関 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1970年9月号

省への伝達情報をキャッチした。近いうちに情報サイボーグは だ。薬品、ビンセット、机 : : : 眼に映るすべての事物が関に対して 強制収容される予定。情報省の異常状態を停止させる意志があ威圧感を持ちはじめたような気さえする。 れば、左腕の通信機部分を切断し、左記函数で示される位置に ( これがおれ自身の眼で見る事実なのだ ) 集合されたし。〈 0 〉 関に残されたのは、脳内電算機の高度な演算能力とメモリータン クの僅かな記憶だけだった。 躊躇することはなかった。関は函数式を記憶すると通信文を握り「関さん、緊急命令が来ています」非常勤オペレーターが電送テー 、よ。フを持って駆け込んできた。観測所唯一の勤務者で、好きな時に勤 つぶした。関は刃物を捜した。 ( この場所から動くわけこよ、 。今、頭の中を読まれたらすべては終りだ ) 関は足元に鋭利な金務してもよいという職務なのだ。善良で、少し知能が低い男だっ 具の破片を見つけた。どうにか使えそうだった。関は金具の先端のた。「怪我ですか ? 」と心配そうに関を覗きこみ、テープカセット 埃を服で拭い、左腕の皮膚をさぐった。導線の部分は、しこりのよを差し出した。 「かけてくれー関はいった。 うに固い。その上を、関は罫書きでもするように引っかいた。その 痕を狙って、関は息をつめ、金具を突き立てた。皮膚は意外に弾力 男はテープを再生器に入れた。 宇宙省クリニックへの出頭命 的で、刃先ははじかれた。二度目でやっと皮を破った。血が玉のよ令だった。『地球再開発計画の終了に伴い、きみの任務は完全に遂 うに盛り上がり、たちまち筋をつくって指先へ流れた。関は歯を食行された。今回、特別情報処理官は全員、再手術を受け、新たに社 いしばって腕を縦に切り裂き、どうにか皮膚下の導線をえぐり出し会人としての任務に就くよう情報省より : : : 』画面には、計画の進 た。それに刃をかけ断ち切る瞬間であった、脳内電算機を通して大行状況のデータが映された。 脳まで、思いがけぬ激しい抵抗が働いたのだ。関はめまいを感じな 「どうして関さんの頭の中へ直接連絡がなかったんでしようね ? 」 がらも、必死で力をこめて導線を切断した。同時に関は、自分の体男は怪訝そうに説いた。「関さん、普通の人間になるんですか ? 」 から、等身大の影のような何かが激しい音をたてて抜けていくのを「おれはその気はないー関は断言した。 感じた。その一瞬の衝撃の奥に、関は底知れぬ狂気を感じ取った。 「これは強制的な命令ですよ。だったら行かなければなりません」 ・ : 関はしばらく、傷口の痛みも忘れて立ちつくしていた。 善人はいった。 「わかっている、ともかく下山する」関は焦りはじめていた。 情報省の東縛を解かれた関を待っていたのは、恐ろしいまでの知関はホ。 ( ークラフトに食料を積んで集合地点へ向うつもりだっ 的空疎感と″情報サイボーグ狩り″だった。 。が、事態はすでに急転していた。強制収容を拒んだ情報サイボ 傷口の応急手当の間、関は名状しがたい虚脱感に襲われた。何事ーグのひとりが治安局員を殺した事件を契機に、情報サイボーグの にも揺るぐことのなかった知識の重みが、一瞬にして消失したの逮捕命令が出されたのだ。抵抗者に対しては射殺が命じられたが、

