私は声をかけてみた。彼はゆっくり眠を開き、私を見上げた。 に向けて歩かせていたのだった。 鳥の飛び方は必ずしも一定ではなかった。滑降するように羽根を「ああ、あなたは若いですな」 大塚はいった。 拡げて一直線に飛ぶ場合もあれば、少し首を持ち上げて上空をうか 私は周囲の景色を眺めた。樹木はあまり大きくなく、それでいて がうもの、時には身体を弓なりにして昇っていくものもあった。 私はいっか都市を離れていた。僅かな水田地帯を抜けると、ジャ頑丈そうだった。地面には固い実のようなものをつけた草が、とこ ングルジムのような密度のない樹木群の中に . 入った。いかなる樹かろどころにかたまって生い繁っていた。土は赤く、湿気を含んでい る。 判らないが、そこ ~ が果樹園であることは疑いない。 私達は立ち上って歩き始めた。 果樹園の道はゆっくり山を昇っていた。樹木の高さが三メートル 程度で、その高さで横に拡がっており、私の視界には技葉の天井「やはり、街へ降りてみますか ? 」 と、それを支える無数の幹の柱だけが見えていた。そして、その迷大塚がいったので、私は領いた。 大塚は付近の地形をよく知っているらしく、迷わずに歩く方向を 宮の中で、私は日暮れを迎えた。 日が暮れてからも私は歩き続けていた。いっか果樹園を抜け出し決めた。道らしきものは全くなく、樹木の間を足場を求めながら下 て更に山の中へ入、り込んだようだが、私は全く鳥に身を任せて、 0 た。しばらく進むと、大塚は急に立ち停 0 て木の上を見上げた。 に奥深い第ニ迷宮へ入り込んでい「たのである。鳥の飛ぶ回数は更梢に白い小さな鳥がとま 0 ていた。 「見慣れない鳥だ」 . に増えていた。昇り坂は急角度になり、私は地表が斜めになったか 大塚はいった。私は頷いて先へ進んだが、大塚は動こうとせず、 のような錯覚を持った。ほとんど何もみえない闇の中で、鳥が切り じっとその鳥をみつめていた。仕方なく私も木の根に坐り彼が歩き 梨く次元の飛沫たけを眺め続けていた。 始めるのを待った。大塚は手帳をとり出して鳥をケッチし始め た。やがて私のところへくると、 .-< その朝のできごと 「あの鳥は全く新しい鳥です。名前を考えて下さい」 といった。 夜は急速に終った。空の星は白い光に次々消されていき、樹木が 次第に鮮明な縁色に変ってきた。私はゆっくり起き上がり、私の慣「さあ、白いからシラトリでどうです」 にいる大塚と名乗った男を見た。彼 - は眠っていた。髪は白くすでに私は無責任に出まかせをいうと、彼は鉛筆をなめて手帳にシラト リと書いた。 老人と呼んでよかった。見なりは立派であるが、頼っきにはどこか その後も度々鳥をみかけたが、その都度同じことをくり返した。 飢えたような淋しさがあった。 山を降りるにつれて樹木は大きくなり、鳥の数も増した。・大塚は次 「夜が明けたようです」 に 4
鷲のようなくちばしのその鳥は屋根瓦の上に落ちた。しかし、それ逃亡している時も同じだった。足に伝わるコンクリートの力強 と同時にその屋根瓦の下から、更に数羽の鳥が飛び出したのだ。 反応が私を支えていた。私の視界にはスタティックな街の風景があ 「逃げろ ! 」 った。普段は毒々しい色彩で人々を誘い込み、精神世界の全てを騒 私は叫びながら、自分もビルに向って走った。しかし、大塚はそ音で埋めつくしてしまう街も、時間世界からとり残されたように、 こに立ちすくんだまま動かなかった。鳥は大塚に襲いかかった。私ショウウインドウを閉ざし、ネオンサインの光も消して、火焔瓶と ガス弾による煙の中にかすんでいる。そこでは走っている私だけが は銃を構えた。その時、大塚と、彼に群がった鳥たちは一瞬の内に 動的な存在であった。