ユスティニアヌス - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1970年10月号
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1. SFマガジン 1970年10月号

の機能を停止するのだ。いったいどういうつもりで、メタクサスは行なったこともある、という話も耳にしています。プロコ。ヒウスの ・ほくらをこんな犯罪者どもに近づけたのだろう ? 言葉どおり、真底から堕落した女なのです」 メタクサスの眼は輝いていた。いわれなくても、彼がテオドラと だが、それだけのことはあった。その夜、・ほくらは青組とともに ペッドをともにした経験があることは見当がついた。 コンスタンティノープルを彷徨しながら、彼らが略奪し、凌辱し、 「とりはからってあげてもいい 殺害するところを見物した。ほかの市民にとっては、死はその街角その日遅く、彼がささやいた。 ヒザンテイウムの皇后と寝るなん を曲ったところに待ちかまえている。だが、・ほくらだけはその恐怖ぜ。危険性も大したことはない。。 政治に無関係な、特別扱いの見学者だった。メタクサスは、寸足らて、想像したこともないだろう ? 」 ずの悪魔のように、その略奪行の主人役をつとめ、青組の友人たち「そのリスクがーー」 といっしょに暴れまわり、彼らのために犠牲者をひとりふたり見つ「何のリスクだ ? タイマーがちゃんとあるじゃないか ! って逃げられるさ ! よく聞けよ、坊や、彼女はアクロ・ハット・ダ けだすことさえした。 かかとで、おまえさんの頭を抱きしめてくれる。 ンサーなんだー 朝には、すべてが夢のように思われた。暴力の幽霊は、夜ととも に去「てい 0 た。青白い冬の日ざしを浴びて、・ほくらは市中を見て最後の一滴まで絞りと 0 てくれるぜ。手筈をととのえてやろう。ビ ザンテイウムの皇后だ ! ュスティニアヌスの女房なんだ ! 」 まわり、メタクサスの歴史の講義に耳を傾けた。 「いっか、お願いし 「今回はやめときます」・ほくは思わずいった。 「ユスティニアヌスは、偉大な征服者であり、偉大な立法者であ ます。まだこのビジネスにはいったばかりですから」 り、偉大な外交家であり、偉大な建設者であった。歴史はそう判定 「彼女がこわいんたな」 を下しています。しかしまた、。フロコビウスの『逸史』が伝えると 「また皇后と xxxx する心構えができてないだけですよ」・ほくは ころによると、ユスティニアヌスはごろっきであり、愚かものであ 厳粛に答えた。 り、その妻テオドラは、好色な魔性の悪女であったということで 「ほかの連中は、みんなやってるんだぜ ! 」 す。このプロコ。ヒウスを、わたしは知っています。いい男です。聡 「クーリアが、ですか ? 」 明な著述家です。そして道徳家で、ちょっと人にだまされやすいと 「ほとんどだ」 ころがあるようです。しかし、ユスティニアヌスとテオドラにつし ては、彼は誤っていません。ュスティニアヌスは大きな問題に関し「このつぎの旅で頼みます」そう約束した。彼の言葉に、・ほくは肝 ては偉大な人物ですが、小さな問題に関しては、おそろしく悪辣なをつぶしていた。何とかしてほかのことを考えようと努めた。だが 人物です。テオドラは」ーー彼はつばを吐いた , ーー「娼婦のなかのメタクサスは誤解したようだ。・ほくはべつに、はずかしいとか、ユ 娼婦です。国家的な宴会の席では、はだかで踊り、公衆の面前で自スティニアヌスにつかまるのがおそろしいとか、そういった理由で ことわったのではない。そんなかたちで歴史に干渉するのが厭だっ 分の姿態をひけらかし、召使いを寝室に引き入れます。犬やロ・ハと 幻 5

