自分のなかに彼女の自我を、さらに彼女の感情と動機を再生した「おれなら、そんなことはしないな」一人が忠告した。 それは、ついに理解した。そして理解とともに、つかのまではあるは捕虜がきれいなままのときからやらないと気がすまないんだ」 が、一種の狂気が訪れた。 ソーンが口から血を吐きだすと、殴った男はしぶしぶうしろにさ がった。一人の警官が、両手いつばい板きれをかかえてやってき 1 ト手前につみあげ、黒ずんだナイ た。男はそれをソーンの数フィ ソーンが最初に気づいたのは、ロープだった。彼はコンクリート の柱に縛りつけられており、傾いた体を支えているロー。フが、手首フをそのわきにおいた。 にくいこんでいるのだった・頭がはっきりすると、彼は目をあけ、 「急いでやるこたあないぜ、ジャック」と、一人がいった。「スク これから、 縛られた両手を柱のうしろにまわして姿勢をたてなおした。 イントの話が本当なら、おれたちは見られねえんだ ロリーンといっしょに通った道を運ばれてきたらしく、川へむかとっとこ逆昃りさ」 うまがり角のおもちゃ屋には見お・ほえがあった。 「おい、また歩かなきゃいけないのか ? 」ジャックと呼ばれた男が きいた。「あれだけ歩かされてーーー」 警官たちは、期待を満面にあらわして、彼の前にすわっていた。 「おっと、来たそ ! 」 一人が笑いながら、「おい、気がついたそ」といった。 ソーンの視界に、通りを横切ってやってくるハーカーの姿がうつ 「ハーカーはどうしたんだ ? 」別の一人が、いらだたしげにいっ 1 カーは尊大に った。警官たちがうやうやしく場所をあけると、ハ た。「この野郎を、なぜここまで引きずってこなきゃならんのか それもわからない。まさか ( 1 カ 1 のやっ、歩けなくなったんじゃそのあいだを通り抜け、ソーンの前に両足を大きくひろげて立っ っしりした男である。その目には、異様な輝きが た。背の低い、が ないだろうな ? 」 最初に口をひらいた警官は、考えぶかげに相手を見つめた。「そあった。「おまえがジョン・ソーンというわけだな ? そして、女 カロリーン・カルヴァート か ? 」 んなことがハ 1 カーの耳にでもはいってみろ、たいへんなことにな ソーンが黙っていると、ハーカーは薄笑いをうかべた。「きいて るそ ! 」 「むかいのおん・ほろホテルのなかだよ」もう一人がいった。「携帯いるんじゃない。たた、おまえにいってるだけだ。質問は用意がで 無線電話機を持ちこんで、野営本部と会談中さ。おれたちが通ってきたらするーーもちろん、おまえは答えるさ。そうだ、教えてやろ 助かった仲間はいないぜ。連中がどれくらい喋ったか、きいた きた道の途中に、何か変なものがヘリコプターから見えたらしいんう。 ら目をまわすだろう。しかし、情報はどんな小さなことでも重「、 だ。どうやら、そこまでひとっ走りすることになりそうだぜ」 ソーンの唇がけがらわしそうにゆがむのを見て、最初の警官が徴だ。おまえにもつけ加えることはあるだろう。やってみるんだな」 笑をうかべながら立ちあがった。そして狙いを定めると、ソーンの彼が自分の冗談に低い笑い声をあげると、部下たちも感心したよ うに、それにならった。すると彼はふりかえり、そっけない命令卩 口元に一撃を加えた。 0 3
ら、右手をゆっくりとロープから抜く試みにかかった。力をこめるた腹にカまかせにつきたてた。 っ一 リ . ・ホレく たびに、ロープの粗い繊維が皮膚にくいこむのが感じられた。 1 カーは 3 . ノ / ーがかわいた音をたてて舗道にころがった。ハ 「おれには大きな望みがあるのさ、ソーン。ここまで登るのはたい腕で腹をおさえ、うめきながら両膝をおとした。ソーンは両手を縛 へんだったが、これで終わりじゃない。おれはいつもてつべんを見つていたロ 1 プを切ると、リポル。ハーを拾いあげた。 ているんだ 〈国家〉という梯子のいちばんてつべんさ。