答え - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1970年11月号
40件見つかりました。

1. SFマガジン 1970年11月号

うとした。 いというように、・ほんやりとタイプライターを見つめていた。それ 「シン、きみがタイ。フしたのかい ? 」 から背を伸ばし、道具を集めると、もとの引出しにしまった。 「しいえ」 「何もかも変だな」 「間違いないのか ? 」 かれはそう言い、部屋の中を歩きまわりはじめた。 きれ 「ええ」 シンシアは自分の机から布を出して機械についた指紋採取用の粉 彼女は手をのばしてその紙を機械から出そうとした。かれはそのをふきとり、それから坐りこんでかれを見つめた。かれがこの問題 手を押えた。 にいらいらしているあいだ、彼女は黙っていた。彼女の表情は心配 「さわるなよ、指紋だ」 そうだったが、自分がどうなったのかと心配しているのではなくー 「ええ : : : でも、これからは指紋など取れないような気がするわ」 ー母性愛的なものからというものでもなかった。それよりむしろ、 二人のこととして心配していたのだ。 「そうかもしれないな」 かれはとっぜん言った。 それでも彼は自分の机の引出しから道具を出して、その紙とタイ 。フライターに銀色の粉をふりまいてみたーーーそのどちらも結果はゼ : これは止めなければいけないことだ ! 」 ロだった。面くらったことには、シンシアの指紋までなかった。 , 彼「いいわ : : : 止めましようー彼女はうなずいた。 「どうやって ? 」 女は事務所の中をビジネス・スクール風にきちんとしておく習慣が あり、毎日の終りにはタイプライターを掃除してふいておくことに 「休暇を取ることでよ」 していたのだ。 かれは首を振った。 「これから逃げ出したりはできないね。・ほくはどうしてもっきとめ かれが仕事をしているのを見つめながら、彼女は言った。 「どうもあなたは、あの人が入るところじゃなくて出てくるところるよ」彼女は溜息をついた。 を見たらしいわね」 「わたし、知りたくもない気持よ。わたしたちが戦う相手をしては 「え ? どうやって ? 」 大きすぎるものから逃げて、どうして悪いの ? 」 かれは立ちどまって、彼女を眺めた。 「錠をあけてでしよう」 「あの錠じゃあだめさ。忘れているようだが、あの錠はミスタ・イ「いったいどうしたんだ、シン ? きみはこれまで臆病風に吹かれ = ール御自慢の代物なんだぜ。そりゃあ壊すことはできるかもしれたことなどなかったぜ」 「ええ : : : そんなこと一度もなかったわ。でも、そうなる理由もな ないが、あけることはできないはずだよ」 フィーメイル・フィーメイル かったのよ。ねえ、テディ : ・ : わたしがなよなよした女じゃないこ 彼女は返事をしなかったーー何も考えられなかったのだ。かれは 眺めているとどういうことがおこったのか教えてくれるかもしれなと、あなたは知ってるわね。レストランで与太者がわたしに手を出 230

