ビザンテイウム - みる会図書館


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1. SFマガジン 1970年11月号

のために、・ほくらはもつばらギリシャ語で話した。だから時間旅行回の休暇で、ここまでやったか。それも、まちがいなしのドウカス のことも、タイム・。ハトロールの悪棘なやり口のことも、話題には ときやがった ! ドウカス ! 」彼はまた系図を調べはじめた。「ニ の・ほらなかった。 ケフォロス・ドウカス、その父親がニケタス・ドウカス、その父親 がーーふむーー・レオ・ドウカスだって ! 。フルケリア・ボタニアテ 食事が終り、こびとの道化師の演技がはじまると、・ほくはメタク サスをそばに呼んだ。「あなたに見せたいものがある」そして、・ほス ! 」 くの系図を記した羊皮紙の巻物をわたした。彼はちらっと見て眉根「どうしたんです ? 」 を寄せた。 「おれはこの連中を知ってる」メタクサスは叫んだ。「ここに招待 「なんだ、これは ? 」 して、しばらくいっしょに過したことがある。やつはビザンテイウ 「祖先の系図ですよ、七世紀までさかの・ほる」 ムでも指おりの金持だ、知ってるか ? そして、やつのワイフのプ 「いっこんなことをやったんだ ? 」彼は笑った。 ルケリアーーーあの美しい娘がーー・」彼は・ほくの腕をカまかせにつか 「こないだの休暇のときですよ」・ほくは、パシリディスおじいさんんだ。「誓うな ? これは、おまえの祖先だな ? 」 「確かですよ」 や、グレゴリオス・マルケジニスとの出会い、ニケフォロス・ドウ カスの時代を訪れたときのことなどを話した。 「すばらしい。よし、。フルケリアのことを話してやろう。彼女はー メタクサスは慎重に系図を調べはじめた。 ーそうだ、十七歳だ。レオは、彼女がまだ子供のころ結婚した。こ こでは、そういうことをよくやるんだ。どんな感じの女かという 「ドウカス ? なんだ、このドウカスというのは ? 」 と、まずウエストがこんなふうで、ポインがこうとびでていて、お 「それが、・ほくなんだ。ドウカスなんですよ、・ほくは。あの書記が なかは引締ってて、その眼に見つめられると体中がカ . ッカとしてく 七世紀までのくわしい系図を教えてくれたおかげで , 「ばかな。あの時代には、ドウカスを知ってるやつなんていやしなる。それからーーこ でっちあげだ ! 」 ぼくは掴まれていた手をふりほどくと、メタクサスの眼の前に顔 をつきだした。 「その部分は、でっちあげかもしれない。しかし九五〇年以降は、 「メタクサス、あなた、まさかーーー . 」 はっきりしてます。・ほくの祖先なんですよ。ビザンテイウムからア ル・ハニアへ、そして二十世紀ギリシャへと、ずっと追跡したんですそれ以上、言葉が出ない。 から」 いや、寝てない、寝たこ 「ーー・。フルケリアと寝たかというのか ? 「これは本当なのか ? 」 女はここにいるだ とはない。神にかけて誓う、本当だ、ジャドー 「誓ってもいいです ! けでたくさんだ。しかし、坊や、ちょっと考えてみろ、チャンスだ 6 「このせんずりかきめ」メタクサスは親しみをこめていった。「一そ、これは ! おれがひきあわせてやる。誘惑のお膳立てはできて