2. SFマガジン 1970年10月号

が選出され、殺されていったこの競馬場には、不穏な雰囲気がただ観衆も政治の問題はしばらくおあずけにした。メタクサスが愉快そ 冫しナ「テオドラは、あの四人の騎手みんなと寝ているん よっていた。きのうとその前日、ユスティニアヌスがロイアル・ポうこ、つこ。 ックスに現れたとき、客席からはげしい野次がとんだのを、ぼくは だ。彼女のお気に入りはどれだろうな」皇后は心底から退屈してい 知っていた。群衆は、幽閉されている反乱の首謀者たちを解放しろるようだった。この前に訪れたとき、ぼくは彼女がここに来ている と叫んだ。だが皇帝はその声を無視して、レースを続けさせた。きのを見て驚いたものだった。皇后は、競馬場にはいれないものだと よう、一月十三日、コンスタンティノー。フルは爆発するのだ。時間ばかり思っていたからだ。実際そのとおりなのだが、テオドラには 旅行者たちは破壊が大好きだ。これも、きっと気に入るだろう。ぼ彼女だけに通じるルールがあるのだった。 くにはわかっていた。一度すでに、それを見ているのだからあたり 戦車はス。ヒナへ、記念碑の並びへと到着し、ぐるりと回ると逆戻 まえだ。 りはじめた。一レースは、馬場を七周して終る。スタンドの一個所 馬場では、前座の儀式が終ろうとしていた。近衛兵が連隊旗をはに鴕鳥の卵が七個並べられていて、一周まわりきるごとに一個ずつ ためかせて、堂々と行進している。青組と緑組の投獄をまぬがれた取り除かれる。ぼくらは二つのレースを観戦した。やがてメタクサ スがいった。「さて、一時間未来へシャントして、このクライマッ 指導者たちが、冷たい挨拶を交している。そのとき群衆がざわめい た。ュスティニアヌスがポックスにはいったのだ。血色のよい丸顔クスを見物することにします」こんな芸当をするのは、メタクサス の、ちょっと太り気味の中背の男。続いて、皇后テオドラ。体の線だけだ。・ほくらはタイマーを調節すると、衆人環視のなかのジャン にびったりと合った透明な絹をまとい、両方の乳首をルージ = で染プ禁止令をこともなく無視し、一団となってとんだ。競馬場にふた たび現れたのは、第六レースがはじまる直前だった。 めている。二つの赤い点は、薄い繊維を通してのろしのように輝い 「さあ、騒ぎがはじまるそ」メタクサスが幸福そうにいった。 ていた。 ュスティニアヌスが、ポックスの階段をの・ほりはじめた。叫び声競走はとどこおりなく終了した。だが勝利者が栄冠を受けに進み がわきあがった。「囚人を帰せ ! 牢から出せ ! 」皇帝はおだやか出たとき、青組のなかから轟くような叫び声がおこった。「緑組、 にロー・フのひと襞を上げると、最初は客席中央部に、つぎは右側、青組万歳 ! 」 一瞬ののち、緑組の席からも、それに答える声がわきおこった。 つぎは左側に三回にわたって十字を切り、観衆を祝福した。騒ぎは しだいに大きくなる。彼は純白のネッカチーフを地上に投げた。ゲ 「青組、緑組万歳 ! 」 1 ム開始 ! テオドラが体を伸ばして、あくびをした。彼女はロー 「両派がユスティニアヌスに抗議して団結しはじめているのです」 。フの裾をまくりあげて、太腿の曲線を吟味しはじめた。頑丈な扉が教師のような口調で、メタクサスが静かにいった。スタジアムをお 。ハタンと両側に開き、最初の戦車四台が現れた。 おいつくした混乱にも、いっこうに動じていない。 「緑組、青組万歳 ! 」 いずれも、四頭立て二輪車だ。戦車が車輪を並べて走りだすと、 2 ー 7

