1 テンに向かって、ジニリー ・フォスターは誰も自分を愛してた。「どうしようもないんだ。いつも女にしくじっちまうんだよ。 くれないと・ほゃいていた。・ハ ーテンは商売柄、ジェリーが思い違いもう一杯くれないか。ところでお前さんの名前は何というんだい 6 しているのだと言って慰め、代りの酒をすすめた。 「ああ、もちろん貰うとも」と、すっからかんに近い財布の中を覗「オ 1 スチンといいます」 きながら、気の毒なフォースター氏は応えた。「『我、葡萄の処女「オースチンか。うん、ところでオースチン、ちょっと気掛かりな しこう めと を娶らん。而して遠きに響く太鼓の調べを聞かず』これはオマルのことがあるんだ。昨日のサンタ・アニタの第五レースじゃ何が勝っ たか知っているかい ? 」 詩だ」 ( の詩ん、天文学者。四行詩集 " ルバイヤート。は有名 なんじ 「へえっ ! 」と、 1 テンはびつくりして声を上げた。「然れど汝「ピッグス・トロッターじゃなかったですか ? 」 ゅ げんなま 「だがおれは現金をホワイト・フラッ 来りし戸口より出で行かざるまいと欲す。いやいや、ここじや問答「そうか」と、フォスター は止めましようや。ここは東五番街じゃありませんからね、我が友シュに注ぎ込んだんだ。それでおれがここに居るって訳だ。サ よ」 のやっこの酒場にやって来るんだろう ? 」 「うん、おれを友と呼んでいいそ」と、フォスターは言って、本題「もちろん来ますよ」 に戻っていった。いや、そんな事はどうでもいいんだ。おれは天涯「そいつはちょうどいい」と、フォスタ 1 は言った。「やつに金を のやっときたら、金を返さないと 孤独なんだよ。誰も愛しちゃくれないのさ」 払わなきゃならないんた。サ ゅう・ヘ 「昨夜連れてきた女はどうなんで ? 」 なると厳しいんだからな」 ーテン。「ちょっと失礼します」 フォスターは注がれた酒を一口飲んた。彼の顔立は悪くなく、滑「本当ですか」と、 らかなプロンドの髪をのばしたどことなく若い男だった。その碧眼彼はウォッカ・コ 1 リンのグラスを二つ持って男の前から離れた 0 の中にはほろ酔い気分がいくらか漂っていた。 「お前もおれが嫌いなんだな」そう言ってフォスタ 1 はグラスを 「べテイか ? 」と、彼はロごもった。「ありや実はな、しばらく前み、カウンターの止り木から下りてよろよろ歩き出した。 にべティのやっといっしょに″トム・トム″に行ったんだよ。そこ彼はペティが一人ポックスに腰掛け、自分を見詰めているのに気 オ彼女の・フロンドの髪、澄んた目、薄桃 いてびつくりした。・こが、 / へこの赤毛娘が入ってきたんだ。おれはべティを捨てちまったよ。 そしたらその赤毛ときたらおれを冷たくあしらいやがったんた。お色の肌が彼にとってすべて魅力を失ってしまったことを見ても別に 驚きはしなかった。彼女にはうんざりしていた。そればかりでなく れは今一人ぼっちさ。みんなおれのことを嫌ってやがる」 ・ハーテ厄介者にさえなっていたのだ。 「たぶん、そのペティを捨てなきやよかったんですよ」と、 フォスターは女を無視し、さらに奥へ歩いていった。目の前には ンはロをはさんだ。 「おれは浮気なんたよ」フォスターは目に涙を浮かべながら言っ大きな長方形の物体が壁にビタリとくつついて、色々な色彩を放ち おとめ
フォスターはいくつか和音を弾いてみた。「よし ! ーやがて彼はと、薄気味悪い笑みを浮かべながら売れない作詩家達を見やった・ ところが、フォスターは足ががたがた震えていた。分かっている そう言って持っていた自分の詩を取り出した。何とか読めそうだ。 そしてハミングし始めた。 とはいえ、彼の歌が盗作だとばれるかもしれなかったのた。連中の 「素敵だわ」と、ロイスは言った。「そのまま歌い続けて。メロデ誰かが立上って叫び出すのではないかとひやひやしていた。 イを頭の中に入れてしまうわ」 「あんたの掘り出した新人ってのは、く ーリンから盗作したんじゃ フォスターは本当にいい声をしていた。