、ンクー であった。 ポート・ダーウインでも同様な事件が発生した。 既存の地球文明は崩壊していった。 連邦は各地に続発する一連の神経症的症状を『クシロ症候群』と 呼び、地方保健局に大規模な調査を命した。その原因を異星生物に 対する恐怖と、たとえ一時的にせよ地球文明の崩壊による絶望感が幾つかの宇宙船発着場からかれらが出発していったことは知られ もたらした集団性ヒステリ 1 と見なしたことはその時点においてはている。しかしその数は決して多いものではなく、おそらく百隻を まことに無理ならざるところではあった 9 出ないであろう。宇宙船発着場に在った宇宙船はかなりの数ではあ ったが、混乱の中に管制機構はすでに能力を失い、宇宙船の発進は そのほとんどが不可能になっていた。 ウラン・ハートルに在ったハイ・タング・トウギはおのれの所属す、幾つかの宇宙船発着場では悲惨な闘争が続けられた。変異などの 遺伝学的な理由でおそらく説明され得る『アイララ』になり得なか る歴史学アカデミーに長文の覚書を提出した。その覚書の中で、か った少数の人々は結集し、自分たちだけの生活を企図した。かれら れは人類百万年の歴史は、『アイララ』十億年の歴史の中に拡大、 は不安と孤独の中でかれらの《とりで》を堅持しようと超人的な努 包含されるものであり、「『アイララ』こそは蜜のあふれる土地、 ぼたんきようの花咲く栄光のカナンの地、また永遠のシャングリラカを傾注した。最初、かれらは宇宙船発着場を橋頭堡として火星や 」と理解することによって『クシロ症候群』の意味を説明し得金星の開発都市の援助をあおごうとしたが、それも望み得ないこと る、とのべた。それは人類の文明に寄せる挽歌であった。 がわかってよりかれらは真剣に地球脱出を考えはじめた。この時点 でついにかれらは自ら地球人であることを放棄したのだった。宇宙 船発着場を持たない《とりで》は全力をあげてその建設にとりかか った。それは『アイララ』に目標を与えた結果になった。長い戦い 『クシロ症候群』は短時日の間に世界人口の九割を『アイララ』と して自覚させた。もはやそれは自覚と呼ぶ以外に、いかなる言葉をの果に『アイララ』が飛び出していった所もあるし、地球人である ことをやめた人々が離陸していった所もある。 もってして呼び得なかった。人々は今や遠く故郷の地を望み、 かなる障害をも排して旅立たんことを心にちかった。そのためのか いずれが狂気でいずれが正気か、問うは無意味なことた。な・せな れらの目標は第一に宇宙船を手に入れることであり、その大旅行のらここではすでに地球人は一人もいなかったからだ。言いかえれば 為に必要な物資を用意することであった。それはもはや症候群などここでは『アイララ』になり得なかった人々こそ異星人であった。 ・トラマ という言葉で把握できる医学的性質の問題ではなく、永い間、人類《とりで》をめぐる戦いは、まことにひとつの劇であった。決して 7 の持っ遺伝的要素の中に秘められていた帰巣本能とも言うべきもの人に読まれることのない、決して後代の人々に語り伝えられること
これまで一度も顔を見たことのない男だった。・ほろ・ほろになった「静かにしろよ。さわぐだけくたびれるし、腹もへる。 宇宙服の上半分だけをはおっていた。 「しかし全員が宇宙船に乗ってここを離れるというからおれはこの 8 「中央管理部では《とりで》が陥落する場合のことを考えて一隻だ計画に参加したのだ」 「おまえだけじゃない。おれもそうだ」 げは大いそぎで完成させようという腹らしい」 「一隻だけ ? 」 「おれは・せったいにあの宇宙船に乗る ! 」 「ああ、そうしろ。 「そういううわさもある、というだけのことだぜ」 男はとっぜん何かを決意したかのように筋張った体にはげしい意 ィリのとなりにひざをかかえてうずくまっていた男がその言葉に 頭を上げた。 力をみなぎらせた。男は投げ出してあった武器を手にすると気が狂 ったように走り出した。ィリはとっさに足をのばした。