後姿を眺めつづけた。 「可愛い坊や、なんて名前をつけようかな。おお、よしよし : ・」 人果 結式ラ ぶつくりした頬を、・ハナムは指先で軽くつつく つぶらな瞳が、 計株リ 集ロ母売グあ 一生懸命に。ハナムの指先を追いつづけた。 分ロロの販ンしり 明死ャまと ( ルーラルラ、ルーラルル : : : おお可愛い子、私の坊やさ ) 号作発不シだお 物につかれたように、・ハナムはいつまでも身体をゆすりつづけて - 年 森はどうしても、その領域に踏みこめなかった。たまさか不運な - 雑草の種子が飛んできて、紙ほどの薄っぺらな砂地に根を下ろすこ !- 点犯 8 - ・つ 0 っ 0 っ 0 0 工 評 才人シェクリイの連載長編は , 終始好評のうちに幕切れをむか攴 ました。毎回人気の巻末特選ノヴェルも「発明の母」で 4 点の大台 にのり , 編集部一同意を強くするとともに , これからも優れた作品 を発掘すべく張切っています。 今号 9 篇に対し規定の方式 ( 秀作 5 , 佳作 4 水準作 3 , それ 以下に 2 , 1 ) に従って葉書にてご投票ください。同評価の作品が 何篇あってもかまいません . 住所・氏名・年令は必ず明記のこ と。締切は 9 月末日。抽選で 5 名の方にハヤカワ S F シリーズ最新 刊を進呈。今月は下記の方に「隠生代」 (B ・ W ・オールディス ) を お贈りします。 徳島県三好郡池田町中西黒下俊和様 , 名古屋市千種区大島町 3 ー 49 杉山隆様 , 文京区大塚 4 ー 19 ー 14 武藤洋子様 , 都下国立市富 士見台団地 1 ーー 3 守英治様 , 都内杉並区松の木 1 ー 6 ー 18 清水東吾様 ー 75 ・ 6 ・・ 0 を・ 0 朝・・ 0 ・ 0 0 0 ・ 0 ・・ 0 ・ 0 ・・ ・ 0 0 0 ・ 0 0 0.

8. SFマガジン 1970年10月号

かはよく知っている。風が梢を吹き抜ける音、小鳥の声、るり色の した曇り日だったが、まだ雪の消え残っている遠くの山脈の方を眺 めた時、その方角から銀色に鈍く光る物体が、恐ろしい速度で飛ん艶やかな羽をひろげて飛ぶ揚羽蝶 : : : 森は音と色と匂いにみちて、 できた。たちまち空に巨大な太陽がかかり、瞬間にして閃光と爆風ジルにとってはなにもかも驚くべき世界だった。 「あれは杏だね ! 」 が地上を襲った。 ジルは頭上にたわわに実っている暗赤色の果実を見て叫んだ。彼 その時、私は理解できぬ破減から二人を守ろうと、急いで二人を 地下室に避難させた。爆風が追いつくことのできぬほどに、私は二は果物が、このように木になっているものとは知らなかったのだ。 人を抱えて全力疾走した。あの凶暴な閃光も私に追いつけぬはずだその時、・ ( ナムはちらっと空をふり仰いで、首を傾げた。 バナム : った。しかし熱気とガスは郊外のこの地下室にまでおよび、二人は「どうしたの ? 私に抱かれたまま、苦しみながら死んでいった。「ジル ! 」私は叫「いや、なにかがやって来るような気がしたのだが、どうも違った んだ。そう、その少年の名はジルと言った。そして誰も彼も、主人らしい」 「ああ、パナムのいつもの癖なんだね」 達はみんな死んでしまった。美しかった街も減んでしまった。だの ぶなの木の高いところに、ジルはおどおどした縞栗鼠の一家を見 に、なぜ私は死ねなかったのであろうか : 冫し力にも当惑 つけた。 / 「ハナム、僕は行くよ」 彼等は異端者達から眺められていることこ、、、 、い、ジルにとっした様子であった。子栗鼠が時々頭を覗かせては、すぐに木の洞に ジルはもう一度、くりかえして言った。それもし ては森の生物達の方が本当の仲間なのかもしれない。あの破減の時引っこむ。あまり外に出るのではないと、親栗鼠が注意を与えてい はとっくに過ぎ去ったのだから、いつまでも主人を地下室にかくまるのであろう。時のたつのも忘れて、ジルは一心に彼等の様子を眺 っておく必要もないだろう。ただ・ ( ナムは、主人が守護できさえすめつづけた。・ハナムはふっと不安を覚え、ジルの注意をほかのもの に外らさせようとした。 ればよいのだ。ジルのあの声は、心細がっている声だ。さあ早く、 「川に行ってみようじゃないか。あそこでは面白いものが見れるん 坊やのあとを追ってゆくがいい だよ」 ジルは瓦礫の山に登り、あたりの風物をしきりに眺め廻してい 、、 / はかふりを振った。 た。日の光がまぶしすぎて、彼の眼にはいつまでも耐えられない。 「僕はあれを見ていたいんだ。大きいのと小さいのが居て、小さし ハナムはジルの肩に優しく手を置いた。 のが三つ、大きいのが二つた。どうしてそうなんだ」 「森に連れていってあげよう。あそこには影があるし、動物達もい 「そりゃあ、・ハナムとジル坊やの大きさが違うようなものだ。ジル る」 ジルを背中に負って、バナムはゆっくりと森に歩いていった。森坊やもだんだん大きくなるさ」 の動物達は・ ( ナムを恐れて近づかないが、自分達が狩の目標かどう「僕がいくら大きくなっても、・ ( ナムとは違う。それに僕は、たっ ロ 9

