アルジェ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1971年11月号
11件見つかりました。

1. SFマガジン 1971年11月号

脚カハランスを失って宙に浮く有様を見物していた。 の従妹はいないのか。紹介してくれ」 伝票を差し出しながら、「あたしの大事なところを見たわね」と「アルジェへ行くんですか」 いうような目付きをした。ノースリープの娘はキ = ートな感じがし「ああ、そうだ。これから出発する」 た。さそえば、二つ返事でしただろう。が、一刻も早く街を出「例の奴を狙うんですね」 「そうさ」 フランス扉をあけて外へ出ると、街は白さをまして、まぶしく輝「わたしなら、ごめんだね」 「な・せ」 いていた。まだ、駐在員のアラビヤ人に電話をかける用事がのこっ ていた。公衆電話に入りこんで、ダイヤルをまわしていると、亜熱「危険すぎますよ。忠告しとぎますがね、奴は危すぎる」 「奴らは全部危険さ。どうした、 , 従妹はいるのか、いないのか」 帯性の街路樹が、風のやんだ暑気の中で、びくりとも動かぬ風景が 「いますよ」とモハメッドは、自尊心を傷つけられたみたいにいっ みえた。 電話はなかなか通じなかった。あきらめずに何度もかけ直した。 つき合いは短かったが、この ( 国際心理警察機構 ) の駐 「だれ」迷惑そうな相手の声が伝わった。 いい男だった。仕事振りは、・ほくのペースとはあわない 「おれだ。例によってキイスイング・カズンとおひるねの真最中在員は、 が、やるべきことはちゃんとやっていた。 ぼくはモハメッドから必要な情報をききだした。「じゃあ」と・ほ 「図星」 くはいった。「機会があったらまた逢おう・せ」 わるびれずにモハメッドの返事が返る。 ディ 「おわったよ、と・ほくはいった。「屍体のしまっと、本部への連絡「あなたもお達者で。マアッサラーマ」 「サヨナラ」 を頼みたいんだが」 ・ほくは電話ポックスを出た。すぐにもジャガーを超スビードで走 「じゃ、やつばり」 らせて、この耐えがたい暑さから逃れだしたかった。 ・、ノナル型。君のまけさ。 「そう、けっこうな獲物だったよ。デ / 、 三〇分後、車はもう市街地を抜け、ハイウェイを東へ走ってい 賭金はいただくぜ」 「払いますよ。アラーの神にちかって。今度の給料日に。為替でおた。砂漠にアスファルトをぶち流したような道路、カサ・フランカか らタンジール、アルジェを経由する三千キロ。この道路はチェニス くります」 を通って終端のカイロまで合計七千キロをつなぐ。 親愛なるモ ( メッドの声はしょげていた。 0 幅員八車線の整備された道路は、滑走路並だった。ジャガーは二 「いや、冗談だよ。おれだって、最後の最後まで半信半疑だった。 2 賭金の方はまけてやる。その代り頼みをきいてくれ。アルジ = に君〇〇キロちかい速度で疾走していた。道は、なだらかな丘の輪郭線 か」