おまえ ーカーは全身を激しく震わせて何かいいかけ はそれを手伝うことになるんだよ、ソーンーー地下組織の徹底的破たが、やがて舗道に倒れ伏した。 壊の記録が、おまえのおかげでさらに完全なものになる。名前、場 ソーンは、かってハーカーであった物言わぬ死体を見おろした。 所、日付、計画、なんでも聞かせてほしいな。おまえが今までやっ正義の女神は、この世界をまだ見捨ててはいなかった は自分のナイフで正当な裁きをうけたのだ。 てきたこと、これからやりたいと思っていたこと、みんな知りたい のだ。おまえの知っていることを全部はかせてやる。あらいざらい 彼は踵をかえすと、川へと歩きはじめた。満足感はもはや消えて 1 カーは死んだーー念願どおり彼を殺すことができた ・こーーわかるか ? 」 ロープは万力のように手を締めつけている。だが、ほとんど抜けだが、彼の前にひらけた空虚な年月を満たしてくれるものはない・ 川を下った先に待っているのは、昔どおりの希望のない生活であ かけていた。彼は上腕にありったけの力をこめた。 る。そして満たされぬまま、空しい一生をすごすのだ。 「きさまが何をほしがってるかはわかってるさ、 ( ーカー。だが 月は空高くの・ほっていた。ロリーンが横たわる部屋にも、もう光 思いどおりにいかないことだって、たまにはあるんだぜ。そのナイ はさしこんでいないだろう。そして彼女の目にも、もはや光はな フで今まで何人切ったり焼いたりしたんだ ? 」 い。闇のなかで冷たく横たわる彼女のそばへ、もう一度行ってやり ハーカーは笑いながら火のなかからナイフをとりあげると、薄笑 ノ、刀 / 「よけいなお世話だ。 いをうかべてその赤く輝く刃先を見つめた。 おまえのあとに続く奴はまだたくさんいる。だんだん舌がまわりは彼は歩き続けた。見お・ほえのある街なみが、彼女の思い出を鮮烈 じめたな、この手が焼けた刃を使いだしたら、こんなものじゃおさによみがえらせた。ロリーンは、最後の瞬間がもはや遠くないこと を正確に予感していたにちがいない。だから歩く途中、あれほど熱 まらなくなるそ」 心に話しかけたのだーーー最後の瞬間が迫っていることを忘れ、その 輝く刃先が触れた瞬間、ソーンは血まみれの両手をロー。フから引 き抜いていた。そして ( ーカーのナイフを持った手にくみつくと、冷たい恐怖から逃れるために。その寂しさをまぎらわそうと、ロリ 1 ンは彼女なりのやりかたで彼に訴えていたのだ。 その手首を全力でねじまげた。鈍い音をたてて骨が折れた。 ( そっけなくふるまって悪かったと、彼はすでにあのとき気づいて 1 は左手でホルスターにおさまったリポルバ 1 を無器用につかん 、こ。しかし本当にはわかっていなかったのだ。もう遅すぎる。 だ。ソーンはまだ輝きの衰えていないナイフを、相手の脂肪太りししナ
んやわらげた声でつけ足した。「議論してるときじゃないだろう」 「それで前にもまして憎むようになったのね ? 」 「そうさ。人びとの善にかけていた彼の信頼も、警察にタレこんだ あの卑怯者には通じなかったんだ。だれもかれも信じられなくなっ歩き続けるうち、彼女は一人で話しだした。自分のこと、子供時代 ているのに気づいたのは、そのときさ」 のこと、将来の夢や計画のこと。危険をともにする人間たちがいっ かは打ちあけるようになる、こまごまとしたことども。もちろん、 「では、あなたは今まで一人しか友だちを持ったことがないのね ? 人びとが自分の愛しているものにどんなことをーーーどんなよいこと彼女はほのめかしもしなかったが、そうした言葉の背後に、予感の をーー、するか、どれだけの犠牲をはらうか、もしあなたに家族の愛黒い底流があることを彼は直感した。彼女はまだおびえている。手 情というものを一度でも知るチャンスがあったなら、今のような考にはいるかどうかもわからない自由の話をするのは、から元気を出 えはしていないと思うわ」 している証拠なのだ。 