9. SFマガジン 1970年10月号

れと同じ様子をしていたかどうかの保証もない。ただ終末戦争のこた。 とだけが、あまりにも強烈な記憶として現在まで受け継がれてきた「研究所の原子炉は、その後も動いていたのだろう。空調設備や冷 のだ。ところが、サデ = やイゴルの頭の中には、その記憶のかけら凍機構も、永年にわたって作動したと考えられる。われわれが発掘 すらない。私が説明したところで、しばらくすればまた忘れてしました時には、すでに停止していたが、それでも冷凍保存室は七〇度 うに違いない。時がたちすぎたのだ」 に保たれていた。冷却材の減耗度からみて、百年や二百年という サデュは鼻白んで、イゴルをつついた。 短期間のことではなかろう」 「そりや、俺の頭の中にそんなものはないさ。けどな、俺はレーザ ・ハナムは顔を上げ、緊張した面持ちでレムスに尋ねた。 1 を扱ってりや御機嫌だし、イゴルには金属の塊りをあてがってお「その本に書かれた文字の意味は、、 しったい何を示しているのだ。 けば満足だ。終末戦争だろうが、過去の人間だろうが、今の俺には コムロはどのような栄光を甦らそうと考えたのだ。教えてくれ、レ なんの関係もないさ」 ムス」 レムスはサデ、を無視したように、声の調子も変えずに話しつづきわめて冷淡に、レムスは彼なりの知的見解を示した。 ける。 「ものの考えというものは、えてして自己本位に陥りやすいもの。 「その戦争による破壊行為がこの街を襲った時、この研究所にいた希望とか期待というものは、すべて宗教的感情にほかならない」 日頃に似合わず、・ハナムは執拗に食い下がった。 者達はどうしたか。ここに痕跡の残されていないところから察し て、彼等は生き残りの人々と青空を求め、地上に出ていったに違い 「コムロは地上におもむき、そして帰らなかった。それなのに、な ない。ここにその時の記録らしいものがある」 ぜ希望を冷凍保存室にとどめておいたのだ。冷凍保存室には、栄光 レムスは棚から一冊の書物を取ってきて、裏表紙を開いた。 に価するなにかがあるのではないか。少なくともその書物には、栄 「これは冷凍保存室の中に保管されていた。それでなければ、恐ら光に関するになかの手がかりがあるのではないか」 くこの本は崩れて・ほろ・ほろになっていたことだろう。最後にこの研根掘り葉掘り聞く生徒は、教師にとってまことに迷惑な存在た。 究所を去った者が、未来に願いをこめ、この本の裏表紙に書きしるそれでも教師は答えなければならない。 していったのだ」 「解ったよ。・ハナム。可能性においては、あるいは君のいうとおり 紙質はわずかに変化しているように思われたが、どこか過去のものことがあるかもしれない。だが、 はたして君の期待したものが出 のとも思われぬ生まなましいものが感ぜられた。裏表紙のペン字はてくるかな ? 」 ・ほやけてきているが、読み取るのにはまだ差し支えない。 その時、サデ = が立ち上がった。底意地の悪い視線を・ ( ナムの方 " 終りの日に始めあらんことを。いつの日にか、この地に栄光の甦に注ぎながら、彼らしくもなく、音も立てずにそっと室から出てい っこ 0 らんことを祈る。・コムロ″走り書きでそれだけが記されてい

