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検索対象: SFマガジン 1970年8月号
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1. SFマガジン 1970年8月号

《おれは、おれの航時機が、極低温科学の偶然的な副産物みたいなてくみ込んでしまったらしいな。もっとも技術上の進歩が、偶然か ものだったということを、あんたに理解してもらいたかったのだ。 らよく起るという事例の一つといえるかもしれないが : ケルビン即ち絶対零度イコール摂氏マイナス二七三・一五度をこえ そして何が起こったかよくわからない。とにかく、おれは、おれ た者は誰もいなかった。それは光速の壁と同様、物質の限界みたい の改良した > マシンが、まっしぐらにケルビンゼロにむかって降下 なものなんじゃないか : 。が光速にくらべると、この方に何かししている事実を知った。いずれは、超伝導理論を量子論にうまくむ ら可能性がありそうだった。というよりは、おれは空想したんだ。すびつけた理論家が、おれの体験した現象を理論化してくれるだろ おれは漠然とこう考えた。四次元とはなんだ : : : 。絶対空間と絶対うと思うが、おれ自身は、まるで悪戯っ子みたいにぜんぜんわかっ 時間の組み合せとするニュートン的宇宙観が、減びさって久しかっちゃいないしまっさ。ところで、〈ニ〉よ。あなたは察するに、時 た。おれたちの世界では、量子力学の初歩は十歳の子どものための空連続体的生物のようだが、うまく説明できるだろうか》 ヒトは語りおえて〈ニ〉に尋ねた。 数学教程にのっているくらいだものな。時間ー空間は、事物や事象 の要するに容器じゃない 。時空連続体という概念は、物質の究《ああ、お前以上にわたしは理解した。としても、お前にわかるよ 極的単位、つまり素子の生成についての観測的事実から生じてきた うに説明はできないと思う。水域から空域にとび出してきたような ものらしい ・ : 。たとえば、空に浮んだ魚が、なぜ自分がここにい ・ : 許してくれ。あなたに講義などきかせるつもりじお前にはな : ・ ゃなかったのだ。おれだって、そんな理論はどうでもよかった。おるかわからぬように : ・ : 》と〈ニ〉は、ヒトの言葉を探りながらい れはただ、時間というものが、ケルビンマイナスで、どのような意った。《いずれは、折をみて配下の〈タム〉に尋ねてみるとよい。 味を持つかを知りたかった。で、おれは理論じゃなく、体験しちま〈タム〉はお前とは異域の低次元人同士だが、〈タム〉はきっと、 ったというわけなのさ。あのこわれた乗物は、何のことはない、土お前の世界のもっ空間性を不思議におもい理解しえないだろうよ。 木機械なんだぜ。端的にいってしまえば、超極寒的環境では、電気〈タム〉にとっては、空間は不可逆的であるように、時間の異方性 ミシンだって、タイムマシンになりうる可能性がある。 > マシンにをお前は理解しえまいだろうよ : つまり、時に拡がりがあると は、高性能のクライオンポンプがついている。極低温発生装置のこ いうことをだ。さて : : : 》と、〈ニ〉は、親愛を示す精神的なテレ とだ。こいつがおれの好奇心をかりたてた。直観力だな。全く単純パシイをおくってヒトを包みこんだ。 な発想だった。おれは、故障中の > マシンから不用のクライオンポ 《わたしは、お前たち種族の自然改造技術をつかってみたいのだ ンプを外してきて、クライオンポンプの多位相的鎖を試作した。 が。どうだ、私に同行して一仕事手伝ってくれぬだろうか。その代 それは一種のメビウス的な循環鎖となった。おれは、ケルビン 0 りの条件にお前を〈亜〉の内側にむけておくりかえしてやろう》 〇〇〇〇二からはじめた : : : 。今、考えると、おれはそのとき、ど《そうだな》とヒトはいった。ぞして《だが》とためらいがちにっ づけた。 うも > マシンのスイ・フレーション発生機を、その系の中にまちがっ チェーン

