った青色の紙束が、しつかりと握られていた。白い線が引かれた青彼女は紙片を取りあげて、つまらなそうに目を通した。それか い紙面だった。設計書の青写真たろう。書類の束を胸に抱きしめなら、ふと気をひかれたのか、前よりも念を入れてながめはじめた。 がら、かれは弱よわしくせきこみ、疲労に身を沈めながら、すすり「これ、どこか変なところがあるわ 「変なところ ! 冗談じゃない、変じゃないところなんかどこにあ 泣きの声をあげた。 「メリー ! マッケヴォイのうなり声が部屋の中をゆるがした。 る ! どれもこれも、みなめちやめちゃだ。記号はすっかり変わっ 「この小僧の首ねっこを捕えさせてくれ。おれの手でヘし折ってやているし、設計明細も意味をなさないほど並べ直されてるのだそ。 この青写真では、もう四輪 るんだーー」かれの顔色は、激怒のあまり紫色に変わっていた。巨これでは、なんの役にもたちゃしない。 馬車もっくれはしないのだ ! もうおしまいだ ! 」 大な手が、青写真の断片を荒あらしくつかみあけた。 ートの声がした。カサ・カサに乾いた弱よわしい ゲイルが寝室の戸口からすがたを現わした。「すこし静かにして寝室の中で、ロ・ ( ートには休声だった。 くたさらない ? 」と、彼女は小声でささやいた。「ロ・、 「かれを中にいれてよ、ママ。ドクター メリーと一緒にね。とに 息が必要なのよ」 マッケヴォイはわけの分からぬ罵詈を発して、彼女のそばへ詰めかく仕事を急がなければならないんだ」 少年の顔は青かった。額には青い血管が浮き出ていた。メリーと 寄った。「おれを中に入れさせろ」かれの声は常人のそれではなか 並んで、マッケヴォイは寝室へはいった。かれは憎しみをこめた目 「この馬鹿げた芝居の正体を、みやぶってやるのだ」 だが、彼女は戸口から退かなかった。両眼が、鋭い輝きを帯びてで、手にした青写真を少年の眼前へ突きつけた。 ートは「これを見るんだ ! 」かれの声はすでにかすれていた。「もう役に いた。「中へは入れません、ドクタ】・マッケヴォイ。ロく たたんのだそーーー」 いま、大きな打撃を受けています」 ートが静かに相手の狂声を制し - 「青写真のことなんてあとだ」ロ・、 マッケヴォイがせせら笑った。 「いまは青写真なんて問題じゃない。・ほくたちはーーー」 「あの小僧にどうしても会いたいんだ」と、かれは粗い声でこたえた。 「問題じゃない ? こ・れはおれたちの死活にかかわるものだ ! た。「あの子がおれに渡そうとしたものがなんなのか、この目でた しかめてみたいんだ。ここへ来てからというもの、あの小僧はことの書類はな、ーー」 トの声が部屋の中に響きわた あるごとにおれを悩ましてきた。だが、今度というこんどは絶対に「書類なんて問題じゃない ! 」ロ・、 った。「青写真が重要なのは、ある事実を証明してくれたことだけ 許せないぞ ! 」 だ。物質移送機を停めなきゃならないことを ゲイルの顔が曇った。「どうしたというんです ? 」 マッケヴォイは、その答えを一気にまくしたてた。「あの青写真「いいや、停めるものか ! 」その声は、まるで部屋の中に拳銃の音 2 が響きわたったように谺を曳いた。「青写真を取りもどすまではー を見たのか ? 」