2. SFマガジン 1970年11月号

タクシーを拾おうと、車道をきよろきよろ眺めまわしていた。その いたような気がして、いきごんだ。「テレビ局の人に説ねればわか 様子はちょうど、仲間が銃弾に倒れたためその場に立ちすくみ、仲る筈です」 間を殺した弾丸がどっちの方角からとんできたのだろうと耳を立て 「自分で答えを持っていながら人に言わせるというのは、よくない てあわただしく四周を見まわしている野ウサギそっくりだった。 ですよ」若い男はにやにやした。「しかし、その答えは必ずしも正 『本質テレビ』の局舎は五階建ての、縞模様のビルだった。壁面のしくはありません。第一に、どこまでがテレビ局の人かという問題 縞模様は走査線を模しているらしく、おれには異様な感じだった があります。第二に、テレビ局から金を貰っている人すべてが、現 が、これに郷愁を感じる人間だって、あるいはいるのかもしれな在放送中か否かを知っているわけでもないでしよう。たとえばこの ・ほく。この・ほくはテレビ局から月給を貰っていますから、正式のテ 建物の中へ入って行ったが誰からも咎められることはなかった。 レビ局員といえましよう。そしてこの番組の担当者のひとりです。 あらゆる人間がのべつ出入りしているから、いちいち問い質したりその・ほくでさえ、現在放送中かどうかを知らないんですからね。そ はしないのだろう。広い廊下や、暗く狭い廊下を歩きまわった未、れが現状です , スタジオの中へ入って行った時も、誰からも不審の眼で見られるこ 「現状を知りたいのではないのです」おれはいった。「では、言い とはなかった。 換えましよう。この番組に出演している人なら、放送中かどうかを 海底のような薄闇の中に、さまざまな種類の人間がいた。おと 知っているのではないでしようか。また、カメラを担当している人 な、子供、男、女。彼らは椅子にかけていたり、佇んでいたり、動なら、放送中かどうかを知っているのではないでしようか きまわっていたり、カメラを覗きこんでいたり、時計を見ていた「両方とも、正しくはありません」男は、かぶりを振った。「第一 、黙っていたり、喋りあっていたりした。放送の途中なのか、そに、 このスタジオ内にいるほとんどの人が出演者で、その人たちは うでないのかさえ、よくわからなかった。 人数にして百人足らずです。だからほとんどの人が、現在自分の姿 「放送中ですかー傍らの若い男に、おれはそう訊ねた。 がカメラに入っているかどうか知らず、もし知っている人がいたと 「放送中なのかな」そういって男は首をのばし、あたりをきよろきしても、それが放送されているのかどうかを知らないのです。カメ よろ眺めまわしてから肩をあげた。「よくわかりません」 ラの担当者にしても、現在自分の撮っている映像が果して放送され 「今が放送中か放送中でないか、どの人に訊ねればわかるでしようているかいないかを知ってはいないのです。そしてもし、あなたの 方の質問がそれで終りなら、・ほくはこれからこの・ハケツの中にいっ 「そんな人、いるのかなあ」若い男は困った表情で頭を掻いた。 ばい入った水を便所へ捨ててこようと思うのですが」 「難題たなあ」 「では最後にひとつ、このスタジオの中で、いちばん偉い人は誰で 「難題ではないでしよう」おれは、いささか真相らしいものに近づすか」 4 っム

3. SFマガジン 1970年11月号

「どう ? 」 「何を約東するんだ ? 「ホーグさんの五百ドルを送り返したいのよ。お役に立てないから「この事件にかかっているあいだ、あらゆることをわたしたち一緒 お金を返しますって手紙をつけて」 にするのよ , かれは妻を見つめた。 「いつもそうしてるじゃないか ? 「金を送り返すって ? 馬鹿な ! 」 「本当に一緒につて意味よ。どんなときでも、わたしから見えない かれの顔は何というつまらぬことを言い出したんだというようなところへは行、って欲しくないの」 表情を浮かべていたが、彼女は頑固に言葉をつづけた。 「でもなあ、シン、そいつは不便だぜ」 「ええ、わかってるわ。でも、わたしはそうしたいのよ。わたした「約東して」 ち、離婚沙汰や家出人調査で充分食べていけるわ。こんなことで引「オーケイ、オーケイ、約東するよ」 つばりまわされる必要はないのよ」 彼女はほっとし、幸せそうな表情になった。 「きみはまるで五百ドルを、給仕にやるチップみたいな言い方をし「それでいいわ : : : 事務所へもどったほうが良くない ? 」 「糞くらえだ。ひとっ三本立ての映画でも見に行こうじゃない、 てるぜー いえ、そんなつもりはないわ。でも、あなたの命を : : : 正気さ「オーケイ、テディ」 彼女は手袋とハンド。ハッグを取り上げた。 を賭けるほどの大金じゃあないと思ってるだけよ。ねえ、テディ、 だれかがわたしたちをひどい目にあわせようとしているんじゃなく って ? これ以上深人りする前に、わたしその理由を知りたいわ」 その映画はどれも面白くなかった。ウエスタンの三本立てを選ん 「ぼくもそうだ。だからこそ、・ほくは断わってしまいたくないんだ だのだし、料金もひどく気に入ったのだが、ヒーローは現場監督と よ。糞つ、馬鹿にされてたまるかー 同じような悪漢で、覆面をして馬に乗っている謎の連中も、全く悪 「ホーグさんには何と言うつもりなの ? 」 いやつに見えた。そしてかれがずっと見ていたのは、アクメ・ビル かれは髪を手でかきむしるようにした。すでに乱れていたので別の十三階、長いガラスの間仕切りの向うで働いている職人たち、そ に変わりもしなかったが。 れにデサリッジ & コンパニイの小さな干からびた支配人だった。糞 っ これほど詳しく物事を見たと信じこむほど人間は催眠術にか 「わからないよ。きみが言ってくれないか。何とかごまかすんだ」 「良い考えね、素晴らしい考えだわ。わたしあの人に、あなたは足かるものだろうか ? シンシアもほとんど映画を見ていなかった。彼女はまわりにいる を折ったけれど、明日には治っているとでも言うわ」 人々に心を奪われていた。明るくなるたびにかれらの顔をこっそり 0 「そんなことやめてくれ、シン。きみなら、あいつを扱えるよ」 と見ていたのだ。面白がっているときにこんな顔をしているのな 「いいわ。でもこれは約東しなくちゃだめよ、テディ」 かね

