精神分析 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1971年11月号

た。・ほくの超自我、倫理のあの番人は、いま錯乱している。ぼくの銃弾は、腹部に孔をあけ、死にきれぬ標的は、地面をのたうちまわ 遠い遠い過去の記憶が、目覚めた。 教官は首を横に振る。「もう一度精神分析を受けたまえ」 あの日、・ほくがはじめて、・ほく自身の虚像を撃った時のことをよ 教官は、戦闘帽をあみだにして、額の汗をぬぐった。シュミレー く覚えている。シュミレーターの内で、発射された最初の弾丸は、 ターにひと組の家族づれが、微笑みをかわしながら映っていた。教 トミーガンでなぎはらった。 ・ほくの腹部を撃ち抜いた。さらに残りの四発が、苦悶するぼくにと官は、無雑作にその全員を どめをさした。しなやかな引金の陶酔。汗ばんだ拳銃のグリップの 「君は優秀た。学科も射撃も特クラスだ。が、状況によって君の 感触。あのとき、ほくは死んだ。ぼくの超自我は破壊され、・ほく 反射神経はひどく低下する。なぜかね。精神外傷がなおりきってい は変身した。あのとき、・ほくは命令通り、精神分析的自殺を敢行しよ、。 オし君の罪の意識の正体は、一体何なのだ。そいつがある限り、 いっか君の命取りになるそ」 「 O 、ポーイ」 「わかってます」とぼくは、消えた映像エリヤの前につっ立ったま 幻痛覚の、激しい痛みに、もがき苦しみながらちょうど死んだぼま、教官に答えた。傍らの訓練場では、相変らず虐殺がつづいてい た。訓練を待っている連中は、のんびりとコカコーラをのんでい くにむかって、担当教官は声をかけた。 た。あの青い空の広がりを・ほくは記憶している。白と緑の兵舎。耕 「もう、 、、。起きあがりたまえ。これからは、君の精神的負担は 軽減されるだろう。君は自分自身を罰した。君の超自我は、罪の意作地。水色の長いフ = ンス。なだらかな丘。 午後の面接室。白花の精神分析医はぼくに尋ねる。「趣味は」 識から開放された」 そして、翌日からまた激しい訓練がつづいた。やがて、残酷な処「別に、これといったものはありません」 刑場面にも慣れ、・ほくの感覚は虐殺に対して麻痺していった。 「そう」 「そうだ。ゲームと思いたまえ。気持をリラックスさせて、勘で撃「強いていえば、読書」 とんな傾向のものを好むのかね」 つんだ。照星に頼っちゃいかん。視覚と反射神経を統一させる。わ「ほお。。 、ったな。しや、今度は左へ倒れて しし腕前だ。額のど「色々なもの。古典類も含めて」 いかん。女が先だ。だめ。 真中を一発で撃ち抜いてみろ。次ぎ ! 「古典ね。珍しいな。君は活字も読めるのかね」 五インチも外れたそ。次ぎ ! だめだ。子供を抱いている女を先に 「ええ、まあ」 撃て。物だと思うんだ。次ぎ ! だめだ。君、な・せ撃てないんだ。 「変わった趣味だな。この前きたやつは、蝶の蒐集にこっておると いっていた。前歴は」 まだ抑制が残っているらしいな。いいかね、君の標的は物だ ! 」 シュミレーターの立体像は、リアル以上に真実だった。ミスした医師のまなざしが、ロイドメガネの奥で柔和に光る。

