1 だった。フィルターを素通りするほど細かいシリカの砂塵は、エ 「もとの場所には、もっと豊富な鉱脈があるかもしれないー・フレイ ンジンになんらかの損害を与えるまえに、微細で無害な粉末に砕かクは峡谷のけわしい壁面を見上げた。「見つけるのは、そうむずか れてしまう。だが、いま入りこんでいるダイヤモンドの砂塵は、シしくないだろう リカのそれより六倍も硬く、強靱だったーーダイヤモンド塵は、無 一時間後、彼らは峡谷の側面を半分ほど登ったところで、もとの 害な微粉に砕かれることを頑として拒否するのだ。 岩石を見つけたが、それは短くせまい薄層にすぎなかった。・フレイ 三十日目の朝、二人は山脈の西端を回りきり、一マイルむこうに クはとっくに先のなまったツル ( シでそれを掘ろうとしたが、成功 ある小川の緑の線を目にとめた。せまい峡谷の出口にむかってゆるしなかった。そのかたわらで、やはり堅固な岩層をむなしく叩いて い坂を登るだけで、トラックは・せい・せいと息を切らしはじめたのいたクックは、手をやすめてタ・ ( コをくわえ、顔の汗をぬぐった。 で、プレイクはギアをもう一段低くした。 「船内には酸もグリセリンもある。この岩にドリルでいくつか穴を 「キャンプから五マイルしか離れなくてよかったよ , と、クックがあけて、ニトロ・グリセリンを詰めてみたら ? 」 いった。「もしこのトラックが三十日前に出発したときとおなじ状「これ以上深く掘ってみても、鉱脈が広がる見こみは千に一つだ 態なら、もう三段上のギアでも登れたろうに」 よ」プレイクもかいのない労働をやめて答えた。「だいいち、どう 「どうやらこれが、このトラックの旅のしおさめらしい なるべやってこの岩に穴をあけるんだね ? 」 くむりをさせずに、砂・ほこりから守ったつもりだが、 トラック・せん「ダイヤモンド・ドリルでーーー」と、クックは言いかけて、語尾を たいを防塵カ・ハ 1 でくるむわけにもいかないしな」 とぎらせてしまった。 二人は峡谷のせまい出口のすぐ外にある平坦な沖積扇状地にトラ 「そのとおり」プレイクは、とっぜんクックの心のなかに生まれた ックを乗り捨てて、あきもせずおなじ手順をくりかえしながら、峡理解を代弁するように、「ダイヤモンド・ドリルで、ダイヤモンド 谷の探鉱にとりかかった。その午後おそくになって、最初のカドミ の含まれた岩石にどうやって穴をあける ? 」 ウムが見つかった。峡谷の壁の高みから押し流された岩のなかに、 「三十日前に出発したとき、おれたちはどうやってドリルで穴をあ 硫化金属の灰色の薄層が認められたのだ。 けるつもりだったんだろう ? ダイヤモンド・ドリルの件では一言 「灰色の硫化物は鉛と亜鉛だよ」と、プレイクがいった。「その中もないよ・・・・・ーダイヤモンドを含んだ岩に、ダイヤ - モンド・ドリルで にある、あの小さい、黄ばんだオレンジ色の斑点は、硫化カドミウ穴があくはずはない。しかし、な・せはじめからそれに気がっかなか ムだ」 ったのかな ? クックはかぶりを振って、 「どこの岩層にもダイヤモンドがこんなに高率で含まれていること 「カドミウムの含有率がおそろしく少ないねーーそれに、鉛と亜鉛が、まだ確かにわかっていなかったからさ、と、・フレイクが指摘し 0 もただの薄層だし」 た。「われわれはそうでないことに望みをかけていた。おぼえてる
「悲しむべき真実を教えようか。ダイヤモンドの硬度が十とされて管でさぐりあてるために、床岩の砂利の標本をトラックまで持ち帰 「た。ク , クは、最初ののんきな冒険気分もどこ〈やら、足を棒に 8 いるのは、それが鋼玉の九よりも硬いただ一つの物質だからだよ。 オールド・アース 大昔の旧地球で、ウッデルという鉱物学者が、石英の七、鋼玉のし、手をまめだらけにして、顔をしかめていた。二人のツル ( シと シャベルは、峡谷の床の比較的ゆるい砂利を掘るだけなのに、おど 九と比較したときの、ダイヤモンドのほんとうの硬度を測定してい る。実際のダイヤモンドの硬度は、三十六強ないし四十二強だそうろくべき早さで磨り減っていき、そしてなにも見つからなかった。 