で、おまえたちはここでなにをしているのだ ? 」 へ滑りおち、一瞬のうちに消えてなくなった。 「あいかわらずテストを繰り返している。ただ、もうちょっと組織マッケヴォイが悲鳴をあげた。打撃のために目がとび出すほど見 たててね。このビルをひとまわりしたら、かなり金目のガラクタ類びらかれていた。技師たちを押しのけて、再現装の中をのぞきこ 「なんとい をたくさん集められるだろうさ」かれはべンチの上に投けだしてあんだ。「馬鹿もの ! 」と、かれは声をからして叫んだ。 るガラクタ類を指し示しながら、そういった。「まず転送するまえう馬鹿なまねを」 に、物体の状況をノートしておいて、転送後にその変化を記録する「でも大丈夫ですよ、いままでのはちゃんとーー」 ようにしてる。起こった変化をなるべく順序だてて研究するため 「馬鹿ー・万がいちにも書類が出てこなかったらどうする気だー 「なにか分かったのか ? 」 かれは装置の中をのぞきこんでから、手を入れて模索を開始し 「さつばりだね。とにかく変化の程度があまりにも雑多すぎて、ほ とほと手を焼いている始末だ。なかには出てこないものもあるん「フリツツアー ! 電話でオペレーターを呼べ ! 」 だ。そこでさ、正常な作動がおこなえるように配線を手なおしして ーがかれの顔をみつめた。 るんだが、まだ効果があがらん」 「おい、はやく書類を出すんだ。はやく ! 事故はないか調べてみ マッケヴォイが声をかけた。「ところで、メリーはどうした ? あいっから、なにか知らせがあったか ? 」 「出ないそ、どうするんだ」マッケヴォイが悲鳴をあげた。「なに もない 「ああ、あったよ。一時間ほどまえ電話を入れてきた。マサチュー ここにはなにもない ! 」 セッツにいるそうだ。なんでもスプリングフィールドの近くらし い。なにか考えがあるらしくて、移送機を停止させてくれと頼んで アレキサンダー・メリーは、マサチューセッツにある農場の一室 きた。だが、おれはまず所長のきみに相談してからと思ってね。そで両脚を投げだし、ひとっため息をついてから、黒い髪の毛を掻き れからのことは分からんが、それがどうかしたのか ? 」 むしった。「なるほど、ここがあなたの実験室というわけですか」 ゲイル・ベネディクトが、盆の上にコーヒーを載せて、キッチン とっ・せんマッケヴォイの顔から血の気がひいた。片手で机の角を から姿をあらわした。「そうよ」と、彼女はいった。「ここは街道 万力のように握りしめた。かれは口から泡をとばして移送機のそば にいる技師へ大声をかけた。「装置を停めろ ! ー声が咽喉にひっか からもはなれているし、すこし田舎びたところだけれど、そのかわ かって、かすれ声にかわっている。かれはネコのように机の上へ跳り地価はとびつきり安いの。だから、ここに住むことにしたわけ」 彼女は、相手の正面に置いてある椅子へ腰をおろした。「とにかく 0 び乗って、技師の手を荒つばく払いのけた。 だが、すべては後のまつりだった。黒い書類入れは送波装置の上来てくださってうれしいわ、メリー」
ものがおりてきて、砂をさぐった。女革命家のからだが、砂から掘りだされた。二本の牙 は、女闘士をつまみあげて、空に消えた。 気がついてみると、女革命家は裸で、立派なべッドに寝かされていた。そばの椅子に、 新しい服がのせてあった。見まわすと、居ごこちよさそうな部屋のなかだが、一方だけは 璧がなかった。壁のかわりに、なんとも異様な景色があった。それがなんだか、目をこら しても、わからなかった。女闘士は起きあがって、服を着こんだ。 「きみはよくやったよ。結果はとにかく、三人ともに助かろうとした努力をみとめて、自 由をあたえよう」 声がひびきわたった。女闘士は部屋のいつ。ほうに見えるものが、やっとなんだかわかっ た。それは、巨大な顔だった。 「ただし、この家のなかだけの自由だ。部屋もたくさんあるし、庭もある。なにをして も、干渉はしない。きみのめんどうは、わしの娘が見る。仲よくしたまえ」 家がゆれた。空間に見えるものが、いろいろに変った。巨大な空間を、巨大な人間の手 にはこばれて、移動していることが、女闘士には理解できた。