2. SFマガジン 1971年11月号

上そ・シゾオフレニス おさな顔を。デ ・パソナル型は、人間の不死への願望をそこに集約が異なっていた。彼女は、分裂型新人類だったのだ ! する。彼らの精神は未来を先取りするのだ。むろんぼくは、その心的 物理機械の真相を知らない。専門家たちは、エリナの屍骸を入手す 2 るためにとんで来るだろう。が、彼女はその前に腐り果てるのだ。 ・ほくは、エリナの豊満だった両の乳房のあたりが変貌して、少女横たわったまま、ぼくは苦悩の淵をさまよっていた。地獄。その 時代のまだ堅いふくらみをみせはじめた、裸身を眺めていた。ぼく底の方から、おーいと叫んでいる犠牲者たちの声がきこえてくる。 は、そこに首から鎖でかけられていた銀の小さな十字架をひきちぎ顔、顔、顔の無数の列が現われた。 って、ポケットに入れた。ふうーと、張りつめた浮袋の留金がこわ いま、・ほくは・ほくを嫌悪している。 れたときみたいな、吐息をついた。こうして、ぼくの経歴に、また なぜ、ミュータンツは人類の敵であるのか。 ュ 1 タンツの中でもデ・ 新しい金文字が書き加えられた。サイコミ なぜ、ミュータンツは抹殺されねばならないのか。 。ハソナル型は、第—群に分類されている。審査会のお偉方は、この なぜ、ミュータンツは犠牲羊でなければならないのか。 項目に目を留めるだろう。 あまりにも常識的すぎて、誰もが問おうとしない疑問おお、栄 しかし、・ほくは素直には喜べなかった。・ほくはエリナの情愛を利光のホモ・サピエンスよ。多数者の正義よ。・ほくは正義の決定に従 用したのだ。やり方としては、きたない手段だった。むろん最初の った。お前たちは、エリナは、人類の敵であったのだ。危険な害虫 きっかけはちがう。でも、結果的には、エリナをだましたのと同じ / 抹殺 / 至上命令 / 義務。 。こっこ 0 正義。それは倫理体系の原理だ。・ほくの行為は正義だった。では エリナは、・ほくを愛していたはずだ。だからこそ、幾重にも鍵をなぜ、・ほくはこうして悩まねばならぬのだろうか。犠牲者の亡霊た ちと対決しなくてはいけないのだろうか かけていた。心の扉を開いて、仮面をぬぎすてたのだ。エリナは、 文字通り、愛のために、わが身を犠牲にしたのだ。その素顔の本質精神分析をうけなさい が、仮面の中から現われたとき、・ほくの反射的な本能が働いた。そ精神分折をうけなさい れだけだった。エリナを撃った・ほくの筋肉は、ぼくの意志の命令で精神分析をうけなさい はなかった。でなければ、このやりきれなさからは逃れられない : 耳鳴のような声が、響いてくる。 ミュータンツどもがそう思わせるのです ミュータンツどもがそう思わせるのです ・ほくは、その屍骸にシーツをかぶせて立ちあがった。鮮血はたち 、ユータンツどもがそう思わせるのです まちシーツを染めた。人間と同じ赤い血。死んでしまえば、全て等 しい。エリナも暖かい血の流れるひとりの女だった。ただ一点だけその耳の奥に響く声から、・ほくは逃れようとした。そしてあがい ・ヘルソナ 6