2. SFマガジン 1971年11月号

かった。とにかく町へ出てみた。市場のちかくで、羊の肝臓をやく 三人殺られていた。むろん、このことは考えようによっては、しし 報せだった。それだけの欠員ができるからだ。ぼくの昇級できる匂いがして、腹の虫が鳴きだした。ぼくは最初に目についた店にと チャンスも多くなる。ただし、生きのこることができればだが。こびこんだ。となりの男が食べているものをさして、「あれをくれ , の問題は、まだ深くは考えてみたことはなかった。考えても仕方がといって註文した。炒飯ととりあわせたようなセロカ・ ( ・フという料 な、。技術三分、運七分が我々の闘いであるからだ。そして、一回理たった。 の敗北が死につながるだけに、あとくされがなくてよかった。 きのうあえなかったセレストの店へいく。ごたごたと美術品が、 ばくは、この部屋の守備体制に満足して、べッドを離れると、ソ店内の棚といわず床といわず一杯におかれていた。みんなまがい物 ファーに横になった。と、もうすることはなくなった。・ほくは、エ か盗掘品だろう。出土品めいた石碑のかけらだの、神像だの、スカ 甲虫の、 ) それから象牙やららくだの皮製品、みんな安物で興味 リナの遺品のことを想い出して、あの本を鞄からとりだした。このラベ ( 彫刻 アルジェ出身のノーベル賞作家の大衆版絵入り小説だ。ひどく面白をひくものはなかった。 かった。スタイルは古典的だったが、作者の思想に魅かれるところ セレストに用件をきりだす。と、足もとを彼の子供たちが一ダー があった。 スあまりも駆け抜けていった。セレストは、わけのわからぬ早ロで 数頁読みすすめぬうちに、ぼくは主人公の考え方に、すっかり 悪態をついた。それから、ちらっと愛想笑いを浮べてみせた。 共鳴していた。書きたしはこうだ。 やはり何か知っていそうだ。紙幣をにぎらせる。更にもう一枚追 〈きよう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、 加した。セレストと・ほくの間の距離はぐっとちちまった。もう一枚 私にはわからない。養老院から電報をもらった。 追加する。それから財布をしまった。 『ハハウェノシヲイタム、マイソウアス』これでは何もわからな 「どうかね」と・ほくはうながした。 セレストはちらりと通りを見た。誰もいない。人の目を気にした 。恐らく昨日だったのだろう〉 、、。・ほくは気に入った。・ほくは、主人公ののだろう。セレストはうっすらと笑って、すばやく紙幣を尻のポケ すごく論理的ではなしカ ットにおしこんだ。それから話しはじめたが、ロはしぶりがちだっ 行動にいろいろうなずきながら、読みつづけていった。ただ、マリ た。だが、すごいのがいるらしい。正体不明。しかし確かにいるの イという女と情交する部分の描写が、少しばかり簡潔すぎて物足ら なかっただが、この大衆版の脚色者が入れた挿絵が、その欠点をだ。セレストの話を総合してみると、相手は完全な新種であるらし おぎなっていた。鮮明な多彩色の写実的な絵で、マリイは、チャー 漠然としていて、とりとめのない荒筋の中から・ほくは、お・ほろ気 ミングに描かれていた。 ながらも、相手の輪郭をつかみだした。アルジェの人口は現在二〇 午後の日盛りの時間がすぎて、夕方にちかくなっていた。・ほくは 空腹をかんじていた。といって、何を食べるという特別のあてもな〇万。その中に潜在しているひとりのミ、ータント。 幻 8

3. SFマガジン 1971年11月号

「嘘じゃない。おれ、この目でみたんだ」 サイモンズが死んだ。とても信じられない。あんな腕利きの男が 「なんだい」 少年の視線が、・ほくのジャンパ ーの脇下に釘づけになっているの 「相手は誰なんだ。教えてくれ」 がわかった。「それ、拳銃だろう。ちがうか」 「よくわかったな」と・ほくは少し驚いて少年を見返した。直観的「 : ・ に、。ヒンとひらめくものがあった。何か知っているらしい。ぼく「どうした。早くこたえろ。こわいのか」 が、少年の返事は意外だった。 は、少年の言葉を待った。 「相手なんていないさ。あのアメリカ人は、気が狂っちまったん 「おれ、 . 先にも、おじさんみたいな人を案内したことがあるんだ」 ちゃんと掛引きを心得ていて、思わせぶりないい方だ。「近所の人だ。だってさ、真昼間、大通りをわめきながら走り出していって、 トラックに轢かれちまったのだもの」 がいってた・せ。あいつは、ライセンス持ちだったって」 ライセンス持ちとはミ = ータンツ ( ンターのことだ。 . ・ほくは興味「馬鹿な」ぼくはうめいた。「あいつの気が狂うなんて、絶対にあ を覚えた。 りえない」 「ほお、いっ頃のことだ。そのライセンス持ちに逢ったのは , 「嘘だと思うなら、他の人にもきいてみな。このおれは、ときどき あの人の走り使いをしていたから、なおのことわかったんだ。死ぬ 「半年ぐらい前だったかな」 「どんな男だったか、覚えているかい」 ひと月ぐらい前から、急に様子がおかしくなった。おれのことを、 「片っ方の手に、℃ 、つも手袋をはめてたよ」 『おいジョン』だなんて呼んだりしてさ」 「なんだって」心当りがあった。「どっちの手だった」 一体、何がサイモンズの身の上におこったのだ。少年と別れ 「左手。あの人の片手は義手なんだ」 て、ホテルへもどるタクシーの中で、・ほくは、じっと考えこんでい た。「お客さん、中国人か日本人か」と運転手が話しかけてきた ・ほくは、そう聞いたとたん、立ちどまった。あいつも、アルジェ が、相手にならなかった。宿の前まで車をのり入れさせてからおり の獲物を狙ってきたのか。サイモンズだ。間違いない。 た。みあげると、夜空は晴れわたっていた。 「おじさんも、仲間なんだ」 とっくに寝た頃だろうと思っていたのに、あの娘はまだおきてい 「そうだよ」今さら隠したってはじまらなかった。 「消息を知らないか。教えてくれたら、謝礼ははずむぜ。うんとた。ヨーコ・山本。宿帳のサインで知った名前だ。ドアをあけたと きの様子からして、どうもおれを待っていたみたいだった。〈何が な」 「死んだよー 狙いなのだ、お嬢さん〉と腹の中でいいながら、・ほくはジャン・ハ - ー 「本当か . 頭蓋骨をぶちのめされたようなショックを覚えた。 をツインの片方にぬぎ捨てた。 2 ー 2