やがて、家がゆれなくなっ たのは、机の上にでもおかれたのだろう。 「死刑につかう人体縮小機は、完璧なものだがーーー」 と、支配階級のひとりの声が、またひびいた。 「復元装置はまだ出来ていない。まあ、あきらめるんだね。このガラス箱から、逃げだそ うなんてことは、考えないほうがいし 、よ。召使いに踏みつぶされるか、猫に食われるのが 落たからな」 精巧なミニチュアの庭園つきの家のガラスケースを娘の机におくと、支配階級の男は客 間にもどった。死刑見物の客のひとりが、砂の入ったガラス箱を両手に持ってゆすぶりな がら、小さな穴へ唸り声を送りこんでいる。 「どうした、殺人犯は ? 」 と、主人に聞いた。。 カラス箱を持った客は、主人に見えるように、さしだしながら、 「なんの役にも立たないボディガードを失ったのを、まだ悔みながら、逃げまわっていま すよ。もうじき、気が狂うかも知れない。 しかし、このあいたの連中のほうが、盛大に殺 しあって、おもしろかったですなあ 4 0
商人は駄々っ子のように言った。「なぜ黙っているんだ ? 」 かれはびっしりと生いしげるひょろ長い草にとりかこまれてい ラーター 「・ほくに喋れとおっしやるなら、言いましようか、救命艇に自分のた。やや離れて生えている樹木は、普通の木なら頂上というべき高 2 体をしばりつけて、・ほくが発射器を操作する手伝いをしてくだささに一番下の枝が生えているという点を除けば、かれの故郷のアル クトウール星の樹と同じ形のものだった。 パイロットは果敢な働きをした。かれの腕は未熟ではなかった。 かれは大声で呼んだ。その声は濃密な大気の中で低くとどろい この惑星の重力ポテンシャルにおいて異常に高層な大気が宇宙艇のた。商人の声がかえった。探険家は行手をはばむかたい草の茎を手 周囲で泡だち煮えたったが、最後の一刹那にかれは艇のコントロー 荒くかきわけながら声のする方へ向った。 ルをとりもどしたかにみえた。 「怪我は ? 、とかれは説いた。 かれは目指す北部大陸にある目標地点への外挿軌道に従い、その商人は顔をしかめた。「どこかくじいたらしい。歩くと痛む」 針路を維持することすらやってのけたのである。情況が異なり、ま探険家はそっとさぐってみた。「骨が折れている様子はないな。 た紙一重の幸運があれば、この話も、間一髪を救った見事な離れ業痛くても歩かなくちゃしようがない」 として後の世まで語りつがれたであろう。しかし成功を目前にし「ひと休みできないのかね ? 」 て、疲労困憊した肉体と神経は、操縦桿にほんの少々圧力を加えす「艇を探すのが先決問題ですよ。もし飛行可能ならば、あるいは ぎたのであった。ほとんど水平飛行をしていた艇はふたたび沈下し修理可能ならば、生きのびるチャンスはある。さもなければだめ もはや最後のエラーを修正するいとまはなかった。地上までわず「ほんの二、三分だ。一息つかせてくれ」 か一マイルしかない。パイロットは着陸の瞬間まで持ち場を離れな探険家もその二、三分間をありがたいと思った。商人の目は閉じ かった。かれの頭にあったのは、衝突の衝撃を軽減すること、艇をられた。かれもまたわが目にそれを許した。 飛行可能の状態に保つことだけであった。かれは生きのびることは どすどすという地ひびきに、かれはばっと目を開いた。「未知の できなかった。艇がスープのような大気に狂ったように突入してい 惑星でぜったい眠ってはいかん」とかれはむなしく考えた。 フローダー く一方、救命艇の発射管は少数しか作動せず、間に合ったのはただ商人もすでに目をさましていた。かれのあげた悲鳴は恐怖にみち 一隻のみであった。 ていた。 後刻、探険家は失神状態から恢復して立ちあがったとき、自分と探険家は声をかけた。「この星の住民だ。手出しはしませんよ」 商人のほかに生存者はいないことを確信した。しかしそれも甘い見だがかれがそう言うか言わないうちに、巨人がかがみこんでき 通しであったようだ。かれの救命艇は、かれが地表までのかなりのて、あっという間もなく、つまみあけられ、グロテスクな醜悪な顔 距離を失神状態で落下する間に焼失してしまったのである。 に近づけられた。