4. SFマガジン 1970年11月号

をかかえながら、夕食の皿をそっけなくみまわした。頭のなかは、 にもじゃまされたくないんだ」 胎性学のことで手いつばいだった。おまけに、夕食までの午後の時かれはあぶなっかしい足どりでテープルを立ち、本をかかえて、 小ばしりに書斎へさがっていった。 間は、図書館の書庫にはいりこんで、胎性学の本をかたつばしから 調べあげるのに、あらかたっかいはたしてしまった。書庫のなか うまい具合に で、これはしめたそと言えるだけの手がかりをつかむまで、まるま と、かれは思ったーー・どうやら手がかりのほう る一時間はかかっただろうか。しかし、相手はどっこい、なかなか は、まちがいのないものをつかまえたらしい。調査をすすめていく しつ。ほをつかませなかった。まず解剖学からはじめて、生理学へう うちに、これは大丈夫だという確信が、しし 、よ、よ深まってきた。そ つり、生化学へうつり : ・ : かれは、半ばうわの空で妻にキスをするれにしても人間てやつは、ずいぶん長いあいだ絶対不変の理論とや と、皿の横に、ペンスンの『寄生虫学』の大冊をおき、そのかたがらを、したり顔で信奉してきたものだ。これまでだって、いま自分 わに、ベストとタイラ 1 の共著になる『医療のための基礎生理学』がっかみかけている手がかりを、いろいろな人間がいろいろな場所 を開きながら、おくれたタ食をとるためにどっかと腰をおろした。 でつかめたはずだ。それなのに、連甲はきっと、知らん顔で通りす へつに調べもせず、関連もつけずに、なん かれはこの重大問題になにもかも捧げつくしていた。年齢の重圧をぎてきたにちがいない。・ となく見逃してきたにちがいない しかし、今はちとちがうそー ひしひしと感しるかよわそうな肩が、な・せかぶるぶると震えてい こ 0 こんなにはっきりした事実を発見することなんか、うす目をあけた ばかりの小僧っこにたってできるじゃないか。だいたい学者連中が 「ねえ、あなた」と、トーリィ夫人が博士の気をひきにかかった。 「お肉の味はいかが 、 ? このごろ、お肉もずいぶんと高いんですのこれまで気づかなかったというのは、かれらがそれをのそきこもう としなかったからなのだ。さあ、これから科学的な調査方法をかた よ」 つばしから洗ってやるそ ! かれは『寄生虫学』にとびこみ、人間 「肉だって ? 」 「そうよ、・フタにくよ。あなた、なにをめしあがってると思ってらの生理にかんするいくつかの章に目を通した。次にダーウインの、 『種の起源』を読み、もういちど胎性学にもどり、ついでに『歯に したの ? どう、おいしいでしょ ? 」 かれはやっと本から顔をあげて、最初に妻の顔をのそきこんでか関する外科知識』の膨大な書物をかじりはじめた。それから、ほっ ら、おもむろに皿のうえの肉に視線をむけた。かれの顔色がこころとひといきいれる間もなく、こんどは人間の鼻の解剖学的所見を論 じた章をさがして、つぎつぎに目をとおしていった。そうしていく もち青みがかった。 、よ、よはっきりとした理論に発展してい 「ああ」かれはそういって、おだやかだが、きつばりとした態度でうちに、なにもかもが、しし 皿をおしのけた。「今夜はどうもね : : : 夕食を : : : たべられそうもった。ーーそれにしても、こんなに重要な比較研究を、いまのいまま ないんだ。やらなきゃならん仕事がたくさんあってね。今夜はだれでだれもやらなかったというのは、どうしても合点がいかないそ !