2. SFマガジン 1970年9月号

数理的な整合性を持っていて、異和感などさしはさむ余地はまるでうとして男は通路の交叉点へ出てきた。関は立ち止ってふり向い よ、つこ 0 た。男の背後から車が来るはずだった。関は息を呑んだ。予想した だが、いま目前に拡がる工場地帯の風景は明らかに関にはなじみ台車は現われなかったのだ。男はゆっくりと銃を構えて関を狙っ た。 ( 計算ちがいだ : : : ) その瞬間だった。横の通路から不意に輸 のないものだった。理解を絶した何かが、その風景の中に漂ってい 送車が突進してきたのだ。中央にいた男は鋼鉄製の前面ではじか る。関には、それは狂気としか呼びようのないものだった。 ーに叩きつけられた。 ( おれたちの提供した情報はもう再生されていないな ) 関は自分がれ、横の機台のカバ 環境に裏切られてゆくのを感じていた。それを初めて教えてくれた のは奥田であり、実感としてわかったのは工業地帯を抜ける時だっ ( 計算ちがいと思ったが、そうじゃない ) 関は暮れなずむ工場地帯 た。富士山麓コンビナートは無限につづくかと思えるほど広大だつを眺めて思った。 ( 情報サイボーグの開発するのとは別の方式であ た。抜け出るのに一週間かかったが、その間、関は周囲の眺めが悪夢の工場一帯は動いているのだ ) それは、ひとつの疑問につながるの で見た光景に似ているのを感じていた。そこで二人目のサイボーグ だった。 ( 情報省を停止させた後、あの工場群は正常に生産をつづ に狙われた時は危かった。あの時の状況を関は鮮明に思い出せる。 けるのだろうか。われわれの手で管理できるのだろうか : : : ) 「ねえ中川さん」関はかたわらの太った男にいった。「なぜわれわ 敏捷な男だった。機関部品を生産している区域で、細い足場と製れは情報省を壊さなければならないのですかね ? 」 この唐突な、しかも根源的な問いに、中川は戸惑った様子だっ 品輸送の通路が入り組んでいる中を関は逃げ惑った。相手は武器ら こ。「きみ、いまさらそんな : : : もうそんなことを考える時じゃな しい物を持ってはいたが、発砲しない。体力の差でどこまでも追いナ いだろう つめるつもりらしかった。自動輸送車が走り抜けた通路に関は飛び 降り、五秒ほど走って巨大なプレス機の影に身を潜めた。男は十メ「答にはなっていませんな」関は意地悪くいった。「・ほくの答をい 、ましようか。 ・ : ・ほくは初めて情報省の異常を知った時、どんな 1 トルほど先の通路の交叉した所に現われた。間に身を隠すものは ことがあっても正常に戻さなければ、と思った。情報省の異変によ ない。関は鋲打銃を構えて牽制した。男は通路の曲り端に身を引い た。 ( もう動きがとれない ) 関の横では耳の裂けそうな音が断続的って暴走しようとする文明の方向を人類にとって望ましい方向に : に響き、身をよせている鉄板がひどく過熱している。長くは我慢で ・ : ま、一種の危機感ですね。情報サイボーグのカでそれは出来ると きなかった。 : : : 睨み合いのつづくうちに、関は周囲の機械の動き思った。だから、奥田の通信文を読んだ時、ためらわずに腕の導線 ・ : ところが、あの頃から情勢が変ってきた。″情報大 の規則性を読み取った。輸送車の通過する周期を関は測った。 ( やを切った。・ れるかもしれない。相手が体力ならおれは頭脳しかないからな ) 関狩り″が命じられて、サイボーグが駆り出された。その上、普通の刀 は前を車が通過して正確に七秒測って通路に逃び出した。関を追お人間まで、娯楽をかねておれたちを殺しにくる。しかもおれたちは

