ディヴィス - みる会図書館


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1. SFマガジン 1970年7月号

・フレインは自分の目が信じられず、ただじっと見つめるばかりだ 「あなたはご存知じゃないが、こんな狭くて活気のない所に腕の立 っポート大工をつなぎとめることはえらくむつかしいのです。彼らった。 、。ヒエテやパイヤのような、にわか景気の はここに着くが早いか / ついたところへ逃げ出したがります。ああしたところで賃銀が高い ことはわかってます。それに、娯楽やクラ・フなどいろいろのものが彼女はあいかわらず細く愛らしくクールだった。だ・ : 、 たくさんあります。でもタイオ・ハ 工にはまたタイオ・ハエなりの気していた。早口にしゃべって、彼と目を合わすのを避けていた。 良さがありますよ」 「最後の打合わせをすぐにした方がいいと思うわ」彼女は言った。 「ここに二日前から来て、あなたを待っていたのよ。ディヴィスさ 「・ほくは町にはもうあきあきしてるんです , と・フレインは笑って言 んには会ったでしよう ? とてもいい方のようね」 った。「ディヴィスさん、町へ逃げ出したりなどしませんよ , 「それはありがたい ! 」ディヴィスは言った。「エルジンさん、 一「三日は働きに来なくてもけっこう。ゆっくり休んで、島でも見「わたしのことはあなたのフィアンセだって、言ってあるわ」とマ てください。ここは古代ポリネシアの最後の避難所ですからね。こ リーが言った。「トム、気にしないでね。ここに来る口実が必要だ れはあなたの家の鍵です。テメテイウ通り一番地です。そこの山をつたのよ。わたし、あなたを驚かせようと思って早く出て来たと言 まっすぐにあがってください。案内しましようか ? 」 ったの。もちろん、ディヴィスさんは喜んでいたわ。あの人はポー 「自分で探します , とプレインは言った。「ディヴィスさん、どうト大工がここに落ち着くことをとっても望んでいるのよ。トム、気 もありがとうございました」 にさわって ? 好きなときに婚約を解消したと言えばいいのよ。そ 「エルジンさん、感謝します。明日、もう少し落ち着かれたところれに で、お邪魔します。それから町の人に何人か会ってください。実・フレインはマリーを抱いた。「・ほくは婚約を破棄しようとなんて は、市長の奥さんが木曜日にパ ーティを開くのです。いや、金曜日思ってやしないよ。マリー、愛してる」 だったかな ? とにかく、はっきりしたら知らせましよう」 「おお、トム、トム、わたしも愛してるわ ! , 彼女は一瞬烈しくす 二人は握手をし、・フレインは新居に向ってテメテイウ街道を歩きがりついてから、うしろへ身をひいた。「もしよかったら、すぐに さな・ハンガロー はじめた。それはペンキの跡もすがすがしい、小 結婚式の準備をした方がいいわ。このあたりの人はとてもかた苦し で、そこから見渡せる南ヌク・ヒ。ハの三つの湾の眺めはすばらしか くてこせこせしているんですもの。まったく二十世紀的ね。わたし め った。プレインはしばらくの間その景色を賞でてから、ドアをあけの言うことわかるかしら」 ようとした。鍵がかかっていなかったので、そのまま中に入った。 「分るとも」と、・フレインは言った。 「もう来るころだと思っていたわ」 二人は顔を見合わせて、急に笑いだした。