3. SFマガジン 1971年11月号

保険。社会は自律的に犠牲者を求めている。何もミ = ータンツ主義を裁く資格はなかった。そうだろう、君。あのアメリカ史の汚 だけが犠牲者ではないのだ。我々はまわり持ちで犠牲者役を引き受点といわれたヴ = トナム事変も、所詮はインデアンの身代りを東南 けている。要するに誰が〈婆〉を引くか。いつの時代もそうだつアジアにみつけたにすぎぬのさ」 た。つまり革命というやっさ。フランス革命が然り。歴史は、精神あのとき、あの精神分析医の話は、とめどがなくつづくみたいだ った。もし放っておいたら、彼はフロイトの文明論を全部語りおえ 分析学的に書き直さねばならないな。断頭台に露ときえたマリイ・ るまでぼくを離さなかったかもしれない。彼自身も不安に悩んでい アントワネットは〈婆〉だったのさ。これはたちの悪い冗談かな。 が、真実だ。あるときは、政権担当者がその役目を引きうける。軍たのだろうか。彼はきっと誰かに語りたかったのだ。 人の場合もあるし、企業の場合もある。高級官僚、裁判官、税務署 ぼくは、彼をさえぎって尋ねた。・ほくは結論を求めていた。「我 。映画スター、スポーツ選手、医者、高利貸。ある種の宗教団我は一体どうなるのですか。人類に未来はないのですか。ニヒリズ 体、ある種の政治団体」医師はそこで一息ついて、かすかに笑っム、それは論理の帰着です。論理とはそういう性質を元々持ってい た。「国際関係の中でさえ、そうしたことがいえるよ。ある時代にるのじゃないのですか。いまの世の中にごまんといる終末論者を、 はアメリカ合衆国が、ソ連が、中国が、ヨーロッパ諸国が、日本・ほくは信じていません。連中は、ただ、終末のム 1 ドをもてあそん が、それそれ憎まれ役というやつを引き受けさせられた。ユダヤ、 でいるだけなんだ。論理というものを杓子定規に、硬直的に使用す 華僑、日本人その他色々。ホモ・サ。ヒエンスという種族は、そうい れば、誰だってニヒリズムへたどりつくんだ。ちがいますか。連中 うどうしようもない奴等なのだよ。攻撃欲求、憎悪、そうしたリビ は自分の御宣託に自己陶酔さえしている。が、本気でそう信してい トーのむけられる対象を探しもとめている。話はかわるが、フロイるわけではない。その証拠に、連中は、人類の終末を辻説法して金 トはかって、共産主義社会は、攻撃衝動に有効なはけ口を与える限をもらっている。おかしいじゃないですか。・ほくだって、楽観論者 ぼくだって、我々の未来に りにおいてのみ、つづくことができると信じていたそうたよ。フロじゃない。薔薇色の未来論者でもない イトの見解によれば、・フルジョアという犠牲が、共産主義社会にとあまりの期待を抱いているわけじゃない。でもいつの時代だって、 大衆はそうだったんた。日常生活とはそういうものなんだ。せい・せ っての、心理的な安全弁となるわけさ。 い一年後か二年後のこと、十年後のことはもう漠然としか考えてい 『しかし、・フルジョアを全く絶滅してしまったら、その社会はどう 、じゃないですか。そう思いませんか」 ないんだ。だが、それでいし なるだろうか』と本気でいぶかっていたそうだ。きっとフロイトは ・ほくの反撃が性急だったせいか、論理が性急に飛躍したせいか、 イデオロギ 1 に関係なく、純粋な彼の理論的根拠からそう考えたの だろう。わたしもそう思う。どんな社会も、憎悪の対象を創造す医師は一瞬きよとんとして目をしばたたかせた。 る。開拓時代のアメリカ人は兇暴なアパッチ族の神話をつくりあけ「もし、ぼくが本気で終末を信じていたら、・ほくは沈黙しますね。引 た。彼らにユダヤを虐殺したナチスを裁く権利はない。日本の軍国その考えは、胸の中にしまっておきますね。だって騒ぎたてたって