3. SFマガジン 1970年9月号

あんたが″ 狩り″をやっているんなら、おれは撃たれてしまう。逆て、側面の今にも折れそうな鉄梯子に手をかけた。 の立場でもそうなるだろう。ところが情報サイボーグ同士なら味方 はひとりでも多く必要だろうし、普通の人間どうしだと殺すと厄介 五階の埃つぼいフロアで関を迎えたのは、中年太りのした額の異 なことになるぜ。立場を明かさない限り、しばらくは安全なわけ様に広い男だった。男は簡易なテレ它監視装置の前に坐ったまま体 の向きを変えて、どうも、とロごもり、 闇の声は沈黙した。やがて思いきったようにいっこ。 「きみが最初の来訪者なので、どう扱っていいのか戸惑ってしまっ 「よし。私の立場をいおう。私は情報サイボーグだ。この建物はそてねーといった。さきほどの虚勢を張り合ったような問答に照れて いるようであったが、細い眼は油断なく関の全身を観察していた。 の作戦本部だ」 「証拠を見せろ」関は声の方向に眼を凝らしたが相手は見えなかっ関がその視線の意味を察したのは、男のむき出しの左腕に化膿しか けたような長い傷口を見たからであった。関は袖をまくって自分の 傷を見せた。 「どうすればいい」相手は明らかに不機嫌になった。 「このとおりです。心配はいりません」 「質問に答えてくれればいいー関はひと息ついて、「簡単な質問 男はやや安心したようだった。関は男の近くに腰を下ろし、銃を だ。つぎにいうデータから最も正確な形の函数を作って示してく 二丁並べて床に置いた。男はそれにちらっと視線を走らせて、 れ」そういって、関は二十ほどの数値を並べた。 しナ「三日間待っていたんだ 「いい武器を持っているな」と、つこ。 相手は正確な答を出した。 が、もう誰も来ないかと思っていた」男はもう一度銃を見た。「い 「わかった。あんたは確かに情報サイボ , ーグだ。では、おれもい 、時に来てくれた」 いいながら、また証拠を示 う。おれも情報サイボーグだ」関はそう 関は、自分よりも・フラスターを頼りにしているような男の口調 すために滑稽なやり取りをくり返さなければならないな、と思っ こ 0 に、自尊心を刺すものを感じたが、痩せた傷だらけの自分の体を思 「失礼した。五階まで上がりたまえ」暗がりの声は関の計算結果をうと、無理もない気がした。 確認したらしく、やや威厳を取り戻した。「階段は使えない。右側「それでは : : : 作戦本部といって、われわれふたりきりなのか ? 」 「そう」男は確信をもって頷いた。「誰も来なければ、明日ひとり の隅にエレベーターの跡がある。その中の梯子を登ってくれ。 で計画を実行に移す予定たった」 私はテレビ回線で話しているので、きみを案内できないのだ」 関は指示どおりに動いた。昇降路の縦穴を覗き込なと、ケージは関は信じ難い思いでそれを聞いた。無茶た。蟻と巨象の闘いしゃ : 】関の当惑に関係なく、男はつづけた。 すでになく、錆びたワイヤーロー。フに各階のあかりが規則的に当っないカ : ところで・ ている。関は、鋲打銃を腰に差し、・フラスターを左手に持ちかえ「勝算はある。計画はあとで詳しく説明するが :

4. SFマガジン 1970年9月号

置いてセットした。・フラスターを拾い、関は情報省の方向へ駆け出に置かれた機械は、停止状態ではなく、明らかに廃棄状態だった。 ( これは・ : ・ : どういうことなんだ・ : ・ : ) 関はしばらく呆然とあたり した。前方は完全な闇だった。内壁は廃管にしては塵もなく、なめ らかだった。管は広く、曲率の具合から方向は足だけでわかった。 を眺めていたが、側面の階段に気づいた。 関は一分五十秒間、正確に死に走って、前方に伏せ、両耳を押えた。 ( そうか、ここは地下なんだ。動力部は移したのかもしれない ) 管壁がびりつと震えた。爆音は爆風と共にあとからきた。轟音も関は油断なく銃を構え階段を登った。上り口の扉を蹴り開けた。 ろとも、関の体は爆風で十数メートル前方へ押し流された。背後で : ・その階には何もなかった。床が遙か一面に拡がっているだけだ 土砂の崩れ落ちる音がひとしきりつづいた。静寂が蘇ったところでった。床には機械の置かれていたらしい痕跡が一面に残っていた。 関は立ち上がった。関は再び闇の中を走り出した。背後も完璧な暗さらに上層。切れた通信線や電線が蜘蛛の巣のように垂れ下がっ 黒だった。聞えるものは足音と自分の荒い息遣いばかりだ。足に感ている。 じる管の曲面だけが指針だった。 その部屋は少し様子が違っていた。部屋は さらに一階上へ。 走っても走っても闇だった。関は、頭の中で正確に時間を刻みな暗く、床が硬質ですべすべしていた。闇は中央へ進んでいった。 がら、あと五分ほどと判断していたが、不安は打ち消せなかった。 「とうとうここまで来たのね」背後で突然声がした。関は驚いてふ この闇はどこまでつらくのか。この。ハイプは情報省とは無関係なも りかえった。部屋の一箇所が明るくなって、そこに若い女が立って のではなかったのか。前を凝視するあまり関は暗闇に眼がくらなよ いた。華奢な体つきの、額の広い女だった。 うな奇妙な気分すらした。 関は銃を構えた。 「誰だ、きみは : ・ : やがて前方が次第に円形に見えはじめ、進むにつれてはっき「だめよ。私は立体映像なんだから」彼女はちょっと首を傾げて、 りとパイ。フの内面が見えてきた。壁面での光の反射が明るくなり、 髪をうるさそうにかき揚げた。 ついに前方に円形の出口が現われた。 関は銃口を下げた。「きみは何者なんだい」 関はプラスタ 1 を握り直した。左手は使えないのでレ 1 ザー銃は「ただのイメ 1 ジよ」彼女はそっけなくいった。「あなたに語りか 腰に差したままだ。出口には何の障害もない。関は呼吸を整えて、 けてる主体がこんな形をとってるだけのことよ」 一気に情報省の中へ飛び込んだ。 「情報省 : : : なのか ? 」 「あなたの考えている情報省なら、確かにそうね。でも、情報省な んてもうないのよ」 最初に関の見たものは、横転しているスチールポックスだった。 それは。ハイゾ出口のカ・ハーで、先ほどの爆風で壊れたらしかった。 「説明してくれ。どういうことなんだ。ここに何が起こったんだ。 関はあたりに眼をくばって、その光景の意外さに立ちすくんだ。動なぜここには何もないんだ。なぜおれたちはこんな目に会うんだ」乃 いているものは何ひとつない。地下の動力室らしいのだが、まばら「随分せつかちね」彼女はちょっと笑った。「本当はあなたに来て