街は、地面ごと次元閾を通過して、四次元のふしぎな世界の中に引葉が真実だとしたら、やつらと闘う方法を考えようじゃないかー 人間と宇宙のあいだに、ばかげた空間がひろがっているという妄想 きずりこまれたんだ」 くみ に、なぜ与する必要がある ~ 」かれはうしろにいる二人にも顔を向 少年の顔は蒼白だった。かれの声には哀願のひびきがあふれてい た。「ドクター・マッケヴォイ、おねがいだから機械を停めて。あけた。双眼がギラギラと輝いていた。 の人たちが地球を二つに割ってしまうまえに 「諦めろだと ! そんな真似は死んだってできるものか ! やつら には好きなことをやらせておけ。なんでも持ってかせたらいいん メリーがマッケヴォイの方を振り返った。「その通りだよ、マッ だ。だが、あの青写真だけは取り返すぞ、なにがなんでもだ ! 」 ク。・ほくらはあの装置を停止させなきゃいけないんだ」 少年が、その大きな瞳でじっとかれをみつめていた。それから、 マッケヴォイは天色の顔を二人に向けた。 「そんなことは信じられん、かれの声は、もう声とはいえなかっ疲れきったかよわい声を出した。「それが最後の言葉なの ? 」 た。「なるほど、この子は大人の想像もおよばない理論をつくりあ「そうだとも」マッケヴォイがそう断言した。「これがおれの結論 げたが だからといって、おれたちがそれに耳を貸さなければな らんという理由はあるまい ? 次元のむこう側へ行くといって出か ートはため息をつき、肩のまわりの・ハスロー・フをかきよせ かれがなにをしているの けたあと、この子はどこへ隠れたのだ ? た。そして、そのままひとこともいわずに、ほんのすこし踵をめぐ か、おれたちにはわからない。 これはすべて、おれたちが勝手にそらすと、それつきり部屋から姿を消した う思いこんでいるだけの、妄想にすぎないかもしれんじゃないか」 かれは毒をふくんだ視線を少年に投げかけた。「事態をはっきり あたりは混乱の極致にあった。雑然たる幾何学模様の中に旋回す させようじゃないか」と、かれはいい切った。「あの宇宙船計画は る次元閾人たちの不規則な図形が、かれの周囲を取りまいていた。 三十年に渡る努力の結晶だ。多くの男たちが、それに生命をかけ、 かれとの接触を待ちのぞんでいたように、かれらはおののきながら 何千億ドルという金がつぎこまれ、延べ何百年という労働時間がっ少年を先導しはじめた。思考エネルギーの圧力は、非常に強い。切 いやされた果てに、やっと完成を見たものなのだーーあの宇宙船建願するように、哀訴するように 造には、それだけの犠牲がはらわれている。ところが、あの物質移心が重くなった。体から、カが抜けていくようなのだ。この前と 送機は、宇宙船が完成するかしないかを決する重大な設計明細書をちがって、体内臓器のおそるべき反転はおこらなかったが、今度は のみこんでいる。もしも建造できない場合、もう取り返しがっかな どうにかしてーーー自分の努力が水泡に帰したことを相手に知ら いのだ。それを、おまえたちの言葉にしたがって、おいそれと投げせねばならぬ義務を負っていた。 棄てることができるか ? なぜおまえたちの言葉を信じなけりゃな人間は、かれの存在など眼中においていないのだ。人間は自分勝 2 らない ? なぜ、計画を諦めなければならんのだ ? もし、その言手で、なによりも先に、天体へ到達することを望んでいるのだ。