4. SFマガジン 1971年11月号

気で信じられている。 たのだ。 現代の呪術 : ・ 整形手術で人相をかえてはいたが、かなり前、違法の精神治療で やがて待「ていた情報が、本部からとどいた。ホテルのポーイに摘発されたことのある高名な精神分析医だ「たのである。・ほくの獲 金をやって、手に入れたコツ。フの指紋から、身元がわかったのだ。物は、彼から治療をうけていたのだ。 サイコミ = ータンツは、まず百パーセント近く、個人的な自由業・ほくは、通りのむかい側の貧民アパート の一室を借りて、一週間 についている者が多い。土地に定着して商売をやったり、組織的な がんばった。チャンスがきた。・ほくは、窓から照準をつけて引金を 企業の一員として働いているケースは、極端に少ないのだ。いつ、 ひいた。引金はしなやかだった。音声の故障した映画みたいだっ 身元の暴露されるかもしれないという怖れが、そうさせるのだろた。明るい歩道の上で、ドラマが演ぜられた。男は傷つきながら、 う。どこか匿名的な要素の強い職業、それは限られてはいるが、め妻をかばおうとして、その上に身をふせた。・ほくは、とどめの銃弾 だたぬ職業を選んで生活している場合が多かった。たとえば、非合を発射する。・ほくの使ったレミントン芻型スペシャルの強力な貫通 法的なもぐりの金融プローカー、戸口から戸口を鞄を持って渡りあ力は、二人をくしざしにして射ぬいた。血潮がとびちった。それか るく個人営業的なセールスマン、下級の芸能関係の仕事とか医者なら動かなくなった。 あのとき・ほくは、腰をうたれて動けなくなったその妻の上に、身 その男は金融業者だった。とすれば、この自由港の香港に来た理を投げかけて、わが身を盾にしようとした男の行為から、この。 : 由もうなずけた。ここは、世界各地の情報が、いちはやく入手でき ータンツ狩りの本質的な非情さを思い知らされたのであった。この る場所だったからだ。 最初の仕事が、・ほくの悲劇のはじまりだった。シュミレーターの虚 用心深い獲物は、なかなかしつ。ほを出さなかった。国際電話をか像ではなく、・ほくはついに本物を撃ち殺したのだ。だが、・ ほくの初 けて、取引きを指示する様子もなければ、経済や国際情報の入手に手柄の相手は、大物だったらしく、翌年のライセンス審査で、この しし・ほくのランクはいっぺんにから O まであげら 精だしている気配もなかった。あくまで、休暇でやってきた観光客実績がものを、 れたのだった。 のように振舞っていたのだ。ぼくは、少しずつ自信を失いかけてし こ。・ほくは、あまりない所持金を気にしながら、退屈な香港から、 目覚めたとき、ヨーコはもういなかった。ひとりで、先に、宿を まだしも小物のあつまりそうなマカオに移ろうかと考えはじめてい 出ていったらしい。・ほくは、やっかい払いしたような気持になり、 もう一度べッドの中にもぐりこんだ。それからまたうとうととまど が、ある偶然から、ふとこの夫婦が、定期的に九龍のスラム街にろんだ。二度目におき出したとき、眠りすぎたせいか、頭の一部が 出かけることに気づいた。すぐにビーンときた。窓ごしに仕掛けた痛んだ。 , 下へ声をかけて、コーヒーをもらった。 望遠レンズで、訪問先の東洋人をみたとき、どこかで見覚えがあっ 「おつれの女の人は、おたちになりましたよ」とトルコ帽をかぶつ 0 0 幻 6