5. SFマガジン 1970年9月号

正午になって作業を再開した。無駄な時間はかけられない。関は 川はそういって、関の手から・フラスターを取り、穴の斜面に身を伏 ・フラスタ 1 を持って路上に出た。多少荒つぼいやり方だが、しかたせた。「あ、この地雷だが、二分間の時限爆弾に改造した。使える 7 がなかった。関は・フラスターを脚元の地面に向けて引金を引いた。 かもしれないからな」 激しい衝撃で舗装が吹き飛んだ。相当大きな破片が左脚にぶつかっ関は穴の底へすべり降りた。砂をかぶった。 ( イプの表面を掌で拭 て、関は一瞬うめいた。もう一度撃つ。凄まじい勢いで砂塵が舞い 、レーザー銃の集束度を最大にして照射した。ビームの集東した 上がった。プラスターは直続照射ができない。一度撃ったびに地面一点は真っ赤に輝き、やがて溶けはじめた。関はゆっくりとビーム を大きく削り取るのだが、穴が深くなるほど、射撃音は建物を振動を移動させた。中川が入れるように穴はやや大きく切らなければな させるような激しさで街に響き渡った。一回ごとに、見張りの中川らなかった。 が〈異常なし〉の合図を送ってきた。 「まだか」上から中川が叫んだ。 「やっと半分だ」 七回目で、摺鉢状の穴の底にパイプの表面が現われた。 「パイプまで掘れた。レーザー銃を貸してくれ」関は大声で中川に「早くしてくれ。建物の屋上から狙われると危い っこ 0 光東が飛び交った。頭上から土砂が、スコツ。フで投げ込まれたよ うに降り落ちてきた。穴の中には熱気が充満した。 中川は走って来て銃を渡すと、 「ひとり倒した ! 」頭上で中川の声がした。 「よし、パイプを切断してくれ。爆薬と鋲打銃を取ってくる , 関はレ 1 ザ 1 銃を持って、穴へ入ろうとした。脚元に光線が走っ やっと円形の入口が切れた。円盤状の切取り部分はパイプの中に て、踵付近の舗装を大きく削り取った。関は反射的に穴に飛び込ん落ち込んで大きく響いた。 だ、その一瞬、数人の影が遠くで建物の影に走り込むのを見た。 「切れたぜ」関はいった。 「中川、敵だ ! 関は穴の中から叫んだ。 中川の体が斜面を、ずずずっとすべり降りてきた。ゾラスターを 中川は銃と爆薬を抱えたまま、入口に立ちすくんだ。 握ったその体からは、首から上が跡形もなく消え失せていた。 「何人いる」 関は中川の手からプラスターをもぎ取った。レーザー銃は腰に差 「三、四人だ。援護射撃するから、ここまで走れ、 し、時限爆弾を右脇腹に抱えて入口に体を入れた。内径三メートル 中川はためらいなく走り出した。十メ 1 トルほどある。関は・フラの管は相当広い。関は左腕で宙吊りになった。飛び降りようとした スターを影が走り込んだあたりに向けて撃ちつづけた。ざざっと土瞬間、頭上が白熱に輝いて、関の体はそのまま落ちた。硬い内壁で を崩して中川が滑り込んできた。直後に光東が走って、土砂をまき腰をしたたか打ちつけて、関はしばらく息をつめた。左手の指が三 上げた。 本、第二関節から飛ばされていた。 「よし、上はわたしが引き受ける。パイプに入口を切ってくれ」中痛みなどかまっていられなかった。関は、中川手製の時限爆弾を