風景が時間をとめたことで、私の体内に眠っ 消えてしまった。 私は宙空に向けた銃を構えたまま、そこに立ちすくんでいた。大ていた時間がよみがえってくるのがはっきり判った。ビルの黒い影 塚のいった通り、他の鳥も次元トラベルをするのだ。大塚がその鳥の上に月がみえていた。月は私と共に走っていた。私はジョン・カ ーターのように月に呼ばれていた。私の時間の中で、それは容易な と共に次元を渡ろうとしたのか、その鳥が無理に大塚を運んだのか 判らない。い・ すれにしろ、あの巨大な鳥たちに襲われて助かる道はことのように思えた。私は走りながら月へ向って飛・ほうとした。し かし、涙が私の視界から月を消してしまったのだ。 ないだろう。 涙が治まると、私の痛みも苦痛に変った。急に重力が増したかの ように、道路やビルの質量が私の身体を地面に押しつけた。私は疲 1 一カ月半前のできごと れ切っており、眼も腰も肩も痛かった。私は幻想から覚めて、人々 涙が次々流れ出るのは私の感情とは無関係である。ようやく逃げの視線を怖れながら体内の全細胞を委縮させ、固く閉ざされた意識 てきたと思 0 たとたん、催涙ガスが眼にしみて痛みを感じだしたのの扉の中で眠らなければならない。街は再び私に襲いかかり、船橋 に対するはげしい怒りを通じて自分の被害者的立場を知るのだ。私 だ。しかし、この痛みと涙はカタルシスであった。惑いは催涙ガス には再び戦闘を挑むか、逃亡するしか道は残されていなかった。 がなければ、その分だけ感情をたかぶらせて同じだけの涙を流さね ばならなかったかも知れない。感情に先行して涙があふれ出てくる おかげで奇妙な冷静さが生まれ、快い安心感が生まれるのだ。 3 そのタのできごと 戦っている間は、私は共に戦っている仲間がいることで満足して いた。船橋たちがやってこなくても、次には参加するだろうという ような寛大な気持でいることができた。火焔瓶となったコーラの瓶私は駅で蒸気機関車を発見した。錆びが出ていたが壊れたところ の重みには充実感があり、その口から昇った炎は国家や文明への怒はなく、レールも錆びているだけで無傷だった。石炭は充分積まれ ていたが、水は蒸発してしまっていた。私は雨水を貯めた用水から りの炎として私の手から離れて飛んでいった。
次手帳にスケッチを貯えていき、私は次々命名した。キツッキのよ「街がある ! 」 うに木をたたくみズメ . そっくりの鳥はスズッキ、仏法僧に似た鳥は私は思わず叫んだ 9 大塚はそんな私を口に指をあてて黙らせた。 その名にさからってキリストという具合である。 彼の興味は雑木林から飛び出した鳳凰のような鮮やかな赤い大きな かって果樹園であった付近は雑木林に変っていた。そこにも道は鳥にあったのだ。 なく、人間文明の気配は全くなかった。しかし、鳥の数は更に多く なり、百メートルも進めば必ず新しい鳥の姿がみえた。大塚は憑か それら鳥類の分類学 れたように鳥を観察し続けた。 「人はいないのでしようか ? 」 大塚の手帳には数十種類の鳥が書き込まれた。彼はそれらを一応 と私が尋ねても、 いとも無関心に「さあーと答えるだけであっ これまでの概念で分類していた。 スズメ目 ( に近いもの ) ようやく雑木林を抜けると、かって水田であった地帯に出たが、 パラレルスワロー《我々をここへ連れてきた鳥。次元世界の渡り そこも草原と沼地の原始的な姿を残していた。しかし、遠くには街鳥》 らしきものがみえた。 オオヒ・ハリ《ほ・ほヒ。ハリに近い形で空高く昇っていく》 宇宙時代の楽しいエンピッ′ル・間 1 弾使えば、また 1 弾′ . ッ イ 4 い 全国有名デパート・文房具店でお求め下さい ケの ^ ロケット〉しん付 店 1 本Ⅱ円 商 山 株式 会社 東京都千代田区神由神保町一一 29 〒ー飢 T E L ( け 7 ば大代表 ) に 5