の水源地でもあるこの 彼らは山脈の東の端にたどりついた。小川 「へえ」クックはしばらく思案げにだまりこんだ。「じゃあ、この荒れはてた高原は、ゆっくりと溶けはじめた雪だまりからの風で、 トラックが耐えるように作られた砂塵よりも、ダイヤモンドの砂塵夜は凍えるほど寒かった。そこにも収のない岩石と不可避的なダ イヤモンドしかなかったので、二人はきびすを返して、こんどは山 は六倍も硬いという計算になる」 脈の北側そいにもどっていくことにした。クックのやわな筋肉が鍛 「六倍硬く、六倍厄介なんだ , えられていくにつれて、彼の習慣的な楽天性も復活した。彼らが浮 トラックはよろめきながら小峡谷を横切り、沈泥の平地に出て、 あちこちの茨のやぶをよけながら走った。朝の空気は穏やかで、車遊選鉱した標本に重金属が見あたらない事実にも、またガイガー計 のまき上げた砂・ほこりは濃い雲になって二人のあとを追い、その顔数管が間欠的なパックグラウンド・カウントを除いて沈黙を守って る事実にも、それは挫けなかった。 や衣服をきらきらした天色に覆いつくし、操縦装置のように二つのい 金属部分の触れあう個所では、いたるところでガリガリと耳ざわり彼らは柔らかな酸化鉄の鉱脈を二度、細く貧弱な銅の鉱脈を一度 な音を立てた。この破壊的な砂・ほこりの雲に包まれて、約一時間ほ見つけたが、その山脈にはウランも、また、カドミウムを含む鉛・ 亜鉛鉱も存在しないようであった。 ど走ったとき、プレイクがつぶやいた。 ・フレイクは小型トラックの保護に細心の注意をはらい、その可動 「ひょっとすると , ーー・」 灰色の砂・ほこりを頭からかぶった部分にダイヤモンド塵を入りこませぬよう、あらゆる手をつくし 「ひょっとすると、なんだい ? た。しかし、・フレーキ・ドラムや、前輪駆動のポールべアリングや クックが、黒い瞳をよけい黒く光らせて、聞きとがめた。 「ひょっとすると、このダイヤモンド塵が、われわれの牢獄の出口軸受け、変連レ・ハーの連結部、何度か使わねばならなくなったウィ をふさいでるんじゃないかと思ったのさーーーこの大きな、びかびかンチ、その他もろもろの個所を、それから防ぎきるすべはなかっ た。なによりも心配なのは、エア・フィルターだった。フィルター した、オーロラという名の牢獄の出口をね , をとおして、すでに細かい塵埃がある程度モーターの中へ入ってい 二人は、あの小川の源流があるかもしれぬ東の高原にむかって、 山脈の南側の麓を歩きまわった。峡谷を一つずっしらみつぶしに調るのはわかっていたが、彼にはどうしようもないのだ。それはシ少 べ、彼らの求めているウランとカドミウムを選鉱法とガイガー計数カの砂塵からエンジンを保護するように作られた、優秀なフィルタ シルト
ばこりは大部分ダイヤモンドの粉末だったんだ」 もここ当分はむりだろう。だから、その当分がどのぐらいの期間な 「そうか ! 」クックはじっと・フレイクを見つめながらいった。「そのか、母船の損害がどの程度のものかを、まず調べようじゃないか」 宇宙船のほうへ歩きもどりながら、クックがいった れでわかった。ダイヤモンドの粉末ーーー炭素ーー触媒 ! 」 「だが、・ とうして ? 」と、テイラーがきいた。「どうして、ダイヤ 「ここから見たかぎりじゃ、情勢は絶望的だな。まるで熟れすぎた モンドの粉末が転換炉にはいったりする ? 」 スイカが上から落っこちたみたいだ。真二つになって、二、三本の 「わからない」・フレイクはかぶりを振った。「ひょっとして、検査桁でつながっているだけ。おまけに、むかしは丸かったのが、ひし 員が燃料装填ロのカ・ハーをつけ忘れたのかもしれない もしかすやげちゃった感じだ・せ」 ると、飛行中に止め金がはずれたのかもしれない。とにかく、それ「おまけに、あっちこっちほころびてやがる」とウイルフレッド・、 が起ったのは事実だーー原因はなんにしろ、燃料装填口から臨界率声を合わせた。 を越える量の触媒がはいって、転換炉が爆発したんだ。送風機を動彼らは船尾にさしかかった。そのぎざぎざに裂けた穴の縁は、な かすまえに、まずあそこへいって燃料装填口をチェックすべきだっ かば融けた金属がまだ赤く輝いていた。