2. SFマガジン 1970年11月号

- , ます。聖母マリアが、まばゆいスミレ色のマントを着て現れ、城壁の数は、四九三隻。ビザンティン側の守りは、八千の兵士と十五隻 の上を歩いたので、トルコ軍は恐れをなして退却した、といいまの軍船です。ヨーロツ。ハ・キリスト教圏からビザンテイウムにきし・ 9 のべられた救いの手といえば、ジェノヴァ人の兵士と水夫七百人だ け。指揮するのは、ジョヴァンニ・ジュスティニアーニ」・ほくは余 「どこに ? 」 . と、女婿がきいた。「奇蹟なんかないそ ! 聖母マリ アなんかいないじゃよ、 . 韻たっぷりに、 このビザンテイウム最後の名将の名をとなえ、過去 こだま 「ジュスティニアーニ・ 「三十分あと戻りして、もう一度見たらわかるかしら」彼の妻が自からかえってくるその谺を重ねあわせた。 「ビザンテイウムは、 : ュスティニアヌス・ーー」誰も気づかない。 信なさそうにいナ ・ほくは説明した。聖母マリアが戦場に現れたわけではなく、スルオオカミどもの餌食になろうとしています」・ほくは続けた。「聞き おたけ タン・ムラットのところに、 小アジアで反乱がおこったという知らなさい、トルコ軍の雄哮びを ! 」 せが届いたのだ。コンスタンティノープルを占領したとしても、逆金角湾には、有名なビザンティンの鎖状防材がはりわたされ、両 に補給路を絶たれ、包囲されてしまう危険がある。それで、スルタ岸につなぎとめられている。港を侵略者たちから守るため、太い丸 ンは攻撃をすぐにやめ、東方の反乱軍を鎮圧する決心をしたのだ。太を鉄の鉤で連結した防衛線だ。それは、一二〇四年に一度破られ オ ( イオ州人一家は、がっかりした様子だった。どうやら本気で聖ている。だが、今度は頑丈だ。 くトルコ軍を ・ほくらは四月九日へと下り、城壁にじりじりと近づ 母マリアを見る気だっ・たらしい。「去年旅行したときは見たんだ」 ながめた。そして四月十二日へとび、トルコ軍の大砲〈王家の砲〉 と、女婿はつぶやいた。 「あれは別よ」と、彼の妻。「あれは本物のマリアよ、奇蹟じゃなが威力を発揮するところを見た。これをトルコのために建造したの くて ! 」 は、ハンガリアのウル・ハンと名乗るキリスト教の背教者だ。二百頭 ぼくはみんなのタイマーを調節すると、時間線を下った。 の牛にひかれて都市へと運ばれたそれは、砲身が直径三フィ 一四五三年四月五日、明け方。・ほくらはビザンテイウムの城壁で重さ千五百ポンドの花崗岩の砲丸を発射することができた。・ほくら 日の出を待った。「都市は、今では完全に孤立しています。征服者の見守る前で、大砲が火をふき、煙がたちのぼった。つぎの瞬間、 メフメットが、ポスポロスのヨーロッパ側に要塞ルーメリ・ヒサリ巨大な岩の砲丸がものうげに、ゆっくりと宙にあがり、大地をゆる を建造したからです。トルコ軍が近づいてきます。さあ、お聞きながすすさまじい勢いで城壁に激突すると、もうもうと土埃を舞いあ げた。都市全体が揺れ、爆発音は長いあいだ耳に残った。「〈王家 暁の光がさした。ぼくらは城壁の上から見おろした。叫び声が怒の砲〉は一日に七回しか発射できません。弾薬の装填に時間がかか 濤のようにわきおこった。「金角湾の対岸には、トルコ軍のテントるのです。さあ、今度はこれをごらんなさい」ぼくらは一週間後へ が見えます , ーー総数二十万。ポスポロス海峡にうかぶトルコの軍船シャントした。侵略者たちが巨砲のまわりにむらがり、発射の準備

3. SFマガジン 1970年11月号

りますが、屋根は木造でーー」 ふうにすごしながら、歴史的事件の精巧なモザイクを作りあげてゆ 観光客六人の構成は、オハイオ州から来た不動産開発業者夫婦、 くのがメタクサス方式だ。一ほくはその両方を体験したが、気にいっ その低脳の娘と彼女の亭主、そしてシチリア人の精神分析医とそのたのはメタクサス方式のアプローチだった。ビザンテイウムのまじ がにまたの短期妻、つまり、富裕階級の典型的な寄り集まりだ。身めな研究家は、広い展望よりも、深い掘りさげを望む。だが、この 廊と拝廊の区別もっかない連中だが、・ ほくは彼らに教会の内部をた連中は、まじめな研究家ではない。さまざまな時代を息つく間もな っぷりと見せ、つぎにアルカデイウス帝治下のコンスタンティノー く飛びあるき、反乱や、戴冠式や、戦車競争、記念碑の建設と破 。フルをめぐり歩いて、これからの旅 2 ( ックグラウンドをのみこま壊、皇帝の誕生と死などをつぎつぎと見せて、ビザンテイウムの絢 せた。二時間後、ぼくは四〇八年へと時間線をくたり、幼いテオド爛たる歴史絵巻を目の前に展開させるのが一番なのだ。 シウスの洗礼式をふたたび見物した。 そんなわけで、ぼくはわがアイドル、メタクサスにならって、人 通りのむかい側に、カビストラーノと並んで立「ている・ほく自身びとを時点から時点へと運んだ。丸一日かけて初期ビザンテイウム が見つかった。ぼくは手をふらなかった。分身は、ぼくに気づいたを見物したのは、カビストラーノと同様だが、・ ほくはそれを六回の 様子もない。カビストラーノとい 0 しょにいたあのとき、今のぼくシャントに分けた。そして第一日目の全行程を、五三七年の 0 ンス はここに立っていたのだろうか ? 〈累積。 ( ラドックス〉の複雑な タンティノープルで終えた。青組と緑組の反乱の結果、黒焦げにな 概念が、心に重くのしかかってきた。ぼくはその考えを心からふり った廃墟に、ユスティニアヌスが建てた都だ。 はらっこ。 「十二月二十七日に着きました。今日、この日、新しいハギア・ソ 「旧 ( ギア・ソフィアの廃墟が見えます。新しい教会堂は、さ 0 きフィアの落成式が = スティ = アヌスによ「て行なわれます。この教 ごらんにな「た赤ん・ほう、未来のテオドシウス二世の援助の下に再会堂が、以前の二つと比べていかに大きいかは、ひと目ごらんにな 建され、四四五年十月十日に開かれますーー」 ればわかるでしようーー世界の驚異のひとつに数えられる途方もな ぼくらは四四五年へとシャントし、新 ( ギア・ソフィアの献堂式い建築物です。 = スティ = アヌスは、数億ドルに相当する金銀を、 をながめた。 これに注ぎこみました」 時間周遊旅行の案内方式には、二つの考えかたがある。一週間に 「これが、今イスタン・フールにあるあれ ? 」不動産屋の女婿が疑わ 四つか五つの名所を訪れ、居酒屋、宿屋、裏通り、市場などにたっしげにきいた。 ミナレット ぶりと時間をかけ、観光客たちが各時代の雰囲気にこころゆくまで 「そう、基本的には同しものです。もちろん、尖塔は見えませんー 漬れるよう、のんびりと動くのがカビストラーノ方式。上述の名所 ーモスレムがこれを回教寺院に改装したとき、つけ加えたものです を訪れる点では同様だが、そのほかに二十ないし四十個所のさほどから。ーーそれから、ゴシ , ク式の扶壁もまだ作られていません。も 有名でない史蹟にも立ちより、ここで三十分あそこで二時間という うひとつ、あの大ドームにも見覚えはないでしよう。現在のものよ