3. SFマガジン 1970年10月号

・ほくらは重要事件を何ひとつ見逃さなかった。ュスティニアヌス にてらされながら、灰がまだあたりで舞い狂っていた。ュスティニ アヌスは、ハギア・ソフィアの黒ずんだ壁面を見つめている。・ほく は、いまだ火勢の衰えない市中へ、聖骨、聖十字架のかけら、モー ゼの杖、アプラハムの羊の角、殉教者の遺骨などの神聖な品物をさらはそんなユスティニアヌスを見つめた。 メタクサスがいった。「彼は新しい教会堂の構想を練っていま さげ持った司教や僧侶たちを送りだした。聖職者たちは怯えながら も勇敢に通りを練り歩き、奇蹟を請うた。だが奇蹟はおこらず、す。エルサレムのソロモンの寺院以来の大建築にするつもりです。 れんがの破片や石ころが滝のように降りそそいだだけだった。ひとおいでなさい、もう破壊はたつぶり見た。今度は、美の誕生を見物 します。みなさん、出発です ! 五年と十カ月後のハギア・ソフィ りの将軍が四十人の衛兵を率いて、聖者たちの救出にむかった。 「あれが、有名なべリサリウスです」と、メタクサスが説明した。 皇帝は勅令を発し、不人気な役人の免職を約東した。だが、すでに 教会は荒され、皇立図書館は放火され、ゼウクシッポスの浴場は破 壊されていた。 一月十八日、ユスティ = アヌスは不敵にも競馬場の民衆の前に姿「つぎの休暇には、おれの別荘を訪ねてくれ」と、メタクサスがい をあらわし、平和を呼びかけた。彼は緑組からやじり倒され、投石った。「一一〇五年に住んでる。アレクシウス・コムネヌスが善政 フォルム のなかを逃げ去った。コンスタンテイヌスの広場で、ぼくらは、ヒ を敷いている時代だ。びちびちした娘っ子と、ワインをたつぶり、 パテイウスという無能な親王が、反乱者たちによって皇帝に擁立さ あんたのために用意しておくからな。来るだろう ? 」 れるのを見た。ベルサリウス将軍が、ユスティニアヌスを救うた ・ほくの心は、このとがった顔の小男への讃嘆の気持でいつばいだ め、軍勢を引きつれてくすぶり続ける市中を行進するのを見た。謀った。旅も終りに近づぎ、あとはトルコ人の征服を残すだけだっ 反人たちが虐殺されるところも見た℃ た。だが彼はとうに、目のさめるような手ぎわで、霊感を得たクー ・ほくらはすべてを見た。メタクサスだけが、なぜとりわけクーリ リアと単に有能なたけのクーリアの違いを、・ほくに教えてくれてい アのなかでも引っぱり凧なのか、その理由も・ほくは知った。たしか にカビストラーノは、退屈しないショウを見せようと・ヘストを尽し職務に一生を捧げて、はじめてあれほどの成果を生みたし、あれ た。だが彼は、初期の段階にあまりにも時間をかけすぎたのだ。時ほどのショウを提供できるようになるのだ。 メタクサスは、ただ標準的な重要事件を見せてくれたばかりでは 間線上をめまぐるしくとびながら、この惨事の全貌をあますところ なかった。あちらで一時間、こちらで二時間というふうに、小さな なく見せてくれたメタクサスは、最後に、秩序が回復される朝、う ちひしがれたユスティニアヌスがコンスタンティノー。フルの黒こげできごとを合間にたくさんはさむことによって、ハギア・ソフィア の廃墟を視察に出ている朝へと、・ほくらを連んだ。朝焼けの赤い光のモザイクも顔色を失うほどの、壮麗なビザンティン史のモザイク こ 0 幻 9

