メタクサス - みる会図書館


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1. SFマガジン 1970年10月号

メタクサスには、教祖的な迫力があった。それとも、あっかまし 「そのせいだ。さてと、それで全部はっきりしたかい ? 」 さというべきか ? 「〈不連続バラドックス〉だな、サム。わかったよ」 「〃上“に行ったときには、友だちには近づかんことだ。覚えとけよ」 おそらく両方だ・ろう。彼にとっては、宇宙はテミストクリス・メ 「もうパッチリだ。しかし、サム、あの半月刀を見たときは震えあタクサスを中心に回転しているのだった。星々は、テミストクリ がったぜ ! 」 ス・メタクサスの上に光を投げかけるために誕生したのであり、ペ 「ところで、どうなんだ、クーリア稼業は ? 」 ンチリイ効果は、ただテミストクリス・メタクサスがさまざまな時 「最高。ほんと、最高だよ」 代をめぐり歩くためだけに開発されたのだ。もし彼が死ぬとすれ 「パラドックスには気をつけろよ」そういうと、サムは・ほくに投げば、同時に大宇宙も崩壊するたろう。 キッスを送った。 彼はタイム・クーリアのいわは第一期生で、すでに十五年以上も ・ほくはほっとしてポックスを出ると、荘麗者シレイマンのモス経験を積んだペテランだった。もし彼にその気があったならば、時 ク建造工事を見物するため、一五五 0 年へとの・ほった。 間局観光部の総取締役にもなれたはずで、今ごろは、ビザンテイウ ムの宿屋のべッドで蚤を追いかけまわす必要もなく、浮気つぼい秘 書たちにわんさとかこまれて暮していただろう。だがメタクサス は、一介のクーリアとして、常に活動的な職場にいる人生を選ん ・こ。しかも、ビザンテイウムめぐり以外は何もしないという徹底ぶ 。ヒザンテイウムへの二回目の旅は、テミストクリス・メタクサスナ の下で行なうことにな 0 た。この男が・ほくの将来の人生において重りだ 0 た。事実、彼は自分をビザンテイウム市民と見なし、休暇は 要な役割を演することは、はじめて会 0 た瞬間に直感したが、その十二世紀初期にある郊外の彼の別荘で過すのだ 0 た。 また彼は、副業として大小さまざまな不法行為にも関係して 直感は正しかった。 た。クーリアを引退すれば、その仕事に支障がおこる。それも引退 メタクサスは、クシングでいえば・ハンタム級、身長は一・五メ ートルそこそこだった。頭は逆三角形で、てつべんが平たく、顎がしない理由だった。さしものタイム・。 ( トロールも彼には怯気をふ るい、彼のすることにはいっさい干渉しなかった。もちろん、現在 とがっている。髪は濃く、ちちれていて、白髪がまじりはじめてい る。歳は五十前後たろう。きらきら光る小さな黒い眼、太い眉、鼻に重大な変化を及・ほすようなことをするほど、メタクサスは・ ( 力で はない。だが、その点を除けば、彼の略奪行為には、禁制というも 筋の通った太い平たい鼻。唇をいつも、内側にすぼめているので、 のはまったくなかった。 まるで唇がないように見える。贅肉は体のどこにもついていない。 はじめてメタクサスに会ったとき、彼は・ほくにこういった。「自 異常に強靱な体力の持主で、その低い声には、人を強引に従わせる 分のご先祖さまと一度は寝てみなければ、人生を生きた意味はない 何かがある。 カリスマ チュッ おじけ