男は大きく 「おれたちはどうなるんだ ? 「知れたことよ。一隻で百二十人。その中におれやおまえが入るわ泳いで泥水をはね飛ばして転倒した。 「こいつう ! 」 けはねえ」 「どこへ行くつもりだ。ここにいろ ! 」 「そんなことは聞いていない ! 」 男はふいに立ち上った。 武器など持って宇宙船発着場にあばれこんではかえって命をちち めるもとになる。ィリは宇宙服の男に首をねじ向けた。 「一隻の宇宙船に乗る百二十人は誰がえらぶんだ ? 」 しいいかげんにしろよ。おれたちまで宇宙船発着場におしか 「管理部でえらぶのだろうな」 けたくなるじゃねえかー 「そんな権利が ! やつらにそんな権利があるものか ! 」 男は悲鳴のようにさけんだ。 「どうせここもそう長くはもたねえんだ。好きなようにやらせてや 「権利がどうのこうのという問題じゃないのだ。何も管理部員がえれよ」 らぶからといって管理部員だけが乗ってゆくわけでもあるまい。そ宇宙服の男は自分の武器を肩にすると、足を引きずってその場を れは信ずるよりしようがねえよー 離れた。とっぜん、イリの耳もとで銃が吠え、宇宙服をまとった男 宇宙服をまとった男はくわえていた草の葉をべっ ! と吐き出しは風に吹き倒されるようにその場に打ち倒れた。 こ 0 「おまえら、みんな殺してやる ! 」 泥水の中から立ち上った男は火を吐く銃を水平に回した、。弾丸が 「そんなばかな ! 宇宙船を建造する間だけおれたちに《とりで》 なんのたしぶきを上け、空気を引き裂いてイグルーの壁を削った。うずくま を守らせておいて、脱出できるのはただの百二十人か ! めにおれたちはこうして食うものも食わないで《とりで》を守ってっていた人々がどっと立ち上った。その上に弾丸が降りそそいだ。 いるんだ ? 何人かが倒れ、絶叫が走った。ィリはひじとひざを使って物かげを
を待ちつづける、期待をこめた歳月であるならばまだ耐えることも哲学や道徳やそして教育。なんの為に。人類は長い長い年月、アイ できようが、これから自分が過す長い長い年月はその果に何かがあララを見失ってきた。それ故にこそ、多くの仮構を必要としてきた るというものではないのだ。《とりで》に在る時は《とりで》の外のだろう。アイララこそが唯一の実存であり、そこへ還るためにの に出ることしか考えなかった。しかしいったんその《とりで》の外み、人類は数百万年の歴史を積み重ねてきたのではなかったか。目 に出てみると、そこにはもはやいかなる意味でも明日は無かった。 ざめた者こそ幸なれ。しかしそこへ還ることのできない者の為には ィリは今はじめてさとった。なぜ《とりで》がつねに宇宙船発着歴史はどのようなおくり物を用意したと言うのか。 場をかかえていたのか。最初から宇宙空港を中心に設けられた所も ィリは薄黄色の粉末におおわれた床に打ち倒れ、声も無く笑っ 多いが、イリのいたあの丘の《とりで》はもともとこの市街の体育た。粉は重さを持たぬもののように舞い上り、やがてまたイリの体 エリアだった所と聞いている。その全く宇宙船発着のための施設もの上に降りかかってきた。ィリは体を丸め、眠った。 無い、しかも地形としては極めて不適な丘の中腹に宇宙船発着場と 称する場所を設け、《とりで》で囲んだのはいったいどのような理 どれだけ時間がたったのか、イリはふと眼ざめた。夢も無い浅い 由があったのか 2 ・こたえはただひとつだった。宇宙船など造る意眠りではあったが、その眠りの中で、かれはずいぶん前からかすか 図は最初からなかったのだ。何隻もの宇宙船を建造して地球を脱出に部屋の空気が動くのを感じていた。もちろんそれは耳で聞くもの するーーたとえ仮構の意図であっても、それは《とりで》の人々にでもなく、肌でさえ感ずることのできないほどかすかなものであっ とっては明日への希望であり、人間とアイララを区別する最後の拠たが、イリの眠らない神経末端はそれをとらえて放さなかった。 り所だったのだ。