私はいった。私と船橋とは高校時代からの親友である。彼は常にそれが船橋たちのものかどうか判らなかった。私はガリ版に向かっ 私の考えに同調してきたし、対立することがあっても互いに深くこて原紙の上に戦闘的な言葉を次々書き並べた。 私だけがあくせくと一生懸命になっているようで、とてもみじめ だわることはなかった。そんな彼が急にゲ・ハルトは嫌だといい出し たのだ。彼が喋らないので理由は判らない。家の都合か、別の考えであった。 二週間後、私達はささやかな市街戦を行った。船橋はやはりやっ を持つようになったのか、それとも怖くなったのか、そんなことは 私にとってどうでもいい。ただ、彼が参加しなければ他にも参加してこず、船橋と仲の良い数人のグル 1 プも参加しなかった。そのた めに更に多くの下級生が次から参加しなくなるだろうということは ない者が出てくるので困るのだ。 大宮はひと通りのパンフレットを眺めたのち、再びそれを机の上明白であった。しかし、私には次の戦闘はなかった。参加しなかっ た船橋が、自治会の役員であったという理由だけで警察につかま に積み上げた。井上はギターを置いて立ち上がった。結論は出ない り、私達の共同謀議の一斉を自白したため、私達は追われる身とな まま、みんな帰り仕度を始めた。 「お前のような論理を拒絶した日和見主義者がこの社会を固定してったからである。 いるんだ」 私は半ばあきらめて船橋を詰った。船橋は他の連中の帰り仕度にその昼のできごと 便乗してこの場を逃れようと立ち上がった。 「待てよ。まだお前はおれのいったことに何も答えてないじゃない 大塚が鳥を観察するおかげで、私達が街へ着いたのは昼であっ か」 た。街に近付くにつれ、そこが廃虚であることが判った。それが判 っても大塚は無関心で、あまりそのことを話さなかった。 私は船橋の前に立ちはだかっていった。 「まるであなたは、この世界がこういうところだということを予想 「いや、おれは帰る」 していたようだ」 船橋はいって私を押しのけた。 私がいうと、 「どうでもいいというのか ? 」 「そんなことはありません。私にとってこれだけの鳥に出合ったこ 「ああ」 とは単に幸運というべきでしよう」 「なぜどうでもいいんだ」 「これらの鳥の中にも。ハラレルスワローのように次元旅行をするも 「日和がよくないからな」 船橋はいった。私は思わずこぶしをにぎりしめたが、船橋は用心のがあると思いますか ? 」 「おそらく大部分ができると思います。鳥というものは居住地や旅 深く私の横をすり抜けて部屋を出てしまった。 行コースを決めているのが普通ですから、我々の世界へやってきた 私だけが部屋にとり残された。遠くで数人の笑い声が聞えたが、
のがパラレルスワローだっただけで、他の鳥は別の世界へ旅行すると鏡しかなかった のでしよう。たぶんパラレルスワローは我々の世界から生まれたも「大丈夫です。大した傷ではありませんから」 のではなく、この世界の近くから我々の世界へ旅してきたのでしょ 私はいった。血はすでに治っていて、手が真赤に染っている割に う」 は痛みも感じていなかった。それでも私達は、そのビルの中を次々 崩れ落ち、屋根瓦が一面に散っている家屋の跡にそって私達は道みて廻った。三階の一室だけ、カーテンが閉められており、薄明り を発見した。道は街に続いており、途中には酸化した自動車の残骸の中に様々な家具がみえた。私達は中に入りカーテンを開いた。ン フアの上に、白骨化した死体が一つ投げ出されていた。 がすてられていた。