宇宙船が最初に立っていた た」 場所にできた大きな窪みを、・フレイクは指さしていった。 「なぜ ? 」と、クックがたずねた。「いままでにこんな事故の起っ「爆発は指向的だったらしい。もしそうでなかったら、船の下半分 た例があるかい ? 」 が完全にやられていたろう . 「いや」 「船尾の穴も思ったより大きくないな。つぎが当てられそうだ」ク 「新地球の砂・ほこりでも、こんな事故は起ったろうか ? ックは、持ちまえの楽天主義をとりもどしたらしかった。だが、そ も、これまでにあんたがいったよその惑星の砂・ほこりで ? 」 こで悲しげな口調になって、つけくわえた。「といっても、推進す 「いや」 る船体は半分しかないし、動力用の転換炉もない かりに、推進 「じゃあ、なぜチ = ックする必要がある ? あんたには燃料装填ロ装置がまだ残っているとしてもね」 がひらいているかもしれないと疑う理由もなかったし、この砂がダ 五人は、二つにちぎれた船体の裂け目から、ねじ曲った鋼鉄のあ イヤモンドだと発見したのは、爆発の一分まえのことだ。たった一 いだをくぐりぬけて、船内にはいった。いまや水平の通路になった 分間じゃ、どのみち手の打ちょうはない」 エレ・ヘ 1 ター ・シャフトへは、ぎざぎざに裂けた板金や梁をよじ登 ・「そういえばそうだ」と、・フレイクはうなずいた。「ただ、もっとれば、はいることができる。プレイクはみんながエレベーター 慎重であるべきだったという悔いは残るがね。しかし、過ぎたことヤフトへよじ登るまえに、年長のテイラーに相談をもちかけた。 をどうこういってもはじまらん。こうしてダイヤモンドの山にかこ 「いちど推進室と工作室をのぞいてきたい。だから、クックとおれ 8 まれたわれわれだが、帰る方法はないーー、残念ながら、すくなくととがそうしてるあいだに、あんたら三人は船の前半分の損害を調べ それと
四人ともかなり体が弱っている。その休養期間のうちに、なにか原を待った。 : ホンプと宇宙船のあいだのチュープが水で満たされるま 子力推進に代る方法を、みんなで考えてみたらどうかと思うんだ。 でに、しばらく時間がかかったが、やがて水はやってきた たえ きみたち全員がまだウランを探しつ・づけたいというなら、あえて反まない小さなしたたりとなって。 対はしないが、たぶんむだしゃないかという気がする。トラック 「いや、まいったな」とクックがその細い流れを見まもりながらい も、それに代る運送手段もないとなると、たとえ原鉱が見つかってった。「古代人の知恵も・ハ力にできない」 も役には立たない。原鉱を背負って、野越え山越え、てくてく運ん「ついにわれわれは、ダイヤモンド塵との勝負で一ラウンドをかち でくるだけの時間がないからだ。そこで、これからの六日間に、みとったんだ」とレンスン。 んながめいめいで、なにか原子力推進に代る方法を考えてみてはど「われわれがどうやって勝利を得たかを、みんなの心にとめておい うだろう ? 」 てほしいね」とプレイクはいった。「手近な自然力を使うこと、ダ 「そりゃあ、案が多ければ多いにこしたことはない」とテイラー イヤモンド砂の磨耗性と戦うのを避けたことで、われわれはそれを 「充分に大きい選択の余地が与えられれば、その中から絶対確実ななしとげたんだこれからどんな計画を立てるにしても、このこと 一つをビックアップすることもできるというものだ。しかし、このだけはお・ほえておいてくれーー、・金属ではダイヤモンドに太刀打ちで 宇宙船を発進させるのに、旧地球最初の宇宙船を発進させた方法よきない ! 」 りも、迅速簡単な方法は見つかりそうもないねーーーっまり、原子力「もうそのことは全員が認識したはずだよ」とテイラー 「そうあってほしい。その事実を受けいれないかぎり、失敗は目に 推進以外には」 ほかの三人もおなじ気持だった。彼らは代案を考えることに乗り見えている , 気ではあっても、そうした案の持ち合わせがあるわけではない。・フ つづく数日のあいだ、この問題はそれ以上言及されなかった。・フ レイクは、自分の頭のなかのアイデアを口に出すのは控えておい レイクは、その沈黙がめいめいの真剣な思索の証拠であって、現状 た。