2. SFマガジン 1970年8月号

シリアスな学間領域になっています。 一に科学のもたらす「新しい認識」にもとづく自由な思考の場に ☆ おいて、人類と宇宙を探究し、表現しようとする「未来の文 学」の地位を築き上けてきたことは、否定できないと思いま こういった情勢をふまえて、私たちはをさらにいっそう す。とりわけ、二十世紀中葉以後の産業化社会において、「新しい状況」にふさわしい「人類の文学」たらしめる可能性 一は青少年文化の基礎の一部にし 0 かりと組みこまれ、後半にかの探究を目ざして、全世界の作家の参加のもとに「国際 けて、成人の中にもその影響を拡大しつつあります。 シンポジウム」を八月末に開催したいと思います。 ☆ 私たちの、社会的生活環境の中における「的状況」の急 世界各地域で、成人むけを真剣に書き続けている作家の速な拡大は、今まで「空想」の文学とか「予言」の文学とかい 数はさほど多いとはいえません。しかしながら、それはとりわわれてきたそのものに、さらに拡大された、新しい課題を け科学者の中のイマジネーション豊かな人たちによって支持さっきつけていることを、痛感させずにはおきません。世界各国 れ、また、現在の世界第一線級の作家は、自身がまた一線の作家との文通を通して、彼らもまたが、今や世界的 級の科学者である場合がすくなくありません。 規模において、再検討の時期にさしかかっていることに同感の さらに、は、単に「小説」の分野だけでなく、映画やデ意を表してきました。 小説の分野にかぎらず、より広範な視聴覚メディアをふくむ ザインや音楽など、より広範な「視聴覚メディア」の分野に も、この半世紀の間に多くの影響をあたえてきました。「「文化」そのものは、二十世紀後半から、さらに未来にか 的思考」「的センス」「的イメ 1 ジ」は、現代から未来けての新しい「人類文化」の形成に、大きな役割を果たしうる へかけての、まったく新しい、あるいは、未知の状況を感覚的可能性をはらんでいると、私たちは確信しております。 にキャッチする手段として、社会の「基礎的感性」の一つにな その可能性の検討と、探究のために、同じような問題に関心 りつつあります。 をもっ全世界の作家の知性を糾合し、活発な交流と、意見 そして現在、二十世紀の最後の三分の一に足をふみいれた地交換をはかりたいと思います。 点において、文明の状況は、かって、が予言的に描き出し 時あたかも、アジアにおける初の万国博覧会が日本で開催中 た状況に酷似したものになりつつあり、一部ではそれを超えっ っさえあります。 であります。 核エネルギーの利用、テレビの普及、「思考する機械」の出近代西欧社会がうみ出したこの国際行事は、初めて欧米の地 一現、惑星間旅行、宇宙中継、地球上あらゆる地域を数時間で結をはなれることにより、「地球的」な、かつ「人類的」な催し 一ふ航空網ーーさらに、巨大化し加速されつつある「機械文明」となる第一歩をふみ出したといわれております。ヨーロッパ、 の不気味な発展ぶりは、私たちの生活や社会の未来を、人類アメリカ地域においては、これまでたびたびもたれていた ・地球的スケールでもって、真剣に考える必要を増大させ、作家の国際的会合も、日本で開かれることにより、そのも 一「未来学」は、今や全世界の多数のすぐれた知性が参加する、 のの性格に、将来へかけて大きな影響をあたえるでありましょ ☆ 6