4. SFマガジン 1971年11月号

世界に。奴はサイモンズのときはうまく成功したのだ。サイモンズ は、追億の世界にひたりきっていた。彼には罪の意識があった。彼 の息子が轢かれたとき、路上にとびだして、救わなかったという : ・ 。その悔恨が深く彼の無意識下に沈澱していた。それゆえ、サイ モンズは、この追憶の世界では、路上へとびだしていったのだ。多 コが泣・きじゃくっている。 ・ほくには、なぜ彼女が泣くのかわからない。女「てのは、気まぐ分彼は、ジョンという彼の息子がトラックに轢かれる幻覚をみたの ・こ ) わ、つ - れだ。 写真の断片が、床の上 写真を破いたのは彼女だ。ぼくじゃない。 ・ほくは、うまく、敵の罠から逃れることができた。でも、あの敵 にちらばっている。港の方から吹いてくる風が、レースのカーテンは、な・せ、自分を銃ロの的にするような危険をあえておかしたのだ をそよがせ、床一面にそれを散らしている。 ろうかそれがいまひとつ、・ほくにもうまく説明できなかった。彼 ュータンツの宿命にあきて、生きることを清算しようと ヨーコのストッキングが平らになって、少しずつ壁ぎわの方へ吹自身が、ミ き寄せられていく。白い格子縞のドレスの裾が、そのあとをおってしていたためだろうか。それとも、何か誤算があったのだろうか。 いる。ぼくはヨーコの裸の体を美しいと思って眺めている。女ってあるいは、彼は不死性を獲得していて、いっかまた墓場の中からよ みがえるのであろうか。 あれのあとで、こうやって泣くものなのだろうか。脱いたのはヨー どっちみち、ぼくはこのアルジェを離れるつもりだ。いま、あの 抱いたのは、ばくの方だけれど、仕掛けたの コだ。・ほくじゃよ、。 敵に勝ったという喜びはない。死をまぬがれたという安堵もない。 でも取引きはいやだ。写真は絶対に発表させないといってやった人間はみな死刑囚であるのだ。あのカフカの審判のように、告発さ れ裁かれ、首をきりおとされる″″なのだ。そうではないだろう のだ。 それにしても、・ほくが浜辺で五発うちこんだ相手は一体誰だった エドガー・ライス・ハロウズー 70 、ユ 1 タントだったのだろう のだろうか。本当にぼくの狙っていた 時に忘れられた世界 か。ヨーコの写真は、その決定的瞬間というやつをとらえていた。 今なお怪と原始人の支配する太古そのままの島 ! あのとき、勝負の決着はついていた。ぼくの敵は、ただひとつだけ 誤算をおかしていた。ぼくがカミュの書いたあの小説を全部読みと \ 2 ー 0 エドモンド・ おしているとばかり思っていたのだ。 気 , 透明惑星危機一髪ー 彼は、死ぬ瞬間に解放させた彼の全リビドーでもって、・ほくをあ 宇宙きっての極悪人が逃げこんだ四次元に迫る危機ー の世界にとじこめようとした。裁判と絞首刑の待ちうけているあの それは、無限の虚構のつらなりなのだ、とぼくは悟った。 ョ 、当 s 女庫 ー憲、をイ遥試当 を発中 , 発売中 2 引