6. SFマガジン 1970年9月号

そのために宇宙省からサイボーグが動員された。十年間、宇宙省で ホ・ハークラフトを停止させたのは″情報犬狩り″のサイボ 1 グだ 6 飼い殺し同然だったサイボーグは約千人いた。かれらの情報サイボ 1 グに対する憎悪を、情報省が見事に利用した恰好だった。ーーー関った。 はそのニュースをホパークラフトに乗り込む直前に知った。テレビ 富士山麓の広大な草原を富士コンビナートへ向う途中だった。前 放送されたのだ。 方に人影が動いた。関は反射的に艇を右に旋回させた。影が銃らし 出発寸前にオペレーターが駆けてきた。 いものを構えるのと同時だった。スタビライザ 1 が地面に接触して 「関さん、ニ、ースでは逮捕命令が出ています。私はあなたを捉え弾け飛んだ。艇は土煙をあげて一回転し、見事に横転した。関は左 なければなりませんが : : : 」彼はうろたえていた。 腕の傷を下にして投け出されて呻いた。 「おれが逃げるといったら、きみはおれを撃たないといけないよ。 ルほど先の背の高 関は機台の影に隠れて前方を覗いた。十メート ここに銃砲はなかったのか ? 」 い夏草から、異様な頭が現われた。鋼鉄球のようなそれは汗で異様 「ありませんよ」男は首をふった。「あなたは怪我されてますし、 な光沢を帯び、よく見ると無表情な眠と口が付いていた。宇宙線焼 もしあっても撃ったりなんかしませんよ」 けのしたサイボーグだった。 「いや、おれが持って行きたかったんだ」 「大め、出てくる必要はないぜ。助けるつもりはない。今殺してや 関はカまかせに男の睾丸を蹴り上げた。 るー男は銃を構えた。小さな発射音がして、近くの叢をちゅるちゅ 気絶した男を残して、関はホ・ ( ークラフトを発進させた。。フログるっと何かが走った。男の手にしているのは鋲打銃だった。 ラム外の軌道を走るためには運転は手動に切り換えねばならない。 関は倒れたホパークラフトの影で身を固くした。得物は何もな 自分の腕だけが頼りだった。富士の斜面の下降は危険をきわめた。 関は男がその位置に 僅かな可能性に賭けるほかなかった。 艇が進むにつれて、火山灰質の砂が舞い上がり、玄武岩の斜面が雷来るのを正確に読んで、急停止用パラシ、ートのボタンを押した。 鳴のような音をたてて流れ落ちる。側面に岩の衝突を受けて、艇は後部から白い布がパッと開いて飛び、男を包んだ。男が布にもつれ 何度か平衡を失った。 : : : 傾斜がゆるやかになるにしたがって、暑て転倒した瞬間、関は走り出て、手近の岩石を両手で抱え上げ、布 さが酷くなった。日陰のまるで見当らない炎天下で、地平がかげろをはねのけようとする男に、満身の力をこめて叩き付けた。鈍い音 うのようにかすんで傾き、関はめまいを感じた。 がして、男は動かなくなった。関はまだ安心できず、パラシュート 関はすでに正確な位置を見失っていた。速度と時間を脳内電算機をはぎ取って、ヘルメットのように固い頭が歪むまで数回、岩を投 に積算して、大体の位置はつかんでいたが、富士一帯に関するデーげ落した。 タを情報省から得ることはもうできなかった。関はひとりで行動すしばらく立ちつくし、関は激しく息づいた。 ( もう何もかも失っ ることに、これほど不安を感じたことはなかった。 てしまったな : ・ : ・ ) あらためてそう思った。