あるいは最初のうちは真剣に宇宙船建造の計画を薄暗い照明が床に積み上げられたさまざまな形を非現実的な彫刻 たて、材料を集め、人手と工具をそろえて実際に作業を進めたのかのように浮き上らせていた。ィリはなまりのように重い頭をわずか もしれない。しかし《とりで》の人数の何分の一かずつを収容し、 に上げて周囲をうかがった。それだけの作業で今にも首筋が折れて 地球を離れて他の惑星まで航行できる二万トンクラスの大型宇宙船しまうのではないかと思った。 を、たとえ一隻でも丘の中腹に設けられた急造のドックなどで建造とっぜん、思いがけない光景が目に入ってきた。 できるわけがない。そしていっ頃からか、それはただ《とりで》の高く突き上げたそれが女の足であると知るまでにはある時間を要 秩序を保っための共通のおきてと化してしまったのだ。人間はいかした。女の体の上にもうひとつの人影を見、それが何を意味するか なる場合でも生きるための目標を必要とするのだろう。たとえ本人を知るまでにはさらにいくばくかの時間を必要とした。ィリはそっ がそれをはっきりと意識していなくても、それが時には金であったと体を動かしてかたわらの機械類の山から手ごろな強化プラスチッ り、名誉であったり、また怒りや憎しみであったりする。目標を失クのパイプをぬき出した。それは紙のように軽く、えものとしては 5 った時、人間はもはや生きるためのエネルギーを失う。長い歴史。あまり役にも立ちそうになかったが、無いよりはましだった。ィリ
動物のほうへと歩みよっていった。黒い目と丸い顔をしたリスぐらこと。超空間をつうじて t.non を送るだけの電力はあるが、その信 2 0 ・ いの動物で、小さな太鼓腹をうわの空で掻きながら、彼の近づくの号を超空間へ送りこむために必要な信号変換器が壊れている。 をしかつめらしく見つめている。六インチの距離まで彼が近づいた 。ほう、宇宙船を超空間へ送りこむための空間転移ュニットはぶじだ ところで、そいつは二、三フ ィートむこうへ走り出し、それからまが、そいつを働かせる電力がない。いったい、どっちに手をつけた た立ちどまって、しかつめらしい凝視にもどった。 ほう力いいだろう ? 転換炉を作ってこの宇宙船で帰るか、それと ウイルフレッドのどなる声がまたきこえたので、・フレイクはきびも、 0 cn の送信のために超空間用信号変換器をこしらえるか ? 」 すを返してキャン。フのほうへもどった。小動物は彼の後姿をじっと「あとの場合、信号を超空間に送りこむための変換器を作るだけで 見送っていた。どうやらオーロラには、彼らのいのちを脅かす猛獣なく、送信機の最終出力段も修理しなくちゃならんよ」と、テイラ はいないらしい 1 がいった。「励振用の増幅部では、たとえ信号を超空間へ送りこ 小動物は、まったくといってもいいほど、彼を こわがらなかった。その振舞いは、「逃げろーーーさもないと食われめたとしても、有効範囲が限られていて、もよりの前哨までも届く るそ ! 」という掟に馴れた動物のそれではない。 まい。たまたま有効範囲の中にどこかの宇宙船がいないかぎり、信 食事がすみ、汚れた皿が大量の砂と少量の水で磨かれたあと、テ号が受信される見こみはないね。それに、宇宙の大きさからいっ て、われわれの一生のうちにそんなことはたぶん起りえないだろ イラーは一同の置かれた状況についての討論をはしめた。 「もっとも簡単な解決法は、 U)O(J) を発信することだったろう。緊う」 急波長帯をつかって、どの宇宙船かとあっさりコンタクトできたは「すると、信号変換器と通信管をもう一度作ってもむだだ、という ずだーーおそらく、ここから一日かそこらの距離にいるそれとね」わけですか ? , と、ウイルフレッドがたずねた。 「いや、再生することじたいが、われわれの手におえないのさ」 「超空間では一日かそこらーー・正常空間なら二百年以上」と、クッ クが注釈をはさんだ。「人間ってやつは、故郷から三万光年のむこと、テイラーがいった。