べック - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1971年4月号
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1. SFマガジン 1971年4月号

りゅうさん 真白な小石とな「て砕けちった百千の日時計。岩と砂の悠久の空イルの上に榴霰弾のように散乱するのだった。 に埋もれ、もはや歌うこともない鳥たち。風のかたる併呑の昔話に べックは待った。それ以上倒れる塔はなかった。 さそわれて、死んだ海の底を流れる陸地の砂塵。ありあまる時を沈「もうはいって大丈夫だ」 黙の穀倉にたくわえ、平安と追憶の池や泉のあいだに横たわるあま クレイグは動かない。「また同じ目的でか ? 」 たの都市。 べックはうなずいた。 火星は死んでいた。 「また「あのろくでもない壜だー・おれにはわからんよ。なぜみん と、その広大な静けさのかなたから、虫の羽音が聞えてきた。そなほしがるんだろう ? 」 れはしだいに音量をあげながら、肉桂色の山々のあいだにひびきわ べックは車からおりた。「見つけた連中はなんにもいわない。だ たり、やがて燃えあがる大気のなかにはいった。 ( イウ = イが震がーーとてつもなく古い壜なんだ。砂漠と同じくらい、第だ海と え、かきたてられた砂塵が、太古の都市をささやきながら流れくだ同じくらい古くてーーそして何・はいってるらしい。伝説はそう いってる。何がはいってるかわからないー・それが、まあ、人間の 音がやんだ。 飽くなき好奇心をそそるんだろうな」 ート・べックとレナート・ 真昼のゆらめく沈黙のなかで、アルバ 「おまえさんの好奇心だ、おれ、は」関係ないよ」とクレイグ。ほと クレイグは、古ぼけた陸上車に乗ったまま、死んだ街なみを見わたんど口を動かさない。眠を半はと、愉そう・聳衣情をかすかにう した。街は男たちの視線をうけとめ、彼らの叫びを待っている かべている。彼は眠そうに伸びをした。「退屈しのぎについてぎた だけだ。熱のなかにすわっているより、おたくをながめてるほう 水晶の塔のひとつが、粉のような柔かい雨となって倒れた。 が楽しいからな」 「そこのお前 ! 」 べックがこのおんぼろ陸上車を見つけたのは一カ月ほど前、まだ またひとつが倒れた。 クレイグと出会わないころだった。それは、かって夫星をおそい さらにひとつ、またひとつ、べックは立ちならぶ塔につぎつぎと星へと移っていった第一次産業侵略が、あとしたガラクタのひ 死の号令をかけていった。巨大な翼を生やた花髑岩の動物たちとつだった。彼はエンジンを修理して、死んだ都市をめぐり、のら が、なだれを打「て中庭や噴水へと転落したべックの叫びにつれくら者や日雇い人足、夢想家や落伍者、火星に安住の見つけた て、彼らは生きている獣のように動きだすのだった ~ 獣たちは答彼やクレイグのような男たちの住む土地をさまよい歩いてきたのだ え、うめき、びび割れ、起きあがり、傾き、震えながら、しばした 9 めらう、そして中空に身をおどらせると、歪だロや空ろな眼もろ一「五千年か、一万年前、火星人は〈青い壜〉をつくった」べックは とも落下し、その鋭い、永遠に飢えた牙をとっぜんむきだして、タいった。「火星ガラスを吹いてつくった壜だーーー一度なくなって、