7. SFマガジン 1970年9月号

静かだった。ひからびた道路と夏草の繁み、そして目前の一帯は 住む者のない建物のつながりだった。風は全くなく、裸眼にはまぶ 5 しすぎる真夏の陽が照りつけていた。 ここで殺し合いはしたくないな、と関は思った。疲労の限界たっ 廃線になった高速道路の高架をくぐり抜けたあたりで、関は尾行 の気配を感じた。ふり向いた時、崩れかけた橋脚の影に誰かが身をた。この二週間の体の酷使を思えば、ここまで耐えられたのが自分 でも不思議にさえ思える。情報省への至近距離まで近づいた今、無 引いたような気がしたのだ。関はすばやく隠れ場所をさがした。前 方は舗装のこわれた街路で、ひびわれの中から所どころに背の高い駄な体力は消耗したくなかった。それにこれ以上サイボーグを殺す 夏草が群がっている。逃げ込んたとしても、熱線銃でひとなぎだろのは嫌だった。ふたりを殺した記憶は、忘れるにはまたあまりにも う。住居だったらしいビルまでは広場をはさんだほどの距離があっ生なましい。思い出すたびに胸が疼く。罪悪感でもなければ感傷で た。だが後退するわけにもいかない。関は背にした幅広いコンクリもない。幼い日、戯れに野良猫を射殺した、あの時のどこへも持っ 1 ト支柱の裏にまわり込んだ。都合よく橋桁の一カ所が壊れ、錆びていきようのないやりきれなさに似ていた。関は古ぼけた鋲打銃を 握ったまま、大きくため息をついた。 た針金の東がコンクリート の破片を鈴なりにして垂れさがってい た。関は不恰好な鋲打銃を腰の後に差し込んで針金を把んだ。左腕 だが関の″もう一方の頭脳〃は冷酷に秒を刻んでいた。関はメモ の傷が焼けるように痛む。傷口が裂けたのではないかとさえ思え リータンクの情報から推定して、尾行者が脳に改造を受けていない 限り、姿を現わすとすればあと二分以内であると計算していた。関 ( 蛙のロッククライミングだな ) 左腕に力を込められないので、右は鉄骨とコンクリートの間隙に顔を寄せた。 手を移す瞬間、両脚に針金をはさんでふんばらなければならない。 案の定、尾行者は橋脚の影から出てきた。 一度、足がかりにした石塊が外れて路上ではね返る音を、関は神経その姿を見た瞬間、関の決心は変った。人間だったのだ。若い男 を裏返される思いで聞いた。 で、淡い銀色の耐熱スーツを着ている。右手に武器らしいものを持 っていることから判断して、よほど殺すことの好きな男に違いな ( 尾行者が音波探知装置でもつけたサイボーグだとどうなるんだ ) 。ここぎで来るには相当な情熱を要しただろう。廃車線の跡を歩 やっと支柱の一段を登りきった。・ とうにか身を置ける程度の場所 があって、倒れた鉄骨の影になっているので、身を潜めるにはうつき、コンビナートの境界をたどり、。フラント設置直前の空地を横切 てつけだった。関は鋲打銃を抜き出し、膝を抱くようにしてかがみって : 込んだ。ひどい息切れがした。腕の疼痛はすこしは和らいだが、脚 ( 殺してやる ) 関は思った。長い間、もう十年以上も忘れていた働 の筋肉はひきつったように固い。関はしばらくの間、おびただしい 動だった。 男は頭上の関には気づかず、あらぬ方向に眼を配りながら近寄っ 汗を拭う気力すらなかった。