それで彼が驚いたことに ないかね ! さもなけりや、ガーシュインかハマーシュタインたっ いとたやす は、あのジューク・ポックスが歌っていたラブ・ソングを最も容易てありうるんたー あば く思い出せたことだった。彼が歌うと、ロイスはすぐそれに合わせ だが誰も彼を発きたてなかった。その歌は新作だったのだ。それ て。ヒアノを弾き、フォスターも聞きながら直していった。彼は少な によってフォスターは″両刀使い″の地位を得た。彼は作詩も作曲 くとも正しい箇所と間違っている箇所の見分けがついた。一方ロイもやってのけたのだ。 スは、子供の頃から音楽と共に育ってきたので、その歌を聞いて採 譜することに別に難しいことではなかった。 彼は成功した・ 「何て素晴しいんでしよ」と、彼女は誉めそやした。「何か新しい 毎晩、彼は儀式を挙げた・一人で、行きつけの下町の・ハーへ足を ものなのね。フォスターさん、あなたは素晴しい作曲家だわ。それ運ぶのだった。必要とあれば、例のジ、ーク・ポックスが彼の作詩 にモーツアルトの盗作なんかじゃないし。・ホスのところへ真直ぐ送の助けになった。そのジューク・ポックスは恰も彼の知りたい事を るわ。普通なら、あまり急がない方が利ロだけれど、でもこれはあ一字一句正確に知っているようにみえた。代りに彼に聞いてくるこ なたがここへ来てから最初のお仕事ですものね。とにかく頑張ってとはほとんどないのだ。それは彼に対して絶対的な忠誠を尽くすの みるわ」 であった。時々、ラブ・ンングを歌ってフォスターの耳とハ タリアフェロは彼の歌が気に入っていた。大して面白くもないこ刺激させた。セレナーデも奏でた。時折、フォスターは自制心を失 とを思いつくと、フォスターに回しロイスの助けを借りて編曲してっていくのではないかと思うのだった。 もらい、スー。 / 、ー・ミュジカルで使う別のリストに提供してやるの数週間が過ぎた。フォスターは、行きつけの小さな下町の・ ( だった。その度に、彼は作詩家連中を呼び寄せフォスターの作品をで、与えられたすべての仕事を片付け、あとは秘書の助けを借りて 無理矢理に適当な曲に作り上げてしまった。彼は以前から、魅力的 聞かせた・ 「諸君にいいものをお聞かせしよう」と、タリアフ = ロは切り出しな瞳とロ許をしたその秘書がひどくいかした女であると気付き始め た・「これはわたしが新しく掘り出した作詩家だ。素晴しい曲を書ていた。ロイスは応じるようにみえたが、フォスターはこれまで手 6 ためら く。我々はこういう新人を待っていたんだ . 彼は陰気に紹介し終るを出すことを躊躇っていた・うまく口説けるとは思っていなかった
「いや違う」と、オースチンは言った。「あれはホーギーじゃな ある。だから彼の回りにはいつも彼の言成りになる者だけが集まっ 。もっと古いやつで、うん、″ダーダネラ″ですよ」 ていた。タリアフェロのために働く者は″イエス″だけを心掛け「 ″ノー″を控えねばならなかった。 しかし、フォスターの耳には″ダ 1 ダネラ〃ではなかった。 フォスターは仕事を与えられた。新しい映画のためにロマンチッ デュエット クなラ・フ・ソングを書くことである。それも二重唱で。フォスター フォスターは奥に置いてある。ヒアノに目をやった。彼はそこへ行 が色々と音符を知っていると誰もが信じて疑わなかった。彼は若い くと、持っていたノ 1 トを取り出した。始めに詩を書いた。その後 頃。ヒアノを習ったことがあるのでいくらかは知っていた。だが対位で音符を書き込もうとした。だがビアノを頼りにしてもそれは彼の 法とか短調とかになるととても及ばなかった。 手に負えなかった。彼がうまくやってのける事と言えば速記ぐらい その夜、彼はいつもの小さな町の・ハーへ舞戻っていた。ただ予感のものである。彼の声自身ははっきりとよく通っている。それで誰 にすぎなかったが、彼は例のジュ 1 ク・ポックスが自分の手助けに か自分の詩に音符をつけてくれる者がいれば、その曲を正確に歌え なるかもしれないと思った。