4. SFマガジン 1970年10月号

) の上にでも寝かされるのだろ ダ = = ル・ = リオット三世は、四〇八年のビザンティンの空のに敷いた ( 3 雋究気黯 下で、ビザンテイウムの皇帝がロ】・フをひるがえらせながら通りすうと思っていたが、予想に反して、ちゃんとしたペッドが並んでお 0 り、・ほろきれを詰めたマットレスがおかれていた。トイレその他の ・ほくは何回も何回も自分にそう ぎてゆくのをながめているのだー いいきかせた。はたから見れば、アルカデイウスなどは、二人のテ衛生設備は、外に出て建物の裏にまわったところにあった。浴室は なく、どうしても体を洗いたければ公衆浴場へ行くしかなかった。 オドシウスのあいだをつなぐ、大して重要でもない、小粒な君主に ・ほくらの一行十人は、ひとつの部屋に泊ることになった。だが、幸 すぎないだろう。だがそれでも、・ほくは震え、動揺しているのだっ た。足元の舗道がゆれ動き、とびはねているようだった。「気分がい文句をいうものはなかった。クロティルデは服を脱ぐと、ランプ わるいの ? 」クロティルデが心配そうにささやいた。・ほくは息を吸売りにつねられて青あざができた柔らかな白い太腿を、はらだたし いこみ、宇宙が静止してくれることを祈った。・ほくはすっかり圧倒そうに見せてまわった。彼女の連れの骨ばったリーゼは、何も見せ されていたのだ。アルカデイウスに。これがユスティニアヌスだつるものがなく、またふさぎこんでしまった。 たら、どうなっていただろう ? コンスタンテイヌスだったら ? その夜、ぼくらはほとんど眠らなかった。一つには、騒音が多す アレクシウスだったら ? ぎたこともある。親王の洗礼を祝う祭は、全市をあげて明けがた近 想像がつくだろう。やがて、ばくはそういった偉大な皇帝たちをくまで騒々しく続いていたからだ。だが、ド アのすぐむこう側に五 見る機会に恵まれた。だが、そのころにはあまりにも多くを見過ぎ世紀初頭の世界がひろがっているのを承知の上で、のんびり眠れる ていたので、感動はしたものの、畏怖の念に圧倒されるといったほ人間がどこにいよう ? どではなかった。ュスティニアヌスで、ぼくが覚えているのは、彼十六世紀未来の昨日の夜、カ。ヒストラーノは、眠れなくて困って がくしやみしたことぐらいのものだ。だがアルカデイウスのことをし。 、るまくを元気づけてくれただが、今夜もまたそうだった。起き 思いうかべるたびに、・ほくの耳にはあのトランペットの音が聞え、 だして、窓の隙間から市中のかがり火を見ていると、カビストラー 眼には空で渦を巻いていた星々が見えてくるのだ。 ノはそんな・ほくに気づき、そばに来て声をかけてくれた。「わかる よ。はじめはなかなか眠れないものなんだ」 「うん」 「女を見つけてきてやろうか ? 」 「いい」 その夜、・ほくらは金角湾を見おろす宿屋に泊った。その対岸、い 「じゃ、散歩しないか ? 」 つの日にかヒルトンや会計事務所が建ち並ぶあたりは、漆黒の闇に つつまれていた。宿屋はがっしりした木造建築で、一階には食堂が「連中を残していっていいのかい ? 」八人の旅行者に目をやって、 ぼくはきいた。 あり、二階以上が寝泊り用の殺風景な大部屋になっていた。板の間

5. SFマガジン 1970年10月号

メタクサスは、通りのむかい側をよたって歩いている不遜な面構 態にあります。反乱がおこるのは、もうまもなくです。こちらへい えの無頼漢の一団に会釈した。八、九人はいるだろう。みな長い髪 らっしゃい」 寒さに震えながら、・ほくらはメタクサスに続いて市中をまわっを肩までたらし、ロひげと顎ひげを花づなのように生やしていた。 た。どのわき道も大通りも、先にカビストラー / と来たときには通髪は前のほうだけ短く刈りこんでいる。チ = ニックは、手首の部分 ではびったりとしまっているが、そこから肩先にかけては途方もな らなかったものだった。そして旅のあいだ、もうひとりの自分や、 くひろがっている。そして、けばけばしい肩マントと半ズボン。腰 力。ヒストラーノはおろか、その一行を見かけたことも、一度もなか った。ありふれた光景に新しいアプローチを発見する・ーーそれもメには、短い両刃の剣をさげていた。狂暴で、残忍そうな風体だっ タクサスの伝説的な特技のひとつなのだ。 もちろん、彼にはそうしなければならない理由がある。この瞬「待っていてください」そういうと、メタクサスは彼らのほうへ歩 間、ユスティニアヌスの都をめぐり歩いているメタクサスは、何十いていった。 青組の男たちは、まるで旧友に対するように彼を迎えた。彼の背 人いるかわからない、他の自分と出会ったりすることは、彼のプロ をたたき、笑い、うかれて大声をはりあげた。会話の内容は聞えな としての誇りが許さないのだ。 「コンスタンティノ 1 プルには、現在二つの市民団体があります」 いが、メタクサスが握手を交しながら、要領よく、明解に、確信あ と、メタクサス。「名前は、青組と緑組。どちらも、千人はいるでるロぶりで話しているのはわかった。青組のひとりがワインのビン しよう。みなトラ・フルメーカーばかりで、その人数が示す以上に大をさしだし、彼はうまそうに一飲みした。そして、ほろ酔い機嫌の きな影響力を持っています。政党というほどいかめしいものではな仕草をしながら男を抱きしめると、巧みに相手の剣を鞘から抜き、 いが、たんなるスポーツ・チームの支持者団体ではなく、性格的に男をさしつらぬく恰好をしてみせた。無頼漢たちは踊りはねて喝采 はその両者を兼ねた存在です。青組はより貴族的で、緑組のほうがした。やがてメタクサスは、・ほくらを指さした。男たちはうなず 下層階級や商人たちとより強く結びついています。どちらも、競馬き、ウインクし、手まねをし、娘たちに秋波を送った。・ほくらはと 場で戦わせるチームを持っていて、またどちらも、政府の政策に対うとう通りのむかい側へ呼び寄せられた。 してある一定の立場をとっています。ュスティニアヌスはむかしか「競馬場へ招待してくれるそうですよ」と、メタクサスはいった。 ら青組に同情的なので、緑組は彼を信用していません。しかし皇帝「ゲームは来週はじまります。お許しが出たので、今夜はこの連中 として、中立の立場をとるようには努力しています。実際には、どのドンチャン騒ぎに同行します , ちらも彼の権力をおびやかす存在ですから、圧迫したいのです。最ぼくは耳を疑った。カビストラーノのときには、見つからないよ 近では、この両派は毎晩のように市中を暴れまわっています。ごらうに気を配りながら、こそこそと歩きまわったものだった。この時 代の夜は、強姦と殺人の巷と化す。闇がおりるとともに、法律はそ んなさい、あれが青組です」 幻 4