それが彼らの生きのびる上の唯一の希望だという確信はあったの運命論的な受けいれでないことを願う気持だった。 が、慣例的な思考の線からあまりにもかけ離れたアイデアであるた 帰還後六日目に、一同は船内の一室に集まってめいめいの持ちょ めに、その大きな可能性にもかかわらず、一言のもとにしりそけらった計画を発表することになった。・フレイクは議会のはじまる直前 に、工作室と自分のロッカーから数点の品物を用意しておいた。 れるおそれがあったからだ。 テイラーが、一同の置かれた苦境を手短に説明した。 翌日、彼らは水撃ポンプを作り、必要な水圧が得られるよう、小 川のかなり上流点へ船内から剥ぎとった循環系統のチュー・フを引い 「この惑星を脱出するには、三つの方法が考えられた。もっとも確 た。日没のすこし前、チーゾの最後の部分が水撃ポンプに連結さ実な方法は、新地球にメッセージを送ることだが、これは不可能け れ、彼らは船内にもどって、水タンクに最初の水流がそそぎこむのだ。こわれた送信管や、信号変換器を修理あるいは再生すること
「花まであるなんて」 日のそばの木立に近づいたクックは、そうえば、思いあたるふしがいくつもある。川床にほかの鉱物が見あた 叫んだ。「赤、青、黄、むらさき , ・ー緑の木立とすてきな空気。植らないこと、ありえないほど高率の炭素がこの世界に存在すること 民者にとって、これ以上魅力的な条件があるかい ? , を示した『おんぼろ』の分光器、その鉱物の持つ高い屈折率。 きらきら光る砂をさっきからふしぎそうに眺めていたプレイク それをたしかめるのは簡単だ。 は、しやがみこんで、こぶしの半分ほどもある眩い結晶をとりあけ「きみのダイヤの指輪を貸してくれ」と、彼はウイルフレッドにい た。水品ではなかった。ナイフの刃先でひっかいてみたが、傷がっ かない。それは水晶でもおなじだが、この結晶は水晶には見えなか ウイルフレッドは指輪をはずして、けげんな面持でそれを彼にわ った。内部で炎が燃えているような輝き、そして、かどの擦りへ たした。・フレイクは、まだ手に持っていた赤い結晶の表面を、ダイ 丸くなったその外形からうかがえるかぎりの結晶系も、水品のヤモンドでこすってみた。傷はつかない。足もとに転がっているい それとはっきり異なっている。そのすこしむこうには、ルビーのよくつかの結晶で、彼はその実験をくりかえした。ウイルフレッドの うな深紅に輝いているものも見つかった。それを拾い上げたとき、指輪のダイヤモンドでいくら強くこすっても、かすかな傷さえっか すでにみんなと川ぶちまで進んでいたレンスンの興奮した叫びがきなかった。 こえ、彼はそっちへ駈け出した。 「分光器は正しかったんだ . みんなも彼とおなじように、信じられ 「これを見たまえ ! ない気持でそれを受けとるだろうか、といぶかりながら・フレイクは 『これ』は、乳白色に渦巻く流れのすぐ縁にある結晶で、・フレイク いった。「どうしてこんなことがありうるのか知らないが、とにか が手に持っているのとおなじ深紅のルビー色をしていたが、直径はく事実だよ」 「なにが ? とウイルフレッド。 ト近かった。そのそばには、もっと小粒の青白い色をした ものから、黄、赤、青、緑、さまざまな結晶が散らばっており、中「炭素さーーーこの結晶はぜんぶダイヤモンドなんだー でも青白いのが圧倒的に多い。川床の砂も小石も岩も、すべてこの 一同はびつくりした表情でプレイクを眺めた。 まばゆい鉱物で成り立っているように見えた。 「そんなばかな ! ーとウイルフレッドが叫んだ。 レンスンがたずねた。「どうしてそう言いきれるんだい ? 「こんなにたくさんの水晶を見たことがあるかい ? 」レンスンがみ んなをふりかえってたずねた。「それも、こんなに色とりどりのかなのか ? 」 を ? これを見たまえーー・まるでルビーそっくりだ [ 「この指輪のダイヤでこすっても、傷がっかなかった , と、彼は答 ・フレイクはみんなの返事を聞いていなかった。最初あの光る砂をえた。「ダイヤモンドで傷がっかない鉱物は、ダイヤモンドだけ 調べてみたときにうかんだ考え、なにを夢みたいなことをとふりすだ」 てたその考えが、にわかに非現実性を薄れさせてきたのだ。そうい 「じゃあ、このすべてが本物のダイヤモンドなのか ? 」テイラーは 田 5