2. SFマガジン 1970年7月号

あるタイオ・ ( 工は五千人近い人口を誇っていた。船長の話による ああ、現代文明はこんなところにも侵入しているのか、とプレイ と、そこは落ち着いた、のんきな町で、気ぜわしく、騒々しい南海ンは苦々しく思った。つぎには、精霊交換局を建てるだろう。その に君臨する一種の聖所と考えられていた。ここは略奪をまぬがれたときはどこへ行ったらよいのか ? いっしか彼は町はずれに来ていた。引返そうとすると、ふとっ 二十世紀ポリネシアの最後の避難所だったのだ。 た、赤ら顔の男が急ぎ足で近づいて来た。 ブレインは船長の話をうわのそらで聞きながら、うなずいていた が、銀色の滝で前面をふちどった大きな黒い山の景色や、島の花崗「〒ルジンさん、トマス・エルジンさんですか ? 」 岩の表面に打ち寄せる大洋の波の音に心を奪われていた。 「そうです , とブレインはわずかに不安を感じて言った。 彼は、ここが好きになった。 「あなたにドックでお目にかかれず、大変失礼しました」その赤ら まもなく船は町の埠頭に入った。ブレインはタイオ・ ( 工の町を顔の男は、広い、てかてかの額を色染 ( ンカチでふきながら言っ 見るために外へ出た。一軒のスーパー ・マーケットと三つの映画た。「もちろん言い訳にはなりません。まったくわたしの方で見過 してしまったんです。けだるい島ですからな。当分の間はやむを得 館、農家風の家の列、密生したやしの木、ウインドウのある何軒か の低い白い店、数多いカクテル酒場、数十台の自動車、一つのガソません。そうそう、わたしはディヴィス、ポイント造艇所の持主で 工へよくいらっしゃいました」 リン・スタンドと一台の交通信号機などを見た。歩道ははなやかなす。エルジンさん、タイオ・ハ シャツや。フレスのきいたズボンをはいた人々であふれ、みなサング「ありがとう、ディヴィスさん 「とんでもない。わたしの広告にご返事をくださったことについて ラスをかけていた。 なるほど、これが略奪をまぬがれた二十世紀ポリネシアの最後のは、あらためてお礼を言いたいところです」とディヴィスは言っ こ。何カ月も前から船大工頭が必要だったんですよ。いや、わから 避難所か、とブレインは思った。まるで南海におかれたフロリダのナ んでしような。実際のところ、あなたのような資格を持っ方に来て 町みたいではないか ! それにしても、二一一〇年にこれ以上期待できるだろうか ? 昔いただけるとは思いませんでした、 の。ホリネシアはメリー・イングランドやプルポン王朝のフ・ランス同「ほう」とプレインはカール・オークの手回しのよさに驚きと喜び を覚えて言った。 様に、死んだのだ。しかも、彼の記憶によれば、二十世紀のフロリ 「この辺には、二十世紀の造船技術の基礎知識を持った人はあまり ダは実に楽しいところだった。 「この技術も過 いないんですよ , とディヴィスは悲しげに言った。 彼が本通りを歩いていると、郵便局長のアルフレッド・グレイが 来世会社のマ 1 ケサス・グループ代表に任命されたという掲示が建去のものになりました。島はごらんになりましたか ? 物に貼ってあるのを見た。なおも行くと、公共自殺ポックスという「ほんのちょっととブレインは言った。 「ここにいたいと思いますか ? 」ディヴィスが心配けにきいた。 看板のある、小さな黒い建物にぶつかった。