2. SFマガジン 1970年10月号

メタクサスは、通りのむかい側をよたって歩いている不遜な面構 態にあります。反乱がおこるのは、もうまもなくです。こちらへい えの無頼漢の一団に会釈した。八、九人はいるだろう。みな長い髪 らっしゃい」 寒さに震えながら、・ほくらはメタクサスに続いて市中をまわっを肩までたらし、ロひげと顎ひげを花づなのように生やしていた。 た。どのわき道も大通りも、先にカビストラー / と来たときには通髪は前のほうだけ短く刈りこんでいる。チ = ニックは、手首の部分 ではびったりとしまっているが、そこから肩先にかけては途方もな らなかったものだった。そして旅のあいだ、もうひとりの自分や、 くひろがっている。そして、けばけばしい肩マントと半ズボン。腰 力。ヒストラーノはおろか、その一行を見かけたことも、一度もなか った。ありふれた光景に新しいアプローチを発見する・ーーそれもメには、短い両刃の剣をさげていた。狂暴で、残忍そうな風体だっ タクサスの伝説的な特技のひとつなのだ。 もちろん、彼にはそうしなければならない理由がある。この瞬「待っていてください」そういうと、メタクサスは彼らのほうへ歩 間、ユスティニアヌスの都をめぐり歩いているメタクサスは、何十いていった。 青組の男たちは、まるで旧友に対するように彼を迎えた。彼の背 人いるかわからない、他の自分と出会ったりすることは、彼のプロ をたたき、笑い、うかれて大声をはりあげた。会話の内容は聞えな としての誇りが許さないのだ。 「コンスタンティノ 1 プルには、現在二つの市民団体があります」 いが、メタクサスが握手を交しながら、要領よく、明解に、確信あ と、メタクサス。「名前は、青組と緑組。どちらも、千人はいるでるロぶりで話しているのはわかった。青組のひとりがワインのビン しよう。みなトラ・フルメーカーばかりで、その人数が示す以上に大をさしだし、彼はうまそうに一飲みした。そして、ほろ酔い機嫌の きな影響力を持っています。政党というほどいかめしいものではな仕草をしながら男を抱きしめると、巧みに相手の剣を鞘から抜き、 いが、たんなるスポーツ・チームの支持者団体ではなく、性格的に男をさしつらぬく恰好をしてみせた。無頼漢たちは踊りはねて喝采 はその両者を兼ねた存在です。青組はより貴族的で、緑組のほうがした。やがてメタクサスは、・ほくらを指さした。男たちはうなず 下層階級や商人たちとより強く結びついています。どちらも、競馬き、ウインクし、手まねをし、娘たちに秋波を送った。・ほくらはと 場で戦わせるチームを持っていて、またどちらも、政府の政策に対うとう通りのむかい側へ呼び寄せられた。 してある一定の立場をとっています。ュスティニアヌスはむかしか「競馬場へ招待してくれるそうですよ」と、メタクサスはいった。 ら青組に同情的なので、緑組は彼を信用していません。しかし皇帝「ゲームは来週はじまります。お許しが出たので、今夜はこの連中 として、中立の立場をとるようには努力しています。実際には、どのドンチャン騒ぎに同行します , ちらも彼の権力をおびやかす存在ですから、圧迫したいのです。最ぼくは耳を疑った。カビストラーノのときには、見つからないよ 近では、この両派は毎晩のように市中を暴れまわっています。ごらうに気を配りながら、こそこそと歩きまわったものだった。この時 代の夜は、強姦と殺人の巷と化す。闇がおりるとともに、法律はそ んなさい、あれが青組です」 幻 4

3. SFマガジン 1970年10月号

が選出され、殺されていったこの競馬場には、不穏な雰囲気がただ観衆も政治の問題はしばらくおあずけにした。メタクサスが愉快そ 冫しナ「テオドラは、あの四人の騎手みんなと寝ているん よっていた。きのうとその前日、ユスティニアヌスがロイアル・ポうこ、つこ。 ックスに現れたとき、客席からはげしい野次がとんだのを、ぼくは だ。彼女のお気に入りはどれだろうな」皇后は心底から退屈してい 知っていた。群衆は、幽閉されている反乱の首謀者たちを解放しろるようだった。この前に訪れたとき、ぼくは彼女がここに来ている と叫んだ。だが皇帝はその声を無視して、レースを続けさせた。きのを見て驚いたものだった。皇后は、競馬場にはいれないものだと よう、一月十三日、コンスタンティノー。フルは爆発するのだ。時間ばかり思っていたからだ。実際そのとおりなのだが、テオドラには 旅行者たちは破壊が大好きだ。これも、きっと気に入るだろう。ぼ彼女だけに通じるルールがあるのだった。 くにはわかっていた。一度すでに、それを見ているのだからあたり 戦車はス。ヒナへ、記念碑の並びへと到着し、ぐるりと回ると逆戻 まえだ。 りはじめた。一レースは、馬場を七周して終る。スタンドの一個所 馬場では、前座の儀式が終ろうとしていた。近衛兵が連隊旗をはに鴕鳥の卵が七個並べられていて、一周まわりきるごとに一個ずつ ためかせて、堂々と行進している。青組と緑組の投獄をまぬがれた取り除かれる。ぼくらは二つのレースを観戦した。やがてメタクサ スがいった。「さて、一時間未来へシャントして、このクライマッ 指導者たちが、冷たい挨拶を交している。そのとき群衆がざわめい た。ュスティニアヌスがポックスにはいったのだ。血色のよい丸顔クスを見物することにします」こんな芸当をするのは、メタクサス の、ちょっと太り気味の中背の男。続いて、皇后テオドラ。体の線だけだ。・ほくらはタイマーを調節すると、衆人環視のなかのジャン にびったりと合った透明な絹をまとい、両方の乳首をルージ = で染プ禁止令をこともなく無視し、一団となってとんだ。競馬場にふた たび現れたのは、第六レースがはじまる直前だった。 めている。二つの赤い点は、薄い繊維を通してのろしのように輝い 「さあ、騒ぎがはじまるそ」メタクサスが幸福そうにいった。 ていた。 ュスティニアヌスが、ポックスの階段をの・ほりはじめた。叫び声競走はとどこおりなく終了した。だが勝利者が栄冠を受けに進み がわきあがった。「囚人を帰せ ! 牢から出せ ! 」皇帝はおだやか出たとき、青組のなかから轟くような叫び声がおこった。「緑組、 にロー・フのひと襞を上げると、最初は客席中央部に、つぎは右側、青組万歳 ! 」 一瞬ののち、緑組の席からも、それに答える声がわきおこった。 つぎは左側に三回にわたって十字を切り、観衆を祝福した。騒ぎは しだいに大きくなる。彼は純白のネッカチーフを地上に投げた。ゲ 「青組、緑組万歳 ! 」 1 ム開始 ! テオドラが体を伸ばして、あくびをした。彼女はロー 「両派がユスティニアヌスに抗議して団結しはじめているのです」 。フの裾をまくりあげて、太腿の曲線を吟味しはじめた。頑丈な扉が教師のような口調で、メタクサスが静かにいった。スタジアムをお 。ハタンと両側に開き、最初の戦車四台が現れた。 おいつくした混乱にも、いっこうに動じていない。 「緑組、青組万歳 ! 」 いずれも、四頭立て二輪車だ。戦車が車輪を並べて走りだすと、 2 ー 7