「憎しみだろうが理想だろうが、それがなんだーー目標は同じさ。 ロリーンが彼の鎧のなかにつつまれていると知ったとたん、彼は そのことを彼女に教え、もう出ていかないでくれと懇願したい衝動 〈国家〉を打倒せよ、だ ! 」 、え」彼女は首をふった。「同じじゃないわ、ジョニイ」 にかられた。相手を頼ろうとするものを、彼はこれまで軽蔑の目で ジョ = ィーー老人も彼をジョニイと呼んだ。ジョン・ソーン、あしか見てこなかった。その弱点が自分のなかにあるのを認めたくは るいは、ただのソーンになってしまったのは、 いつごろからだろなかった。そんな感情を持つのは弱虫だけだ。自分はちがう。 う ? ジョンがジョニイと変わるだけで、それが何の変哲もない名りでハーカーの部下たちが待ち構えているとしたら、そんな感傷は 前から、より近しい親しみぶかいものに思えてくるとは、なんと奇かえって邪魘になる。涙の別れなど、死には不必要だ。自分の鎧の 妙なことだろうか。 なかにいるロリーンを、彼はどうしても外に押しやることができな 「そのおしいさんだけなの、あなたが面倒をみてもらったり、面倒かった。しかし、それを彼女に教えたとしても、二人とも居心地が をみてあげたりしたのは ? 」声はやさしく、 問いかけのようには聞よくなるわけでもないのだった。 こえなかった。 彼のかたくなな沈黙に負け、やがて彼女も口をとざした。 その言葉にこめられた同情と理解は、ソーンが彼女から隠し通そ建物の間隔がまばらになり、住宅地らしいたたすまいをロ」しはじ うとしているものへ、あと一息のところまで近づいた。彼の返事はめた。芝地には雑草が生い茂り、生け垣はこんもりとした障壁をい 「いやーーそのほうが気楽たるところでかたちづくっていた。顔をなでる微風には、疑いもな そっけなく、ほとんどけんか腰だった。 い新鮮な、湿気をおびた川のにおいがあった。 だからさ」 彼女は前方の通りに目をやった。なげやりな返事に傷ついたらし いそぶりは見せなかった。彼は痛烈な悔悟の念におそわれ、いくぶ彼の思考は、ふたたび無意味な空転をはめた。 6 2
「三年よ」 「だから、・ほくら地下運動者は、それを人びとに教えようと身命を 「その前の仕事は ? 」 賭しているんだーーーすると、そのなかに警察に密告するものが現わ 「〈国家〉から見れば、反動教師でしょーーあたし自身は、真実のれ、そいつは金。ヒカの〈愛国者〉メダルを褒美にいただくことにな 伝道者と思いたいけど。むかしはここも偉大で自由な国たったわ。 る」 東から西へ、南から北へ、訊問も妨害もなく行くことができたし、 「あなたは一握りの卑怯者だけから全体を判断してしまっているの それ以上に、人びとはお互いに信頼と友情で結ばれていたわ。不信よ」彼女は冷たくいった。 なんてなかった。人びとのあいだの無関心だって、〈国家〉が一生 ソーンはふたたび徴笑した。今度のそれは、子どもに対するよう 懸命に種をまいているのよ。 な優しい徴笑だった。彼女の信念は彼女自身のものである。それに 今では、愛と信頼の対象は〈国家〉だけ。〈国家〉はよくて、ほ水をさす権利は、彼にはないのだ。「きみのほうが正しいかもしれ かはすべて悪いんたわ。それが嘘たということを証明するのが、あない。そうであ 0 てほしいね。さてとーー・今のうちに、できるだけ たしの仕事だったわ。だれもがもう一度自由になることができ、他休んでおくんだ。もうすこししたら出発する。夜が明けるまでに、 人の生活に干渉する権利はだれにもないということを教えようとしやつらをまく方法を何か見つけるさ」 たの。年配の人たちなら知っていることだけれど、勇気を出してい 彼はふたたび道路に目をやり、いっかは追いつくであろう黒い点 う人はいない。でも若い人たちには教えられるわ。そして、みんなを捜し、耳をすました。ここから見えるかぎりでは、道路に動く影 がわかってくれたとき、そこに共通の目的が生まれる。