5. SFマガジン 1970年11月号

ホーガン博士は椅子にすわって、ただポカンとするばかりだっ トーリイは冷たくかぶりを振った。「ぼくはむしろ、ホレイス・ た。目にみえてふるえながら、まんまるい、ふくれた顔にひやあせホーガンが失脚するところを見たいね。そうすれば、きみはもう・ほ をいつばいうかべていた。「きみ : : : きみはまさか、そんなことをくに話しかけることもできなくなるんだ、ホレイス。きみの本を売 公表するつもりじゃあるまいね ! 」かれのささやき声はかすれていれなくしてやるつもりさ」 こ 0 こんどは、さすがのホーガンも席を立たなかった。顔色が紫色か 「うらぎりものめ ! 」と、かれは 「そんな発表が、わしたちの文化にどんな利益をもたらしてくれるらまっ黒にかわろうとしていた。 というんだ ? 他人はどう思う ? なんという ? そんなことを信さけんだ。「きたないやっ ! 出ていけ ! おまえはクビだ ! さ じゃしないさーーーうけいれやしないさ。それがもし真実だとしたあ、出ていくんだ ! やるならやるがいいー だがな、おまえはど こへも行けんぞ。理事会がおまえの耳をひつつかんで、外へ放りだ ら、わたしたちは、これまでの思考プロセスや哲学的価値をそっく り書きなおさにゃならん。そんなことになったら、この世はメチャしてくれるだろうからな。学界では、永久にわらいものあっかい メチャじゃよ、、、 トーリイくんーーきみは、この国の全宗教団体だ。ブタ野郎、死んじまえ ! 」 を敵にまわさなければならんことになるんだそ」 かれは気がちがったように電話をひつつかんだ。かおっきは、ま トーリイ博士はあいかわらずニャニヤしていた。 「いや、ぼくのるで卒中患者そのものだった。「大至急、理事会へ報告してやる。 発表は、おそらく世間にこういうことを信じさせるかも知れないなそしたら、おまえなんかすぐに ホレイス・ホーガンという男がとなえた《類人猿に還る》とい ト 1 リイ博士はおだやかにせきばらいをした。「ホーガンくん、 う妄説は、まったくのたわごとだったとね、どうです ? 」 理事会を呼ぶ必要はありませんな。本当のところをいえば、理事会 ホーガン博士の顔が紫色にかわった。爆発しそうな気持をかろうの幹部たちにはもう話しを通してあるんだ。いまもこの病院の事務 じておさえている様子が、かれの声からよく察せられた。「ねえハ室で、わたしたちの話し合いがつくのを待っている最中なんだ。し 1 マン、・ほくたちは古いっきあいじゃよ、 オしかーー同じ仕事にしたが かも、幹部たちはーーわたしの説にすくなからず興味を示してくれ う同僚じゃないかね いわば兄弟だろ」かれは、その小さなプタてね。うれしいじゃよ、、。 オしカそう、たいへん興味をいだいたようす の目でトーリイをこすっからくみつめながら、ねこなで声でいっ だったよ。そんなわけで、わざわざ・ほくの要請を容れてくれたうえ た。「きみはまさか、・ほくの名誉を失墜させるような真似を、あえ このセント・クリストファー病院まで出向いてくれたというわ てやるまいね。きみのために親味をつくしたこのぼくをさ。きみがけだ」 こんな駈ぎを起こす人間じゃないことは、よく知ってる。どうだ 理事会からやってきた紳士というのは、様子のいい五人の老人だ オしカサラリーを大幅に った。五人とも背が高く、痩せこけていて、厚みのないカギ鼻と、 ね、きみを准教授にすいせんしようじゃよ、、。 いかつい肩と、するどい青いひとみをもっていた。かれらは、病院 アツ。フしてあげようじゃないかーーー」 8 7