自動車の中はチリトリたちの巣になっていて、 無数のそれら小さな鳥が忙しく窓を出入りしている。木造家屋は殆白骨は片手で銃を持っており、付近にはタバコの吸いがら、空の ど崩れていて、コンクリートのビルだけが街の残像を守っていた。 コツ。フ、空のウイスキーグラスなどが散在していた。 街の姿から考えて、およそ十年前に減亡したようだ。おそらく木造「最後まで生き残っていた人間の一人だな」 建築が崩れているのは鳥のせいだと思えた。そこには荒廃の著しい 私はいった。銃はまだ使いものになり、戸だなからは弾も出てき ものと、殆ど我々の世界のままのものとが同居していた。 た。他にタ・ハコ数十箱、チョコレート数ヶース、カンヅメ、マッ アスファルトの上を細い草が根をはっている。しかし、ビレこ、 ノ冫カチ、石油、薬なども発見した。 かげられた薬の広告は全く傷ついていない。中央通りの並木もその私達は死体を運び出し、その部屋で食事をした。 まま残っていて、青空の下で整然と緑葉を拡げている。 「人々は鳥に減亡させられたのかも知れないな」 私はいった。 私達はビルの一つに入った。ガラス戸は鳥によって破られてい て、暗い廊下にはふくろうのような鳥が眼を光らせていた。 「たとえ、そうだったとしても自然の成り行きだったのだろう」 「あれはふくろうのようだから、おやじという名にしますか」 大塚はいっこ。 私がいった時、急にその鳥が羽ばたき、一直線に私達に向ってき「死体が銃を持っていたということは、もっと強い猛禽類がいる可 た。私達が声をはり上げると驚いて後退したが、安心する間もなく 能性がある . 再び突進してきた。私は両手でその鳥と立ち向かい、いっかその鳥私がいうと、彼も頷いた。 の足をつかんで床にたたきつけていた。手から次々血が流れた。 食事を終えると、タバコやチョコレートをポケットに入れ、銃を 「捜せば薬があるかも知れない」 持って私達は出かけた。 大塚はいって近くの扉を開いた。中は事務机が並んでいるだけ午後になると風が出てきて、紙やプラスチックのような人間文明 で、戸棚などはなく、机の引き出しも空だった。次の部屋は全く空の遺物を上空に舞い上がらせていた。急に崩れた木造家屋の中から で、三つ目の部屋には床屋の看板が出ていたにもかかわらず、椅子巨大な鳥が飛び出してきた。私はすぐに銃を構えて撃った。黄色い に 8
スズッキ《スズメのようで、キツッキのように木をたたく》 ヤキトリ《真黒で貧弱な身体をしている》 シラトリ《白く小さな鳥でくちばしまで白い》 ネズミトリ《ネズミ色で細長い尾を持っ》 ・ ] ニカ月前のできごと アメッ・ハメ目 ( に近いもの ) ノリ . -t ーリ . 《ハチ鳥より小さく虫のようだ》 ・フッポウソウ目 ( に近いもの ) 私と船橋は長い時間、机をはさんで向かい合っていた。私は随分 キリスト《青い身体に橙色のくちばしが美しい》 喋ったのちで、もうそれ以上いうべきことはなかった。船橋は私が カンロ目 ( と思えるもの ) 喋っている間から黙ったままだった。 アカサギ《トキにそっくり》 部屋には他に数人の男女がいた。井上はギターを持って両足を机 ケッコンサギ《鼻の下、すなわちくらばしが長く、目つきが悪い》 の上に投げ出して、時折遠慮がちに弦をはじいていた。大宮は机の 上に積まれたビラや。ハンフレットを取り上げて眺めた。机は部屋い コトドリ目 ( に近いもの ) つばいに拡がっており、他にも多くのものをのせていた。木目が判 鳳凰《大きく赤く立派な鳥》 らない程黒く汚れていて、ナイフでつけた傷が机の平面を失わせて ツル目 ( と思えるもの ) ツンツル《頭が白く、タンチョウヅルに似ている》 「雨が降ってきたかな ? 