「次元閾のむこうがわよ。毎日むこうがわへあそびに行くんです。 つぶりだった。「・ほうやが探偵ごっこで家をとび出したあと、実験 8 あの子の話では、午後はむこうがわ〈行 0 たほうがず 0 と楽しいら室にあるフランケンシ = タインのお人形は、トムやディ ' クや ( 丿 0 2 しいの。そこは、とても静かだからってーー」 ーのあそび相手としておいてけ・ほりを喰わされているんだぞ ! 」 「じゃあ、こっちへはいっ来るんですか ? 」 メリーの顔がとっぜん青くなった。「なんだって、そりやどうい ゲイルが肩をすくめてみせた。「分からないわ。たぶん、こちらう意味なんだ ? 」 へ来る用意ができたら、帰ってくるんじゃないかしら。むこう側で 「おまえのつくった未完成の物質移送機が、いま大暴れしてる最中 も口く ートは一人歩きできます。だから、どっちへ行こうと、あのだと言ったまでだ。おかげで、大切な書類を持ってかれちまった 子の気分しだいというわけね」 よ」 コーナーに置いてあった電話が鳴り出した。ゲイルが受話器をと「なんの書類だ ? 」 った。「あなたに電話よ」と、彼女はいった。 「宇宙船の設計書だ、この大馬鹿もの ! 八カ月もかけて電算機に メリーは電話口に立って、受話器をとった。「メリーですが 算出させたやつだ。おもい出したかい、ノーベル賞学者さん ~ マ ゃあ、マック ! ずいぶんと会議が長びいたようじゃよ、、。 オし力さっサチ = ーセッツ工科大学の機械がはじきだしたのを、おれがわざわ きも呼び出しをかけたんだがーーー」 ざ取りに出かけたやつだ。ところがあの助手め、おれが停めるまえ むこうがわのどなり声が、部屋の中まではっきりと響いてきた。 にそれを移送機へ放りこんじまった , ーーおまけに、書類はいまだに ゲイルがちょっと顔をあからめた。 出てこない ! 」 「ちょっと待ってくれ , メリー が相手のことばをさえぎった。「落メリーはおもわず叫び声をあげた。「そんな馬鹿な ! 出てくる ちつけよマック、落ちつけったら。用件はなんだい ? 」 はずだそ ! 」 「おまえ」と、マッケヴォイがやり返した。「おまえは大した助手「ところが、まったく出て来ないー だよ」受話器の中で、かれの声がキンキンと響いた。「マサチ = ー 一瞬、メリーはロをつぐんだ。「電算機はーー」と、かれはか・ほ セッツくんだりまで出掛けていって、なにをやってるんだ ? おそい声でしゃべり出した。「まだ方程式やデータのたぐいを記億し い、いまいったい何が起きてるか、知っているのか ? そこで何をているはずだろう。もういちど操作させて、書類をつくり直せない やってる ? 返事をしろ ! 」 のか ? 」 「いまいそがしいんだ」メリーは冷たくあしらった。「サンフラン 「それが出来たら、こんな大騒ぎしやしないよ」マッケヴォイが切 シスコ事件の手がかりをつかみかけてる。もうすこしで答えが出るりかえした。 かも知れん」 「なにしろ、電算機の三分の二が消えちまったんだからな。ポスト 「なるほど。で、首尾はどうなんだ ? 」マッケヴォイの声は皮肉たンじゃ