5. SFマガジン 1971年11月号

れる水音をききながして、ぼくは部屋を出た。主人に地理を尋ね女の様子からスリリングな大物にぶちあたりそうな予感がした。 た。カサ・フランカのモハメッドにきいてきた店は坂の下の方だっ 奴は、この、世界最大といわれるアルジェのカス・ハの中にひそん でいるのだ。九龍の貧民窟とおんなじで、よそ者をちかづけたがら メディナ 旧市街はどこも似たりよったりだった。よそ者には迷路も同然だないカス・ハは、ミュータンツの絶好の隠れ家だった。 やっとみつけたレイモンの店は、暗く、戸はしまっていた。外か った。一「三度同じところをぐるぐる回ったあげく、・ほくは通りで 遊んでいた少年に道案内を頼んだ。少年は犬みたいに喜んで、先にら大声で呼んでみたが、誰も出てこなかった。そのうち、声をきき 立った。食物の匂いのたちこめた露地を酔っぱらって歩いている男つけて、うさんくさそうにカス・ハの住民がよってきたのであきらめ の中には、かなり薄気味悪いやつもいた。ぼくは、露店のひとつでた。明日、出なおしてくるより仕方がなかろう。店の前を離れて、 赤ん坊の頭ほどもある黄色いメロンを買って、かぶりつきながらつ大通りの方へあるきだすと、何者かがおってくる足音が響いた。ぼ いていった。それから、やっとモハメッドが紹介してくれた従妹な くは、とっさに物蔭に身を隠した。追っかけてきた人影は小さかっ こ 0 る女性にめぐりあった。 カ今さらモハメ 「なんだ、君か」 期待に反して、中年太りのアラビャ女だった。 : 、 ッドをのろってもはじまらない。はじめての街で、必要な情報を仕さっき、案内を頼んだ少年だったのだ。 入れる仕事は難しい。やはりモハメッドの助けがいるのだ。はじめ「おじさん、ひとりか」 は警戒していたが、・ほくが本当に彼の友人だということが判ってく「そうだ」 るにつれ、うちとけてきた。・ほくは、この赤い壁画のある・ハーまが「女はいらないか」 いの店に、腰をおちつけて、遠まわしに問題点にふれていった。 少年は率直にいった。十五、六歳の利発そうな子供だ。 「そうね。その方面のことなら、レイモンが詳しいわ」 「いらない」・ほくは、手を振った。少しも悪びれたところがないの 「どんな男なのかね」 で、腹をたてる気にもならない。 「じゃあ、明日、市内観光はどうだい。 「故買商よ。商売柄、情報通だから」 鑑札はないけど、うまくや れるよ」 「逢えるかね」 「さあ、なんともいえないわ」 「そのうちな。おじさんは仕事で来たんだ」 「紹介してくれないか」 誘いを断わられて、少年は残念そうな顔をした。それであきらめ 「まっぴらだわ」女は、太った肩をすくめてみせた。 るかと思っていたら、まだついてくる。何か、いいたそうだった。 こうなれば、自分であたってみる他はない。・ハクシーンをおい 「どうした。早く帰って寝ろよ」 「うん」少年は素直にうなずいた。・、、 力「おじさん」とまたいっ て、店を出た。まだ海のものとも山のものともっかなかった。が、