6. SFマガジン 1970年10月号

「青組、緑組万歳 ! 」 をおとす恐れがあるからだった。 「ニカー 「緑組、青組万歳 ! 」 「勝利 ! 」 コンスタンティノープルの空は、どろりとした煙でまっ黒におお われ、地平線上では炎が踊っていた。メタクサスはすっかり興奮し 「勝利 ! 」 くさび ていた。煤でよごれた楔形の顔のなかで、眼だけがらんらんと輝い 「勝利 ! 」 ついには、数万のロがいっせいに「勝利 ! 」というその一語を叫ている。ばくらを追いてけぼりにして、破壊者の群にとびこんでし まうのではないか、そんな疑いがわくほどはらはらしどおしだっ び続けるようになった。「ニカー ニカ ! 勝利 ! 」 こ 0 テオドラは笑っていた。ュスティニアヌスは険しい顔で、近衛師ナ 団の将校と協議している。やがて緑組と青組は、競馬場から広場へ「消火夫たちも略奪に加わ 0 ている」彼は大声で説明した。「そ ら、ごらんーー青組が緑組の屋敷に焼きうちをかけている。緑組も と行進をはじめた。そのうしろには、破壊に味をしめた群衆が歓声 負けずに青組の屋敷に火をつけている ! 」 をあげながらっきしたがっている。・ほくらはほどよい距離をおい 大規模なエクソダスがはじまっていた。おそれおののく市民たち て、そのあとを追った。同じように注意深く行動している、何組か の見物客のグルー・フが目にとまった。彼らはどう見ても、ビザンテがあとからあとから港へと押しよせ、アジア側へ運んでくれと船頭 たちに懇願していた。死とは無縁の・ほくらは、かすり傷ひとっ負う イン人ではなかった。 たいまっ こともなく、大破壊のまっただなかを進み、崩れ落ちる旧ハギア・ 市中では、 いくつもの松明がゆらめいていた。監獄は炎につつま ソフィアの壁や、炎に包まれた大宮殿、略奪者や放火者の行動をつ れていた。囚人たちは解き放たれ、看守は火あぶりにされていた。 ぶさにながめた。火の粉の舞いちる小路では、絹をまとった貴族の ュスティニアヌスの親衛隊は手も足も出ず、じっと傍観している。 暴徒の群は、競馬場のむかい側、広場のつきあたりにある大宮殿の女が下層民たちからよ「てたか 0 て強姦され、精液にまみれて泣き 叫んでいた。 門の前に、たきぎの束を積みあげていた。まもなく大宮殿にも火の メタクサスは反乱の経過を巧みに編集して、・ほくらに見せてくれ 手があがった。テオドシウスのハギア・ソフィアも燃えていた。 た。さまざまなできごとがおこる時間を、ずっと昔に調べつくして ひげをはやした僧侶たちが、貴重な聖画像をうちふりながら、燃え しまった彼は、反乱のハイライトをすべて心得ていた。 さかる屋根の上に現れ、地獄へと転落していった。元老院にも火が 「さあ、六時間四十分後へシャントします」 つけられた。すばらしい破壊の饗宴だった。暴徒たちがわめきなが 「さあ、三時間八分後へ」 ら近づいてくると、・ほくらはタイマーを調節し、時間線を下った。 「一時間三十分後へ」 ジャンプは一回につき十分から十五分程度におさえた。さもない と、出発したときには安全だった部分に火の手がまわっていて、命「二日後へ」 幻 8