卑劣なやり口がわかったよ。・ほくは不愉快だ。こんな真似をやめるか、さもなきや絶交するかだ」彼は息をつい だ。「もう一杯もらえませんか、ミス・ハウズ . マン ? 」 リンダはそろそろとグラスを手に取り、キッチンへ入っていった。 コービンとフィネガンは顔を見合わせてにやにや笑った。 リンダが戻ってくるとフィネガンは笑顔で礼を言い、彼女の顔をじっと見つめながら喋りはじめた。 「大きな声を出してすみません。だけど・ほくはこのでたらめにはうんざりしてるんだ。こんなばかげた真似につ きあわされるのはごめんだ。ポールが死人みたいな顔をして出てったのにはまいったな。空襲にあって逃げ帰る ほどの知恵があるんなら、なにも見えたわけじゃないっ . てわかりそうなもんだけど : : : 見えたと思っただけなん だ。マイクだって見てやしないんだから。彼はーーー・」 フィネガンは息をのんだ。キッチンの入口の辺りに彼の眠は凍りついた。 コ 1 ビンはゆっくりと首をまわして見、肩をすくめた。リンダは硬ばった手を咽喉もとに当てがった。 フィネガンはぎくしやくと立ち上った。グラスを握りしめたまま、彼は戸口まで後ずさりした。後手にノブを まさぐってドアを開けると、キッチンの入口に眼を釘づけにしたまま後ろ向きに廊下へと出た。 ドアが閉まり、足音が遠ざかってゆくとコービンは腕時計に眼をやった。 「さあ、そいっと一緒にいるのは・ほくたちだけになった」コービンは陰気な声で言った。「あと五分で真夜中 だ。今日も終りだね。ぼく以外の人がオスカーを見たのは今夜が最初だよ。きっとこれが先触れになるよ」彼は : ・ほくにはっきまとわないだろう」 しばらく黙った。「たぶん : : : 今度は : 「いやよ : : : 行かないで ! 」彼が立ち上りかけるとリンダが泣き出さんばかりに言った。 キッチンの方に眼をやったリンダは金切声をあげた。コービンは彼女の視線を追った。うなじの毛が逆立ち、 悪寒がつつと背筋を走った。 キッチンの入口に黒い物影がうずくまっていた。両腕にまきついた二匹の蛇と、輝く緑色の眠。 「どうしたね ? 」しわがれ声が響いた。「どうしたね ? 」 ー 37
勢をとった。「そうだ、青写真なんかどうでもいいんだ。あんな書て、報復攻撃ぐらいしかなかったじゃよ、、。・ オしカても、いまなら物質 類は、もうなんの価値もないさ。なんの : : : なんの役にも立ちゃし移送機を停められるんだ。宇宙船を燃やしたって、かまわないん ないよ。それだけじゃない、宇宙船だってもう必要ないんだ。・ほく だ。ぼくたちのあいだに、もうひとっ別の宇宙があることを忘れな よ ぼくは火星へ行ってきたんだものー いで、マッケヴォイ。そして、その人々はいま全減するかもしれな 、 0 一瞬マッケヴォイのあごが咽喉もとへ落ちた。それから、かれの あの人たちは、・ほくらに力を貸そうといってくれてるんだ。と 顔に怒りの色があふれだした。大きな平手で、少年の頬を思いっきっても役にたっ助けだ だから、・ほくたちはもう、宇宙船なんか り張りつけたあと、そのちいさな顎を押えた。「とうとう気が狂っ造る必要がないんだ ! 」 たか、そんな大法螺を吹くとはな。おまえは、はじめから大人をか マッケヴォイは、少年の言葉を理解しようとして、さかんにまば らかうつもりだったんだな ? おれたちを、遊びの相手にする魂胆たきした。とにかく信じようとした。だが、先をつづけるロく で の声はどこまでもするどく、しかも脆かった。 「マッケヴォイ ! 」ナイフのような声が、かれの罵詈をかき消し「マッケヴォイ、あの人たちにと「てはね、・ほくたちの実験をとめ た。「・ほくはほんとうのことをいった。・ほくは火星へ行ったんだ ! ることが、全減をくいとめる唯一の手段だったんだ。その方法を発 まだ、・ほくのいうことを信じてくれないんだね。 見するまでは、どうしたらいいか分からなかったけれども、いまは 大男は凍りついたように直立した。