緑の廊下のような樹々は、エメラルド色の夜明けにむかって歩きつろした。 づける彼に、新鮮な生命の香りにみちた吐息を吹きかけてきた。 ・フレイクはうなずいてから、 一本の木の根方の砂に、なにか赤いものが横たわっているのを認 「きみはペッドにいたんしゃないのか ~ めた彼は、そっちへ近よってみた。血のように赤いダイヤモンドが「こっちもあんたは寝てると思っていたよーと、クックは答えた。 小山に積み上げられており、だれかが無傷で完璧なものだけを選り「そこにあるダイヤモンドの品質をどう思う ? 「これを積み上げたのはきみか ? 」・フレイクはおどろいて、ききか ぬいたらしい。彼はそのそばに腰をおろし、木の幹にもたれてハ ? なせ ? 」 コをくわえながら、だれがそれを積み上けたのかを、そしてその理えした。「いっからこんなことをはじめてたんだ 由を、・ほんやりと考えてみた。 「れいの第二のドアを開けようと断言したときからさ。われわれは そうして休息しながら、東の空のエメラルドが色を深めて、最初ここをあわてて飛び立っことになるかもしれないが、飛び立っこと の虹の輝きがさしそめるのを見まもるうちに、そんな疑問も頭からはまちがいない。そこで、ひまを利用して、いちばん論理的なこと をやった。い っそのときがきても、すぐに最高のダイヤモンドを持 去ってしまった。オーロラは、あらゆる酷烈さの反面、また美しい っていけるように、集めておいたんだー 世界でもあり、その夜明けの壮大さとダイヤモンドの砂の輝きがな 「ほんとうにそう信じているのか ? それとも、このダイヤモンド ければ、この川のほとりはまるで新地球にいるような錯覚さえおこ ? ・フレイクは、相 させる。頭上の枝葉はやさしい囁きを立て、さわやかな緑の匂いに集めは、ただ自分を励ますためにやったのかい 混じって、水辺に咲いた赤い花の香りも漂ってくる。その香りは、手をふしぎそうに見ながらたずねた。 小さいころ、彼の母が花壇で丹精していたイヌ・ハラの懐しい記憶「あんたはどう思う ? 」と、クックは逆襲した。 を、つかのまよみがえらせた。母はまだ娘の時分に、その種を旧地・フレイクは相手のいかついあごとへこんだ鼻柱、ぎらぎらした黒 球から持ってきたということだった。そして、旧地球ではイヌ・ ( ラい瞳を眺め、そして、それらがやはりうわべだけのものでなかった は野生しているそうなのだ。 のを知った。いつものクックはのんきでほがらかな男だったが、い 川べりにそうして坐っていると、甘い香りの花や頭上でそよぐ葉まの一瞬、その陽気な仮面はずり落ちて、鋼鉄のように硬い内核が が、これから数かぎりない世代を育んでいくだろう安定した世界ー顔を出していた。クックは、プルドッグを思わせるウイルフレッド ー太陽のゆるやかな、ゆるやかな死だけがようやく終末をもたらすとおなじように、オーロラが黄色の星にとびこむ日の彼らの運命 世界ーーーのものでないことが、ちょっと信じられないほどだった。 を、頑として拒否しているのだ。 たとえ、そのしぶとい信念がむなしい結果に終ろうとも、それに 背後の砂がざくざくと音を立て、ふりかえると、そこにクックが 立っていた。 はそれなりの長所がある。しぶとい人間は、あっさりとは死なない 「ここはすてきだろう ? 」クックはそういって、彼のそばに腰をお ときには、単なる不可能的な困難たけでは、しぶとい人間を殺 226