6. SFマガジン 1970年11月号

よ ! あなたと二人でアクメ・ビルの中へ入ってゆく直前に、ホー付けに行き、支配人に会いたいと言った : ・ ・ : かれは顔を上げもしな グは立ちどまり、振り向いて、あなたに話しかけたわ。二人が立ち話かった。すぐに貧相な小男が出てきたんで、・ほくはその男にジョナ を始めたので、わたしまごっいてしまったのよ。それからあなたはサン・ホーグという男が雇われているかと尋ねた。かれはいると言 かれと手を組まんばかりにして、ロビーへ入っていったじゃない」 ホーグに会いたいのかと尋ねた。・ほくはいいえと答え、保険会 かれは何も言わずに、長いあいだ彼女を見つめて坐っていた。や社の調査員なんだと言った。そいつは何かまずいことでもあるのか がて彼女は言った。 と尋ね、ぼくはただの調査なんだと答えた。かれが生命保険に申し 「馬鹿みたいにわたしを見つめていないでよ ! 嘘なんかついてな込んだ件についてで、勤めてからどれぐらいになるんだってね。五 年だと、そいつは答えた。ホーグは勤めている連中の中で最も信頼 かれは言いだした。 できる熟練工だと言ったよ。ぼくは、それは結構ですよ、ところで 「シン、・ほくの話を聞いてくれ。・ほくはかれのあとからバスを下ホーグさんは一万ドルの保険を申し込めると思うか、と尋ねた。か り、ロビーまでついていった。すぐ後ろにびったりついてエレベー れは、もちろんですよ、社員が生命保険に入ることはいつだって大 ターに入ると、かれがドアのほうに向くとき、かれの背後へまわり歓迎だと答えた。それが支配人に会ったとき、ぼくが話した口実だ こんだ。かれがエレベーターから出ると、ぼくは半分出かけてまご ったんだ : ・ : ぼくは出てゆくとき、ホーグの作業台の前に立ちどま まごしながらエレベーター・ポーイにつまらない質問をして、かれってガラスごしにかれを見た。やがてかれは顔を上げて・ほくを見つ がだいぶ離れるまで時間をかせいだ。・ほくが廊下の角をまわったとめたが、また下を見た。・ほくがわかったのなら、ぼくにもそうだと き、かれはちょうど 1310 に姿を消すところだった。かれは一度わかったはずだ。あれは完全なスキーゾ、シーゾ : ・ : ・何を言った もぼくに話しかけたりしなかった。ぼくの顔を見たこともない。間 スキ / ーフレニア 違いないよ」 「精神分裂症。完全に人格が分裂することね。でも、テディ 「続けて : : : 」 彼女は青ざめており、やっとそう言っただけたった。 「あなたはかれと話をしたのよ。わたし、見たもの」 「そこへ行くと右側に長いガラスの間仕切りが続いており、それに 「ちょっと落ち着けよ、シン。きみは見たと思ったかもしれん、で 向かって作業台が並んでいるんだ。そのガラスをとおして宝石師、も実際に見たのは別の二人なんだ。・ とれぐらい離れていたんだい 宝石研磨工、どう呼ぶのか知らんが、その連中の働いているのが見 ? 」 える。賢明だな : ・ : うまい商売の仕方だよ。・ほくがその廊下を通っ 「そんなに離れていなかったわ。わたしはビーチャム靴店の前に立 ていったとき、ホーグはもうそこにいた。上着をぬいだ作業衣を着っていたの。その隣りがシェ・ルイ、それからアクメ・ビルの入口 て、拡大レンズを片目にはめていた。ぼくはかれのそばを通って受よ。あなたは背中を角の新聞スタンドのほうに向け、わたしのほう