2. SFマガジン 1971年4月号

「まるで 1 求ンみたいなにおいだ」 赤、ビンク、黄、紫、黒など色とりどりのガラスで作られていた。 同じところを二度捜さなくてすむように、また奥の容器を捜しやす「はっ ! 」クレイグは笑った。「そりや、おれだよ ! 」 「おたく ? 」 くするために、べックは片つばしからこわしていった。 ひと部屋かたづいたところで、彼は隣りを襲う態勢を整えた。お「いま一口やってきたんだ。あっちの部屋で見つけた。いつものと そろしいような気持だった。今度こそ見つけてしまうのではない おり、壜の山のなかをガサゴソ捜してたら、 ー・ホンがすこしはい か。それが不安だった。捜索は、見つかった瞬間に終り、人生は無ってるのが、なかに一本あるじゃないか。喜んで、いただかせても 彼の人生に目的が生まれたのは、そんならったよ」 意味になってしまうのだ。 / べックはまじまじと見つめた。そして震えはじめた。「いったい むかしではない。金星と木星のあいだを行き来する船乗りたちか いったい、火星の壜のなかに、 ーポンがなぜはいってるんだ ら、〈青い壜〉の話を聞いた十年前からなのだ。彼の内部に燃えあ ? 」彼の手は血の気を失っていた。彼はゆっくりと一歩踏みだし がった炎は、それから一度も消えたことはなかった。計画的に事を た。「おれに見せろ ! 」 運べば、壜を見つける希望だけで、充実した生涯をおくれそうだっ た。あと三十年は、それで保つだろう。あまりあくせくせず、じつ「嘘じゃない、たしかにあれは : : : 」 「いいから見せるんだ ! 」 くりと腰をおちつけてさえいれば。そして、移動や家捜しの過程、 座と都市と旅こそ肝心の部分であり、壜じたいはさほどの問題では ないのだ、ということを意識的に認めさえしなければ。 それは部屋の片隅にあった。空のように青い火星ガラスの容器。 べックの耳にくぐもった音が聞えてきた。ふりかえり、窓へ歩い 小さなくだものほどの大きさで、べックの手には、空気みたいに軽 彼よそれをテープルの上においた。 ハイが、通く感じられた。 / 。 ていくと中庭に目をやった。天色の小型サンド・オー りのはすれに、かすかな排気音をあげて停まったところだった。プ「また・ハーポンが半分はいってるよ . と、クレイグ。 「からつぼみたいだそ」と、べック。 ロンドの髪の太った男がシートからおり、街を見わたしている。こ の男も、お目あては壜だろう。べックはため息をついた。何万人「じゃ、ふってみろ」 ペックはとりあげ、おそるおそるふった。 が、この惑星上で捜しまわっていることか。だが、都市や町や村の 廃墟は何万もあり、それらをすべて捜し尽すまでには一千年かかる「チャポンチャポンいってるだろう ? 」 のだ。 「どうだ、そっちは ~ 」クレイグが戸口に現われた。 「おれにはちゃんと聞えるんだがな」 ペックはテ 1 ・フルの上に壜をもどした。わきの窓からさしこむ日 「見つからんよべックは空気をかいだ。「何かにおわないか ~ 」 ざもが、ほっそりした容器にあたって青くきらめいた。、それは、手 「なんだって ? 」クレイグはあたりを見まわした。 2

3. SFマガジン 1971年4月号

すべての人間にとってか ? 夜が明けるころ、クレイグがロ笛を吹きながらやってきた。暁の ちがう。クレイグはちがう。クレイグは、たぶん運がよかったのビンクの光に照らされた、人気・のない白砂の上に、彼は壜を見つけ 2 だ。世の中には、動物のように生まれついた人間もいるものだ。何た。拾いあげたとたん、炎の囁きがおこった。数知れぬだいだい色 一つ問いかけることもなく、水たまりの水を飲み、交合し、子どもや赤むらさきの螢が中空でひらめき、消えていった。 を育て、人生が価値あるものかどうか疑うことすらしない。それがあたりは静まりかえっている。 クレイグだ。彼みたいな人間は少ないが、いないわけではない。神「ちくしようめ」クレイグはほど近い街の死んだ窓に眼をやった。 の御手につつまれ、信仰をおのれの神経のように体内におさめ、広「おー 大な護区のなかで幸福に暮す獣たち。数十億のノイローゼ思者のすらりとした塔が、粉となって砕けた。 「べック、あんたの宝物があるそ ! おれはほしくない。取りに来 真只中で生きる正常人。彼らもいっかは死ぬ。だが、それは自然な 死だ。彼らは決して死に急がない。 「 : : : 来いよ」と谺がこたえ、最後の塔が崩れた。 べックは壜をさしあげた。なんて簡単なのだろう、と彼は思っ クレイグは待った。 た。しかも、まちがいはない。これこそ、おれが今までずっと欲し 「おかしな話だぜ。壜はちゃんとここにあるのに、べック先生はど ていたものなのだ。これ以外のものではない。 決して。 こにもいない」彼は青い容器をふった。 水音がした。 壜ば口をあけ、星影を青く映していた。べックは〈青い壜〉から 「やつ。よりど 。ナ ! 前とおんなじじゃよ、、。く ンカしーしな 吹きだす風を、思いきり肺に吸いこんだ。 これでおれのものだ、と彼は思った。 いってる ! 」栓を抜き、ラッパ飲みして口をぬぐった。 彼はくつろいだ姿勢をとった。全身が心地よく冷え、ついで心地彼は壜をダランとさげた。 よく暖まるのが感じられた。星々の長い斜面を、ワインのように甘「たかがバーポン一本に、なんて騒ぎだ。ここでべック先生を待っ い闇のなかへすべりおりてゆくのがわかった。彼は、青いワイン、 て、壜をくれてやろう。それまでーー飲むことにするか、クレイグ 白いワイン、赤いワインのなかを泳いでいた。胸にはロウソクがとさんよ。かまうもんかい」 もり、炎の輪が回転していた。両腕が離れ、両脚が楽しそうに飛び死んだ世界にひびくのは、かわいた喉を流れくだる液体の音だけ だった。〈青い壜〉が、日ざしをあびてきらめいた。 去っていった。彼は笑い、眼を閉じ、そして笑った。 こんな幸福感は、生まれてはじめてだった。 クレイグは幸福そうに笑みをうかべ、ふたたび壜に口をあてた。 冷たい砂の上に、〈青い壜〉が落ちた。