人びとの団はなく、静まりかえっていた。彼女の視線を感して、ふりかえっ 結の前には〈国家〉も倒れ、人びとは従順な羊の地位から解放された。彼女は休むのを忘れたように、壁を背に上体をびんとおこして るのよ」 見つめていた。また手首の鎖をもてあそんでいる。彼女の顔にある ソーンはかすかな笑みをうかべた。そ・れに気づいて、彼女はきい不安は、金属が触れあうその音にもあらわれていた。 た。「あたし何かおかしなこといった ? 」 「休めるときに休んでおいたほうがいいよ」彼はもう一度忠告し ソーンは無感情な微笑をうかべたまま見つめていた。「羊が牧場「その前に知っておきたいことがあるの。それと、一つだけ約東し から牧場へ移されるのは、屠殺場行きに慣れさせるためでしかない てほしいの。今夜、彼らをまくことができると、あなたは本当に信 ということを、きみは羊の群れに一度でもいいきかそうとしたことじてる ? 」 があるかい ? 」 「まくことができるかもしれないよ : : : できないかもしれない。や 「人間は羊じゃないわ ! 」彼女は反駁した。「人びとの心の底までれるだけやって結果を待つだけさ」 は変わっていないわ」 「自分の信念に従って死ぬのは、あたしたちが最初でも最後でもな 2
足跡とにおいを消してくれるにちがいない。水しぶきをあげてしば中させる措置をと 0 たのだろう。そうすれば生産量もあがるし、よ らく歩いたのち、流れが二人の進路から遠のく方向〈とまがる地点りきびしい統制をしくこともできるからだ。 彼は肩にかけていたカ 1 ビン銃をおろすと、それを膝に寝かせ で、岸へあがった。 カートリッジ・クリップ 小川から離れると、あたりの風景がかわりはじめた。遠く、建物た。そして、予備の挿弾子がまだあるかどうか、ポケ ' トをも の形骸が望まれた。一一人は道に出会い、それにそ 0 て進んだ。 ( イう一度さぐ 0 た。弾倉に残 0 たカ 1 トリ , ジは二個、クリ , プには ウ = イとの分岐点〈来ると、 ( イウ = イにはい 0 た。いたんだ路面五個。七発の弾丸に、警官が九人。軍用ライフルなら銃剣がついて いて、弾丸が尽きたとき敵の腹を引き裂くことができるから、なお に、二人の足音がせわしく、鋭くひびいた。歩き続けるうち、周囲 の建物はしだいに密集してきた。月が中天にの・ほるころ、一一人は都よか 0 たかもしれない。しかし、乞食と地下運動者には選択の自由 はないのだ。脱走のどさくさにカービンが手にはいっただけでも幸 市の郊外に着いた。最初の倒壊した壁が目にはいった。 運といわねばならない ロリーンの荒い息づかいは時がたつにつれ、おさまった。彼女 ロリーンは苦しそうにあえいでいた。走りながらころぶ回数も多 は悲しげに首をふ「て微笑した。「それにしても、すごいペ 1 スで くなった。ソーンはきびしい表情を崩さず、無言で見ていたが、ハ イウ = イの最初のまがり角に来て、背後の田園風景が隠れると、休とばしたわね。長生きの秘訣は歩くことだというけど、ほんと、あ たしたちの場合そうだわ。でも、こんなことしていて、あとどれだ 息の合図をした。彼女は、 ( イウ = イのかたわらに建つ、屋根のな の壁にもたれかかるようにうずくまった。静けけ続くかしら」 い家のコンクリート 「このまま行くか、もう一つの方 「うんーーー」彼は肩をすくめた。 さのなかで、彼女の激しい息づかいだけが耳についた。 「これくらいが、きみの限法を選ぶか、どちらかさ」 「すこし休もう」と、ソーンはいっこ。 度だろう。あの小川のおかげで、やつらを二、三時間は引き離せた彼女は手首の鎖をもてあそびながら、見るともなく通りを見つめ ていた。「そう、もう一つの方法もあるわね。ナイフと鞭とこぶし はずだ」 ソーンはすこしあと戻りすると、月光に照らされた ( イウ = イので、さんざんにいためつけられ、あげくに撃ち殺されてしまう。