4. SFマガジン 1970年11月号

に直面した。タイム・パトロールに助けを求めることは自尊心が許「どれが、その隠者ベトルスなの ? 」一行のなかで、いちばん手に さず、おかげで〈重複パラドックス〉をおかし、〈通過線転位パラおえない女がきいた。ディモインズ ( ア オ。州首都イ ) から来た、四十 8 ドックス〉すら味わう羽目になってしまったのだ。しかし、われな くらいの丸々と肥った独身女性だ。名前はマージ・ヘファリン。 がら感心するほど、みごとにその難局を切り抜けた。 ぼくは時間を確かめた。「あと一分半で見ることができますよ。 事件がおこったのは、九人の観光客を連れて第一回十字軍のビザアレクシウスは二人の役人を使いに出して、ベトルスを宮廷に招待 ンテイウム到着を見物しているときだった。 したのです。貴族たちが着くまで、ベトルスの率いる暴徒をコンス 「一〇九五年、教皇ウル・ハヌス二世は、聖地をサラセン人の手からタンティノープルに滞在させなければなりません。軍隊の護衛なし 解放しようと呼びかけました。まもなくヨーロツ。ハの騎士たちが、 で彼らが小アジアにわたれば、トルコ軍に皆殺しにされることはわ 十字軍へと加わりはじめました。ビザンテイウムの皇帝アレクシウかりきっていますから。ごらんなさい、あれがベトルスです」 スも、そのような聖戦を歓迎したひとりでした。トルコ人やアラブ ダンディな恰好をした二人のビザンティンの高官が、群衆のなか 人に奪われた近東の領土を奪いかえす好機だと考えたからです。百 から現れた。明らかに息をとめているのがわかる。できれば、鼻も 戦錬磨の騎士たちが異教徒の征伐を助けてくれるなら、何百人来よっまみたいところだろう。二人にはさまれて、ぼろをまとった、う うと喜んで迎えよう。アレクシウスは、教皇にそう書き送りましすぎたない、みす・ほらしい、はだしの、長い顎の、小鬼のような男 た。しかし、予想に反してやってきたのはーーその成行きをこれか が歩いていた。あばた面に、眼だけがぎらぎらと輝いている。 ら見物します。一〇九六年へ下りましよう」 「皇帝に謁見にむかう隠者ベトルスです」 ぼくらは、一〇九六年八月一日へシャントした。 ・ほくらは三日後にシャントした。民衆十字軍はコンスタンティノ コンスタンティノープルの城壁にの・ほり、市外を見わたすと、あ ー。フルにはいり、このアレクシウスの都市で乱暴狼藉をはたらいて たりは軍隊で埋まっていた。鎖かたびらを着た騎士たちではない。 いた。たくさんの建物が火につつまれていた。十人のにわか仕立て ぼろをまとった農民の大混成部隊だ。 の十字軍兵士が、教会の屋根にのぼり、どこかで売って金にするつ たん 「これが、民衆十字軍です。職業軍人たちが、進軍のさいの兵站術もりだろう、鉛板をはがしていた。嵩貴な家柄の生れらしいピザン を練っているあいだに、隠者ベトルスの名で呼ばれる、インチキ教ティンの女が、ハギア・ソフィアから現れたが、たちまちベトルス 祖くさい痩せた小男が、乞食や農民をかりあつめてビザンテイウム配下の巡礼者の一団にはだかにされ、ぼくらの目の前で犯された。 へとおしよせたのです。彼らは行く先々で略奪を重ね、南ヨーロッ 「このならず者の群を市中に入れたのは、アレクシウスの計算違い 。ハの収穫物を踏みにじり、ビザンティンの行政官と対立してベルグでした。いま彼は、ポスポロスの渡し船を無料で貸しだし、この連 ラードを焼きはらいました。そして、とうとう三万人がここまでた中をアジア側に追いやる工作をしています。八月六日、彼らは出発 どりついたのですー します。まず彼らは、小アジア西部にあるビザンティン植民地で虐