4. SFマガジン 1971年4月号

一「たくさんの螢がいっせいに飛びたったみたいだったな、体が分解化して、深い闇につつまれた谷底へと降りそそいだ。 4 したときは : : : 」 エンジンの響きを聞きながら、ペックは過ぎ去った夜を思いかえ 2 「追うのか ? していた この十年間のすべての夜、海の底で赤い火をおこし、 ペックは車にもどった。彼は、沈黙につつまれた、青白い砂丘の考えにふけりながらのろのろと食事の仕度をした夜。そして彼は夢 連なりを見わたした。 を見た。いつも何かを求めている夢だった。それが何かはわからな 「骨は折れるだろうが、なんとか車で行けそうだ。こうなったら、 。若いころから、見る夢は同じだった。地球上の苦しい生活、一一 あとにはひけん , 彼は間をおき、独り言のようにつぶやいた。「〈青一三〇年の大恐慌、飢饉、混乱、暴動、不自由。そして惑星間の放 い壜〉のなかに何があるか、わかったような気がするーー・おれがい浪の旅、女気のない、愛のない年月。闇から光のなかへ、子宮から ちばん望んでいたものが、あのなかにあるんだ。そして、おれを待この世界へ望んだわけでもなく生まれてきて、自分が真底求めてい ってる。それにようやく気がついた」 るものが何か、どうすればわかるというのか ? 「おれは行かないぜ」クレイグは、闇のなかで膝に両手をおき、運溝のなかで死んでいたあの男の場合は、どうだろう 2 ・何か珍し 転席にすわっているべックに近づいた。「相手はどんな武器を持っ いもの、自分の持っていないものを、捜し続けてきたのではないだ てるかわからないんだ。行くんだったら、ひとりで行ってくれ。おろうか ? 自分みたいな人間に、いったい何があるというのだ ? れはまだ命が惜しいんだよ、べック。たかが壜ひとつのために、無 ? この世に捜し求める いや、それは誰でも同じことではないのか 駄死にするのなんかまっぴらだ。ここで、おたくの幸運を祈っててに値するものなどあるのだろうか ? やるよ」 ある。〈青い壜〉だ。 「すまんな」ペックはそういって、砂漠に車を乗り入れた。陸上車彼はすばやく車に・フレーキをかけ、とびおりると銃をかまえた。 のガラスのフードを越えて、冷たい夜気が顔をなぶった。 体を低くして、砂丘のあいだへと走る。前方では、三人の男がきち べックの車は、漂白された小石をけたてながら、干あがった川床んと肩をならべて、冷たい砂の上に横たわっていた。日焼けした を走った。両側には、きりたった断崖がどこまでも続いていた。崖顔、みすぼらしい服、ふしくれだ . った手、三人とも地球人だった。 の表面に浮彫りにされた神々や動物たちの姿を、二重の月影のリポ〈青い壜〉は星影をうけて、彼らのあいだにころがっていた。 ンが、黄金色に染めあげている。一マイルの高さに連なるそれらの見守るうちに、死体は溶けはじめた。無数の露の玉、水晶のかけ 顔に、火星人の歴史が象徴的に記されているのだ。見開かれた黒い らと化し、蒸気のようにわきあがって消えてゆく。らぎの瞬間、彼 らの姿は、もはやそこにはなかった。 眼、ばっかりとあいた黒いロ、想像を絶する顔の数々。 眼に降りそそぎ、唇や頬を打っ薄片の雨のなかで、べックは全身 エンジンの音が、岩や巨石を揺り動かした。断崖のいただきに、 月光をうけて並んでいた。太古の壁面彫刻は、無数の黄金の破片とに悪寒が走るのをおぼえた。