3. SFマガジン 1970年8月号

「ご存じかね ? 」 は、合成人間を用意した」 ・ヒッツは、ふてぶてしく笑った。「いいあんばいに、周囲の気象「合成人間 ? 」 条件もおあつらえむきらしい。このぶんでは、注文どおり暴風雨を「そうとも。蛋白質合成による試作人間のことさ。あれは、十日と 呼べるそ」 生きていられないのはむろんご存じだろうが」ビッツよ、、 ーしゃな笑 その通りになった。風は刻一刻と強さを増し、光はうすれ、波は いかたをした。「・ほくは、コンビ、タ」に頼んで、できるだけ巨 狂暴に荒れながらしだいに高くなって来た。 大な、しかもグロテスクなのを作ってむらった。そればかりじゃな 十二隻の船は、完全におもちゃだった。船上の人々はあわてふた 。その数体の合成人間にはね、生きた動物を食う習慣をつけてあ めきながら帆をたたみにかかったが、間に合わなかった。吠える闇る。そいつを停滞時場に保存してね : いつでもこの時域に呼べる の中へそれは次々と引き裂かれて飛んで行った。 ようにしてあるんだ」 「すごいすごい ビッツは、得意満面たった。「どうだ。考えてもみるがいし キアウェインが手を拍った。 の亜人間の、英雄とかいうのはだよ、恐怖でまず精神異常になり、 それから何もかも忘れてしまう。うろうろしているところを、つい 「出力のつづくかぎり、この嵐をつづけるんだ」 には合成人間にとって食われるというわけだ。みごとだろう ? こ ビッツはいった。「その終りの時分に、われわれの姿を、拡大立 れほどみごとな計画があるかね ? 」 体投影で見せつけてやる。あの連中が死ぬほどこわがるのはたしか じゃないかね ? そう思わないかね ? 「可能性は認めよう」 ハ 1 クは、胸が悪くなった。 「可能性 ? とんでもない。そうなるのにきまっている。これが、 彼が考えていたのは、そんな筋道の通ったなぶり殺しではなかっ 専門家の仕事というものさ」 た。笑いものにするというのは、そんな、設計図どおりにきちんき ちんと、事をおこなうのではなかった。もっと感覚的な、こころに 「もうここまで来れば、話したってさしつかえなかろうが、 ・まくのかかわるものなのだ。 準備はこれだけじゃないんだぜ。この嵐は、ほんの小手調べさ。あ ちら、とテナインを見る。テナインはあきらかに、白け切った表 と、どういうやりかたを考えていると思う ? 」 情になっていた。 「知るものか」 えらく、うるさいこといってさ」 キアウェインまでが、ぶつぶついった。 「じゃ、教えてやろう。第二段はね、忘却剤だよ、忘却剤。判るか 、カ ね ? , 何らかの方法で奴に飲ませるのさ」 ビッツは上機嫌だった。「第三段、これが決定的なんだな。ぼくそのときだしぬけに、ムラが高い声で笑いだしたのである。おか ・、 0 6

4. SFマガジン 1970年8月号

世界 SF 全集嘉 世界で初めての画期的企画 / * 第回配本 / 6 月日発売定価八五〇円 囮◆囮◆ 3 小松左京 継ぐのは誰か ? 果しなき流れの果に 時は一一十二世紀地球は突然、太陽の致命的な大変異によって破滅しようとした : : : 日本界の重 鎮小松左京が、宇宙をメタフィジックに捉え、独自の宇宙観を展開したスケール壮大な宇宙ドラマー 女ロ売中 プラッドへリ火星年代記 / 華氏四五一度 次回配本〈 7 月日〉 へスター。虎よ、虎よ ディック宇宙の眼 人類は果して地球上の〈最終王朝〉か ? それともみすから築き上げた文明の中から、人類の後継者 を創りだすのか ? 種としての人類の可能性を探り、真摯に人類と文明の未来を考察した野心作 ! 八〇〇円