5. SFマガジン 1970年11月号

の時代の人びとの未来を知っているが、彼らは知らないのだ。一一た。長い黒ひげをはなやかに編み、金モールで精巧に飾りたてたロ 七五年のビザンテイウムは、繁栄に酔う、楽天的な都だった。ぼく ー・フをまとった、堂々たる人物だ。その胸には、大きな宝石をちり 8 はただ不吉な前兆を無意味なもののなかに見ているのだった。 ばめ、金箔をきせた十字架の。ヘンダントがさがっている。両手に 現皇帝は、マヌエル一世コムネヌス。優れた人物だが、その長いは、たくさんの指環がきらめいている。高貴の人ニケフォルスが宮 輝かしいキャリアもそろそろ終りに近い。不幸が近づいているの殿から出るところをながめようと、あたりには人だかりができてい だ。コムネヌス朝の皇帝たちは、十二世紀のすべてを費して、一世た。 紀前トルコに奪われた小アジアを取り戻そうと努力してきた。時間彼は馬を進めながら、群衆にむかって優雅に硬貨をふりまいた。 線を一年くだった一一七六年、ミ、レオケファロンの戦いで、マヌばくも、一枚を手に入れた。アレクシウス一世時代の薄い、みす・ほ エルが一夜にしてアジアの全領土を失ってしまうことを、ぼくは知らしいべサントで、ヘりが欠け、すりへっている。通貨の品質は、 っていた。それ以後、ビザンテイウムは凋落する一方となる。だ このコムネヌス家の時代に極端に低下した。だが、悪質な金貨とは が、マヌエルはそれを知らない。知っている人間は誰もいないの いえ、それを種々雑多な取りまきの群衆に投げ与えるのは容易なこ ど。ぼくを除いては。 とではない。 ぼくは金角湾めざして進んだ。この時代には、山の手が市の最重ぼくは、そのすりきれた、油じみたべザントを今でも持ってい 要部となっている。物事の中心は、 ( ギア・ソフィア / 競馬場 / アる。ぼくにとって、それは、ビザンティン時代に生きた大大大・ : ウグスタ工オン区域から、市の北端、防壁の出会う角にある・フラケ大おじいさんが、ぼくに遺してくれた形身なのだ。 ルナ工地区に移っていた。十一世紀の末、時の皇帝アレクシウス一 ニケフォルスの戦車は、皇帝の宮殿のある方向に消えた。ぼくの 世が、古ぼけ、混乱した大宮殿を見限り、なぜかこの地に宮殿を移そばに立っていたみすぼらしい老人は、ため息をつきながら、何回 「ニケフォルス様に神の恵みが したのだ。いま栄光につつまれて、そこに君臨しているのは、彼のも何回も十字を切り、つぶやいた。 孫のマヌエル。そして金角湾に沿った近くの土地に、封建領主たちございますようにー・まったく、すばらしいお人じゃ ! 」 の大家族が新しい宮殿を建てて住んでいた。 、 - 彼こよ、また左手 老人の鼻は、その根元から切り落されてた。 / 冫ー これらの大理石の建物のなかでも、もっとも美しいもののひとつもなかった。 , 後期のこの時代になって、慈悲深いビザンティン人 カぼくの何十代も前の祖先にあたるニケフォルス・ドウカスの屋は、肉体の破損を多くの小犯罪の刑罰として定めた。ュスティ = ア 敷なのだった。 ヌス法典では、ほとんどすべて死刑だったのだから、これは一歩の ぼくは午前中の大半を費して宮殿のあたりをうろっきまわり、そ前進だ。生命をなくすより、眠や舌や鼻をなくすほうがどれだけマ の荘麗さに酔い痴れた。正午に近いころ宮殿の門があき、ニケフォ シかしれない。 ルスその人が昼どきのドライヴを楽しもうと、戦車に乗って現れ「わしや、ニケフォルス・ドウカス様に一一十年もっかえておったん