5. SFマガジン 1971年4月号

二人は百ャードほどパックした。 はじめている。髪は、線香花火のように輝きながら火花をちらして 「あそこだ。見ろ。やつだそ」 いる。見守る二人の前で、死体はもうもうと煙をあげた。指が火に 道路のわきの溝のなかで、太った男がオート・ハイに折り重なるよっつまれて、けいれんした。つぎの瞬間、巨大なハンマーがガラス うに倒れていた。身じろぎひとっしない。べックが懐中電灯の光をの彫像の上にふりおろされたかの - ように、死体は無数のまばゆいビ 向けると、男の大きく見開かれた眠がにぶくかがやいた。 ンクの細片に砕けちると、夜風にのってハイウェイのかなたに流れ 「壜はどこだ ? 」と、クレイグ。 ていった。 べックは溝にとびおり、男の拳銃を拾いあげた。「わからん。よ オ「やつらがーー何かやったんだ」クレイグがいった。「あの三人 くなってる」 が、何か新しい武器で」 「死因は何だ ? 」 「いや、これがはじめてじゃない」べックがいった。「おれが話に 「それもわからん」 聞いたところじゃ、〈青い壜〉を手に入れた人間は、みんなこんな 「オートパイはなんともないようだ。事故じゃないな」 ふうになったそうだよ。消えてしまうんだ。そして壜は他人の手に べックは死体をあおむけにした。「傷は見あたらん。なんというわたり、それを持ったやつもまた消えてしまう」彼は首をふった。 ことなくー・ーー自然に死んじまったみたいだ」 「心臓麻痺だろう、たぶん。壜を手に入れて興奮したんだ。隠そう スご植円 夫 にしネて 。写 4 藤 として、ここへおりた。ひと安心というとき、心臓のほうがとまっ 藤さ 集楽ジし衂載 原下 原 編たビと名満し料 ちまった」 石込 石明 一ねやトどと送 9 申 タ兼学一なル 1 お 「それじゃ〈青い壜〉の説明がっかないじゃないか」 , 覧ラ円京一で 志田イを勉ノ , な表一イ東 6 留 「誰か通りかかったやつがいたんだろう。血眠で捜しまわってるの 久山ラ一 く利。年プバ 7 が、どれくらいいるか : : : 」 のア。な便すラス価前現 宮は 二人は周囲の闇を見すかした。星をちりばめた夜のなか、はるか スしダでけ式けのン表 会神た なな集だ記だ式ア麗ト 集ラ 究区ま な黒い砂丘のいただきに何か動くものがおぼろげに見えた。 研谷替 編イお的料動日た言フ美ッ で格資活 1 , 判セ料渋振 「あそこだ」ペックが指さした。「三人。歩いてる」 誌本も用日画 5 フ資都便 本る tn に使 1 オ京郵 「きっと、やつらが : : : 」 cn 東 ( ◆◆◆◆ 「おい、見ろ ! 」 先 込 足元の溝のなかで、太った男の体が光りながら溶けはじめてい 申 た。両眼は、水に洗われた月長石を思わせた。顔は炎と化して消え 好評発売中 ! S ・ダイアリ 7 3 2