5. SFマガジン 1971年11月号

仕方がないことでしよ。そいつは人類全体の問題というよりもなお 一層個人的な問題でしよ。各自が胸の中で静かに考えてみることで しょ「ちがいますか」 よく太った繩が一匹、こめかみに停まったまま動かない。長い「 医師はしばらく、ぼくの顔をじっとみつめていた。それから妙に そいつが勝手にとび去るまで待っていた。 重々しくいつに。 起きあがって、真裸になる。シャワー室に入って石鹸を体中にぬ 「君は、終末を信じているね」 ったくった。コックをひねると、天水桶の熱くなった水が頭上より ・ほくは、相手のまなざしを見返した。黙ってうなずいた。 そそぐ。もう一度、水を浴びた。疲労は和らいで、体の筋肉がひき しまった。鏡面の中の筋肉質の男が・ほくだ。ラ・ハスで受けた傷が、 あの面接室での光景を、ぼくは不思議なくらい鮮明に記憶してい る。そのあと、何度もあの精神分析医との対話を、思い出したため醜い擦傷痕をのこしている。時間をかけてひげを剃る。その間、次 だろうか。あの医師が、一体何を語ろうとしたのか、・ほくの罪の意の段取を考えていた。 それから、銃を柔膚につけ、シャツのボタンを、最小限必要なだ 識を軽減しようという思いやりからあの長い話をしたのか、人類の 宿命的な業を悟らせようとしたのか、結局なにもわからずじまいだけはめた。パンツははかない。直接ズボンを身につけ、ウエストを しめた。気持がひきしまった。暑いが、皮製のズボンを愛用してい ったのだ。 ただぼくは、あのあと、物につかれたように、訓練に励んだのでる。いっ不意をつかれるかわからない敵の襲撃に対処して、とっさ に地面に身をふせるとき、こいつが脚を防護するのに役にたつの あった。当然・ほくの成績は急速にあがった。一年後、・ほくは首席に だ。それと対の皮ジャンパーを左手にさげて、部屋を出た。 ちかい成績でそこを卒業した。だが、それは単なる結果にすぎぬこ 店には主人はいなかった。正午のサービスに妻君のところへもど とでしかなかった。それは、・ほくの目的でも、野心でもなかった。 っているのだろう。留守番の若い娘が、エ。フロンをかけた姿で仕事 ・ほくは、何事かに夢中で打ちこみたかっただけだ。理由のわからな い不安から逃がれるためにそうしただけたった。激しい訓練所の生をさ・ほっていた。 活に、 = 体ごとぶつかって、すべてを忘れたかった。くたくたに疲れ「精算してくれ」 きった体をベッドに横たえて、夜を泥のように眠りたかったたけ窓ぎわのテープルにひじをついて、あごをのせていた娘は、急に ・こ。あのほこりつ。ほいデン・ ーの田舎街で暮した三年間が、 ・ほくの声をかけられて、びつくりしたように振りむいた。立ちあがると、 青春だったのである。以来、・ほくは犠牲の多いミュータンツハンタ カウンターのところへ行き、背伸びするように体をのばし、伝票に ーの仲間たちの中で、「奇蹟的に生き残っているが、あの問題を決し手をさしのべた。スカートがずれあがり、可愛らしいヒッ。フが顔を て忘れたわけではなかった。 のそかせる。「小猫め」と・ほくは腹の中でつぶやいて、あさぐろい カルマ 3 2

6. SFマガジン 1971年11月号

「この伝説は、古代中東の歴史を解く鍵だという学説に、わたしはるはすだ」 ぼくは答えた。「侵略者と被征服民の関係なら、太古の昔にもあ 賛同している , りましたよ。たとえば、我々のホモサ。ヒエンスの先祖クロマニョン ぼくは黙ってきいていた。面接室は、静かだった。 「あれは、見事な合理化なのだよ。侵略者であるヘ・フライ遊牧民人は、ネアンデルタール人を絶減させたでしよう」 の、先住農耕民カナン人に対する罪の意識を少しでも和らげようと「ああ : : : 」とうなずいて、医師はしばらく無言だった。 「フロイトの説によると、このパターン ・ほくは言葉をついだ。 するね : : : 。事実、わたしの血統上の先祖は、カナン族を皆殺しに は、人類文明に終始つきまとっておるそうですね。罪悪感は文明の した。当然、彼らははげしい罪の意識におそわれなければならなか 因果応報であると。・ほくの担当教官は語っていましたよ。我々 ( ン った。こうしてあの神話が生まれたのだ」 ターの罪悪感も、そうした文明それ自身に内在している罪の意識な あのとき、あのユダヤ系の医師は、何をいおうとしたのだろう。 のだと。だが、人間が生きるために持っている根源的な生存の原 精神分析医はやさしい慈父のような面ざしでつづけた。「つまり、 一連の・ハイ・フルの物語は、ヘ・フライ人の超自我の承認をうるように理、生来の攻撃本能は決して消えることはないと。それが失われた もくろまれているわけだ。そうしなければ、罪の重圧に耐えきれなときこそ、我々の文明は減亡するのだと」 かったのだろう」 「そうだ」と医師は深くうなずいた。「君の担当教官は正しいこと をいっている。戦争の終結は人類愛的な立場に立っ悲願だった。ヒ 「どんな仕組で ? 」と・ほくは尋ねた。 ューマニズムというやつでね。戦争、闘争を野蛮だとする考え方 「・ハイ・フルを読めばわかるさ。カナン族はハムの子孫だということ カそれによって人類の未来が保証されたわ にされている。その ( ムはノアの三人の息子のひとりであり、ノアに、わたしは賛成だ。・、、 が裸であるところを見てしまった、たった一人の不敵な息子だっけではなかったのだ。反対だったね、むしろ。よりやっかいな問題 が、結果的に出てきた。これは理性ではどうにもならない。理性の た。そして、ノアはその一番下の息子をのろった。 支配外にある無意識の問題だ。意識の閾別下にある生物学的な領域、 呪われよ、カナン 無意識のそれだ」 かれはその兄弟の下僕の下僕となれ ! 「わかります。けど : : : 」とぼくは、迷いの感情を捨てきれずにい とね」 医師はひと息ついた。「そういえば、君はアジア人だったね」 「フロイト特有のペシミスムも、その原在している矛盾から出てく 「そうです」と・ほくは答えた。「ぼくの故郷は日本です」 「日本人は古い血統をもっ複合民族だ。君たちにも原罪の悩みはあるのだよ。文明の発達は、ホモサ。ヒエンスの基本的本能に反した方 るんだよ。一度君たちの神話を読んでごらん。古事記や日本書記向へむかっているからだ。戦争の終結は、そうした人類のイドより を。天孫族による出雲族の征服を合理化した見事なねつ造がみられの噴出に蓋をしてしまったわけさ。人類の攻撃本能とそれに反する