6. SFマガジン 1970年11月号

由は、どこにあるのだ ? いる。だが同じ条令がまた、時間局の運営に必要な諸品目だけを例 それによって誰が傷つくというのか ? 外として、過去から触知しうるいかなる物体を運びこむことも禁じ 8 コレッティスがいった、「シ = ペール先生、まったくあんたのいうているのだ。。 ( トロールはそれを金科玉条にして守っているのだっ とおりだ ! やつらは歴史学者を過去へやって、史的記録を修正さた。 せてる。そうだろう ? だが、そういった修正論者の書いた本を出 ・ほくはいった、「ギリシャ劇を捜すのなら、なぜアレクサンドリ すというのは、けつきよく、本来あるべき情報の状態を変えてるとア図書館に行かないんです ? ビザンティン時代に残存している数 いうことになるじゃないか ! 」 の十倍以上も見つかりますよ」 スカラー・マジストレイト 「そうだ」と、 パパスがいった。「たとえばマクベス夫人だ。彼女碩学官シ、ペールは微笑した。それは、利ロだが、何も知 が実際には、残忍な夫の狂った野望をおしとどめようと空しい努力らぬ子供に見せるような徴笑だった。 を続けた、心のやさしい女だとわかったあのときがいい例だ。モー 「アレクサンドリア図書館は」彼は重い口調で説明した。「むろ ゼの話でも、 しい。リチャード三世のことでもし 、、。ノヤンヌ・ダル ん、わたしのような学者にとって最大の目標だ。だから、そこは書 クでもいし べンチリイ装置が開発されて以来、おれたちはどれだ 記に変装したタイム ハトロール隊員によって常に見張られてお け歴史の欠けた部分を埋めたかわからない。それなのに る。聞くところによると、毎月数人は逮捕されるそうだ。わたしは 「ー・・・・・・それなのに、文学史の欠けた部分を埋めるのが、なぜいけなそんな危険はおかさない。 ここビザンテイウムでは、ゴールは少し いんだ ? 」コレッティスはそう いかけると、「シャベール先生にばかり遠くなるが、挙動はさほど目立たなくなる。これからも捜し 乾杯 ! そんな戯曲なんてのは、ありったけかつばらっちまえ、先続けるつもりだ。ソフォクレスの九〇篇のうちいくつかは、必ずど こかにあると思う。それにアイスキュロスの多くの作品のどれか、 「危険が大きすぎる」と、シュペールはいった。「もしつかまればそれからーーー」 ば、きびしく処罰されるだろう。学界における地位も失うかもしれ ん」生殖器と別れるほうがまだマシだといわんばかりの口調で、彼 はいった。「法律とは。ハカげたものだよーー小心者ばかりだ、タイ アヒ ム・パトロールというのも。高潔な意図をもっ改変すら怯えてお その夜の正餐は、豪華な祝宴となった。スー。フ、シチュー る」 ルの丸焼き、魚、豚肉、羊肉、アスパラガス、マッシュルーム、リ チョウセンアザミ。 タイム・パトロールから見れば、高潔な改変など存在しない。史ンゴ、イチジク、アーテイチョーク ) 、青い陶器の 花たくが食用になる 的記録の修正を認めているのは、それに対して打つ手段がないから卵カップにのせられた堅ゆで卵、チーズ、サラダ、ワイン、ぼくら っしょにテープルについたエウドキア だ。権能付与条令によって、その種の調査だけは特別に許可されてはたらふく食べ、飲んだ。い