歩 長い帯をながめた。人影は見あたらず、今度は都市の中心部にむかくしかないんだわーー・や 0 ばり」 「平和に暮らすことだ 0 てできたんだ・せ、〈国家〉の慈悲深い庇護 う道路をうかがったが、見通しはたいしてきかなかった。建物のな かには、爆撃をまぬがれ、ほとんど無傷のまま残 0 ているものもあの下にね」彼はふしぎそうに見つめた。「地下運動者は、みんな自 0 た。しかし住人のいる形跡はなか 0 た。爆撃に続く生物兵器の投分ですすんでもぐ「た人間ばかりだ」 「慈悲深いですって ! 」彼女の唇が不快そうにゆがんだ。 下で、人口が三分の一に減ったことを考えれば、それ、ありそうな ことだ。〈国家〉は、産業や農業の盛んな地域に、残 0 た人口を集「地下組織にはい 0 てどれぐらいになるんだ ? 」 0 っ 4
いわ。こういう人生を選んだことを、あたし後悔していない」 建物があり、一階のショウ・ウインドウであった部分は、黒々とし 「知っているよ」 た闇となっていた。二階の二つの窓には、欠けたガラスがはまって 2 「だから、あなたに約東してほしいの。本当にもう最後だとわかつおり、巨人が。ほっかりと口をあけ、うつろな目で見おろしているよ たとき、決してあたしを彼らの手に渡さないでね」 うな錯覚を与える。ショウ・ウインドウの上の看板の文字が、いく 最後の二つの不快な選択を強いられたら、彼はまだ救いのある方つか読みとれた。 : : : グリ : : : テ・ 法として自殺を選ぶだろう。そうするなと彼女に命じることは、残都市の名前を割りだせるほどの手がかりではなかった。名前がわ かったとしても、それが何かの役にたっとは思えなかった。ここは 酷であり、非論理的でもある。しかし彼女を自分の手で殺すのは、 考えるだにおそろしいことだった。 人口の密集地帯から遠くはずれた田舎、彼の知らない土地なのだ。 「約束してくれる ? 」彼女はふたたびきいた。 しかも、死都である。ロリーンにいった言葉とはうらはらに、二人 まの助けになるものは何もないのだ。しばらく隠れていることはでき 「約束する」彼は感情を押し殺した平板な声でいった。「だが、に よう。しかし、どれくらい ? 何か奇蹟がおこって、警察の目を朝 くらはまだっかまってない」 までごまかすことができたとしても、刑の執行が一日のびたという 「それはもちろんよ ! 」彼女はソーンの冷たい調子に微笑した。 ・パトロールが現場に到着 「あたしはただ約東がほしかづただけ。その橋はまだずっと先ょにすぎない。そのころにはヘリコプター もしかしたら、ないかもしれないわ」 するだろう。びらけた土地がどこまでも続くこのあたりでは、警察 「自分からわざわざ行こうとしなければ、そんな橋は渡らなくたっ犬の嗅覚と上空から観察する目の両方から逃れることは不可能なの だ。それを終らせる方法は、たた一つ。 てすむんだ。そして、橋に出会わない最良の方法は、今のうちにた つぶり休んでおくことさ」 思考はとぎれた。ショウ・ウインドウの暗闇の部分に、捉えどこ ろのない灰色の動きを見たように思ったからだ。動きはしばらく続 いた。カービンを肩からはずし、それに狙いを定めるだけの時間が 彼女はその言葉におとなしく従い、を体に引き寄せ、重ねた両 あった。しかし、つぎの瞬間にはそれは消えていた。息を殺し、引 腕にひたいをのせた。ソーンはすこしのあいだ彼女を見つめてい た。眠りこんだふりをしているだけだと知っていたが、彼女が自殺き金に指をかけて待ったが、ガラスの目を持っ巨人の黒い口のなか の重荷からようやく解放され、そうして休んでいることに満足しには、もはや何も見えなかった。聞こえるのは、自分の心臓の鼓動 と、ロリーンの息づかい、そして眠りにつこうとする小鳥の遠いさ ふたたび道路を観察したが、人影は見えなかった。都市にふたたえずりだけだった。 び目を向けたが、荒れはてた街路を月光が白く照らしているばかり カー・ヒンをおくと、ロリーンに目をやった。彼女はさっきと同じ で、相変わらず静まりかえっていた。通りのむかい側に二階建ての姿勢のままで、彼の動きに気づいた気配はない。気がたっているせ