そんな事を心から信じていた訳ではなるたろうと思っていた。 かったが、最悪の場合でも、二、三杯びつかけりやどうにか作詩家詩を書き終えると、彼は一層注意深くジ = ーク・ポックスを調べ を辞める逃け道を考え出せると思っていた。だが、そのジ、ーク・ てみた。壊れたパネルは元通りに直っていた。彼は親しみをこめて ックスは同じ曲を何回繰返していた。 その蓄音機を軽く叩いた。それから深く考え込んでしまった。 不思議なことに、その特別な歌はフォスター以外の誰にも聞こえ彼の秘書の名前はロイス・ケネディと言った。翌朝、フォスター が。ヒアノの鍵を叩き、お・ほっかなげに音符を譜面に書き取ろうとし なかったのだ。フォスターは全く偶然にその事に気がついた。オー スチンの耳には、ジューク・ポックスはお極りのモダンなポ。ヒュラている所へ、彼女が部屋に入って来た。 1 ・ソングを歌っているようにしか聞こえなかった。 「何か手伝わせて下さい、フォスターさん、と、彼女はきたなく汚 フォスターはすぐ耳をそばだてて聞き入った。その歌は印象的なれた楽譜に慣れた目を流しながら自信ありげに言った。 「うん、いや、 いいんだよ」と、フォスター デュエットだ。切なくも甘い旋律を奏でている。それはフォスター をそくそくさせるような曲だった。 「楽譜は苦手のようですわね」彼女は微笑みながら聞いた。「大抵 の作曲家ってそんなふうですのね。書見じゃなくて耳で聞くんだ 「あの曲は誰が書いたんたつけ ? 」と、彼はオースチンに聞いた。 わ。それでいてシャ 1 プもフラットも区別がっかない」 「ホーギー・カーマイケルじゃないですか ? 」 : か」フォスターは呟いた。 「区別もっかない : だが二人とも話が互いに食違っていた。突然ジューク・ポックス その秘書は熱心に彼を見詰めている。「一通りピアノを弾き終え は『うまくいったあたし』を歌い出した。そのうち前のデュエット たら、あたしがざっと音符を採譜してみますわ」 に戻った。 8
光り輝いていた。それは、ジューク・ポックスという便利な呼び名それつぼっちではサミーは承知しないだろう。 があるにもかかわらず、製造業者たちが自動蓄音機と言張っている朦朧とした頭をしきりに働かせながら、フォスターは時間稼ぎの 代物だ。それは素晴しいジ = ーク・ポックスである。数多くの光が方法を懸命に考えていた。サミーはすでに自分を見つけている。で 互いに竸わんばかりに輝いている。おまけに、フォ 1 スターを見詰きることなら裏口から逃げ出したかった。 めてはいないし、話しかけてもこないのた。 ーの中はしいーんと静まり返っている。彼は自分の動きを掻き 消せるような物音が欲しかった。ジューク・ポックス硬貨を入れた フォスターはそのジ = ーク・ポックスに屈みこんで滑らかな横腹ことを思い出し、あわててレ・ ( 1 を引いて金を落した。 を軽くたたいた。 硬貨が返却口からざらざらと弾き出され始めた。 「君はおれの恋人だ」と、彼は話しかけた。「綺麗だ。熱烈に愛し フォスターはすぐさま被っていた帽子を返却ロの下に差出した。 てるんだ。分かるかい ? 夢中なんだよ」 二十五セント銀貨が、十セント銀貨が、五セント銅貨があとからあ 彼は背中はべティの視線を感じ取った。彼は酒をぐいと一飲みすとから湯水のように流れ出てきた。ジューク・ポックスが急に歌い ると、ジューク・ポックスの両脇に手を滑らし、対象物に向かって始めた。レコ】ド の上を針がかすってゆく。哀愁の『マイ・マン』 にわかに湧き起こった愛情をとうとうとまくし立てた。回りを見回 が悲しげに流れ出した。それはフォスターの帽子に流れ込んでいる してみると、べティがポックスから立上がろうとしている。 硬貨のじゃらじゃらする音を掻き消した。 フォスターはあわててポケットから五セントコインをつまみ出やがて金はジューク・ポックスから出なくなった。フォスターは し、コインレ・、 / ーに滑り込ませた。