6. SFマガジン 1971年4月号

たは医薬品の代金として生阿片を受取りますー ジャングルは際限なく続く。 うまい手だ「た。それなら、万一の事態にな「ても北側の真意は機内を見まわすと、仲間が二人ずつ組にな「て坐「ている。 毛程も覚られずに済むに違いない。どこかの小汚い野郎どもが人の河合義行。高木章。吉村明夫。関口伸介。河合は商社「ンでタイ 弱味につけこんで、うまい汁を吸っているようにしか見えない。た には相当詳しい。高木は広告代理店のカメラマンをやっていた冒険 だし、そういう世界と無縁たった奇麗な手の剛田や鮑が、相手なリ 好き。吉村は製薬関係の技術者で登山家。関口は体育の教師で柔道 スクをしよい込むことになる。 三段。どれもこれも平和な社会からはみ出しがちなのを、辛うじて 「よく知らんが、手に持つだけで危険なものだそうだな」 自制していたと言ったタイ。フの行動派である。酒を呑むたび饐えた 「剛田さんのおっしやるとおり、危険なものです」 ような平和を呪い、身のまわりの男どもをかたつばしからこきおろ 鮑は矢部に訓すように言った。「黄金より危険です。ましてそれして憂さを晴らしていた。 カ北からの新しいルートで出て来るとなると : ・ : こ それが拾われて集った。望みどおりの生き方を与えられ、仕事の 「狼が出るそうだ」 細部が明確になるにつれて、顔つきが変って行った。虚無的だった 剛田はからかうような言い方をした。 り険しかったりしていたのが、かえって温和で快活になったのだ。 「あのあたりは昔からいくつものルート が入りくんでいます。トル 河合と高木は睡っている。吉村はガイドブックらしい本を読み耽 コ、イラン、レ・ ( ノン、それに。 ( キスタン : : : 私らも全部を知ってっている。関口は飽きもせず窓の外を見ている。それそれにたのも いるわけではありません。そのどれひとつにでも、今度のことカ攵 ; ロしかった。ただの拗ね者たちではなさそうである。 れるとうるさいことになります。東行き西行きの両方に最短のルー 「日本には切腹ということがありますね」 トですからね」 ナムが唐突に言い出した。日本語と英語とフランス語、そしてペ 「まあ、そういう事態にはなるまいが、一度警報が鳴ったら命を投トナム語、中国語・ナムはそのどれをもなめらかに使う。 出す覚悟をしてもらわんといかんな」 「うん」 剛田の顔から気楽さが消えていた。現に鮑の部屋の両側は、それ「いま考えていたのですが、あなたがたはそれに美しさを感じるの ぞれ剛田の部下が泊り込んでいるし、この部屋を訪ねたときも、そだそうですね」 の一人が盗聴器のチ = ックをしたほどであった。矢部にはそういっ矢部は少し考えてから答えた。 た事柄のかもしだす緊張感が、この上もなく美味なご馳走に思えて「行為として、だな。見たことがないから判らないが、形そのもの は美しくはないだろうな」 ふと気がつくと、コンステレーション機はいつの間にかジャング「でも美を感じるんでしよう」 ルの上をとんでいる。時々岩山が緑の中から裸の肌をみせ、そして「いさぎよい、男らしい : : : 生き方の問題としてだ」 に 6