7. SFマガジン 1970年11月号

することができた。彼女は微笑をうかべた。その眼には、淫蕩な輝写本まで手に入れた。成果はこのとおりだ」彼はふたたび、かかと を鳴らした。 きがあった。 メタクサスは英語で・ほくにいった、「彼女のことは前に話した失われた傑作を回収しているなどと知「たら、タイム・パトロー まくは何もいわなか な。おれの大大大大・ : ・ : 大おばあさんだ。今夜ペッドで試してみルはき 0 とおそろしい顔をするだろう。だが、に った。このメタクサスの別荘にいるということからして、・ほくらは ろ。腰の使いかた、すごいったらないぜ ! 」 = ウドキアは微笑したが、今度のそれには暖かみがこも 0 ていすでに時間犯罪者であり、その他もろもろの時間犯罪の従犯者なの た。メタクサスの言葉の意味は知るよしもないだろうが、自分が話だから。 ぼくはいった、「それらの写本をみな現在へ持って帰るおつもり 題になっていることはわかったのだろう。ぼくは、エウドキアの美 なんですか ? 」 しいヌードをあまりしげしげと見ないように努めた。自分のホスト である男の大大大大 : : : 大おばあさんに、秋波を送っていいものだ「そうさ、もちろん」 「しかし発表できないでしよう ! 持っていてどうなさるんです イつ、つ ; カ ? ・ 美しいはだかの奴隷娘が、羊肉とオリーヴの実の串焼きをさしだ スカラー・マジストレイト した。ぼくは、味わいもせずに嚥み下した。鼻孔に感じられるのは「研究するさ」碩学官シ = ペールはい 0 た。「ギリシャ劇へ の理解を深める。そして時が来たら、考古学者の発見しやすいよう は、エウドキアの香水のにおいだけだった。 な場所に写本を埋めておく。こうして、これらの作品はふたたび陽 メタクサスはワインをよこすと、・ほくを彼女から離した。「シュ ペール博士は、蒐集旅行に来てるんだ。古代ギリシャ劇の研究家の目を見るわけだ。小さな犯罪だ、そう思わんかね ? ソフォクレ スの貧弱なストックをすこし増やしたいと考えただけで、悪人呼ば で、失われた作品を集めてる」 シ、ペール博士はカチンとかかとを鳴らした。典型的なゲルマンわりされるのかね ? 」 ぼくには反対する根拠がなかった。 の衒学者で、ことあるごとに学問的な肩書をひけらかすタイプであ アッハトウンク だいたい、時間線をの。ほって失われた写真や絵画を発見すること ることは、会えばすぐにわかる。気をつけ ! ヘル・スカラー スカラー・ マジストレイト まで法律で禁じるのは、ちょっと行きすぎのような気がしていたの ジストレイト・シペール ! 碩学官シ = ペールはいっこ。 だ。一六〇〇年へさかのぼって、ミケランジ = ロの〈。ヒエタ〉や 「すでに相当な収獲があがっとるよ。むろん、調査ははじまったば レオナルドの〈レダ〉を持ちだす。これがいけないという理由はわ かりだが、しかしビザンテイウムの図書館から、すでにもうソフ オクレスの『ナウシカア』と『トリプトレモス』、 = ウリ。ヒデスのかる。な。せなら〈。ヒ = タ〉や〈レダ〉は一年ごとに現在〈と近づく 『アンド 0 メダ』『ペリアデス』『ファ = トン』『オイディ。フス』、ものであ 0 て、四世紀半の時を一足跳びに越えて現在に現れるもの 9 それからアイスキ 0 スの『ア = トナの女たち』のほとんど完全なではないからだ。だが、失われた芸術を回収していけないという理

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「そして、土をすくいあげ、、ター ハンの上にのせます。それが彼に にふりこんだことを知った。だが上司には、このことは報告しなか 勝利をもたらしてくれた、アッラーへの感謝のしるしなのです。彼った。規則はどうであれ、それだけの仕事をしたという自信があっ 9 は教会堂にはいります。危険ですから、あとについていかないよう たからだ。 に。なかで彼は、モザイクの床をこわしている、ひとりのトルコ兵 を見つけます。彼はその兵士を殴り、神聖な教会堂を傷つけてはな らぬと命じます。そして祭壇にの・ほり、額手礼をします。ハギア・ ソフィアは、もう回教寺院アヤソフィアです。ビザンテイウムは減もうひとっ断言できるのは、一一〇五年のメタクサスの別邸で休 びました。こちらへ。さあ、時間線を下りましよう」 暇をすごす権利も、これでかちとったということだ。もう他人の足 六人の観光客は呆然とした様子で、ぼくにタイマーの調節をまか手まといでもなければ、鼻たれ見習い生でもない。今やぼくは、タ した。ばくは調子笛を鳴らすと、一路二〇五九年へとジャンプしイム・クーリア組合の立派なメイハーなのだ。個人的な意見をつけ 加えるなら、そのなかでも最優秀のひとりではないかと思う。メタ 時間局オフィスへ着くと、例のオハイオ州の不動産業者がぼくのクサス邸で肩身のせまい思いをする必要はなくなったのだ。 ところへやってきた。彼は、いなか者がチップをわたそうとすると掲示板を調べると、メタクサスを、・ほくと同じように周遊旅行を きの特有のやりかたで、えげつなく親指をつきだした。「いや、あ終えたばかりだということがわかった。つまり、別邸にいるという んたがやってくれたことに礼をいいたくてな。ありや、大したもんことだ。・ほくは新しいビザンティン衣装に着換え、べザント金貨を いっしょに来て、この親指がインブット・。フレートを押すの財布に補給すると、一一〇五年へジャン。フする用意を整えた。 を見ててくれんか ? わしの感謝のしるしだ、かまわんだろう ? 」 そのとき〈不連続バラドックス〉のことが、とっぜん頭にうかん 「申しわけありませんが」と、ぼくはいった。「そのような心づけだ。 を受けてはならないことになっているので」 一一〇五年のいつに着けばいいのか、・ほくは知らないのだ。現在 「忘れちまえ、そんなこと。知らんふりをすればいいんだ。わしが時をベースにした、メタクサスのあちらの時間に合わせなければな 勝手にあんたの口座にふりこんだというだけだ、そうだろう ? あらない。今、ぼくの現在時は、二〇五九年十一月だ。だからメタク んたはそれについては、なんにも知らんわけだ」 サスも、彼にとって二〇五九年十一月に対応する一一〇五年のある 「何も知らなければ、振替をことわることはできませんからね」 時点に行っているにちがいない。その時点を、一一〇五年七月と仮 「よし、きまった。しかし、トルコの畜生どもが町にはいってきた定しよう。もしぼくが、それを知らずに 4 ーたとえば、そうーーー一 一〇五年三月にシャントしたとすると、そこにいるメタクサスは・ほ ときの、あれはすごかったー・すさまじいもんだったな ! 」 1 ティにわりこんできた。どこかの馬 翌月届いた収支計算表を見て、彼が千ドルもの大金をぼくの口座くをまだ知らない。楽しい ・ヒッチ・ハイプ サラーム