6. SFマガジン 1971年11月号

ルート 1 、最低速度一〇〇キロとかかれた道路標識の傍に、手を あげて立っている女の子をみつけた。ヒッチハイカーの娘だ 0 ・ほく アルジ = へあと二〇〇キロ。標識がまたすぎる。ぼくにとって は、ブレーキペダルをダ・フルに踏んで、車をとめた。ジャガーは、 へベルモコの ・ほくは、映画博物館でみた、。 は、はじめての街。が、 標識から優に五〇メートルも行きすぎて止った。 「忘郷、を思いうかべていた。・ほくは、きっと、期待した通りのも ー・ハッグをかついだその娘が、手を振りなが 振りむくと、ヒッビ のをそこに見出すのだ。 ら駆けてきた。 あれからあと、・ほくは女を無視することにしていた。視線を前方 「のつけてくれる。あっ、日本の人ね。ああよかった。アルジェま に固定したまま、 ( ンドルをにぎったきりだった。そんな・ほくに、 でお願いするわ」 濃いオーシャンプルーのシャツに、白い麻のスカート、・フーツ姿気づまりでもしたのか、、女が口を開いた。 の女は、まだ若々しかった。熱風と共に、娘は助手席に乗りこんで「終点はどこ。アルジ = 、カイロ、もっと先」 、ってやった。「終点は多分、墓場だろうな」 「さあね」・ほくは、し くる。 「まあ , 女は軽くおこった。「あたしが、気にいっていないみたい 「涼しい。クーラー付の車で助かったわ。もう一時間も道端に立っ ていたのよ。暑さで死ぬんじゃないかと思ったくらいー娘は、ひとねー りで喋りはじめた。「放りだされちゃったのよ、あそこで。ェッチな返事のかわりにシガレットホルダーから煙草を一本ひきだした。 イギリス人、あん畜生。へんなことするから蹴とばしてやったわ」気に入るも気にいらないもない、無関心なんだ。 といいながら、シャツのボタンを外して風を入れた。襟首に汗でま「あたし、カメラマンなの。フリー といついた襟をおし広げる。ちらっと堅そうな胸のふくらみがのそ「そうかい」・ほくは、ぶつきら・ほうにいった。 女は、身にあまる荷物を背負わされた道端のロ・ハにむかってカメ ラをむけた。そして、悪態をついた。「ちえツ。車のスビードが速 「だめ、よそみしちゃ」女は、眼で笑ったが、胸丘はそのままたっ すぎるわ , 「そうかいー ・ほくは苦笑した。個室の中に不意にちん入してきた他人みたいな 「もっと、ゆっくり走れないの」 カ全体的にク 気がした。妙に慣れ慣しい態度が、気にさわった。・、、 ールな感じがある。美人でなかったら、前のイギリス人みたいに放「急ぐんでね」 「いいわよ」女は、すねてみせた。 りだしてやっただろう。こういう世慣れたふりをする女はきらい ・ほくは、女の横顔を盗みみた。横顔がちょっといい だ。たとえ、異境で知りあった同国人であったとしてもだ。 4 こういうタ 208