4. SFマガジン 1970年10月号

ろ。これには、おれの祖先の女がみんな書きこんである。十九世紀分の母親をーーーまずーーこ から十世紀まで何百人もた。こんな本を今どぎ持ってるのは、どっ 「・フスなら失格さ」 かのきたならしい元王族ぐらいなものだぜ。やつらにしたって、こ 「なるほど」 れほど完璧じゃない」 「だが、おれのばあさん、これが第一号だ ! それから、大ばあさ 「カ。ヒストラーノがいる」 ん四、五人 ! そのおふくろも、そのまたおふくろも、そのまたお 「あいつのは、たった十四世紀までさ ! どっちにしろ、やつは頭ふくろも ! 」彼の眼は輝いていた。これは彼にとっては神聖な使命 がおかしいんだ。やつがなぜ系図を作ってるかは知ってるんだろなのだ。「もう二、三十世代はかたづけた。だが、もっともっと う ? 」 やってやる ! 」メタクサスはかん高い悪魔的な笑い声をあげた。 「ええ」 「それに、女をころがすのが嫌いなわけじゃない。ほかのやつらは 「やつは気ちがいなんだ。そうだろう ? 」 手あたりしだいにくどく。だがメタクサスは、それを組織的にやる 「ええ。しかし、わからないな、なぜ自分の祖先とそんなに寝たい んだ ! それが、おれの人生に意味と秩序を与えてくれる。おもし ろいだろう、え ? 」 んですか ? 」 「理由を本当に知りたいか ? 」 「人生にこんな強烈な楽しみは、まずないぞ」 「本当に知りたいですね」 メタクサスはいった、「おれのおやじは、冷酷な、憎悪のかたま全裸の女たちが、ポインを並べて横たわり、無限のかなたまで続 いている光景が頭にうかんだ。そのひとりひとりがみんな、テミス りみたいな人間だった。体操と称して、毎朝、朝飯の前に子供たち トクリス・メタクサスとそっくりの精悍な顔つきと、逆三角形の頭 をぶんなぐった。そのおやじのおやじも、冷酷な、憎悪のかたまり みたいな人間だった。子供に奴隷みたいな生活を押しつけた。そのをしている。メタクサスがその列を辛抱強くさかの・ほっていく。立 またおやじも とにかく、おれは専制君主的、権威主義的、独裁ちどまっては、ひとりに挿入し、終ると今度はその隣り、そしてま 主義的な男の家系に生まれたのさ。おれはそいつら全部を軽蔑すたその隣り、さらにその隣り、例のとおりの根気のよさでつぎつぎ る。そうした父親のイメージへの反応が、おれの場合はこれなんと交わり、ついには脚をひろげた女たちに毛が生えだし、顎がなく よりよじめる。。ヒテカントロ。フス・エレクトウスの雌どもだ。だ だ。どこまでもどこまでも過去へさかの・ほって、どれだけ憎んでもナ。 あきたらないそいつらの、女房や姉妹や娘たちを犯していく。そうが、そこにも、時のあけ・ほのめざして、ひたすら列をの・ほってゆく メタクサス・エレクトウス やって、やつらの冷たい、とりすました上っつらをひんむいてやるエレクトしたメタクサスがちゃんといるではないか。・フラヴォー、 メタクサス ! ・フラヴォー わけさ」 「そうすると、じゃ、ちゃんと筋を通すためには、あなたは。ーー自「やってみる気はないのか ? 」 2 2 2