だがコインを中に落し込まない その場に立ったまま、思わぬ神の恵みに感謝した。その時サミーが うちに、角縁眼鏡をかけ、がっしりした色の黒い男が・ハ ーに入って自分の方にやって来るのに気付いた。呑屋はフォスターの帽子に目 きた。フォスターにちらっと横目を流すと、ツィ 1 ド服を着てポッ をやるとウインクした。 クスに坐っている太った男の方へ急いだ。短かな会話が交され、金「やあ、ジェリー。元気かい ? 」 が手渡された。がっしりした男は手帳に何やら書付けている。 「大穴を当てたんだよ」と、フォスターは答えた。 フォスターは財布を取り出した。彼は前にサミ 1 と揉めたことが「ジューク・ポックスでそんなはずはないだろう ! 」 あり、もうこりごりしていた。その呑屋は貸金を因業に取り立てる「何言ってんだよ。オニックスでやったんだぜ」と、フォスターは のだった。フォスターは有金を数えると、目をしばたたかせた。そ数・フロック離れたところにあるプライベ ート・クラブの名前を言っ してがつくりしながらもう一度数え直した。今までに釣銭はごまか 「この金の始末に困っているんだ。ばら銭でも受取ってくれな いか ? 」 されるし、多額の身銭を吸い取られていた。財布の中味は十分では よ、つこ 0 「おれはレジスタ , ーじゃないぜ」と、サ、、 「おれの金は札で払 3
のだ。 フォスターは車を止め、彼女にキスした。 だが、彼は・ ( ラのように華々しく花開いた。銀行の預金も溜って「さあ、もう一杯飲まなきゃな」と、促して、「あそこにあるのは 7 きた。以前よりも顔の艶が良くなったようだし、酒の量もずっと少 ・ハーだろ ? 」 なくなった。それでも毎夜下町の・ハ ーへ出掛けていった。そこでオ ースチンに例のジ = ーク・ポックスの事を聞いてみた。 夜は更けていった。フォスターはひどく疲れていたが、それほど 「あのジ、ーク・ポックスな、ありや一体どっからやって来たんだ こたえなかった。瞼は閉じている。ロイスを腕の中に抱きしめ、キ スをし、頬を寄せて彼女の髪を愛撫した。何と素晴しいんだろう。 「さあ」と、オースチン。「わたしが来る前から置いてあるんですすべてが・ ( ラ色になった。 ・ハラ色の霧を通して、急にオースチンの顔が現われ出た。 「そうか。じや新しいレコードは誰が入れるんだ ? 」 「いつもの酒ですか ? 」と、オースチンは聞いてきた。 「店の方でやるんじゃないですか」 フォスターは目をパチクリさせた。彼はロイスを脇にポックスに 「見たことあるかい ? 」 坐っている。腕を回して女を抱き寄せ、たった今キスをしたような オースチンは思い返していた。「一度もないですね。多分、他の気がした。 ・ハーテンが出番の時に店の人がやって来るんですよ。でも毎日レコ 「オースチン」と、彼は言って、「おれたちはここにどのくらいい ートが変わっているし、なかなかのサービスですよ」 たんだ ? 」 フォスターは同じ事を他の・ ( ーテンにも聞いてみようと頭に入れ「一時間ぐらいですよ。覚えてないんですか、フォスターさん ? 」 ておいた。だがそうした暇はなかった。翌日、彼はロイス・ケネデ 「ダーリン」と、ロイスは囁き、同伴者にぐったりともたれかかっ イにキスをした。 それはうかつだった。酒の勢いでやってしまった。次にジェリ , ー フォスターは懸命に思い出そうとした。だが出てこない。 ・フォスターが気付いたことは、ロイスと梯子をやっていたこと「ロイス」と、やがて口を開いた。「おれはもう一曲作らなきゃな だ。暗くなってから、二人は人生や音楽について喋りながら、サンらなかったつけ ? 」 セット・ストリップに沿ってお・ほっかなげに車を走らせていた。 「そんなのはあとでいいわよ」 「おれといろんな所へ行こう」と、フォスターは言って、酔って何「いや、あのラ・フ , ソングだよ。タリアフ = ロは金曜日までに作れ 本にも見える電柱をひらりとかわしていった。 「いっしょに来るんって言ってんだ」 だよ」 「それならあと四日もあるじゃない」 「まあ、素敵たわ」と、ロイスは答えた。 「そうだ、折角ここに来たんだから作ってしまおう」と、フォスタ