」 分類できないもの 石田は何かの変化が生まれることを期待しながら窓の外を眺め 《足が長く身体が小さい》 た。しかし雨は降っていなかった。 ホウキ《チリトリと一緒にいて尾が拡がっている。或いはチリトリ のオスか ? 》 「やつばり嫌なのか ? 」 私はいった。船橋は返事をせず、首を振ることもせず、僅かに目 ハットリ《リスのように木の間を走り、素早い》 を伏せただけである。井上が再びギターをはじいた。しかし、その サントリ《目が赤く、じぐざぐに飛ぶ》 、不ットリ . まとまりのない音は、よけいみんなをいらだたせるだけだった。 《身体が大きく殆ど動かない》 ホシヅル《丸い身体に大きなくちばしと眼がある。ツルとは無関係「なぜおれが参加しなければならないんだ」 船橋はつぶやくようにいっこ。 だろう》 「それはお前自身の問題だろう。お前が自分で参加しないという論 グライダー《羽根が長く、グライダーのように滑空する》 理を持てばいいんだ」 《一列に並んで飛ぶ小さな鳥》 これらの名は殆ど私が考えたが、大塚はわるふざけに感心するで もなく、怒るでもなく殆ど無関心で、私のいうとおりの名を記入し 5
いるところへね」 戻ろうと思った。そこで則子と共に黄鷲たちを待って、 , 残り少い人 「すると、私がもといた世界もやがてこうなるというのか ? 」 間文明の時間を過そう。 「その通り、渡り鳥が現れたのだから間もなく猛禽類も登場するだ ろう 6 鳥はいまどこを飛ぶのか 「そこへ戻って対策をたてることはできないのだろうか ? 」 「だめだね。次元世界を通って現れる鳥からどうして逃げることが できるのだ。百羽や千羽を殺しても、相手は次々現れる。やつらを早朝にはまずキリストたちの鳴き声が聞えた。続いてアカサギや 全減させるには、巣を完全に破壊しなければならない。しかし、巣グライダーが街の上空に現れ、昼になると鳳凰が街の中までやって くる。夕方にはホシヅルが歩き廻り、シリトリが長い列を作って飛 へは、その鳥に連れて行かれる時以外に行くことはできないのだ。 渡り鳥と共に逃げ出すことだけが生き残る道だ」 んでいく。しかし、パラレルスワローの姿はまだみえない。あとニ 男はいった。男のロ振りでは、人類の減亡などということを彼自力月、私はそう考えながら銃を肩に街中を歩き廻った。黄鷲の姿は 身は何でもないことのように考えている様子だった。或いはそうかその後一度みただけである。食料や日用品にも困ることはなかっ も知れない。大塚がいったように、自然の成り行きだったのかも知た。もう一人の男はどこかへ行ってしまって、私はずっと一人でこ れない。 の街にいる。 「渡り鳥は、またここを通るかい ? 」 私は鳥をとても好きになっていた。毎日、ただ鳥を眺めて過すこ 「もちろん、あれは渡り鳥だから半年経てば同じコースをやってくとに満足していた。鳥は私とかかわりを持っことはなく、私が鳥の る。お前さんも元の世界へ戻れるさ。その気があればね」 ためになにかをしてやったこともないし、鳥が私のためになにかを 私は頷いた。付近は薄暗くなり、鳥たちの姿も殆どみえなくなっしたこともない。しかし、鳥も私もこの世界に生きていた。私の前 た。街の建物だけが紫色の空に黒い影を映し、文明の墓標を築いてをホシヅルがゆっくり歩いていき、頭上をオオヒ・ハリが昇ってゆ いる。それは丁度一カ月半前の市街戦の時にみた風景のように時間く、グライダーはその近くをゆっくり旋回し、遠くツンツルが群れ をなして飛んでいくのがみえる。私はただそれら鳥たちと同じよう 世界からとり残されていた。 に、歩いているだけだった。私はいっか時間感覚を失っていた。 やがて、かって私がいた世界もこうなるのだ。