「それには特殊合金と稀ガスが必要だ。き ナししち、それを作り出す工作機械を うで立往生するまで、宇宙がどれだけ広いものかを身にしみて感じわめて精密な工作も必要た。・こ、、 作るのに、何年もの労働が必要だろう」 ないんだなあ」 レンスンがため息をつき、こわれた宇宙船のほうをじろりとにら「われわれには、この宇宙船を超空間へ叩きこむ装置がすでにあ る」と、・フレイクはいった。「必要なのは電力だけだ。精密な電子 みつけた。 「その宇宙の広さというやつの不愉快な実感が、そろそろ・ほくにも工学装置を作り出すよりも、その電力を蓄積する方法を考え出すほ うが簡単な気がするよ。結局、われわれに必要なのは、超空間へ跳 わかりかけてきたよ」 躍するための巨大な貯蔵エネルギーだけなんだーー短時間の大工ネ 「方法は二つしかないように思うんだ」と、・フレイクがいった 「あの船か、それとも信号のどちらかを、超空間へ送りこむルギー。正常空間への帰還の場合は、そのエネルキーの何十分の一
「クオーター・ハグ ! 」 「もう少しでうまくいくところだったんだが」 その時、操縦室のドアが外から押しあけられた。ステンレスの厚 コ・ハはくちびるをかみしめた。 い支持金具をつけたままのドアは千切れて紙のようにひるがえっ 三人がほうりこまれたのは、土木器材を格納していたイグルーだ 「起て ! 」 った。今は器材はどこかへ移したとみえて、円いコンクリートの床 短い銃身の先端が蜂の巣を開いたレ 1 ザド・ガンが四人に向けらには針金一本落ちていなか「た。かれらは入口の鋼鉄製のドアに鍵 ろた。ィリはシート の。 ( ックルをはずして立ち上「た。トウギはをかけると立ち去った。つめたい床に尻をすえると、もう物を言う 背を丸めて首をすくめた。しわで埋「た顔にちらと悽惨な笑いが浮気力も残「ていなか 0 た。闇の中でトウギだけがしきりにロの中で かんだがすぐ消えた。 何かつぶやいていた。 「クオ ータしハグには無理だったんだ。宙航士が居るから大丈夫だ やがてトウギがイリのかたわらににじり寄ってきた。 と考えたおれの判断がまちがっていたよ」 「イリ おそらくクオ ーターバグにとっては、ハッチが開いたままの宇宙 トウギがささやいた。 船を発進させるなどということは、宙航士としての本能が許さなか「宇宙船の航法慣性装置の指示キーをぬいてきた」 ったのであろう。かれ自身の内部でのおそろしい闘争は、しかしつ 「なんだと ? いにかれの宙航士としての義務を守った。 「これがなければあの宇宙船は発進できない」 四人はレーザー・ガンにせき立てられて長いラダーを降った。 「発進できようができまいがもうおれたちには関係あるまい」 ( ッチから外へ出ると、投光器の光が眼底を射しつらぬいた。 ィリは強く歯の間をすすった。 かれらはクオーター・ハグだけを引き離し、イグルーのならんでい 「なさけないやつだな。あれが発進しないかぎり、おれたちにも使 る方角へ追い立てていった。かれらはクオーター・ ( グが宇宙船技術える機会があるというものだろう 者であることに強い関心を持ったようであった。当分かれは命をと「じじい、まだ逃げ出す気でいるのか」 られるということはあるまい。そのうちには助かる機会も生れてく「ここで死にたければそれでもいいさ。無理にはさそわん。もとも るかもしれない。それはかれが宇宙船技術者の良心にしたがって、 とおまえは来るのはいやだったのだからな。それから、おれの名は 飛行不能の宇宙船を発進させなかったことに対する良心の恩恵かもトウギだからな」 しれない。それに対して、計画し、かれに無理強いして出発させよ ィリはトウギに背を向け、ごろりと横になった。コ・ハはトウギに うとしたトウギやイリはさしづめ、助かる機会さえ与えられないとついてゆくことを承知したらしい し、つことカ 闇の中でトウギは壁に穴をあける作業をはじめた。ゆっくりとド ー 07