7. SFマガジン 1971年11月号

わけではなかった。毎日ふらふらしているのが、めざわりになった が、このいま・ほくのいる世界は、カフカ的な世界の正反対の極に わけでもなかろう。勤めロというのはむろん臨時の手伝いで、先方あるのだ。世界は正午の真盛りにある。海や建物や港や塔や街路樹 2 は商社だった。 が、一切が、明瞭な輪郭をもって存在している。物事がすべて正々 行ってみると、雇主は・ほくを歓迎した。それから日本製品のこと堂々としているのだ。その日、・ほくは養老院から電報をうけとっ をしきりにほめた。それでやっと、理由がわかった。この主人は貿た。アラビヤ人の配達夫が、動め先にそれをとどけてきたのだ。 易商で、日本との取り引きが多かった。それでときどき・ほくのよう「なんだろう」と・ほくはそれを聞いて読む。「ハハウェノシヲイタ ム、マイソウアスーが、これでは何のことかわからない : な日本人に、手伝ってもらうらしいのだ。 多くを疑わずに、・ほくは翌日から、毎日出勤して、勤勉に働きは じめた。よく考えてみると、何もかも、つぎはぎだらけのような気 がしないでもなかった。・ : カ全ては、一応もっともらしく、例のモ スクのモザイク模様のように整然としていた。この世界は、カフカ 養老院はアルジェから八十キロの、マランゴにあるという。二 的な無意識の迷宮の世界ではないのだ、とぼくはうすうすと感じて時の・ハスに乗れば、午後のうちに着くだろう、そうすれば、お いた。あの雪の陰うっとした村の外れにそびえる城へ、行こうと通夜をして、明くる日の夕方帰ってこられる。・ほくは雇主に二日 間の休暇を願い出た。こんな事情があったのでは、休暇をことわ していきつけぬ測量技師翁 2 城 ) を御存知だろうか。・ くは、測量の仕事に経験があるので、のいらたちがわかりすぎる るわけにはゆかないが、彼は不満な様子だった。「・ほくのせいで ほどわかっていた。測点をおいながらトラ・ ハースをやっていくと、 はないんです」といってやったが、彼は返事をしなかった。そこ 万分の一の精度でおいつめながらも、どこかでつじつまがあわなく で、こんなことは、ロにすべきではなかった、と思った。とにか なることがよくあるのである。トラ・ハ ースをひとまわりやってもと くいいわけなどしないでもよかった。むしろ彼の方が・ほくにむか にもどったとき、トラ・ハース線が計算上のようには、びったりと閉 って、お悔みをいわなければならないはずだ。 じないのだ。 ・ほくは、二時の・ハスに乗った。ひどく暑かった : そのわずかなみだれにも、世界の完璧さをつきくずすような何か ・ほくは・ハスにおくれないように走った。・ほくが眠くなったの があるのかもしれない。カフカが発見した世界は、彼の測量器機の は、きっと、こんなにいそいだり、走ったりしたためだった。そ れに加えて、車体や動揺やガソリンの匂いや、道路や空の照り返 ような精密さの賜だ。あの雪降る村は、″″によって測量される ことを拒絶したのだ。なぜ : : : ? ・ほくにはわからない。村は変貌しのせいもある。ほとんど車の走るあいだ中、・眠りつづけた。眼 がさめたときには、軍人によりかかっていた。彼は・ほくに微笑し して、突然存在の輪郭をくずしはじめる。光がおとろえ、家々は、 て、遠くからきたのか、と尋ねた。別に話したくもなかったか うす闇の中に・ほやける : 7

8. SFマガジン 1971年11月号

イ。フの女は、大抵、怒った顔がいいものだ。女はうつむいて、胸の 「・ハクシーン」「ハクシーン」 ボタンをはめ直していた。 「ラ、ラ」・ほくは手をさしだす彼らをおいはらう。 「アルジェははじめてかー 白い二階建の四角な木賃宿は、ちょっといかした。・ほくは、カウ 「ええ。何かいいテーマがないかしら」 ンターを掌で叩いた。カーテンをあけて奥から出てきたユダヤ人く 視線をまた正面にもどした・ほくは、そのときはっとした。 さい主人は、我々を値ぶみして値をつりあげてきた。むろん値引い 「私の少年期を支配していた美しい太陽は、私から一切の怨恨を奪た。主人は譲歩した。ばくは、現地の習慣に従って当然のことをし いとった : : : 」 たまでだ。 カミ = だ。ニリナの愛していたカミュの言葉だ。女が、その本を「ツインなら、御希望の値段でいいとさ」 ダッシュポードからひつばりだして、扉のところを読んでいたの 「あたしはかまわないわ」と女はつんとしていった。もうおおよそ の見当はついていた。女はあまり金を持っていない。ひょっとする 「よこせ」・ほくは、女の手からエリナの遺品を奪いとった。 と、一文なしかもしれない。 「まあ、乱暴ね。何か気に入らないの。さつばりわからないわ」 「おれは、いやだね。ひとりでないと眠れないたちなんでね」 ぼくは、答えなかった。胸の中が、自分でもよくわからない怒り鼻筋の通った顔が、ちょっとくずれた。あと何秒かすれば、完全 でみたされていたのだ。 に泣きだしただろう。・ほくは気まぐれをおこした。 それきり、二人は沈黙しつづけた。車が市街地に入って、坂がち「いいよ。ツインでがまんしよう」 それがどういう意味か、女には判っているはずだ。荷物を運んだ な繁華街にちかづいたとき、ぼくは尋ねた。「どこで降りる」 「あら放りだす気」 主人は、夫婦者でなさそうな我々を別々にみて、わかったような顔 をして、出ていった。 「どうしろというのさ」 鉄格子みたいな飾りのついた窓の外は、すぐ公営アパートみたい 「ホテルを探して。なるべく安いのを」 な建物とむかいあっていて、そこに一杯、洗躍物が干してあった。 ・ほくは、一旦港の方へ走らせた車をターンさせて、モハメッド 通りとかかれたうねうねした坂道をのぼっていった。旅慣れている「暑いわね」と女はひとり言みたいにいった。「シャワーをあびて しいかしら」 せいか、安宿をさがす勘みたいなものがついていた。勘はあたっ こ。ぼくはでたらめに道を傍道にのりいれて、旅商人のとまる木賃「いちいち断わる必要はないと思うぜ。部屋代は割勘だし。どう 宿をみつけた。 ハスの扉が・ハタンとしまった。 車をとめると、通りで遊んでいた子供が、めざとく我々をみつけ返事の代りに、 はやタ暮だ。この女とっきあっている義理はない。 て、かけ寄ってきた。 シャワーの流 2 ー 0