東京も。全てのシ ョウウインドウを閉ざし、鮮やかな色彩のネオンサインを消し、永 あと二カ月、それが何を意味するのか、私は忘れていた。あとニ 遠の静的な世界へ入っていく。木造建築は鳥によって崩され、そこカ月でパラレルスワローがやってくる。しかし、なぜ私はパラレル に鳥たちが巣をつくり、道路には植物が根をはり、空一面を鳥たちスワローを待っているのだろう。な・せ私はパラレルスワローだけ を、多くの鳥たちの中で特別に考えているのだろうか ~ が飛び去っていく。私は、半年後にパラレルスワローと共にそこへ
飛びかかってみたが、常に失敗に終った。鳥が何度も飛んだためこれ以上奥へは進めないでしよう」 か、いつまで経っても夜が明けなかった。日が暮れてから、すでに声がいった。 二十時間ほど経っているように思うが、夜は無意識の底へ到達した かのように深く沈んでいた。周囲の地平線や山陵からも太陽の光がその鳥の進化論 こ・ほれ出る気配はなく、樹木の影は闇の中に溶解し続けていった。 或いはもう朝はこないのかも知れないと考えた。 男と私は暗闇の中で草の上に寝ころんで、互いに顔も知らないま そんな中で、鳥が飛ぶ時だけ、一瞬薄い霧のようなものが散 0 ま話し合 0 た。夜露をふくんだ草はつめたく、とけのある草も混 0 た。それは切り裂かれた空間の次元の飛沫である。 ていて、また草の間を虫がはいまわっているらしくそれらが肌を刺 私は鳥を捕えることができない場合について考えていた。こうしした。空に拡がった星々はかっての星座体系を守っていたので、と た状況で、私が自分自身に対して何ができるだろう ? 鳥を捕えるんでもない世界へきているとは思えなか「たが、それでもどこか私 以外には、鳥から逃げるだけが私にできることなのだろうか ? しの見知った環境と違ったものを感じていた。 かし、私は逃けたくはない。 男は大塚と名乗った。彼は鳥についての様々な考えを述べた。 やがて鳥の飛ぶ間隔が長くなり始めた。私は闇の中を移動した。 「あなたは鳥の体内を観察したことがありますか。骨と内蔵以外に 樹木に何度か突き当たり、やわらかい土に足をとられて倒れ、あるは殆ど何もつま「ていないのです。鳥の体積の大部分は羽根で、残 時は五メートル近くも転落して木にひっかかって停った。しかし、 りは骨と内蔵なのです。しかし、鳥が空へ飛び上がる時には相当な そうした努力にもかかわらす「鳥の飛ぶ回数は更に減っていった。 エネルギーが必要なはずだっそのエネルギーが何の貯えもないあの 「あなたも鳥寄せですか」 鳥のどこから出るのでしよう 0 鳥という生物は飛ぶという只一つの いきなり近くで声が聞えた。捜したが暗闇のためよくみえない。 目的のために他の全ての機能を儀牲にしているのです。鳥というの やがて枯集を踏む音が聞えたので、相手の存在だけは理解できた。 は全くのところ大変な生物なのだ。そうでしよう」 「鳥寄せ ? 」 「そのおかげで鳥は今まで生き残ってきた」 私は問い返した。 「そうです。しかし、飛ぶために他の全ての機能を犠牲にしたおか 「そうでしよう。しかし、もう鳥の群れはいってしまったようでげで、哺乳類に較べて大きな進化をしなかった。哺乳類と鳥類はほ ・ほ同じ頃に爬虫類から発達したが、哺乳類は人類の知能、食肉類の 声がいった。確かに私の前を飛ぶ鳥の姿はなくなっていた。 闘争力、有蹄類の逃亡力など様々な能力を身につけたが、鳥はだ鳥 「よくこんなところまでいらっしやったものだ。おそらくここは巣のような特殊なもの以外あまりめざましい進化をしなかった。大部 にかなり近いところだろう。しかし、次に鳥の群れに出合うまで、分の鳥は始祖鳥から大きな変化をしていない」 協 9