そう、もしかしたらロリーンのほうが正しいのかもしれない。人運ばれてくる徴風には、さわやかな冷たさと木々のにおいがあっ びとは本来は善人なのたーーなすすべもなく、おびえているたけた ~ 風に耳をすますにつれ、予期していた音が聞こえてきた。・ほそ だ。自分や家族の命が危険にさらされているとしたら、だれだってぼそした話し声だ。 〈国家〉の裏切者を密告しようとするだろう。子らを愛する母たち ロリーンの指先が彼の腕にくいこみ、ほとんど聞きとれないほど の気持に今も昔もない。六歳の年齢に達した子どもは、〈国家〉のかすかな「おお ! 」という叫びが、彼女の口からもれた。やがて指 財産として徴用される。そのとき母たちが流す涙は、やはり悲嘆との力がゆるみ、その顔にふたたび微笑がうかんた。つぎに口をひら 憎悪がまじりあった熱い涙なのた。 いたときには、声はほんの少しこわばっているたけだった。「やっ ロリーンの理想のことに考えを戻した彼は、何かっかみどころのばり幸連は長続きしなかったわね」 ない喪失感が自分のなかにあるのに気づいた。とりかえしのつかぬ 何かを失ったような気がした。もし、これが二人の最後の夜であ ソーンの視界に、警官たちがはいってきた。自信ありげにゆっく りへりにハーカーの部下たちが待ち構えているとすれば、ロリ りと歩いている。二人だ。うち一人が空にむかって三発続けざまに 1 ンはゆるぎない信念をいだいたまま、それに直面することにな 撃っと、上流のどこかでそれに答える銃声がひびいた。ソーンはニ る。一方、彼のなかにあるのは、〈国家〉に少しばかり無駄骨を折人が通ってきた道をふりかえった。遠い人影がいくつか見えた。 らせてやったという苦い喜びだけなのだ。 とりかこまれたのだ ( ーカーの計画に手抜かりはない。逃け さらに一・フロック、二プロック、三・フ tL ックと歩き続けると、木道は閉ざされたのだ。彼の部下たちの足どりは慎重だが、そこには 立が行手に見えてきた。そして、そのむこうは、もう月光のさんざこれみよがしの落着きがあった。できれば、獲物を生捕りにしたい のだろう。質問は山ほどあり、それらを引きたす方法も、ナイフ、 「ほんと、川よ ! 」ロリーンの顏が微笑に輝き、その手が彼の腕を鞭、こぶしといくらでもある。 ひつばった。「行きつけないかと思ってたーーーでも、とうとう着い ソ 1 ンはあたりを見まわした。いちばん近くにある小さな石造り たのよ ! 行きましようーーさあ、急いで。こんな幸運が長続きすの家が、隠れがとして使えそうだった。二人はそれをめざした。急 るはすないもの」 ぎはしなかった。もう急ぐ必要はないのたった。 「待て。ほら、聞いてごらん」そういいながらも、彼はすでに彼女重いドアだが、蝶つがいはこわれていなかった。押しあけると、 のなかで希望かみるみる崩れ去り、苦痛がひろがってゆくのを感しカービンを手にして踏みこんだ。大きな高い窓から、銀色の月光が ていた。 部屋にふりそそいでいた。つきあたりは闇につつまれている。ほん 彼の腕をつかんだまま、彼女は身じろぎもせす立ちつくした。二の一瞬のあいだだが、彼はまたあの捉えどころのない天色の動きを 人は息を殺した。コンクリートの岸壁を洗う騒々しい水音。川から見たような気がした。たしかめる間もなく、それは消えた。
