入っ - みる会図書館


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1. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

ジの指針が底をついてきた。 とをさとった。 エン・フティー たよりなげに、のマークを指して震えている。 スタンドマンは、由紀の顔を知っていたのだ ! やむを得ず、江島は、ガソリン・スタンドを捜しにかかった。一 テレビのニュースが、顔写真をうっしていたにちがいなかった。 分一秒の損失が身を切られるよりもつらい。由紀はまだ眠りつづけさらに、江島は重大な失敗を犯した。釣銭を待たずに、あわてて ている。 出発したことだ。 最初に目についた外資系のガソリン・スタンドに車を乗り入れ スタンドマンは、確信をこめて、電話の送受器をとりあげたにち こ 0 詰所から出てきた、若いスタンドマンに、満タンにするように頼江島は、やにわに街道をはずれて、間道に車を突っこませた。そ んだ。 こは行き止りだった。 オイル点検と洗車のサービスを断わって、じりじりしながら、給「どうかしたの ? 」 油の終るのを待った。 眼をさました由紀は、不思議そうに江島の横顔を眺めた。その眼 詰所の建物のなかのテレビが、高声を響かせていた。 は、なんの疑いもなく彼を信頼しきっていた。 このとき、江島は、はじめていやな予感に襲われた。建物の内部「きみに頼みがある。これから、しばらくの凹眼を閉じていても から、もうひとりのスタンドマンが、こちらに顔を向けていた。ねらいたいんだ。・ほくが許すまで、決して眼を開けてはいけない。・ほ ばりつくような眼ざしであった。 くが、きみにどんなことをしてもだ」 江島は振り向いて、車の後部ガラス越しに、タンクに給油中の若「いいわ」 由紀はためらわずにいった。 者の眼を捉えた。その眼は白く光っているようだった。 のろくさとした手際で仕事を終えたスタンドマンは、代金を受け「ちゃんと眼をつぶって、おとなしくしてます」 とりながら、不自然なほどの関心を、助手席で眠っている由紀の顔「いい子だ。さあ、じっとしてるんだよ」 に注していた。 由紀は、江島のてのひらが、顔の皮膚に触れるのを感じた。 江島は、釣銭をとりに詰所へ入ったスタンドマンが、なかなか戻その感触は、溶けた蝋のように、とめどもなく柔かくなり、顔の ってこないのに業を煮やした。作為さえ感じられた。 全面に拡がりだした。不快ではなかった。ふしぎに親和力で顔の皮 懸念を残しながら、江島は釣銭を待たず、急いでガソリン・スタ膚に密着し、徴妙な快感を呼びさまし、由紀は慄えた。 江島は、車を降りて行き、しばらくして戻ってきた。 ンドを後にした。若者の態度は、不自然すぎた。ひょっとすると、 極度の緊張がおこることを物語っていたのではないだろうか。 しいつけをまもって瞼を閉じていた由紀には、なにが起ったのか 江島は、雷に撃たれたような思いで、詰所のテレビが意味するこわからなかったが、彼はもはやロをきこうとはしなかった。 ー 42

2. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

も、獲物といえるものは、若者の鞍脇にくくりつけてある一羽の雉 だけである。 「彦、やはり、獲物はなかったではないか ? 」 片袖だけをつけた中年の男が、若者のそばへ馬をすすめて話 きろう しかけた。部族の智恵者で、耆老という漢風の名で呼ばれている。 漢の国の言葉で老人という意味であるが、実際はそれほどの歳では よ、。漢語のかたことを口ばしったり、妙に分別くさいことを言っ たりするので、その名がついたのである。 この土 「獲物が少なかったのは、皆の腕が悪かったからではない。 地から姿を消してしまったのだとーーそう言いたいのだな」 彦と呼ばれた若者が答えた。かれらの族長の息子である。獲物を きろう もたずに戻ってきた耆老の一行を、未熟な腕のせいだとののしり、 はたして、このたびの 自分から同行を求めてきたのである。だが、 出猟も、雉一羽を射とめただけという、惨めな有様におわった。こ ういった場合には、族長の息子であっても、いさぎよく非を認めな おきて 木の間をわたる風が冷たく肌をさし、冬の到来の遠くないことをければならない。それが、騎馬の民の掟である。 しろ 思わせた。朽ちた枯葉を踏みしだいて、馬蹄のひびきが近づいてき「そうだ、彦。われらの東には、期盧の国ができあがり、境界をと ざしておる。獲物を追って深入りした仲間は、一人も戻ってこなか それほど多くない騎馬の一隊である。先頭の白馬には、一人の若ったではないか」 かぶと きろ ) くらがわはち 耆老は、得たりとばかりに言った。自分の腕の未熟のせいではな 者が跨がっている。鉄の鉢のついた胃をかぶり、動作の妨げにな あかし らない短い甲をつけている。その下には、白麻の筒袖の衣服をきい証がたったからである。 しろ て、弓矢を手にしていた。 「斯盧の国たと ? そんなものを、誰が決めた。あの土地へ入って いったのも、われら扶余の一族だったというではないか。おれの祖 それに続く者たちは、それぞれ、おもいおもいの恰好をしてい る。獣皮だけしか着ていない者もあれば、漢人から貰ったものらし父の頃には、境界などというものはなかった。いつでも、獲物を追 って入っていくことができたという。もちろん、獲物を奪いあって 、立派な甲胄の片袖だけをつけている者もある。 かりくら 狩倉の帰りにしては、不相応にものものしい扮装であった。しか戦さになることもあったろう。あるいは毛皮と鉄をとりかえること また 第一章渡海 よろい 高句麗 楽浪「 0 馬 \ 辰韓 いでたち 乙筑累 召豸 3 世紀の朝鮮 けいかし 4 5

3. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

しちじゅう ていた。 一滴も雨の降らない日がもう七十余日もつづいていた。 もとは桑畑の、それもかなりよく手入れをされていたらしく、地 しちじゅう 一滴も雨の降らない日がもう七十余日もづいていた。 面の生えぎわからすぐ八方へ枝をひろげた桑の枯木が砂ほこりにま みれて街道の両側につづいていた。桑畑と部落の家並を境する雑木しかしそれだからといって土地の固有のいがとまってしまうわ 林もほとんど葉を落し・まだ残っている葉は赤茶色に変って炙られけでもないし、ましてが折れてしまうはもない。まして蚕や桑 た爪のように反りかえり、樹皮も大きくひび割れて・ほろのように剥や、それらを中心とした日々の営みがとど」おってしまうというこ とはない。しかし部落の誰もが、これは暑のせいなのだ。乾きに げ落ちていた。 土塀も荒壁も道端のごろた石も、触れればさりさりと砕けて粉に乾いた日照りつづきの、砂ほこりに汚れた気のせいなのだ、と思 っていた。 なり、砂ほこりの中に飛び散ってゆきそうだった。 雑木林のかげの用水堀だったらしいから堀の底から、何におどろ いたのか、鳥のむれがどっと舞い上った。そのたたきつけるような危険が去ったとみたか、空の半分をおおって円をえがいていた烏 羽音が雑木林をどよもし、しばらくの間、気の狂ったように高く低のむれが、羽をちちめてつぎつぎと雑木林かげのから堀の底へ降 く旋回した。キシキシキシキシ、キシキシキシキシ、キシキシキ下していった。その羽音がとだえると部落」はにわかに深い静寂が シ。一群が通り過ぎてゆくとつぎの一波が回ってくる。それが去るよみがえった。耳をすませば、かたむいたラばかりの板屋根を擦っ とさらに別なひとむれがやってくる。強烈な陽射しの下を黒い羽をてゆく砂けむりの音が聞えてくるようだっこ。 傾け、ななめにすべって雑木林の梢をかすめると、あるかないかの どこかで板戸のきしむ音がひびくと、家のかげから人影が走り出 風をはらんで大きく浮揚する。その真下が部落たった。 た。小わきにかかえた目ざるの中に、わずかばかりのなえた雑草が 入っている。この染めたように照りかがや青空のほかはただ灰色 せまい街道の両側に軒をならべる棟の高い広壮な町屋造りは、街一色の世界に、たとえほんのわずかひとつまみでも、そのような色 道に面してはめこまれた長い格子戸と、その奥のほの暗い板敷と彩が残っていたというのは信じられないことだった。目ざるをかか あきな で、ここがかってはかなり大がかりな商いの栄えた土地であることえた人影はいっきに路上を横切って反対ーの家並の間の露地へとび でごうし が知られる。さらによく目を向ければ、中二階の出格子、二階の灯こもうとした。そのとき、路上の空間を一本の短い矢が糸を曳くよ でごうし 借、さらに三階の出格子とつみ重ねた結構は、厚板戸に油障子をくうに飛んだ。矢が背中から胸をつらぬくい音が聞え、目ざるは しとみ れた蔀とともにこれが、そのむかし機屋であったことを示してい飛んでなかみが路上に散乱した。矢を追ってあらわれた人影はおど る。それは部落をめぐってひろがる枯木の桑畑とひとつのものであろくほどの早さで路上に散乱した青草をろい上げるとふところに はた り、また同時に糸も機も失われてからすでに久しいことをも物語っねじこんだ。その間も左手に握った半弓はなさなかった。その姿 はたや 8

4. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

これはそちの武器だ。暗黒人どもはこの秘密を知らない。よく見る「他国のお方」彼女は急いでいった。「姫様にお会いの節は、セラ カよし のことをお話しください。長の歳月お待ち申していたのですから」 0 ギャリンは徴笑した。「そうしてあげるよ」 一族のふたりの者が、彼の御前へ金属のかたまりを引き出してき さび 「お忘れにならなければね、他国のお方。わたくしは、一族のあい た。トラルは、杖でその金属に触れた。錆の大きなしまが現われ、 それが表面全体に広がっていった。そしてこんどは、その金属のか だでは身分の貴い一婦人で、いい寄ってくる男も大勢おりますわ。 ししえ、そのわけは申しあげま たまりが崩れ去って、粉になった。一族のひとりが、一度は金属のでも、やはり姫様がおうらやまし、。、 かたまりであったくずの山を踏みつけた。 せぬ。そのときがいたれば、おのずとおわかりになるでしよう。さ 「スララは、洞窟の中央に横たわっておる。だが、ケ。フタの部下どあ、食糧の包みでございます。早くお出かけください、霧のたちこ もは、もう長年ずさんな警戒しかしておらぬ。大胆に入っていき、 める前にふたたびわたくしどものもとへお帰り遊ばすように」 、にまかせるがよい。やつらは、そちの到来、あるいは、そちに関 かくて女と別れた彼らは、先を急いだ。ウルグは、とある下方に いわかべ するスラン様のことばについて、なにひとっ知ってはいぬ」 続く傾斜路を選んだ。その根方の岩壁に窪みがあり、その上のほう ウルグがずいと進み下で、訴えるように両手を突き出した。 でほの暗いパラ色の炎がゆらめいていた。ウルグは、その窪みの中 スキン 「陛下、わたしめがこの他国者と一緒にまいりましよう。彼は、モ へ入っていくと、一足の厚底の半長靴を取り出した。そして、ギャ ーゲルの森やぬかるみの淵のことをなにひとっ知りません。森林地 リンがはいてひもをかけるのを手伝った。それは古代人の男が使用 帯へ入りますれば、かんたんに道に迷ってしーー」 すべく作られていたものだったが、ギャリンにびったり合った。 トラルがかぶりを振った。「それはかなわぬな。スラン様が申さ 前方に延びる通路はせまく、曲折していた。足下にはほこりがう れたとおり、この者は単身でまいらねばならぬ , ず高く積もり、一族の足跡がそこかしこに残って模様を織りなして 終日ギャリンの影のようにつきしたがっていた例のアナが、甲高 いた。とある角を曲がると、薄闇のなかに高い扉がほんのり現われ い声をあげ、つま先だって彼の手を引っ張った。トラルが破顔一笑た。ウルグがその表面を押すと、ガタッという音がして、岩戸はこ した。「そやつめはまいってもよかろう。そやつの目はずいぶんそぢらへむかって開いた。 ちの役に立つであろうそ。ウルグが御先祖の菩提所の表側の入口ま「これが御先祖の菩提所だよ」なかへ踏み込みながら、彼は告け で案内し、そこで洞窟へ至る道筋を教えてくれるであろう。さらば じゃ、他国の人。古代人の魂の御加護があるよう、祈っておるそ」 彼らは、巨大な広間のはずれにいたのだった。その丸天井は暗闇 ギャリンは、一族の支配者に一礼し、踵を返してウルグのあとに に没して見わけがっかない。きらきらと輝く水晶の太い柱によって したがった。ドアの近くに小人数の女たちが立っていた。セラが前大広間は分断され、 いくつもの通廊をなして中央の、楕円形に盛り ねだい へ進み出てきて、小さな袋を差し出した。 あがった高壇へと続いている。この各通廊を寝台が満たし、そのふ レース

5. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

私はもう一度、汗だくになって竿をし・ほり、糸をまきはじめた。 その時、また中ぐらいのあたりがあった。あわててひきよせる と、突然、ガッン、と、岩か何かにひっかかったような手ごたえが淵の濁った水が、底からかきまわされるように大きく渦をまいた。 あった。 額を滝のようにったう汗が眼にしみたが、手をはなすいとまもなか そうやって、一「 三合わたりあっているうちに、突然す 浮きは瞬間的に、淵の底に沈んだ。木の根にでもひっかけたと思 った。グラスロッドの竿が弓のようにしない、糸は水面に斜め一文ぼっとぬけるように、糸の張りがゆるみ、私はどっと尻もちをつい と、私は頭の中で叫んでい 字に張ったまま、びくとも動かない。横へふって、根がけをはずそた。切れた ! あるいは切られた ! こた。曲りがのびて、ビンと立った竿先から、糸がゆるくまがって水 うとしているうちに、ぐうっと斜め向うに糸が動き出した。 れは大変なものをひっかけた、と、私はまっさおになった。水面下面にはっていた。 の手ごたえは、ずしりと重く、巨大な感じだった。いったい何だろ所が、もうすっかりあきらめてリールをまきはじめると、四、五 回巻いた所で、また手答えがあった。ーー私の心臓はまたもや早鐘 う ? ひょっとすると、この淵の主かも知れない。 動いた糸は、また一箇所でじっととまった。私は汗が体中にふきのように鳴りはじめた。糸はまたビンと張り、水底でドラム罐でも いったひきずっているような重い感じで、それでも、ずるずると何かがひ 出すのを感じながら、一寸きざみにリールを巻いた。 こんな大ものに対して、こんな糸と鈎素でもちこたえるだろうきよせられてきた。 か、という危惧が頭をかすめたが、素人の私には答えの出しようも背後で妻が、小さな叫びをあげた。 なかった。まるでトローリングのように、竿尻を腹にしつかりた と、私は汗でぬらっく掌を、ズボンの尻にこすりつけながら、さ て、私はリールをすこしずつ巻いた。逃げ出した時、衝撃で水にひ 冫しナ「たもだ。、、、 ししカ : : : 」一気にひきよせるか きずりこまれないように、大きな岩にしつかり両脚をふんばり、かさやくようこ、つこ。 たくしまったリールを、一目ずつ巻き上げた。糸はビンとはりきつらな」 三メートル先の濁った水面下に、黒い、巨大な影がう て、ビリビリふるえた。これ以上巻けば、切れてしまう。私は両手つい かんでいた。その時は、一メートルぐらいもあるように見え、のど で竿をにぎり、体ごとゆすぶってみた。またもや根がかりしたよう にびくとも動かない。 糸が切れるのを覚悟で、もう一度ゆさぶの所に胃の腑から、かたいものがとび上ってきた。そいつは、水面 ってみると、ぐいとひきずりこまれそうな衝撃がおそってきた。前下で、悠々と胸びれを動かしていた。水面に背びれと灰色がかった たくましい背中がわずかにのそいていた。 に泳いで、竿をもって行かれそうになったのをあやうくふみこた え、私はあわててリールのストツ。フをはずした。リールはカラカラ ロの中が、からからに乾いていた。ひびわれた唇を舌先でしめ と鳴り、糸は三、四メートルほどくり出されて、淵の中央で大きくし、タールのように粘っく唾の塊りをやっとの思いでのみこむと、 輪をかきはじめた。 私は竿をしつかりとっかみなおし、息を吸いこんだ。ふんばった足 2

6. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

る。西小路どのは弓をなされましたな」 「十手や六尺棒を持った下役連中が百人も玉上部落にむかったつつ うだ」 西小路と呼ばれた浪人は自信ありげに腹の底でうなった。 しかま 「世耕どのは松村どの、劔持どの、飾馬どのをともなわれて部落の「多聞寺では日暮れがたから本堂にてかてかっく大ろうそくばとも してごんぎようしてるつだ。ああ、おそろしいことだ。何かはじま 東、知恩院跡の松林に進まれる」 世耕と呼ばれたやや年配の浪人をはじめ松村も劔持も飾馬も、みるだそ。おっそろしいことがはじまるだそ」 なうでにおばえのある者たちとみえ、左手をそっと鯉口にそえてわ「黒羽部落は大陣屋になって馬に乗ったよろい武者が槍ぶすまをな ずかにうなずき合った。刀の束がことに糊で固めたようにてらてららべているとよ。煙硝も山のように運びこんだとよ。これは、おめ え、ひと騒動だぜ。多聞寺さんだって黙っちゃいめえ」 光っているのはこれは血脂の乾いて固まったゆえと見た。 黒羽郷七つの部落はもう一つの玉上部落の運命についてひたいを 「加来どの今井どの、咲山どのはわれわれとともに動く。持ち場は かしら よせてひそひそと語りあった。 正面。差配は稲垣さま。それがしが打ち込みの頭をつとめる。西か らは弓、東からは火攻め。合図とともにいっせいに切りこむ。油を まき、火を放って部落の者どもを南に追いつめる。多聞寺山門前で 落ち合い、あとはいっきに押しつぶす。地雷火はわれわれの方で用赤い大きな月が部落のはずれの雑木林の上にのぼった。昼間の暑 意いたした。部落の者は一人も生かすな」 さは夜に入っても少しもやわらぐことなく、壁も柱も触れればひど 瀬野は紙片から顔を上げず、よく揚の無い口調でいっきに説明しい火傷をおうばかりに火照っていた。 こよい多聞寺討伐の報は黒羽郷一帯を死の恐怖と静寂におしつつ 終って酒が出た。折づめとともに小者にかつがせてきたものであんでいた。酷暑の中で家々は固く雨戸を閉して息を殺していた。 り、稲垣九郎兵衛は多聞寺襲撃に関しては地元部落と必要以上の接弥助の家に陣取った討伐隊は赤い月が雑木林の梢を指三本分だけ 触は避けたいもののようであった。 離れた頃、いっせいに立ち上った。 「念を押すまでもないが、今日の仕事は慎重に、かっ存分に力をふ 討伐隊来たるの報はたちまち黒羽郷一帯にひろまった。ことにかるってほしい。報酬も格別に考えておる」 稲垣九郎兵衛は大刀を腰に落しながらするどい眼を浪人たちに向 れらが一夜の宿営を張った黒羽部落は郷のいわば中心部ではあり、 住人たちはそれ ! 何かおそろしいことがはじまるそ ! とばかりけた。 に生きたそらもなかった。 「それでは三手に分れ、東、西、正面の順で出る。玉上部落までは は - んみち 「代官さまのお手代が強そうなさむれえを五十人ばかりもつれてき半里。途中も油断すな。不測の場合は臨機応変、進んで打ってのち 9 たとよう」 ここで落ち合う。 しかま

7. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

があらわれたときと同じようにすばやく消え去ると、あとにはかったものを板敷の中央に置き、その周囲におよそ四、五十人ほどがっ ての人の体であったものだけが路上に横たわっていた。盗んできためかけている。人数の割に盆ござが小さいから皆が盆ござの回りを ものを奪いかえされたのか、それともようやく摘んできた貴重な青囲むわけこよ、 、きおい、兄貴株たちだけがそこを占め、 草を生命もろとも失ったものなのか、さだかではなかったが、もとあとの者は人の背ごしでのび上るだけだ。 すけわか あとふた よりのそきに出る者とていなかった。 「助若 ! ほれよ。丁。二張り ! 」 助の若い衆はその声のする方向へ、浅い木箱に長い柄のついた受 ふたたび堀の底からからすのむれが舞い立った。幾つかの小さな皿をさし出した。鐚銭二枚分の駒板を、面倒な顔も見せずに盆ござ むれに分れると、けたたましく鳴き交しながら部落の入口の雑木林の上に置いた。 さき をかすめて低く低く飛ぶ。から堀に吸いこまれてゆくと見せてまた「ほれよ ! 半。三張り ! 」 あと 高く回り、けんめいに鳴き立てる。その黒い影は乾いてけむりのよ「丁 ! 駒一 ! 」 さき うに軽い地表をあとからあとからすべっていった。 「半。三つ ! 」 あと からすのむれはふたたび雑木林のかげに雲のごとく舞いおりた。 「丁。ひとっ ! 」 だがその爪がまだ地に触れないうちに、からすのむれはまた悲鳴を にわかに声がまき起った。その中を受皿がびたっ、びたっ、とあ 上けて高く中空にかけのぼった。この貪婪なからすのむれをはげしる節度をたもって動き回った。 さき あとさき い恐怖で打ちのめし、地上から追い立てようとするなにものかが、 「半、足りません。丁半そろえましよう」 今この部落に近づきつつあるようだった。 中盆の喜佐次が凄味のある三白眼のことさらな上目づかいで盆ご ざを埋める今夜の客人をねめつけた。 「ほい ! 」 「ほい 「さあ、どっちもどっち ! 」 すけわか 中盆をつとめる錠前の喜佐次が両わきに開いたてのひらを上へ向助若の受皿がすばやく回った。 あとさき けてあおった。 「はい。丁半そろいました。よろしゅうござんすね。よろしけれ すけ 助の若い衆が客の気をみて気張った声できめる。 ば、はいっ ! 」 「はい 喜佐次の手がひるがえった。 むこうが丁、こちらが半」 はりふだ 「ほい いいかね。張札いつま、 「むこうが丁。こちらが半」 盆ござがわりのせんべいぶとんが一枚。縞目もわからぬほど汚れ どっと部屋じゅうがわいた。 あと びた 9

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ず、肩には、規則的な間隔をたもって結び目を付けた、細いけれどちゃいけねえぜー 頑丈な綱が一東掛かっていた。 「だが、おまえはひとっ失態をやらかしたな」 「で、きさまの名は ? 」 「おれが ? 失態を ? はつは、馬鹿な ! 」 「コナン。キン・メリア人だ」と、相手はこたえた。「街の連中が「衛士の死骸をくさむらに隠しておくべきだった、といったまで 《巨象の心臓》と呼ぶャ—ラの宝石を盗みにやってきた」 男の太鼓腹が笑いに波打つのを、コナンは感じとった。だが、そ「新参者が頭領に説教を垂れるとは驚いた。深夜がすぎるまで、衛 の笑いは罵詈哄笑のそれと趣きを異にしていた。 士の交替はねえんだ。よしんばたった今死骸が見つかったとしても 「これは驚きだ ! 盗賊の守護神ベルでさえ目玉をまわすだ , つうよ だ、連中は意気地がねえから、ヤーラのもとへご注進におよぶにき と、タウラスがかすれ声でいった。 まってらあな。そのあいだに、おれは逃げる算段よ。連中は諦めが 「かかる冒をあえて冒す蛮勇の持ち主は、このおれを措いてほか悪いから、・ほや・ほやしちゃいられねえ。下手すると藪という藪をす 、 - サモラ人はおのれのことを盗つ人と呼んでつかり洗い出されて、おれたちゃ鼠みてえにふんづかまっちまう にいねえと思ってした。・ いや、コナン、きさまの胆っ玉にぜ」 いるがなーーー・それにしてもだー は感服したぜ。おれはこれまで人といっしょに仕事をやらかした記「その意見には賛成だ」と、コナンはいった。 憶がねえんだが、・ とうだ、きさまさえその気なら、いっちょうおれ「そうか、よし。さっそく手を組もうぜ。こんなにくだらねえ会話 と組まねえか」 で時間を潰すのはもったいねえ。中庭にや番兵はいねえーー番兵は 「つまり、おまえもひとっ穴の貅というわけか ? 」 番兵でも、人間の番兵のことだがな。つまりだ、ここにやもっとお つかねえ張り番がいるってことよ。長いことおれの頭を痛めつけて 「ほかにどんな用事があるってんだ。おれは数カ月もかけて盗みの くれたのも、連中が存在したおかげだ。だがな、おれはもう、やっ 手筈を練りあげた。だがきさまのほうは、どうも事の行きがかり らを出し抜く手立てをちゃんと物にしているんだぜ」 上、ここへやってこにゃならん破目になったようじゃねえか ~ 」 「塔の下にいる衛兵はどうする ? 「衛士を殺したのもおまえか ? 」 「ヤーラのくたばりそこないめ、あいつはいつも塔の上部に設らえ 「あたりまえよ。野郎が庭のむ、こうへ回っているあいだに壁を跳び 越したってわけだ。くさむらへ隠れたところで、野郎めおれの気配てある部屋にとじこもってやがる。だが、おれの考えついた道をた どれば、行くも帰るも自由自在だ。ま、くわしくは説くな。手筈は を察したかどうかしたらしい。おっとり刀で駈けつけてきやがっ た。おれはうしろへまわって、野郎の首を軽く締めあげてやったんすでにととのってる。まず塔のてつべんへ忍んでいって、ヤーラの だが、これなんざ雑作もねえ仕事さ。人間なんてものは、闇のなかおい・ほれがおれたちに呪詛をかけるよりも早く、やつの首を絞めち めくら じゃ半ば盲も同然だからな。い つばしの盗賊は、猫の眼を持たなくまうんだ。とにかくやってみようじゃねえか。世界の富と権勢とを 278

9. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

くみ したように嫉妬と怒りから、コルラ人がコス。フに与するなど、考え るだに胸くそが悪いことです ! やつめは、コスプどもと気脈を通ホルトの目が輝いた。「あなたは、正真正銘のチャンです ! 」歴 5 らっち じ、ナルナを拉致せんものとこの襲撃をお膳立てしたのにちがいあ戦の勇士、大男の彼は叫んだ。「あなたがコス。フの都市へまいられ る折には、不肖わたしめが供のひとりです ! このジュルウルも同 りません ! 」 「だが、余は必ず、やつを見つけ出すーーきっと彼女を連れもどす様のはずです。もっとも、彼はすこぶるつきの恥ずかしがり屋で、 このようなことはいい出せませんがね。まあ、われわれの十二人も ぞ」メリックは誓った。 いれば、血路を開いてクモ人間どもの都市へ乗り込み、またその必 ムルナルは悲しげにかぶりを振った。「不可能です、チャン・メ リック。ジャランは、コスプどもと一緒に、南の方角、山脈のはる要があるなら、出てくることもできるでしよう ! 」 か彼方にあるコスプの大都市へと彼女を連れ去ったのです。いまた続く数時間はメリックにとって、多忙の極みのうちに過ぎ去っ かって、カルダーのだれひとりとしてクモ人間のあの大都市へ入った。カルダーの第五の月がまるで真紅のウェファーのようにまだ西 にかかっているうちに、巨大な赤い太陽が東から昇り、前日とはう て帰ってきた者はありませんー 「だが、余は入るーーーそして、帰ってくる ! 」メリックは断言しって変わったコルラの部下を見おろしていた。すでにコルラ人たち た。最初の激しい怒りは、冷たい決意にとって代わられた。「それが都市の破損個所の修複にとりかかってい、クモ人間たちの夜襲か ら見る見る回復しつつあった。ムルナルがメリックに報告したとこ も、ナルナひとりだけのためではない。ジャランのためでもある。 彼が生きているあいだはコスブ人に手を貸す。彼がやつらに与えるろによると、市はあげてコス。フ人の敗退を喜ぶ一方、ジャランの裏 情報をもとに、やつらの襲撃は一段と強化されるであろう。そし切りと、先のチャンの娘の誘拐を伝えきいて、悲嘆に暮れていると て、やつらの襲撃が止んだときには、コルラは全減しているであろのことだった。 う」 メリックはコスプの都市の冒険には、一隻の飛行艇に必要最小限 「おおせのとおりです」ムルナルがいった。あとの者たちも同意の度の戦士を乗せていく肚づもりでいた。連れていけるだけの大部隊 を擁していたとしても、コス。フの圧倒的多数の軍勢をむこうに回し 意思を表示した。 「しかし、なぜあなた御自身がまいられるのです、チャン ? このて成功裏に戦いを進めることは不可能だ。部下を十二名に、艇を一 試みにあなたの戦士を何名か派遣なさればよいのでは ? なぜ、そ隻に限定することによってコス。フの都市へ到達し、侵入することが できるチャンスのほうがはるかに大きい。所期の目的を達するに うなさらないのですか ? 」 は、隠密裏に事を運ぶしかないのだから。 「これはいまや、ジャランと余自身とのあいだの問題だからだ」メ リックは答えた。「それにだ、余自らまかりでないところへ他の者彼は飛行艇を点検し、ホルクとジ = ルウルの勧めに従って十五人 を遣わすなど、それで余がコルラのチャンだといえるであろうか乗りの大きさの、しかもコルラの飛行艇の中でこれに比肩しうる速