5. SFマガジン 1970年8月号

商人は駄々っ子のように言った。「なぜ黙っているんだ ? 」 かれはびっしりと生いしげるひょろ長い草にとりかこまれてい ラーター 「・ほくに喋れとおっしやるなら、言いましようか、救命艇に自分のた。やや離れて生えている樹木は、普通の木なら頂上というべき高 2 体をしばりつけて、・ほくが発射器を操作する手伝いをしてくだささに一番下の枝が生えているという点を除けば、かれの故郷のアル クトウール星の樹と同じ形のものだった。 パイロットは果敢な働きをした。かれの腕は未熟ではなかった。 かれは大声で呼んだ。その声は濃密な大気の中で低くとどろい この惑星の重力ポテンシャルにおいて異常に高層な大気が宇宙艇のた。商人の声がかえった。探険家は行手をはばむかたい草の茎を手 周囲で泡だち煮えたったが、最後の一刹那にかれは艇のコントロー 荒くかきわけながら声のする方へ向った。 ルをとりもどしたかにみえた。 「怪我は ? 、とかれは説いた。 かれは目指す北部大陸にある目標地点への外挿軌道に従い、その商人は顔をしかめた。「どこかくじいたらしい。歩くと痛む」 針路を維持することすらやってのけたのである。情況が異なり、ま探険家はそっとさぐってみた。「骨が折れている様子はないな。 た紙一重の幸運があれば、この話も、間一髪を救った見事な離れ業痛くても歩かなくちゃしようがない」 として後の世まで語りつがれたであろう。しかし成功を目前にし「ひと休みできないのかね ? 」 て、疲労困憊した肉体と神経は、操縦桿にほんの少々圧力を加えす「艇を探すのが先決問題ですよ。もし飛行可能ならば、あるいは ぎたのであった。ほとんど水平飛行をしていた艇はふたたび沈下し修理可能ならば、生きのびるチャンスはある。さもなければだめ もはや最後のエラーを修正するいとまはなかった。地上までわず「ほんの二、三分だ。一息つかせてくれ」 か一マイルしかない。パイロットは着陸の瞬間まで持ち場を離れな探険家もその二、三分間をありがたいと思った。商人の目は閉じ かった。かれの頭にあったのは、衝突の衝撃を軽減すること、艇をられた。かれもまたわが目にそれを許した。 飛行可能の状態に保つことだけであった。かれは生きのびることは どすどすという地ひびきに、かれはばっと目を開いた。「未知の できなかった。艇がスープのような大気に狂ったように突入してい 惑星でぜったい眠ってはいかん」とかれはむなしく考えた。 フローダー く一方、救命艇の発射管は少数しか作動せず、間に合ったのはただ商人もすでに目をさましていた。かれのあげた悲鳴は恐怖にみち 一隻のみであった。 ていた。 後刻、探険家は失神状態から恢復して立ちあがったとき、自分と探険家は声をかけた。「この星の住民だ。手出しはしませんよ」 商人のほかに生存者はいないことを確信した。しかしそれも甘い見だがかれがそう言うか言わないうちに、巨人がかがみこんでき 通しであったようだ。かれの救命艇は、かれが地表までのかなりのて、あっという間もなく、つまみあけられ、グロテスクな醜悪な顔 距離を失神状態で落下する間に焼失してしまったのである。 に近づけられた。

6. SFマガジン 1970年8月号

かなかったなんて信じられないくらい。とっても簡単なことなんだ」じられたー・ー絶望の帷に閉ざされた表情に、この切実な祈りが次元 ( ムフォードが驚いて少年のほうへ顔を向けた。「しかし、それ閾人ひとりひとりに通じてくれることを願う、いちずな思いがこめ ・ほくに話しかけることができないの はどんな方法なんだね ? かれらは、ほんのわずかしかおまえに意られていた。「見せるんだ いったいなにがいけないのか、・ほくに見せるんだ ! 」 思を伝えられないだろう ? だったらコミュニケーションは不可能なら だ。いったいどうしたら、おまえはむこう側のいうことを理解でき恐怖がかれの周囲を取り巻き、さらに深く肉体にくらいついた。 るんだね ? 」 かれらの恐怖とかれ自身の恐怖が、黒い亡霊のように心の深井戸 から湧きあがった。順序だてられた無秩序に律せられる、肉体の奇 「ひとつだけ方法があるの」と、かれは言った。 「次元閾の人間たちは、・ほくに 怪な新構成が、まるで刺繍模様のあるキルト地のように、かれのま わりを旋回していた、旋回がくりかえされていくうちに、あたりの 図形は、それぞれ三点で交わる二つの同心円に統一された。まった 次元閾を越えたとき、かれの気分は重く沈んでいた。 十四年間の訓練はーーかれにはとても不可能な仕事を遂行させるく信じるすべのない奇怪な図形に織りなされて、歪曲に歪曲を重ね ために仕組まれた周到な準備だったのだろうか。しかし、それを遂ていく三次元物質の混淆が、そこにあった。暗黒が、かれの周囲に 行することは、いまなににも増して重大な問題だった。しかも、そあった。凍りつくような暗さが、かれのそばをすり抜けていった。 れを成功に導かねばならないのだ。次元閾へ通ずる正しい角度をま恐怖と危機への戦慄とが、まるで重い外套のようにかれを覆いかく がったそのとき、かれは死の危険が待ち伏せる宇宙へと侵入したこした。分断され、みにくく歪曲され、あたまのてつべんから足の先 とを知った。かれらはおそれているーー何かを非常におそれてい までギザギザの太線につらぬかれた、不明瞭かっ異様な自己の肉体 る。あれだけ絶望的な反応を示したほどなにかをおそれている。 の一部が、悪夢のようにかれの眼前を遮った。そして、エレベータ かれらの恐怖が、おどろくべき威圧となってーーほとんど実体を ーに運ばれるような移動感がーー遠くへ、しかも下方へとかれの感 そなえたカとなって、かれに襲いかかった。その圧迫は、かれら自覚をひきずっていった。自分が微動もしていないことは充分分かっ 身の意思を伝える役目を担って、少年の頭脳に鈍い打撃を加え、人ているのに、その移動感はあくまでも現実的だった。そういう幻覚 間の肉体という障壁をうち破り、手さぐりでかれの思考の髄へとく が、無数にかれの周囲を旋回していた。うつろな暗黒は、かれらの いこんでいった。洞察ーーーいまはこのひとことだけが、かれらにと思考のカで充たされていたがーー依然、ロ・ ハートには意味不明な問 ってコミ、ニケーションを可能にする唯一の手段だった。かれらのいかけとしてとどまっていた。かれの心が、虚無にむかって叫びか 努力は、死さえも超越した絶望感につらぬかれていた。 けた。「すがたを見せろ ! 」かれは移動した。漆黒の闇のなかを、 全精神力を結集させて、かれは思考パターンを送り出したーーそ底の知れない間道に沿って下っていくうちに、怖れが心にしのびこ 2 れが、暗い虚無の中を弱よわしく突きぬけていくのが、わずかに感み、それがやがて真の恐怖にかわっていった。