5. SFマガジン 1970年10月号

く、知らないことが多すぎたのだ。自分自身のこともそうだが 「いや、べつにーー」 これは誰でも同じことだーー特に時間局のはたらきについて、あま 「聞くところによると、おたくはギリシャ系らしいな」 りにも無知でありすぎた。そのうち・ほくは、年齢も、頭の回転も、 「母方は、そうです」 「じゃ、たぶん祖先はこの = ンスタンティノープルに住んでるそ。技術も、そして ( レンチ度も自分よりず 0 とうわての男たちと知り キリシャなんかに住あうようになった。・ほくは尊敬の念をもって彼らに対した。サム、 この時代には、ちょっとマシなギリシャ人は、。 シド・・フォノコア、カ。ヒストラ んじゃいない。今この瞬間にも、あんたの先祖にあたるセクシイなダジャー = 、ジ = フ・モンロー ノ。だが年齢、頭の回転、技術、そして ( レンチ度、そのすべてに 娘が、この都を歩いてるかもしれんのだそ ! 」 おいて頂点をきわめているのが、このメタクサスなのだった。彼は 「ええ、まあーーーー」 モーメント ・ほくに運動量を足してくれたのだ、・ほくがほかの男の周囲をまわる 「見つけだすんだ ! 」メタクサスは叫んだ。「 xxxx するんだ ! 最高だそ ! 天国だそ ! 時間と空間に挑戦するんだ ! 神の目玉のをやめ、自分自身の軌道に乗れるように。 あとになって・ほくは、それがメタクサスの仕事のひとつであるこ に指をつつこんでやれ ! 」 とを知った。泣虫の見習いクーリアを連れだしては、「本立ちにな 「もう少し考えないと」と、・ほくは答えたが、そのときにはもう心 るのに必要な傲慢不遜さを彼らに吹きこむのだ。 は決っていたのだった。 メタクサスが率いる旅から帰ってきたときには、・ほくはもはやク ーリアとしての最初の単独任務をすこしもおそれていなかった。心 構えはできていた。メタクサスは、クーリアが、無数の断片から過 去の姿を作りあげる芸術家でもありうることを、・ほくに証明してみ 前にもいったとおり、メタクサスは・ほくの人生を一変させた。彼 せた。そして、・ほくが夢見ていたのが、まさしくそれだったのだ。 は・ほくの運命にさまざまな改変を加えたが、そのすべてが好ましい 危険や責任は、もう少しも気にならなかった。 ものであったとはいえない。しかし、ひとっ感謝しているのは、・ほ 、つこ、「休暇から帰ったら、六人を連れて プロトポポーロスがしナ くに自信を植えつけてくれたことだ。・ほくは、カリスマとチ = ツ。、 のおすそわけにあずか 0 た。ぼくは、メタクサスから傲慢不遜の精一週間の旅だそ、 「休暇なんか返上だ。今すぐでも発ちますよ ! 」 神を学んだ。 それまでの・ほくは、おとなしい、控え目な若者だ 0 た。少なくと「それじゃ、お客が困る。とにかく、旅のあとには休みをとるべ も年長者といるときは、そうだ 0 たといえる。ことに時間局員としし、という規則があるんだ。まあ、ゆ 0 くり休め。二週間後にここ で会おう、ジャド」 ては、押しが弱く、うぶだった。たくさんの失態をしでかしたから、 じっさいよりず 0 と青二才に見られたにちがいない。とにかく若そんなわけで、不本意だが休暇をとる羽目にな 0 た。メタクサス 2 2 3