3. SFマガジン 1970年7月号

いった。土曜日の夜は映画を見たり、マイクロフィルムのサンディ ディヴィスはいっそう顔をしかめた。「ところが、それが妙なん 5 ・タイムズを読んだり、マ 1 ケサス群島の海底農場や他の島に立ち 寄ったり、市長邸でのパ 1 ティに出席したり、ヨット・クラ・フでポだ。きみと同じくらいの背丈で、やせて、色がとても黒かった。あ ーカーをやったり、コンプトロ 1 ラ湾をさっそうと帆走したり、テ ごひげと短いほほひげを生やしていたよ。あんなのには二度とお目 にかかれないだろうね。そのくせ、ひげそり口ーションの匂いをプ ムア浜で月光をあびて泳いだりすることで費やされた。プレインは 自分の生活がやっとはっきりした形をとるようになったと思い始めンプンさせているんだ」 「どうも変だな」とプレインは言った。 そして、彼がタイオ・ ( 工に来てから約四カ月後、ふたたび様相「まったくおかしい。あのひげは、たしかに本物じゃなかったな」 「本物じゃないって ? 」 が変ったのである。 「つけひげみたいだったよ。何から何まで変装くさかった。それ ある朝、いつものように・フレインは起き、食事をすると、妻にさに、 ) ひどいびつこだった」 よならのキスをして造艇所へ出かけた。途中で、船底の丸い、ずん「名前は言って行きましたか ? 」 ぐりとしたケッチを見た。帆をあげたまま狭い水路を通り抜けよう「スミスとかいったな。トム、どこへ行くんだ ? 」 として舵を誤まり、乗組員がエンジンをかける間もなく、穴だらけ「すぐ家へ帰らなきや。あとで説明します」 の花崗岩の壁にたたきつけられたテ = アモタンの船だった。肋材を彼は急いで立ち去った。スミスは相手の男がだれで、またプレイ ンとどういう関係かをかぎつけたに違いない。とすれば、ゾンビイ 六枚対に並べかえ、また船腹も数枚とりかえなければならなかっ は約束通り会いに来ていたのだ。 た。多分、一週間で片づくだろう。 ・フレインがそのケッチを見ていると、ディヴィス氏がやって来 「やあ、トム」と造艇所の主人は言った。「ついさっき、このあた マリーに話すと、彼女はすぐに戸棚からス 1 ッケースをおろし りできみを探している人があったぜ。会わなかったかい ? た。それを寝室へ運ぶと中に衣裳を投げこみ始めた。 「だれですか ? 」 、え」とプレインは言った。 「本土人だ」とディヴィスは肩をひそめて言った。「けさ汽船から「何をしているんだ ? 」とプレインはきいた。 降りてきたばかりだ。きみはまだ出社していないと言ったら、その「荷造りよ」 「それは分ってるよ。なぜ荷造りなんかするんだ ? 」 人は家へ行くと言ってたよ」 「どんな人でした ? 」と・フレインは胃がしまるのを覚えながら、き「ここから逃げ出さなくちゃ」 3 3

4. SFマガジン 1970年7月号

「何を言ってるんだ ? ここは・ほくたちの家じゃな、、ー た。「トム、あなたに忠告しとくけど、スミスに会ってはいけない 「もうわたしたちの家じゃないわ」と彼女は言った。「あのいやなわ。スミスが思い出してきたのなら、なお、だめ ! 」 スミスがうろついているのよ。トム、あの人は厄病神よ 「ちょっと待ってくれ」とプレインはゆっくりと言った。「何かき 「たしかに厄病神さ。でも、それじゃ逃げ出す理由にはならない。 みの知ってることがあるのか、ぼくが知らないで ? 荷造りをちょっとやめて聞いてくれ ! あいつに何ができるという マリーはすぐ冷静になった。「もちろん、ないわよ」 リ . 1 ー んだ ? 」 ほんとうのことを言ってるんだろうね ? 」 冫。し力ないわ 「そうよ。でも、わたしスミスがこわいの。トム、お願いだから、 「それが分るまでここにいるわけこま、 彼女はスーツケースに洋服を押しこみつづけたが、・フレインは彼今度だけはわたしのいう通りにして。さあ、行きましよう」 「だれからも一歩だって逃げたくない」プレインは言った。「ここ 女の手首をつかんだ。 「落ち着けよ。・ほくはスミスから一歩だって逃げるつもりはないんは・ほくの家だ。ただ、それだけのことさ」 だ・せ」 マリーは急に疲れ切ったように腰をおろした。「いいわ、あなた の一番いいようにしてください」 「でも逃げるのが、たった一つの賢明なやり方よ」とマリーが言っ 「その方がいい」と、プレインが言った。「あとで、それでいいと た。「あの人は厄病神よ。でもいくらも生きられないのよ。二、 いうことが分るさ」 カ月、ひょっとすると数週間の命かも知れないわ。そしたら、あの 人は死ぬのよ。もっと早く死んでいればよかったのに。恐ろしいゾ「もちろん、あとになればね」とマリーが言った。 ン・ヒィー トム、行きましよう ! 」 ・フレインはスーツケースをもとにもどし中身をつるした。それか 「気でも狂ったのか・」とプレインがきいた。「あいつが何を求めら腰をおろして待った。体の方は冷静だった。しかし記憶は、 ようと、なんとかあしらってやるよ」 つか、地下に帰り、もう一度エジ。フトの象形文字と中国の表意文字 「前にもそんなこといったわね」とマリーが言った。 がいつばい書かれた飾り戸を通って、金と青銅の柩のおいてある大 「あのときとは事情が違うよ 理石柱の巨大な死の宮殿の中に入って行った。そして、ふたたびレ ィリーの金切声が銀白色のもやの中から話しかけるのを聞いた。 「今とはわけが違うの ! トム、もう一度カッタ 1 を借りましょ う。ディヴィスさんは分ってくれると思うの。出かけましようよ「プレイン、お前には見えないものがわしには見えるのだ。お前の 地球での余命もわずか、ほんに痛ましいほどわずかだ。お前は信ず 「だめだ ! あの男からは逃げられない。マリー、きみは忘れている者に裏切られ、憎む者に征服される。ブレイン、お前は死ぬ、そ るかも知らんが、スミスは・ほくの命を助けてくれたんだ , れも何年か先ではない、すぐに、信じられないほどすぐにだ。お前 5 「でもスミスは何のためにあなたを助けたの ? 」と彼女は泣き出しは裏切られ、自分の手にかかって死ぬのだ」