7. SFマガジン 1971年11月号

ヒューマニティ つまり愛の理念が相剋している。フロイトは、そをたたえたダムの水は、もうあふれはじめているのだ」 れを人類にまつわる破減的矛盾と予断した」 「わかりますよ」と・ほくはカなくつぶやいた。医師はまた微笑し 9 「では」とぼくはつぶやいた。「我々ハンターは、いわばそうした た。ときどき、訓練場のシュミレーターから発せられる死の絶叫が 攻撃本能の代慣行為として演・せられているのですね。だからこそ、きこえてきた。 我々は英雄として大衆の欲望を満足させている」 「フロイト的ニヒリズムでは、未来の道は二つしかない。共に破減 「ゆううっそうだな」と医師は微笑みながらいった。 の道だがね。一つは、攻撃本能を自分にむける。いわばマゾヒズ 「はい、割りきれないんです。他の同僚たちのようには」 ム。君も知っておるだろう。どこの都市といっても、そうした目的 「割りきった方がいいな。ある意味では、人類は、文明の存続のたに使用される道具が、半ば公然と、ショーウインドウに飾られてい そういう方面 めにミュータンツを創造したのだ、ということさえできる。逆説だることを。鞭、緊縛具、その他様々な商品 : がね。が、ナチスがユダヤを創りあげたというフ戸ムの説は真理なの指導員や専門家やそれに評論家さえいる。彼らは、安全で、しか のだ」 も最大限に効果的な方法を教えることに忠実だ。第一一の逃げ路は、 医師は淡々と話しつづける。まるで、・ほくを誤解しているかのよ我々の攻撃本能を第三者へむけること。大衆的レベルにおいてね。 うに・・ マスメディアは、こそってこのテーマを追及している。大量殺人者 「世界中で、兇悪犯罪はその件数を増している。無意味な暴力事件はニュースの最大の主人公だ。正義の名において、犯人は料弾をう ける。だが、そんな裁きの剣はみせかけにすぎない。大量殺人事件 や殺人事件。昨日もニューヨークで大量殺人があった。いまでは、 の報道は、大衆にとっては一種の娯楽番組なのさ。欲望の代償発散 一人や二人殺したぐらいではニュースにもならない」 医師は遠くをみるような視線で、窓の外をみた。精神分析医としなのだ。犯人はスターだ。大衆の無意識は共感している。報道写真 にうつる犯人は、大抵、誇らし気な表情さえ浮かべている」医師 て、彼自身の無力さに自責しているのだろうか。 「犯人は二十五歳の青年だった。ラッシ、時の人の群の中に、大型の声の響きは、皮肉さに満ちていた。「娯楽番組の制作者たちは、 トラックを乗り入れて、五十何人をひき殺したそうだ。大量殺人の大衆に合法的なサジズムのはけ口を提供している。もっとも一番 新記録だそうだよ。逮捕されたときこの青年は、恍惚状態で射精し愉しんでいるのは、彼ら自身だがね。現代社会の真の支配者は、 こうしたサド日マゾヒズム・トラストだよ。コン・ヒナートだ ていたという。この事件をどう思うかね」 よ。ある評論家は、いみじくも集団理性の合理的回避策と呼んだ。 ぼくは無言だ。 「こうしたサジズム的な傾向が、大衆芸能のあらゆる分野にも氾濫君、理性だとさ。これが理性かね。理性と呼べるものかね。だが、 一面の真実をついた言葉といえるかもしれない。おかしなたとえか している。いや高級な芸術分野でさえ、いまはその傾向にあるとい える。しかし、我々にはこれを抑制する力はない。人類の破壊本能もしれないが、我々はお互いに保険に入っているようなエ合なのさ。