大きなダイヤルのついた精密な。ハネ秤に連結された糸で、吊り下げダイヤモンドは小さな弧を描いて振れつづけ、秤の指針は静止を られていた。 たもっていた。絶縁材の焦げる匂いに気づいても、だれひとりダイ クックはその実験装置をちらと見やってから、もじゃもじゃの髪ヤモンドから目を離そうとしなかった。 をかき上げて、みんなにニャリと笑いかけた。 「過負荷になった」レンスンがいったが、スイッチを切ろうとはし 「こんどこそ成功まちがいなしだ」 「きみはいつもそういってる・せーと、ウイルフレッド 「つづけろ」と、プレイクが命じた。「発電機の最大出力をぶちこ こ 0 むんだーーーとことんまで確認したい。焼け切れたら焼け切れたでい 「はやくためそう」・フレイクはいつもの焦燥を感じながらいった。 どうせ失敗なら、はやくわかったほうがいい。 レンスンはもう一つのスイッチをいれ、大発電機の最大出力が、 「蒸気圧は最大、ス ィッチがはいりしだい、発電機が回り出すよう準備はできている」 >< 一一七に送りこまれた。コイルの一つがばっと青い炎を上げて燃 「賛成だね・ーーこのサスペンスに早くけりをつけよう」レンスンがえっき、同時にだれかが信じられぬように嘆声を上げた。 いって、スイッチをいれた。蒸気機関の調圧器が開き、推進室から コイルが燃えっきる直前に、ダイヤモンドが動いたのだーーー上 の小さなポッポという音が、せわしない強打音に変った。発電機のへ。 出力計の指針がみるみる昇りはじめ、全員の目は・ハネ秤のダイアル 「動いた ! 」と、クックが有頂天で叫んだ。「これで推進のめどが に釘づけになった。 ついたそ ! 」 むりもない狂喜、そしてみんな夢中でがやがやとしゃべりはじめ 「二十秒」クックが、ダイヤモンドと腕時計を交互に見くらべなが らいった。「それまでに、なにかの効果が出てくるはずだ。もし出た一分ほどのあいだに、プレイクはスイッチを切ることを思い出し なかったら、失敗ということで、またおれが次回の成功を予言しな た。蒸気機関のくぐもった動悸が消えていき、ざわめきがようやく くちゃならなくなる」 意味のとれる会話になった。 「すくなくとも、われわれは正しい線路の上にいるんだ」プレイク ほかの四人はだまりこくって、長い糸で吊り下げされたダイヤモ ンドが静かに振れるのを、見まもっていた。三カラットもないよう はそう結論をくだした。 な、小粒のダイヤモンド 「われわれは、これまでの人類科学がやれなかったことを、やって とるにたらないほど小さなその質量 が、それを動かそうとする彼らのあらゆる努力をこばみつづけてきのけた」とウイルフレッド ; 、 力しった。「反重力を作り出したんだよ , たのだ。 「いや、まだ先は長いぞ」と、テイラーがいった。「われわれの作 「十秒、と、クックが秒読みした。「八ーー手を組んでお祈りしてり出した反重力は、三カラットのダイヤモンドを持ち上げたにすぎ 一一ーーさあ、いまだ ! しかも、それには発電機の最大出力が必要だった。だが、 がからかっ
「わかってますよ」・ほろ・ほろになったシャツの袖を風にひらひらさ だが、一つ疑問があるねーー動くものが動かないで、・ とうやって水 せたクックが、黒いあごひげをポリポリ掻きながらいった。「しかを移動させるんだい ? 」 し、つぎになにをするかについて長い相談をはじめるまえに、なに 「水自身の速度を利用して、その一部を水源より高く押し上げさせ か木イチゴや錠剤でないものを、腹にいれたいですね。それを風呂るー・・ー早くいえば、水撃ポン。フだ」 これだけダイヤモンドの砂・ほこりをかぶっているんだから、裸「フーム ! 」テイラーが自嘲ぎみに鼻を鳴らした。「それなら、き になったら全身宝石みたいに輝くんじゃないかな」 みたちの留守のあいだに作るひまは充分あっただろうにな。そんな テイラーはバケツを持ち上げていった。 簡単な解決法を、いまのいままで思いっかなかったよ。ダイヤモン 「きみたち四人がシャワーを浴びるだけの水はあるよ。あまりむだ トの磨耗と戦う方法ばかり考えていて、そいつを避ける方法を考え 使いさえしなければな。ほかの仕事で忙しくなけりや、もっとたく なかったんだ」 さんの水を運びこんでおいたんだが」 「しかし、水撃ポンプにも運動部分はあるぜ」と、ウイルフレッド 「ポン。フはどうしても必要だな」・フレイクが、テイラーの・ハケツのが・フレイクに抗議した。「・ハル・フだよ。・ハルプがかわるがわる開閉 とうやって・ハルプを長持ち・させる 一つを持ってやりながらいった。「・ハケツの水くみで時間をつぶししなくちゃ、ポン。フは働かない。