10. SFマガジン 1970年11月臨時増刊号

彼女は、その低い のとき、何人かのものが彼を捕え、制止した。その頃には、メリ ッら、逡巡することなく彼女の横へおりていった。 , カまだ彼が理 彼よ、わけのわからぬ喚声をむこ楽の音色のような声でなにごとか彼に話しかけた。・ : 一 クの自動拳銃が彼の手にあった。 , ー 解していないのだと見てとると、彼女はただ、広場の周辺にある大 うにして、壇上に踏みとどまっていた。 ッドのひとつを指さしただけだった。それは都市全体で と、またしても、にわかに別のひとりが群衆をかき分けて壇のほきな。ヒラミ うへ近寄ってくる。女だと認められた。彼とほぼ同じ背丈の、そのもっとも大きな建物であるように思われた。 両側から武装した男たちの隊列にはさまれて、ふたりはそのほ ) すらりとした肢体が肩から頭まで例の黒い金属衣装に包まれてい る。東ねた髪がその金属と同様漆黒で、メリックを見あげたときりへ進みはじめた。黒ひげの男のわきを通りすぎるとき、メリックの 彼女の黒い瞳は、驚きに大きく見張られていた。やがて、彼女は向目が一瞬、相手のそれとぶつかり合った。二列の護衛たちは、その きを変えて、片手を振りあげた。そのとたん、大群衆の鳴りがびた周囲にどっと押し寄せてくる、熱狂的にわめき散らしている群衆を りとおさまった。 押し分けて進路を開いた。動顯したメリックには、まだ万事が非現 彼女は早々に、群衆に語りかけた。くだんの黒いひげの男が口を実的な出来事の支離減裂な一場のように思われるのたった。 さしはさみ、メリックに指をつきつけて何事かしきりに促している その黒い巨大なビラミッドの正門へと近づいていきながら、メリ 様子だった。しかし、彼女は昻然と、きつばりかぶりを横に振っ ックは、畏怖の念に打たれてあたりを見回した。どこまでも続く都 た。メリックは、彼女が壇上の彼を指さし、「チャン」・ということ市の各街路にはあわてふためいている人々の群れが垣間見え、頭上 ばを繰り返しているのがわかった。彼女がいいやめたとき、メリッ には飛行船のようなものが飛びかっていた。すべてが信じることの クはびつくり仰天した。千万無量の剣、剣、剣がギラリギラリと彼できないものであり、この、巨大な赤い太陽のもとにあるぼっとけ トの都市が、まったく らの頭上に閃き、それらが「チャン ! 」という耳つんざくばかりのぶるがごとき、テラスのついた黒いビラミッ 喚声とともに彼のほうへ押し寄せてきたからだ。 非現実めいていた。しかし、彼らは、その行き先であった大建築物 メリックは、この事の成りゆきを緊張して待ち受けた。この頃にの中へと入りつつあった。 は彼にも、アンタレスの惑星のこれらのあいだにある、なにか異常彼らは、とある広大な正方形の広間へ入った。武装した近衛兵が な状況の只中に、自分がとび込んでしまっていたのだということがその周囲に整列している。彼女の命令一下、彼らは退出していっ わかっていた。剣を帯びた男たちが二列の隊伍を組んで壇に接近し 彼女とメリックは、金属の小部屋へ入った。そこにひとりの男 てきた。メリックは身をこわばらせた。 ・、、た。この男が壁のプレートに触れると、彼らの背後で扉がカタ 女は、そうした彼の疑念を感じ取った様子であった。歩み寄るツと鳴って閉った。もう一度触れると、彼らはその瞬間、無限のカ と、彼女のかたわらにおりてくるようにとでもいうように、手をあで床へ押し潰されそうに思えた。と、ふたたび扉が聞いた。表へ踏 3 げてさし招いたのだった。メリックは、彼女の視線を捉え、それかみ出したとき、メリックは、この小部屋が上出来のエレベーターの