7. SFマガジン 1970年11月号

売られるものだろうが、尼僧のように上品なものだ。かれは心の中「ちょっと待って、ホーグさん。いささか混乱しているようです で料金を値上げした。目の前にいる小さな男はおどおどしているー な。あなたは、あなたが恐ろしがっていると言われ、それで、あな 8 ー椅子に坐っても落着けないのだ。たぶん女が前にいるからだろたが何に対して恐ろしがっているのかを・ほくに発見しろと言われ う。よろしい ゆっくり煮つめ、それから冷やしてやるのだ。 る。ですが、ぼくは精神分析医ではありません。ぼくは探偵です : ・ほくの聞くことよ。そのことで、探偵にやれることが何かあるのですか ? 「家内がいても気にされることはありませんよ : は、家内もうかがっていいんです」 ホーグは情けなそうな表情になり、それからせきこむように言っ ホーグ氏は立ち上がらなかったが、腰のところから深く頭を下げた。 「わたしが昼のあいだに何をしているのかを、あなたに見つけ出し 「え : : : もちろんです。奥さんにもいていただいて、わたしも嬉してほしいんです , いのです」 ランダルはかれを眺め、それからゆっくりと尋ねた。 「あなたが昼のあいだに何をしているのかを、・ほくに見つけ出せと だがかれはまだ用事は何かを言い出そうとしなかった。 おっしやるのですか ? 」 ランダルはやがて言った。 「さてと、ホーグさん。あなたは・ほくに何か相談されたかった、そ「そう、そのとおりです」 うですね ~ 」 「ふーん。何をされているのかを・ほくに話されたほうが簡単なんじ 「ええ、そうです」 ゃあありませんか ? 」 「お話しできればしたいところですよ ! 」 「では、お話しになったほうが良いと思いますが」 「ええ、そのとおりです。それは : : : つまりですね : : : ランダルさ「なぜだめなんです ? 「わたしも知らないからです」 ん、それが何とも馬鹿げたことでして」 「たいていがそんなものですよ。でも、おっしやってください。女ランダルはちょっといらいらしてきた。 のことで困っていられるとか : : : それともだれかが脅迫状でも送っ 「ホーグさん、・ほくは謎解きごっことなると料金を倍にすることに ひるま てきたのですか ? 」 まくに、昼間やっていることを話 しているんですよ。もしあなたがに 「いえ、違います ! そんなに簡単なことではないのです。わたし されないとなると、・ほくを信用していられないということになりま は恐ろしいんです , すからね、あなたのお役に立つのは非常に難しくなるってわけで 「何がですか ? : ・あなたが昼のあいだにやって す。さて、正直に言ってください : ホーグはちょっと息を吸いこみ、急いで答えた。 いられることは何です。そして、それが事件とどんな関係にあるん です ? 事件はいったい何ですか ? 」 「わからないのです : : : それをあなたに見つけて欲しいんです」