7. SFマガジン 1970年8月号

わまそれ自体が、閉ざされた世界なので えば、まったく抽象的な形態、たとえば、単なる球、立錐体であるモナドと関係しえない、い。 にもかかわらず、われわれが、諸々の諸物の間に秩序 ような場合もあった。そして、一見、無秩序でばらばらのこれらのある・ : 諸工程も、ある超越的意図に従って、着実に最終目標にむかって収や調和をみいだすのは、あらかじめ何者かによって意図されたもく 〈ニ〉よ、おれは思うのだが、 ろみがあるからではないか・ 斂しているかのごとくみえるのだった。 それは、〈 = 〉の上にいるもの、その越者の深遠にしてはかりし〈ウ〉世界の統率者こそ、実はこのライプニツツの想定した超越者 と合体するのではなかろうか》 ることのできぬ設計意図よりなされているようにも思われた。 というのも、ヒトはその過去に拾い読みした啓学教科書の記憶を〈ニ〉は少なからぬ興味をしめした。だが、その議論はそれ以上は たどりながら、ライ。フ = ツツをおもい浮べていたからである。そのすすまなかった。というのは、現場は〈ニ〉にとってあまりにも多 ほとんど同時代人であるス。ヒノザが、神を唯一原因として演繹して忙すぎたせいだ。〈ニ〉は、それに忙殺されていたからであった。 いった壮大無比な大。ヒラミッドに対して、この男は、窓のないモナ再び、日々はそれにつづく。珍しく狂える〈海〉の怒濤が静まり ドより出発して、神の帰納的証明を試みた。そのいくつかの教説のかえったとき、突然、長大なる大波堤は、波うちぎわに、そして突 うちの最後の予定調和説ーー、そこで彼は、神の設計意図を想定し堤は〈海〉へつき出、その全貌をあらわした。 ている ! 即ち、超越者は、この世界を創造するに先だってあらゆる可能性それは、も 、つときの仮現でしかなかったのだ。〈海〉は再び、狂 ウォール を検討した。従って、可能な世界は、無限にありうるのである : ・ 、波堤の一角を喰った。生ける〈海〉が、邪悪な心でそれを待ち ラレルワー いわば、このライプニツツこそ、ヒトの世界ではじめて、多次元宇かまえ、あたかも、食欲をみたす飢えた狼のごとく : ・ 再び、泡立っ〈海〉へむけて、大量のタムが運びこまれ、投げこ 宙の存在を推理しえた思想家であったということもできる : ・ ヒトは、この思い浮んだ想念をして、一度〈ニ〉に語ったことがまれる : 。その群は、沈黙のうちに、列をつくって、次々と没し ある。 去っていった。 《この男には、二つの時計説というのがある。一つの時計と他の時その厳粛な儀式のごとき進行を、ヒトは視、そして、畏怖された。 計とは同じ瞬間に時鐘を打つ。だが、この二つの時計あるいは無限再開される、あの不可解にして、不連続な作業工程 : 個数の時計の間には、なんらお互いが相作用しあう関係があるわけ〈海〉は、その間、不気味に静まりかえり、待ちかまえる。そして ウォーん ではない。 これは、あらかじめ、単一の外部「原因」が存在してき 。再度、波堤は〈海〉に没した。 たからである。彼はこの比喩になそって、神の存在証明と予定調和 、ってみればこ 《悪い。状況は、前より悪化している》 説の根拠とした。実体の究極単位たる彼の単子は、し の時計のようなものなのだ。そのモナドには窓がなく、他の諸々の 〈ニ〉はヒトを呼んで語りかけた。 んド ウォール 9