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じゃ」老人は続けた。「あんないい時代は、もうないわい」 にかかった。彼の鼻の欠けた顔を直視する気にはなれないので、 「なぜやめた ? 」と、・ほくはきいた。 肩に眼をすえたまま話すことにしたが、彼はそれに慣れつこになっ 老人は、腕の切り口をつきだした。「本を盗んだところをつかまているようだった。老人は、ぼくの求めていた情報をすべて持って 、こ。ドウカス家につかえていたあいだ、彼の仕事のひとつは、家 ってな。わしや書記じゃった。自分が筆記した本を、どうしても持しナ っていたかったんじゃ。ニケフォルスはあんなにたくさん持ってお系の写本をとることだったからだ。 る ! 五冊や六冊なくなったって、どうってこともないじやろう老人の言葉によれば、ニケフォルスは一一三〇年生れで、当年四 に ! ところが、つかまって、わしゃ腕をなくし、仕事もなくし十五歳。ニケフォルスの妻は、結婚前の名前をゾエ・カタカロンと た。十年になるわ」 いい、二人のあいだには七人の子が生れた。シメオン、ヨハネス、 「鼻は ? 」 レオ、・ハシル、ヘレナ、テオドシア、そしてゾ工だ。ニケフォルス ・ドウカスの長男で、父親のニケタスは一一〇六年に 「あのおそろしく寒い冬さ、六年前じゃった、魚の樽をかつばらつは、ニケタス 生れた。ニケタスの妻は、結婚前の名前をイレーネ・ケルラリウス - たんじゃ。あわれな泥棒だわい、しよっちゅうつかまっとる」 「何をして食ってるんだ ? 」 二人は一一二九年に結婚した。ニケタスとイレーネのあい 老人は徴笑した。「施し物と、それから物ごいじゃよ。このかわだには、ほかに五人の子が生れた。ミカエル、イサク、ヨハネス、 ロマノス、そしてアンナだ。ニケタスの父親はレオ・ドウカスとい いそうな老いぼれに、ノミスマ銀貨を一枚めぐんでくれんか ? 」 一〇七〇年に生れた。レオは、プルケリア・ボタニアテスと結 ぼくは手持ちの硬貨を調べてみた。だが運わるく銀貨は、すでに 流通していない、五世紀から六世紀にかけてのビザンティン初期の婚し、二人のあいだにできた子は、ニケタスのほかにシメオン、ヨ ハネス、アレクサンドロス ものばかりだった。もし老人がそんなものを使おうとすれば、誰か 暗唱は果てしなく続き、ドウカス家の系図はビザンテイウムの歴 貴族の蒐集品を盗んだ咎でたちまち逮捕され、もう一本の手もなく してしまうだろう。そこでぼくは、十一世紀初期の美しいべザント史とともに、十世紀へ、九世紀へ、八世紀へとさかのばっていっ た。やがて名前はしだいに不明確になり、記録のあちこちに欠落が 金貨を彼の手に押しつけた。老人は眼を見張った。「おお、もった いない ! 」老人は叫んだ。「わしや、あなたさまの家来じゃ ! わ現れはじめた。老人はデータの不足を詫びながら、眉根を寄せて模 索を続けた。何度か打ち切らせようとしたが、彼はいっこうに黙ら しをどうとでも使ってくだされ ! 「じゃ、近くの居酒屋へちょっとはいろう。ききたいことがあるんず、ついに七世紀のティベリウス・ドウカスなる男までたどりつい た。それは、彼のいうところによると、どうやら架空の人物らし だ、教えてくれ」 「喜んで ! 喜んで ! 」 「これは、おわかりじやろうが、ニケフォルス・ドウカスの家系に ぼくはワインを注文すると、老人からドウカス家の系図を引きだ 7 8