「これはおれのものだ。持ってゆく」 「おまえ、行きたいんじゃなかったのか ? 「いいから言われたとおりにしろ」 「おれは行ってやろうと思っただけだ」 ィリがそれをうばい返そうとしているうちに、クオ 1 ター・ハグと 「三人居れば宇宙船は発進できる。それに宙航士も居ることだし コ・ハの手で作業ははじまった。小石を敷きつめた上に地雷を重ねて な」 置き、さらにその上を石でおおい、ロッカーの外側をパリケードか 「わかったよ。さあ、立て。ぐずぐずするな、じじい」 ら千切ってきたらしい針金で厳重に縛った。 「おまえ、ばかか ? 「ばかだろうな。じじいのロ車に乗せられてあぶねえ橋をわたろう「イリ。かっげ ! 」 「なんでおれがー とするんだから」 「おまえのものだろう」 四人は一列になって暗い平原を進みはじめた。月が沈む頃、よう 「くそっ ! 」 やくかっての《とりで》の外殻へたどりついた。 じじいと言わないのか、とトウギはあはあはと笑った。 中空に黒々と影をきわ立たせる稜線に無数の投光器が青い光芒を 落していた。小さな赤いランプがたてにつらなっているのは、《と くずれたイグルーの間をぬけ、飛散した・ハリケードの下をくぐっ りで》が設けられていた時にはついに使われることのなかったガン て四人は宇宙船発着場の土塁へ近づいた。すでに取片づけられたも クレーンであろう。発進が間近いのかもしれない。 《とりで》から逃れ出た時とは逆に、壕を伝 0 て稜線へ迫「ていつのとみえ、かっての仲間たちの死体はどこにも無か 0 た。土塁の下 でクオータしハグは自動小銃をひろった。土塁の内部は真昼のよう 「まて。ィリとクオータし ( グは地雷を掘り出してこい。おれはこな照明がかがやき、クレーンがあわただしく動いていた。その影が 地上を走ゑ頭上にそびえる深青色の宇宙船の巨体に沿ったガント の先の左へ曲った所で待っている」 クレーンは、たえずおびただしい物資をつかみ上げていた。 暗闇の中で地雷を掘り出す作業は極めて難かしかった。しかしリー・ 《とりで》を占領したアイララはもはや警戒の人数も出していない十数名のアイララがいそがしくゆききしていた。宇宙船の ( ッチは 五十メートルほどの高さに開いている。 ようだった。二十分ほどかかって二人は四個の地雷を掘り出した。 「カントリー・ クレーンのリフトが降りてきたら地雷の導火線に火 トウギの待っているという地点までそれを運んでゆくと、トウギは をつけろ。そして走る。リフトが地を離れた瞬間にとび乗れるよう 四角な大きな金属の箱に腰をおろしていた。 にするんだ。宇宙船に入ったらたたちに操縦室へ行く。操縦室へは 「これに石をつめ、真中にその地雷を入れろ , ェア・ロックを通る。宙航士は発進準備ができしだいスタートさせ 「これは ! 」 る。銃はコパが持て。質問は ? 」 「おまえが盗み出したものだ」 ー 02
ののように走「た。土塁の反対側に、街から運んできた各種の液体の容器がつぎつぎと誘爆をはじめた。あちこちで銃声がとどろき、 燃料を貯蔵してあるイグル 1 があ「た。《とりで》の最後の戦いでそれに向「てさらに八方から弾丸が飛んでい 0 た。油の帯は宇宙船 そこに火が入「ていなか「たとしたらそれはイリの計画に極めて効発着場に近づこうとする者を拒み、宇宙船の周囲にあ 0 た人々は混 果をあらわすだろう。走りながらイリは願った。 乱の渦から除外されていたずらに右へ左へ走り回った。火柱は夜空 「あるそ ! 」 を焼き、遠い平原をも火の色に染めた。ィリは宇宙船の長大な支持 投光器から降りそそぐ青い光の滝の中に、壁に大きく描かれた黄脚の下に立 0 た。直径五メートルもある主噴射管のノズルが巨大な 色の十字の「ークがあざやかだ「た。一、二度、作業で来たことが洞窟のように頭上に開いていた。その噴射管の内壁に点検用のおり あったが鍵はかけられていないはずだった。液体燃料など、食料やたたみばしごが突き出ていた。