10. SFマガジン 1970年10月号

こ 0 えす」 「レムス、われわれは何故こんなことを毎日くりかえしているの「携帯用原子炉の分解修理をやった時、誰かが黒鉛の塊りを中に置 だ。これにどういう意味が : : : 」 き忘れてしまった。おかげで出力がさつばり上がらない」 ハナムの問いかけを、サデュが横あいから奪った。 ハナムは絶望的に頭を抱え、レムスはなおも喋りつづけ、イゴル 「こんなことって、どんなことだね。資源探しが嫌ならなにをするは立って照明をつけにいった。 ね。いつもこうなんだな、バナムは」 「ここはまったくいいな。これだけの施設が無傷で残り、それをま レムスは彼をたしなめた。 た運良く掘り当てたのだからな」 「サデュ、そんなに言うもんじゃない。ぐ / ナムの苦しみは、われわ「野天で暮らすよりは身体にいいさ。俺が気にいったのは作業台だ れにも無縁ではない。 / 彼の問う価値論は、その本質において存在論な」 となる。これは、はるかに遠く過ぎ去った時代ーーいわゆる失われ博識なレムスは向きをかえ、ついでに話題も変えた。 た世界の意味を探ることにもなるのだ」 「この施設の意味について、皆は知っているかね。超低温研究所と 「おやおや、レムス教授の御立派な講義だな。・ハナムには解るのか いうのは、つまり超低温下における物性を調べるところだ。施設は な ? 」 なるべく外界の影響を避けるため、こうやって地下深くに建設され 今度はイゴルが口をはさんだ。 た。また五十センチ厚のコンクリート 壁、二重の断熱層のおかげ 「誰か銅線を探してきてくれないか。どうしてもコイルが必要になで、この街を襲った激しい破壊作用の影響をほとんど受けていな ってきたんでね」 「記憶は年代をへるにしたがって薄らぐという。励起されざる記億 「そこのところは、この前も聞いたよ」 は、やがて忘却に埋没されてしまうのだ。かって地上には、われわ サデュがまぜっ返す。 れの仲間が満ちあふれていたという伝説がある。薄明の世界のお・ほ 「入口にはめこまれた銅板の一九七四という数字は、年代を現わし ろげな記憶は、肯定も困難な伝説となってしまうのた」 ている。それが何百年前のことかは解らないが、この施設が造られ 「結論のないくりかえしだ ! 私に方向を与えてくれ」 た時代のことだと思う。しかし終末戦争が、この時代と現在との間 に大きな断層を作ってしまった」 「オイルは貴重たよ。使用計画をしつかりと立てるべきだ」 話が入りまざって、だんだん解らなくなってきた。 「終末戦争だって : ・ 「そうだ。人間同士の愚かな争いが、この世界を破減させてしまっ 「われわれの方向に蓋然性はない。しかし現在の行動を否定してな た。だから歴史の系列はぶつつりと切れ、われわれは伝説的記憶で刀 にが残る。人は無意味に行動することはできるが、なにもせずにい しか、その当時を考えられない。その頃の人間が、はたしてわれわ ることは出来ないのだ。故にわれわれは、今後も同じ行動をくりか