8. SFマガジン 1971年11月号

うことなのか分らなかった。少なくとも、たとえ分っているにし とりつかれた ? 初秋に入った午後一時二十分のマディスン通り ろ、あえてそれを説明できるものは何一つなかった。彼にそれが言は、太陽が明るく輝き、無数の男女がその長く直真ぐな路上に、 ツ・ハチのように、群がっていた。だが、マ 1 チンは何ものかにとり えたとしても、「自分は今日、あらゆる種類のレフコウィッツとか いう名蔔こ、 月冫たえず、つきまとわれている」ということくらいだろっかれているのを感じた。カ・ハンを小脇に抱え、死にもの狂いにな う。彼は言った。「架線工事のことをお話ししていたんでしたね」 って、北の方へ進んだ。彼の心の中に残った最後の正常なものが、 ネイラーは言った。「そうでした。ところで、先ほども申し上けため息のように、三十六番街で三時に人と会う約東があるのだそ ましたように、私はあなたの会社のことを色々と伺ってまいりましと、警告していた。気にするな。彼は街を北に向った。北へ。 たが、ご承知のとおり、この件に関しましては、生産部門の人間と 五十四番街で、彼はマディスン通りを横切ると、西へ向って歩い もよく話し合ってみなければなりません。その結果は、、・ しすれ、御たが、突然、立ち止ってしまい、上の方を見上げた。 三階の窓のところに一つの前兆があった。彼はそれをはっきり、 連絡致します」 「分りました」マ 1 チンはひどく意気消沈して言った。ネイラーは ″公認会計士、 << ・・レフコイツッと読むことができた。 決して連絡なんかしてこないだろう。万事休すだった。 それはとになっていたが、彼が最初に見た、あの″ィッ それにもかかわらず、彼の憂うっさを貫き、それを越えたところッ″が語尾になっていた。一番はじめのやつだ。彼はしだいに近づ には、あの不安がまだ存在していた きつつあった。彼は、再び、五番通りを北に向きをかえ、何ものか ネイラ 1 なんてくそくらえだった。マーチンが本当に望んでいたに追いたてられてあえぎながら、実在しない都市の街々を急いで通 のは、これを追い散らし、それと仲よくやって行くことだった。 り過ぎた。その間に、周囲の群集はしだいに消えはじめていた。 だが、その問いかけはほん ( 何と仲よくやって行くんだって ? 一階の窓にあらわれた印は、″薬剤師、・・レフコウィッツ のささやき程度だった。彼の心の内で問いかけるものが何であれ、 だった。菓子屋の、半円に書かれた、金箔の小さな文字は、″ャー それはしだいに弱まり、徐々に消えていった : : : ) 昼食は・ほろ・ほろ コ・フ・レフコウ″だった。 にすり切れるようにして終りとなった。もし、長いこと会わない友 ( 半分の名前かーーと彼は腹を立てながら思ったーー半分しかない 達同士がやっと再会したように、彼らがお互いにあいさつをかわす名前なんかで、なぜ、奴は俺のじゃまをするんだろう ? ) ことがあったにしても、別れるときには、他人同士で別れていくだ 街々は今や、空っぽになりゞレフコイツッとか、レフコウィッツ とかいう、様々のレフコウィッツの一族がその空虚さの中で目立っ ろう。マーチンは救われたという気分だけを感じた。 彼は息をはずませながらその場を離れると、テー・フルの間を縫うているだけだった。 ようにして、そのとりつかれているビルから、とりつかれている通前方には、公園が、人工的で動きのない緑の中で目立っているの に、彼はおぼろげながら、気づいた。彼は西に向った。一片の新聞 りへと出た。 8 4