8. SFマガジン 1970年8月号

いや、感心したよ ! 「 - おまえはすばらしい子だ ! さがし出す。象徴解釈学はこの子の、頭の栄養だしーーぼくを冷たく もちろん、かれがここへ持ち帰った品物は、玩具の一種です。その拒絶した数学と意義学のあいだをさえも、この子は正しく歩いてい 2 っ - ことを、どうして今まで気付かなかったんだろう 。かれは少年る。精神的には、天才の水準に近づ・こうとしているわけです。とこ にほほえみかけながら、目をぬぐった。「心理学の実験室には、一ろが、次元のむこう側ではどうかというとーーー」 風変わった人間がずいぶんと送られてきます」と、かれはまだ笑い かれはな・せか悲しげな表情でロ・ 、ートに笑いかけた。「む一」う側 ながら話をつづけた。、 . 「殺人犯に精神分裂症の患者、強迫観念にさでは、この天才少年も、たわごとを口走「ているあわれな白痴以上 には見られていなかったのです」 いなまれる者、あるいは単純な低能児ーー 1 ・ですが、そのどれを取り 上げてみても、われわれはひとつの共通した問題に行きあたるんで ドクターはタコに火をつけた。 す。患者は時によ 0 て口をきこうとはしなくなったり、隅 0 この方「子供というものは、その子が生活する空間内において、意義学的 に坐りこんで、仕事をしようとしなくな 0 たり、あらぬ恐怖におびにある程度まで統合されていない場合、ま 0 たく救いがたい存在に えてたりします。また「時には手のつけられないほど暴れだすことなりはててしまう可能性をも 0 ているのですーー機転はきわめてよ もあ 0 て ( そんな折には患者の健康をまもるためにゃなを得す、泣く利くし、また限りない才能にも恵まれている子供にした 0 て、例 きじゃくりやひきつけの発作を中断させることもしなければなりま外じゃありません。ところでもし、その子が、自分の環境を構成す せん。もちろん、あまりに知恵のおくれた患者には、われわれが使る社会で使用されているシンポルーー・・簡単にいえば言語ですな 用できるどのシンポルも、まったく役にたたない場合がありましてをまるで知らないとしたら、あるいはその聴覚と視覚がとらえたも ね」。 ( ムフォードがまた笑った。「そんな場合、特効的な役目を果のがなんであるか理解できないとしたら、かれの示す反応は、まさ た・す方法がひとつだけあるのです。どんな状況でも、いかなる原因しく白痴の反応ということになるではありませんか。そういう状況 でも、これさえ利用すれば間違いないという、非常にすぐれた方法は、ずいぶんいろいろな原因によ 0 てひきおこされますーーーまず脳 があるのです。こういう精神状態の劣った患者には、まずかれらに出血、後天的な大脳損傷、出生時に大脳組織を冒す創傷ーー・そんな 近づくために、キャンデイか、オモチャを与えるんですよー ものを例に出すだけで十分でしよう」 ゲイルがおどろきのあまり目をしばたたいた。顔が蒼白だった。 ハムフォードは両手をひろげた。 彼女は、少年の方へ視線を向けた。「あなたがいうのはつまり、ロ 「ところでロ・、 トの場合はどうだろうかというと、かれは次元閾 ートがーーー」そこまでいったとき、彼女の声はかき消された。 を越えてむこう側にある世界を見ることができるーーもちろん、人 ハムフォードはクスクスわらいながら、少年を膝の上にたきあげ 間としての肉体的知覚的能力の限度においてですがね。むこう側で た。「次元閾のこちら側では」と、かれはいった。「ロく ートはとかれを取りまいている物理的宇宙は、かれの大脳の一部にそこでだ っても頭のいい子た、問題を論理的に推理し、いつも正しい解答をけ反応する残存データが保有されているという理由だけで、生活可