6. SFマガジン 1970年10月号

ただけだ。時間旅行は、・ほくにとってはいまだにファンタジイだっ た。大混乱のなかで彼らは死刑囚たちをだきかかえると、どこか教 た。名高い女怪物テオドラとセックスなんかすれば、せつかくのフ 会へかくまうつもりなのか、ポートに乗せて金角湾の対岸へと運び アンタジイも現実に引き戻されてしまうではないか。メタクサスは去った。前にこの光景を見ているメタクサスは、愉快そうにゲタゲ 笑った。少しのあいだ、・ほくはそのなかに軽蔑を感じとったようなタと大笑いしている。 気がした。だが、あとになって、彼はこういってくれた。「気にす刑場にあつまった群衆のなかから、数えきれぬメタクサスの顔 るな。せかすつもりはない。しかし心構えができたら、必ず実行すが、 ・ほくを見つめているように思われた。 るんだそ。おれの個人的な体験から推薦してるんだ」 やがて競技シーズンがはじまり、・ほくらはメタクサスと仲のよい 青組一党の賓客として競馬場へ出かけた。観戦する仲間はけっこう 多かった。十万のビザンティン人が、スタンドを埋めていた。大理 石の客席は、定員をはるかに越す人びとで溢れかえっていたが、ぼ くらのために空席が確保されていた。 ・ほくらはそこに二日ほどとどまって、反乱の初期段階を見物し この前の旅で力。ヒストラーノと来ているので、・ほくは自分の姿を た。〈新年のゲーム〉が真近に迫っており、青組も緑組もますます 始末におえなくなりだしていた。乱暴狼藉は、今や無政府状態に近スタンドのなかに捜した。だが、この混みようでは見つけるのは不 可能だった。ただし、メタクサスはむやみと眼についた。 づいており、夜間の外出はこのうえなく危険だった。ュスティニア ぼくらが席につくと、・フロンドのプリンストン女子学生が頓狂な ヌスは苦慮の末、略奪行為を中止するよう両団体に命令し、多くの 首謀者が逮捕された。七人が死罪をこうむった。うち四人は、武器声をあげた。「まあ、あれ ! イスタン・フールにあったわ ! 」見お を所持していたことによって打ち首、三人は謀反の嫌疑で首吊りにろす馬場の中央部に、外側と内側の走路の境界を示す、見慣れた記 念碑が一列に建っている。コンスタンテイヌスが、デルフォイから された。 メタクサスは、・ほくらを処刑の場所に連れていってくれた。青組持ち帰ったヘビの柱、そしてテオドシウス一世がエジプトから盗み だしたトウトメス三世の大オペリスク。時間線をずっと下ったイス のひとりは、体重でロープが切れ、一回目の首吊りをまぬがれた。 近衛兵たちは男をふたたびかつぎあげたが、またもや絞首台は、男タン・フールには、もはや競馬場はない。だが、記念碑は今なお残っ の首筋にまっ赤なあざを作っただけで息の根までとめることはできている。プロンド娘はそれを思いだしたのだ。 「たけど、三つ目のはどこなのよ ? 」 なかった。そこで、男はしばらくあとまわしにされることになり、 緑組のひとりが台上にあげられた。だが、これも二度とも失敗だっ メタクサスが小声でいった。「もう一本のオペリスクは、まだ建 た。虫の息の犠牲者に三回目の試みを行なおうとしているときだっ立されていないんだ。そんなことを話すとためにならないよ」 た。とっぜん数人の怒り狂った修道僧が、修道院からとびだしてきその日はレースの第三日目ーー・あの運命の日だった。数々の皇帝 幻 6