7. SFマガジン 1970年10月号

輸し . た、時間犯罪者らしい二人組を追って、イスタン・フール・ヒル イ , 文化を象徴する華麗な教会堂。 ) のモザイクが赤面して剥げおちてしま ーヴァード、 トンの泊り客をしらみつぶしに調べてたんだ。おれたちの耳にはい うようなワイセッな言葉まで覚えていた。ハ った話というのが、こうさ。その二人組が持ちこんで、ヒルトンに。フリンストンの大学院にいたときには知り得べくもなかった言葉 来るアメリカ人旅行客に売ってたというのが、一四〇〇年の金だ。催眠教育も、まんざらわるいものではない。 貨とローマ・グラスだ。その売上げで株を買って大儲けして、スイ だが、それだけではソロのクーリアにはなれない。今月のクーリ ス銀行に入れる。それを現在に戻って引出すわけだ。ばっか野郎ア主任、プロトポポーロスのはからいで、・ほくはカビストラー / と め ! そんなことをやれば、何億ドル儲かるかわかったもんじゃな組んで一回目の旅にのぼることになった。それがつつがなく終れ 。売人気の年に買って、一世紀もねかしときや、地球をそっくり ば、二、三週間あとには一本立ちになれる。 買うくらいの金にはなる。まあ、やろうと思えばやれんことはな ビザンテイウムめぐりは、時間局が提供するもっともポビ = ラー ところがだ、ヒルトンのどこをさがしても、その時代のちゃんな旅行のひとつなので、手順はきまりきったものになっていた。ど ヒッポドローモス とした取引の証拠しか出てこないんだ。くそおもしろくもない、いの旅にも必ず盛りこまれているのが、皇帝の戴冠式、競馬場の戦 ったいどうなっちまってんだ ! 」彼はまた・フランデーを壜からガ・フ 車竸走、第四回十字軍の主都略奪、トルコ人の征服。時間線をの・ほ 飲みした。「誰だか知らんが、捜し直すなら勝手にやれ。てめえでって、これだけを見るのに要する日数は七日間。十四日間の周遊旅 勝手につかまえりやいいんだ」 行になると、さらに第一回十字軍のコンスタンティノー。フル到着、 「ここはクーリアのラウンジだぜ」カビストラーノがもう一度いっ 五三二年の反乱、皇帝の結婚式、その他小さなできごとが二つばか こ 0 り加わる。どの皇帝の戴冠式、どの戦車競走を見に行くかといった 聞えた様子はなかった。五分後、ようやく彼が行ってしまうと、 ことは、クーリアのほうに選択権がある。ひとつのできごとに旅行 「パトロールはみんなあんなふうなのかい ? 」 ・ほくはきいた。 者が集中しすぎて〈観衆累積パラドックス〉が大きくなるのを防ぐ 。フロトポポーロスが答えた。「あれは、まだ行儀のいいほうさ。 ためだ。ュスティニアヌスからトルコ人まで、歴史上の重要事件は ほとんどのやつらは、もっとどん百姓よー ほとんど見物する仕組みだが、大地震のある年は避けるようにと注 意されており、また七四五年から四七年にかけての黒死病流行の時 代にはいることも厳禁で、それを犯せばタイム・パトロールから消 去の罰が下るのだった。 ・ほくは、ビザンティン・ギリシャ語の催眠教育を受けた。目をさ現在での最後の夜は、興奮のあまり眠れなかった。ただし、その ましたときには、ビザンティンのスラングで食事を注文し、下着を一部は、クーリアとしての最初の仕事の最中、何か大きなまちがい掲 ビザ ンテをしでかしはしないかという恐怖だった。同僚がついていてくれる 買い、生娘をくどくことができるばかりか、 ( ギア・ソフィア (