9. SFマガジン 1970年8月号

かたづけられるのだろうかーー・筆者 ) の闘争の中で、人間活動のあそして論者は、歴史上も 0 とも進歩的な階級である労働者階級と一 らゆる範囲、すなわち政治、経済、文化などの場で、様々な勢力が自分の創作を直結させ、最も進歩的な科学、すなわちマルクス日レ それを利用しないでいると考えるのは無邪気すぎるのではなかろう 1 ニン主義哲学で武装した芸術家は、いうまでもなく作家も含 か ? 今までにも利用されてきたし、今だって利用されている。ためて、初めてもっとも完全に、正しく世界を表現でき、自分の問題 とえば、「外国文学」誌のアンケ】ト「なぜあなたは自分の創作にを深く理解し、国家と人民に最大の利益をもたらすことができると というジャンルを選んだのか ? 」にたいする作家たちの答をよし、その優等生の一人にポーランドの作家クシュシトフ・ポル く読みかえしてみるとよい ンをあけ、かれの回答を模範例として引用している。 アイザック・アシモフは「 : : : はすべてのタブーから解放さ「科学と技術の爆発的な発達は人類の前に新しい今なお解き明かさ れており : : : 文学の他のどの分野よりも自由である」といし 、もうれていない、政治的や経済的だけでなく社会的、心理的、道徳的な 少しあけすけに意見を述べているジェイムズ・・フリッシュは「 : 問題を提起している。人間の哲学的な概念は社会主義と資本主義の は限界状況の文学であり、のみならず、その状況を押し進める両体制の思想的な闘争で一定の意味を持っている」 のは、社会でも、歴史でもなく、作家自身である。作家は、科学的実は論文の筆者の狙いは外国の作家にあるのではなく、回答 可能性の限界さえ問題にしなければ、なんら制約されずに主人公たを寄せた二人の作家、特にアルカジイ・ストルガッキーにあった。 ちを思うがままに表現できる。ここでは、科学的確率の原則など問 文学と芸術一般、ことに文学に提起されている課題をマ 題ではない」といい切っている。また、フリツツ・ライノ ルクス主義的観点で、かれら ( ストルガッキーとゴール ) はどう理 それは、われわれに民族的、思想的枠から解放される可能性を与え解しているのか、できれば聞かせてもらいたいものである。 てくれる ( 論文の筆者はこの文にを付けている ) : : : それに加え残念ながら、かれらには″汎人道的抽象的概念をよそおっ て、作家にとって、物を書いて本にすることは比較的楽であた、およそわれわれとは無縁な観念であることが分らず、・フルジョ ヴォルンタリズム るーといっている。今一人、デーモン・ナイトの言葉「、これワ個人主義と主意論の鼻をつく臭気が感じられないようである。 はあらゆるドグマ、すなわち政治的、宗教的そして科学的ドグマに かれらは、どうやら自分がプルジョワ思想に犯されてしまっている 対してさえも、疑ってかかることを読者に教えているという意味でことに気づいていないらしい 革命的 ( ここでも論文の筆者は ? をつけている ) な芸術である」 トーマ ゲンナージイ・ゴールはウエルズとドストエフスキー 要は、かれらには衒いと、大向うを狙うための小細工しかなく、 ス・マンとジョイス、・フーニンとクルー。フスカヤ、ボタネンコとポ 本物の「自由」がないから、みせかけの看板用の「自由」しかちらポルイキン、エフレーモフ、レムそしてストルガッキーに言及し つかせられないでいるのだ。 て、の中に革命さえも認め ( 五〇ー六〇年代における哲学的テ 芸術家がマルクス日レーニン主義的世界観を持っていないと、具ーマへの転換 ) 、結局はを″最先端″の文学と定義し、しかも 体的な社会的現実世界から「逸脱」し、「遊離」して自由と道徳と ″現代の芸術的思考の最先端″とすらいい切っている。 社会安定の単なる観念論におち入り、・フルジョワ的概念の押し売り 一方アルカジイとポリスのストルガッキー兄弟は、つぎのような になってしまう。 一種の綱領的な宣言ともとれる発言をしている。「現代では、文学