7. SFマガジン 1971年4月号

「信じられん。まったくおったまげたぜ」と、太った男はいった。 のひらでかがやく星の青、真昼の浅い入江の青、朝のダイヤモンド 「こんな簡単だとは思わなか 0 た。とおりかか 0 て、お一一人の話し盟 の青だった。 「これだ」べ ' クはおちつきはら 0 てい 0 た。「おれにはわかる。声を聞いたというだけで、〈青い壜〉がおれのものになるんだから な。おったまげた話じゃないか ! 」男はひとりでくすくす笑いなが とうとう〈青い壜〉を見つけたんだ」 もう捜さなくてもいい。 クレイグは納得できないようだ 0 た。「なんにも見えない 0 て本ら廊下を通りぬけ、日ざしのなかに出てい 0 た。 当かい ? 」 べ , クは壜に顔をよせると、ガラス火星の冷たい双子の月のもと、真夜中の都市は、骨と塵の堆積だ 「見えないよ : : : しかし の青い宇宙をのそきこんだ。「何がはい 0 てるにしても、あけてみ「た。きれぎれの ( イウ = イを、陸上車はガタゴトはねあがりなが ら疾走した。つぎつぎとうしろに走ってゆく都市では、モルタルと りやわかるさ」 「さ 0 き思いきり栓をしちや「たぜ。よこしてみろ、クレイグは手虫の羽根の粉末が、噴水や、ジャイ 0 スタ ' ト、家具、歌う金属の 書物、絵画などをあっくおおっていた。もはや名・はかりとなった都 をのばした。 市。ワインのようにまろやかな風に吹き流され、巨大な砂時計のな 「お忙しい最中に失礼だが」うしろのドアから声がした。 を築いては崩れてゆく、きめこまかな塵 かの砂さながらビラミッド プロンドの髪の太った男が、拳銃を手にしてはいってきた。男は し J ばり 一一人の顔には眼もくれず、青いガラス壜を見つめていた。そして微の都市。車が近づくにつれ、沈黙は帳をあげ、通りすぎたあと、ふ たたび速やかに帳をおろした。 笑をうかべた。「銃は使いたくないんだが、このさいやむをえな クレイグがいった。「これじや見つかりつこない。ひでえ道路 。その美術品をほしいんだ。つべこぺいわすにわたしたほうがい だ。すりきれちまって、でこぼこだらけ、まともなとこなんかない いぜ」 ート・ ( イだぜ。ひょいひょいかわしながら行 べックはかえって嬉しいような気持だった。なんというタイミンじゃないか。やつはオ グのよさ。宝物をまだあけもしないうちに盗まれる、こんなできごけるんだ。ちくしようめ ! 」 これで、追ふいに車は、悪路をさけて急カー・フした。古い ( イウ = イをひた とがおこるのを、彼は内心願っていたのかもしれない。 0 かけと闘い、取「たり取られたりのすばらしい未来がひらけるの走りながら、車は道路の表面についた土をかきおとし、その下にあ だ。そして事態がすべてかたづき、新たな捜索の旅が終るころにる = メラルドや黄金色の太古の火星モザイクをむきだしにしてい 0 は、さらに四年か五年の歳月がすぎていることだろう。 「いま何かが見え 「おとなしくあきらめな」と、見知らぬ男はいい、銃口を威嚇的に「待て」べ ' クがさけび、車の速度をゆるめた。 た」 上げた。 「どこ ? 」 べックは壜をわたした。