その下をくぐりぬけるとガントリー 衣服などとちがってさすがの《とりで》の住人たちにも興味はなか ・クレーンの基台が古代の神殿の列柱のように暗闇をはらんで並ん ったのだ。そ 0 とドアを押した。大小さまざまの金属鑵ゃ。フラスチでいた。リフトは高く引き揚げられているが、基台に設けられた作 ック容器が壁に沿ったがん丈な棚や床にすき間もなくならべられて業用のらせん階段が上方にのびている。今ならそれを利用すること いた。ィリはプラスチック容器を引き出し、栓をゆるめると少しずができるだろう。ィリは鋼鉄製の階段を踏みならしてかけ上った。 っ地面に垂らしながら走った。夜空にそびえる宇宙船を遠くまくよとっぜん耳もとで大気がするどく鳴った。弾丸はやすりをするよう うに油の帯を作る。もう一度とってかえすとこんどは大きな金属鑵な摩擦音を曳いて宇宙船の船腹をすべっていった。ィリは銃口を地 をころがして油の帯の末端に置いた。のどはからからに乾いていた上へ向けて掃射した。前後左右を弾丸が乱れ飛び、それはどこまで が鼓動は平静だった。トウギたちはどこにひそんでいるのか、まだもイリを追ってきた。らせん階段は果しなく上へのび、かけ上るイ 立ちさわぐ気配もないし一発の銃声も聞えない。ィリは十分の距離リの足はしだいに鉛のように重くなってきた。船倉ハッチまではあ をとってから金属鏥めがけて銃の引金をしぼった。鈍い発射音を打と二十メートル。船倉の内部にともった非常灯が小さな星のように 消すように、弾丸につらぬかれる金属がけたたましいひびきを発頭上にかがやいていた。そこから見る地上はわきかえり、煮えたぎ した。とっぜん、ほのおの塊が中空に弧を描いた。地面にのびた油るほのおの海だった。燃えながら流れる多量の油は土塁の切れ目か の帯は真紅の障壁をはためかせて矢のように走った。ィリは土塁をら宇宙船発着場の一角にひろがりつつあった。そのすさましい熱気 おどりこえ、暗闇に向って弾丸を放ちながら後退した。一瞬、巨大はらせん階段の ( ンドレールを触れることができないほど熱くして な火柱が夜空に噴き上った。土塁によってさえぎられた火の海はっ いた。そのためか、飛来する弾丸が少なくなった。火に追われて逃 なみのように巻き返った。かけ集ってくる十数個の人影をなぎ倒しげまどう人影が何かの競技でもしているかのように散っては集り、 ておいてイリは方向をかえ、宇宙船に向って風のように走った。最集っては散った。火光の中に、イリを追ってらせん階段をかけのぼ 8 初の爆発でイグルーの天井や壁は跡形もなく飛散し、はねとんだ油ってくる数個の人影が見えた。ィリは階段の間から銃身をつき出
まらなかった。 神。べールをかぶった美しい女神ですよ。この世界も美しいし、や はり・ヘ 1 ルをかぶっているーーあのきらきらしたかすみ」 「初対面の惑星じゃ、なんにでくわすかしれないからね」プレイク ィートむこう はそう教えながら、エレベーターにもどった。「文明を持った生物「いい名まえだ」テイラーはうなずいてから、数百フ そのものは、岸辺にそって密生した緑の の形跡はないが、野獣はいるかもしれん。野獣ってやつは、こっちの小川に目をやった。小川 があいさっするまで待ってくれないときがあるーー・・・深呼吸一番、 樹々に隠れている。「あの川の水の分析試料をとりにい きなりこっちを踏みつぶそうと、まっすぐにとびかかってくるん彼らは小川のほうへ歩き出したが、その途中でも、ひとりひとり が無意識に、背後にそびえる宇宙船をちらとふりかえった。・フレイ エレベーターは船尾に着き、五人はエア・ロックをくぐり抜けクのこれまでの経験だと、異星に第一歩を印する人間は、例外なし た。それからタラップが地上におろされ、彼らはまだ宇宙船のまわにそうするものだ。彼らは行く手にひそむ危険を警戒しながら母船 りを過巻いている砂・ほこりの中に降り立った。 を離れていくのだが、まるで、その巨大な船体がまだそこにあるの 「いまごろ、送風機は推進室をこの砂・ほこりだらけにしてるこったを確認して心の支えにしようとでもいうように、うしろをふり返る ろうブレイクは一つくしやみをしてからいった。 