8. SFマガジン 1970年11月号

「テディ、何だか厭な感じがするわ。なぜあの人、こんなにたくさがついていないのだ。 : たカ、かれはさ 6 ん支払う気になったんでしよう」ーー・彼女は紙幣を振ってみせた。 「かれはきっとこれにさわらなかったんだろう : わった。・ほくは見たからね。かれが、恐ろしくなったんですと言っ 「あなたを引っぱりまわすだけのことに ? 」 たとき、両方の肘掛けをしつかり握ったんだ。両方の拳が白くなっ 「それを見つけるさ」 たのを覚えているよ」 「気をつけてよ。赤毛連盟のこと知ってるでしよ」 コロディオン 「軟膏でも塗っていたのかしら ? 」 「赤毛 : : : ああ、またシャーロック・ホームズか。大人になれよ、 「馬鹿なことを。汚れもしていないんだぞ。きみはあの男と握手し シン」 た。手に軟膏を塗っていたかい ? 」 「わたしはそうよ。あなたもそうなっていることね。あの小さな 「そうは思わないわ。それなら気がついたはずですもの。指紋のな 人、悪魔みたいな感じだわ」 い男ね。あの人は幽霊だということにして、もう忘れましようよ」 彼女は居間から出てゆき、金をしまった。それからもとのところ 「幽霊が現金を支払ったりするものか。 に戻ってみると、かれはホーグが坐った椅子のそばに膝をついて、 「ええ、そうね。そんなこと聞いたことないわ」 指紋を検出しようとしていた。彼女が入ってくるとかれは振り向い かれは立ち上がり台所に入ってゆくと、電話をつかみ長距離のダ ィアルをまわした。 「デュ・フクの医師会を。え : 「なあに」 かれは送話口を押えて妻に呼びかけた。 「きみはこの椅子にさわらなかったね ? 」 「もちろんさわったわよ。いつものとおり、かれが来る前に、肘掛「おい、シン、デュプクはどこの州だった ? 」 けを拭いたわ」 四十五分後、何度か電話したあと、かれは荒々しく電話を置いて 「そのことじゃあないんだ。ぼくの言っているのは、かれが帰って言った。 ・ンヨージ・ホームなん 「ひどいもんだな・ : : ・デュ・フクにはセント・ からさ。かれは手袋をぬいだかい ? 「ちょっと待って。ええ、間違いなくぬいだわ。爪がどうのこうのてないんだ。これまでにもなかったし、たぶんこれからもないだろ ・ルノーもさ うってね。それにドクター と言ったとき、あの人の手を見たもの」 「ぼくも見たんだが、・ ほくの頭が変になったのかどうか確かめよう と思ってね。ちょっとこの表面を見てごらんよ」 3 彼女は拭いた椅子の肘掛けを調べてみた。いまは灰色のほこりで 薄く覆われている。その表面のほこりに切れ目はなかった・ー・ー指紋「あそこにいるわ ! 」

9. SFマガジン 1970年11月号

はないんだってことを ! 」 「あなたの指紋をいただきたいんです」 またもホーグは本当に驚いてしまったように見えた。 ホーグは驚いた表情になり、二度ばかり唾を飲みこんでから低い 「でもあるんです。そこにいなかったとしたら : : : 少なくとも、そ 声で言った。 ういう名前だと言われたんだ : : : 」 「なぜわたしの指紋を ? ランダルはドアのほうに向いた。 「なぜいけません ? もしあなたが何もしていないのなら、別にひ 「ふん ! 行こう、シンシア」 どい目に会うわけでもないでしよう ? 」 「あなたはわたしを警察に渡すつもりなんですね ? エレベーターの中で二人だけになると、彼女はかれのほうに向い 「そんなことをする理由は何もありませんよ。あなたに何の恨みも ありませんしね。さあ指紋を取らせてもらいましよう」 「どうしてまた、あんな態度に出たの、テディ ? 」 「いやです ! 」 ランダルは立ち上がり、ホーグのそばへ近づいてかれを見おろすかれは面白くなさそうに答えた。 「反対されるのはかまわないんだが、依頼主に裏切られると腹が立 と、冷やかに言った。 つからさ。あいつはぼくらに嘘ばかりつき、邪魔をし、あのアク 「その両腕を折られたいのか ? 」 ホーグはかれを見てすくみあが 0 たが、両手を伸ばして指紋を取メ・ビルの中では・ほくに何か変な真似をしやが「た。客にあんな真 らせようとはしなか 0 た。身体を丸くして顔をそむけ、両手をし 0 似をされるのは気に入らないね・ = = ・そうまでして金は欲しくない よ」 かりと胸に押しつけているのだ。 彼女は溜息をついた。 ランダルは腕をつかまれるのを覚えた。 「ええ : : : わたしもそうだわ。喜んであの人に返すわ。すんでしま ・イ。ここから出ましよう」 「もう充分よ、テテ ってせいせいした気持よ」 ホーグは顔を上げ、かすれた声で言った。 「どういうつもりだ、あいつに返すって ? ・ほくはあいつに返した 「ええ、出て行きなさい。もうもどってこないで」 りしないよ。ちゃんと稼ぎ取ってみせるんだ」 「行きましよう、テディ」 エレベ . ーターはもう一階に着いていたが、彼女は出ていこうとし : まだすんだわけじゃないんだぞ、ホーグさん 「もうちょっと・ よ、つこ 0 / カー 「テディ : どういうつもりなの ? 」 ホーグは大変な努力をしている様子で、かれと顔を合わせた。 3 「あいつは自分が何をやっているのかを見つけ出すために、・ほくを盟 「ホーグさん、あなたは二度もセント・ジョージ・レスト・ホーム を母校のように言 0 たろう。良く覚えて欲しいね、そんな場所雇 0 たんだ。糞 0 、ぼくは見つけ出してやるそ = = = あいつの協力が