レコード フォスターは立所に浮かれ騒ぎ、ふと気がつくと見覚えのある下 が回り始めた。ジューク・ポックスは声を喘がせて歌っ 町の・ハ 1 こ 冫いた。だがオースチンは非番だった。それにペテイも今 夜は来ていない。そこで、しこたま飲んで御機嫌になったフォスタ ・ : そっとしておいて、愛する二人のために : 1 は、良く磨かれたマホガニーのカウンターに肘をついて寄り掛か り回りを見回わした。奥には例のジューク・ポックスが置かれてい このところ、ジェリ 1 ・フォスターがかなり塞ぎ込んでいるのは 本当だった。もともと彼は保守的で、大きな変革期に生れてきたこた。彼はそれを見て、目をパチクリさせながら思い出そうとした。 ジュ 1 ク・ポックスは『思い出の四月』を歌い出した。酒でひど とは彼にとって誤りであった。彼は、自分が立っているという基盤 を持っていなければ生きてゆけない人間なのだ。だがその基盤もぐ く酔っぱらっていながらも、フォスタ 1 の頭の中の一点が冴えてい らぐらになってしまった。新聞や新しい生活様式を見ても分かるよて、うずうずしながら喋り出した。 うに、二十世紀半ばは巨大な技術的、社交的変革をもたらしたのだ「四月を思い出すーー・四月を思い出すだって ? 」 「分かったよ ! 」と、彼の横に立っていた男が言った。太って、髭 変革してゆく文化の中で生ぎ延びるには柔軟な態度が必要だ。安を伸ばした何ともだらしない恰好だ。「そう何度も言わなくったっ 定した二十世紀だったら、フォスターは立派にやってゆけただろて分かるんだ。何だって、お前さん何て言ったんだ ? 」 う。だが今ではうまくやってゆけなかった。このような男は、最後「四月を思い出す」フォスターはほとんど無意識に呟いた。太った の拠所にしつかりした基盤を求めるものなのだ。だがその基盤もな男は持っていたグラスを落した。 くなってしまったようだ。 「何言ってやがんでえ ! 今は三月だそ ! 」 フォスターはカレンダーを捜そうと・ほんやりした目で回りを見透 その結果、ジェリー・フォスターは職を失い、ひどい借金を負っ かした。 ていた。おまけに底なしの酒びたりになってしまった。そんなフォ スターでも、あの惚れこんだジューク・ポックスに出会った時、ア「今日は四月三日だ」と、彼はすぐ念を押した。「そうじゃないか」 ルコ 1 ルで・ほんやりしていた半信半疑の状態は彼にとって唯一の救「それじゃ帰らなきや」と、そのでぶはすてばちになって叫んだ。 いであった。 男は弛んだ頬をごしごし擦った。「もう四月だって ! おれは一体 といっても、翌朝になってそんな事を覚えていた訳ではなかつどのくらい酔っぱらっていたんだ ? 知らないのか ? 知ってなき フン四月ね ! それじゃもう一杯貰うか」 た。二、三日前に起った事はすっかり忘れている。サミーが彼を見や困るじゃねえかー 彼はパーテンを呼びつけた。 つけ出し、オークロンのレ 1 スで買う気のなかったヘルビング・ 5 6 その時、彼は斧を持って突然現われた男のために遮られた。フォ ンドが入賞して嫁いだ九百ドルを手渡されるまで思い出さなかっ スターはこの出来事を・ほんやり眺めながら、もっと静かな酒場に行 た。あてずつぼうが見事に当ったのである。