すぎたときだった。テレ。 ( シー能力を持っそれには、人間の思考をた黄色い髪、疲れきった、深い寝息。 読むのはたやすいことだったが、彼らをかりたてている感情までは ソーンは彼女の肩をゆすった。「行こう、ロリ 1 ンーーやつらが 理解できなった。先を行く二人が、あとから来る数人に殺されそう来る」 になっているとわかると、興味はいっそう増した。しかし、それは彼女はすっと立ちあがった。目は大きく、油断なく見開かれてい かげに隠れ、観察するだけで満足していた。干渉する理由はなかっ た。「近い ? 」と、彼女はたずねた。 たからである。 「一マイルとない。休みもせず、一日中追いかけてきたらしい」 ロリ 1 ンは髪についた落葉を払いおとし、髪を指でとかした。手 山々の長い尾根が、残照のなかに遠くくつきりとうかびでてい錠からたれさがるちぎれた鎖が、小さな音をたてた。「まだ四人だ る。その鞍部にじっと目をこらしたまま、ソーンは待っていた。追け ? 」彼の顔にうかぶ無言の答えを読むと、髪をとかすのをやめ 跡者たちは必ずそこを通るはずだったーーもし予感が適中し、彼らた。「九人 ? 」 彼はうなずいた。 がこんな近くまで迫っているとすれば。 : ほかの九人たちは殺してしまったのね。生きて送りかえ 鞍部に、黒い点が一つ現われた。小さな影だが、空を背景に見違「では三 えようはない。その地点のほか何も見えなくなるまで、彼は全神経されてきた人なんていなかったわ」 を集中し、つかのま現われては尾根の暗がりに消える黒い点の数を「やつらがそんなことするもんかーーー地下組織の捕虜ならなおさら さ」彼はそっけなく答えた。「みんなはもう手遅れたーー今度は・ほ かそえた。九人が通りすぎたところで、鞍部に人影は絶えた。 彼は青ざめた暗い表情で、踵を返した。空を背景に動いた九つのくらの番だ。さあ、行こう ! 」 小さな黒い点。殺しの瞬間を待ちわびながら、汗みずくで追いかけ彼女は黙りこくって、暗い森のなかへとわけいる彼のうしろに従 てくる熱心な国家警察官たち。だが、彼らはあまりにも熱心すぎった。闇が落ちるころ、二人はひらけた土地へ出た。東の空のほん た。闇が落ちるまで尾根を越えるのを待たなかったため、距離を詰のりとした明るみが、満月の出を告げていた。彼はできるかぎり速 いペ 1 スで歩いた。朝から歩きづめなので、おもてにあらわれてい めていることを悟らせてしまったのだ。あと数分でもはやる心をお さえれば、気づかれずに通ることができたのに。馬鹿なやつらだ。 る以上に彼女が疲れきっていることは知っていた。しかし、彼女が いきりたっ痩せた警察犬を引きとどめながら、期待に目を輝かせてもう一晩生き永らえるには、疲れた脚を叱咤してひたすら歩き続 じりじりと包囲を狭めていくあの快感を、彼らはちょっとした軽率け、地面をかぎながら追跡してくる警察犬との距離をできるかぎり 広げる以外に道はないのだ。 な行動からまた遅らせてしまったのだ。 ソ 1 ンは、女が眠っている木立のなかへかけこんだ。彼女は、彼月が地平線上にのばるころ、二人の前に小川が見えてきた。川は がそこを立ち去ったときのままの姿で横たわっていた。肩にこ・ほれ彼らの進路とほとんど直角に流れていた。その浅い、速い流れが、 9
りわからない。今年二十五歳の若いトラン・フル た。ありがとうございました。 が、どんな映画を作るのか楽しみである。 『 Andromeda 』の特撮マンのダグラス・ トライフルは、アンドロメダの撮影終了後いよ トータルスコープ、今号より新人の井口健二 いよ一本立ちの監督になり、自作のを映画 四月号で紹介したベルヌ原作の『 The Light 君と共同で執筆することになった。エンジニア 化している。 at ( ま Edge 。 ( the World 』の原題は映画とを目指す大学生だが、高校生のころから海外の 『 Silent Running 』で、題名から推察すると同じ「 Le Phare du Bout du Monde 」で Le 興行紙や映画業界紙を購読し、あらゆる映 Livre de Poche の : Jnles Verne こシリー ころ前作の『 281 ーーー』のサイケデリック・シ 画をチェックしている映画愛好家で資料蒐 ーン ( アメリカでは Stargete Corrider とよん ズに収録されている、というおしらせを、府中集だけが目的の偏執的なマニアではないので期 でいるシーン ) を想像させるが、内容はさつば市にお住いの愛読者の高島淳氏からいただい 待がもてる。