10. SFマガジン 1970年8月号

かれらの恐怖が、ほとんど物理的な力となってかれの体中を駈け苦痛が、倍加した波動となって、かれの全身を襲った。苦悶の果 ートの意識の底で、ちいさなベルがリンリンとてに、かれは叫んだ。ただ生きようとする本能にしがついて、身 3 ぬけていった。ロく 台つご 0 をもだえ、体をそらし、咽喉をつまらせて拷問に耐えた。力が、短 思考エネルギーのかわりに、かれらに意思を伝えるシンポルはな波のように熱を帯び、紫烟をあげ、烙を発したーーそして、苦痛は 止んだ。それは突然の出来ごとだった。たとえ瞬時のあいだとはい いのだろうか ? 思考にとってかわる、意思伝達の手段ーーーだが、 フォース フォース それをさがし出すことは不可能だった。力はーーーあくまでもカえ、かれは苦痛を克服し、目的を果たしたのだ ! そしていま、か だった ! 思考のカ ! かれ自身の世界の記億から、体の内奥を伝れの周囲には って思考の力がよみがえってきた。それは、・ハムフォードが使った 沈黙。運動というものがまったくない、真の静寂。かれらはそこ ことばだった。次元閾人たちが伝えてきた意識内容を描写すること にいた。少年のまわりに集まって、かれの体を引っぱり、あちこち ば : : : 思考の力。 もしかれらの思考が力だとしたら、もしかれらがシンポルを用をつねりまわしていた。いつものような、旋回運動をつづける図形 いないとしたら、かれらの精神が思考のエネルギーに敏感だとしたの羅列とはどこかが微妙に違っていた。やがて、かれの体が向きを 変え、動きはじめた。どうやら次元閾人たちは、かれをどこかへ案 らーーそこまで自問したとき、興奮が突如としてかれを襲った。か れには二つの大脳があった。二つの記憶保有機能をもち、二つの分内しようとしているらしい あの惨劇の場面へ、逆もどりするつもりだろうか ? 析能力があったのだ。 かれはあの時の恐怖を思い出したとき、とっぜん身をもだえた。 次元閾のこちら側に侵入した場合、かれはいつも片方の機能しか かれはその惨状をとっくに経験したのだ。し 働かせなかった。だがしかし、かれの持つもうひとつの残存データもうそれは済んだ かし、かれらは先導をやめなかった。それほど長い距離ではない を、次元閾人たちに理解させることは可能なのだろうか ! 一瞬、かれは心の態度を転換させて、できるだけおだやかに気持が、まえに行った方向とは違う新しい角度で進んでいた。そして、 を落ちつけた。すべての知覚作用を閉鎖して、かれ自身の内にあるかれはだしぬけに四次元界から放り出された。 次元閾構造のなかへ閉じこもったあと、次元閾の精神機能をただひ とつの思考にーー自己保存という窮極の思考に集中させた。そうし それは悪夢だった。美しい月が、暗い砂漠の上で輝いていた。ロ ておいて、かれはもうひとつの精神エネルギーを全開させた ! 最 ートは倒れていた場所から身を起こした。冷たい微風が、かれの 後の精神力をふりし・ほって、かれはその心理回路を一方へ切り換え乱れた髪と頬を吹きぬけていく。半分混濁した意識のままで、かれ たーー一瞬心をうつろにして、人間精神の機能回路を、渾身の力をは衣服についた砂をはらいおとし、あたりを見まわした。 こめて切断した かれが立っているのは、砂たらけの丘だった。視界には、一本の モーシン フォース