7. SFマガジン 1970年10月号

・ほくらは重要事件を何ひとつ見逃さなかった。ュスティニアヌス にてらされながら、灰がまだあたりで舞い狂っていた。ュスティニ アヌスは、ハギア・ソフィアの黒ずんだ壁面を見つめている。・ほく は、いまだ火勢の衰えない市中へ、聖骨、聖十字架のかけら、モー ゼの杖、アプラハムの羊の角、殉教者の遺骨などの神聖な品物をさらはそんなユスティニアヌスを見つめた。 メタクサスがいった。「彼は新しい教会堂の構想を練っていま さげ持った司教や僧侶たちを送りだした。聖職者たちは怯えながら も勇敢に通りを練り歩き、奇蹟を請うた。だが奇蹟はおこらず、す。エルサレムのソロモンの寺院以来の大建築にするつもりです。 れんがの破片や石ころが滝のように降りそそいだだけだった。ひとおいでなさい、もう破壊はたつぶり見た。今度は、美の誕生を見物 します。みなさん、出発です ! 五年と十カ月後のハギア・ソフィ りの将軍が四十人の衛兵を率いて、聖者たちの救出にむかった。 「あれが、有名なべリサリウスです」と、メタクサスが説明した。 皇帝は勅令を発し、不人気な役人の免職を約東した。だが、すでに 教会は荒され、皇立図書館は放火され、ゼウクシッポスの浴場は破 壊されていた。 一月十八日、ユスティ = アヌスは不敵にも競馬場の民衆の前に姿「つぎの休暇には、おれの別荘を訪ねてくれ」と、メタクサスがい をあらわし、平和を呼びかけた。彼は緑組からやじり倒され、投石った。「一一〇五年に住んでる。アレクシウス・コムネヌスが善政 フォルム のなかを逃げ去った。コンスタンテイヌスの広場で、ぼくらは、ヒ を敷いている時代だ。びちびちした娘っ子と、ワインをたつぶり、 パテイウスという無能な親王が、反乱者たちによって皇帝に擁立さ あんたのために用意しておくからな。来るだろう ? 」 れるのを見た。ベルサリウス将軍が、ユスティニアヌスを救うた ・ほくの心は、このとがった顔の小男への讃嘆の気持でいつばいだ め、軍勢を引きつれてくすぶり続ける市中を行進するのを見た。謀った。旅も終りに近づぎ、あとはトルコ人の征服を残すだけだっ 反人たちが虐殺されるところも見た℃ た。だが彼はとうに、目のさめるような手ぎわで、霊感を得たクー ・ほくらはすべてを見た。メタクサスだけが、なぜとりわけクーリ リアと単に有能なたけのクーリアの違いを、・ほくに教えてくれてい アのなかでも引っぱり凧なのか、その理由も・ほくは知った。たしか にカビストラーノは、退屈しないショウを見せようと・ヘストを尽し職務に一生を捧げて、はじめてあれほどの成果を生みたし、あれ た。だが彼は、初期の段階にあまりにも時間をかけすぎたのだ。時ほどのショウを提供できるようになるのだ。 メタクサスは、ただ標準的な重要事件を見せてくれたばかりでは 間線上をめまぐるしくとびながら、この惨事の全貌をあますところ なかった。あちらで一時間、こちらで二時間というふうに、小さな なく見せてくれたメタクサスは、最後に、秩序が回復される朝、う ちひしがれたユスティニアヌスがコンスタンティノー。フルの黒こげできごとを合間にたくさんはさむことによって、ハギア・ソフィア の廃墟を視察に出ている朝へと、・ほくらを連んだ。朝焼けの赤い光のモザイクも顔色を失うほどの、壮麗なビザンティン史のモザイク こ 0 幻 9

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の機能を停止するのだ。いったいどういうつもりで、メタクサスは行なったこともある、という話も耳にしています。プロコ。ヒウスの ・ほくらをこんな犯罪者どもに近づけたのだろう ? 言葉どおり、真底から堕落した女なのです」 メタクサスの眼は輝いていた。いわれなくても、彼がテオドラと だが、それだけのことはあった。その夜、・ほくらは青組とともに ペッドをともにした経験があることは見当がついた。 コンスタンティノープルを彷徨しながら、彼らが略奪し、凌辱し、 「とりはからってあげてもいい 殺害するところを見物した。ほかの市民にとっては、死はその街角その日遅く、彼がささやいた。 ヒザンテイウムの皇后と寝るなん を曲ったところに待ちかまえている。だが、・ほくらだけはその恐怖ぜ。危険性も大したことはない。。 政治に無関係な、特別扱いの見学者だった。メタクサスは、寸足らて、想像したこともないだろう ? 」 ずの悪魔のように、その略奪行の主人役をつとめ、青組の友人たち「そのリスクがーー」 といっしょに暴れまわり、彼らのために犠牲者をひとりふたり見つ「何のリスクだ ? タイマーがちゃんとあるじゃないか ! って逃げられるさ ! よく聞けよ、坊や、彼女はアクロ・ハット・ダ けだすことさえした。 かかとで、おまえさんの頭を抱きしめてくれる。 ンサーなんだー 朝には、すべてが夢のように思われた。暴力の幽霊は、夜ととも に去「てい 0 た。青白い冬の日ざしを浴びて、・ほくらは市中を見て最後の一滴まで絞りと 0 てくれるぜ。手筈をととのえてやろう。ビ ザンテイウムの皇后だ ! ュスティニアヌスの女房なんだ ! 」 まわり、メタクサスの歴史の講義に耳を傾けた。 「いっか、お願いし 「今回はやめときます」・ほくは思わずいった。 「ユスティニアヌスは、偉大な征服者であり、偉大な立法者であ ます。まだこのビジネスにはいったばかりですから」 り、偉大な外交家であり、偉大な建設者であった。歴史はそう判定 「彼女がこわいんたな」 を下しています。しかしまた、。フロコビウスの『逸史』が伝えると 「また皇后と xxxx する心構えができてないだけですよ」・ほくは ころによると、ユスティニアヌスはごろっきであり、愚かものであ 厳粛に答えた。 り、その妻テオドラは、好色な魔性の悪女であったということで 「ほかの連中は、みんなやってるんだぜ ! 」 す。このプロコ。ヒウスを、わたしは知っています。いい男です。聡 「クーリアが、ですか ? 」 明な著述家です。そして道徳家で、ちょっと人にだまされやすいと 「ほとんどだ」 ころがあるようです。しかし、ユスティニアヌスとテオドラにつし ては、彼は誤っていません。ュスティニアヌスは大きな問題に関し「このつぎの旅で頼みます」そう約束した。彼の言葉に、・ほくは肝 ては偉大な人物ですが、小さな問題に関しては、おそろしく悪辣なをつぶしていた。何とかしてほかのことを考えようと努めた。だが 人物です。テオドラは」ーー彼はつばを吐いた , ーー「娼婦のなかのメタクサスは誤解したようだ。・ほくはべつに、はずかしいとか、ユ 娼婦です。国家的な宴会の席では、はだかで踊り、公衆の面前で自スティニアヌスにつかまるのがおそろしいとか、そういった理由で ことわったのではない。そんなかたちで歴史に干渉するのが厭だっ 分の姿態をひけらかし、召使いを寝室に引き入れます。犬やロ・ハと 幻 5