なお、この頁への読者の皆さんの アド・ハイスやお便りをお待ちします。 : 鳥はもう歌わす ・若者たちに喜びはなく 希望も死にたえこんな生活が めぐみも消えて : 草は枯れてしまった : 永遠につづくだろう : 第、、・を霧噬をは . 0000 89
囲の道路にすばやい視線を走らせている「都市は月光の下でまばゅ「 く輝いていた。月を背にした通りの片側だけが、墨を流したような一 影のなかにある。ソーンは、こんな明るい月をはじめて見たような - 気がした。通りは一面銀色に染まり、それに抗して本来の色をよう一 やく保っているのは、ロリーンの金髪だけ。ライフルの銃身もにぶ - く光っている。歩道に散乱するガラスの破片から、ときおり白い光一 の矢が飛んでくる。二人の進む道は、 いたるところ光と輝きだっ ル た。だが川。 よ真正面にあり、月もまた同じ方向にあるのだ。歩き続 プト ける以外にない。途中の横町の暗がりのなかに、 ( ーカ 1 の部下た一 ちが待ち伏せている危険をおかしても。 一タ 希実阪 - ムズ集てと以何。進 雄プ隆良アルをせ評れがとをす中田大一 点見好そ品こ刊ま区前 者義・康 交叉点を通り過ぎるとロリーンがふたたび口をひらいた。「あな くをの , 作の新し旭様一 巻イ井村イヤ な鱗」 。 3 の記最り市 2 茂一 作荒レ筒半ウチ たは、みなし子だったの ? 」 ん片バす作価明ズ贈浜 5 原一 べのンま準評ず一お横 4 芝 - 「父は、・ほくが三つのときに死んだ。母もその一年後に死んだ。な ん器サれ水同必リを県 ま大のさ はシ卓 がめ跡目 4 い g-q 村奈田 - ぜきくんだい ? 」 二カ 」占追注作さ眉神上一 をとが佳だ年ワ 「あなたのような人を前にも見たことがあるから、同じような堅さ - はむ 位走闘 , く・カス様町 - ンず 日首脱健 5 票名ャウ彦岡の様 - を持った人を。母親の愛がどんなものか、そういう人たちは知らな一 た々「の作投氏 ( セ邦区 1 治一 イた れ堂載」秀ご . にユ森ヒ組正一 いの、友情も。服従することをお・ほえるか、憎むことをお・ほえる一 晴て連礁 ( て所方デ大薩 1 野一 結の中サ礁 るえ期瑚式にのオ 町桑一 か、どちらかだけ」 計日のの瑚国 あ押長珊方書住名の 5 路一 た森跡珊る 「をの北の 。 5 時の 集 葉 追北ざ一篇リ氏・定んで「 宮の一 「じいさんが一人いた。そのころでも、じいさんだったな。血のつ 分 0 ロ晴壜と・れジ長べ隆曲規てせ選に , 崎 8 一 号 い走曲らレ ながりも何もないのに、・ほくに特別な興味を持ったようだった。彼一 のド康組 , 0 ま抽方上勇箱町一 月作あ青脱組知工氏ッ井「し従、 し。の尾市本一 《 4 巻ラ筒篇対にま日記市岡辺一 はきみと同じ信念を持っていた。だから、・ほくも彼と同じ信念を持 - 年 荒プた長にか末下山福田一 人匠まの篇 , も月は岡県区一 位 つようになった。彼はありったけの本を読ませた いま〈国家〉 - 1 2 3 4 5 6 新巨。氏 7 2 て 7 月県岡吉一 順 型 , す良月につは今山丘福住一 が禁じている古い本ばかりだ。理想主義者で、彼とっきあううちに、 大てま村今にあ切 岡ガ , 東一 めい半下篇締呈 望様市一 ぼくも同じ理想を信じるようになった。だが、・ ほくが二十になった とき、警察が連れていってしまった」 評点 3. 丐 3. ・ 86 3.58 3.22 3.14 3.12 め・ 00 0 ・・・や 0 物 0 000 ・ 0q0 】、 ~ 5 2