9. SFマガジン 1971年11月号

敵は、作戦をかえたのだろうか。・ほくは、サイモンズのことをよ く考えた。彼もまた、いまの・ほくのように、記憶の世界にのめりこ んでいたのだろうか。あとから考えると、・ほくの敵は、・ほくの無意 世界は狂気をはらんで持続する。破減への道からのがれる唯一の識の願望をよく知っていたのだ。彼が時間を必要としたのは、ぼく 方法は、あのカミュの本の第二部を読まぬことだった。・ほくはあらのエリナへの追憶が、十二分に発酵するときを待っていたためだろ かじめ、意識的に計算して、第一部でやめておいたのである。もしう。 読めば、ぼくはこの小説的世界の中で、間違いなく逮捕され、裁判 その日、・ほくは、ちょうどまむかいの歩道の上で、観光客らしい にかけられ、死刑になるに相違なかった。・ほくには、・ほくの敵が、 つば広の帽子をかぶった女性の姿をみかけてはっとした。そのひと そこでとまどっているようにおもえた。・ほくは、その先を読みたい は、格子縞の白いスカートをつけて、商店のショウウインドの前に という誘惑に抵抗していた。絶対にその筋書きを知ってはならな立ちどまっていた。あいにく、大通りをゆく車の列がきれずに、・ほ 、。敵は、台本通りのやり方で、・ほくを破局へとおいやるつもりでくは近づいて声をかけようとして、まごっいていた。そのうち、背 いるにちがいない : の高い・ハスが視界をさえぎり、それが去ったあとには、その女性の あれ以来、マリイは姿をみせない。・ほくに追いかえされたまま。姿は失せていた。どこへ行ったのだろう。と、そのひとは、百メー でも何ということだ。あの数葉の写真に、なぜ死んだはずのエリナトルもはなれたところに立ちどまっていた。・ほくは、歩道をけるよ が、映っていなければならないのだ。それは心やさしい・ほくの敵のうにして駆けたした。その女性は、・ほくの方をちらりとみて、角を ・ほくへのプレゼントなのだろうか。 曲った。そこまでかけよったとき、もう彼女の姿は消えていた。 写真の中のエリナの面影をみつめながら、・ほくの心は、追憶の甘でも、あれはエリナだった。待っていたエリナがとうとう現われ さとにがさで満されるのだった。あのとき抱きしめてその愛をたし たのだ。その次の日も、ぼくはエリナの姿をみつけた。そして見失 かめたエリナがそこにいるのだ。・ほくの胸はうずいた。 った。そのまた次の日も同じことがおこった。こうして、・ほくの奇 こうして、時がたっていった。敵の攻撃は、一時、休止符をうつ妙な追跡劇がはじまった。 ていた。アルジ = の街は現実の街にもどっていた。でも、何かが狂・ほくはいまきっと、きらめく光にみたされた鏡の迷宮のような世 っていた。あれ以来、マリイをはじめ小説の登場人物たちは姿を消界にいるのだ ! そんな気がしていた。このアルジ = の現実の風景 した。だが、その代り、・ほくはこのアルジェの白昼のさなか、ときの中にたくみにはめこまれた鏡面のような空間の一部が、ぼくの想 い出の女性の姿を映し出しているのだ。 どき記憶の中の人々の姿をよくみかけるのだった。むろん、それら の人々は、走りゆく・ハスの中とか、街の四辻のむこう側とかで、お もはや、一切の怨念をぼくは忘れかけていた。エリナの恨みも同 2 つかけると、すぐ姿を消してしまうのだった。 じことだ。彼女はぼくを許しているにちがいない。・ほくは、追憶に 9