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を、・ほくらに見せてくれたのだ。ほかのクーリアなら、時間線上で ・ほくはしばしあっけにとられていた。「あなたが何者だか知って せいぜい十回ぐらいストップするたけだ。だがメタクサスの場合るんですか ? 」 は、五十回を越えていた。 「ハ力いうな。おれが時間法第一条をおかすと思うか ? ″上″の 彼は愚かな皇帝がことにお気に入りだった。・ほくらは、どもり皇人間に、おれが未来から来たなんてほのめかしたことが、一度だっ 帝ミカエル二世の演説を聞き、酔いどれ皇帝ミカエル三世の奇行をてあったか ? え 、 ? テミストクリス・メタクサスほどの人間で 見物し、コンスタンテイヌス五世の洗礼式に列席した。この最後のも、あの条文には従うほかはないんだ ! 」 人物は、洗礼のさい、不幸にも聖水盤にそそうをしてしまい、以来自分の祖先をたどることに大いなる情熱を注いでいる点では、メ 生涯コンスタンテイヌス・コプロニムス、小便たれのコンスタンテタクサスも、あのふさぎ屋のカビストラーノと同様だった。ただし イヌスの名で知られた皇帝だ。メタクサスは、一千年にわたるビザ動機はまったく違う。カピストラーノにとっては、それは手のこん トラ / ステンボラル」 - インセスト ンテイウムの歴史のどの時点にも通晩していた。クールに、気軽だ自殺の方法なのだが、メタクサスは祖先相姦のアイデアに に、自信たつぶりに、彼はつぎつぎと時代をとびこえた。 取り憑かれているのだった。 その別荘は、彼の自信と大胆さの証しだった。時間線のかなたに「危いことはないんですか ? 」 第二の自分を作りあげ、過去の市民として休日を全部過しているよ「ビルを服めば、だいじようぶさ。お互いにな」 うなクーリアは、ほかにはひとりもいなかった。別邸の経営管理「ほくのいうのはタイム・パトロールの へつに危いことはな は、現在がべースになっていた。クーリアの任務で二週間外出する「見つからないようにするんだ。そうすれば、・ と、帰ってくるのは、出発の日から二週間後にする。彼は自分を決い」 して重複させず、自分がそこに住んでいる場合には、決して屋敷に 「しかし、もし妊娠させたら、自分の祖先が自分だということにな 近づかなかった。別荘を買ったのは十年前、現在時の二〇四九年、りかねない」 ビザンティン時の一〇五九年のことだ。そして彼は、現在と過去の 「いい話だ」と、メタクサスはいった。 時間経過を正確に守ってきた。つまり、どちらの世界においても、 「しかしーーー」 きようび 過ぎ去った時間は十年間というわけだ。・ほくは、一一〇五年へ行く「今日日、まちがって女を孕ますなんてやつはいないよ、坊や。も 約束をした。そして、光栄です、とつけ加えた。 ちろん」と彼はつけ加えた、「そのうち承知で孕ますときが来るか 彼はにやりと笑って、いった。「おれの大大大 : : : 大おばあさんも知れないがな」 も紹介してやるよ。これが、すごいテクニシャンでな。前に話した時の風がとっぜん暴風に変るのを、ばくは感じた。 ことがあるだろう、自分のご先祖さまとやっちまう話だ。これくら「そんなの、めちゃくちゃだ、アナーキズムだ ! 」 「ニヒリズム、といったほうがいい。いいか、ジャド、この本を見 しいいものはない・せ ! 」 あか はら 220