= ーク・ポックスの上に、帽子と並んでグラスがのつかっているの ってもらわなきゃな」 が目に入った。彼はその冷たく冷えた酒を立続けに三ロで飲み込ん 6 ジューク・ポックスは『マイ・マン』を歌い終り、続いて『オー 、 0 こ。フォスターはじゃらじゃらと硬貨の溜 0 だ。そして体を屈めて自動蓄音機の神秘的な内部を覗き込んだ。 ルウェイズ』がかカナ た帽子をジ = 1 ク・ポックスの上にのせ、自分の財布から札を取り「そんな事があるわけがない」と、彼は低く呟いた。「おれは酔っ 出して数えた。札は足りなかった。しかし足りない分は帽子の中かばらっているさ。だが本当に酔っちゃいない。もう一杯飲まなきや だめなんだよ」 らいくつか二十五セント銀貨を捜し出して埋合わせた。 「悪いな」と、サミーは言った。「あんたの馬調子が良くなかった 二十五セント銀貨が一つコイン返却口から転がり出た。フォスタ ーは思わず掴んだ。 んで気の毒だよ」 「こりや驚いた ! 」彼は帽子から戦 ジューク・ポックスが熱つぼ 「まさか ! 」と、彼は喘いだ。 ・ : 本当の愛をこめ、いつも : ・ 利品を取り出してポケットに押し込んだ。酔っていてもグラスだけ く歌っている。 「やむをえん」フォスターが言った。「恐らくこの次はズ・ ( リ大穴はしつかり握って離さず、カウンターの方へ歩き出した。途中で誰 を当てるさー かの手が . 彼の袖に触れているのに気がついた。 「ジェリー 「オークロンの方は買うかい ? 」 」と、ペティが話しかけた。「ねえ」 あなた : ・貴男の計画がヘル。ヒング・ハンドを欲するとき : ・ 彼は無視した。カウンターの椅子に腰掛けると代りの酒を催促し フォスターはずっとジュークポックスに寄り掛かっていた。最後こ。 の二言は鋭く彼の耳に飛び込んできた。特にこの一一言がはっきりと「なあ、オースチン」と、彼は言って、「あそこに置いてあるジ、 ーク・ポックスな、ありや調子良く動いているのかい ? 」 聞こえ、極印でも押されたかのように頭にしみこんだ。他のことは オースチンはライムを絞っていた。顔を上げないで答えた。 何も聞こえてこなかった。その言葉だけが頭の中で繰返して反響し ていた。 「別に悪いなんて聞いてませんよ」 「うーむ、ヘル。ヒング・ハンド」と、彼は・ほんやり呟いた。「ヘル 「でもなーー・」 。ヒング : : : 」 オースチンは注ぎ足したグラスをそっとフォスタ 1 の前に差出し 「おい、眠っているのかい ? 」と、サミーは言って、「オーケー 1 テンはカウンターの向う端に行っ オークロンの第三レースはヘル。ヒング・ハンドね。いつもの通りた「ちょっと失礼ーと言って、・ハ てしまった。 な ? 」 フォスターはジ = 1 ク・・ホックスをちらっと見た。それは壁際に 酔いがまわって、部屋が回り始めた。フォスターはやっとうなす いて返事をした。しばらくして、サミーがいないのに気付いた。ジ腰を据え怪しげに光を放っている。
コード盤のレーベルに書いてあるタイトルが読めた。 「いや」と、フォスターはしわがれた声で答えた。「今は三月だよ」 『ロッキーの春』だった。 「その夜中ずっと、例の歌のタイトルが彼の頭について離れなかっ 盤はすぐ持ち上がり、移動しながら他のレコードが納まっている た。彼はその太った男の家へいっしょに帰った。酒をくみかわし、 レコード・ラックに戻った。リ 男のレコードが動き出しターン・テー太った男に合わせた。彼は決して反対意見を言わなかった。明け方 ・フルにのつかった。タイトルは『トルコの黄昏』だ。 になって、その肥満漢から彼をサミ ・スタジオの作詞家に雇っ しかし、表情豊かにジュ 1 ク・ポックスが歌い出したのは『あた たと聞かされてフォスターはびつくりした。それは単に、彼が詩を したちはいつも恋人』たった。 書けるかと聞かれてノーと言わなかっただけのためであった。 「さて家へ戻るとするか。あ やがて騒ぎが静まった。オースチンがやって来て、例の蓄音機を「よし決った」と、でぶは言った。 見回し、壊れたパネルを取り換えようと心に留めていた。フォスタあ、ここはおれの家じゃよ、 オしか。そうだ、明日はスタジオに行かな 、、ユージカルを始めるん 1 は、背後でうわずった男の声を聞くまで、あのでぶで髭を生やしくちゃならん。四月二日からスー。 ( ー ただらしのない男のことをすっかり忘れていた。 だ。ところで今は四月だっけな ? 」 「四月である訳がねえじゃねえか」 「確かに」 「何だって ? 」 「少し寝ようぜ。