・ ているひまはない」 レンスンが、冗談かどうかをたしかめるように、鋭く彼の顔をう「・ハル・フなら簡単だよ。フロート弁が一つとちょう型弁が一つ っこ 0 、刀力 / その・ハル・フと台座にプラスチック・ゴムを吹きつけるだけでいい 「あのダイヤモンドの沈泥で、・ほくたちのポンプがどんなざまになダイヤ、モンドもゴムは修つけない ゴムは非常に柔らかいので、 ったかを見ただろう ? 完全におしやかだよ。いちばん硬質の合金ダイヤモンドの硬さには影響されないんだ」 鋼でできているのに シャワーと腹いつばいの食事で、四人の意気は見ちがえるほど回 「運動部分に鋼鉄を使ったポン。フじゃ、役に立たんさ」と。フレイ復したし、見ちがえるといえば、ひげ剃りによる彼らの外見の改善 ク。「これまでに作られたどんな合金鋼も、ダイヤモンドには刃が はさらに目ざましいものがあった。テイラーはこれからの作戦計画 立たない。 しかも、人工の材料の中では鋼鉄がいちばん硬いのだかという議題を持ち出し、ウランの探鉱をこれ以上っづけるかどうか ら、金属製の運動部分を持ったポン。フがどれも使えないのは明らか について、プレイクの意見を求めた。プレイクはその質問に対し だ。そこで、ダイヤモンドに対してそれよりも硬い合金鋼ーーそんて、一つの提案で答えた。 なものがあるとしてだがーーで刃向かうのはあきらめよう。それよ「いくら時間に迫られていても、まず一週間は休養が必要だね。こ 、運動部分のないポン。フで、磨耗の問題を克服したほうがいい」 んどは、あいだの山越えを含めて二つの砂漠を横切らなくちゃなら 「へえ ? 」クックはまじまじと彼を見つめた。「あざやかな解決法よ、 オしが、六十日のあいだ錠剤と木イチゴだけで過ごしたおかけで、 幻 6
袋をひろげて、中にもぐりこんだ。みんなの最後から寝支度にかか くのも、一日中となると重労働だぜ」 ったプレイクは、しばらくそこに坐ったまま、西の地平線から天頂「じゃ、このトラックはなんのためにあるんだ ? 」クックがたずね へのなかばにかけて、〈千の太陽〉がもやを作り変えた金色の平原た。 を見上げていた。東のほうの空はまったくの漆黒。その方角には、 「鉱石を運ぶためさ。必要以外にはなるべく使いたくない。新しい 、よ、靴なら手でこさえられるが、新しいトラックはちょっと作れないか たった一つの星もないのだ はるかな、はるかな一くへいカオし かぎり。オーロラはその公転軌道上で、〈千の太陽〉からの最遠点らな」 「ダイヤモンド塵はそんなにひどそうかい ? を通過したばかりである。オーロラとその太陽を結ぶ直線を伸ばせ ば、青白い太陽の黄色い伴星のそばをかすめて、〈千の太陽〉へと「ダイヤモンド塵や砂は、通例じゃなく例外であることを祈りたい ところだが、あらゆる証拠から見て、どうやらダイヤモンドはいこ 達するはずだ。 ・フレイクは眠りにつく直前にこういった。「まったくの暗黒がどるところにありそうだ。もし、そうだとすれば、トラックの使用を 原鉱が見つかれば、それを宇宙船ま んなものか、きみたちも朝までに見ることができる・せ。〈千の太極力控えなくちゃならない とんな方法で精錬する で運ぶために、トラックが絶対必要になる。・ 陽〉が沈んで、日がまだ昇ってこないときに 宇宙船を部分的にでも居住可能にするだけに、十五日間もかかつにしろ、鉱石を母船のそばへ持っていくことになるだろうー・ーーでな た。通路を切りぬかねばならず、午後の風で巻きあがる砂・ほこりをければ、たくさんの資材や機械を原鉱のところまで持っていくか 防ぐためにびったりしたドアをとりつけねばならず、宇宙船の貯水だ。どっちにしても、このトラックがなけりや話にならないんだか タンクに沈澱物フィルターをつけたさねばならず、奇妙な姿勢で壁ら、せいぜい大事にしたほうがいい」 「たしかにもっともだ」と、クックも同意した。「しかし、そんな にぶらさがったテー・フルやイスのポルトをはずさねばならず、トラ に早く傷むもんだろうか。だしたし このトラックだって硅砂のあ ックを船外へおろさねばならずー・ーーやるべき仕事は無限にあった。 