8. SFマガジン 1970年10月号

「出発したあとは何もかも変るさ」メタクサスは慰めてくれた。 「おまえさんと寝たがる娘が何人も出てくる。その気はあるんだろ 彼の言葉は正しかった。時間線をの・ほった最初の夜、彼はプリン ストンの女子学生のうちひとりを自分用に選んだ。残り二人はすな おに二番目の地位に甘んじた。どういう理由か、メタクサスが選ん だのは、派手なそばかすのある、足の大きな、しし鼻の赤毛の娘だ っこ。・ほくのために残してくれたうちのひとりは、つややかな肌 の、すらりとした、クールな・フルネット美人だった。世界最高の遺 伝子操作医の手になるものにちがいない、その美しさは一点非のう ちどころがない。もうひとりは、暖かな眼差しと、すべすべした肌 と、十二歳の乳房を持った、キュートで陽気なハニー・・フロンドだ った。・フルネットを選んたに ・まくは、たちまち後悔した。べッドのな かの彼女は、まるで。フラスチックでできているような動きしかしな いのだった。明けがた近く、ぼくは・フロンドと交替させ、今度は楽 しいときを過した。 メタクサスはすばらしいクーリアだった。彼はすべての人物、す べてのできごとを知っていて、歴史上の大きな事件を手にとるよう に見渡せる最高の場所へ、ぼくらを誘導してくれた。 「五三二年一月」と彼は説明した。「現皇帝は、ユスティニアヌ ス。彼の夢は、世界を征服し、それをコンスタンティノープルから 統治することですが、彼が数多くの偉大な業績をなしとげるのは、 もう少し後の時代です。都は、ごらんのとおり、前世紀とほとんど 変っていません。正面にあるのが大宮殿。うしろが、テオドシウス ・、シリカ 二世によって再建された ( ギア・ソフィア。旧堂の設計図に従っ たもので、見慣れたあのドームはできていません。市中は、緊迫状 そんなにまでして築きあげたこの ただ当時は、貨幣が存在していな 巨大な建造物の真の目的は何だった かったから、人々が働いた報酬とし て食物や衣料を与えられて生活して のか ? それについては、諸説ふん いたことは確かなのだが、それは普 ぶんで、一種の穀物倉の役目を果し たのではないか ? いや、これは天通に考えられる奴隷の境遇とはまっ たく異ったもので、おそらく当時の 文学的な観測所の役目を果したの 男に強制されたり鞭うたれ だ、いやそうではなく、当時の世界人々は、リ たりしなくても、喜んで仕事に励ん の方角なり何なりの基準として建て たのだ : : : などという説が、いろん だろうと、博士は推測する。 な学者によって出されてきた。 というのは、当時としては王の立 しかし、あらゆる面から厳密に検場は神のそれに等しく、王は「太陽 討してみた場合、やはりけつきよく神ラーの息子」と考えられており、 王の墓として建造されたものと考え死後はその父なる太陽と共に毎日天 るのが妥当だろう。 空を東から西へ旅するものと考えら そこで問題になるのは、この大ビれていた。その上、今日の未開社会 でもあるように、支配者階級の健康 ラミッドをはじめ八十をこえる大小 さまざまのビラミッドがどんな立場状態はその国の国民一般の生活とも の労働者によってつくられたものか緊密な関連がある、と考えられてい たので、生きている間はもちろん死 ということである。当然想像される ことは、これらの労働者がみな王族後もその生活の安楽を守ることが重 たちの奴隷だった人たちで、王の虚要で、そのため堅固な蟇をつくり、 栄心を満すために鞭でうたれながらその中で王の魂が安楽に眠りつづけ ることができるように、と考えたも 血と汗で築き上げたということだ。 実際ローマ以来の数々の歴史家はみのらしい。 したがって、そうした観念に支配 なその点で意見が一致している。 しかしビラミッドが建造された時されていた一般大衆は、国全体の安 代に先立っバビロニアやアッシリア泰のためにまた自分たち個々の平和 の時代には奴隷制度があったが、こな生活のために、喜々として大事業 に奉仕したものと考えられる。 の時代のエジプトにもそれがあった これが今日のエジプト学者たちの という証拠は何一つなく、パキール 博士という著名なエジプト学者が何考えだが、それが果して正しいかど うかは、タイムマシンにでも乗って 年も費してその証拠をさがしまわっ たが、ついに取り上げるに足るほど行ってみなければならないでしよう ね。 のものは発見できなかったという。 ( 近代宇宙旅行協会提供 ) 世界みすてり・とびつく 2 ー 3