あっ、そっちのドアじゃないんだ。そっちは表の めえ 「お前は嘘吐きだな。今は三月だそ」 。フールへ通じているんだよ。こっちた。もう一つの寝室へ案内する 「おい、ちょっと散歩でもしてこいよ」と、フォスターは言返したよ。君は眠いんだろう」 が、何故かひどく心が動揺していた。自分が落着かないのは、″ま「イ = ス」と、フォスターは応えた。 : 、 カ本当は眠くなかった。 さかおれがあれに惚れちまった″とは思えなかったからだ。 それでもやはり寝込んでしまった。翌朝彼は太った男とサミット めえ 「お前は嘘吐きだって言ったんだよ」と、でぶはフォスターに向か ・スタジオにいた。契約書に署名した。誰も彼の資格について聞い って荒々しく息を吐き歯を剥き出した。「今は三月だそ。いいオ てこなかった。肥満漢のタリアフェロは彼を認めていた。それだけ 三月だと認めるんだ。さもなきや : で十分だったのだ。彼はビアノと一人の秘書付きの部屋をあてがわ しかしフォスターは相手にしなかった。彼はそのでぶを押し退けれた。一日中ただぼんやりと机に向って坐っているだけである。そ 二歩進んた。その体内にシックが走り、冷静に目覚めている頭のして一体なんでこんなことになってしまったのか不思議に思 0 た。 中の一点がばっとはっきりした。 だが、スタジオの食堂などで、いくらかその訳を掴むことができ ジュ 1 ク・ポックスが歌いだした。『すべてはイエス』である。 「三月だ ! 」と、でぶは吼えたてている。「三月じゃねえって言う タリアフェロは大立て者だった , ーー・それもかなり腕利きだ。彼は 6 のかい ? 」 また灰汁が強かった。周囲の反対意見を聞く耳を持てなかったので
こうと決めていた。表通りから飛び込んできたこの闖入者は、狂暴 ? 」 な眼付をした痩せこけた金髪の男で、ぶるぶると震えている。男は「なるほどね」と、フォスター あっと言う間に、部屋の奥まで突っ走り、脅すように持っていた斧「それで二、三日前なんか癇癪を起こしましてね。全く気違い沙汰 をジューク・ポックスの上に振りかざした。 ですよ。わたしが入っていくと、やつはジューク・ポックスの前に 「もう我慢できねえ ! 」と、彼は興奮して怒鳴った。 「この意地悪ひざまずいて何か許してくれと拝んでるじゃありませんか。どうい や うことなんですかね。ああいうのは酔っぱらうと何をしでかすか分 いめす狐め ! そっちが殺る前におれが叩きのめしてやる ! 」 そうわめきながら、止めようとして近づいてきた・ハーテンを無視かりやしませんや。ところでお代りは ? 」 して、金髪男はカ一杯ジ = ーク・ポックスに斧を振り下した。青日「同じでいいや」と言って、フォスターは救急車の男が担架を・ハ い炎がばっと吹き出し、激しい音を発した。だが男は何も言わずにから運び出すのを見守った。 その場に崩れた。 「軽い感電です」と、インターンは言った。「じきに元気になりま フォスターは現場にいた。そばのカウンターにポトルがのつかっすよ」 ジュ 1 ク・ポックスがカチッと音を立て、別のレコードが回り始 ているのを見つけ、擱んだ。いくぶん朧げながら、何が起っている のか分かっていた。救急車が呼び寄せられた。医者の説明によれめた。しかしアンプが故障を起こしたようだ。歌は耳をつんざくば かりの雑音と変った。 ば、金髪男は感電してショックを受けており、まだ生きているとい うことだった。ジュ】ク・ポックスは。 ( ネルが一枚打ち砕かれてい 「クロウイイツ ! 」ジュ 1 ク・ポックスはしきりに吼え立てた。 たが、他の部分は傷ついていなかった。オースチンがどこからとも「クロウイイツ ! 」 なくやって来て、カウンターの中で酒を注いでいた。 「誰でも惚れた相手を殺すもんですよ」オースチンはフォスターに物妻い騷音の中で、これは幻覚に違いないと自分に言い聞かせな がら、フォスターはそのジュ 1 ク・ポックスの脇にいるのに気付い 話しかけた。