8. SFマガジン 1971年4月号

見つかり、またなくなって、また見つかり、今までずっとそれの繰ンタータが崩壊してゆくのを見ているようだった。 りかえしだった」 ひとときがすぎ、骨は骨のなかに埋まった。塵がおさまった。完 2 彼は死んだ都市のゆらめくかげろうを見つめた。この世に生まれ全なまま残ったのは、二つの塔だけだった。 ペックが進みでて、友人にこっくりした。 てから、おれはまったくなんにもせずに過してきた、とべックは思 った。ほかの連中、もっとマシな男たちは、大きなことをやり、水二人は捜索を始めた。 星へ、金星へ、太陽系のかなたへと出ていった。おれはまだこんな途中、クレイグは、口元にかすかな笑みをうかべて足をとめた。 ところにいる。こんなところでうろついてる。だが〈青い壜〉さえ 「その壜だがな、・フリキの折りたたみ式コップや、日本の人造花ー 手にはいれば、何もかも変るのだ。 ー水につけるとパッとひらくやつだーーそんなのと同じように、小 くびす さな女か何かがはいってるのかい ? 」 彼は踵をかえすと、沈黙する車から離れた。 クレイグが追いかけてきて、楽々と彼の横にならんだ。「もうど「おれは女なんかいらん」 れくらいだ、捜しはじめて十年だろう ? 眠っちやビクビク震え、 「さあ、どうかな。あんたは本当の女を知らんのかもしれんぜ、本 うなされてとびおき、昼間はだらだら汗を流して捜しまわってる。気でほれてくれるような女をな。じっさいには、そういうのをほし そんなにほしい壜なのに、なかに何があるのか知りもしない。あんがっていながら、自分じや気がついてないってこともある」クレイ たは・ハ力だよ、・ヘック」 グはロをすぼめた。「それとも、あんたの子供時代の何かが、なか 「うるさい、うるさいーベックは、小石と泥のかたまりを蹴とばしにあるのかな。湖や、むかしのぼった木や、緑の草や、ザリガニー ーそんなのがいっしよくたにつまってるかもしれん。どうだ、そう 二人は、都市の廃墟を歩いた。割れたタイルの表面には、ひょわ いう話は ? 」 そうな火星の動物が美しいモザイクで描かれていた。微風が黙りこ べックの眼は、はるかな一点を見つめた。「ときどきーーふっと くった座をひるがえすたびに、それら太古の獣たちは現われたり消そんな気になる。過去ーーー地球。おれにはわからん」 えたりした。 クレイグはうなずいた。「見る人間によって、なかにあるものが 「待て」と・ヘックはいし 両手を口にあてて大声をはりあげた。変るのかもしれんな。くそっ、どっかにウイスキーでもころがって 「そこのお前 ! 」 ないかな : : : 」 「 : : : お前」と谺がこたえ、いくつかの塔が倒れた。噴水や石柱「おい、ちゃんと捜せよ」 が、折りたたまれるように崩れていった。火星の都市はすべてこん なふうなのだ。ときには、シンフォニーのように美しい調和を見せ光と輝きに満ちた部屋が、計七つ。床から階段状になった天井ま て立ちならぶ塔が、一声で倒れてしまう。それはまるで・ハッハのカで、ところ狭しとならべられた樽、壺、甕、壜ーーーそのすべてが、

9. SFマガジン 1971年4月号

・カュ / : これがほんとうなら、プレコグへの強冷凍保存所へランシターの遺骸を引渡しますが、死れることになります。気落ちした一行にかかってき 力な対抗武器となるわけです。このあと、テストを後時間が経過しすぎて処理が成功するかは疑わしいた激励の電話は、だが意外なことに、死んだはずの 受けた彼女がその能力を実演する場面が、ディックという返事。ホテルでその結果を待っているうちランシターの声でした。「デモインへ行け、ユービ 独特の、現実がふいに崩れ去るような、足元の床がに、一行の上に奇怪な現象が起こりはじめる。周囲ックを使え」この謎のようなメッセージに従って、 一行はデモインへ向かうのですが、そのあいだにも ふいに落ちこむような、あの異様なショックを感じの物が時間逆行はじめたのです。ホテルのエレベー ターが旧式時間の崩壊は進行していく。いまや、周囲の世界は させてくれるのですが、その フィリップ・・ディック作「ユービック」 な檻形に変一九三〇年代にもどり、そこに住む人びとは 味をお伝えできないのが残念 わり、硬貨能力の存在すら知らない。そして中和者たちは激し です。 や紙幣も廃い疲労感にとりつかれたあげく、ひとりずつミイラ そうだ、もう一つ忘れてい ) 】 ~ ~ ) " 止された古化して死んでいきます。ラシターのい 0 た = ービ いそれに変ックとは、時おり気まぐれのように彼らに与えられ を死の直後に急速冷凍して、 わっている罐入りのス。フレーで、これを体にふりかけると時 ある期間、脳を半生命状態に く。さら間崩壊が停止し、疲労も消え去る。ただし、その効 たもっことが実現していま に、中和者 ~ 果はほんの一時的で、しかもほうっておくとス。フレ す。つまり、死者との交信が できるわけで、ランシターも のひとりが一ー自身が古風な塗り薬〈と変質してしまうのです。 自室でミイユービックという名はどうやらラテン語の Ubique 亡くなった愛妻の助言を求め ラ化して死 ( 遍在 ) からきたものらしい。とすると、ディックは に、チューリヒにある冷凍保 毒 ~ んでいるのあまりたよりにならないこのスプレーに、現代の神 存所へときどき行くことがあ が発見されの無力さを仮託しているのでしようか。 るのです。 ーたちはさまざまな疑問に捉え 本筋に戻りましよう。ランシター、その片腕のジる。冷凍保存所からの結果報告を待ちきれなくな疲労困憊したジョ ヨー・チップ、そして中和者十一人をまじえた一行り、恥を忍んで敵方のホリス社へ電話をかけると、られながら彷徨をつづけます。彼らを責めさいなん : 。、ツトなのカ は、月に到着したのもっかのま、何者かの罠に落ち相手はプレコグですから、むろんこの電話のあるこでいるのは、ホリスの一派なのカ / て、社長のランシターが殺されるという悲惨な目にとも質問の内容も予知していて、ランシターは助か幽明の世界のランシターなのか、それとも彼ら自身 遭います。過去を変える能力を持ったパットなら、らんよ、とせせら笑うような返事をよこす、というがその幽明の世界の住人になったのだろうか ? そ のすべてが結末で明かされたと思ったとたん、また 当然こうした結果を元へもどせるはずですが、その一幕も挿入されます。 彼女の能力が働かない。危険を感じたジョーは、とその予言どおり冷凍処理は失敗し、ランシターの新しい現実崩壊がはじまります。 りあえず一行を連れて地球へ退却し、チーリヒの遺骸は故郷のアイオワ州デモインへ送られて埋葬さ •by•,Phi'Ii;:5 K. ロー 'ck い ( 0 123