十六日目の朝、・フレイクとクックは、まだ船内で作業をつづけてる世界で使うように作られているんだし、ダイヤモンドは硅砂より 彼らはど五十パーセント弱硬いだけにすぎないんだからね」 いるほかの三人を残して、探鉱にでかけることになった。 , こか淋しそうに、・フレイクとクックの出発を見送った。車が砂の上「もし、きみのその計算が正しければ、おれもこうまで心配しやし ないさ」と・フレイク。 を走り出すとまもなく、クックがいった。 『もし』ってのは ? 」と、・フレイクは詰問し 「みんなもいっしょにきたかっただろうな。むこうはあいかわらず「どういう意味だ 重労働なのにひきかえて、こっちは新しい空気と景色をたのしめるた。「石英の硬度は七、ダイヤモンドの硬度は十。だから、五十パ ーセント弱、硬いだけだ、ちがうのかい ? 」 んだから」 「さあ、はたして『たのしめる』かあやしいそ」と・フレイク。「歩・フレイクはため息をついて、 203
「ぜんぶ、すりガラスになっちまったのさープレイクは不透明になところでなにか金属的に光るのが見えたが、近づいて見ると、それ った窓ガラスを下へおろしながらいった。「ダイヤモンドの砂にあがなくなった飲料水のカンであることがわかった。茨のやぶにひっ かかったそれは、すっかりエナメルを剥ぎとられてビカ。ヒカに磨き っちゃ、ガラスもかなわないよ」 上けられていた。 彼はトラックから朝の穏やかな大気の中に出て、損害を調べた。 クックも反対側のドアから出てきて、あんぐりと口をあけながら、 宇宙船の外で待っていたテイラーとレンスンが、もどってきたト トラックの側面を眺めた。それまで赤いエナメル塗料の堅牢な厚い ラックを出迎えた。レンスンの顔には、質問と希望がはっきりと読 膜で覆われていたのが、いちめんビカビカした金属の地肌がむき出みとれたが、テイラーの物問いたげな表情の中には、ほとんどそれ しになっているのだ。 とわからぬほどの不安がひそんでいるようだった。 ・フレイクはエンジンを切って、車からおりた。 「こりや再塗装が必要らしいね」と、彼はようやくのことでいっ た。「それと、キャン。フまで運転するなら、風防へ穴をあけなけり「だめだったよ」と彼はいった。「ウランは見つからない」 や レンスンの顔は当然な失望をうかべたが、テイラ 1 はただの失望 ・フレイクはエンジン・フードをあけて、エンジンのあらゆる部分よりももっと重大なことを、気にかけているように見えた。 「では、この山脈でウランを発見できる見こみはないわけか ? 」 を覆っているダイヤモンド塵の毛布を指でなそってみた。グリース や油のついていた場所には、いちだんと厚く砂・ほこりがつもってい 「この山脈のどこにも、そんなもののありそうな形跡はなかった」 「ウィ る。 そう答えてから、・フレイクは宇宙船のほうをふりかえった。 ルフレッドは ? 」 「そいつをどうしたらいい ? 」と、クックがきいた。 「なにもしないことだ。こすったりすると、よけい深く傷がつく。 「探鉱に一日つぶすといって、けさ早く出ていったよ。船内もかな り片づいたんで、ここ一「三日はあまり仕事もなかったから。とこ このままほっといて、運動部分へこれ以上砂のはいるのを、グリー ろでーーー・ほかの鉱物はどんなふうだった ? なにか見つかったかね スに防ぎとめてもらうよう、祈るしかないね」 「キャン。フのみんなはどうしたかな ? 」・フレイクがエンジン・フー 「低率のカドミウムを含んだ、鉛と亜鉛の原鉱がすこし。だが、そ ドをおろすのを待っていたように、クックがたずねた。 いつの埋まっている岩は、ダイヤモンド・ドリルでは穴があきそう 「おれもおなじことを考えてたよ。ここからキャンプまでの峡谷の もない」 探鉱は、一時保留だな。どのみち、キャン。フからも近いんだから、 レンスンが苦笑をうかべた。 歩いて調べにもいけるがね」 「それはこっちも思い知らされたよ。もう、あのダイヤモンド・ド 二人は不透明になった風防ガラスをはずし、ハンドルと変速レ・ハ リルはなくなったんだ。きみたちの留守に・ほくもそこいらを調べに 1 をぎいぎい軋らせながら、車を出発させた。半マイルほど走った 2 ー 0