10. SFマガジン 1971年11月号

しい光があふれていた。二匹のモンクマ・ハチが、窓の焼絵ガラスに ら、・ほくは「そうですーといっこ。 ぶつかって、うなっていた。それから、この門衛と大いに喋り、通 養老院は村から」二キロのところにある。・ほくはその道を歩い た。すぐママンに会いたいと思ったが、門衛は院長に会わなけれ夜にきたママンの友達たちとコーヒーをのんで、夜をあかし、あく ばならない、 彼の手がふさがっていたので、しばらくる朝、中庭のすずかけの木の下で、待ちながら、さわやかな大地の 待った。その間しゅう門衛が話しかげてきた。それから院長にあ匂いをかいでいた。・ほくは、ママンの許嫁だったという老人に逢 柩車と共に行列をつくって墓地へむかった。ひどく暑かった。 った。その事務室で彼はぼくを迎えた。小柄な老人だ、レジオン いとすぎ ・ : 。たえがたい空 ・ドヌールを着けていた。明るい眼で、ぼくを見た。それから・ほ丘々まで連なる糸杉の並木、こげ茶の緑の大地 : くの手を握り、どうして手を引き込ませようかと困ったほど長く、のきらめき。太陽、車についた皮や馬糞の匂い、ニスの匂い、香の 離さずにいた。彼は書類の頁をめくって、「マダム・ムルソーは匂い、お通夜の疲労 : ・ それからあとは、すべて、ごく迅速に、確実に、自然に事が運ん 三年前にここへこられた。あなたはそのたった一人の御身寄りで だので、もう何も覚えていない。 したね」といった。 そして、・ハスがアルジェの光の巣に入ったときの、・ほくの喜び。 ・ほくは、何か・ほくがとがめられているのだと思い、事情を話した が、彼は・ほくをさえぎって、「弁解なさることはありません。あそのとき、・ほくはこれで横になれる、十二時間眠ろうと考えた。 なたのお母さんの書類を拝見しました。あなたにはお母さんの要 求をみたすことができなかったわけですね。あの方は護婦をつ事実、・ほくは十二時間たつぶりと眠った。きようは土曜日だ。ひ ける必要があったのに、あなたの給料はわずかでしたから。でもげを刷って海水浴場へいき、水のなかで、マリイ・カルドナに逢う 結局のところ、ここにおられた方が、お母さんにも御幸せでしたのだ。 ・ほくを ろう」「その通りです、院長さん」「ここには同じ年配の方、お友・ほくは電車に乗って港の海水浴場へ行った。潮の香りが、 だちもあ 0 たし。そういう方たちと、古い昔の思い出ばなしをか麻痺させた。それから浜辺の大勢の若者たちの群にまじった。・ほく は水の中に身を投じ、沖へむかった。 わすこともできたし。あなたはお若いから、あなたと一緒では、 ぼくはマリイに再会した。水着姿のマリイは綺麗だった。・フイへ お母さんはお困りになったでしよう」と院長はつけ加えた。 それから、・ほくは院長につれられて中庭を横切って小さな建物の登るのを手伝ってやりながら、今夜この女を抱くのだと思った。部 中へ入り、そのひとにあ 0 た。大層明るい部屋で、石灰が白く塗ら屋を出る前に、あの小説を読みかえしてきたので、何をしたらいい ひつぎ かわかっていた。ぼくは、ふざけるような振りをして、マリイの腹 、 - 彼女は棺の中に入っており、 れ、一枚の焼絵ガラスが入ってした。 , 5 ふたがしてあ 0 た。アラビヤ人の看護婦がいた。門衛が入ってきの上へ頭をのせた。マリイは何もいわなか 0 た。眼の中に、空の全盟 ・ : 。・ほくはものうさの中に埋没し た。入れかわりに看護婦がでていった。部屋には午後の終わりの美体が映った。すべてがものうい :