10. SFマガジン 1970年10月号

「出発したあとは何もかも変るさ」メタクサスは慰めてくれた。 「おまえさんと寝たがる娘が何人も出てくる。その気はあるんだろ 彼の言葉は正しかった。時間線をの・ほった最初の夜、彼はプリン ストンの女子学生のうちひとりを自分用に選んだ。残り二人はすな おに二番目の地位に甘んじた。どういう理由か、メタクサスが選ん だのは、派手なそばかすのある、足の大きな、しし鼻の赤毛の娘だ っこ。・ほくのために残してくれたうちのひとりは、つややかな肌 の、すらりとした、クールな・フルネット美人だった。世界最高の遺 伝子操作医の手になるものにちがいない、その美しさは一点非のう ちどころがない。もうひとりは、暖かな眼差しと、すべすべした肌 と、十二歳の乳房を持った、キュートで陽気なハニー・・フロンドだ った。・フルネットを選んたに ・まくは、たちまち後悔した。べッドのな かの彼女は、まるで。フラスチックでできているような動きしかしな いのだった。明けがた近く、ぼくは・フロンドと交替させ、今度は楽 しいときを過した。 メタクサスはすばらしいクーリアだった。彼はすべての人物、す べてのできごとを知っていて、歴史上の大きな事件を手にとるよう に見渡せる最高の場所へ、ぼくらを誘導してくれた。 「五三二年一月」と彼は説明した。「現皇帝は、ユスティニアヌ ス。彼の夢は、世界を征服し、それをコンスタンティノープルから 統治することですが、彼が数多くの偉大な業績をなしとげるのは、 もう少し後の時代です。都は、ごらんのとおり、前世紀とほとんど 変っていません。正面にあるのが大宮殿。うしろが、テオドシウス ・、シリカ 二世によって再建された ( ギア・ソフィア。旧堂の設計図に従っ たもので、見慣れたあのドームはできていません。市中は、緊迫状 そんなにまでして築きあげたこの ただ当時は、貨幣が存在していな 巨大な建造物の真の目的は何だった かったから、人々が働いた報酬とし て食物や衣料を与えられて生活して のか ? それについては、諸説ふん いたことは確かなのだが、それは普 ぶんで、一種の穀物倉の役目を果し たのではないか ? いや、これは天通に考えられる奴隷の境遇とはまっ たく異ったもので、おそらく当時の 文学的な観測所の役目を果したの 男に強制されたり鞭うたれ だ、いやそうではなく、当時の世界人々は、リ たりしなくても、喜んで仕事に励ん の方角なり何なりの基準として建て たのだ : : : などという説が、いろん だろうと、博士は推測する。 な学者によって出されてきた。 というのは、当時としては王の立 しかし、あらゆる面から厳密に検場は神のそれに等しく、王は「太陽 討してみた場合、やはりけつきよく神ラーの息子」と考えられており、 王の墓として建造されたものと考え死後はその父なる太陽と共に毎日天 るのが妥当だろう。 空を東から西へ旅するものと考えら そこで問題になるのは、この大ビれていた。その上、今日の未開社会 でもあるように、支配者階級の健康 ラミッドをはじめ八十をこえる大小 さまざまのビラミッドがどんな立場状態はその国の国民一般の生活とも の労働者によってつくられたものか緊密な関連がある、と考えられてい たので、生きている間はもちろん死 ということである。当然想像される ことは、これらの労働者がみな王族後もその生活の安楽を守ることが重 たちの奴隷だった人たちで、王の虚要で、そのため堅固な蟇をつくり、 栄心を満すために鞭でうたれながらその中で王の魂が安楽に眠りつづけ ることができるように、と考えたも 血と汗で築き上げたということだ。 実際ローマ以来の数々の歴史家はみのらしい。 したがって、そうした観念に支配 なその点で意見が一致している。 しかしビラミッドが建造された時されていた一般大衆は、国全体の安 代に先立っバビロニアやアッシリア泰のためにまた自分たち個々の平和 の時代には奴隷制度があったが、こな生活のために、喜々として大事業 に奉仕したものと考えられる。 の時代のエジプトにもそれがあった これが今日のエジプト学者たちの という証拠は何一つなく、パキール 博士という著名なエジプト学者が何考えだが、それが果して正しいかど うかは、タイムマシンにでも乗って 年も費してその証拠をさがしまわっ たが、ついに取り上げるに足るほど行ってみなければならないでしよう ね。 のものは発見できなかったという。 ( 近代宇宙旅行協会提供 ) 世界みすてり・とびつく 2 ー 3