8. SFマガジン 1970年9月号

「こちらの身が危険だ。昨夜検討したじゃないか」中川は関をたし張りをつづけた。人気は全く無いが、どこにサイボーグが潜んでい なめるようにいった。作業に戻ろうとして、中川は視線を関の背後るか油断はできない。暑さが徐々にこもりはじめた。 「くそっ、追っぱらってやるか」 に釘付けにした。「おい、誰か来る ! 」 関は眼を凝らした。確かに街路の端に人影らしいものが認められ中川の声に関は驚いて外を見た。街路の死体に野良大が群がって た。関は中川をうながして建物に戻った。入口から再び外を窺う。 いるのだった。中川はレーザー銃を構えている。 ゆっくりと影はこちらに向っていた。 「ばかな真似はよせ ! 気づかれるそ」 「人間だな」関はいった。 「もう誰もいないよ。私はついでに作業を始めようと思っているん 「確かにサイボーグではない」中川がいった だ」中川は感情的になっていた。 「情報サイボーグだろう、合図しよう」 「もう少し待て。まだ、やつら近くにいるという仮説は棄却できな 「ばか野郎、狩りに来たやつだったらどうする」 い状態だ・せ」関はわざと情報サイボーグめいた口調でいった。 「こんな早朝から来るやつがあるものかー 「よしてくれ。計算なんて、もう当てにはしない」 「道楽に時間はないさ」 いつの間にか言い方が逆になっているのに関は気づいた。関は中 「しかし仲間なら早く知らせないと。 川との感情の衝突の底に、どうしようもないものを感じていた。暑 「近くに来るまで待て」 それは昨夜の疑問の解 さと緊張による不機嫌では決してない。 その時だった。街路の奥が突如輝き、人影はオレンジ色の炎答にもなっていた。 に包まれた。炎の中でシルエットは両手を上に伸ばし、そのまま路 ( これが人間の本当の姿なんだ。情報省を通じての連帯なんて偽物 上に倒れた。瞬時の事だったが、青みがかった夜明けの空気の中で だった。ほんのうわべだけのコミニュケーションだった。現に今、 燃え上がった炎は印象的だった。 同じ状況にありながら、ひとっとして意見が合わない ) 関は思っ た。 ( この真実を、誰かに伝えないでおくものか ! 情報省を停止 「情報サイボーグだったんだ」中川が囁いた。「追ってきたやつが させて、人間全部に教えてやる、いかにうわっつらだけの調和が脆 ふたりはいる」 いものかを。これこそおれの使命なんだ ) 「当分動けなくなったな」関は銃を構えたままいった。 「ふん、あんたから計算力を取れば、もとの白痴同然の頭しか残ら 三人のサイボーグが現われた。頭の大きい男と、せむしのように ないんだぜ」 背を曲げた男、もうひとりは歩くたびに金属のぶつかるような足音 をたてた。三人は死体を確認して、引き返して行った。しかし、ま中川の、予想外に強い一撃を頬に受けて床に倒れながら、関は奇 、、よ、つこ 0 妙な快感すら感じた。 だ動くわけこよ 日が昇りきるまで身動きもしなかった。さらに二時間、交代で見 ー 7 3

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: さらに不思議なことに、 「こうした思索にふける時は、左腕の通信装置のあたりに変動磁場 ンクが変質したとも考えられません。 をかければ、情報省とは隔離された状態になれます , それでもプロジェクトは完了しているのです」 「全部の開発計画がそうだったのか ? 」 「この二年間に集中しています」奥田はあくまで冷静に話した。 関が奥田に会ったのは、それが最初で最後だった。 「ぼくはひとつの推論を得たのですが、つまり情報省内の頭脳に自奥田の予測が適中したのは、関が富士の宇宙線観測所にいた時だ 己保存本能が発生していることです。内部の機構を考えれば十分可った。関は情報省回線で流されたニースで奥田の事故死を知っ 能性はあります」 た。ビデオ・キャストで詳報を見ても内容は同しだった。奥田は東 「しかし、自己保存本能が生まれているとしても、なぜそれが情報京湾コンビナートで、。フラズマ機関の故障を調整中、噴出した。フラ 提供の拒否や歪曲になって顕われるのですかね」 ズマ流に呑まれたのだ。 「さきほどの話になりますが、情報省の決定した未来ビジョンは人 ( ついに情報省は動き出したな ) 関はそう感じた。だからといっ 間の求めるそれと相容れないのではないでしようか。それで情報省て、関に行動の方策が直ちに見つかったわけではない。事態の進展 はわれわれを恐れはじめているのだと思うのです」奥田の口調はやを見守る他ないように思えた。 や熱気をおびた。 その夜、はたして悪夢は関を襲った。数億トンの鉄塊の底で圧死 「それにしても情報省の沈黙は変だな」今度は関が落ち着きを取りしながら目覚めた時、関は自分の両手が自らの首に痣の残るほど強 戻した。「例えば架空のデータなり開発計画なりで、われわれが適く締めつけているのを知って、恐怖にうたれた。ーー・磁気コイルに 正と判断する程度の情報を与える能力は、情報省にあるわけでしょ腕を通して寝なかったからだ。富士の宿泊所には装置がなかった。 う ? 」 脳内電算機を通して情報省は関に働きかけてきたのだった。 「ぼくはむしろ情報省の情報サイボーグに対するひとつの意志表示関に行動の契機を与えたのは、昨日届いた奥田からの通信文だっ だと思うのです。例の悪夢もそうです。あれは潜在意識に対する悪た。それは盲点を突いた方法で届けられた。普通郵便の定期便で送 意的な働きかけじゃないですか」 られたのである。間の抜けた非常勤オペレ 1 ターが持ってきた封筒 ( ありうることだな ) 関は思った。 ( だが、そうだとして、われわをひったくって、関は増設中の気象管理局の地下へ駆け込んだ。そ れに何ができる : : : ) の一隅が電磁波を遮蔽していたのだ。通信文の日付は奥田の事故死 「情報サイボーグは総意をーー情報省を離れてーーー結集しなければの前日だった。 ならない時が来ています」奥田は関の心を見抜いたようにいった。 情報省の異常状態につき緊急連絡。情報省ではすべての情報 「工具カートが修理に来る時間です。出ましよう。今後も何らかの サイボーグの脳内電算機摘出手術の実施を決定した模様。治安 方法で連絡を取ります。それから : : : 」奥田は最後につけ加えた。 6