「こんなにひどのを忘れない。それも当然だろう。未知の世界に降り立った人間は いとは知らなかった。もっとも、推進室のドアは閉めきってあるか孤立した存在であり、彼とほかの人びと、ほかの人間世界をつなぐ ら、船内へこのほこりは広がらないがね」 きずなは、その宇宙船だけだ。それは彼をそこへ運んできた。そし 一同は船体と砂・ほこりのそばを離れ、きらきら輝く砂地に立って、それだけが彼をもとの世界へ連れ帰ることができる。母船を離 かみて て、まわりをきよろきよろと見まわした。上手には峡谷の出口があれて歩き出す人間は、それが大きなしん・ほう強い犬のように、彼の り、山々の頂きは虹色のかすみに隠れている。山麓には、新地球の帰りを待ちうけていることを知っている。彼の命令一下、いつでも 砂漠地帯のそれとよく似た樹木がごくまばらに生え、それに混じっ 宇宙空間へ飛び出す用意をして、待ちうけていることを知ってい て鋭いとげを持った藪が伸びている。中には、うすい。ヒンクから鮮る。ときには、ネルスンーⅡの怪物グモのように、未知の惑星が、 それを探険しようと企てる二足生物への死をはらんでいることもあ やかな深紅まで、さまざまな色あいをした、エキゾチックで美しい るが、そこで戦って生き残ろうとする人たちにとって、宇宙船は復 花を満開にしているものもある。 「きれいだ」と、クックがつぶやいた。「花を摘むには、ちょいと讐の刃にもなりうる。宇宙船は雷鳴のような声と火の吐息とで死者 ぶっそうだが、あの茨は天然のアイス。ヒックだな」 たちの仇をうち、人間を殺すというあやまちを犯した異星の生物た 「名まえを考えなきゃいけないね : : : この世界のーと、テイラーがちを、一つかみの天に亦えてしまうのだ。 いった。「なんと命名しよう ? 」 母船がなければ、敵意を持った未知の惑星に降り立った人間は、無 「オーロラ」と、レンスンがただちに答えた。「古代神話の暁の女力に近い存在である。母船があるかぎり、彼らは無敵の征服者だ。 掲 4
しュ / し・ : ったいどれだけの電力を与えたんだ ? 」と、彼はして、なにか叫んでいる。 ・フレイクに詰問した。 「 : : : 屋根を抜けた ! 」 「最少電流さ」と、・フレイクは答えた。 上を見上げたプレイクは、その言葉の意味をさとった。彼らの頭 「最少電流」ウイルフレッド : カつぶやいた。「最少電流で : : : ダイ上にある船体の外皮に、小さな穴があいているのた。一ポンドの銅 ヤモンドが秤の中を突き抜けたのか ! 」 ・フロックが作り出すほどの穴が 穴のあいた秤が手から手へ渡るにつれて、陽気で饒舌な会話が一 「三個の抵抗器であれだ」と、クックがいった。「この宇宙船を持 同のなかに広がっていった。 一万隻の宇宙船でも持 ち上げる力が、手にはいっただけじゃない。 クックは新しい秤をとりに走り、プレイクとレンスンは、もう一ち上げられるぜ ! 」 クックは自分の計算尺で素早く計算をはじめ、ウイルフレッドも つの加減抵抗器を最初のそれへ直列で連結したあと、ウイルフレッ ドが計算尺で計算した結果を聞かされて、さらにもう一つをつけくそれにならった。プレイクも好奇心はうずいたが、三人で同時にお わえた。 なじ問題を解く必要もないと思いかえし、テイラーやレンスンとい っしょに結果の出るのを待った。テイラーは微笑をうかべていた。 クックが、もっと大型の秤と銅の・フロックをかかえて戻ってきた。 「三個も ? 、と、加減抵抗器にむかって、ぎゅっと眉を上げてみせ・フレイクが何カ月ぶりかで見る、この男の徴笑だった。 てから、「もし、三個の加減抵抗器を通した最大出力で一ポンドの「超空間推進用のエネルギーの問題は、これで解決した」と、レン スンがいった。「これとおなじ原理をそこへ適用すれば、強引に障壁 銅塊が動くようなら、発電機を使えば宇宙船の千隻は動かせるな」 をぶち破るんじゃなく、実際に超空間へ『スリップ』できるんだ」 銅のプロックは、秤から X 一四五の場の中へと吊り下げられた。 