5. SFマガジン 1970年7月号

最初の数週間、二人はニューヨークの新聞に目を通したり、レッ クス社の動向をさぐったりして何かの起るのを待っていた。しかし マリーは結婚式の手筈がきまるまでは、どうしても南海モテルに会社からは何の音沙汰もなかったので、やがて危険はすでに去った とまると言ってきかなかった。プレインは治安判事の前で静かな式ものと考えるようになった。それでも、二カ月後に・フレインの追跡 をあげようと提案したが、マリーはタイオ・ハエ一の盛大な結婚式が中止になったと聞いたときは、ほっとした。 をあげたいと言って彼を驚かせた。式は日曜日に、市長の家でおこ造艇所でのプレインの仕事は面白く、また変化に富んだものだっ なわれた。 た。シャフトが曲ったり、スクリ = ウが折れたり、隠れた珊瑚礁の ディヴィス氏は二人に造艇所の小さなカッターを貸してくれた。角で船腹が裂けたり、突風で帆の吹き飛んだりした島めぐりのカッ ターやケッチがよろけるように造艇所に入って来た - 「水中船や、タ 二人は日の出にタヒチへ新婚旅行に出かけた。 イオ・ハエを補給基地としている海底気密農場のポートも修理しな ・フレインにとって、それは快い流れ去る夢といった感じだった。 彼らは緑色のひすいにきざまれたような海を渡り、黄色くふくらんければならなかった。またディンギーや、時としてスクーナーを建 だ月を眺めた。月はカッターの支索で四分され、支索ともつれ合造することもあった。 フレインはこまごました仕事を巧妙に、しかも、、てきばきとやっ っていた。太陽は長い黒雲からあがって天頂に達し、海を輝く真鍮 の鉢さながらに光らせながら沈んだ。彼らはパビエテ礁湖に投錨してのけた。やがて、〈南海新報〉にのせる造艇所の広告を一「三手 てタ焼空に映えるムーリー の山を眺めた。それは月の山よりも幻想がけるようになった。そのために仕事はますます忙しくなり、書類 的な光景だった。・フレインはかって夢みたチ = サビーク湾の一日の整理だけでなく、ポイント造艇所と請負先の小さな造艇所との連絡 も必要になってきた。・フレインはこれと同時に宣伝の方も引き受け の山なみよ、 ことを思い出した。ああ、ライアティ 1 よ、ムーリー すがすがしい貿易風よ : 大陸と大洋が彼をタヒチから引きはなしていた。さらに他の障害彼の大工頭としての仕事は、かっての下級ョット設計技師の仕事 と気味悪いほど似てきた。 も。だが、それは別世紀でのことだった。 だが、、そのために悩むようなことはもうなくなった。彼は下級ョ 二人はム 1 リ ーへ出かけ、馬に乗って斜面をかけ上ったり、白い ット設計技師に生れついており、それ以上でもそれ以下でもないこ タヒチの花を摘んだりした。そして下の湾に停めたポートに帰る と、ツアモトスに向って出帆した。 とがやっとはっきりしてきたようだった。そして、これを自分の そしてついにタイオ・ハエにもどった。マリ 1 は家事をはじめ、 運命として受け入れたのだった。 彼の生活は造艇所と白い・ ( ンガローを中心に楽しい日課に入・つて プレインは造艇所で働き始めた。 2 3 こ 0 ー 52