額に深い皺をよせ、 ちがうよ。・ほくたちに取り引きを申しこんできているんだ。人間が 「おれには分からんーと、ひとことかすかにつふやいた。「な・せお いつも望んでやまなかった大きな夢を実現してやろうといってきた まえが、おれをからかおうとするのかー、ー」 んだ。科学者が生命を賭けて窮めようとしたことを、いまこの場で 「ぼくはからかってなんかいない、マッケヴォイ。もう物質移送機かなえてくれるってーー・・マッケヴォイ、かれらは自由な通路を・ほく のスイッチを切ってもいいんた。そして、次元閾の世界に災害をお たちに提供してくれたんだよ。かれらに害を与えない、平和な通路 よぼす実験をすぐにやめて ! 青写真のことも、設計明細書のことを。とっても便利な通路を ! 」かれの声が、壁の崩れ落ちた部 も、みんな忘れていいんだったら、マッケヴォイ、もう、そんなも屋いつばいに響きわたった。それは清らかな声たった。 の必要じゃないんだ ! 」 「・ほくがなにをいおうとしているか分かる ? 」と、かれは叫んだ。 部屋中に沈黙が流れた。少年は、哀願するように両手を差しだ「かれは、・ほくたちに《惑星へ行く道》を提供してくれたんだ ! 」 し、涙にぬれた目をなんどもしばここ、こ。 マッケヴォイは電話ロへ飛んでいって、ひったくるようにして受 「・ほくはうそなんかついてないんだ、マッケヴォイ。あの人たち話器をはずした。興奮に目を輝かせ、上気した頬に涙を伝わせてー に、物質移送機を停められない理由を話したんだよ。それまでは、 ーダイヤルをまわす指さきがわなないている。 事件の原因がちっとも分からなかったあの人たちにとれる方法なん「交換台 ! 長距離をたのむ。 = = ーヨークを呼び出すんだ ! 」
つまう後方に目を転し 樹も、一枚の葉も、一筋の草もなかった。いを ると、果てしない砂丘が地平線のかなたまで拡がっており、銀色の かれは歩いて居間の中へ入りこみ、疲労しきった体を床の上に投 ケイルが泣きながらかれのそばへ駈け寄って、片膝をつ 月光を浴びて美しく輝いているのが見えた。前方には岩だらけの荒げ出した。・ いったいどうしてたの ? ああロ・、 野とちいさな丘があった。 たしたちはもう二度とあなたの顔を見られないと思っていたのよー かれは息を切らせて砂丘をよじのぼった。砂に足をとられなが メリ・ー、カスリ . ツ。、 / を脱いで、かれに ' ハスロープを掛けてやった。 ら、薄い夜気の中ではげしく喘いだ。砂はつめたく、なめらかで、 ト」かれはやさしい労りの声をかけ 足跡すら残らなかった。いったいここはどこなのだ ? 次元閾人た「動いちゃいけない、 た。「静かに横になって、体をやすめるんだよ」 ちが、かれを誤った方角に案内したのだろうか ? あるいはまた、 「・ほく、あの人たちに話してきた」と、ロバ ートはかすかな声でさ 砂漠のまん中に突き落とされたのだろうか ? さやいた。「あの人たちにぜんぶ話してきたー だが、なぜ ? たしかに、 ここは砂漠だ ! ムフォード。 か熱いコーヒ 1 を持ってはいってきた。「それで、 かれはやっとの思いで砂丘の頂きに達した。頂上にあった岩を握 かれらはなんといったね ? 」そう尋ねたかれの声も、嗄れ、苦悩に りしめながら、全景を見渡すためにかれはゆっくり立ちあがった。 はるか下方に、まるで油を流したような砂丘が、滑らかに、しか充ちあふれていた。 し輝かしくひろがっていた。すばらしい月光を浴びて、静かに、果「あの人たちに、すっかり伝えてきた。・ほくの心をすっかり伝えて てしなく拡がっていた。なだらかな丘を幾重にもつらねて、キラキきた。あの人たちに理解してもらうために、・ほくは心を切り開いた ラと輝いていた。