9. SFマガジン 1971年11月号

「これといったものはあのません。実業学校を出てから、三、四年「なぜ、家族はいないといったのかね」 転々としていました」 「長いこと一緒に住んでいませんから」 「専攻は商科たね」 「手紙も出さないのかね」 「ええ」・ほくはうなずく。 医師は、・ほくの身上調査書をのそきこむ。 「嫌っているのかね , 「なるほど、色々だね。法律事務所の見習、不動産屋、貿易会社 : ・ しいえ。ただ、交渉がないだけです」 。ほお、車の一級ライセンスに測量技師の資格まであるのか」 「そお」医師はいった。「今、どこに住んでおられるの」 部屋の外で、射撃音が高なる。 「ホームです」 「この仕事は面白いかね」 、ああ老人ホームだね。わたしの父もホームにいる。もう九 「ええ、好きで志願したのですから」 医者もいるし、友達も沢山いるー 十五でね。あそこよ 「動機は : : : 」 ぼくは黙っていた。医師はそれ以上深くは追及しなかった。 「別に : : 」・ほノ \ よ、 冫しいよどむ。 「さて、ハイボミンをうとう。腕を出して。深層分析の経験は」 「君の同室にサイモンズがいたね」 「ありますー 「ええ」 「彼の場合は、はっきりしているよ。愛息をミ、ータンツに轢き殺「じゃあ、説明の手間がはぶけるわけだ。そこに横になって、 分析の結果は白だった。人間である以上、誰しも罪の意識はあ されたのだよ」 る。「ーーが、念のため治療をつづけてみよう」と、その赤髪の医 「知ってます」と・ほくはいった。 「彼の場合は、動機がはっきりしているだけに、超自我の支配で悩師はいってくれた。 それから、・ほくはしばらく彼のところに通った。医師はアメリカ 「ただし、彼の場合は、 むことが少ないんだが」と医師はいった。 ン・ジュウだった。あるとき彼は・ほくにいった。「君は頭がよさそ 憎悪でこりかたまっている。もっとも別な罪意識の反動だがね」 うだから理解できるだろう。カインとアベルの話を知っているか 「どういうことでしようか ねー 「愛息を助けて車道にとび出せなかったことを悩んでいるのさ。ミ 「・ハイ・フルの插話ですねー 「はい」とぼくはいっこ。 = ータンツへの憎悪は、その自罰的傾向の反動なのだ。君の場合 「そうだ。あの神話は、征服者の罪の意識を正当化している : : : 」 は、動機には問題はなさそうだ。家族は : : : 」 彼はつづけた。カインとアベルは百姓と羊飼だったが、彼らは神 「ありません」 の恩寵を競って争った。それは遊牧民族と定着農耕族との勢力争い 「お母さんが存命だね」 を象徴しているという : 「はい」 8

10. SFマガジン 1971年11月号

CAMES インテ、イアンごっ キャサリン・マクリーン 訳 = 関口幸男画 = 霜月象ー 恐るべき拷問に死に瀕した科学者が 死力をふりしぼって精神接触した相手は インディアンごっこに興じる幼児だった ! け 4