10. SFマガジン 1971年4月号

「まったくだ。いまのデータをつけて微修正を要請しなくてはなら た。まるで子供じみた仕草が可愛らしかった。もう演技はすててし ないな」 まったのであろう。 「どんな修正のし方をしてくると思う」 そのあと、男は若さにまかせてもう一度挑み、それもあっさりダ 「さあな。もう一度この前のような危機を与えるか」 ウンさせられて睡ってしまった。伸子は時々タクシーのクラクショ 「そいつはちょっと大仕事になるな。今の状況であそこにこの前のンが聞える部屋の中で、そのたたかいの勝利と、自分のたのもしい 力をしばらくの間賛美しつづけていた。 時のような危機を与えると、この世界全体に波及しちまうよ , 「まあ、そいつはプログラマーにまかせとこう。腕前拝見だ」 うつらうつらしていたつもりだったけれど、気づくと窓から明る 「しかし見かけよりずっと脆かったな」 い光りが入って来ていて、男の体がのしかかっていた。 思ったよりずっと脆かった。伸子の中に入って来てから、男は彼「先に帰るよ」 女にいいように翻弄され、いまはぐったりと力を抜いてのしかかっ そう言って男はしつかりとした瞳で伸子を見据え、烈しく運動し ている。それを左手に力をいれて突き落すようにシーツの上へ戻した。気づいたときすでに燃えあがっていて、寝顔さえのぞかれてい てやる。 たのを知ると、不意に彼女の口から愉悦の声が挙った。 ( 少しやりすぎたようだわ。二度目は丁度よくなるんじゃないかし 男が動くたび、深いところで痛みに似た感覚が起り、・そのたびに ら ) 伸子はあられもないうめき声を発した。そしてその声が深いところ 伸子は自分の内部の変化も計算にいれ、少し柔らいだ気分でそうへフィード・ ( ックし、いっそう高い嬉声となった。男は驚異的な持 考える。やはり昻って、愉しみたい気分が強くなっているのであろ続をみせ、二度三度と彼女を舞いあがらせるのであった。 「さよなら : : ・こ 「この次はうまく行くよ。この弧状列島がうまく行かないと困るか 気がるく別れを言い、男が服を着て出て行ったあと、伸子はまた らな」 睡ってしまった。 「まったくだ。ここまで育ったのを駄目にしたくないもんだ」 そして次に目覚めたとき、体中にこころよいけだるさが溢れてい 「その心配はないだろう。ここのプログラムはしつかりしてるよ」 「さて、・それじ・やデ ! タを送るとするか」 腹這いになって煙草をつけ、深く吸いこんで吐く : : 。指の先ま 「そうしよう」 でしびれていくような平和な感覚にひたりながら、伸子はそう思っ 「そうしよう」 三度目のとき、伸子がいっしょに風呂に入らないかと誘うと、男当分このままでいいわ。このままでしあわせなのよ : はそう言って勢いよくべッドをとびおり、全裸のまま走って行っ こ 0