フレイクはいっこ。 「これで宇宙船の推進手段はできたし、宇宙船を超空間にスリツ。フ 「おそらく充分な効果は出ないだろうが、もういちど最少電流からさせる手段もできた」と、・フレイクはいった。「われわれの計画 、はたしてそいつを完全 は、成功の一歩手前まで近づいた やってみよう。最少電流では、とても華々しい結果は期待できない に成功させる時間があるだろうか ? 」 と思うが」 彼は銅のプロックを見つめながら、抵抗器のつまみを四分の一回「時間 ? 」レンスンがびつくりしたようにききかえした。「どれだ ? まだあと七日もある。それなら充 転させ、かすかなカチッという手ごたえを感じた。鋭い、耳をつんけの時間が要るというんだい ざくような大音響が部屋にひびきわたり、銅のプロックは、さっき分じゃないか ? 」 のダイヤモンドとおなじように消え失せた。一陣の熱風が烈しく彼プレイクはかぶりを振った。 「それだけの短い期間では、船体の準備ができない。七日以内にこ をおそい、なにかが天井から撥ねかえって、ごっんと肩にあたっ た。秤からもげた金属のかけらだった。ウイルフレッドが上を指さこを出発するためには、どうしてもーー」 2 30
のないあえかな劇であった。、・そこで何が行なわれたのか、、誰も知らかがやかせていたのもその火であった。 「どこへ連れてゆくんだ ? 」 女の眼にほのおの色が映っていた。 4 それだけが目的であるかのように女はこたえた。 「出てどこへ行く ? 」 最初に気がついた時、イリは自分の体が何者かによってどこかへ 運ばれてゆくのを感じた。ひどい衝撃が絶えず背中を打ち、それで「もう《とりで》も終りだわ。夜明けまでにはみんな死ぬわ」 自分は背中を地面につけたまま引きずられていることを知った。自「宇宙船もとうとう間にあわなかったな」 分はアイララに捕えられたのであろうと思った。ふたたび意識が薄「そう。だれのためにもね」 「おまえはアイララか ? 」 れていった。 そのつぎに気がついた時には、かれは自分の足首が誰かに握ら「その方が生きる道はあったでしようね れ、なお地面を移動しつづけていることをはっきりと知った。しか近くに砲弾が落下し、爆風がどっと吹きつけてきた。けたたまし しその動きは極めておそく、足首をとらえている者の荒い呼吸が時く自動砲が吠えている。戦いは宇宙船発着場の構内でおこなわれて いるようであった。 おり高く聞えた。ィリは首を上げて、自分に背を向けている人影に びとみをこらした。女だった。女は荒い息を吐きながら周囲の闇に「今のうちなら《とりで》の外に出られるわ。アイララはみなあそ けもののような敵意を放ちなら一歩一歩、イリの体を運びつづけこへ集「ているようだから」 女は宇宙船発着場の方角に立ち上る火柱を目で指した。 た。その髪が暗紅色にかがやいた。 「出てどこへ行く ? 」 「離してくれ。背中が痛い」 「街なら・ : : ・」 ィリの声に女は身をかがめて顔を寄せた。 街へ逃れることを誘われたのはこれで二度目だった。二度目なら 「どこへ連れてゆくんだー その時になってイリははじめて周囲にはげしい炸裂音が渦まいて承知してもよいかもしれない。それに今はもうここにとどまること いることに気がついた。かれらの攻撃がはしまってからまだ幾らもはできないのだ。 ィリは体を起した。弾丸が音を立てて頭上を飛び過ぎ、崩れ落ち たっていないようだった。ィリは首を回した。とっぜん、巨大なた たイグルーのむこうの夜空で、レ 1 ザー・ガンがむなしくはためい いまつのように燃え狂っている真紅の火柱が眼にとびこんできた。 地上も夜の空も火の色に染っていた。宇宙船の燃料集積所ででもあた。 丘のゆるい傾斜を二人は物かげの暗闇をつたって走りくだった ろうか。すさまじい爆発音が大地をふるわせた。女の髪を暗紅色に ドラマ 「《とりで》を出るのよ」 8 8