10. SFマガジン 1970年11月号

「うん、つまりだな : : : われらが友、ホーグをどうすれま、 。しし力者ノ 「うまくいくかもしれないし、 いかないかもしれないわ。でもあな えだしたんだ」 たが、わたしたち一緒にくつついていられるようにしてくださるつ 「ホーグ : : : あなた ! 」 もりなら、わたし喜んでやってみるわ : : : あなたがこの仕事をあき 「おっと、こ・ほすぜ ! 」かれは彼女の手からコップを取ってテープらめてしまうつもりはないというのならー かれは彼女が言いだした条件など知らないふりをした。 ルに置いた。「あわてるなよ、シン。どうしたというんだい ? 」 「わからないわ、テディ。ただわたしたち、キケロみたいな大物を「ああ。あいつに電話して、ア。ハートで・ほくらを待っていてくれと 伝えるよ」 豆鉄砲で片づけようとしているような気がするのよ」 「朝飯の前に仕事の話などするんじゃなかったな。コーヒーを飲め かれは朝食テー・フルの上から手を伸ばして電話を取ると、ダイア よ : : : 気分が良くなるから」 ルをまわしてホーグと話した。かれは電話を置いて言った。 「ええ。トーストはいらないわ、テディ。あなたの素晴らしい考え 「まったくかれは妙な男だな : : : 最初、ぼくがだれかさつばりわか らないんだ。そのうちとっぜん、ばっと気がついてまともになった ってどんなこと ? 」 ンン ? よ。もう行けるかい、 かれはトーストを食べながら説明した。 「ちょっと待って 「こうだよ : : : 昨日・ほくらは、かれを驚かして夜の人格にもどして 「オーケイー しまわないようにしようと、かれに見られないでいようとした。そ かれは立ち上がり、低く口笛を吹きながら居間へ歩いていった。 うだったね ? 」 「え、ええ」 ロ笛がとぎれ、かれは急いで台所にもどってきた。 「さて、今日はそんなことをしなくていいんだ。・ほくらはどちら 「シン : も、ひるのようにかれにまつわりついていいんだ。手をつないでも 「どうしたの、テディ 、、。もしそれでかれの昼間の人格に干渉することになってもかま 「居間へ来てくれ : : : 頼む ! 」 わない。・ほくらでかれをアクメ・ビルへ連れていけるんだからね。 あそこへ行きさえすれば、習慣でかれはいつも行っているところへ彼女は良人の表情にとっ・せん心配を覚え、急いでそのとおりにし 行くだろう。違うかい ? た。かれは入口のドアに近いところにある鏡の真下へ引き寄せられ 「わたしわからないわ、テディ。たぶんね。健忘症の人って変なもた四角い椅子を指さした。 「シン : : : どうしてあそこにあるんだろう ? 」 のなのよ。かれ、混乱した状態に落ちこんでしまうだけかもしれな 「あの椅子のこと ? どうしてって、寝る前にわたし、鏡をまっす ぐにしようと思って置いたのよ。そのまま忘れてしまったのね」 「うまくい力ないと思うのかい ? 」 2 給