10. SFマガジン 1970年11月号

殺を行ない、 ついでトルコ軍を攻撃しますが、ほとんど全減に近い ロレーヌが近郊の略奪を開始する一方、ゴドフロアはビザンティン 被害をこうむります。もし時間があれば、一〇九七年へ行って、道兵の小隊を捕庸にして、城壁から見える場所で死刑にした。そして ばたにひろがる白骨の山をお見せしますよ。それが、民衆十字軍の四月二日、十字軍はコンスタンティノープルの攻略をはじめた。 未路です。しかし職業軍人たちも行軍を始めています。彼らをなが「ごらんなさい、ビザンティン人はいとも簡単に彼らを撃退してし めることにしましよう」 まいます。堪忍袋の緒を切らしたアレクシウスが、えりぬきの中隊 ぼくは、十字軍が四つの軍団からなっていることを説明した。レを送りだしたのです。復活祭の日、ゴドフロアとポドウアンは降服 ィモン・ド・トウールーズの軍、 / ルマンディ公ロべールの軍、ポし、アレクシウスに忠誠を誓います。これで問題は解決。皇帝は、 へモンドとタンクレドの軍、ゴドフロア・ド・ ・フィョン、ウスタ コンスタンティノー。フルにはいった十字軍のために祝宴を催し、そ ・プーローニ = 、ポドウアン・ド・ロレーヌの軍。十字軍のして手早く船に乗せて、ポスポロスの対岸へわたしてしまいます。 歴史を読んだことのある何人かは、知っている名前を耳にしてうなその数日後には、後続の十字軍・ーー・ポへモンドとタンクレドの軍が ずいた。 到着することを知っているからです」 ぼくらは、一〇九六年の最後の週にシャントした。「アレクシウ その名が出たとたん、マージ・ヘファリンが、感きわまったよう スは、民衆十字軍からひとつの教訓を学びました。彼は、十字軍をな小さなうめき声をもらした。そのときに、ぼくは気づいてしかる コンスタンテイメー。フルに長いあいだ逗留させないことに決めましべきだったのだ。 た 0 聖地へむかうには、ビザンテイウムを通過しなければなりませ ぼくらは後続の十字軍をながめるため、四月十日へとんだ。数千 ん。だが、それをなるべく短期間に終らせるのです。そして市内にの兵士が、ふたたびコンスタンティノープルの城壁のそとにキャン はいる前に、指揮官を呼び、自分への忠誠を誓わせるのです」 。フをはった。彼らは鎖かたびらに外衣といういでたちで尊大にのし っちほこ ・ほくらは、ゴドフロア・ド・・フィョンの軍が、コンスタンティノ歩き、退屈すると剣や槌矛で楽しそうにわたりあった。 1 プルの城壁のそとにキャンプをはるのをながめた。使者たちが忙「どれがポへモンド ? 」と、マージ・ヘファリンがきいた。 しく往復している。忠誠を求めるアレクシウス、それを拒否するゴ ぼくは平野を見わたした。「あれがそうです」 ドフロア。ぼくは細心の編集で、四カ月を一時間足らずに縮め、聖「オウ 地の解放のためには本来協力しあわなければならない十字軍とビザ彼は偉丈夫だった。身長はおよそ二メートル、この時代にあって ンティン人のあいだに、不信と反目がひろがってゆくのを見せた。 は巨人であり、並いる男たちのなかでひときわぬきんでている。広 ゴドフロアは、かなくなに忠誠を拒み続ける。アレクシウスは、十い肩巾、厚い胸板、短く刈った髪。奇妙に白い肌。堂々とした歩 字軍をコンスタンティノープルへ入れないばかりか、飢えで苦しめみ。タフで冷酷な野性の男だ。 て退却させようと、キャンプの封塞をはじめた。ポドウアン・ド・ 彼はまた、他の指導者たちよりも利ロだった。アレクシウスとい ー 05