かれが身を横たえた岩は、月光の下で見るかぎりんだ。そしたらあの人たちは、・ほくの思考の力を、意味のあるパタ ーンとして受けとってくれたんだ。・ほくの心を理解してくれたんだ あかくかがやいてみえる。それも、血潮のような紅さだ。谷間のは コーヒーを一口すすったとき、かれははげしくせきこんだ。 るか下方に、延々と伸びる峡谷がひとつ、一直線に走っていた。谷よー 間の底を通って、地平線のかなたまで続いている。そのそばに、ほ呼吸の乱れは、なかなか回復しない。 マッケヴォイは眼を輝かせて少年のそばに近づいた。 ぼ近接するようにして、もうひとつややちいさな裂け目が並行に続ネッド・ 「それで青写真は」と、かれは尋ねた。「青写真をとりもどしてく いていた。まっすぐに、どこまでも かれは瞳を凝らし、この信じられぬ奇跡を見つめつづけた。壮大れたのか ? 」 トの声は冷やかだった。「ううん」 な谷間を埋めつくす血のような砂、そして、矢のように直進する二 マッケヴォイは渋面をつくって少年を見おろした。「やつばり 本の裂け目 そして、瞳を凝らしつづけるかれの頭上に、地平線から昇ったもか。きみにとっては、青写真なんかどうでもいいらしいな」 少年は突然立ちあがった。目を見ひらき、顔を上げて、挑戦の姿 うひとつの月がリンリンと輝きはじめた 2 引ー
0 きわたった。殺人犯は両手で耳をおおって、乾し肉の上にうずくまった。急にあたりか静 かになった。女闘士は風俗犯の腕から、ボディガード が落ちたのに気づいた。 「死んだわ、このひと ! 恐怖に心臓がたえられなかったのね」 「そのボディガ 1 ドをよこせよ」 「だめ。あたしが管理します」 女闘士は自分の右腕に、風俗犯のボディガードをはめようとした。殺人犯は乾し肉をさ しだして、「待ってくれ 9 これを渡すから、そいつはおれに持たしてくれー 「いやよ。ふたつあれば、なんとかなる。、・ しさというときには、自分たけ逃ける気でしょ 、、、、う。それとも、どこかへ隠れて、あたしの不意をおそう気ね。あんたが殺人犯だってこ 、あたし、わすれちゃいないのよ」 「そうとも、おれは人殺しさ。畜生、てめえを殺してやる」 殺人犯は、女革命家にとびかかった。女闘士は男の胸をつきとばすと、懸命に逃げたし 殺人犯は起きあがって、あとを追った。女の足は早かった。殺人犯のほうは、つきとばさ れたとき、足を踏みちがえて、走ると痛んだ。 「待ってくれ。殺しゃあしねえよ。殺さねえから、待ってくれ。おれをひとりにしねえで くれ」 足もとの砂が崩れた。地面が揺れた。殺人犯はとめどもなく、砂といっしょに斜面を押 しながされた。砂にうまって、気をうしなって、どれだけの時間がたったか、わからな 殺人犯はようやく起きあがると、砂丘をの・ほりはじめた。 殺人犯ま、歩きつづけた。女革命家のすがたは、どこにも見あたらない。大きな砂丘を 越えると、そこにようやく、女闘士を見いだした。女は斜面に半ばからだを埋めて、たお れていた。投げだした両腕から、黒いボディガ 1 ドのケ 1 スが外れて、砂の上にころがっ ていた。 「死んだのか・死んじまやがったのか ! おい、なんとかいえ ! 」 殺人犯はわきながら、女闘士に走りよろうとした。そのとき、また例のうなり声が起 った。大地がれた。殺人犯は立ちすくんだ。唸り声は、天地を圧した。殺人犯は、女闘 士のボディガドをひろうのもわすれて、よろめくように、もときたほうへ逃げだした。 砂は崩れて、闘士のからだをおおった。ボディガードのケースも、砂にのみこまれ た。唸り声は、 だつづいている。それが静まると、灰銀いろの空から、長い牙のような 9