10. SFマガジン 1970年9月号

てきた。得物は最新型のプラスターのようだった。超硬合金の銃身して走った。金属の擦過音に似た響きとともに男の頭が消えた。肩 口をえぐり取られたような胴体は、傷口を片手で押えたままの姿勢 が恐ろしい破壊力を誇示するように光っている。まともに撃ちあっ で前に倒れ、小さな砂煙をたてた。小さなとかげが物音に驚いたよ てとても勝てる相手じゃないな、と関は思った。 関は眼下の男に慎重に狙いをつけて、引金を引いた。手首に激しうに草の中へ走り込んだ。 い反動があった。宇宙基地の建設に使っていたらしい鋲打銃の威力関はまた歩きだした。汗が吹き出し、体の痛みが戻ってきた。関 は大きかった。心臓を狙ったのがそれて、右肩を打ち抜き、男はプはその時にって初めて、肉体の苦痛すら忘れるほど興奮していた ラスターを投げ出し、まるで爆風で地面に叩きつけられるように倒のに気づいた。 れた。 やがて関はむかし住宅だった地域に入った。均一のビルが幾何学 男は、驚いたことにそれでも起きあがった。関は、左手で武器を的に並び、街路が規則的に走っているが、壁面にはしみが浮き出 拾うのかと警戒したが、男は傷口を押えて、よろめくように走り出し、窓は破れ、舗装はめくれ上がっている。その荒廃ぶりは住人が した。こうなれば急ぐことはなかった。 去って十年以上の経過を示していた。この一帯には情報省に所属す 路上に降りて、関はプラスターを拾いあげた。銃把に洒落た星のる「情報管理者」と呼ばれる特権階級の人種が生活していた。かれ マークが三個あって、それが過去の戦績らしかった。 らは情報省の無人化計画が完了した時からその地位を追われた。か くさむら ト第こっこ。 血痕をたどってしばらく歩くと、関は叢の中にうずくまって応わって登場したのが、関を含む一群の情報エリ 急手当に必死の男を容易に発見した。男は驚いた様子もなく、血の だがーー関は思う。十数年たった今、衰残の身をむち打ってこの 気の失せた顔をあげた。 地帯を訪れることになるとは、極微の可能性としてすら予測してい 「銃はあげるよ。だから帰してくれよ」男はまだあどけなさの残っ ュな、かっ 4 」 0 ている眼に哀訴の色を浮かべた。が、関はその表情の奥に容赦を当機能的につくられていた街だけに、無人化するとかえって気味悪 然のように思い込んでいるある種の甘えを見逃さなかった。何事も 。表通りは特に危険だった。通りに面した建物の無数の窓のどこ 許されつづけて育ってきた男なのだ。今だって悪戯を咎められた子 かから狙われたら、ひとたまりもない。関は目立たぬ通路を選んで 供くらいの気持でいる。 用心深く進まなければならなかった。異様に肥満した鼠が不意に走 「機械人間の射撃ゲームで我慢していればよかったんだ。ここは人り出たりした。ひとつの区域がとぎれて、つぎのビルまで少し距離 間と人形だけの世界しゃない。帰れ。もう二度と出てくるな」 があった。顔をつき出して様子をうかがった時、思わず足がすくん だ。前方に突然姿を見せた建造物が、関にはうすくまった恐龍のよ 若い男はゆっくりと立ち上がった。関は助けるつもりはなかっ た。最新鋭銃器の試射には絶好の標的だ。関は、うなだれて歩いてうに見えたのである。無数のアンテナ群を密集させた塔が、半径五 2 行く男を正確に狙って撃った。紫の閃光のかたまりが軽い反動を残〇〇メートルの山のような半球形ドームからっき出し、補助建造物