「旦那はこの前の夜オマルの詩を引用していた男でし た。彼はそれにしがみついて気違いじみた騒音を止めようとした。 がたがた揺すってみると、吼え声は和らいだ。 「何たって ? 」と、フォスターは聞き返した。 「クロ・ : イイ : ・・ : 」ジューク・ポックスは普通の音に戻り、甘く オースチンは担架にのびて動かない男の方に顎をしやくった。 「奇妙なんですよ。やつはやって来るとあのジューク・ポックスば優しく歌い出した。 かり聞いているんですよ。そのうちあれに惚れ込んじまってね。こ 周囲は混乱していたが、フォスターは気にしなかった。彼の頭に こに坐って一時間も聞いているんた。もちろん、わたしがやつが惚ある考えが浮かんでいた。彼はガラス板を通して蓄音機の中を覗き れちまったって言うのは大げさかもしれませんがね。お分かりでこんた。レコードの回転が緩やかになっている。針が上がると、レ おど ひと る 6
ーは酒の勢いにまかせて言うと、立上った。 髪はよくジューク・ポックスと向い合って何時間も過ごしていたっ 「ねえ、キスして」と、ロイスは彼にもたれ掛かりながら鼻声を出け。 した。 「フン、馬鹿め ! 」と、フォスターは「しやがれ声で吐き出した。 彼は、大事な仕事があったような気がしながらも、言われるまま ロイスが気掛かりになって聞いてきた。 に従った。それから周囲を見回して例のジ = ーク・ポックスを見つ「前に良く調べておくんだったよ」と、彼女に答え、「いずれその けると、そっちの方へ歩いて行った。 うちに分かるさ・ーーああ、何でもないんだ、ロイス。何でもないん 「やあ、今晩は」と言って、彼は光を発している滑らかなボディをだよ」 軽イ、一開・ . し / それから、彼はオースチンの後について行った。オースチンは金 「戻って来たぜ。酔っちゃいるけどね。でも大丈夫さ。またあの歌髪男の名前を教えてくれた。一時間後、フォスターは病院の白いべ を聞かせてくれよ」 ッドの脇に坐り、色あせた金髪の中に男の傷ついた顔を見下ろして ジューク・ポックスは黙ったままた。フォスターはロイスが腕に いた。チッ。フをやったり、自分は親戚だと偽ったり、色々と頭を働 手をかけているのに気付いた。 かせて口説き落し何とかその病院に辿り着いた。彼は傍に坐って男 「ねえ、戻りましようよ。音楽なんていらないわ」 を見つめていた。だが思うように質問が出て来ないような気持にな 「ああ、ちょっと待ってくれよ、べイビー」 フォスターはジューク・ポックスを凝視めていた。そして笑い出 ついに例のジューク・ポックスの事を喋ると、後は聞くのが楽に なった。彼はただ坐って聞いていればよかった。 「分かった」と言って、彼は小銭を一掴みほど出した。コイン・レ「連中はおれを担架にのせて・ハーの外へ運び出したんだ」と、金髪 ノーに五セント銅貨を滑り込ませると、カ一杯レバーを引いた。 の男は喋り始めた。「その時車が一台やって来ておれにまともにぶ だが何も起らなかった。 つかってきたんだよ。痛くはなかった。今でも感じない。あのドラ 「おかしいな。一体どうしたっていうんだ」フォスターはぶつぶつイバー 女のドライ・ハーだったけどね、誰かが自分の名前を呼ん 言った。「あの歌は金曜日までに必要なんだ」 でるって言うんだ。″ クロウ″ってね。その声にひどく驚いて女は これは色々と訳があるに違いないと思った。とにかく歌わないジ気が転倒しちまったんだ。それでおれにぶつかってきたんたよ。あ ュ 1 ク・ポックスに彼は面喰った。 んた、誰が″クロウ ! って叫んだのか知ってんだろう ? 」 その時突然、彼の頭に数週間前に起った事件が浮かんだ。そう フォスターは記憶の糸を辿った。ところどころ思い出された。あ だ、あの金髪男が斧を持ってジューク・ポックスに襲いかかり、挙のジューク・ポックスは″クロウッ″と歌い始めた。だがアンプが刀 句に感電して倒れてしまったのだ。彼は朧げに思い出した。あの金完全に狂ってしまい、しばらく、物凄い騒音でがなっていたのだ。